校長室からの風

第1回「大学入学共通テスト」

 大学入学共通テスト(主催:独立行政法人「大学入試センター」)が1月16日(土)~17日(日)にかけて実施されました。全国でおよそ53万人、県内で約6600人が受験する大規模なもので、御船高校からは17人が挑みました。本校生の試験会場は熊本県立大学で、17人全員が受験する2日目の数学の時間帯に私も会場を訪ねました。初日は小春日和でしたが、2日目は冷たい風が吹いて気温が上がらず、会場は寒さと緊張感に包まれていました。

 例年と大きく様子が異なったのは、各高校の教職員の数がめっきり減少したことです。いつもの年なら、各高校の進路指導部や3年担任の職員が一団かたまりとなってそれぞれ待機している風景が今年は見られません。新型コロナウイルス感染対策で試験会場も「三密」回避が講じられており、高校側も職員数を自粛したのです。私も滞在時間を短めにし、受験生への励ましも控えめにしました。

 今回は、30年余り続いた「大学入試センター試験」に代わって、第1回「大学入学共通テスト」が実施された画期的な試験でした。私が高校の教職に就いて3年目に始まった「大学入試センター試験」は問題の質が年々向上し、マークシート形式でも暗記力だけでは解けないレベルの良問が多数を占めました。しかしながら、社会の急速な情報化やグローバル化に伴い、より一層の「思考力・判断力・表現力」を高校生、大学生に求める必要性が生まれました。このような背景から、国語と数学で記述式問題の導入、そして英語で「読む・聞く・話す・書く」の4技能を測る英検などの民間試験活用が決まったのですが、受験の公平性、客観性などの大きな議論となり、いずれも一昨年に見送られました。このことは記憶に新しいところと思います。

 こうして最初の「大学入学共通テスト」を迎えたわけですが、各教科の問題は身近な題材を積極的に取り入れ、文章や語彙なども増え、特色ある傾向が見られました。受験生には読解力が要求される難度の高い試験になったのではないでしょうか?大学入試の変化は高校教育に大きな影響を与えます。生徒一人ひとりの学力を十全に評価できるパーフェクトな入試はあり得ないのかもしれません。けれども、共通テストと各大学が実施する個別の二次試験との組み合わせで、その理想を目指してほしいと願っています。

 コロナ禍の異例の受験風景でしたが、今年も大学受験独特の雰囲気に身を浸すことができ、高校の教員としての原点に立ち返ったような気持ちになりました。教壇を離れて久しいのですが、自らの専門教科・科目の「大学入学共通テスト」をじっくり解き、分析してみたいと思います。受験生には申し訳ないのですが、少しワクワクした気分です。

 

変化の時 ~ リモート授業の実践

    新型コロナウイルス感染拡大が止まりません。1月14日(木)、熊本県では県独自の緊急事態宣言が発令されました。このようなコロナ禍の中でも、現在のところ学校は通常の教育活動を行うことができています。生徒たちの学びを止めないために、感染対策を講じながら、「三密」を避けた教育活動の工夫に取り組んでいます。その鍵は、ICT(情報通信技術)の活用です。

 1月14日から家庭科の授業で「認知症サポーター養成講座」を始めました。2年生の電子機械科2クラス、1年生の普通科4クラスでそれぞれ連続2時間授業が6回実施されます。例年なら講師の方が来校され、対面式で講話、指導が行われるのですが、今回はオンラインでミーティングが開催できるアプリ「Zoom」を活用し、御船町地域包括支援センター(御船町役場内)、老人総合福祉施設「グリーンヒルみふね」と御船高校の教室を結びリモート授業を試みました。

 包括支援センターの方がコーディネーターとして講座の進行役、「グリーンヒルみふね」の吉本施設長が講師、そして教室では家庭科の教諭が生徒の支援に当たりました。パソコンとカメラで三者が結ばれ、教室には画像を拡大するスクリーンも設置し、講師の質問に生徒が答えたり、逆に生徒が問いかけたりと十分にコミュニケーションもできました。離れた三者がオンラインによってつながり、まさにリモートワーク(remote遠隔、遠い、work働く)が成立しました。

 学校現場でのICT活用はこの一年で急速に浸透しました。振り返れば、昨年4月~5月の臨時休校期間、在宅の生徒と学校をつないだのはメールや動画教材などICTの力でした。職員の会議出張もぐんと減りました。ウェブ会議システムでたいていは対応できるからです。

 長期化するコロナパンデミックの影響で、都市部においては企業のリモートワークが増加し、働き方が大きく変わろうとしています。自宅から会社のウェブ会議への参加や、他社との交渉を行う人が急増しています。主に上半身が映し出される特性上、画面で見栄えのするシャツやブラウス等のニーズが高まり、それらをレンタルする会社や販売する百貨店の業績向上が報道されていました。働き方が変われば、働く人のファッションも変化して当然です。

 これまで私たちが経験したことのない災禍に遭遇している今、私たちの仕事のあり方は変化の時を迎えています。変化することにリスクは伴いますが、旧来の方法のままいる方が遥かにリスクは大きいと思います。

 

冬でも熱い実習棟 ~ 技能検定実技試験

 「磨け、技能 目指せ、達人」のキャッチフレーズで知られる技能検定実技試験(熊本県職業能力開発協会主催)が、1月6日(水)の午前、御船高校の第4実習棟で実施されました。部門は「普通旋盤作業」です。旋盤は難度が高く、今回は本校から3年生2人(女子1人)が2級、1年生4人(女子1人)が3級に挑戦しました。2級はさすがにレベルが高く、複雑な設計図をもとに3時間で金属部品の加工を仕上げます。一方3級はより平易な設計図に従い2時間で課題に取り組みます。国家検定であり、熊本県職業能力開発協会から4人の職員の方が立ち会われて厳正に行われ、生徒たちが造り上げた部品を持ち帰られました。審査の結果、後日、合否の発表となります。

 技能検定実技試験を私は初めて見学しました。昨日までの練習と異なり、生徒たち(特に1年生)の緊張感がこちらにも伝わってくるようでした。会場の第4実習棟は本校では最も広く、旋盤はじめ工作機械が並んでおり、一見すると工場のようなところです。エアコン(暖房)はありません。冷たい空気の中、作業する生徒たちの吐く息が白く映ります。生徒たちにとって、時間が早く過ぎたものと思われます。これが本番の醍醐味です。

 技能検定試験の終了後、指導された先生と受検した生徒たちが実習棟で弁当を取りながら反省会を行いました。生徒たちは皆、手ごたえを感じていたようで、ある1年生の男子は、「練習の時より良くできました。集中できました。」と笑顔で感想を述べてくれました。

 今年度は、コロナパンデミックの影響で「高校生ものづくりコンテスト」や「ロボット競技大会」など各種のものづくりの技を競う県大会、全国大会等が相次いで中止となりました。そのような中、技能検定実技試験を本校で行うことができました。3年生の2人は春から技術者としての道を歩み始めます。その先輩たちと同じ場で実技試験に挑んだ1年生にとって、大きな学びの機会になったはずです。隣の第5実習棟では、同じ時間帯にマイコン制御部ロボット班の3年生が1、2年生の後輩に技能を教えていました。

 寒波が襲来し、学校も冷え冷えとした空気に包まれています。しかし、電子機械科の実習棟では作業服の生徒たちが目を輝かせ活動しています。そこには若者の熱気が感じられます。学校の元気は生徒が生み出すものなのです。

 

仕事はじめ

 新年明けましておめでとうございます。

 令和3年(2021年)1月4日(月)は仕事始めの日です。朝は冷え込みましたが、空は清々しく晴れ渡り、新春にふさわしい天候となりました。次第に気温も上がり日中は10℃を超えたと思われます。グラウンドには朝からサッカー部や野球部の生徒が出て、初練習を行いました。日差しの下、野球部は久しぶりにバッティング練習に取り組み、打撃音を高く響かせていました。

 体育館では午前中、男女バレーボール部が練習に汗を流していました。生徒たちが練習している間に、顧問の先生たちが調理室でお雑煮の用意をしていました。練習後にみんなでお雑煮を囲むという楽しい企画です。

 年末年始の6日間の学校休業期間、生徒の皆さんはどのように過ごしていたのでしょうか? 新型コロナウイルス感染の第三波の渦中であり、「Stay Home!」がより強く呼びかけられました。体育系部活動の生徒たちにとって、同好の友と好きなスポーツができる喜びはかけがえのないものです。今日はコンディションも良く、待ちに待った練習再開だったでしょう。皆、気持ちよさそうに身体を動かしていました。

 一方、校舎内は人影がまばらでしたが、2年1組は担任の先生の呼びかけで、クラスの学習会が開かれていました。3年生への進級を前にして、生徒たちの学習意欲、進学意欲が高まっており、頼もしく感じました。

 3学期は1月8日(金)からです。しかし、今日から多くの先生方が出勤され、学期の準備に当たられました。ある担任の先生は、ホームルーム(担任教室)を一人で黙々と整理整頓されていました。「新学期、生徒たちが気持ち良く学校生活が始められるように」との思いからです。ある電子機械科の先生は、実習棟の工作機械を点検されていました。「安全な実習のためです」と言われました。このように、私たち教職員は、生徒の皆さんの登校を心待ちにしています。

 いまだコロナパンデミックに世界は覆われ、閉塞感を感じます。しかし、コロナ危機にあっても、自分の目標を見据え努力を続け、軸がぶれない生活を送っている人が世界の大多数を占めます。だからパニックも起きず、社会は機能しているのです。

 年末年始の特別休暇は終わり、日常の生活が戻ってきます。逆境にあるからこそ、確かな生活リズムで一日一日を大切にしていきたいと思います。

 

年の瀬を迎えて

 12月28日(月)、冬休みですが、部活動の生徒の姿が多く見られます。青空が広がり温かい陽光が注ぎ、小春日和です。グラウンドや体育館で体育系部活動の生徒たちが気持ち良さそうに身体を動かしています。学校は明日から1月3日まで閉めることになるので、今日が学校にとっては今年最後の日となります。

 令和2年(2020年)は大変な一年でした。いまだ新型コロナウイルス感染は猛威を振るい、燎原の火のように衰える兆しがありません。不安な年の瀬です。しかし、あと数日で新年を迎えるということで、来年こそは新型コロナウイルス感染の終息を願う気持ちが高まってきます。旧年の災厄を払拭したいという思いは今も昔も変わりません。いや、医療をはじめ科学技術が未発達だった昔の人の方がより強いものがあったと思います。

 かつて「災異改元」(さいいかいげん)が歴史上しばしば見られました。大規模な自然災害(地震、火山噴火など)や疫病流行、天候不順による凶作、戦乱などの災いに見舞われた時、人心を一新するため、朝廷によって元号が変更されたのです。その反対が「祥瑞改元」(しょうずいかいげん)で何か世の中にとって吉事が起きた時に元号を改めました。歴史上有名な祥瑞改元の例は、和銅(708年)でしょう。武蔵国秩父郡(現在の埼玉県)から天然の銅が産出されたことを祝い、改元されました。

 しかしながら、歴史的には「祥瑞改元」よりも「災異改元」の方がはるかに多いのです。645年の「大化」以来、今日の「令和」に至るまで248の元号があります。元号は天皇(大王)が即位するにあたり、時間も支配するという観点から代始(だいはじめ)改元が本来のあり方ですが、災禍に襲われた時、改元によって時間の連続性をいったん絶ち、リセットする社会的効果は大きいものがあったのでしょう。先人たちの切迫した思いが「災異改元」から読み取れます。

 明治維新の1868年(明治元年)に一世一元(いっせいいちげん)の制が定められ、天皇一代の間に一つの元号を用いることと決まりました。新年は令和3年です。新型コロナウイルスのパンデミックで世界が覆われ、希望を見失いがちだったこの一年。多くのものを失いましたが、その中でも学んだものもあったはずです。そのことを大切にして、新年に臨みたいと思います。

 結びに、年末年始の休みもなく、コロナウイルス感染者の治療に献身的に当たっておられる医療従事者の皆さんに心から感謝の気持ちを捧げます。

        御船高校正門に生徒会役員によって門松が立てられました 

 

 

 

最後のクラスマッチ

 「皆さん、人生最後のクラスマッチです! 楽しい思い出を作りましょう!」

 前生徒会長の田中美璃亜さん(3年B組)の挨拶で、3年生のクラスマッチが始まりました。クラスマッチは学校特有の行事です。クラス(学級)対抗で主にスポーツ活動を競うもので、学校には欠かせない年中行事と言えます。クラスの団結心を養い、チームスポーツを通じてコミュニケーション力を高めあう目的があり、教育的意義も大きいものがあります。そして、何より生徒たちにとっては楽しみな行事で、学校生活に変化を与えます。

 しかし、新型コロナウイルス感染拡大によって、今年度は体育大会、長距離走大会、クラスマッチとスポーツに係る学校行事を中止してきました。本来なら体育大会は3年生がリーダーとして牽引する晴れの場であったのですが、その機会は失われました。このまま何もできずに3年生は卒業することになるかと危惧していたのですが、体育科を中心に企画、準備し、12月23日(水)に3年生だけのクラスマッチ開催を実現できたのです。

 3年生にとって最後のクラスマッチです。3限目から6限目の授業を3学年6クラスだけクラスマッチの時間にあて、1、2年生は通常授業を行いました。競技種目は男子がグラウンドでサッカー、女子は体育館でミニバレーです。天候も味方してくれ、晴天で日中は気温も上がりました。

 さすがは3年生で、サッカー部と女子バレーボール部の生徒による審判のもと円滑に試合が運営され、プレーの技術も高いものがありました。もちろん珍プレーも続出しますが、一生懸命だからこそ珍プレーが生まれるのであり、温かい笑い声や歓声が響きました。スポーツが得意でない生徒は応援や写真撮影に回り、声援を送る姿も爽やかでした。

 バレーボールを追いかけ体育館の床で転げる女子生徒やサッカーで競り合って転倒し体操服が土で汚れる男子生徒の姿を見ていると、熱いものを胸に覚えました。このように思う存分エネルギーを発散する場(学校行事)を3年生は待っていたのだと思います。彼らは、コロナパンデミック下の様々な制約の中、辛抱し、我慢し、自らの進路実現に向け、努力を続けてきたのです。

 時間ほど確かに過ぎ去るものはありません。大変な1年であった令和2年(2020年)も残り一週間。3年生のクラスマッチという学校本来の輝きを少しだけ取り戻すことができたことは、御船高校にとって大きかったと思います。

 

コロナ禍の中にあっても ~ 熊本県高等学校書道展

 第56回を数える熊本県高等学校書道展が12月15日(火)から20日(日)まで熊本県立美術館分館(熊本市)で開催され、最終日には表彰式を行いました。

 今年は新型コロナウイルス感染拡大という未曽有の事態に私たちは直面しました。学校教育も大きな影響を受け、文化活動の面においても、6月の熊本県高校総合文化祭が中止、8月の全国高校総合文化祭高知大会は生徒の参加ができませんでした。そして、12月に予定されていた全九州高校総合文化祭熊本大会も大幅に縮小され、書道部門の生徒たちの参加は叶いませんでした。社会的に、また日常の生活でも様々な制約を受け、生徒の皆さんは思うような活動や成果発表ができなかった一年だったと思います。それだけに、年の最後を締めくくる熊本県高等学校書道展(高書展)の開催実現は、私たち関係者にとっては特別な意味を持つものでした。

