校長室からの風

全国高等学校ロボット競技大会中止の報に接して

 10月24日(土)~25日(日)に大分市で開催予定だった第28回全国高等学校ロボット競技大会の中止が発表されました。新型コロナウイルス感染防止の観点から、県を超えた人の移動を避けるため中止の判断に至ったようです。「とうとうロボット大会までもか」と暗然とした気持ちになりました。中止決定を知らせてくれた電子機械科の職員も肩を落としていました。

 御船高校は、これまで全国高等学校ロボット競技大会において通算9度の優勝を果たしており、高校ロボット競技の世界では広く知られています。このことは電子機械科の職員と生徒たちの弛(たゆ)みない努力の成果と思います。昨年の第27回全国高等学校ロボット競技大会(新潟県長岡市)では10度目の優勝に挑みましたが、決勝トーナメント1回戦敗退という大変厳しい結果に終わりました。敗退が決まった瞬間、ある生徒は両手で頭を抱えて天を仰ぎ、ある生徒はフロアにしゃがみ込んでいた姿が今も目に焼き付いています。

 昨年の1回戦敗退直後から、御船高校マイコン制御部ロボット班の生徒たちはV奪還を目指し、部活動に取り組んできました。新型コロナウイルス感染拡大に伴う長期の臨時休校期間も、秋の全国大会は実施されると生徒たちは信じていました。5月中旬の登校日に部長の緒方君(3年)に会った時、「自宅でもロボット競技のことばかり考えています」と明るい表情で話してくれました。しかしながら、彼らの活動の集大成の場は失われたのです。全国高校総体、全国高校総合文化祭、夏の甲子園大会をはじめ各種の大会や重要な検定試験等がのきなみ中止となっています。

 「このまま終わらせるのは、あまりにも生徒が可哀そうです。」と今日も電子機械科のある職員が私のところに来て、無念の思いを訴えました。この思いはすべての部活動の顧問、いやすべての高校教職員共通のものでしょう。

 本校では部活動は6月8日(月)から一斉に再開する予定ですが、まだ、新入生は部活動への入部手続きも終わっていません。御船高校電子機械科でロボットを作りたい、操作したいとの熱い志望動機で入学してくれた生徒が今年も幾人もいます。彼らのためにも、2年余り取り組んできた3年生の最後の出番を設けてやることができないか、考えなければなりません。

 学校とは、生徒たちが安心して生活できる居場所と輝く出番がある世界のはずです。本校独自で、または地域の学校のネットワークでもって、3年生の最後の出番を創り出していかなければと強く思います。

 

水の恵みの手洗いやうがい

   「手洗い励行」の標語ポスターが小学校・中学校の手洗い場には必ず掲示されています。学校生活では、事あるごとに手洗いを励行しています。私の小学校時代もそうでした。神社に参拝するとき、手を洗い清める作法が定着しているように私たち日本人には手を洗うことは基本的生活習慣となっています。

   さて、新型コロナウイルス感染対策に伴う「新しい生活様式」では、「こまめに手を洗うこと」が筆頭に挙げられています。ウイルスは手に感染し、手を口に持っていくことから体内に侵入するのが一般的だそうです。従って、先ず手洗いをすることが感染対策の基本となります。たとえ消毒液を使わなくても、30秒ほど水で丁寧に洗うだけで効果は大きいと言われています。

   私たちにとって手洗いやうがいは当たり前の行動で、習慣化しています。しかし、世界にはこれが簡単にできない国、地域が多く存在するのです。国連によると、安全な飲料水サービスを受けられない人が21憶人、不衛生な水の生活環境で暮らす人が45憶人もいるとのことです。21世紀世界の最大の資源問題は水不足だと言われています。20世紀後半からの世界の急激な人口増加に水の供給量が追いついていないのです。水は日々の暮らしだけでなく、農業や工業等でも重要です。水は、健康、環境、経済と多くの社会要因と密接に関わっています。水不足が解決されなければ持続可能な社会は成り立ちません。

   このような世界の水問題事情から考えると、日常、飲料水で手洗いやうがいが存分にできる私たちはなんと恵まれているのでしょうか。この水の恩恵は、わが国の自然環境だけでなく、井戸を掘り、水の涵養林を植え、上水道を整備してきた先人たちのお蔭にほかなりません。近年はシャワーや入浴など日本人の生活上の水の無駄遣いが問題になっています。あらためて、限りある「命の水」に対して、私たちは謙虚な気持ちになりたいと思います。

   新型コロナウイルス感染の脅威は依然続いています。しかし欧米諸国と比較すると、わが国の感染者数はいまだ桁(けた)違いに少ない状況にあります。都市や地域を封鎖するような強硬手段を取ったわけでなく、PCR検査数も少ない日本がどうしてウイルス感染者数を抑制できているのか、欧米のメディアでは不思議だと報道しています。ひょっとしたら、その理由は豊潤な水の恵みによって手洗いやうがいが習慣化した日本人の生活文化かもしれません。

   生徒の皆さん、手をこまめに洗いましょう。これから夏に向かいます。手を洗うことは涼しく気持ちよい行為です。一日に幾度も洗いましょう。

                 分散登校風景

 

「夏のマスク」 ~ 新しい生活様式の始まり

   御船高校では5月25日(月)から分散登校による授業を始めています。生徒の皆さんの様子からは休校前とあまり変わらない印象を受けます。しかし、休校前と現在で、外見上はっきり異なっている点が一つあります。それは全員がマスクを着用していることです。

   例年、季節性インフルエンザ予防のため、冬にマスク姿が増えるのは学校の常です。しかし、今は初夏です。来週から6月です。日中は25度を超える夏日が続き、30度を超える真夏日も珍しくありません。熊本の夏は長く、蒸し暑いのが特徴です。マスクは冬の季語だそうですが、「夏のマスク」が今年のわが国の状況を象徴していると思います。

   三か月に及ぶ長期休校という長いトンネルをようやく私たちは抜け出ることができました。出口の光を目指して行動自粛の生活を耐えてきたのですが、トンネルに入る前と同じ光景はありません。新型コロナウイルスの感染予防の「新しい生活様式」が厚生労働省から公表されました。トンネルを出ても、私たちはすぐには元の生活に戻れないことを自覚する必要があります。

   しかしながら、「新しい生活様式」とは決して難しいものではありません。コロナウイルスは人間に寄生することで存在し、人間を介して伝染していきます。そしてウイルスは肉眼では見えないために、とてもやっかいです。前回の「校長室からの風」で言及したように「想像力」が一層求められるのです。

   見えなくても、そこにウイルスがあると考え、人の密集の場を避け、他者と適切な距離を設けた日常生活を送ることです。そしてマスクの着用です。電子顕微鏡でようやく見ることができるコロナウイルスを、市販のマスクでは防げないという意見があります。けれども、マスクは咳やくしゃみなどの飛沫の拡散を防ぐことに大きな効果があり、最低限のエチケットとしてマスク着用は守らなければならないと思います。蒸し暑いからマスクを外してもいいだろうという自分勝手な行動は許されません。社会の安心というものは、一人ひとりが参加しない限り守れないのです。

   夏の暑さに対応したクールなマスクも市場に現れています。素敵なマスク姿の「マスク美人」も増えてくるかもしれません。マスクと共にこの夏を過ごしましょう。マスクが不要になった日こそ、コロナウイルス終息の時でしょう。

   最後に、進化論を唱えた生物学者のダーウィンの言葉を掲げます。

「強い生物が生き残るのではない。この世に生き残る生物は、変化にいち早く対応できたものである。」

 

               校庭のバラ園と登校してきた生徒(2年生)

「他者への想像力」が感染を防ぐ

   5月25日(月)から御船高校では授業再開となりました。クラスの出席番号で奇数と偶数で生徒を二分し、奇数組が午前3時間授業を受けた後、午後に偶数組が登校し3時間授業を受ける分散型授業です。2週続けて同じ授業を行い、来週は午前と午後の生徒を入れ替えて、2週間で1週間分の授業を受け終える仕組みです。新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言は解除されましたが、密集した集団生活を避けるためと、長期休業の生徒の心身への影響を考慮し、学校生活への慣らし期間と位置付けています。

 再開された学校生活で気持ちが高ぶっているかもしれない生徒の皆さんに対して求めたいことが、「他者への想像力」です。この言葉は、わが国のウイルス感染症研究の第一人者である押谷仁(おしたにひとし)先生が著書で述べられているものです。

   押谷先生は、現在、厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班のリーダーとして陣頭指揮をとられ、感染拡大防止のために不眠不休の努力を続けておられる方です。この押谷先生の著書『パンデミックとたたかう』(作家の瀬名秀明氏との対談形式、岩波新書、2009年11月刊行)が本校図書室にあることを知り、先週読みました。現在のわが国の状況を示しているかのようなタイトルですが、2009年から2010年にかけて世界的流行となった新型インフルエンザ対応に関する押谷先生の見解がまとめられています。およそ10年前の本ですが、今日の事態を予想した警告の書となっています。

   ウイルスは肉眼では見えません。そして、新型インフルエンザも今回の新型コロナウイルスでも若い世代は重症化しない傾向にあります。しかし、だからこそ、「自分だけ感染しなければ良い」、「もし感染しても自分は軽症ですむから心配いらない」のような利己的な考え方はとても危険だと押谷先生は言われます。あなたは感染しても無症状かもしれないが、あなたを介して、妊婦さんや基礎疾患のあるお年寄りにウイルスが広がっていくかもしれないと「感染鎖」の恐怖を強調されます。人は、世界はつながっているのだという「他者への想像力」が重要だと繰り返されるのです。

   2009年の新型インフルエンザは関西の高校では臨時休校の措置がとられましたが、全国的には日常生活が維持でき、私自身も認識が弱かったと思います。しかし、押谷先生はすでにあの時、今日の事態を見据えておられたことになります。新型コロナウイルスの新規感染者は、全国的に大幅に減少し熊本県ではここ2週間発生していませんが、ウイルスは消滅したわけではありません。

  「他者への想像力」を持つことで、自分と他者、そして社会も守りましょう。

                分散登校する生徒たちの様子

新しい目標に向かって ~ 今、大人ができること

 「夏の甲子園」こと全国高校野球選手権大会が中止と決まった翌日、本校では3年生の登校日でした。野球部3年生と顧問職員とでミーティングが開かれました。今後、甲子園大会予選に代わる県大会がもし行われればどうするかという点で、部員の気持ちが分かれたそうです。試合の機会があれば挑戦したいという者と、代替大会には出なくてよいという者に二分されたと聞きました。自然な反応だと思います。約3か月、部活動は停止され練習をしていません。あまりに野球から遠ざかった時間が長くなりました。練習の成果を発揮する最後の機会が失われるという理不尽な事態に直面し、やり場のない悔しさ、憤りがある一方、あきらめ、無力感にとらわれるのも当然と思います。

 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、「甲子園」だけでなく高校総体や高校総合文化祭など高校生の部活動にとって大きな目標がすべて失われました。「どうして自分たちの時にこんなことになるのか」という不条理なめぐりあわせに多くの高校生が激しく動揺したと思われます。実は、8月に高知県で開催予定だった全国高校総合文化祭に出場が決まっていた生徒が本校にいます。書道部の3年生、写真部の2年生の生徒です。中止が決まって以来、まだ私は彼らに言葉を掛けられずにいます。ありきたりの励ましの言葉では彼らの胸に響かないことがわかっているからです。部活動を通じて信頼関係が築かれているそれぞれの部の顧問教諭が寄り添い、支えてくれています。

 また、工業系の生徒にとって目標の「県ものづくりコンテスト」(例年6月実施)も中止となりました。昨年、旋盤加工部門に2年生で出場し3位入賞した田中さんは、最終学年の今年は優勝を狙っており、九州大会そして全国大会出場を目指していました。彼女の普段の練習場所の電子機械科実習棟の壁には、彼女が作成した「優勝への工程表」が貼られていました。大会中止が決まり、さぞ落胆しているだろう、気落ちしているだろうと心配しました。

 ところが、3年生登校日の午後、実習棟のいつもの旋盤機械の所で作業する田中さんの姿がありました。引き締まった表情で、集中して旋盤機械を動かしています。話を聴くと、電子機械科の先生の勧めで、来月予定の技能検定に挑戦することを決め、その実技試験に向け準備を始めたとのことでした。

 大きな目標が失われ、当初はきっと失意の時を過ごしたと思います。しかし、彼女は絶望しませんでした。職員の励ましと助言を受け、次の目標に向かって動き出したのです。

 新しい目標を生徒と一緒になって考え見つけること、その目標に向かって全力で取り組める環境を用意すること、これが私たち大人のできることだと思います。

 

「夏の甲子園」中止の報に接して

 「夏の甲子園」こと全国高校野球選手権大会が中止と決まりました。「春のセンバツ」、「全国高校総体」、「全国高校総合文化祭」に続き、ついに「夏の甲子園」も中止となりました。厳しい事態が予想されていたとは言え、主催者の正式な中止決定の発表に接し、高校教育関係者の一人として無念の思いに包まれます。そして、甲子園という憧れの舞台を目指し練習に打ち込んできた全国の高校球児をはじめ、情熱を注いで指導されてきた監督やコーチの皆さん、さらには選手たちを応援されてきた保護者や地域住民の方々の気持ちを想像するとまことにつらいものがあります。

 前任の多良木高校野球部のことを思い出します。閉校の定めながら、果敢に挑む多良木高校野球部は、地元の球磨郡はもとより広く県内の高校野球ファンの応援を受け、グラウンドと観客席が一体となって戦う試合は、高校野球の原点のような光景でした。あのエネルギーも、「夏の甲子園」という大きな目標があったからこそ生まれたものだと思います。

 昨日、本校の野球部監督を務める教諭と話をしました。「夏の大会中止が決まったら、まずキャプテン(主将)に何と言おうか、今考えています」と沈んだ声で監督としての胸中を語ってくれました。3月からおよそ三か月間、臨時休校に伴い部活動も停止されており、御船高校野球場は無人の日々が続いています。しかしながら、監督や部長たちは練習再開に向け、登校できない生徒たちに代わってグラウンド整備に取り組んでいました。その姿を目にするたび、球音響く練習が再開され、3年生にとって最後の「夏の大会」だけは開催されてほしいと願っていました。その望みが絶たれたのです。

 5月は新型コロナウイルスの新規感染者が減少し、最近は九州では感染者ゼロの日が続いています。しかし、感染者や亡くなった方の数が連日発表されるという「非日常」の生活が長く続くことで、これが「日常」となり、私たちの感覚が麻痺するのかもしれません。感染者が減少したとは言え、まだ「平穏な日常生活」は戻っていないのです。「夏の甲子園」中止の知らせは、未だ社会が「緊急事態」のただ中にあることを痛感させられました。

 「夏の甲子園」はこれまで米騒動による社会の混乱で1918年(大正7年)、日中戦争及び太平洋戦争の戦時下の1941年(昭和16年)~1945年(昭和20年)の二度の中止、中断があります。そして2020年(令和2年)、新型コロナウイルス感染症拡大による三度目の中止です。

 歴史的な感染症大流行(パンデミック)の渦中に私たちはいるのです。

               無人の御船高校の野球グラウンド風景

宮本武蔵とアメリカ人青年

   御船高校のALT(外国語指導助手)のアメリカ人Matthew(マシュー)先生は、新型コロナウイルス感染拡大に伴う臨時休校期間、英語教諭と協力して積極的に動画教材の作成と発信に努められています。「Teach Matthew  about  Japan」(日本のことをマシューに教えて)のタイトルで、マシュー先生が気になることを課題として示し、そのことについて生徒が英語で作文して提出するオンラインの遠隔授業です。私は毎回楽しみに視聴しています。

   マシュー先生の課題は「花見」、「鯉のぼり」、「アマビエ」、「宮本武蔵」、「河童(かっぱ)」、「御船町の恐竜化石」と続いています。この中で、「宮本武蔵」という課題が出たことに私は驚きました。そこで、「マシュー先生、あなたはどうして宮本武蔵を知っているのですか?」と尋ねました。すると、この23歳のアメリカ人青年の武蔵への関心は並々ならぬものであることがわかったのです。

   彼はアメリカの大学で日本学の講座を受講し、そこで日本への興味、関心が喚起されました。そして、担当の教授から「語学指導を行う外国青年招致事業」(JETプログラム)のことを紹介され、ALTとして来日したのです。宮本武蔵については、この日本学の担当教授から教えてもらったということです。

   武蔵が兵法の極意をまとめた「五輪の書」(「Book of Five Rings」と英語では言うそうです)についてもよく知っており、五輪が、地・水・火・風・空を意味することも理解していました。さらには、武蔵が「五輪の書」を著した岩洞の霊巌洞(れいがんどう 熊本市西区松尾町)も訪ねていました。熊本は、宮本武蔵(1584年~1645年)が晩年を過ごし、亡くなった地であり、墓も二か所残されています。マシュー先生にとっては日本での初めての勤務場所が宮本武蔵ゆかりの地だったことになります。

   「宮本武蔵は剣豪というだけでなく、芸術家としても名高い」という一文が、マシュー先生の添削した宮本武蔵の説明文にあります。江戸時代初期に武蔵は没しましたが、「五輪書」をはじめとする数々の優れた書画や武具、そして何よりその孤高の道が今日まで伝わっています。現代の宮本武蔵像は、昭和初期の吉川英治の小説「宮本武蔵」に拠るところが大きく、虚実が混同されている面が多いと言われます。しかし、熊本には県立美術館や島田美術館等に武蔵が遺した本物の書画、武具等が伝わり、その精神も受け継がれていると思います。

   宮本武蔵の真価である文武両道をマシュー先生は深く理解しています。

                マシュー先生の動画教材のトップページ

 

キーワードは「ゆっくり」 ~ 動画教材「美術課題チャンネル」の魅力

   生徒の皆さんは、YouTube(グーグルが提供する動画共有サービス)に登録されている動画教材「美術課題ちゃんねる」を視聴しましたか? まだの人は、一度ぜひアクセスしてみてください。芸術コース美術専攻の人たちはすでに美術の先生方から紹介されていますが、芸術科目の美術選択者の人にもお勧めです。この「美術課題ちゃんねる」は、実は御船高校美術科の田畑教諭が中心になって製作し、アップロード(公開)されているものです。すなわち、御船高校発信の動画教材であり、本校だけでなく県内はもとより美術を学ぶ高校生に広く提供し、好評を得て、アクセス数が伸びています。

   動画教材「美術課題ちゃんねる」は、5月15日(金)段階で11本の動画が配信されています。時間は短いもので4~5分、長くても8~9分と手頃です。しかし、その内容は充実しており、美術教諭の熟練の技巧とわかりやすい解説が動画にまとまられています。そして、この動画教材の最も秀でたところは、ユニークな二人のキャラクターが登場し、ユーモラスな対話を通じて視聴者を学習に誘う導入場面でしょう。「ゆっくり霊夢(れいむ)さん」が毎回学ぶことの大切さを話し、「ゆっくり魔理沙(まりさ)さん」が絵への苦手意識や面倒くささを訴えるという問答が冒頭に約1分行われます。対話の最後に二人のキャラクターが「ゆっくりしていってね」と声を掛け、学習の本編が始まるのです。キーワードは「ゆっくり」なのです。

 5月1日に配信が始まって以降、私は欠かさずアクセスしていますが、この中で最もアクセス数の多い「手のデッサン」(9分13秒)には特に引き付けられました。田畑教諭が自らの左手を、右手で鉛筆デッサンしていく過程が2倍速動画で紹介されています。しかも、ポイントでは助言の字幕が流れ、実にわかりやすくデッサン技法が伝えられているのです。自宅にいても生徒の皆さんはこの動画教材を繰り返し視聴し、自分で練習することができます。

 導入部分で「ゆっくり」のリラックスした雰囲気をつくり、本編ではプロの技巧をわかりやすく伝えるという動画教材「美術課題ちゃんねる」は、「面白くてためになる」という理想の授業をオンラインで創りあげています。

 動画教材は、生徒の皆さんのペースで学習できます。わからないところでは動画を止める、繰り返すことで理解を深めるなど自由な学習ができます。御船高校のホームページに登録されている動画教材は70本を超えました。また、YouTube上には高校生向けの数多くの教育動画が次々と現れています。

   学ぶ意欲さえあれば、インターネット世界に教材は無限にあると思います。

 

                                            「美術課題ちゃんねる」のトップページ

デジタル世代に追いつくチャンス ~ オンライン学習支援に取り組んで

    御船高校のホームページにはすでに50本を超える動画教材が用意されています。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、臨時休校が長期化する中、4月中旬から職員が本格的に取り組み、ほぼ一か月で驚くほど増えました。時間は短いもので数分間、長いものでも20分ほどで、内容は、職員自ら出演して授業を行うタイプから、音声と文字で伝えるものなど多様です。しかし、いずれも職員の手作り感があり、在宅の生徒の皆さんに対して、勉強を教えたいという教育的愛情が込められています。

 動画教材を受け身で視聴するだけでなく、生徒の皆さんと教職員は双方向につながっています。例えば、英作文の動画教材では、生徒の皆さんから英作文の回答例をメール機能で送ることができ、それに対し教職員から添削も可能となっています。また、従来の問題集やプリント等の紙媒体による学習課題と併せて動画教材を活用することで学習は発展していきます。

 もちろん課題はあります。生徒の皆さんのオンライン端末機器はそれぞれ異なっており、スマートホンのような小さな画面では見づらいとの声があります。また、各県立学校で一斉にインターネットを利用してのオンライン学習支援を始めたため、県のサーバー(コンピュータのネットワーク管理機能)の容量の関係で、学校のホームページにアクセスできにくい状況も出ています。大手予備校が行っているようなライブ授業配信にはほど遠い段階です。

 しかし、学校に来たくても来れない生徒の皆さんと学校との距離感を埋めるには、やはりこのようなインターネット回線を生かしたICT(Information Communication Technology 情報通信技術)が不可欠です。教育のICT化は喫緊の課題と近年言われてきました。御船高校でも授業のICT化をテーマに昨年度は授業改善に取り組みました。新型コロナウイルス感染症蔓延の非常事態を迎え、改めて私たち教職員は教育のICT化の必要性と可能性を痛感しました。行動自粛の生活が続いても、ICTで人はつながり、孤立はしません。自宅で生活していても、世界中の情報がリアルタイムで届きます。ICTは、今や人々を結びつけ、連帯させる大切な生活必需道具とも言えるでしょう。

 生徒の皆さんは生まれた時から、インターネット環境に囲まれた生活をしてきた、いわゆるデジタル世代です。私をはじめ教職員の多くはアナログ世代です。私自身も今回初めてテレビ会議システムを活用し会議に参加する経験をしました。動画教材を初めて作成した教職員も多くいます。

    このたびの非常事態によって、ようやく私たち大人がデジタル世代の生徒の皆さんに追いついてきたと言えるかもしれません。

 

未来を待とう ~ 新緑の中の登校日

   風薫る五月。御船高校前庭の「天神の森」は新緑がまぶしいほど輝いています。

 「外出自粛」の異例の大型連休が明け、5月7日(木)の午後に1年生、8日(金)の午前に2年生、午後に3年生の分散登校を実施しました。半月ぶりの登校日です。欠席はほとんどなく、どの生徒も笑顔でした。その様子から学校再開を待ち続けていることが伝わってきました。私たち教職員も思いは同じです。教室や昇降口、前庭等を多くの職員が自発的に掃除し、整えて、生徒の登校を待ちました。

   無事に登校日を終え、生徒の皆さんが一人ひとり健康の保持に留意していることを知りました。そして改めて、休校が長期化していることに対し、申し訳のない気持ちになりました。行動が制限され自宅中心の生活を通じて、生徒の皆さんはどんなことを考えているのだろうと案じます。誰もが経験したことのない未知のウイルス感染症によるパンデミック(世界的大流行)で、わが国だけでなく世界中の状況が一変しました。肉眼では見えない微小なウイルス感染で瞬く間に日常の光景が一変し、非常事態に陥った未曽有の体験によって、生徒の皆さんの世界観は変わったのではないでしょうか?

   古来、自然災害や戦(いくさ)、飢饉などに襲われ、先人たちの人生観や価値観は大きく揺らぎ、変化してきました。そのことを生徒の皆さんは歴史や古典の授業で学んできたと思います。そのような大事変に今、現代の私たちが遭遇していることになるのです。

   不自由な生活を強いられ、若い皆さんにとっては我慢の限界かもしれません。高校総体や高校総合文化祭も中止となり、失意に覆われているかもしれません。しかし、毎日を健康に生きることこそ、今、切実に求められていることです。「今を生きる」ことが「未来」につながります。あなたは、あなたの「未来」を見たくありませんか? 長いトンネルの先に出口が見えてきたようです。その出口の光の先に一人ひとりの未来が広がっています。

   今回の登校日で、各教科から新たな学習課題が大量に出されたことに生徒たちが驚いていたとの担任の話を聞き、微笑ましい気持ちになりました。御船高校のホームページにはすでに30本以上の教材動画も載せられています。オンライン学習を通じて生徒の皆さんを学校は支えます。職員手作りのウェブ教材には教育的愛情がこめられています。インターネットを介して学校と生徒の皆さんはつながっています。先人たちが持っていなかった情報通信技術(ICT)で孤独感を防ぎ、連帯して、学校再開を待ちましょう。

   希望をもって待つことが、未来を生み出します。

             新緑萌える「天神の森」(御船高校)

世界史と感染症 ~ 歴史から学ぶこと

 「流行性感冒(りゅうこうせいかんぼう)」という言葉を生徒の皆さんは聞いたことがありますか? 最近はほとんど耳にしなくなりましたが、昭和の前期頃までに書かれた小説ではよく目にします。流行性感冒とは「インフルエンザ」のことを指す言葉です。

 新型コロナウイルス感染拡大で非常事態が続くわが国において、かつてパンデミック(世界的大流行)となった「スペイン風邪」のことがよく顧みられるようになりました。「スペイン風邪」と呼ばれますが、「風邪」ではなく、その正体は感染力の強い「インフルエンザ」(流行性感冒)でした。およそ100年前、この強力なインフルエンザウイルスは第一次世界大戦(1914~1918)の戦場のヨーロッパで、軍隊の移動に伴い兵士を介して感染が拡大し、世界に蔓延しました。ウイルスは日本にも飛び火しました。熊本県でも大正7年(1918年)10月から11月に感染拡大が見られ、「近頃流行の感冒は、学校、軍隊等に特に猛威を振るっている」(『新聞に見る 世相くまもと 明治・大正編』)との新聞記事を見出すことができます。小、中学校の多くが休校になったこともわかっています。

 「スペイン風邪」では、全世界で4000万人の犠牲者が出たと推定されています(WHOによる)。また、わが国でも38万人が亡くなったとの記録が残ります(内務省統計)。有効な抗生物質もワクチンもなかったことに加え、第一次世界大戦中のため各国が情報統制を敷き、対応が遅れたことで驚くべき多大な犠牲が生じたことになります。人類は一世紀前にウイルス感染の脅威を経験していたのです。

 「スペイン風邪」の時代に比べれば、医療や公衆衛生は比較にならないほど進歩しました。情報社会の今日、リアルタイムで世界各地の感染状況が報道され、豊富なデータが瞬時に集まります。しかし一方、急速な交通手段の発達やグローバル経済の進展によって、ウイルス感染の拡大のスピードも速まっています。

 世界史を振り返ると、人類の大移動や広範な交流によって幾度も感染症のパンデミックが起こったことがわかります。13~14世紀、モンゴル帝国がユーラシア大陸の大半を統合したことで、ペスト(黒死病)が大流行しました。15~17世紀の大航海時代、天然痘やコレラが世界中に蔓延しました。これらの苦難の歴史と、今回の新型コロナウイルス感染拡大はつながっていると思います。

 「不都合な事実」を私たちは見たくない傾向にありますが、人類にとって運命的なウイルスとの共存という事実を直視しなければなりません。歴史から謙虚に学ぶ必要があります。そして、これまで人類は滅亡せず、克服してきた歴史を拠り所として、現在の非常事態に我慢強く対処していきましょう。

 

県高校総体中止の報に接して

  「第48回熊本県高校総合体育大会(県高校総体)」の中止が決まりました。とうとうここまで来たかという思いです。今月23日(土)から先行競技が始まり、29日(金)の総合開会式(熊本市総合運動公園)を経て6月3日(水)まで続く予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大の終息が見通せず、選手及び関係者の安全が確保できないことから主催者は苦渋の決断を下したようです。先に全国高校総体(インターハイ)の中止が決まっており、覚悟はしていましたが、改めて正式に中止が決まると重苦しい気持ちになります。

    高校入学以来2年余り部活動に取り組み、練習を重ねてきた3年生にとって、大きな目標が消え去ったことになります。生徒の中には中学校、いや小学校から一途に競技に熱中してきた者も少なくありません。その集大成の場が失われたのです。県高校総体中止の報に接し、生徒達、そして指導者の落胆、失意はいかばかりかと思います。それぞれの競技に青春をかけてきた生徒は、目指してきたゴールがなくなり、放心状態になっても不思議ではないでしょう。

   4年前の熊本地震の時のことを思い出します。あの時は会場の県立劇場に大きな被害が出たため県高校総合文化祭は中止となりました。しかし、県高校総体は、被害が甚大な熊本市や上益城、阿蘇地域を避け、県内各地で分散して各競技が開催されました。若人の躍動する姿は、県民の皆さんへの励ましとなり、スポーツの力を実感したものでした。「熊本地震の時でさえ県高校総体は行われたのだから」という思いが私たち高校関係者にはあったと思います。しかし、今の私たちが直面している事態は経験したことがない未曽有の感染症パンデミック(世界的流行)なのです。

 生活全般の自粛が続き、最もエネルギーある世代の高校生の皆さんが思うように行動できない苦しさは大人の私たちが想像する以上でしょう。これからの人生が遥かに長い、その一時期の忍耐だと言っても、生徒の皆さんにはあまり響かないでしょう。今の現実の重さの方が、見えない将来より勝っているからです。見えないことを考えることは難しいものです。

 高校総合文化祭、高校総体と次々に重要な教育行事が中止となり、私たちも無力感を覚える日々です。しかし、この瞬間も感染症拡大防止の最前線で働いておられる医療従事者や保健所職員の方達がおられます。ある感染症内科医の言葉を生徒の皆さんと共有したいと思います。

  「勇気とは、恐怖におののきながら、それでも歯を食いしばってリスクと対峙(たいじ)する態度だ」。

 感染リスクの恐怖と闘いながら、己の使命を果たそうと不眠不休で医療に当たっておられる人がいることを私たちは忘れてはいけないと思います。

 

県高校総合文化祭のポスター

  「第32回 熊本県高等学校総合文化祭」のポスターが校長室のホワイトボードに貼られています。縦70cm、横50cmのサイズで、標語「文化の塩基配列に終止コドンはない」の黒い文字と共に、カラフルなデザイン画が描かれています。書や絵の筆を握る手、ピアノの鍵盤を弾く手がクローズアップされる一方、百人一首の絵札や将棋の駒、さらには標語と関連した生物学の塩基配列A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の記号も描かれ、混然とした文化のカオス(多様性)が表現されています。このデザイン画の作者は御船高校3年芸術コース美術専攻の宮守さんです。

 県高校総合文化祭のポスターデザイン画に選ばれることは至難の業です。宮守さんはスマートホンのアプリを活用し、スマホの画面で下絵を作成して創り上げ、多数の応募者の中から選ばれたのでした。高校をはじめ県内の公共施設等にポスターが掲示され、県高校総合文化祭が周知されることで、宮守さんにとっては自分の作品が多くの人の眼に触れる喜びは大きかったと思います。

 しかし、5月28日(木)から30日(土)に熊本県立劇場をメイン会場に予定されていた「第32回 熊本県高等学校総合文化祭」は新型コロナウイルス感染症拡大予防のため、先週、中止が決まりました。年に一度の高校生の文化の祭典がなくなることは深刻な影響を与えます。日頃、地道に文化活動に取り組んできた生徒たちの発表の場が失われ、目標が消えてしまったのです。本校からも書道、美術、音楽、写真、茶道、華道などの文化部が参加する予定でした。特に3年生にとっては高校生活の区切りの舞台だったはずです。その思いを想像すると胸が痛みます。

   公共施設に貼られたポスターの撤去が始まりました。本来なら、5月29日(金)午後の総合開会式(県立劇場)において、デザイン画を描いた宮守さんは千人を超える観衆の前で表彰を受ける予定でしたが、幻の県高校総合文化祭となってしまったのです。しかし、御船高校ではこのポスターを教室はじめ各所に当面の間そのまま掲示しておこうと考えています。

    新型コロナウイルス感染症の蔓延によって、学校教育の場においても不条理なことが次々と起こっています。全国高校総体(インターハイ)が中止という衝撃的なニュースが今週届きました。県高校総体の開催も危うくなりました。

    大人になってからの一年と、高校生、特に3年生の一年はその意味合いが異なると思います。大人になるためのかけがえのない階段が失われると言ったら大袈裟でしょうか?