 書道に親しむ高校生にとって、この高書展は大きな目標だと思います。今年の高書展には県内46校から218作品が出品されました。コロナ禍で出品数が減少するかと懸念したのですが、例年と変わらないものでした。各校の展示スペースに制限があるため、多くの学校で選考会が行われており、実際にはさらに多くの生徒が大会に参加しています。その中から厳正な審査の結果選ばれた受賞者20人が表彰式に招かれました。受賞者の皆さんは、緊張の色を浮かべながら、晴れ晴れとした表情でした。最優秀賞の8人は、来年8月に開催される全国高校総合文化祭和歌山大会に熊本県代表として推薦されます。最優秀賞に坂口さん(2年)、優秀賞に坂井さん(1年)と御船高校から二人の受賞者を出したことは大きな喜びです。

 コロナパンデミックという困難な状況の中でも、多くの高校生が創作に励んできたのです。逆境においても、熊本の高校生は弛(たゆ)みない努力を続け、文化活動をおこなってきたという証が、「高書展」会場に並ぶ作品群です。不遇な一年だったことを微塵も感じさせない、若いエネルギーが作品に満ち広がっているのです。このことを誇りに思います。

 コロナ禍にあっても、軸がぶれず精進してきた多くの高校生の成果に触れることができ、「後生畏(こうせいおそ)るべし」(論語)の言葉が浮かびました。

 自分が打ち込めるものを持っている若者は、どんな時も強いと思います。

 

作品に賭ける思い ~ 全九州高校総合文化祭

   2千人を超える高校生が熊本に集い、全九州高等学校総合文化祭熊本大会が12月11日(金)から13日(日)に開催されるはずでした。しかし、新型コロナウイルス感染対策を最優先に考え、大幅に規模が縮小し、内容も変更されました。私が部門長を務める書道部門はじめ多くの部門で各県から生徒の皆さんを招くことは断念しました。8年に一度回ってくる九州の高校生たちの文化祭が失われたことは返す返すも残念でなりません。

   書道部門では「生徒の皆さんが集まることができないのであれば、その作品を集め、審査しよう」との方針で各県の高等学校文化連盟の書道部会に呼びかけました。どの県も趣旨にご賛同いただき、九州8県それぞれで、制限時間などの諸条件を同一にした揮毫(きごう)大会を開くことにしました。本来なら、県代表の生徒たちが熊本に集結して、一堂に会し、その場で筆を競うのが揮毫大会のあり方ですが、実施期日や場所は各県に任せたのです。そして、各県代表の作品10点を郵送もしくは持参していただき、それを審査することとしました。

   12月12日(土)、熊本マリスト学園中学・高等学校において、7県の高校書道の専門委員長の先生方をお迎えしました。感染者が多く出ており、警戒レベルも高いはずの福岡県や沖縄県からも来ていただきました。審査に先立ち、主催県の代表として私から「生徒の皆さんを集めての大会が開催できず、誠に申し訳ありません。」とお詫びを申し上げました。それに対して、出席の皆さん方から「この状況では仕方がなかった」、「このような形で揮毫大会を開いていただき感謝します」等の温かい言葉を頂きました。

   各県の代表の先生方に何か覚悟のようなものを感じました。それは、生徒たちに、コロナ禍の不遇な時期に巡り合ってしまったと嘆かせないため、教師ができることは何でもやるという気迫のようなものです。コロナ第三波の渦中、県外出張することはリスクがあります。それでも、生徒たちの作品を持参し、熊本まで来られた先生方の使命感に頭の下がる思いでした。

   全九州高等学校総合文化祭熊本大会「書道部門揮毫大会」の審査は九州各県の専門委員長8人によって厳正に行われました。実際に熊本に集まり交流が叶わなかった分、作品に賭ける生徒の皆さんの思いはより強いものがあったと思います。一点一点の作品から書き手のエネルギーが立ち昇っているように私は感じました。

   生徒の皆さんの代わりに、作品がその人格を背負い、熊本に来てくれたのです。

                   審査風景

防災の担い手に ~ 防災訓練

 12月10日(木)の午後、防災訓練を実施しました。コロナ禍で今年度は多くの学校行事を中止してきましたが、防災訓練は中止することはできません。なぜなら、学校にとって最も大事な「安全」に係るものだからです。感染症パンデミックの中にあっても自然災害は起きます。7月の熊本県南部の豪雨災害がそうでした。自然災害はいつ、どこで、どんな形で起きるかわかりません。だから、防災の備えが必要なのです。

 今年度の防災訓練は、地震が起こり火災も校内で発生したという想定での訓練でした。例年、全校生徒が避難場所としてグラウンドに集まっていましたが、今年は、密集を防ぐため学年ごとに避難経路を分け、3年は体育館、2年は駐車場、1年生はグラウンドとしました。そして、集合・点呼後にそれぞれ講話を行いましたが、3年生には校長の私が「社会人としての防災意識」のテーマで話しました。その中で、地域の消防団活動への関心を持つように語りましたが、その一部分を次に掲げます。

  「災害の時によく言われるのが三つの助け、公助、共助、自助です。公助は自衛隊や消防、警察のような公的組織力による救助や自治体による支援です。最終的にはこれに頼ることになるのですが、その前に共助、即ち地域コミュニティや会社、学校などの所属団体でどれだけ助け合うかが鍵になると言われています。

 皆さんは、消防団を知っていますか?公務員の消防士がいる消防署と異なり、消防団は全国の市町村に配置され、会社員、自営業、学生など仕事や学業の傍ら、活動できます。手当は出るようですが、公的なボランティア活動と言っていいと思います。18歳以上であれば入団できます。一定の訓練を受け、日常の防災活動、そして火災や災害が発生すれば現場に駆け付けて消防士や警察官と連携して住民誘導や警戒活動に当たります。少子高齢化が進む地域において、この消防団活動は、住民の安全、安心を守るために益々重要になってきています。これから社会へ出る皆さんに消防団活動への関心を持ってもらいたいと思います。」

  今の高校3年生は中学生の時に熊本地震を体験しました。日常生活がいかに尊いものか、いったん災害に襲われるとどんなに苦しく不便な生活を余儀なくされるのか、身をもって知っています。不幸な経験でしたが、この経験はきっとこれからの人生において役に立ちます。地域社会の防災の担い手に成長していってくれることでしょう。

 

企業の皆さんと共に ~ 産業教育振興会

 12月8日(火)午後、上益城・宇土・宇城地区の企業の代表の方10人ほどを御船高校にお迎えしました。そして、電子機械科3年生の実習の様子を実習棟でご覧いただきました。内容は、①4サイクルエンジンの分解・組み立て、②電子計測、 ③CAD製図、④シーケンス制御です。各企業は、運輸、ソフトウエア、化学、金属製造など異なる分野の方達ですが、どの実習も興味深くご覧になり、教員や生徒に質問されていました。皆さんが評価されたのは、電子機械科の実習がまとまった時間が確保されていること(1サイクルが3時間)、少人数で実習していること(10人前後)でした。一方、一部の工作機械など設備が老朽化している点は懸念されていました。

 そして場所をセミナーハウスに移し、熊本県産業教育振興会「上益城・宇土・宇城地区支部会」を開催しました。産業教育振興会とは、産業界と教育界(高校)が一体となり、地域における実践的教育や職業体験を通じて、次世代の地域産業を担う人材育成を図ることを目的に結成されています。「上益城・宇土・宇城地区支部会」は、この趣旨にご賛同いただく10社の企業の皆さんと、専門高校及び専門学科を有する5高校(矢部、甲佐、松橋、小川工、御船)で構成されています。年に1回、企業の皆さんと高校が一堂に会し、協議する場を持っており、今年度は御船高校が当番校でした。

 御船高校はじめ5高校全て、2年生で就業体験実習(インターシップ)を実施しています。各企業・事業所のご協力により実際に仕事の現場に赴き、数日から1週間程度(日数は学校及び学科で異なる)、体験するものです。このインターシップの教育効果は誠に大きいものがあります。この体験で、生徒たちは、働くこと、社会人になることを深く考えるようになり、進路意識が高まります。この日、企業の皆さんからも、「受け入れた生徒たちは真剣に取り組む」、「指導する社員にとっても新鮮な刺激になる」、「人材発掘の場にもなっている」等、インターンシップに対してはとても肯定的なご意見がだされ、安堵しました。

 また、高校で身に付けていてほしい力として、「学び続けるための基礎、基本」や「コミュニケーション力」を企業側が共通して挙げられました。そして、業種を問わず、女子生徒の採用に積極的な姿勢を示されたのが印象的でした。

 「少子高齢化が進む中、一人ひとりの高校生は地域の宝です。一緒に大事に育てていきましょう。」と上益城・宇土・宇城地区支部会の住永金司会長(熊本交通運輸株式会社代表取締役社長)がまとめられました。銘記したいと思います。

 

卒業コンサート

 開演を知らせるブザーが鳴り、観客席の照明が次第に暗くなります。一方、ステージはより明るくなり、まるで暗い海に浮き上がる光の舞台のようです。久しぶりにコンサート開演の雰囲気を味わいました。コロナ禍の中、御船高校芸術コース音楽専攻生の演奏会を立派な音楽ホールで開催できることに感慨深いものがありました。

 12月8日(火)、御船町カルチャーセンターのホール(500席)で、午後6時から御船高校芸術コース音楽専攻演奏会が開かれました。この演奏会は、3年生にとっては卒業コンサートとなります。芸術コース音楽専攻生にとっては毎年恒例の大きな行事ですが、今年は開催できるか心配の声がありました。秋になり新型コロナウイルス感染の第三波が起こり、この熊本でも警戒レベルが上がりました。しかし、御船町カルチャーセンターのご理解もあり、主催者の学校側が感染対策を十分に講じるということで演奏会実現に漕ぎつけたのです。音楽ホールで演奏できるかできないかは、生徒たちの気持ちが大きく違ってきます。

 当日、会場の受付では、音楽専攻者だけでなく芸術コースの他の生徒達も協力し、来場者の検温や連絡先記入、誘導などが行われました。観客席は一つおきに座り、30分に一回は換気が行われました。生徒と教職員による手作りの演奏会であり、当事者として感染対策に努めたことは大きな意義があったと思います。

 音楽専攻生は3年生4人、2年生5人で、9人全員がステージに立ちました。第一部では9人の専門とする楽器のソロ演奏です。第二部では、アンサンブル、合奏、合唱で、第一部では緊張気味だった生徒たちの表情も和らぎ、笑顔が出るようになりました。特に2年生5人によるアンサンブル(ハンドベル、合唱)は軽快なダンスを披露し、弾むようなパフォーマンスで会場の雰囲気を一変させました。最後の合唱「桜の雨」(作詞・作曲 森晴義)は卒業がテーマであり、2年生のピアノで8人が気持ちを一つにしっとりと歌い上げました。

 エンディング、3年生4人を代表し、酒井さんと井藤くん(唯一の男子)が挨拶してくれました。3年間の思いがこもり、仲間をはじめ指導者、保護者への感謝の言葉で締めくくられ、印象深いものでした。

 音楽専攻の皆さん、楽器ができるということはとても素敵なことです。楽器はあなたたちの身体(からだ)の一部となっています。これからも音楽があなたたちを支え、励ましていってくれるでしょう。

 寒い夜でしたが、心温まる演奏会でした。

 

マララさんからのメッセージ

 皆さんはマララ・ユスフザイさんを知っていることと思います。高校の英語の教科書にも登場します。パキスタンで生まれたマララさんは、少女の頃から女子の教育を受ける権利を訴え、15歳でイスラム原理主義の武装グループに銃撃されました。この事件を機に家族とイギリスへ移り住みました。そして17歳でノーベル平和賞を史上最年少で受賞しました。マララさんは、イギリスの名門オックスフォード大学で学び、今年の6月に卒業を迎えたのです。

 しかし、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な感染流行)によって、卒業式は中止となりました。女子が学校教育を受けることを認めない人々がいる国で命の危険にもさらされ、それでも女子教育の大切さを訴え続けてきたマララさんにとって、学校教育の総仕上げである大学の卒業式が失われたことはどんなに悔しく、無念であったことかと想像します。

 けれども、マララさんは自らのホームページで、パンデミックによって同じように卒業式を失った世界中の学生に呼びかけます。

「Don’t be defined by what you lose in this crisis,

But by how you respond to it.」

(あなたがこの危機によって何を失うかによって定義されてはいけません。

そうではなくて、それにどう対応するかによって定義されなさい。)

 何を失ったかよりも、この危機にどう対応し、前に進んで行くかが重要なのだとマララさんは強調しているのです。そして、「これまでの教育で身に付けてきた知識や技術を持って、私たちは社会に出る時です。より良い世界を創っていきましょう。」とメッセージを締めくくっています。

 コロナ危機を変化する機会ととらえるマララさんの前向きなメッセージは、世界中の若い世代を勇気づけていると言われます。

 このマララさんのメッセージを、御船高校生の皆さん、とりわけ、修学旅行の中止が決まった2年生の皆さんに伝えたいと思います。 

 

                        師走の御船高校の校庭風景

阿蘇の「震災遺構」が伝えるもの ~ 育友会研修旅行その2

    立野渓谷を望む「数鹿流崩れ(すがるくずれ)」の現場に立つと、足がすくむ思いになります。対岸の崖には、平成28年(2016年)4月の熊本地震によって崩落した阿蘇大橋(長さ200m)の橋桁(はしげた)の一部が引っかかる形で残存しています。その他の大部分はおよそ百m下の黒川に落ち、多くがいまだ土砂に埋まっているのでしょう。振り返って見上げると、北外輪山の大規模山腹崩壊の跡が恐ろしいほどの迫力で姿をとどめています。幅200m、長さ700mの規模で急斜面が崩壊し、樹木や土砂がJR豊肥線の鉄路及び国道57号の道路を押し流し、立野渓谷に落ちていきました。熊本地震の阿蘇地域での被害を象徴する場所です。近くにある名勝「数鹿流滝」にちなんで、この大崩落は「数鹿流崩れ」と命名され、石碑及び説明版、展望用の駐車スペースが整備されています。

 熊本地震以来、鉄道は不通が続き、熊本市と阿蘇地域を結ぶ道路は、北外輪山の二重(ふたえ)峠の迂回路となり、人々の暮らしや観光産業に大きな影響を与えてきました。しかし、ようやくこの8月に鉄道、10月に国道57号が復旧し、阿蘇地域と熊本都市圏の往来がスムーズになりました。そして、来春には新しい阿蘇大橋が元の場所から約600m下流に架け替えられる予定で、巨大橋梁の工事が急ピッチで進められています。新阿蘇大橋が完成すれば、国道57号から国道325号で南阿蘇方面とつながります。熊本地震から四年半が立ち、創造的復興が実感できます。しかし、私たちは「阿蘇大橋が落下した!」というニュースを知った時の衝撃を忘れることができません。この自然災害の脅威を次代に伝えていくために、「数鹿流崩れ」が震災遺構として整備されたことの意義は大きいと思います。

 「数鹿流崩れ」の現場から、東側に回って黒川を越え、南阿蘇村河陽の台地上に残る旧東海大学校舎を私達は訪問しました。ここも熊本地震の震災遺構です。東海大学農学部として地震前は約800人の学生がキャンパスライフを送っていました。しかし、この校舎下を断層が走っており、激震が襲われました。敷地内に隆起した地表地震断層は樹脂で固められ、当時の亀裂や横ずれが生々しく残っています。校舎(1号館)は室内に鉄骨がむき出しになるなど甚大な損傷を受けていますが、全体に補強され、外部の回廊から見学できるようになっています。ガイドの方から丁寧な説明を受け、理解も深まりました。

 熊本地震の体験から得られた教訓を後世に伝えるため、熊本県は、震災被害の拠点を「震災遺構」として整備し、それらを巡るフィールドミュージアムの構築を進めています。防災教育の観点から大変有益だと考えます。次は高校生の皆さんと共に赴きたいと思います。

 

 

阿蘇で育つ珈琲(コーヒー) ~ 育友会研修旅行

 皆さんは珈琲(コーヒー)の産地と言うと、どんな場所が思い浮かびますか? 中南米(ブラジル、ジャマイカ等)、ハワイ、東南アジア(インドネシア)、アフリカなどの熱帯・亜熱帯地域のイメージがあるのではないでしょうか? 私がそうでした。そのため、冷涼な気候の阿蘇にコーヒーファーム(珈琲農園)があると知って関心をもち、一度現地を訪ねたいと思っていました。

 11月28日(土)、御船高校育友会(PTA)役員研修旅行(参加者10人)で、阿蘇を訪ねました。例年の研修旅行は県外の先進校を視察していますが、今年度はコロナ禍の中、日帰りで近場の阿蘇地域の訪問となりました。その最初の目的地が南阿蘇村河陽にある「後藤コーヒーファーム」でした。

 手作りの木製看板を背に、オーナーの後藤至成氏が笑顔で出迎えていただきました。元高校教諭(農業科)で、阿蘇をこよなく愛され、定年退職後は南阿蘇で農業を通じて、地域振興に取り組んでいらっしゃる方です。「なぜ、阿蘇でコーヒーなのか?」ということについて後藤氏が熱く語られました。まず、世界の高品質コーヒーは山岳地帯の厳しい環境で生育していることを強調されました。例えば、「ブルーマウンテン」という有名なブランドコーヒーがありますが、ジャマイカのブルーマウンテン山脈(標高2000m級)の山岳地帯で栽培されています。強い日差しを好まず、寒さに強い性質のコーヒーに阿蘇地域の気候は適しているのです。また、阿蘇は湧水が豊富で、このおいしい水で味わう阿蘇珈琲は新しい特産品になる可能性を持っていると説明されました。

 後藤氏は農業科教諭の頃から阿蘇でのコーヒー栽培に着手され、3年前の定年退職を機にファームを設立され、現在、有志農家の方たちと阿蘇珈琲プロジェクトチームを結成され、本格的な商品化、ブランド化に向け尽力されています。日本のコーヒー消費量は増大する一方ですが、そのほとんどが輸入珈琲であり、国産コーヒーの拡大が必要との思いも原動力だったそうです。

 「後藤コーヒーファーム」は年間通しての路地栽培ではなく、冬場は施設栽培方式をとり、温度調整に気を配られています。ハウスの中に入ると、約60本のコーヒーの樹が林立し、葉が茂り、一部にはコーヒー特有の真紅の実が付いていました。樹木の多くにオーナーの名札が付いていました。多くのコーヒーファンが阿蘇珈琲の可能性に期待している現れでしょう。

 一杯のコーヒーには人をつなげる力がある、後藤氏は語られました。阿蘇の土壌で育ったコーヒーの豆を収穫、精製、焙煎、そして抽出と手をかけて、私たちが香り高い味わいを楽しめる日は近いと思います。

「後藤コーヒーファーム」と後藤氏

 

「モノづくり」の楽しさを伝える ~ 「つくって、あそぶ メカトロ王国」

 

 3連休の中日の11月22日(日)、熊本市南区田井島にある大型商業施設「ゆめタウンはません」3階レストコーナー(休憩広場)では、モノづくりに興じ喜ぶ多くの児童、幼児の姿が見られました。子どもたちを教え、サポートするのは御船高校電子機械科3年の生徒達20人です。「つくって、あそぶ メカトロ王国」という御船高校電子機械科の主催行事を実施しました。

 アルミパイプやアルミブロックでアニマル(動物)型模型を作成します。昨年の全国大会に出場したロボットでプラスチックの羽を飛ばし、的当てをします。釘で張られた導線の迷路を両極の付いた棒で進んで行くゲームは、線に触れるとブザーが鳴ります。金属のクリップの付いたお菓子を、磁石付きアームのロボットを動かし釣りあげます。また、パソコンでは、ブロックタイプの入門プログラミングを学びます。ただゲームや体験をするのではなく、なぜこうなるのかという原理、仕組みを生徒たちが子どもたちに説明し、できるだけ、子どもたち自身に作らせ、操作させます。それによって、子どもたちの眼は輝き、完成した時や操作が上手にできた時は、付き添いの親御さんと共に歓声が上がっていました。

 お孫さんを連れて来場された初老の男性の方から、「最初は大学生の皆さんかと思いました。高校生なんですね。みんな落ち着いていらっしゃる」とお褒めの言葉をいただきました。今回、運営に協力している生徒たちは皆3年生です。御船高校電子機械科でこれまでモノづくりに取り組み、トライ&エラーを繰り返し成長してきました。モノづくりの面白さも難しさも十二分に分かっています。小学生や就学前の幼児たちに寄り添い、モノづくりの楽しさを伝えられることに大きな喜びを感じているようでした。

 御船高校電子機械科は、モノづくりを通じての社会貢献活動の一環として、例年、中学生ロボット大会や小学生のモノづくり体験等を行ってきました。しかし、今年度はコロナ禍の影響で、これまでは何もできないままでした。そこで、11月の3連休の機会を利用し、昨年の中学生ロボット大会会場である「ゆめタウンはません」のご協力を得て「つくって、あそぶ メカトロ王国」を企画したのです。コロナ禍が続く中、何かを行うことは常にリスクが伴います。しかし、何もしないでいることは、また別の面でリスクが生まれるとも言えます。

 実習服で生き生きと動き、児童や幼児と交流する3年生の姿を見て、これは電子機械科にとって教育上必要な行事だったと思いました。

 

「学校再発見」の文化祭 ~ 令和2年度龍鳳祭

 御船高校の文化祭は「龍鳳祭(りゅうほうさい)」と呼ばれています。校歌(昭和2年制定)の一節「龍鳳となり雄飛せん」から採られた名称です。巷では新型コロナウイルス感染の第三波が懸念される11月13日(金)、令和2年度「龍鳳祭」を開催しました。

 例年とは大きく異なり、規模を縮小し半日開催、そして保護者をはじめ校外からの見学者を入れないという異例の形式となりました。また、密集、密着を防ぐために、原則、学級単位で動くというルールを設けました。体験型の催し物には人数制限をかけるため事前に整理券を出しました。開会式(一斉放送)で「決められたルートを通り、決められた時間、決められた場所での見学、体験」と生徒会からの呼びかけがあったとおりです。このように様々な制約があっても、生徒会、そして私達職員にとっても、文化祭の実施にはこだわりました。今年度、これが全体として初めての学校行事だったからです。

 ホームルーム(教室)にいる間は、動画視聴の時間です。見学、体験には学級単位で動いて回ります。体育館ではスペースを十分に取り、1学年普通科のモザイクアート、手作りアクセサリー展示、的当てのアトラクションのコーナーが設けられました。また、2学年普通科の「総合的な探究の時間」の発表が掲示されました。特別教室棟では、美術、書道、写真、華道等の作品が展示され、観る者を引き付けました。2年4組(芸術コース)の特設スタジオも出現し、手作りの手腕を発揮しました。そして、電子機械科の実習棟では、ロボットやマイコンカーの実演が行われました。普段、実習棟に足を踏み入れたことのない普通科の生徒たちにとって、電子制御でロボットが動き、マイコンカーがコースを疾走する様子は新鮮な驚きで、歓声があがっていました。

 御船高校は、モノづくりの面白さを追究する電子機械科、音楽・書道・美術を通じて創造性を養う芸術コース、そして様々な学びの中から自らの進路を見付けていく普通科(特進・総合)と多様な学びが共存しています。日頃は異なる学びに取り組んでいる船高生が、学校行事や生徒会活動等で交流し、一体となり「チーム御船」の力を発揮するところが本校の強みなのです。

 僅か半日の文化祭でした。けれども、平常の授業日とは異なり、生徒たちの笑顔や歓声が満ち溢れる、特別な時間となりました。御船高校の多様性を生徒たち自身が再発見した文化祭だったのではないでしょうか。

 学校行事は生徒を成長させるものです。龍鳳祭を実施して良かったと思います。

 

 

探究する力 ~ 熊本県工業高校生徒研究発表会

 第32回熊本県工業高校生徒研究発表会が11月11日(水)に熊本大学「工学部百周年記念館」(熊本市中央区黒髪)で開催されました。県内の県立工業高校及び工業系学科を有する高校の10校が参加しました。

 工業の専門科目に「課題研究」があります。御船高校の電子機械科でも3年次に2単位設定しており、生徒たちがグループごとに分かれ、モノづくりに関する広い題材の中から、指導する教師と共にテーマを立て、その改善、改良に取り組む学習です。今年度の本校の課題研究の代表に選ばれたのは、「Pepper(ペッパー)の有効活用」(指導:緒方教諭、3年A組の男子5人)です。

 ペッパーは(株)ソフトバンク社が開発した人型ロボットです。このペッパーが昨年度から御船町教育委員会に貸与され、小学校の英語の授業に活用できるようプログラミンを本校の電子機械科で担当してきました。昨年度は御船小と小坂小で実際にペッパーを活用しての英語の授業が行われ、電子機械科の生徒たちが課題研究で取り組んだプログラミングの成果が発揮されました。

 今年度の3年生はさらに分かりやすい英語学習の助けになるようプログラミングの改良を図ったのですが、コロナ禍でこれまでのところ小学校でのお披露目はできていません。しかし、そのプロセスを発表しました。重量が約30㎏もあるペッパーを会場に運び、ステージ上で実演させ聴衆の関心を引き付けての研究発表ができたと思います。

 今回も10校それぞれの特色が遺憾なく発揮され、聴きごたえがあり、そのレベルの高さに幾度もうなされました。最優秀賞は球磨工業高校(建設工学科)の「逃げろ! 防災の在り方についての探究」でした。球磨川本流へ流れ込む支流の影響を現地測量や水流実験から検証し、バックウォーター現象の危険性を指摘するなど球磨川の治水の在り方について警鐘を鳴らす内容でした。しかも、この研究活動の最中、人吉・球磨地域は「令和2年7月豪雨災害」に襲われたのです。生徒たちの危機感は的中したことになります。予断や偏見のない、高校生の純粋な探究心が成せる高い研究成果に私は脱帽の思いでした。

 この熊本県工業高校生徒研究発表会は平成と共に始まり、回を重ねてきました。年々、内容のレベルが上がり、プレゼンテーションのスキルも向上しています。今年度は、新型コロナウイルス感染防止のため、「ものづくりコンテスト」はじめ工業系の各種行事は軒並み中止となりましたが、会場の熊本大学のご協力により、感染防止対策を徹底することで実施することができました。

 素晴らしい会場で、生徒たちが学習成果を発表できたことに心から感謝します。そして、今後一層、社会に目を向けた旺盛な探究心を生徒に養っていく必要性を痛感した一日でした。

 

8か月待った出番 ~ 「ブルック像」除幕式

    「想定外の自然災害

  未知のウイルスの脅威

  先の見えない苦難の日々

  私達は何を考え行動する

      私達の未来をこの手で掴め

  どんなに困難でも

  愛に溢れる未来を信じて

                   御船高校書道部」

 御船高校吹奏楽部の演奏に合わせた、書道部員14人の書道パフォーマンスは会場の聴衆を引き付け、自分たちで考えた言葉をダイナミックに書き上げました。音楽、そして書道部の生徒たちの気合の入った声が澄んだ秋空に響き渡り、「ブルック像」除幕式が始まりました。

 熊本県出身の漫画家、尾田栄一郎氏の『ONE PIECE』のキャラクターであるブルックの銅像(立像)除幕式が11月8日(日)、御船町恐竜公園で開催されました。平成音楽大学のある御船町は音楽の町づくりが行われており、音楽家であるブルックが似合う町として選ばれました。御船高校の吹奏楽部と書道部のパフォーマンスが幕開けとなり、御船中学校吹奏楽部の演奏、そして平成音楽大学学生による音楽とダンスパフォーマンスと続き、「音楽家ブルック像」の誕生を歓迎しました。

 「今、熊本は厳しい状況です。ルフィー(『ONE PIECE』の主人公)が持つ無限の楽天性が復興には大切です。そして、心の復興には音楽が必要です。」と来賓の蒲島知事が述べられました。その言葉のとおり、御船町で学ぶ中・高生、大学生が、明るい未来を呼び寄せるような、溌溂とした芸術活動を発信してくれました。式後、書道部と吹奏楽部の代表生徒がブルック像を囲んでの知事や町長等との記念撮影に臨みましたが、満面の笑顔で輝いて見えました。

 「緊張はしませんでした。この場に参加できることが楽しくて仕方ありませんでした!」と生徒たちが弾んだ声で話してくれました。本来は今年の3月に「ブルック像」除幕式が予定されていました。しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、延期されていたのです。8か月の間、この日の出番を生徒たちは待っていたのです。その思いが生徒たちの原動力になったのでしょう。

 『ONE PIECE』は諸外国で翻訳され版を重ね、人気が広がっているそうです。「ブルック像」除幕式は世界にライブ配信(インターネット)されました。日本の文化力、いわゆるソフト・パワー恐るべしです。ネット配信された除幕式の光景の中で、きっと御船高校生の文化パフォーマンスも国境をこえて人々の気持ちを掴んだことでしょう。

 

変革が進む高校の授業スタイル ~ 一斉公開授業

    御船高校では現在2週間の公開授業週間中です。その中でも、各教科の研究授業が11月4日(水)に集中しました。

 2限目の1年A組(電子機械科)の「国語総合」では古典の『伊勢物語』の授業でした。主人公(男)からの和歌に対して、女の気持ちを想像し生徒たちが返歌を創り、発表するという内容でした。心情を想像し、和歌を創り、発表するという生徒の主体的な学習活動が展開されました。

 3限目の2年B組(電子機械科)の「物理基礎」では、「仕事と力学的エネルギー」という単元を取り扱い、電子機械科の専門科目である「機械設計」の内容との共通点に気づかせる授業でした。普通科目の「物理基礎」の学習が工業系の専門科目の理解につながっていること、おし進めて考えれば、あらゆる学びは関連していることを生徒が実感する学習でした。

 5限目の1年2・3組(普通科)の選択「書道」では、古典「曽全碑」を題材に隷書(れいしょ)の成立を学ぶものでした。隷書体で「有志」という文字を書くのですが、この指導にICT機器が効果的に使用されました。先生の書き方がカメラを通じてスクリーンで映されます。そしてその映像は、その後も再生が続き、生徒たちは時々顔をあげ、書き方の手本を確認できるのです。

 6限目の1年1組(普通科)の「家庭基礎」は、契約の成立や契約上のトラブルを避ける方法を学習しました。高校生にとって身近な事例として、原付バイクの購入、あるいはタイヤ交換のケースなどを取り扱い、生徒に考えさせ、意見を発表するという学習活動でした。

 チョーク&トークとかつては高校の普通教科の授業スタイルが揶揄(やゆ)されたことがあります。しかし、今は違います。近年のICT(情報通信機器)の学校への普及、活用によって、授業は大きく変わりつつあります。御船高校では、2年前から、「誰もが分かる」、授業のユニバーサルデザイン化を掲げ、授業改善に取り組んでいます。特にICTの積極的活用を心掛けています。