 県総文祭は幻に終わっても、宮守さんはじめ文化活動に取り組んできた生徒の皆さんの努力は消えません。その活動の軌跡こそが皆さんの青春なのです。

 

いま、できること ~ 「待つ日々」の中で

 

    今日は金曜日、また週末を迎えます。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、一層の外出自粛が求められることになります。2月末から始まった異例の臨時休校は断続的に2か月に及んでいます。冬から葉桜の季節となりました。5月6日(水)までの緊急事態宣言期間の延長が検討されている旨、報道されています。学校再開の目途は未だ立たない状況です。

    私たちは今、長い「待つ日々」を過ごしています。あと何日という区切りがない「待つ時間」はとても長く感じられます。残りの時間がどれくらい減っているのか、終わりが近づいているのか誰にもわからず、ひたすら待つ日々です。携帯電話(スマートホン)やインターネットの普及によって、現代は「待たなくてよい」社会になったと言われます。情報やモノがあふれ、それらに簡単にアクセスできる環境に慣れ、「待つことができなくなった」社会と言えるかもしれません。そのような現代社会の住人の私たちにとって、現在の「待つ日々」は長く重く感じられます。

   しかし、外出が抑制されても、私たちの精神は自由のはずです。考えたり、想像したりできます。この瞬間も感染症治療の最前線にある医療従事者のことを思うと、心から敬意の念がわきあがってきます。ワクチンや治療薬の開発が進んでいることに人類の英知を思います。それでは、学校教育に携わる私たちには何ができるのか。自問自答の毎日ですが、できることを一つ一つ積み重ねていくしかないと言い聞かせています。

   校内の掃除用具を点検して回っている先生がいます。グラウンドの整備に取り組む先生がいます。実習棟の工作機械の点検に余念のない先生がいます。そして、多くの教職員が生徒の皆さんの学習支援のために教材を準備し、そのうち一部は学校ホームページ上に掲載されています。

    生徒の皆さんも、長期化する自宅での生活に精神的疲労、ストレスがたまっていることでしょう。けれども、皆さんの精神活動は活発であってほしいのです。教材に取り組む、様々なメディアのニュースで社会とつながる、読書やネット情報から将来の進路を考えるなど思考力を伸ばすことはできます。お互い、一日一日を丁寧に暮らしていきましょう。小さなことでも、今できることを積み重ねていく。きっとその先にあなたの未来はあります。待つことは希望に支えられます。

    校内を回り、生徒の皆さんと対話することが私の楽しみでした。その楽しみを奪われた今、校内を歩くと、これまで気に留めなかった花々に気付き、足をとめるようになりました。静かな学校での「待つ日々」ですが、毎日、小さな発見や喜びがあります。

 

テレワークとテレラーニング ~ 臨時休校の日々

   4月17日(金)は1年生の登校日でした。例年なら体育館で上級生が様々なパフォーマンスを演じる部活動紹介ですが、今年は各部が動画や画像を作り、この日に各教室のスクリーンを使って行われました。そして、今週、21日(火)が2年生、翌22日(水)が3年生の登校日でした。学校の主役の生徒たちが登校し、談笑する声が響き合い、校内は活気づきます。しかし、再び23日(木)から生徒のいない学校に戻るのです。

 学年別登校を無事に実施できた御船高校では、23日(木)から職員の在宅勤務(テレワーク)を本格的に行います。本校の常勤職員69人の内、8割が在宅勤務に入る予定です。一方、管理職と事務部は全員、進路室や奨学金係は交代で出勤します。生徒及び保護者の皆さんからの連絡に即時に対応できるシフトを整えていますのでご安心ください。個別には「船高安心メール」、全体では御船高校ホームページで随時、大切なお知らせを発信し続けます。

 また、生徒の皆さんのテレラーニング(遠隔学習)の充実に努めます。登校日でそれぞれの学習課題を提示したことに加え、インターネットを利用したウェブ教材の手作りが進んでいます。1年生芸術コース書道専攻の生徒向けに、書道の古閑教諭自ら臨書する動画、さらには、ALT(外国語指導助手)のマシュー先生出演の自己紹介(English Self-Introduction)及びリスニングテストの動画などユニークな教材が本校ホームページに載っています。これまで全日制高校ではこのようなコンピュータを活用した遠隔授業の取り組みは行われていませんでした。しかし、未曽有の事態に対し、生徒の学習支援を第一に考え、私たちは柔軟に変わる必要があります。お互いの信頼関係を基礎に、インターネットを通じての遠隔教育の可能性も広がっていくものと思います。

 今、生徒の皆さんは時間が豊穣にあります。前にも言及しましたが、読書は違う世界にあなたを連れて行ってくれます。自宅中心の生活の中でも新しい発見や知的興奮と出会えると思います。長い「待つ時間」を、自ら主体的に学びに挑戦する機会に変化させてほしいと期待します。私たちの手作りウェブ教材がその一助になればと願っています。 

* テレ(tele)は英語の接頭辞で「遠い」という意味です。従って、Telephone(電話)は音を遠くに届けるもの、Television(テレビ)は映像を遠くに届けるものです。Telework(テレワーク)も英語ですが、実際にはあまり使われず、在宅勤務は「work from home」と表現するのが一般的だそうです。

登校する3年生

 

学校再開を待つ日々

    昨日4月14日(火)から御船高校は再び臨時休校期間に入りました。4月8日に再開したのですが、熊本市を中心に新型コロナウイルス感染拡大に歯止めがかからず、すべての県立高校が臨時休校となりました。またもや生徒の影が消え、学校は活気を失い、静まりかえっています。

 新年度がスタートして一週間足らずで休校となり、生徒及び保護者の皆さんに混乱を与え、申し訳なく思います。生徒達からすると出端(ではな)をくじかれた感じになったと思います。自らの進路実現に向かって資格試験や最後の部活動に賭けていた3年生、進級し学校生活の中核として張り切っていた2年生、そして高校生活への期待と希望で胸を膨らませていた1年生、いずれも当面の目標を見失ったことになるでしょう。その影響の大きさが心配です。

 生徒の皆さんは、休校期間は学校の時間割に拠らず、自らスケジュールを立て生活する自己管理が求められます。皆さんの自律の力が試される期間です。また、学校から出された学習課題だけでなく、今はインターネット上に無数の学習資源があり、学び直しに適した動画教材も見つけられます。自ら興味、関心を持ち、ネット検索で自分の学習スタイルを確立してほしいと期待します。私たち教職員は学校再開を待ちながら、準備に努める日々です。何か不安や心配事があれば、遠慮なく学校へ相談してください。

 昨日4月14日は、熊本地震発生から4年に当たり、犠牲者追悼行事が県庁で開かれました。本来なら、本校の生徒会役員の生徒たちも式典に出席する予定でしたが、新型コロナウイルス感染対策で規模が縮小され出席は叶いませんでした。御船高校がある上益城郡は熊本地震で甚大な被害を受けました。4年前のあの時、私は前任の球磨郡でたが、御船高校で震災を体験した教職員がいまだ数多く在職し、その時の経験を語り伝えています。「熊本地震を経験し、上益城郡の児童、生徒たちは防災やボランティアの意識が高まった」という声をよく聞きます。苦難から獲得したものこそ大きいと思います。

 熊本地震から4年が経過した今、ウイルス感染症という見えない未曽有の脅威に私たちはさらされています。自然災害とは別種の困難な生活を強いられる日々です。しかし、私たちには熊本地震で強まった県民の絆があります。生徒の皆さん、共に学校再開の日まで希望を持って待ちましょう。「日常の学校生活」を取り戻せる日まで、元気を蓄え、待ちましょう。

 

 

週末は自宅で本を読もう!

   今日は金曜日、週末を迎えます。例年であれば、陽春の季節で、生徒の皆さんは部活動に汗を流したり、友達と出かけたりと行動的になるところですが、今年は違います。「不要不急の外出を控える」ことが社会的に求められています。新型コロナウイルス感染症が、燎原の火の如く広がり、わが国は緊急事態に陥っています。本校は4月8日から学校再開となりましたが、この週末までは部活動を自粛し、生徒たちにも外出を控えるよう呼びかけました。

 今、「Stay  at  Home!」(自宅で過ごそう)が世界中の共通語です。久しぶりに登校した2、3年生から話を聞くと、長期間を自宅中心で過ごし、「退屈です」、「オンラインゲームも飽きました」等の声が返ってきました。そのような生徒の皆さんに対し、読書を強く勧めます。

 「船高生の皆さん、週末は自宅で本を読もう!」。

 古(いにしえ)より、人々は紙の本に親しんできました。この伝統の力は強く、新しいメディア(媒体、手段)が次々に生まれてきても、人々に支持されてきた不易の営みなのです。テレビやネット動画の世界に比べ、本は文字中心の地味な世界に映りますが、より主体的な想像力が喚起されることになり、デジタル世代の皆さんにとって、紙の本の世界はかえって新鮮だと思います。オンラインゲームやネットの動画よりシンプルではありますが、読書する人だけがたどり着ける世界があるように私は思います。

 公立の図書館は閉鎖されていますが、御船高校の図書室は開館しています。本校の図書司書の先生に言わせれば、「最初はライトノベル(軽めの娯楽小説)から入ってOKです」とのことでした。本校の図書室は管理棟3階にあり、ちょっと不便な場所ですが、窓外の見晴らしは良く、静かです。生徒の皆さんが気軽に利用できる雰囲気です。昨年度、生徒の皆さんへの貸出数が微増し、私は喜んでいます。新型コロナウイルス感染拡大の渦中の今こそ、多くの生徒の皆さんにもっと読書の楽しさを体験してほしいと望みます。

 先日、図書室で様々な本を拾い読みしていた時、次の言葉に出会いました。

 「読書の習慣を身に付けるということは、人生のほとんどすべての苦しみから逃れる避難所を自分のためにつくるということだ。」(W・サマセット・モーム)

 自宅にいても、読書は、あなたをいろいろなところへ連れて行ってくれるでしょう。戸外は感染症のリスクがあります。自宅で読書することはまさに心の良薬になると思います。

 

 

保護者のみなさまへ

   令和2年度、御船高校は4月8日(水)から始動しました。午前に新3年生と新2年生の始業式、午後に入学式を行いました。今年度、183人の新入生を迎え、全校生徒が525人です。そして、教職員が77人(非常勤8人含む)となります。全職員で生徒一人ひとりを支え、可能性を引き出す教育に努め、「自立と共生」の力を生徒たちに養っていく所存です。保護者のみなさまと学校は車の両輪のような関係にあると考えます。生徒の心身の成長という大きな目標に向かって同じ方向に連帯して進んで行きたいと思います。今年度も、保護者のみなさまには本校の教育活動に対して、ご理解とご協力のほどを宜しくお願いいたします。

   さて、現在、新型コロナウイルス感染症の拡大が続いており、私たちの社会は未曽有の非常時にあります。本県でも熊本市を中心に感染者が出ており、同市の小、中、高校、支援学校及び同市にある県立学校は臨時休校状態です。県教育委員会から、熊本市外の県立高校の学校再開の方針が4月6日に示されたため、本校も昨日から学校再開となりました。

    本校では、できる限りの感染予防対策に取り組んでおります。感染予防に不可欠な「密閉・密集・密接」の「三つの密」を回避するため、全校集会や学年集会は実施せず、教室での40分の短縮授業を行います。また、当面の間、学校の始業を1時間遅らせて9時30分開始とします。これで、路線バスで通学する生徒が車内で密集状態にならないよう余裕をもって登校できます。部活動についても、今週末まで自粛し、来週から徐々に短時間の活動を始める予定です。学校の時間割に基づいた計画的な学習、クラスメイトとの活動、そして軽めな運動等は高校生の免疫力を高めるに有効だと考えます。

    しかし、学校がどんなに努力や工夫を重ねたとしても、一般の光学顕微鏡でも見えない微小なウイルスの感染を完全に防ぐことはできないでしょう。保護者のみなさまのご心配は十分に想像できます。高齢者や基礎疾患をお持ちの方がいらっしゃるご家庭、または医療や介護に従事されている保護者などにおかれては、子どもさんを学校に通わせることに不安とためらいを覚えられて当然と思います。どうか、遠慮なく学校にご相談ください。文部科学省や県教育委員会から通知が来ており、学校は非常時にあっては特別な配慮と対応をすることになっています。

    学校は安全、安心な場所でなければなりません。このような厳しい状況だからこそ、保護者のみなさまと学校が強く連帯していきたいと願っています。

 

特別な一日、4月8日 ~ 始業式、入学式

   4月8日という日は熊本県の県立高校にとっては特別の日です。新年度の最初の登校日であり、新3年生、新2年生にとってクラス及び新しい担任等の発表が行われます。そして、午後は入学式です。学校が最も躍動する一日と言っていいでしょう。しかし、今年は例年と状況が一変した中で4月8日を迎えました。 

 新型コロナウイルス感染症が熊本市を中心に広まり、同市にある県立高校は4月19日まで臨時休校が決まったのです。そして、本校を含む熊本市外の県立高校は感染予防に最大限努めての学校再開の方針が県教育委員会から4月6日に出されました。

 3月末から学校を取り巻く環境は日に日に厳しくなり、「入学式はできるのだろうか?」という不安が私たち教職員に渦巻いていました。しかし、内容を徹底的に簡素化して時間を短縮し、会場の換気や席の間合いに留意し、入学生と保護者、そして教職員が参加する形式で準備をしてきました。

 今日、4月8日(水)は桜花が青空に生える春爛漫の日和となり、進級した2,3年生が朝から笑顔で登校してきました。春休み中も部活動は自粛でしたから、久しぶりに学校が活気づきました。ウイルス感染を防ぐためには、密閉・密集・密接の「三つの密」を避けることが重要と言われています。本来なら、生徒たちの表情を見ながら新年度の思いを語りたかったのですが、生徒たちは各教室で待機し、放送を通じて1学期始業式を行いました。その後の担任、副担任発表では各教室で歓声が起こっていました。

 そして、いよいよ午後の入学式です。会場の体育館は、職員が手分けして全ての席を除菌具で清潔にし、二階の窓を全開し風を入れて整えました。「熊本県立御船高等学校第74回入学式」を午後2時から挙行しました。普通科(芸術コース含む)106人、電子機械科77人の計183人の入学を許可し、校長式辞を読みました。全体で約20分。国歌斉唱、来賓のご挨拶、新入生代表挨拶等を省略した、誠に簡素な式となりました。

 初々しさと緊張が入り混じった表情の新入生を見ていると、愛おしさを感じます。この新入生たちは、新型コロナウイルス感染症拡大の渦中に巻き込まれ、不安の中で高校入試を受け、合格発表も県教育委員会のインターネットで行われ、合格者説明会も十分にできませんでした。ようやく今日、入学式を行われ、晴れて高校生となったのです。

 新型コロナウイルス感染拡大がいつまで続くのか、誰にもわかりません。私たちは長いトンネルに入っているようなものです。けれども、きっと出口が見えてくるでしょう。新入生の皆さん、一緒に出口を目指して進みましょう。皆さんはもう不安な受験生ではありません。「天神の森の学び舎」の一員になったのです。

 

満開の桜で迎える ~ 新年度の始動

 令和2年4月1日(水)、新年度が動き出しました。例年思うことですが、3月31日と4月1日では、学校の空気がまるで違います。1日でがらりと雰囲気が変わるのは、やはり、人が変わるからでしよう。先ず、新規採用、転入の新しい同僚たちの存在です。そして、留任した職員にとっても、新しい同僚との出会いに触発され、新鮮な気持ちとなります。

 今年度、御船高校は19人の転入職員を迎えました。その中に、今年度の県立高校新規採用の緒方教諭がいます。緒方教諭は、御船高校芸術コース書道専攻の出身で、本校で講師経験を重ね実力を養い、採用枠1人の高校書道教員の狭き門を通り、晴れて新規採用されたのです。しかも、初任が母校となり、二重の喜びとなりました。

 本来なら、初任教諭は4月1日に県庁で辞令交付式が実施されるのですが、新型コロナウイルス感染症対策のため式は中止され、赴任先の学校で校長が辞令交付を行うことになりました。併せて古閑教育長の式辞を代読しました。

 教育長からの初任者へのメッセージの中で二つの期待が述べられていました。1つ目は、「常に謙虚さを持ってほしい」ということ、2つ目は、「皿を割ることを恐れずに何事にも前向きにチャレンジしてほしい」ということです。「謙虚さ」と「チャレンジ」、この二つの言葉は、初任者に限らず、新年度の仕事初めに当たり、すべての教職員が胸に刻みたいものだと思います。

 新型コロナウイルス感染症の拡大で、世界は混乱の渦中にあります。春休み中ですが、部活動は自粛中で、学校に生徒の影はありません。この異常な事態の中にあっても、自然の循環は変わらず、春となり、御船高校の桜は満開です。生徒たちの代わりに、こぼれんばかりの満開の桜が転入職員の皆さんを迎えました。天神の森の学び舎へようこそいらっしゃいました。

 この未曽有の事態がいつまで続くのか。どこまで広がるのか。今は誰にもわかりません。私たちにできることは、学校教育再開に備えて準備すること、そして希望を持つことだと思います。

人類とウイルス感染症の闘いと共存は古代以来続いています。ペスト、インフルエンザ、天然痘から近年ではSARS、MERSのコロナウイスがあります。その度、多くの犠牲を払いながら、ワクチン、治療薬の開発等で克服してきました。人類の英知を信じ、私達一人ひとりは地道に自分の健康管理に努めるしかないと思います。

 4月8日、簡素な形でよいですから、入学式を行いたいと願っています。

      御船高校の満開の桜 しかし、学校に生徒の影はありません。

桜と共に見送る ~ 転退任式

   春は別れの季節です。令和2年度の人事異動に伴い、御船高校では3月27日(金)午前に転退任式を会議室で実施しました。例年であれば、体育館に生徒を集めて大々的に行うところですが、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から、職員のみの内輪の式となりました。

 このたびの人事異動により、木村事務長をはじめ18人の教職員の方が転勤、または退職となります。長い人では12年、短い人は5か月余りと勤務期間の長短はありますが、皆さんかけがえのない同僚であり、それぞれの責務を全うし学校を支えていただきました。一人ひとりに挨拶をいただきましたが、感極まり涙声となる方もおられました。皆さんの御船高校への深い思いが伝わってくる大切な時間となりました。できることなら、生徒たちに直接聴いてほしい最後のメッセージでした。新型コロナウイルス感染症は、学校を長期の臨時休校にしただけでなく、生徒たちから多くの学びの機会を奪っていると思います。やりばのない憤りを感じます。

 春は出会いの季節でもあります。転退任の皆さんたちはこれから新しい多くの出会いが待っていることでしょう。扉を押し、新しい舞台に進んでください。そして、留任の私達にも新しい同僚や新入生との出会いがあります。

 人事異動は私たち県立学校に勤める者にとって定めです。この時期は惜別の思いに包まれ、学校は感傷的な雰囲気となります。しかし、人事異動によって、県内広く人的なネットワークが形成されます。そして、転出者も留任者もお互い、初心に戻るかのような謙虚な気持ちになり、4月1日からの新年度に臨むことができるのです。経験を重ねてきたベテランの職員であっても、新しい職場に赴くことは不安です。人間関係を一から築き始めることになります。けれども、人事異動によって県内の学校に新しい風が流れるという大きな効果が生まれることを私達教職員は知っています。

 御船高校正門脇にソメイヨシノが一本立っています。少し遅れていましたが、今6分咲き頃でしょうか。学校周囲の道路には街路樹として「陽光」という品種の桜が満開です。週末、御船町の城山公園(旧御船城)を訪ねてみました。町の中心を一望できる高台には桜が咲き誇っていました。

 この時期になると有名な漢詩の一節を決まって思い出します。

  「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」

 (ねんねんさいさいはなあいにたり さいさいねんねんひとおなじからず)

 花は毎年変わらずに咲きますが、それを観る人は移り変わります。

                   城山公園(旧御船城)の桜

 

放送による式辞 ~ 令和元年度修了式(3月24日)

 2月29日(土)に、この放送で新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐため臨時休校に入ることを皆さんに伝えました。その後、わが国での感染者の拡大は止まらず休校期間を延長し、ようやく今日全員の登校となりました。そして、今日は3学期の終業式であると共に今年度、令和元年度の修了式です。

 臨時休校の期間、皆さんのいない学校はがらんとして、校舎内を歩いても冷え冷えとした空気で寂しいものでした。廊下がとても長く感じました。教職員だけがいても学校は成立しません。生徒の皆さんがいてこその学校なのだと改めて思いました。今朝、皆さんが登校してくると、まるで学校に血が通い始め、蘇ったような感覚に包まれました。校舎もグラウンドも、天神の森も皆さんの登校を喜んでいるように思えます。

 さて、新型コロナウイルス感染症拡大の非常事態は依然続いています。菜の花の鮮やかな黄色がまぶしく、桜も咲き始め、春の風景は例年と変わらないように見えるのですが、肉眼では見えない、未知のウイルスの脅威で、世界中が混乱しています。中国の内陸部から始まったウイルス感染はこの三か月で世界中に蔓延しました。国や地域を超えて巨大な市場が形成されているグローバル社会において、人の移動と共にウイルスが世界中にまたたくまに広がるのです。一時的に、人の往来を制限しても、もはや、私たちは江戸時代のような鎖国はできません。いったんウイルス感染症が流行すれば、それを封じ込めることがいかに難しいことか今回痛感しました。

 しかし、こういう時こそ冷静になりましょう。熊本県では現在7人の感染が判明しています。けれども熊本県の県民人口は175万人ですから、感染率は0.000004%です。交通事故に遭う確率の方が遥かに高いのです。東京、大阪のような大都会であれば、満員電車など不特定多数の人々と接触する機会が多いですが、熊本県で生活している限り、大規模な行事や大型商業施設に進んで行かない限り、リスクは高くありません。

 また、わが国の医療や公衆保健の体制は整っています。そして、こまめな手洗い、うがい、部屋の換気、日々の入浴、着替えなど身を清潔に保つこと、バランス良い食事、十分な睡眠など自ら免疫力を高めることが何よりの感染症予防だとわかっています。一人ひとりができることです。自分自身の健康を守るため、一日いちにちの日常生活を大切にしていきましょう。

 ところで、春は別れと出会いの季節です。この年度末の人事異動で本校を離れていかれる先生方がおられます。人事異動は私たち県立学校に勤める職員にとっては定めです。今年度は新型コロナウイルス感染症予防のため退任式を開きません。転任退任の職員の皆さん方について、本日、各教室で紹介することになります。生徒の皆さんと共に惜別と感謝の気持ちでお送りしたいと思います。

 結びになりますが、来年度、御船高校は創立99年を迎えます。新年度の始まりは4月8日水曜日。午後には入学式があります。フレッシュな後輩が入学してきます。来年度、私たちの御船高校、天神の森の学び舎がさらに輝くことを期待し、令和元年度の修了式式辞を終えます。

 

 

生徒が創った「御船町PRソング ~ 見に来るっきゃないでしょ」

 

 臨時休校に入る直前の2月28日(金)、喜ばしいニュースが学校に届きました。熊本県教育委員会主催「令和元年度くまもとICTコンテスト」において本校から参加した作品が最優秀賞に輝いたのです。

 ICT(Information Communication Technology)とは「情報通信技術」と訳されます。パソコンやタブレット端末、インターネットなどの情報通信技術を活用した教育手法をICT教育と呼び、生徒の興味関心を高めることに効果があり、各校において鋭意取り組んでいるところです。そしてまた、生徒たちもこのICTを駆使して学び、学習成果を発信することが日常的になっています。

 今回、最優秀賞を受賞した作品は、芸術コース音楽専攻1年の女子生徒5人が創った「御船町PRソング ~ 見に来るっきゃないでしょ」です。ICT(情報通信技術)と芸術コース音楽専攻の組み合わせは少し不思議に思われるかもしれません。一般的には、理系、中でもコンピュータ等の情報系を専攻している生徒の得意分野のイメージがあるでしょう。しかし、そういう見方は一面的と言えます。今回、5人の女子生徒たちは自分たちの得意な音楽を生かし、ICTでさらに発展させて、魅力ある「御船町PRソング」に仕上げたのです。

 1年生の「総合的な探究の時間」の学習で、学校が立地する御船町のことを調べ、その魅力を発信する歌を創ろうと思い、自分たちで作詞、作曲、編曲、そして演奏、歌を担当しました。さらに、御船町商工観光課のご協力を得て、町内の動画撮影に赴き、ミュージックビデオを作製しました。

 「御船町PRソング ~ 見に来るっきゃないでしょ」の歌詞は4番まであります。1番は、恐竜のまちであることを強調、恐竜博物館の映像が出てきます。2番では、吉無田高原の景色が背景に流れます。3番は、音楽のまちとして九州唯一の音楽大学の平成音楽大学が紹介されます。そして4番は私たちの御船高校が登場し、最後はドローンの空撮で天神の森が映し出されてエンドとなるのです。時間は3分18秒。

 全編を通して、5人の女子生徒が笑顔で幾度も現れます。初々しくも爽やかで、その姿が歌、曲と相まって手作り感を醸しています。「情報通信技術」のイメージとは真逆のようですが、この手作り感こそ高い評価の理由ではないかと思いたくなります。

 「御船町PRソング ~ 見に来るっきゃないでしょ」を御船高校ホームページで公開しています。多くの方に視聴していただきたいと思います。

 

卒業、そして旅立ち ~ 令和元年度卒業式

 令和2年3月1日(日)、熊本県立御船高等学校「第72回卒業証書授与式」を挙行しました。新型コロナウイルス感染拡大予防のため、来賓及び在校生(2年生)の出席はなく、吹奏楽部の演奏も行わない簡素な式典となりました。しかしながら、卒業生に対する私達教職員の祝福と励ましの思いはより熱いものがあります。そして、1,2年生の芸術コース美術専攻の生徒たちが、昨日のうちに3年生各教室の飾りつけや黒板にチョークで絵やメッセージを表現してくれていました。

 日曜日ということもあり、例年以上に保護者の出席が多く、マスク着用にもご協力いただきました。会場の体育館は換気に努めたため寒さを感じる一方、凛とした雰囲気を醸し出していたように思います。

 卒業生は普通科(芸術コース含む)105人、電子機械科67人の計172人です。平成29年春に入学し、以来3か年、天神の森に見守られ、起伏に富んだ高校生活を送ってきました。この学年は1年次「一点突破」、2年次「二人三脚」、3年次「猪突猛進」とそれぞれスローガンを掲げ、今田学年主任のリーダーシップのもと生徒たちを育ててこられました。

 卒業式は学校教育の集大成です。在校生でただ一人参加した2年生の田中さん(生徒会長)は、送辞の中で、先輩たちと共に活動した生徒会の日々を振り返り涙声となりました。対する卒業生代表の野中君(前生徒会長)の答辞では、この先の行く手にどんな困難があろうとも進んでいく決意表明がなされ、頼もしく思いました。最後の校歌斉唱はよく声が出て力強いものでした。卒業生退場では、クラスごとに大きな声で保護者や教職員への感謝の気持ちを伝え、まことに爽やかでした。

 卒業式は旅立ちの場です。生徒たちはこの天神の森の学び舎を羽ばたいていきます。まだ見ぬ多くの人々、景色、様々な物語が、彼らを待っています。自立へのわくわくした期待感に包まれていることでしょう。今日、新しい旅が始まるのです。

 毎年こうして若人の旅立ちの場に立ち会えることは、とても幸せなことです。高校教師の道を選んで良かったと思います。

 

 

 

臨時休校に当たっての生徒への校長メッセージ

 

 生徒の皆さん、おはようございます。

 新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐために、御船高校は3月2日(月)から3月16日(月)まで15日間の臨時休校となります。翌17日(火)から学校再開の予定です。しかしながら、今後、熊本県の感染者が増えるなど事態が悪化した場合は休校期間が延長されます。その時は、学校のホームページや船高安心メールでお知らせしますので、注意しておいてください。

 突然の休校ということで、皆さんには戸惑いや不安があると思いますが、今、私たちの社会は非常事態なのです。地震や台風などの自然災害とは異なり、日常の風景は変わらないように見えるのですが、肉眼では見えない、未知のウイルスが人から人へ感染し体調を崩し、最悪の場合は死に至るという脅威にさらされています。学校は閉じられた空間で集団生活を送る所です。いったんウイルス感染が猛威をふるうと止めようがありません。従って、私たちの健康と安全を守る公衆衛生という観点から、今回の臨時休校を決めました。このことをまず理解してほしいと思います。

 この非常事態において、皆さんに求めることは、ウイルス感染から自分の身を守ってほしいということです。こまめな手洗い、消毒をはじめ規則正しい生活をして免疫力を高めてください。そして何より不特定多数の人と接触しないようできるだけ外出を控えてほしいのです。自分自身の健康と安全は自分で守るという意識を強く持って生活してください。自然災害がいったん起きれば、皆さんたち高校生は、人を助ける立場になりえると2学期の災害避難訓練で話しました。今回もまさにそうです。小学校、中学校も臨時休校です。弟や妹がいる人はあなたが勉強を教えたり、お世話をしたり、見守りをしてください。あなたたちはたいていのことができるはずです。非常時において家庭でのあなたの役割は大きいと思います。期待しています。

 さて、明日は卒業式です。在校生の皆さんが出席せず例年にくらべ簡素な式となりますが、私達教職員で心をこめて卒業生を送り出したいと思います。臨時休校期間も私たち教職員は通常勤務です。3月10日(火)、11日(水)には高校入試の後期選抜検査を実施します。約1か月後には新しい後輩が入学してくることになります。明るい春は近くまで来ています。

 新型コロナウイルス感染の恐怖で人々の心は疑心暗鬼となり、先行きの見えない不安に社会は覆われています。流言飛語、根拠のないデマ情報も飛び交っているようです。惑わされないでください。明けない夜はありません。夜明け前が最も暗いと言われます。皆さん一人一人が健康を維持し、笑顔で学校に帰ってくる日まで、私達教職員が学校を守っています。体調をはじめ何か心配な事があれば学校へ電話を掛けてください。私たちは一つのチーム御船です。支えあい、励ましあい、この困難な時期を乗りこえましょう。

 「天神の森の学び舎」に一日も早く皆さんの笑顔と歓声が蘇ることを願って、臨時休校に当たっての校長メッセージを終わります。                                     

                   書道部3年生による卒業作品(学校玄関)

ようこそ、小学生の皆さん ~ 御船小学校3年生児童の学校見学

   御船小学校3年生の皆さんが2月19日(水)午後に来校されました。総合的な学習の時間の「御船町を知ろう」というテーマの学習活動の一環です。町内にある消防署、警察署等と共に高等学校も訪問先に選ばれたのです。中野校長先生自ら引率され、3年生の2クラス60人の元気な児童の皆さを迎えることができました。

 児童の皆さんを2グループに分け、Aグループは電子機械科、芸術コースの順で、Bグループはその逆の順で見学してもらいました。電子機械科は、実習棟において、ロボット実演、マイコンカー実演、エンジンの仕組み実演などのコーナーを設け、少人数ごとに体験できるようにしました。ロボットが小さなピンポン玉を回収したり、輪を飛ばしたりする様子、また曲がりくねったコースをマイコンカーがマイコン制御で自動走駆する様子を間近で見て、「すごい!」という歓声や拍手が起きました。子どもたちの眼はきらきら輝き、担当する生徒たちも最初はぎこちなかったのですが、次第に得意満面の表情に変わっていきました。

 しかし、児童たちからの質問は本質に迫る鋭いものがありました。マイコンカーのコーナーでは、「コース中央の白線をセンサーが読取り走行しているとのことですが、白線ではなく他の色でもいいのですか?」、「直角のコースをスピード落とさずになぜ曲がることができるのですか?」等。専門用語を使わず、原理をわかりやすく説明することは難しいものです。担当の高校生たちは職員の助言も受け、時にはしどろもどろになりながら答えていました。

 芸術コースでは、音楽は手拍子でのリズム学習、美術は生徒たちが製作した「ゆるキャラ」の人気投票、書道では様々な筆を示し、何の動物の毛で作られているのかのクイズなどが行われました。

 子どもは小さな大人ではありません。子どもは大人とは別の豊かな世界を持ち、鋭い感受性を備えていると思います。その子どもたちの純真な眼に見つめられ、御船高校生にとって特別な時間になったと思います。教えることは学ぶことであり、忘れかけていた学びの初心を取り戻すことができたのではないでしょうか。

 今日御船高校を見学に来てくれた児童の皆さんが高校に入学するのは7年後です。私はもう定年退職しています。けれども、御船小から御船中へ、そして御船高校へと子どもたちの未来がつながっていくことを願っています。

 

梅が開花しました ~ 早春点描

   御船高校の校庭の梅が開花しました。正門から入って正面に見える紅梅で、天神の森の前庭に当たります。今年は暖冬で、熊本平野において降雪は観測されていません。しかし、やはり2月の朝の冷え込みは厳しく、自動車のフロントガラスが凍結していることがあります。自転車や単車で通学している生徒たちの身体は芯から冷え切っていることでしょう。そのような生徒たちを迎える紅梅の開花に、春が近づいていることを実感します。

 今週(2/10~2/14)の学校は、1、2年生の学年末考査が行われています。進級に向けた大事な考査です。駐輪場に単車や自転車を置いて校舎へ向かう生徒の多くは寒さで背中を丸め、視線も道に落としがちですが、少し上を向くと紅梅の開花に気付くことができます。今週は、毎朝、育友会(保護者会)の皆さんが交代で正門付近に立たれ、挨拶運動を展開されています。私も一緒になり、生徒に声を掛けていますが、今朝は「梅が咲いているよ」と幾人かの生徒に教えました。

 また、2月から3月は高校入試の季節でもあります。2月3日に前期選抜検査を実施し、その結果は昨日2月12日(水)に各中学校にご連絡したところです。そして、今日2月13日(木)から2月18日(火)まで後期選抜検査の願書受付です。検査日は3月10日(火)~11日(水)で合格発表は3月17日(火)となります。紅白梅満開、そしてひょっとしたら桜も開花しているかもしれない校庭での合格発表です。御船高校を志望している皆さん、春、天神の森の学び舎で会える日を楽しみにしています。

 梅花と言えば、新元号「令和」の出典となった大宰府の「梅花の宴」(『万葉集』巻5)を連想する人が多いでしょう。天平文化(奈良時代)、大宰府政庁の長官の大伴旅人(おおともたびと)が、自邸で梅花を題材とした歌会を催しました。集った官僚の中には後世歌人として知られることになる山上憶良(やまのうえのおくら)もいました。この時の麗しい月(「令月」)と穏やかな風(「風和」)の情景から、「令和」という元号が生まれたのです。

 令和になって初めての春を迎えるにあたり、これまでになく梅の花の凛とした清らかさに引き付けられる気がします。

 

燃える若き音楽家たち ~ 芸術コース音楽専攻卒業生のコンサート

   御船高校芸術コース音楽専攻卒業生による「Valentine Concert」が2月11日(火)に御船町カルチャーセンターで開かれました。本校芸術コースは平成16年4月に新設され今年度で15年目を迎え、来月には14期生が卒業します。今回の音楽会は9期生から12期生の有志6人による企画であり、このような音楽専攻卒業生のコンサートは初めてとのことです。

 メンバーは次のとおりです。

 中川かりんさん(9期生、専門はファゴット)、水町綾花さん(10期生、専門はファゴット)、友田桂豪さん(10期生、専門はドラム)、松井奨真さん(11期生、専門はピアノ)、山下真理子さん(11期生、専門はピアノ)、久保明日香さん(12期生、専門はフルート)。前半はそれぞれ専門楽器のソロ演奏、後半は御船高校専攻同窓生ならではの組み合わせの演奏が披露されました。ピアノ連弾の松井さんと山下さんは在籍大学が異なり、合せる練習機会が限られ、初めての連弾ということでドキドキの演奏だったそうです。また、ファゴットトリオは、中川さんと水町さんに、御船高校芸術コース音楽専攻1年の武田祐里さんが加わったものでした。中川さんと水町さんは平成音大の先輩後輩に当たり、武田さんもファゴット専攻ということで平成音大の先生に師事しています。このように所属大学や年齢を超え、同じ御船高校芸術コース音楽専攻というつながりの音楽会が実現したことを心から歓迎したいと思います。

   コンサート当日はちょうど1、2年生の学年末考査期間中のため、会場には御船高校生の姿は少なかったのですが、旧・現職員や平成音大で学ぶ卒業生等、初めての試みを応援する関係者が集いました。演奏者6人はまだ二十歳前後の若き音楽家たちです。その志は高く、熱いものがあります。彼ら6人が力を合わせ、母校及び後輩へ爽やかなエールを贈ってくれたことに深く感謝したいと思います。フィナーレはラテンジャズの名曲「On Fire」でしたが、まさに曲名のとおり「燃える」若人たちであり、その将来が楽しみです。

 「御船高校芸術コースがますます活気あふれることを願います。そして私たちは日々精進していきたいと思います。」

   メンバーを代表して松井奨真さんによる最後のステージ挨拶でした。御船高校芸術コースが発足して15年。人材は着実に育っていると感じました。

 

「チーム御船」、走る ~ 城南地区高校駅伝大会

    球磨郡特有の濃霧に出迎えられました。2月1日(土)の朝8時半、球磨郡あさぎり町の総合運動公園に私は到着しました。出場する生徒たちと引率の先生方は人吉市の旅館に宿泊し、私よりも早めに会場入りしていました。男子65回・女子26回の「熊本県高等学校城南地区新人駅伝競走大会」開催です。

 開会式は午前9時。そして女子の部が午前10時スタート。16校がエントリーしていましたが、当日参加したのは13校。5区間、16.8㎞を競います。御船高校の1区、唯一の1年生の砂地さんが勢いよく飛び出していきました。そして、2区の浦津さん(2年)、3区の村上さん(2年)、4区の森口さん(2年)と襷をつなぎ、アンカー5区の山内さん(2年)が懸命の走りでゴール。12位でしたが、レース後、付き添いの生徒たちも一緒になって明るい輪ができ、全員に笑顔が見られました。

 男子の部は午前11時30分スタート。20校24チームが参加。5区間で21.6㎞を競います。1区は一宮君(2年)が上位集団についてチームの流れを作りました。2区は最長の7㎞のエース区間で、山本君が力走、3区の唯一の1年生の村田君、4区の倉本君(2年)とつなぎ、アンカー5区の北島君は最後まで諦めない走りを見せ、ゴール直前で一人かわし16位でフィニッシュしました。男子は大会直前にアクシデントがあり、控えの選手が一人もいない5人ぎりぎりでの出場でしたが、全員がベストの走りでした。

 1、2年生を対象とした高校城南駅伝大会に、御船高校としては不安を抱え臨みました。本校には陸上部に長距離選手がいないため、男女とも陸上部以外の部活動から生徒を集めての混成チームとならざるを得ません。女子は、陸上短距離の生徒が1人、他はバスケットボールとバレーボールから協力を得ました。男子は、サッカー部、バスケットボール部、野球部の生徒達で組みました。従って、練習も十分にできず、チームワークの点でも未知数でした。

 しかし、レース本番では選手たちは全力を尽くし、女子の付き添いの生徒達もよく動き、選手を支えました。宿泊した人吉市の旅館での食事等のマナーも良かったようで、「生徒たちを見直しました」と引率の先生が言われました。

 クラス、学年、部活動の枠を超え「チーム御船」として参加した城南駅伝大会は実りあるものでした。本校生の持つ潜在力、そして生徒同士の結びつきを発揮しました。これからも「チーム御船」は走り続けます。

 

 

 

問いを学ぶこと ~ 電子機械科の課題研究発表会(2)

   前回に続き、「電子機械科の課題研究発表会」について語ります。1月29日(水)の3、4限目は3年A組が発表しました。1、2限目のB組と合わせて発表を聴いてみて、チームとして取り組んでいるという印象を持ちました。グループとチームでは根本の違いがあると思います。学校生活において、仲の良い者同士、一緒に帰る者たち、同じ趣味の仲間などグループは簡単に派生します。しかし、チームを作るには強い意志が必要です。チームには明確な目標があり、それを達成するための役割があるのです。電子機械科の生徒たちはこの1年間、良きチームとして課題研究に取り組んできたと思います。

 A組の6つの発表のうち、4つはモノづくりに没頭したものでした。学校の野球場の防球ネットの補修、ボルトやナット等を材料としたオブジェ製作、マイコンカーの製作、廃棄されていた発電機の修理などです。いずれも、僕たちはモノづくりが好きだという気持ちが伝わってきました。そのプロセスは、まさしくトライ&エラーの繰り返しだったことがわかります。このプロセスこそ尊いと思います。

 残りの2つは、強い課題意識から出発し、問いを出し続けて研究を推進したもので充実した内容でした。一つめは、「なぜ御船高校電子機械科は定員割れが続いているのだろう?」(就職状況も良く、ロボット大会等の発信もしているのになぜ?)からスタートし、これまでの電子機械科の取り組みについて点検し、どうすれば中学生にもっとアピールできるのか、他にどんなことができるのか、問い続けています。二つ目は、電子機械科マイコン制御部で主催してきた中学生ロボット大会について、中学校が求めているものは何か、どうすれば参加校は増えるのか、中学生に対して高校生ができることは何かと問い続け、大会のあり方の改善検討を進めています。きっと来年度の中学生ロボット大会では成果が現れることでしょう。

 学問とは、答えを学ぶことではなく、問いを学ぶことです。問いを立てて、自分なりに考え、調べ、取り組み、試行錯誤していくのです。一つのことに取り組んでみると、様々なことにつながり、広がっていきます。

 電子機械科の生徒の皆さんにとって、「人生最初の課題研究」(電子機械科の大橋先生の言葉)は終わりました。しかし、本当の「課題研究」はこれからです。それぞれの職場で、自ら問いを立て、その問いを原動力にして、創造的な仕事をしていってほしいと期待します。

 

地域の課題を解決する力 ~ 電子機械科の課題研究発表会(1)

 3年生の学年末考査、通称「卒業試験」が1月28日(火)に終了しました。これで3年生は家庭学習期間に入るのですが、電子機械科の3年生(2クラス)は翌日も登校し、この1年間取り組んできた課題研究の発表会に臨みました(会場は第5実習棟フロア)。電子機械科の「課題研究」は生徒たちがそれぞれ班をつくり、各班で課題を設定し、担当の先生の指導を受けながら研究実践を行うものです。教育課程上は、2単位(週2時間)ですが、放課後や長期休業中にも自主的に活動してきました。

 1月29日(水)の1、2時間目、3年B組の発表が行われました。6つの班の発表のうち半分の3つの班が、地域社会の課題解決に挑む内容となっており注目しました。一つ目が、以前この「校長室からの風」で紹介した、御船町の小学校英語授業における人型ロボット(ペッパー君)に搭載する制御プログラム作成です。簡単な英会話、そして手ぶり、身振りの動作ができるプログラムを生徒たちがつくり、小学生の英語授業に貢献しました。

 二つ目は、御船町の害獣被害対策のためにイノシシを捕獲する箱罠の製作です。このテーマは昨年度の3年生から継続です。市販されているものより安価な手作りの箱罠を昨年度の3年生が製作したのですが、実際に設置してみるとイノシシに壊され、捕獲できませんでした。その失敗を糧に、今年度の班は、より軽量で持ち運びやすく、かつ丈夫な箱罠を作り上げました。しかし、完成が遅れたため、まだ実際に使用できず、実際の捕獲はこれからです。三つ目は、災害時に簡易に使用できるバーベキューコンロの製作です。学校の工作機具を使用し、鉄板を材料に作り上げました。災害で電気やガスが使用できなくとも、火を焚き芋や肉を簡単に焼くことができる手製のコンロが成果物です。

 電子機械科の生徒の強みは、モノづくりができる点にあります。これは普通科の生徒にはない絶対的な強みです。3年間の豊富な実習を通じて、モノづくりの面白さと難しさを知っています。自分たちに何ができるのかと考えた時、モノづくりの技能を持っていることは生徒たちの生きる力となるでしょう。

 地域社会には大人の手が回らないほどの沢山の未解決課題があります。モノづくりの基礎を身に付けた高校生であれば、その行動力とアイデアを生かせば、課題を解決できる可能性が大きいのです。

 御船高校電子機械科だからこそできる社会貢献があるのです。

 

 

先進校を訪ねて ~ 育友会の視察研修

 御船高校では、毎年育友会の視察研修を実施しており、県外の高校や企業を訪問しています。保護者会と教職員にとって貴重な研修の機会です。今年度は、福岡県の二つの高校を1月24日(金)に訪ねました。参加者は保護者役員さんが9人、学校の教職員が私を含め4人の計13人で、育友会所有のマイクロバスを活用しました。

 今回訪問先として選んだ学校は、福岡県立八女工業高校(筑後市羽犬塚)と同県立八幡中央高校(北九州市八幡西区)です。御船高校が2年後に創立百周年を迎えることから、創立百周年事業の準備やその成果を知りたいということと、本校がより魅力ある学び舎に発展するために同じ工業系、そして芸術コースの先進校から学びたいという大きく二つの理由から選びました。

 福岡県立八女工業高校は、電子機械科・自動車科・電気科・情報技術科・土木科・工業化学科の6学科を有し、各種の資格取得も良好で就職状況も好調、同県で最も勢いのある工業高校と聞いています。そして、何といっても、今年度、全国高等学校ロボット競技大会で優勝を飾っている学校なのです。決勝トーナメント1回戦で敗退した本校にとっては仰ぎ見る存在です。2020年度に創立100周年を迎える同校は、同窓会と学校が連帯し正門の改築、教育機器の充実等に取り組まれており、本校の計画、準備が遅れていることを痛感しました。工業高校ですが女子生徒が増加傾向にあり、在籍数が百人を超え、女子支援課という部門を設け組織的に女子生徒をサポートされています。また、今年度から女子生徒は制服のスラックス着用が可能になり、防寒性と活動性に優れたスラックスを選ぶ女子が増えているとのことでした。

 福岡県立八幡中央高校は、普通科4クラスに芸術コース1クラスを有し、今年度で創立103年を数える伝統があります。遠く洞海湾を眺望できる高台に建つ学校です。平成28年に創立百周年を迎えられ、その時の数多くの資料(計画書、要項等)や「記念誌」、記念品等を今回頂くことができました。玄関を入ると2階吹き抜けのギャラリースペースがあり、同校が誇る芸術コースの美術・書道の作品群が出迎えてくれました。同校の書道部はこれまで全国高校書道パフォーマンス大会で2度の優勝を飾っており、御船高校書道部にとって目標の学校です。芸術コースが牽引役となり文化的な行事が盛んで、学校の活性化につながっているようです。また、同校でも女子生徒の制服はスラックス着用が可能でした。

 両校とも生徒たちが生き生きと学校生活を送っており、活気が校内に満ちていました。丁寧にご対応頂いた両校の先生方に深く感謝申し上げます。

 本校より一歩先を進んでいる学校でした。両校を目標に、御船高校の一層の魅力化に努めます。

 

  

  八女工業高校           八幡中央高校

 

初任者研修

 県立学校「初任者研修」(第11回)の教科指導等研修が、1月14日(火)に御船高校で開催されました。参加したのは、本校の二人の初任教諭(美術の本田崇教諭、生物の橋本雄司教諭)ほか、各学校から数学2人、理科2人の計6人です。他の教科・科目は他校で行われ、本校には数学・理科・芸術(美術)の初任教諭と指導に当たる県立教育センターの指導主事の先生方(3人)が集まられたことになります。

 会場校校長として最初に挨拶を行ったのですが、初任者の皆さんの積極的に吸収しようという意欲的な姿勢が伝わってきました。初任者を代表し、本校の橋本教諭が生物の研究授業(2年1組)を2時間目に行いました。自律神経系と内分泌系の共同作業によって体温が調節されることを理解する授業でした。橋本教諭は情報機器を活用して説明のわかりやすさを心がけ、生徒たちに話し合わせたり、協働でワークシート作成に取り組ませたりと生徒の主体的な学習活動を意識した授業となっていました。

 授業参観していて、「授業はコミュニケーションの場」であることを改めて実感しました。教師からの一方通行ではだめで、教師と生徒、そして生徒同士の「対話」があってこそ発展するものなのです。この「校長室からの風」で以前にも触れましたが、今、高等学校の普通教科の授業は大きく変わりつつあります。社会の急速な変化に伴い、生徒が必要とする学力の質も変わってきているのです。従って、「教える」という教師側の視点だけでなく、「わかるようになる」、「できるようになる」という生徒を主体とした視点からの授業改革が求められています。

 授業者の橋本教諭以外の初任者五人は、「良かった点」、「改善が必要だった点」、「自分の授業で活用したい点」等をメモし、その後の授業研究会で活発な意見交換を行いました。そして、午後は各学校における自分の業務上の課題についての「課題研究報告会」が行われ、県立教育センターの指導主事からの助言、指導を受けました。

 初任者研修は1年間を通し体系的、計画的に進められます。保護者の皆さん、生徒の皆さん、初任の先生たちは一人前の教師になろうと懸命に努力していることを知ってください。経験は足りません。しかし、初任者は学校に新風を吹き込み、学校を変える可能性を持ち、これからの令和の時代を担う存在なのです。

 初任者をはじめ若手の教師を支援して、バトンを渡していくことが私の最後の務めだと思っています。熊本県の教育の未来は明るいと信じています。

御船高校への期待を感じて ~ 令和2年の始動

 1月8日(水)に始動してまだ二日目の御船高校ですが、幾人ものお客様が校長室を来訪され、新春の賑わいが続いています。

 来る4月から御船高校は総合型コミュニティスクールとなります。これまでの「地域に開かれた学校」から一歩踏み出し、「地域と共にある学校」として地域住民の方、保護者、学校が協働で学校運営に取り組んでいくことを目指します。その重要なパートナーが町役場の皆さんです。昨年も、1学年の「総合的な探究の時間」や芸術コースの学習活動に対して、積極的なご支援とご協力をいただきました。その中核的存在である商工観光課の作田課長(御船高校同窓生)が来校され、「今年はもっと一緒にやっていきましょう」と力強いお言葉をいただきました。

 また、同窓会の徳永明彦会長が北九州市からお見えになりました。ご多用な公務(企業の代表取締役)の合間を縫って、昨年も何度ご来校くださったことでしょう。11月の「ようこそ先輩、教えて未来」行事ではご講演もしていただきました。2年後に迫る創立100周年行事に向け、今年はより一層、同窓会との連帯が求められますが、徳永会長の存在は誠に心強いものがあります。

 そして、地元の池田活版印刷所さん(御船町)から、芸術コースの生徒達(3学年計66人)に素敵な贈り物がありました。鉛活字を使った昔ながらの手法(活版印刷)で創られた今年の暦です。池田活版印刷所についてはこの「校長室からの風」で以前紹介しましたが、創業明治33年(今年で120年)の老舗で、全国的にも珍しい活版印刷をいまだに貫いておられる印刷所です。

 池田活版印刷所の5代目店主吉田典子さんが来校され、芸術コース3年の代表生徒たちに、手のひらサイズの12枚の月暦を贈られました。生徒たちはさっそく手に取り、活版印刷による味わい深い凹凸感を確かめていました。吉田さんは、本校に対する地域の応援団のような方で、昨年秋の文化祭にも来校され、美術・デザイン、書道の作品や音楽の舞台(ステージ)をご覧になりました。そして、芸術コースの生徒たちにアナログの手仕事の良さを知ってほしいと今回の寄贈を思いつかれたそうです。

 新しい年の暦は、生徒たちの未来図のようなものです。これからの1年、様々なことが起こるでしょう。しかし、頑張る高校生を地域の人々は温かく見守り、応援してくださると思います。

 

 「初暦(はつごよみ) 知らぬ月日の 美しく」 (吉屋信子)

 

 

「冬はつとめて」 ~ 3学期始業式校長訓話

 

 新年明けましておめでとうございます。こうして皆さんと一堂に会し、私たちの学校、御船高校の新しい年が始まります。

 今朝、正門から登校してきた生徒の皆さんは、門松に気付いたでしょうか?昨年暮れの12月27日(金)に渡部先生、小牧先生などの職員有志とハンドボール部の生徒たちによって正門前に立てられました。門松は、新しい年の神様が天から降りてこられる目標(「依代(よりしろ)」)となるものです。門松を飾る松、竹、葉牡丹、南天などにはそれぞれおめでたい意味が込められています。正月の伝統的慣習であり、門松が立っていると正月気分が出ますね。その門松も今日で片づけられます。松の内も終わりです。

 今年は令和2年西暦2020年です。東京2020オリンピック・パラリンピックイアーを迎えました。年の瀬にサプライズニュースが学校に届きました。車いすマラソンに取り組み活躍している2年3組の見﨑真未さんが、東京2020オリンピックの熊本県聖火ランナーに選ばれたのです。今年の5月6日に県内を走る聖火ランナーの一人となります。見﨑さんを通して、東京オリンピックと御船高校はつながりました。学校を挙げて応援したいと思います。

 さて、平安時代に書かれた随筆「枕草子」の冒頭、作者の清少納言はそれぞれの季節で最も趣のある時間帯について述べています。「春はあけぼの」、すなわち夜明けごろが良い、「夏は夜」、「秋は夕暮れ」と言っています。それでは、冬はいつ頃が良いと言っていますか?「冬はつとめて」、すなわち冬は早朝、朝早くが良いものだと述べています。雪が降っていたり、霜が降りていたりと寒い朝ほど良いと清少納言は言っています。清少納言が暮らした都、今の京都は山々に囲まれた盆地で、冬の寒さの厳しい所で知られます。熊本もこれから2ヶ月は寒さが続くことでしょう。しかし、千年前の都人も愛した冬の朝の寒くとも清々しい情景を感じる心の余裕を持ちたいと思います。今日から始まる3学期、「冬はつとめて」と口にして自分を励まし、登校してきてください。

 結びに、残り50日ほどで卒業していく3年生に伝えます。まだこれから進路実現に向けて試験に臨む人がいます。全国でおよそ56万人が受験する大学入試センター試験にも本校から12人が挑みます。3年生全員の進路が決まるまで私達も全力で支援します。そして、既に進路が決まっている皆さん、残された高校生活一日一日を惜しみながら、最後まで勉強してください。しっかりと助走をして、勢いをつけ、新しい世界に飛躍して欲しいと願い、3学期始業式の挨拶とします。

 

門松が立ちました

 

 今年は今日12月27日(金)が学校の仕事納めとなります。学校では、進学課外授業を受ける生徒たちや部活動に励む生徒たちの姿が見られます。朝から、有志職員とハンドボール部の男子生徒4人で、門松づくりが行われました。例年関わってこられた渡部先生(数学)の段取りがよく、およそ1時間でできあがり、正門前に立ちました。門松は、新しい年の神様が天から降りてこられる目標(「依代(よりしろ)」と言います)となるものです。これで、私達の学校も新年を迎える準備が整ったわけです。

 門松を飾る松、竹、葉牡丹、南天などそれぞれ意味があるのです。正月の伝統的慣習であり、門松が立つと気持ちが落ち着きます。ALTのマシュー先生(アメリカ合衆国)も興味深く作業を見守り、質問をしていました。午後、課外授業や部活動が終わり帰る生徒たちを門松が見送ることになります。

 さて、年の瀬になって、学校に大きなサプライズニュースが届きました。車いすマラソンに取り組み、今年一年、各大会に出場してきた2年の見﨑さんが、「東京2020オリンピック聖火ランナー」(熊本県)に選ばれたのです。2020年(令和2年)の5月6日に県内を走行する聖火ランナーの一人となる予定です。走行する具体的な場所や時間は未定ですが、学校挙げて応援したいと思います。来年の東京パラリンピックには間に合いませんでしたが、見﨑さんはその次のパリパラリンピック大会出場を視野に入れ、挑戦することを決めています。見﨑さんの活躍は他の生徒たちに大きな励ましを与えることでしょう。

 見﨑さんをはじめ御船高校生一人ひとりは限りない豊かな可能性を持っています。その可能性をもっともっと引き出していきたいと思います。来る新年、御船高校の更なる飛躍の年となることを願わずにはいられません。

 今回をもって今年の「校長室からの風」を納めたいと思います。

   皆さん、良いお年をお迎えください。

 

「 一年の 心の煤(すす)を 払はばや 」(正岡子規)

 

 

 

2学期の終業式を迎えて

 2学期の終業式を迎えるにあたり、振り返ってみるとこの9月から10月にかけてラグビーワールドカップがわが国で開催され、ラグビーブームが巻き起こったことが思い出されます。にわかラグビーファンとなり、テレビ中継放送に見入った人も多かったのではないでしょうか?私は試合の面白さはもちろんですが、日本代表チーム構成メンバーに興味を惹かれました。日本代表チーム31人のメンバーには外国出身選手が15人。およそ半数です。ニュージーランド、南アフリカ、トンガ、韓国、オーストラリア、サモアなどの出身です。

 ニュージーランド出身で日本国籍を取得した主将、リーチ・マイケル選手は「このチームの良さは多様性だ」と表現しました。様々な言語と文化を背景に持つメンバーは、チーム内でお互いを理解し合い、結束力を高めていきます。生まれや育ち、文化的背景の違いを乗り越えて結束力を高めていったところに、ラグビー日本代表チームの強さがあったということでしょう。

 さて、多様性という言葉が出ましたが、私はつねづね御船高校の魅力は「伝統と多様性」だと思っています。伝統は、大正、昭和、平成、令和と変わらずこの地にあって地域の方から親しまれていることです。多様性は、電子機械科、芸術コース(音楽・美術・書道)、そして普通科の特進、総合のクラスがあり、それぞれ特色ある学び合いが行われていることです。皆さんの出身中学校は30校を超えており、この学び舎で多くの出会いがあります。

 「生物多様性」という言葉があるように、森も多くの種類の樹木があるほど健やかで強いそうです。御船高校は、個性豊かな生徒がたくさん集う人材の森のような学校でありたいと思います。

 午前9時から体育館で、表彰式、そして2学期の終業式を執り行いました。寒気の漂う体育館でしたが、節目の行事にふさわしく心身とも引き締まる思いがしました。そして、9時45分から大掃除に全校挙げて取り組みました。校庭で帚を持つ生徒たちの表情もどことなく解放感があるようで、晴れやかです。冬休みの楽しみを尋ねると、異口同音に「お年玉」と返ってきました。御船町在住の女子生徒は、地元の若宮神社(御船川沿い)に家族で初詣に行くのが慣習と答えてくれました。

 明日から冬休みです。生徒の皆さん、新年1月8日の始業式でまた会いましょう。令和元年も残り一週間。よいお年を。

 

 

 

提言する力を養う ~ 1学年「総合的な探求の時間」学習発表

   体育館で一斉に各グループのポスターセッションが始まると、活気が会場に溢れました。12月20日(金)の午後、1学年「総合的な探究の時間」(以下、略して「総探の時間」と云う)の学習発表会を開催しました。各クラスから2グループを生徒たちの相互評価で選出し、学年代表の12グループが体育館の各所に分かれ、「自分たちが住んでみたい町」のテーマで発表したのです。

 今年度の1学年の「総探の時間」は、1学期に上益城郡の産業や伝統文化を知る活動を行いました。それを踏まえ、2学期は自らが住む地域について知り、住みやすい、あるいは住んでみたい「まち」を考える学習に取り組みました。9月下旬には、実際に御船町でまちづくりに取り組んでおられる役場、観光協会、商工会の方をゲストティーチャーとして迎え、クラスごとにお話を聴きました。そして、御船町の課題に気づき、高校生なりの課題解決に向けた提言づくりを始めたのです。

 「総探の時間」は週に1時間しかありません。しかも、2学期は学校行事が多く、各グループで十分に調べ、課題解決に向けた学習の余裕はありませんでした。しかし、それでも高校1年生なりに提言することが大切だと考え、敢えて2学期の最後に発表会を設けたのです。9月のゲストティーチャーの方達をはじめ御船町議員さんや町おこしの団体の方など十五人ほどお見えになり、関心の高さがうかがえました。

 生徒たちの提言内容は、次のようなものでした。

・ 安全なまちづくりの観点から町中にグラデーションの街灯設置
・ 御船町キャラクターマスコットの「ふねまる」型のロボットをつくり、清掃及び防犯監視の機能を    持たせる