 別の日に行われた2年A・B(電子機械科)の選択「地理A」では「生徒二人に1台のノート型パソコンを提供し、「デジタル地球儀」のGoogle Earth(グーグルアース)を使う授業でした。このソフトウエアは世界の衛星画像が立体的に利用できます。平面の地図帳と違い3次元の地理世界に生徒が触れます。

 デジタル機器の効果的な使い方はまだ大きな課題です。数年後には高校でも生徒一人に1台のタブレットを使っての授業が始まると予想されます。変革期の高校の授業ですが、その目的は生徒を誰一人取り残さないことです。

 

 

自分の強みは何か ~ 進路実現への挑戦

   「〇〇社から内定頂きました!」、「〇〇大学に推薦合格しました!」等の吉報を携え、喜色満面の3年生が校長室に報告に来てくれています。喜びを分かち合うと共に残りの高校生活への助言を贈ります。一方、不調に泣く生徒たちもいます。特に今年はコロナ禍の影響で就職状況が厳しく、求人数及び採用者数が減り、最初の採用選考で涙を呑むケースが目立つようです。

 希望の企業から採用内定を得られなかった生徒の落胆と失意は大きいものがあります。確かに、希望の企業から選ばれなかった現実は受け止めなければなりません。その企業が求める資質、適性の面で不十分だったのか、他校の受検者の方が成績優秀だったのか、原因は幾つか考えられます。しかし、あなたの全てが否定されたわけではありません。今回はその企業とのマッチング(相性)が合わなかっただけとも言えます。あなたにはまだ進路実現の時間と機会が十分に残されているのです。

 18世紀の作家デフォー(英国)の冒険小説『ロビンソン漂流記』は、ひとり無人島に流れ着いた船乗りロビンソンン・クルーソーが、絶望に陥らず、新しい生活を始める物語です。ロビンソンは、不安と失意を克服しようと努め、絶望的な境遇について、帳簿の貸方と借方のような形式で考えてみます。

「悪いこと 私は救出される望みもなく、この絶島に漂着した。

 しかし私は生きていて、船の他の乗組員は全部溺死した。

 悪いこと 私は人類から引きはなされ、この島で全く孤独に生活しなければならない。しかし、私は食糧がない、不毛な地で餓死することになったのではない。

 悪いこと 私は体を蔽(おお)う着物さえもない。

 しかし私がいる所は熱帯で、着物などはほとんどいらない。

 悪いこと 私は人間や野獣に対して自分を守る術がない。

 しかし私が漂着したのは、アフリカの海岸で見たような猛獣は住んでいないらしい島で、もしこれがあのアフリカの海岸だったならば私はどうなっていただろうか。」

                   (『ロビンソン漂流記』(デフォー、吉田健一訳、新潮文庫)から引用)

 このように考えを整理したロビンソンは、最悪と思える境遇の中にも希望を見出し、島での生活を始めていきます。

 一回目の試験に不合格となった生徒の皆さん。皆さんにはそれぞれの強みがきっとあります。逆境の今こそ、自分の強みを押し出して、次の目標へ進みましょう。終わった「昨日」を捨てることなくして、「明日」を創ることはできません。皆さんは絶海の孤島にいるのではありません。悲観する必要は全くないのです。進路実現への挑戦は始まったばかりです。

 

熊本復興文化祭 ~ 文化の熱気に触れる

 「未来へのエール」をテーマに、「熊本復興文化祭」が10月31日(土)~11月1日(日)にかけて熊本城ホールで開催されました。新型コロナウイルス感染症の長期化、そして夏の県南地域豪雨災害によって熊本県は厳しい状況にあります。そこで、中学、高校生の文化活動の発信によって、沈滞する熊本の社会を元気づけようと、テレビ熊本(TKU)が中心となって熊本復興支援の文化イベントが実施されることになったのです。

 文化の秋にふさわしいイベントであり、文化活動の多くの発表の場を失ってきた県内の中学、高校の生徒たちにとっては待望の機会となりました。会場の熊本城ホールは、熊本市中央区桜町の再開発事業で昨年秋に完成した複合施設内にあり、その規模(メインホール2300席)と言い、洗練されたデザインと言い、中学、高校生にとってはわくわくする舞台です。

 御船高校書道部は、11月1日(日)の午前10時半のオープニングに、1階展示ホール特設舞台で書道パフォーマンスを披露しました。3年生が引退し、2年と1年の新チーム(15人)になってから初めてのパフォーマンスでした。恐らく緊張していたことでしょう。しかし、声も高らかに出て、息の合った躍動感あふれるパフォーマンスを見せ、書きあがった作品の完成度も高いものでした。困難に負けない、未来へ進んで行くという意思を示した言葉でした。応援に来ていた3年生4人の前で、見事に伝統をつないだと私は実感しました。

 2階のエントランスロビーには、御船高校生をはじめ県代表の絵画、書道、写真の優秀作品が並んでいて、見ごたえ十分です。そして、4階のメインホールへも足を運んでみましたが、壮麗な大ホールで中学、高校の吹奏楽、合唱、ダンス、郷土芸能が相次いで出演し、存分に成果を発表していました。

 6月の県高校総合文化祭が中止され、夏の全国高校総合文化祭高知大会への生徒派遣もできませんでした。さらに12月に予定していた全九州高校総合文化祭熊本大会(主会場は熊本城ホール)も規模を縮小し、書道部門は応募された作品審査のみで、他県の生徒たちは来ません。高校教員としての無力感を覚え、文化活動に取り組む生徒たちへの申し訳なさを感じていました。今回、このような特別な機会を設けて頂き、関係各位に心から敬意を表します。

 若人が集結し、その創造的エネルギーを発信する。私たちが長らく忘れていたライブの熱気が熊本城ホールに充満していました。

 

「つなごう100年のバトン」

 「つなごう100年のバトン」と力強く墨書された文字と、100周年のロゴマーク、そして生徒同士がバトンをつなぐ瞬間の写真が組み合わさった御船高校創立100周年記念事業の看板が正門脇に掲げられました。「令和3年 御船高校は創立100周年を迎えます」と告知するために設置したものです。

 スローガンの「繋(つな)ごう100年のバトン」は生徒からの公募を行い、2年B組(電子機械科)の大西快人君の作品が選ばれました。告知看板には、書道の古閑先生に躍動感あふれる文字を書いていただきました。ロゴマークは3年4組(芸術コース)の岡部真寛さんの作品が選ばれました。100年の「1」に天神の森を見立てて、生徒の個性を表現する多彩な色で葉が描かれています。また、スローガンを写実化しようと、美術の本田先生が生徒をモデルに校庭でバトンをつなぐ鮮やかなイメージ写真を創られました。この告知看板そのものが、まさに御船高校の創造力の結晶と言えます。

 今を遡ることおよそ百年、大正11年(1922年)4月に本校は開校しました。すでに明治40年(1907年)に小学校6年制の義務教育が整えられていました。新しい時代(大正)に入り、中等教育への進学者数は次第に向上していました。戦前の中等教育は、男子は中学校、女子は高等女学校へ分かれて進学することになっており、学年は5年制(女学校は4年制が多い)でした。「上益城郡に中等教育を」という地域あげて設立の気運が盛り上がり、上益城郡の拠点であった御船の地に県立の旧制御船中学校の開設が認められたのです。第一期生は142人が入学を許可されました。旧制御船中学校は熊本県内で8番目に誕生した中学校です。

 大正時代には、御船高校の近隣の甲佐高校(旧制高等女学校)、宇土高校(旧制中学校)、松橋高校(旧制高等女学校)がほぼ同じ時期に設立されています。大正デモクラシーの風潮の中、熊本県において中等教育は急速に普及していったことがわかります。また、大正時代は鉄道が地方に普及した時代でもありました。大正5年には私鉄の熊延(ゆうえん)鉄道が熊本市の春竹駅(現在の南熊本駅)から御船町まで開通していました。しかし、甲佐町へ抜けるための妙見坂トンネルや御船川の鉄橋の難工事に時間を要しました。そして、御船高校開校の翌年の大正12年に御船町から甲佐町まで熊延鉄道がつながりました。地元住民は歓呼で鉄道開通を喜んだと伝えられています。

 熊延鉄道は昭和39年に姿を消しました。しかしながら、御船高校は百年の節目を迎えようとしています。私たち教職員、そして生徒の皆さんはこの伝統の学び舎の中間走者のようなものです。受け継いだバトンを次代につなぐという使命をもって、走っていきましょう。

 

 

 

「動員学徒殉難の碑」慰霊祭

    秋晴れのもと、10月25日(日)午前11時から御船高校で「動員学徒殉難の碑」慰霊祭を執り行うことができました。往時の動員学徒同級生(「天神きずなの会」)から酒井様と千場様のお二人がご出席くださり、在校生代表の生徒会の生徒たちに言葉を掛けていただきました。校長挨拶文を掲げます。

 

    本日、御船町町長 藤木正幸様、御船高校同窓会顧問 川野光恵様、そして「天神きずなの会」の皆様をはじめ関係各位のご出席のもと、令和2年度の「動員学徒殉難の碑」慰霊祭を開催できますことは、本校にとって誠に意義深いものがあります。この碑の前に立つと、歴史の尊さを感じ、粛然とした気持ちになります。

    昭和16年(1941年)に勃発した太平洋戦争の期間、学校も戦時体制に巻き込まれました。旧制の県立御船中学校の生徒の皆さんは、学徒勤労動員として、昭和19年10月20日に学校を離れ、長崎県大村市にある海軍の工場へ赴かれました。そして25日、アメリカ軍爆撃機B29の大編隊による空襲を受け、10人の方が亡くなられました。さらに翌年2月には、福岡の飛行機製作工場での厳しい労働環境の中、1人の方が病気で亡くなられました。

    戦後20年がたった昭和40年10月25日にかつての同級生の方達の発意で御船高校に動員学徒殉難の碑が建立されました。県立高校の敷地にこのような碑を有しているところは、他に類を見ません。以来、毎年10月25日に、碑前において式典を執り行ってきています。

    時は流れても、忘れてはいけない歴史を伝えるためにこの「動員学徒殉難の碑」はあります。今日の式典には、全校生徒を代表し生徒会の生徒達が出席しております。志半ばで斃れた先輩達の魂に、後輩の皆さんは守られていることを知っておいてください。

    本校は大正11年(1922年)に創立され、来年度はいよいよ百周年を迎えます。大正、昭和、平成、そして令和と、多くの人材が育ち、世に羽ばたいていきました。時代は変わっても、「天神の森の学舎」は、可能性豊かな若者と熱意ある教師の出会いの場であり続けます。

    結びに、創立百周年を契機に、御船高校はさらなる飛躍を目指すことをここにお誓い申し上げ、御挨拶といたします。

    令和2年10月25日

    熊本県立御船高等学校 27代校長 粟谷雅之

 

あれから76年 ~ 動員学徒殉難の日を迎える

 御船高校の正門を入った左手に白い石造の碑が立っています。11人の若者の姿がレリーフ(浮き彫り)された「動員学徒殉難碑」です。昭和16年(1941年)に勃発した太平洋戦争によって学校も戦時体制に巻き込まれました。当時の旧制県立御船中学校の男子生徒たちは、学徒勤労動員として、昭和19年10月20日に学校を離れ、長崎県大村市にある海軍の工場へ赴きました。そして25日、アメリカ軍の爆撃機B29の大編隊による爆撃を受け、10人の生徒が亡くなりました。さらに翌年2月には、福岡市の飛行機製作工場での過酷な労働の末、1人の生徒が病気で亡くなりました。

 ノーベル化学賞を2008年(平成20年)に受賞した生物学者の下村脩氏(1928~2018)の回顧録にも、この大村海軍航空廠(しょう)の空襲が記されています。旧制諫早中学校(現 長崎県立諫早高校)の生徒として下村氏も現場にいたのです。九州各県の旧制中学校の生徒達が動員されていたことがわかります。この時の大空襲での犠牲者は300人を数えました。

 戦後20年がたった昭和40年10月25日にかつての同級生の方達の発意で御船高校に動員学徒殉難碑が建立されました。以来、毎年10月25日には、碑前において式典を執り行ってきています。『とあまりひとり』と題された追悼記念誌も編纂され、校長室に保管されています。この記念誌の中に旧職員の永上清氏の「あれから20年」という追悼録が収められています。今年も、この文章を全校生徒で読みます。10月22日(木)と23日(金)の始業前の朝の時間に、放送委員の朗読が流れ、それに合わせて読むことになります。

 今年も10月25日が近づいてきました。本年は日曜日です。午前11時から同窓会主催の慰霊祭が碑前にて開催されます。往時の同級生の方達は「天神きずなの会」を結成され、高齢をおして毎年出席されていますが、齢(よわい)90を超えられました。学校からは生徒会役員、そして私たち管理職や同窓職員が出席します。

 令和2年の今年は戦後75年になります。大村海軍航空廠での学徒殉難からは76年の歳月が立ちました。時は流れても、忘れてはいけない歴史を伝えるために「動員学徒殉難碑」はあります。そして、志半ばで斃れた先輩達の魂が、後輩の生徒の皆さんを見守っていると信じます。

 

地域の皆さんと共に生徒を育てる ~ 総合的な探究の時間

 10月15日(木)の2学年の「総合的な探究の時間」には、地域のゲストサポーターが16人も来校されました。皆さん、御船町商工会に所属されている方達です。平日の御多用な時間に、本校の教育活動に献身的にご協力頂くことに恐縮の思いです。授業開始の1時間前には集まられ、担当学級の教員と熱心に打ち合わせをされる姿には頭が下がります。

 2学年の「総合的な探究の時間」(1~4組)では、誰もが住みやすい社会にするために、現在の社会の課題に気づき、どうすればそれらを改善、解決していくことができるかを考え、提案する取り組みを続けています。その中間提言に対し助言をいただくため、各分野の職業人であるゲストサポーターの方達に来ていただいた次第です。私は2年3組の6つの班の発表を聴きました。

1 子どもの野菜嫌いを防ぐために、野菜を練りこんだお菓子(クッキー)を

  つくり、販売する。

2 地域に空き家が増えており、リフォームしておしゃれな店舗に作り替え

  るなどして減らす。

3 中山間地での獣害被害が増大しており、駆除や防護柵等、その対策に力を

  入れる。

4 コロナ禍で旅行が制限されているため、VR(ヴァーチャル・リアリティ)

  旅行を積極的に発信する。

5 高齢者運転による交通事故が社会問題となっており、より安心安全な自

  動制御の車をつくり、事故を減らす。

6 コロナ禍で皆がマスクを着用しているが、たとえばシルク製のような肌

  荒れしない抗菌マスクを製造する。

 いずれもまだまだ未熟な内容です。すでに大人が考え、試行錯誤しているものばかりです。しかし、ゲストサポーターの方たちは、「よく気付いたね」と認め、「こんな問題があるから進まないんだよ。このことについて次は考えてごらん」と具体的に助言をされました。一方、発表の声が小さい場合、「もっと大きく、はっきりと話して!」、聞き手の生徒側に私語があると「発表内容に関係ない私語はやめて!」と注意も飛びました。

 少子高齢化、人口減少などの社会構造の転換で、地域社会は様々な問題に直面しています。簡単に問いが見つからない状況です。しかし、高校生は、その社会の現実を学びながら、次第に社会の一員としての意識を持つことが大切です。

 熱意ある地域の皆さんと共に御船高校は「地域の担い手」を育てていきます。

 

 

3年生を励ます ~ 就職試験の始まり

 

    いよいよ明日、10月16日(金)から今年度の高校卒業予定者の就職試験が始まります。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、例年より約一か月遅いスケジュールです。昨日14日(水)の7限目、本校セミナーハウスにて、就職希望者(公務員志望者は除く)に対する激励会を行いました。3年生51人、さすがに意識が高く、全員マスクを着用して5分前に集合し、私語もありません。緊張感が漂うなか、校長として励ましの挨拶を行いました。

 私は20代から30代にかけて3年生担任を4度経験しています。未熟な担任であり顧みると恥ずかしい限りです。その中から一つの体験を紹介しました。

  「教員志望の男子生徒でした。最終の進路面談で、私が『教員志望とは知っているが、校種や教科は決めているのか?』と尋ねました。すると、彼は『高校の家庭科の教師になりたい』と言いました。『えっ、家庭科?』と私は驚きました。私自身が家庭科を学んだのは小学校までだったのです。中学校では女子が家庭、男子は技術を履修しました。高校では女子が家庭科を学んでいる時間に、男子は剣道か柔道の武道を履修することになっていました。家庭科が男女ともに必修教科となったのは中学校が平成5年、高校が平成6年でした。今から25,6年前です。この男子生徒は男女必修の最初の学年の生徒だったと記憶しています。初めは驚きましたが、彼と話している内に、自分が恥ずかしくなりました。男女共同参画社会になったと生徒たちに社会の変化を説きながら、自分自身の意識は昭和のままで、自分こそ社会から遅れていると思いました。」

     なぜ、私の未熟なエピソードを紹介したかというと、いつの時代も新しい扉を開くのは若者だからです。大人の私たちは一つ前の時代の思考回路です。しかし、高校生は違う。彼らが就職し、仕事をしていくことから、コロナ禍の次の新しい社会は動き出すと期待しています。

     新型コロナウイルス感染の影響で、企業とのオンラインでの面接等が実施されるのではと心配していました。しかし、現時点では本校でのオンライン受験は予定されていません。これまで培った力を大いに発揮してほしいものです。

    小、中学校、高校と12年間の学校教育の目標は、一言で表すなら、子どもを自立(独り立ち)させるためです。就職し、自ら収入を得て、保護者から経済的援助を受けずに生活できることが自立の第一歩です。自立へのわくわくした期待感と新しい世界への挑戦の気持ちで就職試験に臨んでほしいと思います。

    3年生全員の進路達成の日まで、御船高校全職員で支えます。 

 

 

 

今年度の修学旅行について

 初めて私が修学旅行の引率をしたのは教員になって2年目、26歳の時でした。30年余り前のことです。当時の熊本の県立高校の修学旅行は飛行機を使用していませんでした。従って、私の勤務高校の場合、行きは博多駅から新幹線で関西に入り、京都、奈良を回って東京へ新幹線で移動。帰りは大阪から大型フェリーに乗船し、一晩かけて大分港へ帰ってくるという行程でした。四泊五日だったと思いますが、とてもタフで長く感じました。しかし、学校に帰り着いた時は疲労感以上に担任学級の生徒たちとの連帯感を強く覚えたものです。その後、教諭として修学旅行引率を幾度か経験しましたが、飛行機を使用するようになり、宿泊先も次第に洗練された大型ホテルが多くなりました。校長としては前任校で3回引率しましたが、旅行団長としての重責を感じました。

 御船高校では本年12月に東京を中心とした3泊4日の修学旅行(2年生)を計画していました。今年度、新型コロナウイルス感染拡大に伴う1か月半の臨時休校を経て、5月末から学校再開をした時点において、「修学旅行をどうするか」ということは学校にとって大きな課題となりました。

 修学旅行は高校3年間で一回だけ体験する、唯一無二の学校行事です。そして、保護者の方々の旅費負担でもって成立するものです。慎重に検討する必要があると考え、先ず7月に2学年保護者全員に対し、修学旅行のあり方に関するアンケート調査を実施しました。その結果は、74%の方が実施を希望されていること、その中のおよそ半分の方が行先変更の希望でした。一方、全体の23%の方が中止した方がよいというお考えでした。これらの保護者の皆さんの意向を踏まえ、旅行業者の方の助言を受けながら、学校で検討を重ねました。8月には2学年の保護者代表の方と教職員とで協議の場を持ちました。そして、当初の期日、行先を変更し、1月に長野県でのスキーを中心としたプランで実施する方針を固めた次第です。

 10月7日(水)の午後、2学年保護者の方々を対象に「修学旅行説明会」を本校体育館で実施しました。事態は流動的で、今後の本県及び旅行先の感染状況の悪化に伴い中止せざるを得ない場合もあります。キャンセル料はどうなるのか、旅行の感染対策はどうなっているのかなど保護者の皆様の不安や疑問にお答えする機会になったと思います。

 誰もが経験したことがない事態の中、修学旅行を実施することとなります。修学旅行は高校生にとってかけがえのない特別な活動であり、教育的意義は大きいものがあります。だからこそ、長く学校文化の中に定着していると思うのです。  

 保護者のご協力を得て、無事に実施できるよう全力を尽くしていきたいと思います。出発の日を迎えるまで、まだまだ予断を許さない状況が続きそうです。

 

DXとは何? ~ 熊本県高等学校情報教育に関する連携協定の調印

   「情報」という教科が高校で教えられていることは保護者の方でもほとんどご存知ないと思われます。教科「情報」は、社会の急速な情報化の進展に伴い、平成15年度(2003年度)に設置された新しい教科です。従って、35歳以上の保護者の方はご自身が高校生の時にはなかった教科なのです。

 教科「情報」は全ての高校生が履修する必修教科です。御船高校では、普通科の生徒が1年次に「社会と情報」(週2時間)という科目を学んでいます。内容としては、情報通信ネットワークの仕組みや情報社会の課題などを理解するもので、情報機器(コンピュータ)を用いての実習もあります。また、電子機械科ではより専門的な情報技術の学習を2年間にわたって取り組みます。

 実は、熊本県高等学校教育研究会「情報部会」という県内高校の教科「情報」担当者の団体があり、その事務局を昨年度から御船高校が受け持っているのです。会員数は、県立高校76人、市立高校8人、私立高校28人で計112人です。

 9月23日(水)、一般社団法人「熊本県情報サービス産業協会」と私どもの熊本県高等学校教育研究会「情報部会」は、「熊本県高等学校情報教育に関する連携協定書」の調印を行うことができました。「熊本県情報サービス産業協会」は県内70の企業で組織され、講演会やセミナーの開催を通じてIT(情報技術)の向上に努められています。同協会と連携協定を結ぶことで、高校の情報教育の充実を図ることができると大いに期待されます。

    教科「情報」は転換期にあります。令和4年度(2022年度)から高等学校は新教育課程に移行しますが、教科「情報」の内容に問題の発見と解決のためにプログラミングを活用することが盛り込まれました。教科の専門性が高くなる中、「情報」担当の教員のスキルアップが求められているのです。また、企業の技術者と高校の教員が一緒に研修を受け、情報交換を行うことで、企業と学校の相互理解がさらに進むものと思われます。

    先ずは、今年度はトライアル(試行)として3人の教員が10月末からの「熊本県情報サービス産業協会」の研修に参加する予定です。6回シリーズのこの研修のテーマは、今話題の「DX」(デジタルトランスフォーメーション)です。DXとは、デジタル技術を浸透させて人々の生活をより良く変革するという意味の言葉のようですが、具体的にどんな実践なのか、私自身がまだ分かっていません。

 今年度から小学校でプログラミング教育が導入されたことは多くの方がご存知でしょう。未来の情報社会の担い手である児童、生徒を大きく育てるためにも、私たち教員が社会と関わり、変化し続けることが必要でしょう。

 

思いを込めて「書道パフォーマンス」 ~ 秋の全国交通安全運動

 熊本県警から依頼を受け、御船高校書道部は県警音楽隊の演奏に合わせ交通安全を呼び掛ける作品を「書道パフォーマンス」で創り上げました。9月17日(木)、場所は県警察学校体育館(熊本市)です。

 3年生4人、2年生5人の計9人が揃いの袴姿で臨み、縦4m、幅6mの大きな紙に力強い文字を表しました。そして、その様子が交通安全を呼び掛ける啓発動画に収録されたのです。引率した書道の職員によると、撮影は午後1時頃から始まり、終了したのは午後5時を回っていたとのことでした。映像制作のスタッフからの指示や注意を受けながら、書道パフォーマンスを3回繰り返したとのことでした。私は幾度も実演を見ているのでわかるのですが、高い集中力が求められ、心身ともに大きなエネルギーを要するパフォーマンスです。大筆を抱え、リズムに合わせて躍動し、気合の入った掛け声が飛び交います。練達の書道部員にとっても、相当な疲労だったと想像します。

 しかし、彼女たち9人はやり遂げたのです。関係者の方々へ最後の挨拶では、部長の村田さんが「今年度は新型コロナウイルスのため、書道パフォーマンスを披露する機会がありませんでした。このような場を与えていただき、感謝します」とお礼の気持ちを述べました。顧問の古閑教諭、緒方教諭にとっては胸に迫る部長の言葉だったそうです。

 御船高校書道部の「書道パフォーマンス」は近年注目され、様々なイベント等で披露する機会が増えてきました。昨年は、新元号「令和」に伴うテレビ番組出演をはじめ県高校総合文化祭開会式、秋の熊本城「お城まつり」など大きな舞台が相次ぎました。ところが今年度は新型コロナウイルス感染拡大に伴い、部活動も自粛を余儀なくされ、「書道パフォーマンス」も封印してきました。3年生にとっては全国総合文化祭(高知県)も縮小され参加できませんでした。そして、9月上旬の県高校「揮毫大会」を終え、3年生は引退の時期を迎えた最後に、県警からこのような特別の場を提供頂いたのです。心中、期するところがあったと思います。

 本番二日前、学校の中庭での最後の練習を私は見ました。短パン、ジャージ姿の生徒たちは、大きな紙の上で筆と一体となり気持ちをぶつけるような気迫が感じられました。足に墨が飛び散るのも気にせず、一心不乱の様子に圧倒されました。きっと本番では渾身の力を振り絞ってくれるだろうと私は確信しました。

 御船高校書道部の「書道パフォーマンス」が復活しました。今回は先輩たちのパフォーマンスを見守っていた1年生に対し、3年生は大きな贈り物をしていったと思います。

 

運動会(体育大会)の季節を迎えて

 「校長先生、やっぱり体育祭はしたかったです。」と掃除の時間に3年生の女子生徒に声を掛けられました。幾度、このような声を聞いたことでしょう。その度ごとに、なぜ中止の決断をしたかを説明してきました。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、例年5月に実施する体育祭を10月上旬に延期し実施の可能性を探ったのですが、6月末に開催を断念しました。中止の理由は大きく二つでした。一つは、体育の授業において、密接、密集を避けるため集団の演技、競技が難しい状況が続いていること。もう一つは、高校3年生の就職試験が例年より一か月遅くなり、応募書類提出が10月5日から、採用試験開始が10月16日となったことです。このため、3年生の就職採用試験時期と体育大会予定期日が重なってしまったことです。苦渋の決断でした。

 ところが、御船中学校は明日9月12日(土)に体育大会を実施されます。今週は、体育大会に向けての中学校の全校練習の音響が風に乗って本校まで届きます。行進や応援の練習など中学生の活力が伝わってきます。上益城郡の中学校は、感染防止に最大限努めながら、体育大会を実施するという決定をされました。競技種目を精選され、プログラムも午前中で終わるよう短縮されたそうです。そして観覧も保護者だけと限られたようです。中学生、特に中学3年生にとって体育大会はとても重要な学校行事だから、中止は考えなかったと中学校の校長先生が私に語られました。その英断に敬意を表するとともに、本校でも実施の可能性はあったのではないかと省みる今日この頃です。

 御船町では各小学校も10月に運動会を予定されているそうです。運動会は秋の季語になっており、わが国では欠かせない地域行事と言えます。コロナ禍で伝統の祭礼が相次いで中止になるなど社会に閉塞感が漂う中、運動会(体育大会)は児童、生徒の元気発信の場となり、地域全体を励ます役割を担うでしょう。

 学校教育は教科の学習活動が時間的には大半を占めていますが、それだけではありません。ホームルーム(学級)活動、生徒会活動、そして学校行事は総称して特別活動と呼ばれ、この活動が人間形成及びその学校の文化を醸成するのに欠かせないものです。今年度は、未曽有のウイルス感染拡大によって、体育大会やクラスマッチはじめほとんどの特別活動が中止もしくは制限を受けてきました。学科やクラスを超えた交流、そして学校全体の一体感を得ることなく年度の半分が過ぎようとしていることに焦燥感を覚えます。

 感染予防と学校生活の充実という困難な両立への挑戦はこれからも続きます。

 

台風一過

 台風一過(たいふういっか)、澄み渡った秋空です。9月8日(火)、平常の学校生活が御船高校で再開でき、心から安堵しています。

 大型で非常に強い台風10号が9月6日(日)の夜から7日(月)未明にかけて九州の西方海上を北上していきました。4、5日前から気象庁はじめ行政機関等から「命を守る行動を」、「最大限の備えを」と繰り返し注意喚起がなされました。そのため、学校も早くから備えに努め、7日(月)は臨時休校の措置をとりました。戦々恐々、息を潜めるようにしてスーパー台風の襲来を待ちました。今回は無傷ではいられないと覚悟もしました。しかし、台風10号の強風に学校は耐え、何も被害はありませんでした。

 7日(月)の日中はまだ吹き戻しの風が強く、時折雨も降りましたが、職員の協力で校庭に散乱した木の枝や葉の片づけが終わりました。教室、体育館、工業実習棟、廊下、屋根など被害は全く見当たりませんでした。無事に台風が過ぎ去っていったことは奇跡のようにも思えますが、やはり、これは職員一同力を合わせ、台風の備えに全力を尽くしたからだと思います。例をあげると、電子機械科の実習棟周辺に置かれている資材はすべて堅く固定されていたため、落下物一つありませんでした。各教室は机と椅子を廊下側に寄せて並べるなど細やかな対応でした。この度の台風対応の経験から、安心というものは、自らが参加して取り組まない限り守れないものだということを改めて学んだと思います。

 8日(火)朝、何事もなかったかのような整然とした校舎、校庭で生徒たちを迎えることができました。「天神の森」周辺では、涼しい風が立ち、秋の気配を感じました。今日から18日(金)まで教育実習期間となります。平成音楽大学から2人(音楽)、佐賀大学から1人(美術)のフレッシュな大学生が教員免許取得のための関門である教育実習に取り組みます。きっと、生徒の皆さんと爽やかな交流が生まれるでしょう。教育実習生(大学生)の姿を通して、自らの進路を考える生徒もいると思います。

 8月24日から2学期が始まって2週間。そして台風による臨時休校。この休校は、上り始めた階段の最初の踊り場のような機会になったかもしれません。生徒の皆さん、また新たな学校生活の始まりです。今朝の全校朝礼の放送で、新生徒会副会長の1年生の岩山さんが、「みんなが来たくなる学校づくりを目指したい」と言いました。