・  高校生が小グループをつくり一人暮らしのお年寄りを訪問し交流する
・ 町に小児科がないので小児科を誘致
・ 町を舞台とした映画製作 など 

 提言を聴かれた町の関係者からはやはり大人のご指摘、ご意見がありました。「費用対効果を考えていない」、「実際に町を歩いておらず、机上のプラン」、「自信がないのか、発表の声が全体的に小さい」などです。一方、「これらの提言の中から一つでも学校と町が協力して実現させよう」という声もありました。そして、全員の方から「このような取り組みを御船高校が始めてくれることを待っていた。」との歓迎の言葉を頂きました。

 県立高校とは言え御船町にある学校です。次代の地域社会を担う人材を養う使命が学校にはあります。コミュニティスクールとしての御船高校にご期待ください。 

 

「水」は先人からの贈り物

 先日、図書室を訪ねたところ、「冬休みに生徒たちに読書に親しんでほしい」という司書の先生の思いで、ライトノベルだけでなく、様々なジャンルの書籍がお勧め本コーナーに並べられていました。その中に、徳仁(なるひと)親王の著作『水運史から世界の水へ』がありました。平成31年4月にこの本が刊行され、翌月、徳仁親王は令和の新天皇として即位されました。学生時代から水運史を研究されてきた天皇陛下は、21世紀の世界の平和と繁栄は水問題の解決にかかっていると述べられ、水問題に強い関心を持たれています。そして、限りある水を「分かち合う」知恵の実践事例として江戸時代の明治(めいじ)用水(愛知県)や三分一湧水(さんぶいちゆうすい)と呼ばれる分水施設(山梨県)を紹介されています。

 『水運史から世界の水へ』を読みながら、12月4日にアフガニスタンで銃撃され非業の死を遂げた中村哲医師(享年73)のことを考えました。長年、パキスタンそしてアフガニスタンで人道支援に尽力されてきたペシャワール会代表の中村哲医師は福岡県出身ということもあり、熊本県でも講演を幾度もされています。20年ほど前、当時勤務していた高校の生徒達と共に熊本市でご講演を聴く機会に恵まれ、過酷な環境のもと信念を貫く姿勢に感銘を受けました。

 中村哲医師は、清潔な水がない悪質な衛生状態での医療活動に限界を感じます。また貧困問題の原点は水不足であることに気づきます。そして「100人の医師を連れてくるより、一本の用水路を作る方が多くの人を助けることができる」と考え、アフガニスタンの荒涼とした砂漠地帯での用水路建設事業に着手したのです。この用水路工事に当たって参考にしたのが、福岡県朝倉市の山田堰(やまだぜき)でした。江戸時代後期、大小の石を水流に対して斜めに敷き詰めることで筑後川から水田に水を引くことに成功した山田堰の手法を見習い、取水口の難工事を克服しました。そうして20㎞を超す長大な用水路を完成させ、周辺の砂漠を緑の農地に一変させました。

 ここ御船町にも江戸時代の用水路の遺産が継承されています。この「校長室からの風」で以前紹介しましたが、吉無田水源から水を引いた嘉永(かえい)井手です。幕末の木倉手永の惣庄屋の光永平蔵(みつながへいぞう)は、総延長28㎞に及ぶ大水路(用水路)の難工事を指揮しました。6年を要し竣工したこの難事業には地域の村々から農民が動員されました。重機もない当時、人力に頼った水利土木工事がいかに過酷なものであったか想像するしかありません。長い水路の途中、田代台地では873mものトンネルが穿(うが)たれました。「九十九(つづら)のトンネル」として今も顕彰されています。

 わが国の温暖湿潤気候とアフガニスタンのような砂漠地帯では条件は大きく異なりますが、江戸時代の先人の水利事業に対して改めて敬意を表します。

 水道の蛇口をひねればおいしい水が潤沢に出てくる生活に慣れた私たちですが、世界には安全な飲料水に恵まれない人々、干ばつで農業用水が不足し飢饉に苦しむ人々がいます。わが国の「水」は先人からの贈り物であることを忘れてはならないと思います。 

 

舞台で輝く瞬間 ~ 御船高校芸術コース音楽専攻発表会

    プログラムのフィナーレ、3年生の青山さんのピアノ独奏「渚のアデリーヌ」、そして平野さんの独唱「ああ愛する人の」は聴衆の胸を揺さぶるものでした。舞台で演奏する青山さん、歌う平野さんの姿は輝いて見えました。

 12月17日(火)、午後6時半から御船町カルチャーセンターにて「御船高校芸術コース音楽専攻 演奏会」が開かれました。音楽専攻は、3年が2人、2年が4人、1年が5人の計11人在籍しており、前半は11人全員がそれぞれ独奏、独唱を披露しました。そして、後半は卒業学年の3年生の二人の演奏、独唱が中心の構成で、途中、1・2年生の9人でアンサンブル演奏「美女と野獣」で会場の雰囲気を盛り上げました。

 3年生の青山さんはピアノ、平野さんはソプラノ独唱が専門ですが、プログラムの中では二人でピアノ連弾に挑戦し、息の合ったところを見せました。そして、プログラム終了後に二人で舞台に立ち、3年間の高校生活を振り返っての感謝の言葉を述べました。「音楽は時間の芸術」と言われます。他の美術・デザインや書道のように作品が残りません。その瞬間、瞬間に音や声は生まれては消え、二度と後戻りができません。瞬間の創造に賭ける集中力と日頃のレッスンの繰り返しが求められる芸術です。

 3年生の二人の舞台での輝きは、これまでの長い努力の時間が生み出したものです。そのことが尊いと思い、私自身も熱いものがこみあげてきました。

 卒業演奏会を兼ねた芸術コース音楽専攻発表会は心温まる余韻を残し閉幕しました。本校の芸術コースは平成16年(2004年)に設立され、今年で15年を迎えます。九州唯一の音楽大学である平成音楽大学が同じ御船町にあることが何よりの強みで、大学の先生方からご指導を受けたり、同大オーケストラの定期演奏会に出演させていただいたりと特別な学びができます。御船町は、恐竜の化石発掘で有名ですが、美術の町であり、音楽の町でもあるのです。現在の音楽専攻1年生の5人は自分たちで御船町の応援ソングを作詞、作曲したところ、町役場の商工観光課から応援していただき、ミュージックビデオ作製にまで至りました。

 本校の音楽科の岡田教諭は「芸術(音楽)は心の栄養」と語ります。また、前村講師は「音楽は最高のコミュニケーションツール」だと言います。芸術コース音楽専攻発表会では中学生の姿が観客席で目立ちました。御船高校芸術コースで好きな音楽を存分に学びませんか?皆さんの入学を待っています。

 

世界大会の臨場感 ~ 女子ハンドボール世界大会の学校観戦

  「2019女子ハンドボール世界選手権大会」が大詰めを迎えています。この週末に決勝が行われ、世界女王が決まります。半月前にこの「校長室からの風」で触れましたが、1997年(平成9年)に熊本県で「男子世界ハンドボール世界選手権大会」が開催されており、22年ぶりにハンドボール世界大会と私たちは再会できたことになります。御船高校は、生徒たちにスポーツの世界大会を体験させるべく、2回に分け学校観戦を実施しました。

 12月9日(月)、1年生を引率してパークドーム熊本(熊本市)に赴きました。12時30分からオーストラリア対中国の試合観戦です。当日は、小中学校、高校、特別支援学校等、四十数校の学校が来場しており、その中で御船高校はオーストラリアを応援しました。そして、二日後の11日(水)、2、3年生による学校観戦は、ロシア対スペインの強豪国同士の試合でした。優勝候補のロシアの好守にわたるパワフルなプレーは圧巻でした。本校はロシア応援であり、ロシア国旗の小旗を数多く用意し持参し、得点の度に生徒たちが小旗を振り声援を送りました。

 世界大会レベルのスポーツをライブで観戦できるまたとない機会に生徒たちは恵まれ、幸運だったと思います。インターナショナルな会場の雰囲気、試合前のセレモニー(各国の国歌斉唱、選手紹介等)への敬意など、その場に実際に参加することでしか得られない体験でした。そして、何といっても世界トップレベルのプレーに魅了されたことでしょう。

 ハンドボールは「走る、跳ぶ、投げる」のスポーツの3大要素がすべて含まれ、スピード感あふれる激しい攻防が絶え間なく続きます。球技の格闘技との異名も持ち、「ファウルではないか」と観ていて思うほどの迫力あるぶつかり合いが演じられます。歓声とどよめきが交錯し、観戦していて前後半それぞれ30分間が短く感じられました。多くの生徒がハンドボールのルールもわからないまま観戦したのですが、「面白かった!」とみな笑顔でした。

 22年前の男子大会同様、今回も熊本県単独での世界大会開催でした。会場に足を運んだ生徒の皆さんは、実に多くの人々が大会運営に当たっておられる様子を目の当たりにしたと思います。その中には、御船高校教職員の今田先生、渡部先生もいます。お二人は、大会組織委員会から競技役員として依頼を受け、大会期間中、大会運営に献身的に尽力されています。

   このような縁の下の力持ちのような多くの人の存在が、大会を支えているのです。このことを生徒の皆さんには気付いてほしいと思います。

 

「好き」の力を信じる ~ 御船高校芸術コース発表会

 御船高校には音楽、美術・デザイン、書道の三つの専攻からなる芸術コース(普通科)があります。熊本の県立高校では唯一の音・美・書の三領域そろった芸術コースです。各学年の4組がそれに当たり、66人の生徒が在籍しています。オンリーワンを目指す、きらきらと個性輝く生徒たちが集まっており、それぞれが好きなアート制作に取り組んでいます。現在、この芸術コースの発表会が行われているのです。

 美術・デザイン専攻と書道専攻の作品展を12月10日(火)から15日(日)まで熊本県立美術館分館4階展示室で開いています。昨日12日(木)に私も会場に赴きました。会場には、伸びざかりの表現力の結晶である作品群が並び、壮観で圧倒されます。

 会場の一角では、ホラーの短編映画が上映されています。7分の短い映像作品ですが、学校を舞台とした学園ホラー映画には高校生の感性が色濃く反映されています。出演者は本校生及び教職員です。御船高校の美術・デザイン専攻では、3年生で選択科目「映像表現」(2単位)があり、この科目履修生によって制作された短編映画なのです。このような「映像表現」科目を選択できる高校は県内には他にはありません。

 昨日は、3年生美術・デザイン専攻の3人の女子生徒が会場受付を担当していました。3人とも口数が多い生徒ではなく、どちらかというと内向的な性格かもしれません。しかし、彼女たちの作品は誠に雄弁です。自らの内なる声を表現したいというエネルギーが作品に満ち溢れています。創られた作品は、その人の身体の一部のようなものだと感じます。

 高校進学の時点で、芸術コースを選ぶ生徒は多くはありません。しかし、自らの「好き」という気持ちを拠りどころとして、少数派としての誇りをもって入学してきてほしいと思います。御船高校芸術コースは、自分の「好き」を磨き伸ばす場所です。スポーツであれ、文化活動であれ、自分自身が心から好きなことに熱中することは自己肯定感につながると思います。

  「A I」の時代を迎えた今だからこそ創造力や感性が求められる、と本校の芸術コースの職員たちは述べています。芸術コースの真価が問われる時が来たと言っていいでしょう。

 美術・デザイン専攻と書道専攻の作品展(県立美術館分館)は12月15日(日)までです。また、音楽専攻の発表会は12月17日(火)の午後6時30分から御船町カルチャーセンターで開かれます。どうか足をお運びください。

         

 

 

 

謎の八角形洞門 ~ 廃線遺構を訪ねて

   その絵を見たとき、描かれた場所がどこであるか見当がつきました。久しぶりに訪ねてみたいと思いました。その絵、本校美術・デザイン専攻3年の邑山(むらやま)君の油絵「昼下がりの洞門」を見たのは1学期の6月でした。この絵は第82回銀光展の文林堂賞を受賞した秀作です。山中の八角形コンクリートの遺構に光が当たって浮かび上がっている情景です。「ここはいったいどこなのだろう?」と周囲の職員がいぶかしがる中、私には思い当たる所があったのです。

 11月後半の休日、思い立って出かけました。御船高校から妙見坂トンネルを通り甲佐町に抜け、国道443号を南下し美里町に入り、小筵(こむしろ)の交差点近くの脇道を津留(つる)川沿いに下ると釈迦院(しゃかいん)川との合流地点に出ます。ここには江戸時代末期から大正、昭和初期に至る異なる時代の五つの石橋が架かる「二俣五橋」(ふたまたごきょう)があります。緑川水系には通潤橋(つうじゅんきょう)、霊台橋(れいたいきょう)といった国重要文化財指定の大規模な石橋をはじめ数多くの石橋があることで知られていますが、ここ「二俣五橋」も必見です。しかし、今回はここが目的地ではありません。自動車で行けるのはここまでで、あとは徒歩です。

 「二俣五橋」から津留川の右岸に渡り、山の斜面の細い道を上ります。幸い、フットパス(「歩く小径」という意味)として美里町によって整備されています。細い道を上りきると、車一台が通れるような平らな道が山腹につながっています。もちろん道路ではなく車は通れませんが、フットパスとして草も刈られ、歩きやすいものです。津留川の清流を右手に見下ろし、里山の風景がまことに目に優しく、心地よい道です。山中にどうしてこのような幅広い道があるのでしょうか?ここをかつて鉄道が走っていたと知ると合点がいくと思います。

 かつて大正時代から昭和中期まで、熊本市(南熊本駅)から上益城郡の嘉島、御船、甲佐を通り、下益城郡の砥用(ともち)まで熊延(ゆうえん)鉄道という私鉄が走っていました。九州山脈を越え宮崎県延岡市まで結ぶという雄大な構想は実現せず、モータリゼーションの波で昭和39年(1964年)に廃線になりました。廃線から半世紀を過ぎ、乗車経験のある方も少なくなりました。

 山中の平坦な道を五分も歩くと、邑山君が描いた洞門が見えてきます。八角形のコンクリート遺構が等間隔で7基連なっています。鉄道のトンネルであれば半円筒形でなければならないはずですが、間隔が空いており中途半端な構造となっています。その理由はいまだよくわかっていません。

 廃線となった鉄道遺構は寂しくも映りますが、この地域の近代化を支えた遺産であり、時代の証人とも言えます。邑山君はよく注目したと思います。

 歴史を知ると、見えないものが見えてくると思います。

   二俣五橋の風景      旧熊延鉄道線路跡      旧熊延鉄道トンネル跡

「走る、ひたすら走る、ゴール目指して」 ~ 第87回御船高校長距離走大会

 

    数ある学校行事の中で、生徒たちに最も歓迎されない行事が「長距離走大会」でしょう。長距離を走ることが得意だという人は少ないうえに、「きつく、苦しい」、「ただ走って何になる?」と生徒たちの不満は多いものです。しかし、長距離走大会は、生徒たちの心身に負荷をかける鍛錬行事です。鍛錬行事は近年の学校行事では少なくなり、長距離走大会(持久走大会)や強歩会などが各学校で実施されている状況です。

    御船高校の長距離走大会は、昭和7年(1932年)に始まり、旧制御船中学校以来続く伝統行事です。時代を超えて受け継がれてきたということは、成長期の若者に必要な行事であることを示していると思います。

    12月7日(土)、第87回御船高校長距離走大会を実施しました。男子は午前10時スタートでコース距離11.8㎞、女子は10分後にスタートし9.5㎞走ります。学校を出て国道445号を嘉島町方面に向かい、途中から田畑の中の農道に入り、高木地区のだらだら坂を上り、益城町から伸びてきている国道443号に出て学校へ帰ってくるコースとなります。

    全校生徒528人中、492人が参加しました。健康状況等で参加できない生徒は運営スタッフとして記録等の業務に当たってくれました。また、大勢の保護者の方々が、豚汁の炊き出し班とコース各ポイントでの交通安全見守り班に分かれご協力いただきました。師走らしい曇天で気温は低めでしたが、里山の集落の昔ながらの道や農道では、保護者や地元の皆さんの温かい声援を受け、492人全員が完走を果たしました。私はスタート地点、そして移動しながら2か所で応援し、最後はゴール地点で生徒たちを出迎えましたが、あらためて御船高校生のたくましさ、底力を感じました。

    社会は変化しても、学校での体育的鍛錬行事は意義があると私は思います。「きつい」と生徒たちが感じている時、身体と体が鍛えられているのです。スタート前は不安な表情を浮かべる生徒たちもいましたが、走りぬいてゴールした後、生徒たちはみな清々しい表情でした。何にも代えがたい達成感を味わったことでしょう。

   走る、ひたすら走る、ゴール目指して走る、ただそれだけのシンプルな行事ですが、きっと青春の特別なひとこまになったと思います。

 

「未来のための金曜日」講演会

 

 「未来のための金曜日」講演会を11月に2回開催しました。8日(金)に徳永明彦(とくながあきひこ)同窓会長(ダック技建(株)代表取締役)、そして29日(金)に熊本市の遠藤洋路(えんどうひろみち)教育長をお招きしました。

 徳永同窓会長は、「希望ある社会人」の演題で、御船高校卒業後に福岡県で就職して、やがて北九州市で会社を興され今日に至る半生を力強く語られました。高校時代は英語の勉強が苦手だったそうですが、大人になったら海外旅行をすることが夢で、それを実現し世界40か国を訪問されています。しかし、いまだに英会話が苦手で、生徒たちに英語の勉強の大切さを強調されました。また、学校と社会の違いの例として、学校の試験問題は正答が用意され、簡単な問題から解いていけばある程度の成績は得られるが、社会では正答がわからないうえに、難しい問題を解決しないと前へは一歩も進めない状況があると述べられました。

 遠藤教育長は、もともとは埼玉県のご出身で、文部科学省に入られ、その後公務員を辞して起業され、そして現在は政令指定都市(人口74万人!)の教育行政の最高責任者という重責を担われています。演題は「人生に正解はない」です。文科省からハーバード大学に研修留学に派遣され、得意と思っていた英語が通じなかったことや、毎日のゼミナール講義で進んで意見が言えず挫折感を覚えたこと、さらには闘病生活の体験など人生がいかに予測不可能なものかを切実に語られました。「人生に正解はない、のであれば、人生に不正解はありますか?」と最後に生徒から質問が寄せられました。それに対して、遠藤教育長は、「人生とは自分で決断して生きていくもの。だから、不正解があるとすれば、それは他人任せの生き方だと思う。」と明快に答えられました。

 「将来の夢」というものを持ちにくい時代になったと言われます。なぜなら社会の変化があまりに激しく、未来を予測することが不可能だからです。しかし、徳永同窓会長も遠藤教育長も、社会の変化に主体的に対応され岐路では自ら決断し、ダイナミックに人生を切り拓いてこられたことがわかります。

 これから地図なき進路に歩みだす生徒の皆さんにとって、未来を考える時間になった二つの講演会でした。「未来のための金曜日」になったと思います。

   

   徳永同窓会長の講演         遠藤教育長の講演

再び、世界大会が熊本で ~ 「女子ハンドボール世界選手権大会」開催

 私は35歳でした。福島譲二知事の時でした。1997年(平成9年)、熊本県で「男子ハンドボール世界選手権大会」が開催されました。当時勤務していた県北の高校の生徒たちを引率し、メイン会場のパークドーム熊本(熊本市)で試合を観戦しました。確かロシアとフランスの対戦だったと記憶していますが、定かではありません。とにかく、迫力あるプレーに圧倒されました。2m近い大男たちが走り、跳び、投げるのです。躍動的で力強いハンドボールの醍醐味に生徒、職員ともに魅了されました。また、世界大会のインターナショナルな雰囲気にも包まれて、得難い体験となりました。

 そして、今年2019年(令和元年)、「女子ハンドボール世界選手権大会」が熊本県で開催されるのです。来る11月30日(土)から12月15日(日)まで、24か国のチームが参加し、全96試合が熊本市、八代市、山鹿市にある5会場で行われます。大会のキャッチフレーズは「Hand in Hand ~ 1つのボールが世界を結ぶ」です。勝利への思いを込めた1つのボールが手から手へつながり広がっていくように、世界中の選手や応援する人々の間に、国境を越えた人の輪が作られていくことを願ったキャッチフレーズです。

 さて、日本中に感動を与えた「ラグビーワールドカップ2019」(9/20~11/2)はまさに国を挙げて開催したものです。それに対して、「女子ハンドボール世界選手権大会」は熊本県単独で開催します。22年前の「男子ハンドボール世界選手権大会」も県単独開催でした。もともと熊本県はハンドボールが盛んな土地柄ですが、それにしても世界大会を県単独で開くことは壮挙だと思いませんか。男子大会に続いて、再び女子の世界大会開催に挑む熊本県の志の大きさを生徒の皆さんに知ってほしいものです。そして、世界大会レベルのスポーツをライブで観戦できるまたとない機会に生徒の皆さんは恵まれます。

 期末考査が終了する12月2日(月)の午後、体育系部活動の希望者がメイン会場のパークドーム熊本でアルゼンチン対ロシア戦を観戦します。さらに、12月9日(月)に1年生全員、12月11日(水)に2、3年生全員がパークドーム熊本へ観戦に行く予定です。きっと世界大会の臨場感の中、ハンドボールのスピード感、迫力に惹きつけられることでしょう。

 11月30日(土)の開幕まであと少しです。チケット販売をはじめ大会前の盛り上がりに欠けているとの声も聞かれますが、私は心配していません。熊本県民の気質を考えると、いざ大会が始まれば必ず感動と興奮の輪は広がっていくと思います。22年前もそうだったからです。

 

地域と共に ~ 御船町災害ボランティアセンター設置運営訓練

 11月24日(日)午前、御船高校体育館を会場に「御船町災害ボランティアセンター設置運営訓練」を実施しました。主催は御船町社会福祉協議会で、御船高校は会場提供をはじめ積極的にこの訓練に関わりました。

 3年半前の熊本地震の時、多くの住民の方達が本校に避難してこられました。当時、対応に当たった職員は、学校は地域、コミュニティの拠り所であることを痛感したと語っています。県立高校といえども学校所在の地域の方々の支えなくしては成り立ちません。長い間、地元住民の方々に応援され、愛されて学校の伝統がつながっているのです。

 今回の訓練のお話が御船町社会福祉協議会から提案された時は、多くの生徒たちを参加させたいと考えました。ところが、当日は商業の検定試験と重なったうえ、11月27日(水)から2学期期末考査が始まるということで、ボランティア参加が25人に留まりました。しかし、この生徒たちは定期考査前にも関わらず自ら進んで参加しており、きっと近い将来、それぞれの地域の防災の担い手に成長してくれることでしょう。

 午前9時、「災害ボランティアセンター」の開所宣言から始まり、地元住民の方や御船高校生が災害ボランティア役として受付に集合しました。そして、オリエンテーションを受け、どんな仕事がありどんな人が何人求められているのかを知り(マッチング)、グループごとリーダーを決め、土嚢(のう)のひもを縛る体験やアルファ米による炊き出し訓練等が展開されました。生徒代表の3年生の野仲君(前生徒会長)は町福祉協議会スタッフの手伝いに回り、オリエンテーション係として落ち着いて地元住民の方にボランティア活動の注意点を説明していました。

 訓練はおよそ2時間で終了しました。ちょうど訓練中に雷雨となり、体育館から外に出ることができず、完全に屋内での訓練となりましたが、まるで災害を想像させるような悪天候は、訓練に緊張感を与えたと思います。地元住民の方たちをはじめ訓練のお手伝いにこられた上益城郡の各町、そして熊本市の社会福祉協議会の皆さんとも生徒たちは交流の機会を得ました。中には、「御船高校には初めて来ましたが、生徒の皆さんとお話して、中学生の息子を御船高校に入学させたいと思いました。」というような有難い感想を伝えられる関係者もいらっしゃいました。

 御船高校は大正、昭和、平成、令和とこの地にあって地域に支えられてきました。これからも地域と共に歩んでいきたいと思います。

 

御船高校への期待 

    秋も深まり、11月も後半となってきました。中学3年生の皆さんの進路志望が最終決定となる時期です。御船高校では、11月21日(木)、上益城郡内をはじめ各中学校の進路指導担当の先生方に集まっていただき、令和2年度生徒募集の概要説明および募集要項(願書含む)の配布を行いました。説明会はセミナーハウスで実施したのですが、会に先立ち、隣接の電子機械科実習室に中学校の先生方を案内し、生徒の学習、部活動の成果の一部を見学していただく機会を設けました。

 実習室では、芸術コース美術・デザイン専攻、そして書道専攻の生徒たちの作品を展示し、それぞれ専攻の生徒が作品解説を担当しました。また、マイコン制御部のロボット班によるロボット操作実演、そしてマイコンカー班によるマイコンカーの走行実演も生徒たちが行いました。見学された中学校の先生方は大変興味、関心を示され、生徒への質問や感想を述べられました。中には、出身中学校の生徒との再会もあり、「中学生の時に比べ、あまりに成長しているので驚きました!」と感激されている先生もおられました。

   御船高校は、モノづくりの面白さを追究する電子機械科、音楽・美術・書道を通じて創造力を養う芸術コース、多様な教科・科目を学びながら自らの進路を見つけていく普通科(特進クラス・総合クラス)と三つの特色ある学びの課程があり、それらが混然一体となり大きな学び舎となっています。即ち、多様性が魅力です。にぎやかで多彩な学校文化があり、五教科(国社数理英)中心の中学校の教育課程とは大きく異なります。

   33年高校の教職にあって感じることは、高校生の可能性は無限大ということです。高校3年間で大きく変わり、心身ともに成長していきます。近年は通信制高校も増え中学生の選択肢は広がっていますが、長く全日制高校に勤めている経験から、同世代が同じ学び舎で3年間共に過ごすことの教育効果は計り知れないものがあると思います。中学時代に必ずしも真価を発揮できず、不本意な学校生活を送った生徒でも、御船高校で新しいスタートを切ることができます。中学時代に欠席が多かった生徒が、本校ではほとんど欠席もなく、輝いて生活している生徒が幾人もいます。

   誰一人取り残さない、全員が参加して「わかる、できる」ための授業のユニバーサルデザイン化の実践、生徒一人ひとりを全職員で支援する体制づくり等の取り組みで、本校は生徒を伸ばします。

   中学校の先生方から御船高校への期待を寄せていただき、改めて本校の使命の重さを感じました。

 

学びの季節を迎えて

 文化祭「龍鳳祭」を11月15日(金)から16日(土)に開催し、にぎやかで多彩な御船高校の学校文化を発信できました。外部から特別ゲストを呼ぶことなく、生徒主体の手づくりの文化祭でした。そして、PTAバザーには50人を超える保護者の方が協力してくださり、肉うどんやカレーの調理・販売に加え、餅つき実演も行われました。また、地域の中学生や住民の皆さんが大勢来校され、笑顔の交流が見られました。

 一方、自分の夢を追い求める生徒たちは「龍鳳祭」に参加できず、それぞれのスポーツ、文化の大会に出場し、活躍しました。この「校長室からの風」で紹介した見﨑真未さん(2年生)は、11/17(日)に開催された「第39回大分国際車いすマラソン大会」のハーフマラソン部門において、1時間15分37秒の記録でカナダやロシアの有力選手をおさえ、優勝を飾りました。高校生パラ・アスリートの快挙を称えたいと思います。

 また、同じく11/17(日)に福岡市で開かれた「ジャパンマイコンカーラリー九州大会」に出場した本校マイコン制御部マイコンカー班(選手7人)も健闘し、アドバンスクラスで谷口君、カメラクラスで中村君が上位入賞を果たし、来年1月の全国大会進出(北九州市)を決めました。「マイコンカーラリー」とは聞き慣れない競技だと思います。私も10月20日(日)の県大会(八代工業高校)で初めて観戦しました。小さなコンピュータ(マイクロコンピューター)を搭載した車を自分たちで製造し、規定のコースをコンピュータで読取り自走するもので、最も出場者が多いアドバンスクラスは十数秒でレースが決着します。ロボット班と並び、本校電子機械科の面目躍如の部活動です。

 文化祭「龍鳳祭」を終え、校内の空気が変わりました。秋が深まり、学校全体が落ち着いた感じです。昨日の11月20日(水)には人権教育講演会を7限目に実施しました。今年度は水俣病問題をテーマとし、水俣市から胎児性水俣病患者で「語り部」(水俣病資料館)として活動されている永本賢二さんをお招きしました。次代の社会の担い手となる高校生に対する期待を込め、永本さんは支援者の葛西さんと対談形式で歩んでこられた道を語られました。水俣病問題から私たちが学ぶことはたくさんあると思います。人権意識や環境を大切にした社会のあり方など、改めて深く考える契機となりました。

 御船高校の象徴の「天神の森」の紅葉も見頃です。来週、11月27日(水)から2学期期末考査が控えています。生徒の皆さん、学びの季節です。

           人権教育講演会の様子

 

龍鳳祭(文化祭)を終えて

 

  「龍鳳祭」フィナーレの書道パフォーマンスの感動の余韻にいまだ包まれています。10月6日(日)、熊本城二の丸広場で開催された第1回熊本県高校生書道パフォーマンスコンテストで、御船高校書道部は優勝を飾りました。秋のお城まつりの一環として行われた行事で、会場には外国人観光客も多数いらっしゃったのですが、本校書道部の気合の入った、きびきびした動作、ダイナミックな筆遣いのパフォーマンスに魅了され、どよめきに似た歓声と拍手がわき起こったことを鮮明に覚えています。たとえ書かれてある文字の意味はわからなくても、御船高校生の書道パフォーマンスは外国の人の胸を打つのです。これが文化の力だと思いました。

    クールジャパン、「日本はかっこいい」と世界の人が称賛するものは、マンガ、アニメ、ファッション、和食、おもてなしと言われる細やかな接客サービス、そして茶道、華道、能楽、歌舞伎の伝統芸能など幅広い日本の文化です。

 文化は心の豊かさを生みます。例えば、喉の渇きをいやすだけならペットボトルのお茶を飲めば簡単です。しかし、急須に茶葉を入れ、お湯や冷水を適量そそいで、ゆっくり回し、茶碗に注ぎ、お茶の色や香りを楽しみながら一服する時間は心にゆとりと潤いを与えます。煎茶道の世界です。さらに抹茶を用い、作法様式に則った茶道の世界はもっと奥深いものがあります。

 「手仕事」や「手間ひまかける」といった麗しい日本語があります。労力や時間をかけてモノを創っていくと、唯一無二のものを生み出せます。1年4組のお化け屋敷は、大道具から小道具までこだわって製作されていました。美は細部に宿るのです。お化け屋敷がアートになっていたと思います。

    さて、文化祭に向けて、皆さんは生徒会、文化部、クラス、そして有志で取り組んで来ました。皆で協力して何かを創り上げることの難しさと面白さの両方を学んだと思います。そして、お互いの良さや個性をあらためて再発見したのではないでしょうか。普通科総合クラス・特進クラス、芸術コース、電子機械科とそれぞれ特色ある学びがあり、それらが混然一体となり御船高校という大きな学び舎となっています。御船高校の文化の森は皆さんが考えていたより多彩で奥行きのあるものだとこの文化祭で感じたと思います。 