 台風が過ぎ日常の平穏が戻りました。幸福は日常の中にあります。

                                                                            台風一過の青空

二百十日、野分の頃を迎えて

    御船高校では毎朝8時30分から「まなびの森」と呼ぶ生徒の自学の時間があります。この時間の始まりに合わせ、放送委員が校内放送で朝の呼びかけをします。9月2日(水)の朝の放送は、2年1組の坂口さんが当番で、気持ちがこもった語り口で、思わず聴き入りました。

   「今日は立春から数えて二百十日に当たり、稲が実をつける頃ですが、この時期は台風が来襲して農作物に被害が出る時期でもあります。そのため、先人たちは風を鎮める風祭(かざまつり)や風鎮祭(ふうちんさい)などの行事を取り行ってきました。しかし、今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、このような伝統行事が中止となっています。今週は台風が相次いで発生し、九州に接近するようです。皆さん、気をつけましょう。」

    このような趣旨の放送内容でした。趣のある季節の話題について情感を添えて伝えようとしている坂口さんの放送は、慌ただしい朝にあって一服の清涼剤のようなものでした。新型コロナウイルス感染予防のため、全校集会や学年集会などが今年度はできません。その分、全校放送を使っての生徒の呼びかけが効果的のように思われます。昼休みには保健委員の生徒たちが、教室の換気や生徒同士で密接、密着にならないよう呼びかけを行っています。放送に耳を傾ける、情報や注意を聴きとる力を今こそ学校で育てる必要があると思います。

    さて、二百十日前後に吹く強風のことを古語で野分(のわき)と呼びます。野の草を強く吹き分けるという意味で、台風の古称です。そう言えば、夏目漱石に「二百十日」、「野分」の作品があり、特に「二百十日」は阿蘇登山が題材で熊本県民には親しみを感じます。

    坂口さんの放送のとおり、強大な勢力の台風がこの週末に九州に接近してくるようです。風を鎮める伝統行事が中止になっている今年は、自然の脅威に対して一層不安を覚えます。学校としても備えを始めました。

    生徒の皆さん、各家庭で防災の備えに取り組んでください。家族を頼るのではなく、皆さんが家庭の防災リーダーです。屋外の飛ばされそうなものを室内へ移動する、窓の補強、非常食・水の準備、最寄りの避難所の確認などやるべきことは沢山あります。そして、停電に備え乾電池ラジオがあると心強いものです。電気が失われると多くの情報通信技術の機能がダウンします。その時こそ乾電池ラジオからの情報は貴重なものになります。

    生徒の皆さん、安全最優先の行動をとってください。

 

「一瞬を切り取れ」 ~ 御船高校写真部

    本校の第2棟から第3棟(特別教室棟)への2階渡り廊下の東側は、写真部の作品展示スペースとなっています。ここを通る時は写真を観るのがいつも楽しみです。今週、2学期の始まりを機に展示作品が一新されました。令和2年度熊本県高等学校文化連盟写真専門部「前期写真コンテスト」の入賞作品が並んでいます。今回、参加校30校、応募作品1007点の中、写真部員12人全員が入賞を果たし、そのうち3人が優秀賞という特筆すべき結果を収めました。

    写真部は、顧問の橘先生の指導のもと、近年めきめきと実力を付け、県高校写真展では上位を占めるようになっています。この度の入賞作品群も誠に見ごたえがあり、展示スペースの前でしばし見入ってしまいます。4月から5月にかけて新型コロナウイルス感染拡大に伴う臨時休校が続き、写真部も思うような活動ができませんでした。従って、2、3年生は前年度後半の未発表の作品を持っていますが、1年生は学校再開の6月から部活動を始めたため、短い期間での撮影、作品提出となりました。

    優秀賞3人の一人、3年生の大場さんの作品は、「巣立ち」というタイトルが付けられ、前年度の卒業式の日の教室風景でした。きっと一年後の自分の姿を重ねて、先輩たちの巣立つ表情を撮ったのでしょう。同じく優秀賞の2年生の原君の作品は「気配」というタイトルで、学校の廊下、音楽室のピアノ、美術の石膏(せっこう)像の3枚の写真が組み合わされ、人物は写っていないのですが、濃厚な人の気配が漂う学校空間を表現しています。恐らく、臨時休校で無人の学校をモチーフにしているのではないかと思います。そして1年生で優秀賞を受賞した岩山さんの作品タイトルは「雨の匂い」。やはり三枚組の写真で、幻想的な蓮池が舞台で、朦朧とした蓮の花、そして蓮の葉の上の大きな雨滴が印象的です。観る者に雨の匂いが伝わってくるようです。岩山さんの作品は、来年度の全国高校総合文化祭(和歌山大会)の熊本県代表にも選ばれました。

    御船高校写真部のモットーは「一瞬を切り取れ」です。今回の展示作品には、水道の蛇口から水滴がこぼれ落ちる瞬間(タイトル「0.1秒の世界」)、鳥が川面から飛翔する瞬間など、まさにその一瞬を切り取った秀作がいくつも見られます。その決定的瞬間を捉えるためには、粘り強さ、集中力、そしてその瞬間を想像する力などが必要なのでしょう。

    写真部の作品群と対面すると、私たち一般の大人には見えない世界を見る感受性、そして決定的瞬間をアート作品に昇華させる確かな技術が兼ね備わっていることがわかります。

    全校生徒の皆さん、必見です。

 

鉄球を遠くへ ~ パラスポーツ練習風景

    午後3時半を回っても御船高校グラウンドは西からの猛烈な陽射しが照りつけていました。気温は30度を優に超えているでしょう。グラウンドのコーナーで、3年生の見﨑さんが「パラスポーツ砲丸投げ競技」仕様の台に座り、重さ3㎏の鉄球を投げます。パラスポーツの外部コーチの方と本校陸上部顧問の高橋教諭が付いて、砲丸投げの練習が行われているのです。パラスポーツとして砲丸投げを始めてまだひと月の見﨑さんですから、鉄球は3mほどしか飛ばず、鈍い音を立て地面に落ちます。しかし、フォームをチェックしながら、本人は汗をぬぐい、投擲を繰り返します。

 高校生パラアスリートの見﨑さん(3年生)のことは、この「校長室から風」で昨年度も紹介しました。中学時代に交通事故に遭い、日常を車椅子で過ごすことになりましたが、本校入学後に車いす陸上に出会いました。御船高校陸上部員として筋力トレーニングは他の部員と一緒に行いながら、熊本県車いす陸上競技連盟に所属し、水・金・土・日は車いす陸上競技の選手達と県総合運動公園等で練習しています。その運動能力の高さが注目され、パラアスリート強化候補選手(陸上競技)に選ばれ、全国の合同練習会にも参加しました。車いすマラソンに加え、短距離にも挑戦、そして今度は砲丸投げも始めることになったのです。

 「投擲種目は好きです。肩には自信があるんです。だから、頑張れます。」と汗を拭きながら見﨑さんは語ってくれました。コーチの方も支援されますが、パラアスリート仕様の競技台の設定はじめ練習準備は、基本、自分でできることは全て自分で行います。黙々と鉄球を投げます。短く小さい放物線を描き、鉄球は落ちます。距離は伸びません。3㎏の鉄球の重さ、そして暑さがじわじわと本人に負荷をかけていきます。けれども、見﨑さんの眼は輝き、意志の力を感じます。

 昨日が初めて学校での砲丸投げの練習でした。車いすマラソン向けの練習は校外で行っているのですが、砲丸投げは学校でもできるのではないかとコーチと話し合い、陸上部の練習の一環で取り組むことにしたそうです。今後、週に2日程度、御船高校グラウンドで砲丸投げの練習をすることになりそうです。学校としても大歓迎です。見﨑さんのパラアスリートとしての練習風景を多くの生徒たちが目にすることになります。生徒たちは、見﨑さんの車いすマラソンでの実績は知っていても、その厳しい練習の様子を見たことはありません。見﨑さんの練習風景を通じて、初めてパラスポーツを身近に感ずることになるでしょう。

 ちょうど1年後の2021年8月24日、東京パラリンピック開幕です。パラスポーツの普及は、私たちの社会をもっと多様性豊かなものにしていくでしょう。

 

 

御船高校、2学期への船出

 8月24日(月)、御船高校の2学期の始まりです。今回もまた全校放送で表彰紹介及び2学期始業式を行いました。表彰では、男子弓道部、男子バレーボール部、書道部、吹奏楽部の活躍を紹介しました。吹奏楽部は、お盆休み中に実施された県吹奏楽部大会吹奏楽コンテスト高校の部で金賞を受賞しました。新型コロナウイルス感染者が熊本県で増加する中、県立劇場で吹奏楽の大会を実施できたこと自体に私は注目しています。感染対策に最大限の努力をして、高校生のために区切りの演奏会を実現したいという関係者の熱意に敬意を表したいと思います。吹奏楽部の皆さんにとって完全燃焼のステージとなったことでしょう。

 今年の夏は、故郷への帰省の自粛が呼びかけられた異常な夏でした。これまで当たり前にできていたことが、当たり前にできない不自由な夏でした。しかし、そのような社会不安と自粛の風潮の中にあって、2020甲子園交流試合が実現されたことに感銘を受けました。春のセンバツ大会に出場予定だった全国32校のチームを甲子園球場に招き、それぞれ1試合だけ行われ、夢の舞台でのはつらつとした高校球児の姿がテレビ中継されました。未曽有のコロナ禍にあって、リスクと向き合いながら、どんなことが可能なのかに挑戦した大きな実践だったと思います。この甲子園交流試合の実現に励まされた教育関係者は多いでしょう。

 高温多湿のわが国の夏の気候において、新型コロナウイルス感染の第二波に覆われました。従来のコロナウイルスの常識が通用しません。熊本県でも連日二桁の感染者が発表され、「レベル4特別警報」(最も重いレベル)が維持されています。このような中、御船高校の2学期は始まりました。私は改めて生徒の皆さんに、手洗いの励行を呼びかけました。最も基本的な対策であるこまめな手洗いでウイルスと不安を洗い流してほしいと思います。本来、学校は、生徒同士が密接、密集しがちな所です。生徒の皆さん一人ひとりがそれを意識して防ぎ、手洗いとマスクの着用で感染リスクを小さくしていく必要があります。

 未知のウイルスとの共存は、私たちにとってこれまで経験したことがない学校生活を新しく切り拓いていくことになります。困難が予想されます。しかし、2学期始業式後の新生徒会長挨拶で、2年の村田君が「感染防止に留意しながら、学校行事を充実させていきたい」と力強く抱負を述べてくれました。生徒の皆さんの新しい発想(アイデア)と工夫を期待しています。

 甲子園交流試合や県高校吹奏楽コンテスト等の成功例を追い風として、御船高校は2学期という広い海に船出します。

 

弥生人の顔が付いた土器 ~ 御船高校の「お宝」

  「貴校が所蔵されている人面付き土器を見せてください」と先日、益城町教育委員会の文化財担当の職員の方達が来校されました。来年で百周年を迎える御船高校には大切に伝えられている「お宝」が沢山あります。最もよく知られているのが、旧制御船中時代以来、輩出してきた画家の皆さんの作品ですが、実は、この「人面付き土器」(弥生時代)も「お宝」の一つと言えます。何より古さが違います。

 「人面付き土器」は、本校玄関脇のケースで大事に保管、展示しています。ケースから慎重に取り出し、益城町教育委員会の学芸員の方たちと丁寧に観察しました。高さは23cm、幅は土台部分で10cm、土器が作られた時代は弥生時代後期の2世紀と考えられています。この土器の最もユニークなところが、顔が付いていることです。残念ながら、発掘された時に顔の大部分は壊れており、五分の四ほどは石膏で補修、復元されています。しかし、その顔は、まぎれもなく今から千九百年ほど前の弥生人のはずです。目は細く、鼻は高くなく、全般的に扁平で、穏やかで優しい印象を与えます。

 昭和50年代、益城町の秋永遺跡で県教育委員会の発掘事業として採取され、歴史教育の教材として最も近くの県立高校である御船高校へ寄贈されたという経緯があります。当初は、土偶(どぐう)ではないかと思われたようです。土偶は、縄文時代に作られた人形で、女性像が多く、豊穣を願うための呪術的なことに使用されたと考えられています。しかしながら、この「人面付き土器」は土器の特徴から見て、縄文時代の次の弥生時代(紀元前3世紀~紀元3世紀)の後期と推定されています。

 弥生時代の「人面付き土器」にしばしの間、見入っていました。顔及び胴体の前面には重弧文(じゅうこもん)と呼ばれる同心円の文様がほどこされています。弥生人の習俗である入れ墨の文様かもしれないとの意見が出ました。全体的にはふっくらした丸みをおび、土偶の系譜と同じ女性像のように見えます。また、背面は割れ目があり、ひょっとして酒などを注ぐ注口(ちゅうこう)土器として使用された可能性もあるとのことです。弥生時代は、縄文時代までの石器に加えて金属器が使用され、北部九州から稲作農業が広まっていきました。社会が大きく変化する中で、この「人面」のモデルとなった弥生人は上益城の地でどんな生活を営んでいたのでしょうか?

 「このような人面が付いた弥生時代の土器はきわめて珍しく、貴重」というのが益城町教育委員会の学芸員の方たちの総括でした。

 生徒の皆さん、私たちのご先祖に当たるかもしれない弥生人のお顔を見に来ませんか。

 

中学生の皆さん、ようこそ御船高校へ ~ 「中学生体験入学」

   中学生の皆さん、御船高校へようこそ。

 8月6日(木)、7日(金)の二日間にわたって御船高校「中学生体験入学」を開催しました。新型コロナウイルス感染に対応するため、6月から慎重に開催のあり方を検討してきました。昨年までのような体育館での全体説明会及び校内見学等をやめ、二日に分け、一定の人数ごと、各教室等での分散開催の形式で臨みました。

 一日目は、普通科(特進クラス、総合クラス)希望者対象です。朝、8時半から9時までが受付ですが、体育館で吹奏楽部が歓迎演奏を行い、多彩な音楽が校庭に響き渡りました。参加者は最初から6教室に分かれ、その教室ごと学校全体の紹介、特進クラス、総合クラス、2年生の「総合的な探究の時間」の成果発表等を担当の生徒たちが行いました。主に2年生が務めてくれたのですが、とても頼もしく思いました。自分の高校生活が充実していなければ、これから進路を決める中学生に対して、責任もって説明できません。御船高校の特進クラス、総合クラスの特色を語り、その良さを本気で伝えていることが感じられました。

 二日目は、芸術コース(音楽、美術・デザイン、書道)と電子機械科の希望者対象です。前日に引き続き参加した中学生もいました。一日目の普通科(特進クラス、総合クラス)の場合は説明中心で、受け身の体験入学でしたが、二日目は中学生自らが活動する能動型の体験入学となりました。特に、音楽専攻は、ピアノ、木管楽器、金管楽器、打楽器、声楽と専門別に会場も分かれての体験レッスンで、教師と音楽専攻の高校生がサポート役として付きました。同じ専攻楽器の高校生から優しく指導を受け、時に一緒に演奏する光景はとても微笑ましく、音楽を愛好する者同士のつながりがあちこちで生まれたようです。

 また、約80人あまりが参加してくれた電子機械科の体験入学では、6班に分かれ、電気配線、エンジン起動、旋盤・溶接、自動工作機械、電子制御(ロボット実演)等の体験コーナーをローテーションで回りました。恐らく多くの中学生にとって初めて見学、体験する施設、設備ばかりだったと思います。強い興味、関心を示す一方、不安に感じる者もいたでしょう。しかし、案内係及び実演担当の電子機械科の2、3年生が「最初はできなくても、みんなわかるように先生方が教えてくれるから大丈夫だよ」などと声をかけ、丁寧に接する姿勢が印象的でした。彼らにとって、見学する中学生は2、3年前の自分だということがわかっているのでしょう。

 二日間でおよそ280人(延べ人数)の中学生が来校してくれました。本校にとっても誠に教育的意義のある二日間でした。中学生との交流を通じて、本校生が大きく成長する機会となったからです。

    御船高校は来週はお盆休み(学校閉庁日)で、学校全体、静かになります。

 

変わらぬ姿、「天神の森」

 7月30日の梅雨明け以来、猛暑が続いています。加えて、新型コロナウイルス感染がとまらず、熊本県でも感染者が増加し、不安感が漂っています。先日、御船町役場を訪ねた際、隣接する「恐竜博物館」入り口前に立つ大きなティラノサウルス像(オブジェ)にマスクが掛けられていたのが目を引きました。恐竜もマスクをする異常な夏です。

 朝から陽射しは強くうんざりする毎日ですが、出勤し、学校の玄関に向かって歩くと、御船高校のシンボルである「天神の森」が迎えてくれます。樹齢400年を超える楠の巨木を中心に樹木が鬱蒼と茂る一角の脇を通る時、ひんやりした微風が感じられ、木陰の涼しさに気持ちが落ち着きます。樹木から出る香りには人の神経をリラックスさせる成分があるそうです。森林浴、森林セラピーは健康に効果があるということで都会人に人気だと聞いたこともあります。「天神の森」は森林という規模ではありませんが、樹木の緑、木洩れ日、木々を通り抜ける風、清浄な雰囲気と、私たちの気持ちを静め、なにか心身を癒してくれる力があるように思えます。このことは、本校にとってかけがえのない教育環境と言えます。

 「天神の森」は四季折々のたたずまいに情緒がありますが、私は真夏の姿に最も心惹かれます。特に、新型コロナウイルスで社会全体が疑心暗鬼の状況にある今年の異常な夏にあって、長い歳月、変わらずこの地にある姿が私たちに安心感を与えてくれます。伝承では、16世紀の後半の戦国時代、御船城を守る聖なる森の一つとして設けられたのが起源とされています。大正11年(1922年)の開校以来、生徒たちを見守り続けきた守護神のような存在です。

 ところが、「天神の森」もかつて危機に瀕したことがあるのです。昭和40年代後半から中心の大楠の樹勢が衰え、保護の取り組みが幾度も行われましたが、平成に入り台風の被害も受け枯死寸前の状態になりました。そこで、平成13年に大掛かりな「大手術」が実施されたのです。大楠をクレーンで吊り上げ敷地の排水処理をして、良質の土壌に入れ替え、さらに根元の土のかさ上げを行いました。これによって大樹は蘇生し、今日に至っているのです。

 「天神の森」は大楠の根の保全のために、普段は敷地内への立ち入りを制限しています。しかし、8月5日(水)の朝、教職員有志20人ほどが「天神の森」内に入りました。繁茂した雑草の除草作業のためです。日向の気温は30度を超えていましたが、「天神の森」の中は涼しく、潤いがあり、作業していて気持ちが休まるような感覚に包まれました。明日、明後日と中学生の皆さんを招いての「御船高校体験入学」を開催します。

 本校は「天神の森の学び舎」です。「天神の森」に手を入れ、より美しくなった姿で中学生を迎えて欲しいというのが私たち教職員の思いです。

                 「天神の森」内での除草、清掃活動

1学期の終業式を迎えて

   7月31日(金)、御船高校は1学期の終業式を迎えました。前日、梅雨明けが宣言されたばかりですが、一気に真夏となり、気温は35度の猛暑日です。前庭の「天神の森」からは蝉時雨(せみしぐれ)が聞こえます。

 終業式は、午後1時半から全校放送形式で実施しました。生徒の皆さんはそれぞれのホームルーム(教室)で聴きます。最初に、「令和2年7月豪雨災害」によって犠牲となられた方々のご冥福を祈り、全員で黙祷を捧げました。

 そして、校長講話。1学期を振り返ると、社会も学校も新型コロナウイルス感染の影響で未曽有の混乱の日々だったと思います。パンデミックと呼ばれる世界的流行が今も続いています。連日、わが国の新規感染者の数値が発表されていますが、異常な出来事であるのにも関わらず、それが数か月続くと、異常に感じられず新型コロナウイルスと共にあるのが日常のように思えてきます。

 目に見えないウイルスへの対策は困難で、誰もが感染する可能性があります。感染者に対して偏見や悪意のまなざしを向けてはいけません。誰も悪くないのです。私たち全員が逃れられない災難に巻き込まれていると考え、支え合い、もうしばらく辛抱していきましょうと生徒の皆さんに呼びかけました。

 わが国全体が新型コロナウイルスによって翻弄されていることに加え、私たちの熊本県は豪雨災害にも襲われました。令和2年7月豪雨災害において、県南部では記録的な大雨に見舞われ、球磨川をはじめ河川の氾濫、土砂崩れ等が発生し、多くの人命が失われ、家屋が流され、道路や鉄道が寸断されました。災害発生から3週間余り立ちましたが、いまだ被災地では復旧が進んでいないと言われています。しかし、その中にあって、被災地の高校生たちが汗だくになって泥をかき出し、流木や水につかった家具などを運ぶ姿が伝えられています。若い力が復旧活動に加わることで、被災地の人たちを元気付けることになります。本校の生徒会有志も明日、被災地の一つである相良村へボランティア活動に赴きます。

 校長講話に続き、生徒会長の田中さん(3年B組)の退任挨拶がありました。田中さんは入学してすぐに生徒会執行部に入り、2年次に生徒会長に立候補して当選し、会長として重責を果たしてきました。田中さんは、生徒会活動を通じて多くのことに気づき、自分自身も変化して成長してきたと述べました。本日をもって新会長の村田君(2年1組)にバトンを渡し、自らの進路実現に挑みます。3年生にとってはいよいよ進路の夏が始まるのです。

 未知のウイルスの脅威、自然災害の爪痕と不安に満ちた社会ですが、御船高校は1学期を終え、次の課程へと一歩踏み出します。

                                                                 教室で黙祷する生徒たち

区切りの代替大会

 

 県高校総体に代わる代替大会が7月18日(土)~19日(日)、そして7月25日(土)~26日(日)に開催されました。御船高校からは、陸上(男女)、バレーボール(男女)、バスケットボール(男女)、テニス(男)、サッカー(男)、弓道(男女)、水泳(男女)、バドミントン(男女)の各部が出場しました。

 新型コロナウイルス感染拡大によって、体育系部活動の集大成である6月の県高校総体が中止となりました。この大会を目標としてきた生徒達、特に3年生にとっては大きな衝撃でした。落胆、失意に陥った生徒も数多くいました。そのため、「3年生に最後の活躍の場を設けたい」との各競技の指導者をはじめ教育関係者の熱意から代替大会の模索が始まり、県高校体育連盟(高体連)の英断があり、7月の代替大会が実現したのです。例年の県高校総体より1か月半ほど遅い時期の開催で、進学や就職の準備に取り組まなければならない3年生にとっては難しい選択となりました。部活動を貫く者もいれば、代替大会の出場を諦めた者もいます。しかし、どちらの選択も尊重されるべきと思います。

 代替大会であっても、生徒たちにとっては待望の県大会であり、3年生にとっては部活動の集大成の場となりました。御船高校生は各競技で健闘し、弓道男子団体で準優勝、男子バレーボール部がベスト8という近年にない好成績おさめました。男子団体弓道は顧問も驚くほどの集中力で躍進しました。男子バレーボールは接戦が続きながら、最後は「勝ちたい」という生徒の強い気持ちで勝ち上がっていったそうです。その他の各部も全力を尽くし、日頃の練習の成果を出し切ったとのことで、試合内容を語られる各顧問の先生方の表情が充実感に満ちていました。また、登校してきた3年生からも「完全燃焼しました」、「自分たちの試合ができました」等、達成感の伝わる言葉を聞くことができました。

 代替大会が実施されて良かったと心の底から思います。不完全燃焼で終わるはずだった3年生にとって明確な区切りができました。新型コロナウイルスで3月の春休みから思うように部活動ができず、県高校総体も中止となりました。部活動再開は6月からで実質2か月弱の練習期間でしたが、代替大会という特別な舞台で真剣勝負ができ、もやもやした気持ちが吹っ切れたことでしょう。

 7月30日(木)、熊本県は待望の梅雨明けを迎えました。今年の梅雨は長く、過酷なものでした。7月初旬の記録的な大雨によって県南部を中心に豪雨災害が発生しました。

 明日7月31日(金)は1学期終業式で、8月1日(土)から夏休みです。部活動は1,2年生の新チームに引き継がれます。そして、3年生はそれぞれの進路の実現に向かって大きく一歩を踏み出す夏です。

 

高校球児にとっての特別な試合

 夏の甲子園大会が新型コロナウイルス感染拡大によって5月下旬に中止が発表されました。その後、6月に入り学校が再開され、部活動も始まり、熊本県独自の代替大会が計画されました。高校球児にとっては目標ができ、大きな励みになったと思います。ところが、7月4日(土)未明から朝にかけての記録的豪雨により県南部が甚大な災害に襲われました。この災害のため、7月上旬から予定されていた県大会は変更を余儀なくされ、地域別の大会に縮小されました。今年の熊本の高校球児たちは新型コロナウイルスと豪雨災害という二つの大きな力によって翻弄されたと言えるでしょう。

 御船高校が出場する城南地区大会は7月18日(土)に始まりました。そして、7月23日(木)、県営八代球場で、御船高校・矢部高校の合同チームは人吉高校との1回戦に臨みました。相手の人吉高校は、この度の豪雨災害の被災地(人吉市)にあり、出場が一時は危ぶまれました。人吉高校関係者によると40人以上の部員がいるそうですが、その内10人近くの自宅が球磨川氾濫の浸水被害をうけ、制服や野球の練習ユニホーム、用具などが流されてしまったそうです。しかしながら、部OBの卒業生からの支援があり、部員全員での城南地区大会出場を果たすことができたと聞きました。

 一方、御船高校と矢部高校はお互い部員不足に悩み、昨秋の大会から合同チームを結成し、公式戦に出場しています。御船高校は1年生部員が入り、現在12人で単独チームができるのですが、矢部高校が部員4人のため、県高校野球連盟に申し出て合同チームで戦うこととしました。矢部の大嶋校長先生と一緒に私も県営八代球場へ応援に行きました。

 新型コロナウイルス対策のため一般の高校野球ファンは観覧できないのですが、観客席には保護者のの姿も多く、夏の日差しのもと、選手たちははつらつとしたプレーを見せてくれました。地力に勝る人吉高校が先制。しかし御船・矢部合同チームは矢部の選手のタイムリーヒット等で一時は逆転。合同チームのため守備の連携プレーが課題でしたが、内野ゴロを巧みに処理しダブルプレーに打ち取るなど守備の成長も見られました。

 試合は結局9対3で人吉高校が勝ちました。ホームペース上に距離をとって2列に並び、胸をはって校歌を歌う生徒たちの姿に、御船・矢部合同チームの応援スタンドからも大きな拍手が寄せられました。

 未曽有の新型コロナウイルス感染による社会的な混乱、そして記録的な豪雨災害と球児たちは困難に耐え、やっと試合をすることができました。県営八代球場でプレーする球児たちは皆輝いて見えました。「艱難汝を玉にす」(かんなんなんじをぎょくにす)という古い格言を思い出したものです。

 

もしも鉄道があったなら

   今年ほど、一日も早い梅雨明けを望む年はないでしょう。7月4日(土)未明から朝にかけて熊本県南部に未曽有の豪雨災害が発生したうえに、それ以後も梅雨前線が停滞し、県北部で土砂崩れ、河川の氾濫等の災害が続きました。その爪痕はいまだ深く、広域にわたるため復旧が思うように進んでいません。また、本校のある上益城郡も断続的に強い雨が降り続きました。そのため、生徒の皆さんの多くが保護者の車の送迎となり、朝の登校時は車が長蛇の列でした。

 4月当初の調査では、本校生(全校生徒525人)の通学手段で最も多いのは自転車で約300人。次が単車で約120人、そして路線バスが60人ほどです。残りが徒歩、保護者の車での送迎となっています。平常は20~30台の車で、正門から入って、「天神の森」の前の芝生広場ロータリー付近で生徒を下ろして、Uターンで正門から出てもらう流れです。しかし、雨天時、特に今月に入っての強雨の日は、自転車や単車の通学生たちの多くが車での送りに変わり、百台を超える車で校内及び正門周辺が大渋滞となりました。雨合羽を着用して自転車や単車で通学する生徒も一定数いるため、交通安全の確保のため、雨天時の車は「天神の森」の横の道路に縦列して、生徒を下ろしたら、そのまま校内を通り抜け南門から出るという流れに変更しました。毎朝、数人の職員がローテーションで出て、雨合羽を着て車の誘導に努めました。

 本校の正門は昭和の終わりに建立されており、幅が狭く、普通自動車の離合ができません。また、正門前の町道も幅が狭く、雨天の朝は、多数の自動車に自転車、単車、そしてバス停から歩いてくる生徒と危険な交通渋滞が起きます。車への生徒たちの乗り合わせや近距離の生徒には雨合羽着用での自転車、単車通学の協力を呼び掛けていますが、根本の解決に至っていません。

 朝の渋滞状況を目の当たりする度、「鉄道があったなら」と思います。前回の「校長室からの風」で触れたように、前任の人吉・球磨地域は第3セクターの「くま川鉄道」があり、五つの高校(現在は4校)は最寄り駅からいずれも徒歩10分以内でした。このため、強雨の日でも、生徒たちは自宅の最寄り駅まで車で送ってもらい、列車に乗って通学してきたので、学校の正門付近が車の渋滞になることはありませんでした。

 実は、この御船町、そして上益城郡にはかつて鉄道がありました。このことも「校長室からの風」で何度か紹介してきましたが、豊肥線の南熊本駅から上益城郡(嘉島町、御船町、甲佐町)を通り、下益城郡の砥用(ともち)駅まで約28.6㎞を結んだ私鉄の「熊延(ゆうえん)鉄道」です。残念ながら昭和39年(1964年)に廃止されており、70歳代以上の同窓生から「汽車通学」の思い出話を時々聴くことがあるくらいです。

 しかし、「もし鉄道があったなら」と令和の今日、思わずにはいられません。

 

 

 

鉄路の復旧、復興を願う

    熊本県南部を襲った豪雨災害から一週間立ちました。復旧は緒に就いたばかりだと思います。メディアで伝えられる現地の状況はまだ茶褐色の土砂や流木が散乱し、被害の甚大さにため息が出てきます。また、気になるニュースが報じられています。くま川鉄道の全線不通のため、沿線の人吉、球磨地域の高校生の通学に大きな支障が出ているとのことです。

 くま川鉄道は、人吉市に本社がある第3セクターの鉄道会社で、人吉市と湯前町の約25㎞を結ぶローカル鉄道です。東西に広がる人吉盆地を球磨川に沿うように運行されている同鉄道は、人吉・球磨地域の貴重な公共交通機関であり、特に高校生にとってはなくてはならない通学手段です。平成元年に旧国鉄の湯前線から引き継がれ、地域住民にとって頼られ、親しまれてきた路線なのです。