    クールな文化祭でした。この「龍鳳祭」で御船高校の魅力を広く発信できたことを皆さんと共に喜び、講評とします。

 

「龍鳳祭」(御船高校文化祭)始まる

 令和元年の御船高校文化祭「龍鳳祭」(りゅうほうさい)が11月15日、爽やかな秋空の下、始まりました。校歌(昭和2年制定)の一節に「龍鳳となり雄飛せん」とあり、ここから本校の文化祭は「龍鳳祭」と呼ばれています。龍も鳳(ホウ、おおとり)も伝説の霊獣、霊鳥です。少年が大きく成長することを願った歌詞だと思います。

 今日は午前中、体育館で開会式に続き、2年生のインターンシップ(職場体験)発表、保健委員会の発表、1年B組制作の動画上映、そして吹奏楽部のコンサート等が行われました。明日の16日(土)は一般公開となります。大勢の皆さんのご来校をお待ちしております。

 開会式での校長挨拶を次に掲げます。 

 「令和元年の御船高校文化祭「龍鳳祭」の日を迎えました。テーマは「つなぐ ~ 次の時代へ」です。平成から令和へと時代は変わっても、「天神の森」の学び舎は、可能性豊かな若者と熱意ある教師の出会いの場であり続けます。そして2年後の創立100周年に向け、今、本校は新しい伝統を築こうと上昇気運に包まれています。

 さて、御船高校の文化の森は、学習発表、芸術文化の作品、そしてエンターテインメントの企画とカラフルでにぎやかなものになると思います。皆さん一人一人がこの文化の森を自由にめぐって、楽しんでください。きっと様々な発見と出会いがあることでしょう。

 御船高校は地域に開かれた学校でありたいと願っています。明日はきっと中学生はじめ多くのお客様が来校されることでしょう。皆さんの笑顔で迎えてください。そして、本校の魅力を伝えてほしいと思います。

 生徒の皆さんにとって、この二日間が特別な時間になり、私たちの学校、御船高校をもっと好きになることを期待し、オープニングの挨拶とします。」

 

 

 

 

弓道の試合を観戦して

   緊張感ある静寂の空間。きりりと絞った弓を放つと、矢が28mの距離を飛び、的に当たり「ターン」という乾いた音が鳴ります。応援している生徒からは「よし!」という大きな掛け声が起こります。的に当たらなかった時は、安土(あずち)と呼ばれる、的をかけた砂山の土手に矢は音もなく吸収されます。

 11月9日、植木弓道場(熊本市北区植木町)で全国高校選抜大会熊本県予選大会が開催され、御船高校から男子2チーム、女子1チームが出場しました。私は初めて弓道の公式大会の応援に赴きました。会場に到着して先ず驚いたのが、参加生徒数の多さです。男女とも各70チーム、その他、個人戦のみ参加があり、大勢の高校生で活気に満ちています。近年、高校の体育系部活動の入部者は減少しています。特に柔道、剣道の武道の競技人口の減少は著しいものがあります。しかし、弓道の顧問の先生に伺うと、高校の弓道部員数はむしろ上向いているとのことです。現代の高校生を惹きつける魅力が弓道にはあるのでしょう。

   選抜大会県予選では1チーム3人で一人四本の矢を射ます。総計12本中、男子は6本、女子は5本の的中が予選通過の条件です。男女とも普段の練習では十分に予選を通過できる結果を残していたのですが、それぞれあと一本及ばず、涙を呑みました。しかし、矢が当たらずとも、礼法にのっとり平然とすり足で退場する袴姿の選手たちの様子を見て、弓道の精神を感じました。メンタル面の大きく影響する競技であることをあらためて痛感しました。

    今回は予選通過ならなかった弓道部の生徒たちに次の詩を贈ります。若い頃に読んだ武者小路実篤の「矢を射る者」という詩の前半です。

 

 「俺の放つ矢を見よ。

     第一のはしくじった。

     第二の矢もしくじった。

     第三の矢もまたしくじった。

     第四、第五の矢もしくじった。

     だが笑ふな。

     いつまでもしくじってばかりはゐない。

     今度こそ、今度こそと

     十年余り

     毎日、毎日

      矢を射った (後略)」

 

「ようこそ先輩、教えて未来」講演会

  「ようこそ先輩、教えて未来」講演会を11月8日(金)午後に開催しました。各界でご活躍の本校同窓生の先輩をお招きし、高校時代や卒業後の様々な体験を通じて養われた勤労観、人生観を在校生に語っていただくものです。令和元年の今年は、昨年度、同窓会長に就任された徳永明彦氏を講師としてお招きしました。冒頭の校長挨拶を次に掲げます。

 

 今日は、皆さん達の「未来のための金曜日」です。

 英語のCharacterという言葉とPersonalityという言葉は、いずれも日本語では人の性格と訳されることが多いようですが、根本的な違いがあります。Characterは先天的、即ち生まれつき、持って生まれた気質、性格を指す言葉です。一方、Personalityは後天的、即ち経験や学習によって形成されていく人間性、人格と言うべき言葉です。皆さん達は今、このPersonality形成期にあります。若さとは柔軟性、精神の柔らかさです。様々な出会いによって変わり、成長していく豊かな可能性が皆さんにはあります。

 今年の「ようこそ先輩、教えて未来」講演会は、徳永明彦(とくながあきひこ)同窓会会長を講師としてお迎えしました。徳永会長さんは昭和41年3月に御船高校第18回生として普通科を卒業されています。高校時代はサッカー部に所属され、就職されてからも実業団チームで活躍されました。そして、平成11年に北九州市で自ら会社を興されました。空気調和・衛生設備の設計施工のダック技建株式会社です。代表取締役社長として重責を担われ、会社の発展に尽力されています。昨年度から御船高校同窓会長をお引き受けになり、学校の諸行事にも積極的にご協力いただいております。

 徳永会長さんとお会いする度、バイタリティあふれるお人柄に惹かれると共に御船高校に対する熱い母校愛を感じます。

 企業経営者としてご多忙な中、今日は北九州市から御来校いただき、「希望ある社会人」の演題で語っていただくことになります。深く感謝申し上げます。  

   徳永同窓会長さんとの今日の出会いが、生徒の皆さんのPersonality形成に大きな影響を与えるものと期待し、開会挨拶といたします。

 

「関西御船会」総会に出席して

    御船高校同窓会の「関西御船会」(藤原太門会長)の総会が11月4日(月)に大阪市梅田のホテルで開催され、同窓会長の徳永明彦氏、同窓会副会長で御船町長の藤木正幸氏と共に出席しました。会場には、甲佐高校同窓会の「緑友会」、矢部高校同窓会の「関西山都会」の代表の方もお見えでした。関西において同じ上益城郡出身者のよしみで親交を結んでおられるとのことです。

 総会終了後、三十余名の出席者で和やかな懇談会が始まり、皆さんから高校時代の思い出やこれからの御船高校への期待等を伺うことができました。ご出席の同窓生の皆さん全員が五十代以上でしたが、皆さんがそろっておっしゃるのは、かつての在籍生徒数の多さです。これは御船高校だけでなく、甲佐高校、矢部高校も同様です。御船高校が現在、全校生徒530人、各学年170~180人と報告すると皆さんが驚かれます。同窓生の皆さんが在籍された昭和の中期から後期、御船高校は千人規模の学校でした。昭和の終わりから平成の三十年間で地方の人口は一気に減少し、少子高齢化が急速に進んだのです。

 「関西御船会」の出席者の方々は、大阪市内をはじめ府下の堺市、枚方市、兵庫県の神戸市、西宮市等にお住まいです。すでに故郷の実家もなくなった方もおられます。実家がある方でも年齢を重ねるに従い帰省が減る傾向にあるそうです。お話しの中に、故郷が遠くなったという感傷も感じられます。しかしその一方でこの関西で数十年にわたってたくましく生き抜いてきたという自負、自信のようなものが感じられ、皆さんとてもバイタリティ(生気)にあふれておられます。

 懇談会を通じて、同窓生の皆さんの母校に寄せる思いをずしりと受け止めることができました。毎年、全国高校ロボット競技大会の応援に行かれている方もいらっしゃいます。また、帰省され熊本市の会合に参加された時、「御船高校は書道部が有名ですね」と言われ感激したと語られた方もいらっしゃいました。「学徒動員殉難の碑」をいつまでも大切にして欲しいとも言われました。

    同窓生の皆様には、帰省された折、ぜひ母校へお立ち寄りください。大正、昭和、平成、そして令和と時代は変わっても、天神の森の学舎は可能性豊かな若者と情熱ある教師との出会いの場であり続けます。本校は開かれた学校です。故郷を遠く離れた先輩方にこそ訪ねていただきたいと切に願っております。

 

 

共助の力 ~ 地域住民の方との合同避難訓練

 11月1日(金)の午前、秋晴れの下、近隣住民の方々との合同避難訓練(地震対応)を実施しました。校長挨拶文を次に掲げます。

 「今回は大地震が発生し、本校に住民の方も避難してこられるという想定の訓練でした。3年半前の熊本地震の時がまさにそうでした。多くの住民の方達が本校に避難してこられました。当時、対応に当たった職員は、学校は地域、コミュニティの拠り所であることを痛感したと語っています。

 御船高校は地域に開かれたコミュニティスクールです。非常時においても学校としてできる限りのことを行いたいと思っております。今日の訓練を契機に、地域の皆様とさらなる信頼関係を築いていきたいと思います。

 さて、生徒の皆さん、皆さんに伝えておきたいことがあります。それは、皆さん達高校生はもう守られる立場ではないということです。災害が発生した時、まず自分の命を自ら守ってください。そして次に周りの人を助ける側に回ってほしいと思います。皆さんはこれからの二十年余りが人生で最も体力ある時期となります。保護者もだんだん年を重ね、皆さんの気力体力には及ばなくなります。災害の時は、自分の安全を確保した上で、家族をはじめ周囲の子供たち、お年寄り、障害のある人達を助け支えてください。

 私達の国、日本は自然豊かな国であるがゆえに、様々な自然災害と共存する運命にあります。皆さんは、これからもきっと自然災害に出会うことになります。台風、集中豪雨による洪水、あるいは大地震かもしれません。それは避けられないことです。

 災害の時によく言われるのが三つの助け、公助、共助、自助です。公助は自衛隊や消防、警察のような公的組織力による救助です。最終的にはこれらに頼ることになるのですが、その前に共助、即ち地域コミュニティや学校、会社などの所属団体でどれだけ助け合えるかが鍵になると言われます。今日の訓練は共助の力を高めるためのものです。そして自助。自らが自分自身及び家族を助けることができるかです。

 皆さん達は熊本地震を経験しました。平穏な日常生活がいかに尊いものか、いったん災害に見舞われるとどんなに苦しく不便な生活を余儀なくされるのか、身をもって知っています。不幸な経験でしたが、この経験は皆さんの生きる力となります。やみくもに災害を怖がるのではなく、知識をもち準備もして、正しく恐れましょう。

 皆さんがこれから社会の防災の担い手として成長していってくれることを願い、挨拶を終えます。」

 

豊かな生活文化の継承 ~ 教室での煎茶道体験

 御船高校には茶道部とは別に煎茶道(せんちゃどう)部があります。部活動として煎茶道部がある高校は県内では本校を含め2校しかありません。皆さんは、煎茶道をご存知ですか?

 煎茶道は、江戸時代初期に明から渡来した禅僧の隠元(いんげん)によって伝えられたと言われています。従来の抹茶の茶道とは異なり、茶葉(玉露など)を用いる喫茶スタイルは江戸時代に広まっていきました。本校の煎茶道部の歴史は三十年ほどあり、東阿部流の太田翠展先生が長年にわたって御指導されています。現在、部員は1、2年生合わせて4人です。

 10月30日(水)の3、4限、1年1組の「家庭基礎」の授業において、生徒がこの煎茶道を体験学習する機会を設けました。今の高校生にとって、お茶と言えばペットボトル飲料であり、急須でお茶を飲んだことがほとんどない生徒もおり、憂うべき現状だと思います。茶葉を計り、急須に入れてゆっくりと回し、茶碗に丁寧にお茶を注ぐという所作を通じて伝統的な生活文化を実感させたいというねらいから煎茶道の特別授業となりました。

 太田翠展先生のご協力を得て、教室に敷物を用意し、生徒達はその周りにコの字型で座り、煎茶道具も生徒二人に一つ準備されました。普通教室ではありますが、落ち着いた雰囲気が醸し出されます。先ずは敷物の上で煎茶道部の生徒がお茶を点て、半島(はんとう)役の生徒がお茶とお菓子を運び、正座した代表生徒達がお茶を喫します。これを手本として、二人一組で机に座っている生徒達が見よう見まねでお茶を入れて飲んでいきます。今回はお湯を使わずに、冷たい水を用いての冷茶でした。

 和服の太田翠展先生が生徒達に急須の回し方、お茶碗での飲み方、茶巾(ちゃきん)の使い方など細やかに教えてくださり、最初は動作がぎこちなかった生徒達も興味関心をもって取り組んでいました。私にはとても甘く心地良く感じた冷茶の味でしたが、幾人かの生徒が苦いと反応していたことが気になりました。普段、糖分過多のペットボトル飲料に慣れているからではないかと思ったからです。

 お茶を飲むという簡単な行為ですが、敢えて一定の所作に則って時間をかけて味わうことで、えも言われぬ豊かな気持ちになります。これこそ先人が創り伝えてきた生活文化と言うものでしょう。

 教室の生徒達の表情が和やかで落ち着いたものに変化していきました。

 

「教師は授業で勝負する」 ~ 御船高校「授業のユニバーサルデザイン化」

 「教師は、授業で勝負してください!」

 昭和62年4月、熊本県公立高等学校教員に採用されての全体初任者研修において、時の県教育委員長の安永蕗子先生(1920~2012)が初任者の私達に語りかけられた言葉です。安永先生は歌人として名高く、後に宮中歌会始の選者をお務めになった方です。そのお言葉は鋭敏にして厳格で、凛とした響きで私の胸に迫り、33年経った今日も鮮やかです。その時、漠然とですが、「これから私は、教えるということを学び続けなければならないのだ」と覚悟した記憶があります。

 近年、高等学校の授業改革が喫緊の課題となっています。御船高校においても、昨年度から学校挙げて「授業のユニバーサルデザイン化」に取り組んでいます。生徒全員が参加する「わかる」「できる」授業づくりです。特に今年度はICT(情報通信技術)の積極的導入をテーマに掲げています。先週から今週にかけ研究授業公開期間ですが、昨日10月29日(火)はその集中日と位置づけ、チャレンジディーと名付けました。電子機械科が四つ、そして普通科が国語、数学、理科(生物)、地歴(世界史)の四つの研究授業を公開しました。

 授業の指導助言者に県教育委員会特別支援教育課、県立教育センター、そして県立高校のスーパーティーチャー(指導教諭)をお迎えし、御船町の本田教育長、御船小学校の中野校長はじめ校外から幾人もの参観者がお見えになりました。午後は生徒達を下校させ、教職員による分科会、全体会を行い、まさに全員で「教えることを学ぶ」一日となりました。全体会では、御船町教育委員会教育アドバイザーの吉見先生が豊富なスライド資料を駆使され、教師の視点ではなく「できるようになった」「わかるようになった」生徒の視点を重視した授業改革について具体的に解説されました。

 吉見先生は、この五年間、御船高校の授業を参観してこられました。年々、授業改善が見られ、生徒の学習姿勢や学習環境が落ち着いてきたと評価していただきました。しかし、「授業では間違っていい」という意識を生徒が持ち、お互いが認め合い、授業が教師と生徒との豊かなコミュニケーションの場になってほしいと要望されました。

 わかりやすい授業を追究して、書画カメラ、プロジェクター、パソコン、スクリーンなどICT(情報通信技術)を積極的に活用していますが、これらは小・中学校でも行われています。ICT(情報通信技術)は有効な道具ですが、わかりやすさよりも、生徒にわかりたいと思わせる事、即ち学習の動機付けが最も大切だと思います。御船高校のチャレンジは続きます。

 

全国高校ロボット競技大会に参加して

 決勝トーナメント1回戦での敗退が決まった瞬間、ある生徒は両手で頭を抱えて天を仰ぎ、ある生徒はフロアにしゃがみ込み、ある生徒は呆然と立ち尽くしました。勝敗が決まる時はいつも無情です。しかし、結果は受け入れなければなりません。審判の判定後、観客席に向かって「有り難うございました!」と朗朗と挨拶する姿は誠に潔いもので、私は胸を打たれました。

 第27回全国高等学校ロボット競技大会は、「集え、競え、次代を担う若き技術者たち!」のテーマのもと新潟県長岡市で10月26日(土)から27日(日)にかけて開催されました。会場は市庁舎も入る大型公共複合施設の「アオーレ長岡」のアリーナ(競技場)でした。御船高校は過去9回の全国制覇を誇り、高校ロボット競技の世界では知られた学校です。しかし、平成26年の宮城県大会を最後に優勝から遠ざかっており、今年こそV奪還を目指し、マイコン制御部ロボット班の生徒達と指導の職員は一体となり準備、練習に取り組んできました。そして、その成果を問うべく臨んだ大会だったのですが、厳しい結果となってしまいました。

 ロボット競技は、技術工作力をはじめ総合力が要求されるものです。規定条件下でロボットを製作し、3人一組のチームで制限時間3分内で用意されたコート上の課題をクリアしていきます。特に今回は、最後の難関として、新潟県の特別天然記念物「朱鷺(とき)」の飛来をイメージした課題があり、ロボットから輪を射出して所定のポール(棒)に入れなければなりません。大会に向けて、生徒達はロボットの調整、改良に努め、操作の練習を繰り返してきました。しかしながら、初日の公開練習時からロボット機器の不具合が発生し、不安定なまま競技に突入せざるをえませんでした。

 御船高校の生徒及び職員は最後まで努力し続けました。機器の不具合が判明し、長岡市内で材料を購入し、ホテルに帰ってから簡単なコースを廊下に設け、職員と生徒が調整作業に没頭しました。諦めないその姿勢を見ていたので、1回戦敗退が確定しても私は充実感のようなものに包まれていました。

 また、今回も「東京御船会」、「関西御船会」など多くの同窓生の皆様が遠路、長岡市の大会会場まで応援に駆けつけてくださいました。何と御礼を申し上げてよいかわからないほど感激しました。敗退が決まった後も、部長の上田君(3年)はじめ生徒達を温かく励ましてくださり、心より感謝申し上げます。

 全国大会に出場した2台のロボット「御船A天神」と「御船B龍鳳」は無念にも動きを止めてしまいましたが、これが新たな始まりです。不死鳥の如く、御船高校は次のロボットを創り出していきます。そして、来年の全国大会を目指します。前進あるのみです。

 

「動員学徒殉難の碑」慰霊祭での校長挨拶

 「本日、御船町副町長 野中眞治様、御船高校同窓会長 徳永明彦様、そして「天神きずなの会」の皆様をはじめ関係各位のご出席のもと、令和元年度の「動員学徒殉難の碑」慰霊祭を開催できますことは、本校にとって誠に意義深いものがあります。

 本年、4月をもって平成の世が終わりました。「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに安堵しています。」との天皇陛下(現 上皇陛下)のお言葉に多くの人が胸を打たれました。かつて我が国において戦争の時代がありました。

 昭和16年(1941年)に勃発した太平洋戦争の期間、学校も戦時体制に巻き込まれました。旧制の県立御船中学校の男子生徒たちは、学徒勤労動員として、昭和19年10月20日に学校を離れ、長崎県大村市にある海軍の工場へ赴きました。そして25日、アメリカ軍爆撃機B29の大編隊による空襲を受け、10人の生徒が亡くなりました。さらに翌年2月には、福岡の飛行機製作工場での過酷な労働の中、1人の生徒が病気で亡くなりました。

 戦後20年がたった昭和40年10月25日にかつての同級生の方達の発意で御船高校に動員学徒殉難の碑が建立されました。以来、毎年10月25日には、碑前において式典を執り行ってきています。

 時は流れても、忘れてはいけない歴史を伝えるためにこの「動員学徒殉難の碑」はあります。今日の式典には、全校生徒を代表し生徒会の生徒達が出席しております。志半ばで斃れた先輩達の魂に、後輩の皆さんは守られていることを知っておいてください。

 去る9月16日に、長年「天神きずなの会」のお世話役として御尽力されると共に本校華道部を御指導いただいた村上諫先生がお亡くなりになられました。今日、この場に村上先生のお姿が見られないことは、私どもにとって痛恨の極みです。しかしながら、きっと先生も空から見守っておられることと思います。

 本校は大正11年(1922年)に創立され、今年度で98年となります。大正、昭和、平成にわたって熱意ある教師の薫陶を受け、多くの人材が育ち、世に巣立っていきました。平成から令和へと時代は変わっても、「天神の森の学舎」は、可能性豊かな若者と情熱ある教師の出会いの場であり続けます。

 結びに、創立百周年に向けて、御船高校はさらなる飛躍を目指すことをこの碑前にてお誓い申し上げ、御挨拶といたします。」

令和元年10月25日

熊本県立御船高等学校 27代校長 粟谷雅之

 

 

絵のお医者さんがやってきた ~ 被災絵画の公開修復展

 「絵のお医者さんがやってきた ~ 岩井希久子・熊本地震被災作品公開修復展」が、10月26日(土)から11月4日(月)まで御船町恐竜博物館「交流ギャラリー」で開催されます。これに先だって内覧会が10月14日(月)に開かれ、見学してきました。

 「絵のお医者さん」とは絵画保存修復家のことを指し、我が国の第一人者である岩井希久子さんがいらっしゃいました。岩井さんは熊本県出身で、これまでゴッホ、モネ、セザンヌなど数々の名画の修復を手がけてこられました。そして、今回、岩井さんが修復に取り組まれるのは、旧制御船中学校(現 御船高校)出身の画家である田中憲一氏(1926~1994)の作品群です。

 田中画伯は、この「校長室からの風」で既に紹介した旧制御船中学校の伝説の美術教師、冨田至誠の教え子の一人です。中学校卒業後は絵の道ではない進路を目指していた田中氏でしたが、「田中、君の色彩(いろ)は良かったがね」との冨田先生の一言が重く心に響き、後に美術教師、画家となり、絵の道に傾斜していきました。そして、晩年は故郷御船町で「くまもとミフネ美術工芸倶楽部」を結成し、地域の文化活動発展に寄与されました。

 平成28年の熊本地震は、震源地(益城町)に隣接する御船町に大きな被害をもたらしました。すでに田中画伯は故人となっておられましたが、御船町滝川の田中画伯の旧アトリエは全壊し、そこにあった作品群は大きなダメージを受けました。そこで、「くまもとミフネ美術工芸倶楽部」の会員をはじめ有志の方達が一か月後に現場に駆けつけ、屋根の瓦をはぎ隙間をつくって作品を一点ずつ搬出されたのでした。このことは、田中憲一画伯がいかに地域の方々に慕われていたか、そしてその作品は地域のかけがえのない文化財と認識されていたかを示すものだと思います。その後、救出された絵画は、御船町の協力も得て筑波大学(芸術系)及び絵画保存修復家の岩井希久子さんの手によって修復が始められたのです。

 今回の「絵のお医者さんがやってきた ~ 岩井希久子・熊本地震被災作品公開修復展」は、田中憲一画伯の甦った絵が披露されると共に、岩井希久子さんによって実際に絵画が修復されている様子を会場で見学することができます。岩井さんに御挨拶したところ、「絵画に関心がある高校生の皆さんに見に来て欲しい」と私に言われました。誠に有り難い機会と思います。

 御船高校芸術コース美術・デザイン専攻では、10月30日に2年生、11月1日に1年生と3年生が授業の一環として展覧会を見学することにしました。岩井希久子さんのプロフェッショナルのお仕事ぶりに生徒達は感銘を受けることでしょう。

 

「未来の授業」に挑む ~ 人型ロボットのプログラミング

 「How are you?」「わーっ!」

 人型ロボットのペッパー君が英語を話すと、児童の歓声が起こりました。ペッパー君の傍らに立つ御船高校電子機械科3年の二人の生徒も笑顔です。

 10月15日(火)の午後、御船町立御船小学校の3年生を対象とした英語の授業を参観しました。ソフトバンクグループ(株)が開発した人型ロボットのペッパー君を御船町教育委員会が無償で借り、そのペッパー君に搭載するプログラムを御船高校電子機械科の生徒が作り、実際に小学校の英語の授業で用いてみる事業に今年度取り組んでいます。企業、町教育委員会、県立学校、そして町立小学校が協力して、それぞれの持ち味を発揮して、「未来の授業」を創ろうというプロジェクトです。

 町教育委員会からお話しがあった時、チャレンジングなプロジェクトだとは思いましたが、高校生の学習活動が地域社会貢献につながれば、「自分たちが学んでいることは社会に役に立つ」という有用感を生徒たちが覚えるに違いないと考え協力することにしました。電子機械科の3年生には「課題研究」(2単位)という科目があります。グループを作って、それぞれテーマを設定し1年間かけて研究するものです。今年度、一つのグループ(6人)が、ペッパー君のプログラミングを研究テーマに選び、担当の緒方教諭が指導することになりました。小学校の授業で、ペッパー君が基本的な英語を話すことができるようなプログラムを組んでいったのです。

 来年度(2020年度)から、全国の小学校では、プログラミング教育と英語教育が本格的に導入されます。御船小学校では、先駆けて今年度から実施することになり、その促進のため町教育委員会がソフトバンクグループ(株)から人型ロボットのペッパー君の貸与を受けました。そして、ペッパー君に搭載するソフト開発で御船高校電子機械科の出番となった次第です。

 教室に人型ロボットがやってきて、日本語、英語を話して子どもたちの授業を手伝うと言えば、「未来の授業」のイメージですが、今回はそのレベルまではいきませんでした。生徒達が作ったプログラミングでは、児童との対話はできません。ロボットが人と対話できるようになるにはAI(人工知能)が必要になりますが、それはまだ手が届きません。従って、決められた言葉を話す、そして若干の手振り、身振りができる段階にとまっています。しかも、ロボットが話すタイミングは、傍らの生徒がロボットにタッチして知らせる仕組みです。

 御船高校電子機械科の課題研究グループの生徒にとっては幾つもの「課題」が残った授業でした。しかし、「未来」はすぐそこまできています。

 「未来の授業」を創るのは間違いなく君たちなのです。

 

小・中・高・大の連携 ~ 御船町でしかできない教育

 「御船町の教育の特色は、小学校、中学校、高校、そして大学の連携です!」と藤木町長、本田教育長が日頃から声を大にして言われています。市を除く自治体で、小学校から大学(平成音楽大学)までそろっているのは熊本県内で御船町だけです。「小・中・高・大の連携」はこの地域の強みであり、魅力だと私も思っています。そして、その実践が重要だと考え、取り組んでいるところです。

 10月11日(金)、御船中学校において研究発表会が開かれました。研究主題は「『熊本の学び』による学力の向上」で、午前中は公開授業、午後は分科会、全体会が行われました。御船高校から御船中学校まで徒歩10分の近さです。この日は特別時間割を組み、できるだけ多くの教職員が参加できるよう配慮し、私も含め19人が御船中の研究発表会に参加しました。御船中を訪ねる度に感心することが、ノーチャイムで学校生活が行われている点です。授業の開始、終了等の合図のチャイムが一切鳴りません。生徒自らが「時間を守り、主体的に行動する」ことが日々の生活で養われていると思います。高校でもできないのか、思案中です。社会(3年生)、英語(1年生)、理科(3年生)の授業を参観しましたが、生徒に考えさせる時間を設け、話し合い活動を取り入れられるなど思考力、判断力を育成しようというねらいが伝わってきました。御船高校の教職員にとって、貴重な研修の機会になったと思います。

 また、10月15日(火)には、平成音楽大学こども学科3年の学生5人が来校し、御船高校3年の家庭科「保育」の授業で多彩なパフォーマンスを披露してくれました。平成音楽大学は九州唯一の音楽系大学で、御船町滝川の丘の上にあります。御船高校から自動車で10分の所です。本校の芸術コース音楽専攻の生徒たちは、同大学音楽科の先生方から高いレベルの指導を特別に受けることができます。そして今年度から、同大学のこども学科との交流も始めました。

 幼稚園教諭、保育士を目指す学生たちは、さすがに歌も楽器も巧みで、表情が明るく豊かです。幼児と同じく高校生達も魅了され、歌、演奏、エプロンシアター、スケッチブックシアターとプログラムを楽しんでいました。5人の大学生の中の唯一の男子は御船高校の卒業生で、自在に楽器を演奏し、保育園実習がいかに充実したものであったかをユーモア交えて後輩に語ってくれました。このこども学科との交流は次年度以降も続けていきたいと思います。

 「小・中・高・大の連携」が掛け声に終わらず、実践を深めて「連携」から「連帯」へとより強い結びつきを目指していきたいと考えています。

 御船町でしかできない教育、御船町だからこそできる教育があるのです。

  平成音楽大学こども学科3年生によるパフォーマンス(御船高校の家庭科の授業)

  

 

思いはひとつ ~ 御船街なかギャラリー・ミーティング

   「御船街なかギャラリー」はとても趣のある施設です。この「校長室からの風」で以前紹介しましたが、もともとは江戸時代後期に建てられた町屋で、豪商の林田能寛(はやしだよしひろ)の商家(「萬屋」)でした。白壁土蔵造りの酒蔵や商家が次々と消えていく中、往時の町並みを伝える建物として御船町が所有し、今は交流施設として町観光協会が運営されています。太い梁や柱のある主屋をはじめ離れや庭園、さらには二つの大きな蔵もあります。

 10月10日(木)、2学期中間考査が終わった日の午後、生徒会執行部の生徒と担当の教職員等で「御船街なかギャラリー」に向かいました。育友会(PTA)役員と生徒会の生徒たちが話し合う「御船街なかギャラリー・ミーティング」を実施するためです。初めての試みで、御船高校同窓生(高校36回生)の藤木正幸(ふじきまさゆき)御船町長にも特別に参加していただきました。

 「御船街なかギャラリー」の主屋和室において、藤木町長、生徒会生徒15人、保護者代表7人(育友会役員)、そして私達教職員4人が大きな車座となって、次のような内容で意見交換を行いました。

 ① 御船町の魅力、御船高校の魅力は何か

 ② 御船高校をどんな学校にしていきたいか

 ③ 親としての思い(保護者側)

 ④ 子としての思い(生徒側)

 ⑤ 創立100周年に向けての抱負

 藤木町長は53歳、御船町のリーダーとして活躍されています。野球に熱中していた高校時代の思い出を気さくに語られ、生徒会の生徒は親近感を抱いたようでした。目標となる大人の存在を身近に感じることは、高校生にとって貴重な体験だと思います。

 御船高校の魅力について、生徒たちからは、「様々な人がいる、個性的な人がいることの楽しさ」、「一人ひとりが主役になれる学校」という意見が出ました。また、女子生徒からは「御船高校の女子生徒の制服はおしゃれで人気」との発言もありました。保護者からは、「カバン等の細かい規制がなく、自由度がある」、「自主性が認められている」という感想が出た後、「生徒には自由の中の責任を意識して欲しい」という意見が出ました。また、校外での生徒のちょっとした言動が学校の印象をマイナスにするという苦言もありました。

 生徒、保護者、同窓生(町長)、そして教職員が、御船町の歴史遺産の場で和やかに語り合った1時間でした。みんなの思いはひとつです。創立100周年に向け、御船高校をもっと魅力ある学校にしていきたいということです。

 

挨拶が響きあう学び舎に

 

 「おはよう!」「おはようございます!」

 朝から御船高校正門付近で爽やかな挨拶が響き合います。10月8日(火)から10日(木)までの中間考査期間に合わせ、育友会(PTA)の挨拶運動が実施されました。朝7時50分~8時20分の30分間、保護者の方々が7~8人正門付近に並んで立たれ、登校する生徒たちに声を掛けられました。私も三日間校門に立ち、生徒たちを迎えました。

 本校生の登校手段は大きく四つに分かれており、決して広くはない正門付近が朝は混雑します。最も多い自転車通学生が次々とやってきます。単車通学生も現在120人ほどいて、正門前で停車し、単車を押しながら校門に入ります。バス通学生は、御船町役場前のバス停で降り、約10分歩いてきます。そして残りは保護者の車による送りです。

 多くの生徒は笑顔で登校してきますが、中には保護者や職員が声をかけても挨拶が返ってこない生徒もいます。それでも表情が柔らかい生徒は安心します。うつむぎ加減で表情が硬い生徒は気になります。朝の登校状況を見ると、その生徒のことがひと目で分かるような気がします。

 年度当初、そして2学期が始まる時に、職員の方から生徒に積極的に声を掛けていこうと申し合わせをしました。校舎内、校庭など場所を問わず、先に声をかけるようにしています。挨拶の大切さを私達職員が行動で示し、生徒たちを日常生活の中で少しずつ変えていこうと努めています。コミュニケーション能力は先ず挨拶からです。自ら挨拶ができ、生徒同士の挨拶が響き合うような言語環境を御船高校で創り上げていきたいと願っています。

 時々、職員室に「○○先生はいますか?」と言って入ってくる生徒がいます。その場に居合わせれば「○○先生はいらっしゃいますか?」と私は教えます。相手や場面において適切な言葉遣いができる大人になってほしいのです。敬語の必要性が軽視される風潮があるのは残念なことです。敬語は、人と人との「相互尊重」が基盤にあります。人間関係やその場の状況に応じた自らの気持ちを適切な言葉で表現する力を身につけなければ、敬語は使えません。敬語を使う力は簡単には身につかず、学校生活、そして家庭生活を通じて時間をかけて養っていくものだと考えています。

 敬語を丁寧につかう高校生に出会うと、本物の教養を感じます。

 

地元の食材を味わう ~ 郷土料理講習会

 

 調理実習を行っている生徒たちはとても生き生きしています。男子も女子もぎこちない調理の手つきですが、地元御船町の食生活改善員(愛称はヘルスメイト)の方々の御指導で料理ができあがっていきます。高校生からみると祖母に当たるご婦人方の段取りは見事なものです。最近のビジネスは「時間対効果」が重視されますが、料理の達人の方の段取りはさすがで、限られた時間内に整っていきます。

 10月7日(月)の3・4限目、2年2組(36人)の家庭総合の時間は郷土料理講習会でした。本校家庭科の毎年恒例の行事で、御船町健康づくり支援課のご協力を得て、5人のヘルスメイトさん達に来校していただき、地元生産の農産物の調理法について実際に学ぶものです。今年は、地元で「御船川」と呼ばれる野菜「水前寺菜(すいぜんじな)」を使い、献立は、「御船川」とベーコンのソテー、いきなり団子汁、「御船川」を混ぜた牛乳かん(薄い紫色)、そしてご飯でした。調理技術を高めること、食材を通じて郷土理解を深めること、さらには地域の方との交流など幾つもの教育効果が期待される特別な体験活動となりました。

 人生の達人とも言えるヘルスメイトのご婦人方の料理の手際の良さを見ていて、私は「ブリコラージュ」というフランス語を連想しました。「ブリコラージュ」とは、近年、文化人類学で使われる用語で、「その場で手に入るものを寄せ集めて、それらを基に試行錯誤しながら新しいものをつくる力」を意味し、もともと近代文明が発達する以前の人間社会では、この「ブリコラージュ」こそ生きる力であったと言われます。食事も道具、生活するための空間なども、身の回りにある材料を使って何とか創り、人間は生きてきたのでしょう。ヘルスメイトのご婦人方が伝達される郷土料理には、生きる力の基本的技能が貫かれています。

 生活の基本は「衣・食・住」ですが、このうち最も大切な「食」について、手作りの難しさと喜びを現代の高校生が少しでも感じとってくれればと願います。できあがった料理を生徒と共に味わいながら、私は自らの中学、高校時代を顧みました。私の世代は、家庭科を履修するのは小学校までで、中学校では女子は家庭、男子は技術を学び、高校では女子が家庭科、男子は武道(剣道・柔道)と分かれていたのです。家庭科の男女共修が始まったのは中学が平成5年(1993年)、高校は平成6年(1994年)でした。すでに私は高校教師でした。

 中学校、高校と私は最も大切なことを学んでこなかったと後悔しています。

 

熊本城で書く ~ 高校生書道パフォーマンスコンテスト

 

                         「この道は未来への滑走路

                             助け合い励まし合い

                        一歩一歩踏みしめ

                              飛躍

                        いざ翔び立て

                        私達の郷土熊本

                                 御船高校 書道部」

   書き上げられた大きな紙(縦3.5m、横5m)が生徒たちの手で立てられ観衆に披露された時、会場からどよめきに近い歓声と拍手がわきました。御船高校書道部の9人の生徒は、顔を斜め上にあげ、きりっとした表情で対面にそびえる熊本城天守閣を見つめていました。天下の名城と対峙する形の袴姿のりりしい女子高校生。お城には袴姿の高校生が似合う、と思いました。

 10月6日(日)、熊本城二の丸広場の特別ステージで、「秋のくまもとお城まつり」の一環として、初めて高校生書道パフォーマンスコンテストが開催されました。実行委員会から9月上旬に県高等学校文化連盟書道専門部にお話しがあり、高校生文化活動の発信の機会としてこれ以上の場はないと協力することになりました。そして、今回、7校が書道パフォーマンスコンテストに参加したのです。

 3年半前の熊本地震で被災して修復工事が行われてきた熊本城の天守閣ですが、ようやく大天守の外観修復が完了し、前日の10月5日(土)から特別公開が始まりました。小天守の修復工事は継続中で、付近は鉄骨と足場が組まれ、大小のクレーンが動いています。しかし、中心の大天守が外観をあらわし、漆喰壁の輝く白と屋根瓦の黒の対比が目に鮮やかです。澄んだ秋空のもと圧倒的な存在感です。

 修復進む熊本城において、伸び盛りの高校生たちが勢いある書道パフォーマンスを披露し、それぞれの言葉でお城、そして熊本にエールを送りました。5番目に登場した御船高校書道部は部員9人と参加7校では最少ですが、まさに少数精鋭です。熊本出身の音楽グループのWANIMAの曲「ともに」に合わせ、最初の挨拶から気合いの入った大きな声を発し、全員できびきびした動作と流れる筆遣いを見せ、スピード感で観衆を魅了したのです。

 最後に、司会者のインタビューを受けた部長の村田さんが、熊本地震からの復興の願いを込めて書き上げましたと力強く述べ、見事に締めくくりました。

 御船高校書道部は最優秀賞の栄冠を獲得しました。  

 

時代の風の推進力 ~ 高校生パラ・アスリート 

  「練習すれば練習するほど記録が伸びるのが魅力です!」と車いすマラソンのことを見﨑(みさき)さんは熱っぽく話します。一方、「坂道を上らなければならない時はとても苦しく、腕が上がらずに車いすが前に進まない感じです」と競技の本質も語ってくれます。

 御船高校2年生の見﨑真未さんは中学時代に交通事故に遭い、日常を車椅子で過ごすことになりましたが、本校入学後に車いす陸上に出会いました。御船高校陸上部員として、筋力トレーニングは他の部員たちと一緒に行いながら、熊本県車いす陸上競技連盟に所属し、水・金・土・日は車いす陸上競技の選手達と県総合運動公園等で練習する日々です。持ち前の負けん気の強さで、ハードな練習を重ね、肩をはじめ上半身が強化され、着実に記録が伸びています。

 去る8月に開催された「はまなす車いすマラソン」(札幌市)のハーフの部(マラソンの半分の距離)で優勝。9月末に実施された「第31回全国車いすマラソン大会 ハーフの部」(兵庫県丹波篠山市)でも優勝を飾りました。そして、来る10月12日(土)から開かれる「第19回全国障害者スポーツ大会」(茨城県)の熊本県代表選手として車いす陸上競技の100mと1500mに出場することになりました。10月1日(火)、全校朝礼の時に、体育館で見﨑さんの全国大会壮行会を開きました。そして、10月3日(木)、御船高校同窓会の役員方が来校され、全国大会出場を祝っての奨励金が校長室で伝達されました。

 ハーフマラソンをはじめロード(一般道路)の長距離を得意とする見﨑さんにとって、全国障害者スポーツ大会では久しぶりの競技場内のトラックでの短距離で、戸惑いはあるそうです。しかし、全力を尽くしたいと力強く抱負を述べました。

 学校生活と車いす陸上競技の両立に向け懸命に努力する彼女は御船高校にとっては大きな存在です。彼女の頑張りを、生徒と職員の全員が知っており、心から応援しています。その応援の輪は同窓会、地域の人々と広がっています。

 「私はまだまだメンタルが弱いんです。一緒に練習する先輩から、もっとメンタルを強くと言われています。」と見﨑さんは語りました。約21㎞のハーフマラソンを一人で走行することがいかに大変なことか、私たちには分かりません。上り坂をあえぎながら前へ前へと車いすを推進しようとする見﨑さんの姿を想像するしかありません。

 来年は「東京2020パラリンピック」の年です。パラスポーツへの人々の関心、注目度は今高まっています。見﨑さん、時代の風をうけ、推進力にしてください。東京の次はパリでパラリンピックが予定されています。

 熊本県を代表するパラ・アスリートがいることは御船高校の誇りです。

 

地域を知る ~ 1学年「総合的な探求の時間」

 

 金曜日の6限目、1年生は「総合的な探究の時間」です。現在の2年生までは「総合的な学習の時間」でしたが、新しい学習指導要領実施に伴い、今年度の新入生から「総合的な探究の時間」と変わりました。教科を横断し、総合的な学習活動を行う点は同じですが、「探究」という言葉が示すように、課題解決に向け仮説を立て、情報を収集し、調べていく過程(プロセス)が重視されることになります。自ら課題を見つけ、その課題の解決に取り組むことで、自らの進路や生き方も考えることにつながるものと期待されます。

 9月27日(金)の1年生の「総合的な探究の時間」には多くのゲストティーチャー(外部講師)がお見えになりました。1学期は上益城郡の産業や伝統文化を知る活動を行いました。それをふまえ、2学期は自らが住む地域について深く知り、住みやすい、あるいは住んでみたい「まち」を考えることがテーマです。そこで、実際に御船町でまちづくりに取り組んでいらっしゃる方々に説明や生徒へ助言をお願いすることにしたのです。

 1組 御船町企画財政課 藤本様

    住みよい御船町づくりの総合計画等について説明されました。

 2組 御船町企画財政課 高橋様

    町の人口増加に向け「移住・定住」の取り組みを述べられました。

 3組 御船町企画財政課 後藤様

    企業誘致の取り組みを紹介されました。

 4組 御船町観光協会 丸山様

    御船しあわせ日和(地元住民有志の組織)の活動を話されました。

 A組 御船町商工観光課 作田様

    町の振興における観光の役割を説かれました。

 B組 御船町商工会青年部 永本様

    商工会青年部の活動を伝えられました。

 授業の後半では、生徒たちが班をつくり、それぞれのゲストティーチャーの話をうけての話し合い活動を展開しました。誰もが住みやすい町にするにはどうすればよいのか? 産業、福祉、教育、交通、人口など様々な観点から長い期間をかけ検討されている事実に直面しました。高校生が好む商業施設ができれば解決できるような単純な問題ではないことを理解したようです。

 先ず、自分たちの地域を知ること。これが一歩目です。3割の生徒は上益城郡外から通学していますが、学校のある御船町について考えることは汎用性があります。家庭と学校だけでなく、地域社会という世界が広がっているのです。 

 生徒たちに新しい扉を開いてあげること。これが「総合的な探究の時間」のねらいと言えるかもしれません。今後学習が深まり、生徒の職業観や人生観が徐々に変容していくことを期待しています。

 

目指せ、V奪還! ~ 全国大会に向けて準備するロボット部

 

    最近、放課後は電子機械科の第3実習棟2階によく行きます。ここで、マイコン制御部ロボット班の部員たちが、一か月後の全国大会に向け準備の山場を迎えているのです。大会には2チーム出場しますが、本番用のロボット2台はほぼできあがりました。今、最後の調整に努めています。生徒に言わせれば「足回りに工夫した」とのことで、自信作のようです。

    全国大会を想定して作られたコートでは、練習用ロボットを使い操作の練習が繰り返し行われています。1チーム6人編成ですが、本番ではフロアに3人が出て、ロボットを動かすことになります。時間を計って操作の練習に取り組む生徒たちは、声を掛け合い、本番さながらに真剣です。操縦用コントロールボックスを持ち、ロボットを動かす担当の生徒は「細かい動きがまだまだです。」と語りました。毎日、十数人の生徒が出入りして、ロボットの調整、操縦の練習等を分担しており、部屋には緊張感がみなぎっています。

   第27回全国高等学校ロボット競技大会(全国産業教育フェア新潟大会の一環)が10月26日(土)、27日(日)に新潟県長岡市で開催されます。マイコン(マイクロコンピュータの略)と呼ばれる小さなコンピュータの制御(コントロール)によって動くロボットを操作して、制限時間内に規定の課題をクリアしていく競技で、モノづくりの技術やアイデア、チームワークで競われるものです。

 この全国高等学校ロボット競技大会において、御船高校はこれまで九度の優勝を果たしています。初優勝は平成16年の広島大会でしたが、それから4連覇を成し遂げ、「ロボットの御船高校」の名前は一躍広まりました。その後も優勝を重ね、平成26年の宮城大会で9回目の全国制覇を達成しました。これはひとえに電子機械科の教職員の熱心な指導とマイコン制御部ロボット班の生徒たちの努力が合体した成果であり、誠に誇りに思います。

 しかしながら、その後は熊本地震の被災もあり、優勝から遠ざかりました。けれども、昨年の山口大会では3位入賞し、復活の手応えを職員、生徒共につかみました。今年こそ悲願の十度目の全国制覇に向けて、生徒たちの意気があがっています。

 まだ一か月あると私には思えるのですが、生徒たちは、もう一か月しかないという気持ちだそうです。「焦っています」と言いながらも、生徒たちの眼は輝いています。何かに熱中する高校生の姿を見ていると、こちらも元気がわいてきます。彼らが目指しているのは、学校近くの飯田山ではなく、日本一の富士山なのです。準備と覚悟が全く違います。高い目標を持ち、それに向け努力することで高校生は飛躍的に成長します。これから一か月、マイコン制御部ロボット班の生徒たちを応援していきたいと思います。

 

あとから来る者のために ~ 教育実習

 「先生と呼ばれる喜びと、その責任の重さを感じた二週間でした。」と教育実習生の水町さん(平成音楽大学音楽学科4年)が職員朝会で挨拶されました。9月9日(月)から20日(金)まで2週間、水町さんは教育実習に取り組まれました。19日(木)の2限目、1年A・B組(電子機械科)の音楽選択者対象に研究授業が行われました。「ボディパーカッションでリズム表現を工夫しよう」という主題で、生徒たちは楽器ではなく自らの身体の部位を叩きリズムを表現します。四つのグループに分かれての発表では、それぞれ創意工夫した表現がありました。生き生きと活動する生徒たちの様子を見て、水町さんの指導力の高さを実感しました。

 教員免許を取得するには、実際に学校で教育活動を体験する「教育実習」が原則必要となっています。教員になるために誰もが通る関門と言えます。母校で実習することが一般的で、水町さんも御船高校普通科芸術コース音楽専攻を卒業し、現在、平成音楽大学音楽科でファゴットを専門的に学んでいます。生徒たち、特に音楽専攻者にとっては先輩が教育実習に来てくれたことは大きな影響を受けたことでしょう。音大の学生として、音楽の面白さや奥の深さ等について熱心に伝えたもらったことは、学校として誠に有り難いことです。

 また、教育実習生の存在は、教職員にとっても貴重な刺激となります。自らの若き実習生の日々を思い出し、教師として初心に返ったような気持ちになります。さらに、教育実習生が高校生だった頃に指導した職員にとっては更に感慨深いものがあります。水町さんの担任は残念ながら他校へ異動していますが、副担任、または教科を指導した職員が数多く留任しています。当時、英語を教えたS教諭は、「本当に立派に成長していて、嬉しかった」と私に思いを伝えられました。まさに、論語で云う「後生畏るべし」です。年若い者は努力しだいで、どんなにも優れた人物になりうることを大人は畏(おそ)れなければならないのです。「出藍(しゅつらん)の誉(ほま)れ」という言葉もあります。

 高校生が進学し、母校へ教育実習に帰ってきて、改めて教師という仕事の魅力を認識して、教職を目指していくというのは理想の流れなのです。私たち教師は、自分よりも「大きな者」をつくっていく使命があります。

 教える者が一番教わります。水町さんも教育実習を通じて、音楽教育についてさらに深く学んだことでしょう。この経験を原動力に教職を目指していってほしいと期待します。そしてまた、フレッシュな教育実習生の姿に自分の将来を投影した御船高校生が幾人もいたであろうことを信じています。

 

御船の母なる源流 ~ 吉無田水源

  「御船町の宝物ですよ!吉無田水源は!」と御船町観光協会前会長の永本文宣氏が私に言われた言葉は深く印象に残っています。吉無田水源は御船町の大字田代地区にあり、御船高校から一般道を走行し約17~18㎞の距離です。阿蘇の南外輪山の南麓にあたり、一帯はゆるやかな高原で「吉無田高原」と呼ばれます。水源のある場所は標高およそ600mで、豊かな国有林に囲まれていて、車から降りると清爽感に包まれます。御船の町の中心部とは気温が7~8度くらい違うのではないかと地元の人は言われます。

 水源の脇には水神社が建立されており、水を汲みに来た人は神社に参り、ポリタンクを抱えて水汲み場に降ります。説明板によると毎分8トンの清水が湧き、私も手で掬(すく)って飲んでみましたが、甘みが感じられる澄んだ水です。この吉無田水源には先人の計り知れない労苦の物語があります。

 江戸時代後期、上益城郡の水不足解消のために肥後藩(細川家)は、この地一帯に大規模な植林を奨励しました。江戸時代の行政区では御船の大部分は木倉(きのくら)手永(てなが)に属していましたので、木倉手永の領民が力を合わせ植林に従事しました。文化12年(1815年)から延々と続き、慶応3年(1867年)まで52年間に及び、植林352万本の大事業が成し遂げられたのです。これによって大規模な藩有林(官山)ができあがり、水源涵養林(かんようりん)としての機能を発揮することになりました。樹木は雨水を効果的に吸収し水源を保つと共に、山地の土砂崩れを防ぐ機能も持っています。山に木を植えることの大切さは今も昔も変わりません。

 幕末の木倉手永の惣庄屋の光永平蔵(みつながへいぞう)は、植林事業の成果を活かすべく、吉無田水源から水を引き、総延長28㎞に及ぶ大水路(用水路)の難工事を指揮しました。嘉永6年(1853年)に起工し、安政6年(1859年)に竣工したこの難事業には地域の村々から農民が動員されました。現代のように重機もない当時、人力に頼った水利土木工事がいかに過酷なものであったか想像するしかありません。長い水路の途中、田代台地では873mものトンネルが穿(うが)たれました。今も、「九十九(つづら)のトンネル」として地元の人々によって顕彰されています。

 先人たちの大規模な植林と嘉永井手(かえいいで)と呼ばれる水路建設のおかげで、その後、現在に至るまで御船は水不足に悩まされたことはありません。現在の社会を造ってくれたのは歴史なのです。このことを私たちは忘れてはいけないでしょう。

    (参考)手永(てなが)とは江戸時代の肥後藩で設けられた行政区画制で、数村から数十村で構成され、責任者として   惣庄屋が置かれた。郡と村の中間に位置する。

教師として、創作者として ~ 御船高校芸術科教職員の活躍

 

 幾何学的に組まれた金属製の細い板が銀色に輝く、斬新なデザインの不知火文化プラザ(宇城市不知火町)。ここは美術館と図書館がある複合文化施設です。美術館の秋の企画展「楽しむ空間 書に遊び 絵に想う」を休日に訪ねました。御船高校芸術科の二人の職員の作品が展示してあり、招待券を頂いたのです。

 弘孝昌教諭(美術)の造形作品「monument」が、最初のフロアに展示されていました。縦120㎝、横284㎝の大きな作品で、木の枝、ポリスチレンフォーム(発砲プラスチックの一種)、アクリル板などの材料が使われ、墨の表現が山水画を思わせるものでした。題名「monument」はモニュメント(記念碑)です。きっと作者の心象風景が造形化されアートと成ったのでしょう。私の貧しい語彙では表現できない作品ですが、観る者を引きつける磁場のような力があり(これが芸術でしょう)、作品の前でしばらく佇んでいました。撮影を願い出たのですが、館員の許しは得られず、ここに画像を載せることができず残念です。

 フロアを進むと、古閑雄介教諭(書道)の書が三点展示されていました。古閑静盦(せいあん)の号を持つ書家で、若くして日展入選を果たし、今や熊日書道展委嘱書家です。「能動」の書は、その字義のとおりダイナミックな力が感じられるものでした。論語の一節の「後生畏るべし」の章句も、教育者としての思いがみなぎる書でした。そして「大徳」の書は、少し力を抜いた闊達な表現でした。書は人なり、です。日頃から書道部の生徒に対して、「技術よりも心の持ち方が大切だ」と指導されている古閑教諭の信条が迫ってくるようでした。

 会場にはその他多くの絵画、書の作品が展示されており、不知火美術館所蔵のマナブ間部(まべ)の鮮やかな色使いの作品も目を引きました。マナブ間部(1924~1997)は不知火町出身でブラジルに渡り、画家として大成し、ブラジルと日本との文化交流に大きな役割を果たした人です。しかし、弘孝昌教諭の造形作品、古閑雄介教諭の書も同じフロアに展示されて、遜色はありません。そのことに私は同僚として大きな誇りを覚えました。

 弘教諭が指導する美術部、古閑教諭が指導する書道部は、今や熊本県の高校文化活動のトップを走っています。教育に全力を傾けながら、自ら創作者としての活動も続ける両教諭に心から敬意を表します。両教諭を目標に、美術の本田崇教諭、黒田香陽講師、書道の緒方美樹講師もそれぞれ創作活動に鋭意取り組み、公募展に出品されています。

 教師として、創作者として、御船高校芸術科の教職員の活躍は、何よりも生徒たちに還元されていくと信じています。

                                                               宇城市不知火文化プラザ(美術館・図書館)

「それいけ、矢部高校・御船高校合同チーム!」 ~ 秋の熊本県高等学校野球大会

   「暑い中、選手も頑張ります。私たちも暑いところで応援しましょう!」と矢部高校野球部の保護者の方が大きい声を掛けられました。あまりの強い日差しのため、試合開始までネット裏の屋根の下に陣取っていた矢部・御船高校野球部の保護者の皆さんや私たちは意を決し、炎天下の1塁側スタンドに移動しました。

   9月16日(月)の祝日、12時半から山鹿市民球場で「第145回九州地区高等学校野球熊本大会」初戦プレーボール。35度近い暑さの中での観戦となりましたが、気温以上にグランド、スタンド共に熱気あふれる試合の始まりでした。矢部高校と御船高校の1、2年生野球部員はそれぞれ3人と8人で、単独ではチームがつくれません。従って、夏の大会が終わって3年生引退後は、両校で合同チームを結成しました。今回の県大会には55チームが出場していますが、そのうち3チームが合同チームです。

   合同チームと言っても、普段は一緒に練習はできません。矢部高校と御船高校は同じ上益城郡内にありますが、両校は27㎞も離れているのです。日頃の練習は別々で、土日の練習試合が合同練習に当たります。そのため、守備の連携プレーや攻撃のサインプレーの練習不足は否めません。試合前の練習においても、守備はぎこちなく、観ていて不安をいだくものでした。初戦の相手の人吉高校は部員が30人を超え、夏の県大会予選でも3回戦まで進出しており、試合前のきびきびとした練習の様子を見ても苦戦必至と思われました。

   しかし、いざ試合が始まると、矢部・御船高校合同チームはよく打ちました。ヒットの数は人吉高校を上回りました。けれども、守備面の不安的中でミスが続き、失点も重なりました。先制するも逆転され、同点に追いつくも、突き放され、最後は7対11で敗れました。選手わずか11人での精一杯の試合だったと思います。ピンチにおいて、矢部高校と御船高校の選手同士お互いを励まし合い、エラーをしてもかばい合い、よく意思の疎通を図っている光景が見られました。暑さで体力を消耗しながら、少ない人数で最後まで全力プレーする選手の姿に、スタンドで応援していた私たちは胸が熱くなりました。スタンドの保護者の声援も人吉高校にひけをとらないものでした。試合終了後、私は矢部高校の保護者の皆様に応援の御礼を申し上げました。ある保護者の方が「ようやったばい」と目に涙を浮かべながら言われました。この一戦で両校の保護者同士の絆がとても強まったようでした。

   最後に11人の選手達の健闘をねぎらいましたが、選手達は負けたことを心底から悔しがっていました。この敗戦から選手達が学んだものは大きいと思います。

   合同チームが結成されてまだ2ヶ月です。これからの躍進に期待したいと思います。「それいけ、矢部高校・御船高校野球部合同チーム!」

 

3年生を励ます ~ 3年生就職激励会

 

    集まった約80人の生徒たちの表情は真剣そのもので、全員が顔をあげ、集中力を感じました。9月11日(水)の7限目、3年生の「就職希望者の激励会」を本校セミナーハウス1階の研修室で開催しました。公務員は各種試験がすでに始まり、9月22日(日)には上益城郡の自治体等職員採用試験(町役場、消防)が御船高校を会場に実施される予定です。そして、一般企業の就職試験は9月16日(月)から解禁となります。3年生にとっていよいよ進路を決める秋到来です。

    激励の言葉として、私は最初に自立の意義を説きました。

    「皆さんは、これまで小学校、中学校、高校と12年間学校教育を受けてきました。その目標を一言で表すなら、大人として自立(独り立ち)するためです。この先、進学する人はまだ自立するとは言えません。なぜなら学費の多くを保護者が負担されるからです。しかし、皆さんは就職し、自ら収入を得るようになります。経済的に援助を受けずに生活できることが自立の一歩です。ちなみに皆さん、給料はもらうものではなく、自ら稼ぐものです。その気持ちを忘れずにいてください。」

    次に、自分自身の3年担任時代を振り返り、それまでになかった新しい仕事に興味を持ち、挑戦していこうとする高校生の姿勢に驚かされたエピソードを伝えました。

   「いつの時代においても、新しい扉を開いていくのは若者です。大人の私たちは一つ前の時代の思考回路です。しかし、皆さんは違う。皆さん達が就職し、仕事をしていくことから令和という新しい時代は動き始めます。」

    そして、生徒の皆さんを支えている3学年の職員の仕事ぶりを紹介しました。学年主任をはじめ6人の担任教諭は、かつての未熟な3年担任だった私とは比較にならないくらいの教育的情熱と見識を有しています。この夏休み期間、生徒たちの調査書を一枚一枚つくり、チェックし仕上げていきました。校長の私が最終決裁をするのですが、質問するとそれぞれの生徒の長所や、なぜこの企業を志望するのか等を丁寧に説明してくれ、頼もしい限りです。

    結びに、次のように生徒に語りました。聴く態度がみな立派で、きっと正面から受け止めてくれたことと思います。

    「皆さん、自分のために一生懸命になってくれる人がいることは幸せなことだと思いませんか。まだ見ぬ多くの人々、様々な物語が、皆さんを待っています。自立へのわくわくした期待感、そして新しい世界へ挑戦するという気持ちを持って、就職試験に臨んでください。皆さん全員の進路達成の日まで、御船高校全職員で支えることを約束し、励ましの言葉とします。」

 

 

筆をふるう ~ 熊本県高等学校揮毫大会

 

 「揮毫」(きごう)とは、筆をふるうという意味の言葉です。日常生活では耳にしなくなった言葉ですが、書道の世界では健在です。9月7日(土)、宇土市民体育館において、第25回熊本県高等学校揮毫大会(熊本県高等学校文化連盟書道部会主催)を開催しました。県内各地から40校、335人の生徒が出場し、1階アリーナで一斉に筆をふるう光景は壮観でした。

 書道は一人でもできます。しかし、やはり、志を同じくする者が集い、競い合い、高め合う場が必要だと思います。本大会は3年生が出場できる最後の大会です。書道に親しむ高校生にとって、本大会はこの夏の活動目標だったと思います。夏にどれだけ汗を流して取り組んだか。この大会は夏の練習成果が発揮される場と言えます。大会に臨む生徒たちの緊張感が伝わってきました。

 開会式において、代表生徒(八代清流高生)による宣誓がありましたが、紋切り型ではなく、印象的なエピソードが盛り込まれていました。それは、中国の高校生と交流の機会があり、現在の中国では使われていない漢字を臨書する日本の高校生に対し敬意を表された話でした。書道が、漢字という連綿と続く文化の集積の上に成立していることを示すエピソードと言えます。

 揮毫、すなわち生徒たちが筆をふるう実時間は午前10時から正午までの2時間です。この間は、各学校の顧問教師も2階席から見守ることしかできません。臨書部門は練習してきた書を作品に仕上げますが、創作部門は当日に課題の書が提示され、その中から選びます。漢字では李白、王維の五言絶句、七言律詩、仮名は古今和歌集、与謝蕪村の句、そして漢字仮名交じりでは、近代の短歌、俳句、詩句が課題でした。

 御船高校からは書道部15人が参加しました。それぞれが集中して紙に向かい、筆をふるう姿は頼もしく映りました。書き終えて2階席に上がってきた生徒たちは「緊張して最初は筆が震えました」、「2時間では時間が足りません」など口にしていましたが、充足感が皆の表情に浮かんでいたと思います。

 審査結果が出たのは午後5時を回っていました。御船高校は三つの部門(全8部門)で1位を取り、団体で準優勝の立派な成績を得ました。熊本県高校書道界では、御船高校書道部はすでに名門と呼ばれる存在です。本大会で3年生は引退しますが、2、3年生による新しい部活動がさらなる伝統を創っていくことでしょう。

 

一年生の優しい心情 ~ 高校生川柳コンクール応募作品から

 2学期が始まりまだ4日目です。夏季休業中の1年生国語科の宿題に「川柳」作成があったようです。提出された作品を第15回全国高校生川柳コンクール(福岡大学主催)に学校として応募することとなりました。その作品を国語科の先生に見せてもらい、生徒たちの素直な心情に触れ、温かい気持ちになりました。プール、海水浴、かき氷、花火といった夏の定番の季語が多く登場し、それぞれの夏休みを満喫したことがわかります。

 一方、希望と不安を抱えて臨んだ一学期の高校生活のことや友人、家族への思いが吐露された句も少なくなく、私はこちらの作品群に心惹かれるものが多くありました。その中から五つ紹介します。

 

 「友人へ  出会ってくれて  ありがとう」

 入学して出会った友人はかけがえのない存在で、その友人のお陰で毎日の高校生活が充実したものになっていることが伝わってきます。

 

 「教室へ  入った瞬間  まじ好きだ」

 登校し教室へ入ると、クラスメイトの笑顔が迎えてくれる明るい雰囲気。このクラスで一緒にがんばっていこうという前向きな気持ちが表現されています。

 

 「妹が  初のおつかい  いってきます」

 まだ小学校低学年でしょうか、幼い妹が初めて一人でお遣いに出かけます。「いってきます」のういういしい声に、姉として自然にわき起こる愛情です。

 

 「祖母の家  好物片手に  会いに行く」

お盆休みに家族で田舎のおばあちゃんの所を訪ねたのでしょう、その情景が目に浮かぶようです。

 

 「ありがとう  日頃言えない  この思い」

 お弁当の用意、車での送迎など保護者の皆さんの日頃の御苦労を生徒はわかっているのです。感謝の気持ちを秘めているのです。言葉に出せないだけです。

 

 保護者の皆さん、生徒たちは日々成長していますよ。信じてください。

 

「OWS」日本選手権に挑む

   「OWS」と聞いた時、何の頭文字か最初は分かりませんでした。この4月に御船高校に赴任した時、「OWS」の県内トップクラスの選手がいると職員から聞きました。その生徒は3年1組の江原奈穂さんです。

    OWS(オープンウォータースイミング)は、海や川、湖といった自然の中で行われる長距離水泳競技です。プールとは違い、天候、水質、あるいは潮の流れなど自然条件の影響を受けることから、一般の水泳競泳よりもタフな体力と専門的な技術が必要とされます。来年の「2020年東京オリンピック」において「マラソンスイミング」(10㎞)の名称で東京のお台場海浜公園で実施されることから今、注目のスポーツです。

    小学生の時から地域のスイミングクラブで水泳を始めた江原さんは、荒木コーチの指導のもと力をつけてきました。御船高校入学後も、荒木コーチが本校水泳部の指導も担われ、400m、800mの自由形で九州大会出場を果たしました。そして、もともと長距離を得意としていたこともあり、荒木コーチの勧めでOWS競技に取り組み始めたのです。この6月の鹿児島県の阿久根市、そして7月の「世界遺産の島」屋久島で開催されたOWS競技大会(5㎞)でそれぞれ3位に入賞し、上位大会の国体、日本選手権への出場が決まったのです。

    9月2日(月)の2学期始業式後、江原さんの壮行会を開催しました。江原さんは、今月11日、茨城県で開催される国民体育大会「いきいき茨城ゆめ国体」に熊本県代表として出場します。さらに22日、千葉県房総半島の館山海岸で開催される日本選手権に出場します。

   「江原さん、あなたのレベルになると、もうあなたしか知らない世界があると思います。海の水は世界中に通じています。スポーツに国境はないと言います。もっと広い世界まで進んでいってくれることを期待します。」と私は励ましの言葉を贈りました。全校生徒の前で、江原さんは、「熊本県代表としてがんばってきます」ときっぱり決意を述べました。高い目標に挑むアスリートらしく、内に闘志を秘め、輝く眼が印象的でした。国体、そして日本選手権(オーストラリアの世界選手権大会につながる)とさらなる大舞台に挑む高校生スイマーを全校挙げて応援したいと思います。

 

新しいALTの紹介 ~ ALTの新任式開催

 「私の名前はマシュー・ディーツです。アメリカのミネソタから来ました。大学で生物を専攻しました。趣味は料理です。御船町は美しい所です。」

 マシュー先生の流ちょうな日本語の挨拶に私は驚きました。本格的に日本語を学習し始めて3ヶ月ほどと聞いていましたが、全校生徒の前で立派な日本語のスピーチを披露したのです。歓迎の挨拶を生徒会長の田中美璃亜さんが行いましたが、後半は英語のスピーチに挑戦し、マシュー先生も笑顔になりました。

 ALT(Assistant Language Teacher)の先生の新任式を、9月2日の2学期始業式後に体育館において実施しました。吹奏楽部がアメリカ合衆国の国歌の歓迎演奏を行いました。

 アメリカ合衆国は50の州(State)がありますが、マシュー先生はミネソタ州の出身です。ミネソタ州はカナダと国境を接し、多くの湖がある自然豊かな所だと聞いています。マシュー先生は、大学でBiology生物学、History歴史学、そしてコンピュータサイエンスなどを学ばれましたが、歴史学の先生からJET (Japan Exchange Teaching)プログラムを紹介され、日本にとても関心を持ち、ALTとして働きたいと来日されました。

 マシュー先生は、6月に大学を卒業されたばかりのフレッシュマンです。ちなみにアメリカの標準的な大学は9月に入学し、6月に卒業を迎えます。日本の学校は明治時代以来4月入学、3月卒業の仕組みをとっていますが、欧米の多くの国では学校は9月入学となっています。毎年、ALTが7月に離任し、9月に新しく赴任となるのは、このような学校制度の違いが背景にあります。

 マシュー先生は日本で新しいことをたくさん学びたいと意欲的です。急速に日本語が上達中なことは今日のスピーチで証明されました。趣味はラグビーと料理だそうです。大学時代にラグビーの選手として活躍され、がっちりとした体格のナイスガイです。

 生徒の皆さん達から積極的に先生へ話しかけ、対話を楽しんでくれることを期待します。  

 

御船高校杯中学生ロボット大会の開催

 

 

 「第14回御船高校杯中学生ロボット大会」を、8月2日(金)の午後、熊本市南区田井島にある大型商業施設「ゆめタウンはません」3階の交流スペースにおいて開催しました。熊本市及び上益城郡から7中学校11チーム、およそ50人の中学生が参加してくれました。

 御船高校はこれまで全国高校ロボット大会で9回の優勝を誇り、ロボット競技においては全国に知られた高校です。中学生にもっとモノ作りの面白さを知ってもらいたいとの願いから、中学生ロボット大会を開催してきました。もちろん本校の力だけでは実施できず、毎回、大学や企業のご協賛を頂いています。昨年までは本校の実習棟で行ってきましたが、中学生ロボット大会の様子を広く発信したいと考え、今年は校外に出て、「ゆめタウンはません」のご理解を得て開催することになりました。その結果、多くの中学生保護者の皆さんや買い物中の市民の方にご観覧いただくことができました。

 主役の中学生の皆さん達が、チームで一生懸命にロボットを動かし競技する姿がまことに爽やかでした。きっと顧問の先生の指導を受け、ロボット制作から操作習得に時間をかけて準備し、練習してきたことでしょう。しかし、それでも、本番はハプニングがつきものです。最初からロボットが動かない、思いどおりにロボットを操作できず、決められたアイテム(空き缶、牛乳パックなど)をゴールまで運ぶことができないことが続きます。中学生の皆さんは動揺しながらも、何とかロボットを動かし、競技を続行することに全力を尽くします。観覧の方々から温かい拍手が送られました。

 中学生の皆さん、失敗してもいいのです。「失敗」とは「こうやったらうまくいかないということをわかった」経験と言えます。成長とは、トライ(挑戦)、アンド、エラー(失敗)の繰り返しです。「接続不良にならない配線はどうすればよいのか?」、「アイテムをつかみやすくするためにはどんな工夫が必要か?」と、課題を自ら見つけ出し、問いを発していくことが大切なのです。

 大会運営を御船高校電子機械科の2年生と3年生の有志が担いました。話しを聞くと、彼らの中には、この御船高校杯中学生ロボット大会への出場を契機に、御船高校電子機械科への進学を決めた者もいます。今回参加した中学生の皆さんの中から、御船高校志望者が現れることを期待します。そして、参加者全員が、これからもモノ作りに関わり続けていくことを願ってやみません。

 「御船高校のロボットはすごい」と中学生の憧れの目標であり続けるため、本校のロボット部は今日も汗を流しながら秋の全国大会を目指しています。

 

教師も学ぶ夏です ~ 夏休み便り

 朝、校長室の窓を開けると蝉時雨(せみしぐれ)に包まれます。空を見上げると入道雲が浮かんでいます。日中の最高気温は35度前後まで上昇し、グラウンドに立てばじりじりと熱気が足下から湧いてくる感じです。今や小・中・高校の教室にはエアコンが完備され、夏でも涼しい環境で学習できるのですが、やはり盛夏を迎えてみると夏休みは必要だなあと実感します。7月31日をもって夏季の課外学習の期間が終わり、8月に入ると校内の生徒の姿は減りました。

 夏季休業も十日ほど過ぎました。毎日のように御船高校生の活躍のニュースが飛び込んできています。3年生の樋口君はプロサッカークラブ「ロアッソ熊本」のトップチームへの昇格が決まり、新聞報道されました。樋口君は学校の部活動ではなく、小、中、高校と「ロアッソ熊本」のクラブチームに所属し活動してきたのです。そしてついにサッカー界最高峰のJリーグ(現在「ロアッソ熊本」はJ3リーグ)の選手となる夢が見えてきたのです。また、7月30日(火)には、熊本県吹奏楽コンクール高校小編成部門で御船高校吹奏楽部(15人)が南九州大会出場を決めました。2年ぶりの県代表となり、翌日、喜びの表情で部員の皆さんが校長室に報告に来てくれました。

 生徒の皆さんはどのように夏休みを過ごしていますか?夏休みはスポーツや文化活動など自ら好きなことに熱中できます。何かに熱中することは、自己肯定につながると私は思います。一人ひとりが学期中にはできないことに熱中して欲しいと願っています。令和元年、2019年の夏は二度と来ないのです。

 さて、夏季休業中ですが、御船高校の先生たちも頑張っていますよ。2、3年生の担任は生徒、保護者の方との三者面談、そして3年生は就職や推薦入試の準備指導、1年生の担任は家庭訪問に回っています。そして、それぞれの専門教科の研修会に参加し、自らの授業力や指導力の向上に励んでいます。それに加え、今年の夏は全国高等学校総合体育大会(インターハイ)の「南部九州総体2019」(熊本・宮崎・鹿児島・沖縄)が開かれています。熊本県でも7競技が開催されており、バドミントン競技(八代市)には本校から林田先生と松本先生、剣道競技(熊本市)には蔵土先生と高宮先生が出向かれ、大会運営に関わっておられます。

 教師は自分よりも「大きな者」を育てていかなければなりません。自分並みでは次代につながりません。従って、自分自身を向上させるために研修(研究と修養)が求められるのです。生徒の皆さんと職員で競い合い高め合えば、御船高校はさらに活気ある学校になるでしょう。今から2学期が楽しみです。

     7月26日(金)の「中学生体験入学」での本校職員の模擬授業風景

ようこそ御船高校へ ~ 中学生体験入学

    令和元年度の熊本県立御船高等学校「中学生体験入学」を7月26日(金)午前に実施しました。7月24日(水)の異例の遅い梅雨明け以後、日中の最高気温が35度近くに迫る猛暑が続いていますが、それに負けない御船高校の生徒及び教職員の熱意でもって、中学生220人及び保護者・教職員の皆さん50人をお迎えしました。

 午前9時開会と共にオープニングアトラクションとして、本校が誇る吹奏楽部の演奏と書道部の書道パフォーマンスを披露。いきなり御船高校の芸術の力を全開し、中学生たちを引きつけることができたと思います。そして、生徒会長の挨拶、生徒会役員によるパワーポイントを使って大型スクリーンで学校紹介と続きました。この「中学生体験入学」は生徒会はじめ生徒が前面に出て、運営を行っているところが特長なのです。校長挨拶もありません。私自身も不要だと考えています。御船高校生の生き生きとした姿を中学生に見てもらうことが一番の目的と言えるでしょう。「あんな高校生になりたい」、「この先輩達と一緒に高校生活を過ごしたい」と中学生に思ってもらいたいと考え、企画した「中学生体験入学」なのです。

 参加者を6班に分け、それぞれを生徒会の生徒たちが引率して、授業体験、書道・美術の芸術作品の観覧、電子機械科の実習体験等に回ります。特に実習棟における電子機械科の実習体験は、旋盤、溶接、ロボット等の実演を生徒たち自ら行い、説明も担当しました。2年生女子3人が、「工業女子よ来たれ」と盛んに女子中学生にアピールしている姿が印象的でした。また、芸術コース専攻を希望している中学生は、高校生の支援のもと美術室でのデッサンや書道室での制作に挑戦しました。

 中学校とは違う学びの広さ、深さ、そして施設・設備等の充実した教育環境に中学生達は眼を輝かせ、知的好奇心をもって様々なプログラムに取り組み、その真摯な姿勢は実に爽やかでした。

 中学生の皆さん、改めて御船高校の魅力を四つあげます。 

 一  伝統と信頼があります

 一  多くの出会いが待っています

 一  一人ひとりを伸ばします

 一  他校にはない体験活動が豊富です

  来春、天神の森の学舎で皆さんと出会えることを待っています。

 

「伝統」と「多様性」が御船高校の魅力です。

 7月19日(金)に1学期終業式を終え、夏季休業期間に入りました。この4月に赴任した私にとって、1学期は、発見と気づきの連続でした。本校は、幅広い学びの中から自らの進路を探していく普通科、音楽・美術・書道を通して創造力と感性を磨く芸術コース、そしてモノ作りの面白さを追求する電子機械科とそれぞれ異なる教育課程があり、個性きらめく生徒の皆さんが共に学校生活を送っています。平成から令和に時代が変わっても、天神の森の学舎は可能性ある若者と熱意ある教職員の出会いの場であり続けます。

 御船高校の魅力は、「伝統と多様性」だと私は思います。生徒たちは可能性豊かで、一人ひとりが自分探しの個性的な旅をしていると感じます。そして、御船高校生を地域の方や同窓生の皆さんが温かく見守っておられます。熊本県で最も歴史ある洋画公募展の「銀光展」(今年で82回)において、3年4組の木村さんの作品が最高賞に選ばれました。芸術コース美術専攻の生徒としてこれまで学んできた見事な成果です。学生、社会人含めての最高賞を高校生が受賞したことは新聞でも報道されました。そして、この記事をご覧になった同窓生の方からご丁寧な封書が学校に届きました。昭和28年3月ご卒業(御船高校5回生)の大先輩の方で、後輩の木村さんの受賞をたいそう喜ばれ、展覧会に足を運びたいと綴られていました。木村さんを校長室に呼び、この祝意のお手紙について伝えました。木村さんにとっても自信になる出来事でしたが、多くの同窓生や地域の方々を喜ばせる快挙だったのです。

 銀光展の最高賞だけでなく、この1学期、書道部、写真部、水泳部の活躍をはじめ、少林寺拳法同好会の躍進や個人的に取り組んでいる吟詠剣詩舞での全国高校総合文化祭への出場(3年女子)、同じく個人的な挑戦の自転車競技での九州高校総体への出場(1年男子)など相次ぎました。この夏季休業においても、地域の空手道場に通っている2年男子の世界大会出場や、御船町ライオンズクラブの推薦を受け3週間の台湾ホームステイに出かける2年男子など自ら意欲的に進路を切り開く御船高校生が数多くいます。

 そしてきょう7月23日(水)、吹奏楽部が熊本県吹奏楽コンクールの小編成部門で金賞を受賞しました。会場の県立劇場でその演奏を体感した私は、とても15人とは思えない迫力あるサウンドに魅了されました。

 御船高校の魅力は、「伝統と多様性」です。中学3年生の皆さん、来る7月26日(金)は御船高校体験入学の日です。天神の森の学舎への来校を心から待っています。

 

「私たちの学校」という気持ちで ~ 1学期終業式を迎えて

 

 7月19日(金)に御船高校は1学期の終業式を迎えました。大掃除の後、午前9時20分から表彰式、ALT(外国語指導助手)のディラン先生の退任式を行いました。そして、生徒たちはそれぞれの教室に戻り、午前10時15分から放送による終業式を実施しました。体育館の暑さ対策のためです。

 校長講話を放送室で行いましたが、生徒の顔が見えず、マイクに向かって一人で話すことの難しさを感じました。私の講話は次のようなものでした。 

 皆さん一人ひとりが私にはまぶしく見えるほど、高校生は可能性の塊です。高校教師として長年仕事をしてきた私は、高校生の計り知れない可能性にいつも驚かされてきました。だから、皆さん達には、勝手に自分の限界を設けて欲しくありません。「どうせ自分なんか」と自分の可能性を否定するマイナスの言葉は使って欲しくないのです。挑戦もしていないのに諦めている人が多いように思います。失敗したっていいではないですか。「失敗」とは「こうやったらうまくいかないということがわかった」ことを学ぶ経験です。どんなことがあっても、自分だけは自分自身を信じていてください。好きでいてください。

 休み時間や放課後に、私は努めて校内を巡るようにしています。皆さんと挨拶を交わしたり、短い時間でも対話したりすることが楽しみです。しかし、残念なことがあります。駐輪場周辺や部室の近くにジュースの空き缶やお菓子のゴミ袋などがよく落ちているのです。皆さんは自分の部屋にジュースの空き缶を捨てますか? 大人の中にも、自動車や自分の部屋などのプライベート空間は清潔を保つ一方、道路や公園のトイレにタバコの吸い殻や空き缶を放置する人がいます。本来は、多くの人が使用する公共の空間こそ、プライベートな場所より大切にしなければならないのではないでしょうか。

 御船高校は私たちの学校です。1年生も入学して3ヶ月余りこの学舎で生活してきました。単なるモノや道具であっても、長い時間使い続けると愛着を感じます。長年乗っている自転車は、もう単なるモノ(無機物)ではなく、自分の相棒のようになり、「こいつはよく走ってくれるんです」という表現をします。生徒の皆さんにとって、家庭の次に御船高校は心の拠り所と言える場所になって欲しいのです。「私たちの学校」という気持ちを持てば、学校というみんなの空間をさらに大切にすることでしょう。 

 令和元年、2019年の夏休みは二度とありません。生徒の皆さん、一日一日を大切に過ごしてください。

 

ALTのディラン先生を歌で送る

   ALT(Assistant Language Teacher)のディラン先生が2年の任期を終え、1学期末で御船高校を退任されることとなりました。この2年間、ディラン先生は、英語をわかりやすく教えられると共に、母国のアイルランド共和国をはじめヨーロッパ等の国々のことを授業で紹介されました。生徒たちはいつもディラン先生の授業を楽しみにしていました。

 7月19日(金)の1学期終業式の日、体育館において、ディラン先生の退任式を行いました。ディラン先生のスピーチは、最初に英語、次に日本語で次のようなことを語られました。

  「日本に来る前は、日本の生活のことは全く分からなかった。日本の高校生はシャイ(恥ずかしがり屋)で静かだと思っていた。けれども、御船高校の生徒は明るく元気の良い生徒が多く、生徒たちの幸せそうな顔を毎日見ることが幸せだった。御船町に住み、御船高校で教えたことを忘れることはないだろう。」

   ディラン先生のスピーチの後に、生徒会長の田中美璃亜さん(2年B組)が生徒代表の感謝の言葉を述べ、花束を贈呈しました。そして、ステージにコーラス部の生徒6人が登壇し、音楽の岡田先生の指揮、前村先生のピアノで、アイルランドの歌「ダニー・ボーイ」(別名:ロンドンデリーの歌)を合唱しました。アイルランドの民謡は旋律が優しく、明治時代から日本人には親しまれてきました。特に、1913年(大正2年)に発表されたこの歌は、戦場に息子を送った母の思いが表現されていて、その切ないメロディと歌詞は国境を越えて共感を呼び、我が国でも歌い継がれてきています。花束を持ったまま壇上の椅子に座り、コーラス部の歌声にじっと耳を傾けるディラン先生。目頭を幾度か押さえる様子が見られました。異国の地で聴く祖国の民謡はディラン先生の心に深く響いたことでしょう。

   最後は全校生徒及び職員による校歌斉唱を行い、拍手の中、ディラン先生は生徒たちの間を通って、体育館を退場されました。

   アイルランドは、地理的には遠く離れた島国です。しかし、かつて明治24年から3年間、アイルランド人の父とギリシア人の母を持つラフカディオ・ハーン(帰化して小泉八雲となる)が熊本の青年達に英語を教えたことから、熊本とアイルランドの関係は早くから始まりました。ハーンが住んだ家は今も熊本市に記念館として保存公開されています。また、市民有志によって「熊本アイルランド協会」という団体も結成されています。人と人との出会いによって、国と国との関係が始まるのです。私たちにとって、アイルランドはディラン先生の国として特別な存在になることでしょう。

 

御船町の本町通り歴史散歩 ~ かつて御船に県庁があった

 

   「御船町に県庁があったことを知っていますか?」と、御船高校に赴任した私に藤木町長が言われました。続けて、「但し、たった二日間ですが」と笑って付け加えられました。

 時は明治10年(1877年)2月のことです。西郷隆盛率いる薩摩軍が北上して、政府軍の立てこもる熊本城を包囲しました。西南戦争の始まりです。お城の近くにあった熊本県庁は2月19日に避難し、郊外の御船に仮県庁を置いたのです。しかし、この一帯も混乱しており、結局、21日には御船から仮県庁は出て行きます。「御船の二日県庁」と語り伝えられるゆえんです。仮県庁はその後も県内を転々とし、4月16日に熊本城近くの元の場所に戻りました。なお、田原坂の戦いで政府軍に敗れ、熊本城の包囲網を解いた薩摩軍は、4月に御船付近で数次にわたって政府軍と戦火を交えます。特に最後の4月20日の戦いは激しく、政府軍が御船町を占領することで、薩摩軍は山道を矢部方面へ撤退していきました。その後、二度と薩摩軍が熊本平野に戻ってくることはありませんでした。

 「県庁跡」は御船川左岸の本町通りです。ここはかつて御船の商業の中心だったところで、漆喰の白壁の建物前に「史跡 熊本県庁跡」の白い標柱が立っています。背後の建物は、築100年以上の歴史的建造物の「池田活版印刷所」(明治33年創業)です。こちらは今も鉛活字を使った昔ながらの手法で印刷を手がけておられます。先日、本校の美術科の職員等と訪問したところ、5代目店主の吉田典子さんが懇切丁寧にご案内してくだいました。店内は、インクの匂いが漂い、大量の鉛活字の棚や黒光りする印刷機が存在感を示しています。名刺やノートを手に取ると、活版印刷による味わい深い凹凸感がありました。今後、美術コースの生徒の見学やワークショップを実現したいと思います。

 池田印刷所の隣が「御船街なかギャラリー」です。もともとは江戸時代後期に建てられた大きな町屋で、豪商の林田能寛(はやしだよしひろ)の商家(「萬屋」)でした。白壁土蔵造りの酒蔵や商家が次々と消えていく中、往時の町並みを伝える建物として御船町が所有し、現在は交流施設として観光協会が運営されています。太い梁や柱の趣ある主屋をはじめ離れや庭、さらには二つの大きな蔵があり、御船高校芸術コースの書道や美術の学習成果発信の場として活用できないか検討しているところです。

 令和の世にあっても活版印刷が行われていたり、江戸後期の商家建築が活用されていたりと御船町の本町通りは奥が深い場所です。歩いていると歴史をさかのぼっていくような感覚に包まれます。皆さんも歩いてみませんか?

 

選手10人の入場行進 ~ 夏の全国高校野球熊本県大会

 

 「御船高等学校」と球場にアナウンスが響きました。御船高等学校野球部の選手10人の入場行進です。キャプテンの久佐賀君が校旗を持ち、その後ろに3人ずつ3列で9人の選手が続きます。バックネット裏に座っていた私の周囲では「あれ?御船はたった10人かな?」という声がしましたが、私は気になりませんでした。本校野球部は部員不足で悩まされ、常に少人数で取り組んできて、7月7日(日)の第101回全国高等学校野球選手権熊本大会開会式を迎えたのです。二日前、学校のグラウンドで入場行進の練習をする選手達に、「少人数でもキラリと光る行進をしよう」と励ましたところです。

 藤崎台球場は、県内の高校球児にとっては「熊本の甲子園」のような場所です。樹齢七百年の七本の大楠(国天然記念物)が外野席後方から見守る伝統ある球場に、御船高校単独チームとして入場行進ができたことを誇りに思っています。今年は第101回大会。テーマは「新たに刻む、ぼくらの軌跡」です。少子化に伴う高校生減少によって高校球児も減っています。また、熱中症の危険性も高まり、真夏の大会運営における安全性の確保が求められています。

 しかし、様々な困難がある中、高校野球のひたむきさ、最後まであきらめない姿勢などは観る人に元気を与えます。そして、6月上旬に県高校総体・総合文化祭が終わることで大部分の3年生が部活動を引いた後、野球部だけが1ヶ月余り練習に汗を流し、3年生にとって部活動の総仕上げの意味もあり、他の生徒たちの熱い応援もあります。夏の高校野球は国民にとっても風物詩のようなもので、我が国独自の学校文化と言えると思います。

 御船高校野球部の初戦は7月8日(月)の第2試合(県営八代球場)となりました。当日は、電子機械科1年生(A・B組)の鹿児島県の川内発電所見学の引率が早くから予定されており、抽選結果の日程を残念に感じました。開会式後、選手達には「1回戦を突破したら応援に行けるから、勝ってくれ」と檄を飛ばしました。しかしながら、結果は熊本高校に大敗を喫したのです。たった二人の3年生の久佐賀君(捕手)と内村君(投手)が最後にバッテリーを組んだことを後で知り、少し救われた気持ちとなりました。

 勝った時よりも、負けた時の方が学ぶことは大きいと言われます。本校の3年生の皆さんの多くは十分に力を発揮できず、部活動の終わりを迎えたことでしょう。しかし、高校生としてこれからが本当の勝負です。皆さんには無限の未来が広がっています。敗戦の悔しさをエネルギーに変え、一人ひとりの進路実現に向けて挑戦していってほしいと期待します。後ろを振り返る必要はありません。夢、希望、目標は前方にしかないのです。 

 

音楽のチカラ ~ 平成音楽大学ブラスオーケストラ演奏会

 

   今年の熊本県の梅雨入りは記録的に遅く6月26日(水)でした。その後、断続的に雨が降り続き、今週は九州全域で大雨となり、7月3日(木)は豪雨災害の発生が予測されたため、臨時休校としました。前日から期末考査が始まっており、午前中で考査が終わる予定でしたが、生徒の登下校の安全最優先の観点から、当日朝の6時半に休校の判断をしました。結果的には、上益城郡及びその周辺の雨量は心配されたほどではありませんでしたが、「空振り」でも良かったと思っています。近年の気象災害の状況を見ると、経験や前例は通用しなくなっています。私も三十年以上、高校の教員として働いてきました。自分の経験から学ばなければなりません。しかし、それだけでは全く足りないことを痛感する毎日です。

 さて、大雨で臨時休校となった7月3日(木)の夜、平成音楽大学「ブラスオーケストラ2019演奏会」が熊本県立劇場コンサートホールで開催されました。平成音楽大学は九州唯一の音楽大学で、御船町滝川の御船川左岸の高台にあります。創設者の出田憲二先生(故人)は御船高校の卒業生であり、かつて同窓会会長も務められました。平成16年、本校に音楽・美術・書道の芸術コースが設けられた背景に、同じ町の平成音楽大学の存在がありました。現在も、音楽コースの生徒たちは授業の一環として同学において専門の楽器、歌唱等の指導を受けています。音大の一流の先生方から直接指導を受けられることは、御船高校芸術コースの大きな魅力だと考えています。

 平成音楽大学からの御案内をいただき、7月3日(木)夜の演奏会に本校の音楽教師と共に出席しました。雨天にもかかわらず、コンサートホール(収容1810席)の席の多くが埋まりました。よく知られたクラシック音楽からスタートし、1964年の東京オリンピックマーチ(作曲:古関裕而)、作曲家の小林亜星の数々のヒット曲と続きました。そして、ラデツキー行進曲(J.シュトラウス)、出田敬三学長が作曲され、広く県民に親しまれている「ユアハンド マイハート」、「おもいで宝箱」でクライマックスを迎えました。平成音楽大学ブラスオーケストラと陸上自衛隊西部方面音楽隊の共演、同学の女性合唱団「平成カンマーコール」、これに子ども学科の学生によるダンス等も加わり、圧巻でした。そして、このすべてをリードされるのが指揮者の出田敬三学長です。まさにマエストロの称号を贈りたい自在の指揮をされました。

 「音楽のチカラ」。この言葉を出田学長はよく使われます。熊本地震の被害を受けた平成音楽大学はこの夏、ニューキャンパスとしてよみがえります。その祝祭のような演奏会の熱気に包まれ、鬱陶しい梅雨の季節であることを忘れることができました。「音楽のチカラ」です。

 

校庭の石碑

 

 御船高校に赴任してきた4月の春休み、校庭を歩いていて体育館前の芝生の石碑が目につきました。高さは1m50㎝程度で、上部にブロンズ(青銅製)板がはめ込まれ、「孝忠」と文字が大きく刻まれ、続いて十行ほど漢文があります。台座の説明版を読むと、「昭和八年十一月十日」、「熊本懸立御船中学校長」の「古賀重利」が建造したことがわかります。いったいこの碑は何だろうと思い、幾人かの職員に尋ねましたが、皆知りませんでした。中には、「校庭に石碑?そんなものがありましたか?」と逆に尋ねてくる職員もいました。私は赴任した直後で、新鮮な気持ちで校内を歩いていたから目にとまったのでしょう。この例が示すとおり、視野に入っていることと認識していることは大きく違います。意識して見ないと、私たちは多くのものを見落とすものなのです。

 さて、この石碑の由来について、その後調べてみました。御船高校の創立90年誌、創立80年誌には見当たりませんでしたが、70年誌に紹介されていました。この記事の中に「誰にも顧みられることなく校庭にある」との表現がありますので、当時から関心が払われないものだったのでしょう。実は、この石碑は、幕末の勤王の志士、宮部鼎蔵(みやべていぞう)に関するものでした。

 皆さんは、宮部鼎蔵を知っていますか?幕末の歴史に興味、関心のある人にとっては有名な人物でしょう。幕末をテーマとした映画やドラマ、小説等では、池田屋事変で新選組に斬られる勤王の志士として登場します。宮部鼎蔵は熊本藩士(細川家家臣)で、文政3年(1820年)に現在の御船町上野で生まれています。幕末の動乱の中、朝廷中心の勤王思想の志士として活動し、吉田松陰(長州藩)とも交流がありました。文久2年(1862年)に上京する際、決死の覚悟だったのでしょう、弟の春蔵に対して、「親に孝、朝廷に忠」という自らの遺訓の書を託したのです。2年後、京都の池田屋に同志といるところを襲われ、宮部鼎蔵は斃れました。享年45歳。

 旧制御船中学校の古賀重利校長(第5代)は、御船の先人である宮部鼎蔵の遺訓の言葉「孝忠」に、朝夕、生徒にも接して欲しいとの願いから、この碑を校庭に建てられたようです。この「孝忠」碑の元となる碑が、宮部鼎蔵の出身地の上野地区にあると聞き、先日、梅雨の合間を縫って訪ねました。御船高校から国道、県道で約8㎞離れた御船町上野に「鼎春園」(ていしゅんえん)があります。大正2年(1913年)、宮部鼎蔵と弟の春蔵の遺徳を敬慕する地元住民によって整備された公園です。高さ5mの宮部鼎蔵顕彰碑、春蔵の歌碑と共に、鼎蔵の「孝忠」碑がありました。古賀重利校長もここを訪ねたのでしょう。

 御船高校は創立以来1世紀近く、変わらぬ場所にあります。先人の思いが幾層にも重なっている学舎であると、「孝忠」碑を見て思います。

 

  御船高校校庭の「孝忠」碑    鼎春園の「孝忠」碑

先人の「自治」の精神から学ぶ

 

 前回の「校長室からの風」の続編になります。同じ上益城郡内の山都町にある矢部高校を先日訪問した際、近くの国重要文化財の石橋「通潤橋」を見学したことは触れました。大規模な石橋と周囲の田畑と調和した美しい景観に胸を打たれましたが、もう一つ印象に残ったものがありました。「通潤橋」の見学路に、この石橋の建設責任者である布田保之助(ふたやすのすけ)の銅像が立っていますが、傍らに遺訓の碑があり、「勤勉・勤労・自治」と刻まれていました。その「自治」という言葉に強い印象を受けたのです。

 江戸時代の熊本藩(細川家)の地域行政の仕組みを少し解説します。上益城郡には藩士が務める郡代がいて、その下に手永(てなが)という熊本独自の行政単位がありました。手永とは郡と村の中間にあたり、数村~数十村から構成され、このトップが惣庄屋(そうじょうや)と呼ばれ、各村の庄屋を統括しました。惣庄屋は言わば地域住民のリーダーと言えます。

 布田保之助は矢部手永の惣庄屋として、水不足に苦しむ白糸台地に水を引くため難工事の末、水路橋としての「通潤橋」を江戸時代末期の安政元年(1854年)に完成させました。現代の感覚であれば、これほどの大規模なインフラ(社会生活の基盤)整備は公共工事で行われるべきと考えますが、当時は違いました。熊本藩の許認可を得たうえで、あくまでも事業主体は矢部手永であり、責任者は布田保之助なのです。藩のお墨付きを得た事業ではありますが、財政支援はほとんどなく、布田保之助を筆頭に地域住民(農民)が心血を注いで取り組んだのです。布田保之助の徹底した自治の精神が「通潤橋」を創り上げたことはもっと知られてよいことだと思います。

 「通潤橋」に象徴されるように、江戸期は地域住民にとって道路や橋、用水路の築造は自分たちで行うことが原則でした。御船町にもその好例が遺されています。江戸後期、御船町の大部分は19の村から成る木倉(きのくら)手永でした。幕末の木倉手永の惣庄屋は光永平蔵(みつながへいぞう)という人物でした。光永平蔵は吉無田水源から水を引き、途中873mに及ぶ隧道(トンネル)を掘削する難工事を経て御船地域の田畑を潤す井手(用水路)を整備しました。

 また、御船の豪商(酒造、米穀商等)の林田能寛(はやしだよしひろ)は日向往還の難所の八勢川の岩場に眼鏡橋架橋を発起し、藩の許可を得て自らの資金を投入して安政2年(1855年)に完成させています。八瀬の石橋は県指定文化財として今も端正な姿を留めていることは以前の「校長室からの風」で記したとおりです。

 「通潤橋」、「八瀬の眼鏡橋」をはじめ農業用水として今も活用される光永平蔵の嘉永井手(かえいいで)などの遺産は、自分たちの地域は自分たちの手で創り上げるという先人の「自治」の精神を後世の私たちに伝えてくれます。 

 

御船から矢部への道

 

 先日、出張で同じ上益城郡内の矢部高校(山都町)へ行きました。本校のある御船町は古くから上益城郡の中心地で、江戸時代は熊本の城下町から延びた日向往還が御船から山地に入り、矢部郷を通って日向国(現在の宮崎県)へ抜けていました。現在は御船町から国道445号を走行し、山都町(やまとちょう)へ向かいます。右手に御船川が車窓から見え隠れし、道は上り坂で次第に谷が深くなります。

 御船町滝尾の下鶴地区には、国道と平行して石橋「下鶴橋」(しもづるはし)が残っています。明治19年(1886年)、御船川に合流する八瀬川に架橋されたもので、橋の長さは25m、幅が約6m、今日もなお生活道路として現役の橋で、ここを通りかかると車を止め、しばし眺め、風雪に耐えてきた石の手すりに触れたくなります。

 御船町七滝を過ぎると国道は山都町に入ります。九州中央自動車道(高速道)は九州自動車道の嘉島ジャンクションで分かれ、御船町を通り、山都町の「山都中島西インターチェンジ」まで開通しています。延伸工事が進行中で、山都町の矢部インターチェンジまでの開通を目指しています。最終的には県境を越え、宮崎県延岡市までの九州横断ルートとなる計画です。このため、工事用トラックが頻繁に通行しています。矢部への道は急な坂やカーブを繰り返しながら上っていきますが、この道を毎日単車で御船高校まで通学している生徒のことを思うと交通安全を願わずにはいられません。

 御船高校を出発して約40分で矢部高校に到着しました。走行距離は27㎞。この付近の標高はおよそ450mあり、熊本平野の東端に位置する御船高校からかなり上ってきたことがわかります。同校のある山都町は平成17年に上益城郡矢部町と清和村、そして阿蘇郡蘇陽町が合併して誕生しました。矢部高校は旧矢部町の中心地の浜町にあります。この浜町は江戸時代の国絵図を見ると、上益城郡の山間部の交通の要地です。御船から上ってきた日向往還が浜町を通り、馬見原(まみはら)の宿(旧蘇陽町)を経て、日向国に入っていました。

 矢部高校の近くには、日本最大級規模の石橋「通潤橋」(つうじゅんきょう)があります。石橋の宝庫と呼ばれる上益城郡の緑川水系ですが、その代表格の偉容は何度見ても胸に迫るものがあります。竣工は安政元年(1854年)、橋の長さ76m、川面からの高さ20mの巨大な石造アーチの水路橋です。当時の矢部郷の惣庄屋の布田保之助(ふたやすのすけ)によって建造され、今や地域の誇りの国重要文化財です。3年前の熊本地震やその後の大雨によって被害を受け、一部が修復工事中ですが、その圧倒的存在感は健在です。

 江戸期の先人の偉大な遺産を前に、上益城郡の地理的な広さや歴史的な豊かさを感じずにはいられませんでした。同じ郡内の高校への出張でしたが、小旅行のような気持ちに包まれました。

                                     

                                               下鶴橋(御船町)      通潤橋(山都町)

熊本県高校生ものづくりコンテスト

   第16回熊本県高校生ものづくりコンテストが6月16日(日)に開催され、会場校の玉名工業高校(玉名市)を訪ねました。同校は初めてでしたが、最初に充実した実習棟に目を奪われ、工業教育に最高の環境が整っていることを実感しました。ものづくりコンテストの会場校にふさわしい施設・設備の学校でした。さらに、「工業人たる前に よき人間たれ」のスローガンが校内の随所に掲示され、職員の皆さんが着用されている揃いのTシャツにもこの言葉がプリントされていました。技術だけでなく、挨拶や掃除、教室や実習室の整理整頓を重視されていることが伝わってきます。

   熊本県高校生ものづくりコンテストは、工業系学科及び総合学科に学ぶ高校生に目標を与える場を提供し、技術・技能の継承の推進を図り、本県そして我が国の産業発展を支える人材の育成を目指すことを目的に開かれています。

第16回の今回は次の8部門の競技種目が実施されました。

◇ 旋盤作業   11校11人参加      ◇ 電気工事   10校10人参加

◇ 電子回路組立 7校7人参加    ◇ 化学分析   3校6人参加

◇ 木材加工   5校5人参加    ◇ 測量     6校18人参加

◇ 家具工芸   3校6人参加

◇ 自動車整備  2校3人参加(*この種目だけ会場は開新高校)

 いずれも各学校の代表生徒が練習を重ねて準備して臨んでいます。各会場には緊張感が漂い、限られた時間の中で高い集中力を発揮する生徒たちの熱気が伝わってきて、観る者の胸を打ちました。

 御船高校からは電気工事に3年男子の託麻君、旋盤作業に2年女子の田中さんが出場しました。彼らは放課後、土日と繰り返してきた練習の成果を見事に発揮し、制限時間内で課題をやり遂げました。審査の結果、託麻君は惜しくも4位、田中さんは見事に3位入賞を果たしました。上位は紙一重の競い合いだったようです。全体的に女子生徒の入賞が増えていることが注目されます。

 付加価値の高い製品が求められる中、我が国のものづくりの現場力が落ちていると聞きます。若者の製造業離れが言われて久しいものがあります。しかし、エネルギーを注ぎ込み真剣にものづくりに格闘する高校生がいるのです。当日は県商工観光労働部の担当者や産業界の方、また保護者等が観覧されました。スポーツ(高校総体)、文化活動(高校総文祭)とは違う高校生のもう一つの技術の祭典があることを多くの県民の皆さんに知って欲しいと思います。

「授業は本当に難しい」 ~ 御船高校授業研究期間

 

  「授業は本当に難しい。何年経験を重ねても難しいものだ。」と、かつて同僚だった先生の言葉がよみがえります。県内でも指導的存在のベテランの先生でした。当時の私の拙い授業を参観され、その後の授業研究会で発された言葉であり、20年ほど前のことですが、今も記憶に残っています。

 御船高校では6月4日(火)から14日(金)にかけて「授業研究期間」と位置づけ、すべての授業を公開し職員がお互い自由に参観すること、そして各教科から代表1人が指導案を作成しての研究授業を実施することの二本立てで取り組みました。本校では昨年度から、「授業のユニバーサルデザイン化」(だれひとり取り残さない、わかりやすい授業)を目指しており、今年度はICT(Information Communication Technology 情報通信技術)の積極的・効果的活用を実践テーマに掲げています。

 今回、私が参観した書道、国語(現代文)、数学、音楽、公民(現代社会)の研究授業はいずれもパソコン、プロジェクター、スクリーンの3点セットをはじめ書画カメラ(書道の授業)などが活用され、それぞれの職員の工夫が見られました。期待通り、生徒の授業への興味、関心を引き、授業に臨む集中力も高まる傾向にあります。しかし、生徒自身がもっと主体的に学習活動を行っているか、また教師と生徒、さらには生徒間の対話が生まれているかについては授業で差が見られました。

 従来の高校の普通科目の授業は、どうしても教師の説明が長くなり、教師から生徒への一方通行の「教える」だけが主流でした。これを大きく変えていかなければならない時に来ています。知識や簡単に答えの出るものは今やAI(人工知能)が担う時代です。答えの出ないものに取り組んでいける論理的思考力や創造力、そして協働の姿勢などが求められているのです。疑問を持つ、自ら問いを立てることができるといった主体的な学習姿勢をいかに養っていくかが高校教育の大きな課題となっています。

 本校の教職員の格闘は続いています。「教えるは学ぶの半ば」という言葉があります。人に教えることは自分の力量不足やあいまいな点がはっきりするから、半分は自分の勉強になるのだという意味です。授業実践を重ね、お互い評価しあい、職員も研鑽を積んでいます。生徒同様、教師もまた学校で成長していくものなのです。

 

 

ものづくりの情熱 ~ 熊本県高校生ものづくりコンテストに向けて

 

    放課後によく電子機械科の実習棟へ足を運びます。旋盤をはじめ多くの工作機械がならび、独特のオイル臭もする空間で生徒たちがそれぞれの作業に没頭している姿を見ることができます。最も活気あるグループがロボット部の生徒たちです。常時10人前後の生徒たちが時に話し合いながら、ロボットづくりに取り組んでいます。秋の全国大会(新潟県)での優勝を目指しており、高い目標を掲げている彼らのモチベーションは高いなあといつも感じます。

    一方、個人で黙々と時間を忘れたかのように作業を繰り返している生徒がいます。熊本県高校生ものづくりコンテストに出場する3年生の託麻君と2年生の田中さんです。託麻君は電気工事部門に出場予定で、2時間の規定時間内に木製パネル盤上に電気配線を作り上げることが課題です。担当の吉迫先生がマンツーマンで指導に当たられ、時間を計っての演習で高い集中力を発揮しています。田中さんは本校の少ない工業系女子です。県全体では工業高校で学ぶ女子生徒は増加しているのですが、本校電子機械科では1年生は71人中ゼロ、2年生は61人中3人、3年生は67人中2人という状況です。田中さんは旋盤作業部門に出場予定で、担当の山下先生と二人三脚で準備中です。

   「とても肉眼ではわからない精密さが求められますが、ぴたりと数値通りの結果がでたときは、やったあと思います。」と田中さんは旋盤加工の魅力を語ってくれました。山下先生によれば「田中さんの向上心が素晴らしい」とのことです。まだ2年生なので、最終目標は3年次での優勝ですが、今回も目標を3位入賞に置いているとのことです。

   「実践の上に理論が生まれ 理論が実践を効果的にすると共に 実践が理論を発展させる」との先達の言葉が実習棟の壁に大きく掲げられています。そして「定位置還元」のスローガンのもと作業に集中できる環境が整っています。この実習棟(ラボラトリー)で、御船高校電子機械科の生徒たちはものづくりの難しさと奥の深さを体得していくのでしょう。何か、武道における「道場」のようにも映ります。

 第16回熊本県高校生ものづくりコンテストは来る6月16日(日)、熊本県立玉名工業高校と開新高校を会場に開催されます。本校の生徒が出場する2部門の他に木材加工、電子回路組立、測量、家具工芸、化学分析、自動車整備の計8部門で高校生の技術・技能が競われます。期待したいですね。

 

 

 

交通の要地、御船 ~ 舟運、街道から高速道へ

 

 アメリカに本社がある外資系の会員制大型ショッピングセンターが2021年(令和3年)春に御船町の九州自動車道御船インターチェンジ近くに開業するニュースが先日メディアで報じられ、話題となりました。同社の出店は九州では3番目(これまでは福岡県内に2店舗)で、協定締結の際に同社が御船町を選んだ理由として、交通の利便性と立地条件の良さを挙げていたことが印象に残りました。御船町は、熊本県のほぼ中央に位置し、県庁所在地の熊本市中心部からおよそ15㎞の距離です。そして、なんと言っても町内に三つの高速道路のインターチェンジ(九州自動車道の御船IC、小池高山IC、九州中央自動車道の上野吉無田IC)がある交通の要地なのです。

 歴史的に見ても御船町は古くから交通の要地と言えます。現代の私たちは交通と言えば道路のみを考えがちですが、近代以前の交通において河川交通すなわち舟運がとても重要な役割を果たしていました。御船町には御船川が流れており、西隣の嘉島町で一級河川の緑川と合流します。江戸時代、肥後(熊本)屈指の商港であった川尻とは川の道で約20㎞の距離でした。川尻との舟運が盛んに行われ、御船は上益城郡きっての物資集散地(町)として繁栄したのです。「御船」という地名の由来は諸説あるようですが、古くから舟運の拠点であったことを示しているのでしょう。近代に入って舟運の時代は終わりましたが、それでも昭和30年代頃まで河口から運搬船が御船町の中心地域まで上ってきていたと聞いたことがあります。地形的に熊本平野の東端に当たる地域までは舟運が可能だったのでしょう。

 また、かつて日向往還(街道)が御船を通っていました。江戸時代の肥後の四街道(豊後・豊前・薩摩・日向)の一つで、日向(ひゅうが)すなわち現在の宮崎県延岡へ向かう街道です。城下町の熊本から嘉島、御船、矢部(現山都町)を通り日向へと抜けるルートです。日向往還は御船高校がある木倉(きのくら)付近までは平坦部ですが、ここから山間部へと入り道が険しくなります。

 今も旧往還の面影が残っている場所があります。その筆頭が八瀬(やせ)眼鏡橋とその近くの石畳です。御船川の支流の八瀬川にかかる石橋で、安政2年(1855年)に御船の材木商である林田能寛が私財を投入し、肥後の石工で名高い種山(現八代市東陽地区)の技術者たちが架橋しました。橋の長さは62mに及び県内に残る石橋で最長です。風雪に耐えた風格ある石橋と、今にも江戸時代の旅人が現れてきそうな石畳を見ていると、昔も今も社会を支えるのは交通だとの感慨を覚えます。

 

「計る」ことの大切さ ~ 電気計測器の寄贈

 日置(ひおき)電機株式会社代表取締役社長の細谷和俊(ほそやかずとし)様をはじめ同社員の方3人が6月6日(木)に来校されました。同社(本社は長野県上田市)は電気計測器を中心に高品質の製品開発・製造で発展を続けておられ、企業理念に「人間性の尊重」「社会への貢献」を掲げ、東日本大震災、そして熊本地震で被災した工業高校の支援事業に取り組まれています。この度、御船高校に対し、次の製品のご寄贈を賜ることとなりました。

 ・ 放射温度計         1台
 ・ タコハイテスタ(回路計)  1台
 ・ クランプオンハイテスタ   2台
 ・ バッテリハイテスタ     1台
 ・ 絶縁抵抗計         1台
 ・ 持続ケーブル        1本
 いずれも工業教育においては貴重なものであり、誠に有り難いご支援です。

 本校電子機械科のラボ棟(実験実習棟)において、同科の3年生67人と職員で出迎え、贈呈式を執り行いました。細谷社長様からは、「高校生の皆さんに物作りの楽しさを知って欲しい。そして、かつての技術立国日本を取り戻すために将来活躍して欲しい」と励ましの言葉を頂きました。贈呈式の後、日置電機株式会社の社員の方による「電気測定の基礎知識」のセミナーが30分ほど行われ、生徒にとっては貴重な学習の機会となりました。

 考えてみると、温度計、体重計、血圧計など私たちの生活においても客観的なデータを知る計測器は不可欠な存在です。従って、これが科学技術や電気・ガス・水道などのインフラ(社会基盤)の維持、発展にいかに重要かが容易に想像できます。

 電気計測器は私たち一般人が購入消費する製品ではありませんので知名度は高くありませんが、日置電機株式会社のような企業は社会から必要とされ続けている存在です。近年、我が国のモノ作りへの信頼を揺るがすような事案が大企業と言われるところでも起きています。しかし、社会生活の根本の安全を守る計測技術開発にたゆまぬ努力を続けておられる企業を知ることができたことは、電子機械科の生徒たちにとって幸運だったと思います。

 

 

和敬清寂の世界に浸る ~ 熊本県高校総合文化祭(その2)

   部活動において、その生徒の普段は見られない輝く場面、秀でた点を発見して驚くことがよくあります。「この生徒は、こんな面があったのか」と人物観の修正を迫られる時は、教師にとって生徒の豊かな可能性を知る時にほかならないのです。今年の熊本県高校総体、そして総合文化祭において、そのような喜びの体験を幾度も味わいました。中でも、総合文化祭初日(5月31日)、県立劇場の茶道部のお茶席での出会いは忘れがたいものがあります。

 書道、美術、写真等の展示作品を見て回っていた私は、偶然、本校茶道部顧問の野崎先生と会い、御船高校担当のお茶席に御案内いただきました。幸運でした。茶道部は裏千家の岩永師範の御指導のもと、3年生9人、1年生1人の計10人で週1回活動しています。赴任して2ヶ月の私にとって茶道部員との初めての出会いが、県高校総合文化祭のお茶席となったのです。名誉にも正客(しょうきゃく)となり、他の相客15人の方と一緒に座敷に招かれました。

   亭主は御船高校3年2組の田上知奈さん、半東(はんとう)が同じクラスの澤村愛さんです。二人とも制服です。半東とは茶事が円滑に進むように亭主をサポートする役で、お菓子や亭主が点てたお茶を客に運びます。お客の人数が多いため、相客には控えの水屋で点てられたお茶が運ばれますが、正客の私には亭主が点ててくれます。亭主の田上さんと相対座して、お点前を間近で見ることができました。

   裏千家の風炉(ふろ)の薄茶平手前で私たちはもてなされました。亭主の田上さんは幾つもの手順を落ち着いて進め、まことに優美なお手前を披露しました。相客にお菓子やお茶を運ぶ部員も楚々とした所作でした。日常の学校生活では決して見ることのできない立ち居振る舞いであり、御船高校生の未知の姿を「再発見」した思いとなりました。

   座敷の床の間には「清流無間断」(清流は間断無し)の掛け軸がありました。この軸を見て、「和敬清寂」という茶道の精神を表した言葉を思い出しました。もともとは禅宗の言葉です。言葉通りまさに和やかで亭主と客が敬いあう対等な関係が生まれ、清らかで静かな空間に包まれて、心地よいひとときでした。

   我が国の伝統文化の持つ型の強さ、奥深さは計り知れないものがあります。令和の高校生にも茶道に親しんでほしいと願っています。

 

「解は無限 導け青春方程式」 ~ 熊本県高等学校総合文化祭(その1)

 

   令和元年5月31日(金)の午前、熊本市の「えがお健康スタジアム」で開催された熊本県高等学校総合体育大会総合開会式に御船高校は生徒、教職員の60人で臨みました。生憎の雨に見舞われましたが、生徒はよく辛抱し笑顔で入場行進、そして開会式に参加しました。

   終了後、私は県立劇場へ移動し、午後からの熊本県高等学校総合文化祭総合開会式に出席しました。オープニングを御船高校書道部10人による書道パフォーマンスが飾り、縦4m×横6mの巨大な紙の中央に「全速前進」と墨書、上部に緑色の墨で「青春エネルギー」と書き上げました。動きは気迫に満ち、10人が息を合わせて作品を創り上げた時は、会場のコンサートホール(1000人収容)でどよめきに似た歓声があがり、割れんばかりの拍手が送られました。

  「令和」は、天平文化(奈良時代)の大宰府での和歌の宴にちなむ元号であり、多くの人が心を寄せ合い文化を創り上げるという願いが込められています。英訳すると「Beautiful harmony」(美しい調和)となり、先般、国賓として来日したトランプ米大統領もスピーチでそのように表現していました。御船高校書道部の書道パフォーマンスはまさに「ビューティフル ハーモニー」にふさわしいものでした。

 高校総合文化祭総合開会式の生徒代表あいさつを担った熊本市立筆由館高校3年の今村美咲さんは、千語近い挨拶文を暗唱し、かつ感情豊かに語って会場をうならせました。そして、スピーチと言えば、2日目の弁論発表(演劇ホール)において、県立盲学校の松下賀雅人君の「呼吸(ブレス)を感じて」の豊かな表現力には圧倒されました。

 5月31日(金)から6月1日(土)にかけて、県立劇場のコンサートホールと演劇ホール、そしてホワイエや地下大会議室等で高校生の日頃の文化活動の成果の発表が続きました。合唱、吹奏楽、バトントワリングのような華やかな舞台芸術から理科研究や書道・美術・写真の作品展示までまことに多彩です。高校生の文化活動のにぎわいが会場に横溢していました。

 高校総合文化祭は高校総体に比べるとメディアや県民の方々の関心が低いようで、残念でなりません。スポーツに負けないエネルギーがあふれています。そして実に多様な興味、関心の広がりが文化活動にはあります。まさに、今年のテーマにあるように文化活動は「解は無限」なのです。

 

92歳の先生

 

 

 御船高校華道部を指導していただいている村上諫(いさむ)先生は、旧制御船中学校20回生(昭和21年3月卒業)で、御船町に隣接する甲佐町にて長く花き農家を営まれる一方、「花の美しさを広く伝えたい」と池坊華道師範免状をとり活動してこられました。御年92歳になられます。

 一昨日、電子機械科の3年B組の「家庭総合」の授業でフラワーアレンジメント講習を企画し、その講師として村上先生に来ていただきました。授業の冒頭、戦争中の過酷な勤労学徒動員の体験を語られたあと、的確に作り方のポイントを示されました。3年B組は男子が圧倒的に多いクラスで(男30、女2)、フラワーアレンジメントはほとんどが初体験でしたが、日頃から物作りに慣れていることもあり、段取りよく進め、手仕事の楽しさを味わっていました。

 また、昨日は華道部の指導で再び来校されました。村上先生の御指導のもと、華道部員が学校玄関に四鉢の作品をつくり展示しました。華やかでそれぞれ趣のある作品の前に立つと、花をとおして生徒たちが伝えたい心が感じられます。これから来校者の目を楽しませることでしょう。

 村上諫先生に対し、今年度の「文化部(華道部)外部指導者委嘱状」を校長としてお渡ししました。ご高齢をおして来校され、ひ孫のような生徒に華道を教えられる村上先生には頭が下がります。今や我が国は高齢者の活躍する時代ですが、それにしても92歳にして高校生に定期的に指導される方は希ではないでしょうか。

 「人も生け花も経験を重ねるごとに成長する」というお考えを村上先生は持っていらっしゃいます。芸の道は無限なのでしょう。本校だけでなく、甲佐町の公民館や甲佐小学校においても生け花を教えていらっしゃいます。

 村上先生のような偉大な先輩との交流によって、生徒たちは御船高校の伝統を意識しているものと思われます。そして、長く生きることは素晴らしいことだと感じていることでしょう。昔話に登場する賢者の翁の風貌を村上先生に重ねたくなります。2年後の創立100周年の式典においても、村上先生が生けられたお花を壇上に飾りたいと願っています。さらなるご長寿を願わずにいられません。

 

母校の思い出の中に故郷がある ~ 東京御船会(その2)

 

 5月26日(日)に出席した御船高等学校同窓会の「東京御船会」(東京都千代田区霞ヶ関「霞ヶ関ビル」35階フロアにて開催)について昨日の「校長室からの風」で触れました。しかし、まだ私の気持ちが十分ではなく、その続きを記したいと思います。

 熊本県人は、出身高校への愛着が強い県民だと言われます。しかし、高校(旧制中学)を卒業して半世紀以上経過し、故郷遠く首都圏で生活をされていても、同窓のつながりを重んじ、母校愛を語られる方々との出会いに私は感銘を受けました。「東京御船会」に出席してからすでに2日立っていますが、いまだにその余韻に包まれています。

 御船高校の三綱領「誠実・自学・自律」について語られた方がいらっしゃいました。高校を卒業して上京し、懸命に働き、やがて会社を興し経営者として現在も活躍されている70歳台の先輩は、この三綱領を実現できているか今も自分に問いかけられるそうです。中でも最も難しいと思われるのが、三つ目の「自律以て己を処す」だそうです。そして、後輩の高校生達へ「三綱領の一つでいい、高校生活の支えにしてほしい。」とメッセージを送られました。

 故郷を離れ首都圏で働き、生活してこられたことを誰一人後悔されていません。胸を張って生きてこられた方たちです。けれども、年齢を重ねるにしたがい、望郷の思いは強くなられるそうです。しかし、たまの帰省は親族、知人の葬儀が多く、過疎が進んだ故郷を目にすると寂しいと言われます。「私にとっての故郷はわいわいにぎやかだった高校時代の思い出の中にあります。」とある方は言われました。高校時代は誰にとっても夢と希望のある伸び盛りの時期です。ことに戦後の復興、高度経済成長の時代は我が国が右肩上がりの社会情勢でした。その時代の青春には今以上の輝かしい未来があったと想像します。

 首都圏では、孫が通学している小学校にふらり出かけると不審者のように見られる、と苦笑しつつ話された方がいらっしゃいました。私は、皆さんにお伝えしたいと思います。今度、帰省された時は、ぜひ御船高校へお立ち寄りください、校長室にいらしてください、と。

 天神の森の学舎は元の場所に変わらずあります。御船高校は開かれた学校です。故郷を遠く離れた先輩方にこそ訪ねていただきたいと切に願っています。

 

母校は遠くにありて思うもの ~ 東京御船会

 

 御船高等学校同窓会の「東京御船会」が、5月26日(日)、東京都千代田区霞ヶ関の「霞ヶ関ビル」35階フロアにて開催されました。「東京御船会」(久米政文 会長)は首都圏在住の旧制御船中学、御船高校卒業生の方から成り、今年で第20回の節目の総会・懇親会でした。

 同窓会長の徳永明彦氏、同窓会副会長で御船町長の藤木正幸氏、関西御船会副会長の井上英春氏と共に校長の私もご招待をうけ、末席を汚しました。出席者は総勢56人。最高齢は旧制中学19回卒業の野口政止氏で満90歳、卒寿を迎えられた大先輩でかくしゃくとされています。会の冒頭、同級生が長崎県大村の軍需工場で米軍爆撃を受けて亡くなられた殉難を悼む詩を朗々と吟詠されました。昭和19年10月25日の出来事ですが、野口氏をはじめ同級生の方々にとって生涯忘れがたい痛恨事であり、志半ばで斃れた旧友の分まで昭和、平成、令和と生き抜いてこられた気骨を感じます。

 出席者の多くは70歳台から80歳台の先輩方で、皆さんの母校へ寄せる熱い思いには胸打たれました。飯田山の向こう側から山道を歩き、毎日2時間かけて通学された方。家庭の経済状況が苦しく家では幼い弟妹の世話や家業の手伝いがあるため、学校の授業ですべて頭にたたき込んで帰るしかなかった方。卵を食べられる事が何よりのご馳走で、いつも空腹を覚えながら高校生活を送った方。令和の今日から見ると考えられない厳しい時代ですが、皆さんがそれぞれ強調されたのが恩師との出会い、同級生との友情といった人と人のつながりの大切さでした。そのつながりが原動力となり年に1回、故郷を遠く離れた東京での同窓会を催されているのです。

 高校4回卒業の江本彌太郎氏は、昭和24年に陸上の県大会で100mを11秒0で走られたそうです。当時、陸上部員が40人ほどいて、400mリレーチームは全国大会出場を決めたそうですが、学校に遠征予算がなく教員は引率できず、生徒4人で会場の栃木県宇都宮市まで列車を乗り継いで行かれたとのこと。何とも牧歌的な話に驚きました。

 「御船高校を頼みますよ。」、「秋のロボットの全国大会は応援に行きます。」等の温かい励ましのお言葉を数多くいただきました。戦後の復興、高度成長と我が国を支えてこられた先輩方のたくましさ、そして情の厚さを強く感じました。会場の霞ヶ関ビルは我が国の高層ビルの先駆けで、高度経済成長のシンボルです(昭和43年竣工)。眼下には首相官邸や国会議事堂、そしいて皇居の深い森が見えます。故郷ははるか遠くに在ります。しかし、自分に恥じない生き方を貫いてこられた先輩方は、我が国の中心に集い、熱い思いを母校に送っておられるのです。

 霞が関ビル