 前任の球磨郡の多良木高校勤務時代、私は、くま川鉄道が果たす役割の大きさを日々実感していました。沿線にある五つの高校(多良木高校が閉校となり、現在は4高校)はいずれも最寄り駅から徒歩10分以内という便利さで、多くの高校生が列車通学していました。しかも、その車両は「田園シンフォニー」と呼ばれる洗練さと温かさが調和したデザインで、快適な乗り心地でした。修学旅行で東京に行き、自由行動で朝夕の満員電車を体験した多良木高校生が、「自分たちはいかに恵まれた列車通学しているかわかった」と私に語ったことが印象的でした。大雨などで列車が遅延する時は、学校へファックスでこまめに連絡が届き、鉄道の正確さ、安定性に加え、細やかな配慮を常に感じました。

 今回の豪雨災害で車両全ての浸水被害、橋梁の流出など大変な被害を受けて、くま川鉄道の運行再開は全く見通しが立っていない状況です。通学手段を奪われた高校生たちは、一日も早い代替バス運行を希望しているようですが、人吉・球磨地域のバス車両の多くも浸水被害を被っており、目途がたちません。

    くま川鉄道には、私もよく乗車し、球磨川やのどかな田園などの車窓風景を満喫しました。乗客数は減少し経営は苦しいようでしたが、第3セクターということで、地域住民みんなで支えていました。昭和の終盤、そして平成と全国各地の鉄道が次々に姿を消していきました。地方の過疎化、そしてモータリゼーション(自動車の普及)によって廃線が続きました。時代の流れで仕方がないと思われたこともありました。しかし、エコの観点、高齢者に優しい乗り物などの面から、改めて鉄道の価値が注目されています。例えば、三陸鉄道の復活は、東日本大震災からの復興のシンボルとして被災者の皆さんを勇気づけました。

 くま川鉄道の復旧、そして再開を強く望み、その日を心待ちにしています。

 

球磨村を思う

 7月4日(土)の未明から朝にかけて起こった熊本県南部の豪雨災害ですが、発生から五日が経過しました。日を追って被害の大きさがわかってきましたが、特に多くの犠牲者が出ている球磨村の悲惨な状況を思うと言葉がありません。前回の「校長室からの風」で触れたように、私は前任地が球磨・人吉地域であり、よく球磨村も訪れました。

 球磨村は人吉市の西隣に位置し、中央部を球磨川が流れていますが、村の約9割は山地です。人口およそ三千五百人の小さな村です。役場や球磨中学校を業務で訪問しましたが、それより休日に同村を巡った記憶が印象深く残っています。

 まず棚田の風景が忘れ難いものです。球磨村大字三ヶ浦の松谷棚田は「日本の棚田百選」に選ばれており、標高150から200mの山腹に広がる情景は一度見たら忘れられません。大小さまざま、形も不規則なたくさんの棚田は四季折々の風情があります。この松谷棚田をはじめ同村の棚田を見て回ると、先人の計り知れない苦労を想像し、何か敬虔な気持ちとなります。山の斜面に人の力だけで作り上げ、維持されてきた棚田は、かけがえのない文化的景観に見えました。山間部に小規模の集落が点在しており、道幅は狭く車の運転には気を遣いましたが、「山林が整備されているから土砂災害が起きないのだなあ」と思ったものです。

 次にJR肥薩線の一勝地(いっしょうち)駅です。この駅がある一勝地が球磨村の中心部となります。同駅は1908年(明治41年)の開駅のままの木造駅舎です。言わば歴史的建造物の鉄道遺産ですが、今も現役の駅として役割を果たしています。この駅には何度も訪れました。駅名が「地に足をつけ一勝する」と解釈できる縁起の良いもので、受験やスポーツ大会のお守りとして同駅の入場券が人気なのです。私も当時勤務していた多良木高校の生徒たちが、大学入試センター試験を受ける時、あるいは陸上部リレーチームが九州大会に出場する時など幾度も同駅に足を運び、記念入場券を購入し、生徒たちに贈ったものでした。

 その他、一勝地の温泉や神瀬(こうのせ)の住吉神社、石灰洞窟、渡(わたり)にある相良三十三観音の一つ「鵜口(うのくち)観音堂」など休日に訪ね歩いた場所が次々に浮かびます。

 平和でつつましい山村は、この度の災害で一変しました。球磨川の氾濫した濁流、そして豪雨による土砂災害とその爪痕は凄まじいものがあります。近年の少子高齢化、人口減少で球磨村は棚田の維持もできなくなってきたと聞いていました。そこに今回の大きな災害に襲われ、危機的状況だと思います。

 被災された球磨村の住人の一部の方が、旧多良木高校校舎に避難されていることを知りました。2年前まで私が勤務し閉校となった同校舎が、球磨村の住民の方の避難所となっていることに万感胸に迫るものがあります。自分に何ができるのか問いかける日々です。

 

水害の恐ろしさ

   「これまでに経験したことがない大雨」、「数十年に一度の豪雨」など、気象予報で最大限の警告を近年よく聞くようになりました。そして、毎年のように梅雨末期の7月には、日本列島のどこかで大規模な水害が発生してきました。しかし、それらは遠い地域で起こったニュースであり、私自身、水害の真の恐ろしさがわかっていなかったと思います。

 7月4日(土)の未明から朝にかけて、熊本県南部に「短時間大雨情報」が幾度も発出されるような記録的豪雨が降り、一級河川の球磨川水系が広い地域で氾濫し、土砂崩れや洪水など大災害となりました。50人を超える人命が失われ、人吉市、球磨郡、芦北地域等、甚大な被害が出てしまいました。災害発生から今日で3日目となりますが、交通手段や通信網が寸断され、被害の全容さえ把握できていない状況です。見知った場所が、茶褐色の土砂に覆われ一変した光景をテレビのニュース映像で見ると言葉を失います。

 御船高校に赴任する前、私は4年間、球磨郡の多良木高校の校長を務めていました。人吉・球磨地域は、鎌倉時代から江戸時代まで相良氏によって統治され、熊本県の他の地域とは歴史、風土とも異なり、個性ある文化に恵まれたところです。そして、その景観の中心に存在するのが球磨川です。日本三急流の一つと言われ、勾配が急で流れの速さで知られますが、清流と呼ぶにふさわしい川です。球磨川沿いにJR肥薩線が走っていますが、黒煙をあげばく進する「SL人吉号」が川面に映る姿はまるで一幅の絵のようでした。

 「かはちどり 鳴けばみおろす 球磨川の

         瀬の音たかし 霧のそこより」(中島哀浪 歌碑)

 この歌碑が立つ人吉城跡の岸から、球磨川とその向こうの旅館街、市街地をよく眺めたものです。人吉、球磨の冬の風物詩の川霧が現れると、幻想的でもあります。あの情緒ある城下町の風景が損なわれたことがいまだ信じられません。

 さらに、第3セクターの「くま川鉄道」が鉄橋崩落をはじめ大打撃を受けたことがとても心配されます。「くま川鉄道」は、球磨川沿いに開けた盆地の人吉市及び球磨郡を東西につなぐ貴重な公共交通機関です。特に、高校生は通学手段にこの鉄路を利用しています。安全でのどかなローカル鉄道の復活を願います。

 刻々と報道されるニュースで被害が拡大しており、不安が増すばかりです。しかし、人吉・球磨の高校生たちが泥だらけになり、市街地の土砂を掻き出すなど復旧ボランティアに汗を流していることも伝えられています。たとえ時間を要しても、若い力が復旧、復興の中心となるものと信じています。

 

地域とともにある学校 ~ コミュニティスクール始動

 第1回学校運営協議会を7月3日(金)の午後、本校セミナーハウスで開催しました。12人の学校運営協議会委員の皆様にご出席いただきました。学校運営協議会とは聞き慣れない言葉かもしれません。御船高校は今年度から総合型コミュニティスクールへ移行しました。昨年度までは、防災型コミュニティスクールとして地域住民の皆さんと一緒に防災訓練を行うなど、地域と協働で防災教育に取り組んできました。今年度から、あらゆる面で地域と協働し、生徒を育てていきたいと考え、総合型コミュニティスクールへの移行を決めました。この総合型コミュニティスクールを運営するのが学校運営協議会です。

 学校運営協議会委員の方々は、御船町を中心に教育関係者、行政、商工会、住民代表等、それぞれ高い見識をお持ちの方ばかりで、心強く思います。本校の生徒たちは、かねてから様々な分野で地域社会の皆さんのご支援を受けてきています。2年生全員のインターンシップ(就業体験)、家庭科の保育園実習、音楽専攻者の平成音楽大学での特別レッスン、また多くのボランティア活動の機会提供など幅広いものがあります。これまでも「地域に開かれた学校」を掲げ、個別の分野でご協力、ご支援を受けていたのですが、それらをまとめ、総合型コミュニティスクールとして地域と学校で高校生を育成する仕組みに変えたのです。

 御船高校は大正11年に創立以来、変わらずこの地にあり、地域の皆様に支えられてきました。来年は百周年の大きな節目を迎えます。変化の激しい社会の中で、この「天神の森の学び舎」がこれからも地域になくてはならない存在として維持発展できるのか、岐路にさしかかっていると言えます。私たち教職員は人事異動が定めで、長い在職でも10年程度で代わります。それゆえに、御船高校は地域とともにある学校(コミュニティスクール)だという基軸をここで設け、地域の皆さん方に受け継いでいっていただければ、御船町及び上益城郡の拠り所としての役割を永く果たしていけると期待できます。

 現在の御船高校には多くの課題があります。しかし、それ以上に大きな可能性もあります。私たちは学校の課題をオープンにして、委員の皆様と一緒に知恵を絞り、検討を重ねていきたいと思います。1回目の学校運営協議会においても委員の皆様から積極的な質疑、意見が出され、誠に有難く思いました。

 「御船高校があって良かった」と地域の皆様から思われ、「私たちの学校」という意識が広く浸透していくよう、次の百年に向けてコミュニティスクールづくりを推進します。

 

 

前進する芸術コース

 「美術は、人と異なったことをして褒(ほ)められることはあっても、叱られることはありません。美術、芸能だけが、人と違って褒められることがある唯一のジャンルです。」

 この言葉は、哲学者の鷲田清一氏が京都市立芸術大学学長としてかつて卒業式で述べた式辞の一節です(『岐路の前にいる君たちに ~ 鷲田清一 式辞集』朝日出版)。美術及び芸術の本質をつかんだ表現で、深く印象に残っています。

 御船高校には、音楽、美術・デザイン、書道の三つの専攻分野から成る芸術コース(普通科)があります。音・美・書の三分野そろった芸術コースは本県の県立高校では本校にしかありません。毎年、広く県内各地から志望者がありますが、今年度は書道専攻で県外からの入学者もいました。学校の平常授業を再開して1か月ですが、芸術コースの動きがとても活発です。

 前回の「校長室からの風」で紹介したように、美術専攻1年生のアクリル画がデビュー作として高い完成度を示しており、学校ホームページにアップしたところ保護者の方々から大きな反響がありました。芸術の場合、作品が何より雄弁です。作品を通じて、作者である生徒の成長がわかります。

 また、書道専攻生全員が所属する書道部に朗報が届きました。第39回熊日新鋭書道展の結果発表が6月末に行われ、3年の西村さんがグランプリ、3年の友田さんと2年の坂口さんが特選に輝きました。これらの作品は、4~5月の臨時休校期間、自宅で取り組み、時々登校して先生から指導を受ける中で出来上がったものです。担当の書道の古閑教諭は、「一時の屈は、万世の伸なり」(吉田松陰)の言葉で休校中の生徒を励ましたと聞いています。

 そして、今週、音楽専攻の2年生、3年生が平成音大へ特別レッスンを受けに行きました。同じ町に九州唯一の音楽大学である平成音大があることは、本校の音楽専攻の生徒たちには大きな強みです。年間5~6回、授業の一環として平成音大でそれぞれの専門楽器の指導を先生方から受けており、今年度初めての音大レッスンが今週実現したのです。高いレベルの指導を受けた生徒たちは顔を輝かせ帰校してきました。

 令和2年度御船高校芸術コース紹介パンフレットが、音楽、美術・デザイン、書道の先生方の努力で完成しました。非常勤の先生も含め10人の教員の写真や専門領域が掲載されています。まさに顔の見えるパンフレットであり、芸術コース教員の意気込みが伝わってきます。多くの中学生の皆さんが手に取って、御船高校芸術コースの魅力を感じとってもらえればと期待しています。

                                                               芸術コース紹介パンフレット

 

 

混沌(カオス)から生まれる創造 ~ 美術の授業

    御船高校の芸術コースには音楽、美術・デザイン、書道の三つの専攻があります。今週の授業公開週間にそれぞれの授業を参観しましたが、専攻ごとに特色があり面白いと感じました。音楽はハーモニー(調和)を重視した授業で、生徒たちは高価な楽器を丁寧に扱い、整然とした雰囲気です。書道は、研ぎ澄まされた集中力が求められ、めりはりの利いた授業展開で、心地よい緊張感が漂います。

    一方、美術・デザインの授業はどうかと言いますと、まず美術教室の雰囲気が異なっています。本校には美術教室が3部屋あるのですが、長年の絵の具の跡が床や机に見られます。また、様々な造形物も創作するため、おもちゃのようなユニークな数々のモノ(作品)が棚や教材用机の上に並んでいます。今回、木曜日の3・4限目の1年の芸術コース(4組)の授業を参観しましたが、デッサン用として「生シイタケ」まで用意されていて目を引きました。雑然と言うより、何か混沌(カオス)とした雰囲気が美術教室から伝わってきました。

   美術専攻の1年生が今取り組んでいる学習課題は、自分自身で写真を選び、それを鉛筆で転写(トレース)しアクリル絵具で彩色するものです。色は3色以内に制限され、シンプルさの中に対象の特徴を浮き出させることができるかが問われます。生徒たちの制作のスピードはそれぞれです。時間をかけ細やかな部分まで注意深く彩色している生徒がいます。まさに「美は細部に宿る」精神の実践です。アクリル画を完成させ、友人と批評し合っている生徒もいます。また、次の課題の鉛筆デッサン(ペットボトルやシイタケ等を描く)に黙々と打ち込んでいる生徒もいます。

   それぞれのペースで取り組む14人の生徒たちに対し、担当教諭は、色の明暗や光の当たり方等の技術的なアドバイスをして回りますが、生徒の主体性を尊重しています。生徒たちは生き生きと創作活動を楽しんでいる様子です。

   授業を再開してまだ約1か月ですが、美術専攻の1年生のアクリル画の完成度の高さに私は驚かされました。「1時間ごとにうまくなっています!」と担当教諭も太鼓判をおしていました。

  「芸術コース美術1年生の活動のようすを紹介します」の表題で御船高校ホームページに早く出来上がった生徒のアクリル画作品を紹介しています。保護者の皆さんにぜひご覧いただきたいと思います。

   高校生の成長には目を見張ります。

 

「教えあい、学びあう」学級(クラス)へ ~ 授業公開週間

 今週の御船高校は「授業公開週間」です。すべての授業が公開されており、教職員同士がお互いの授業を気軽に参観できます。私も月曜から水曜までの三日間ですでに6時間の授業を見て回りました。校長となって、すっかり授業から遠ざかりましたが、長年授業をしてきた経験から、授業ほど難しいものはないと実感しています。かつて大学の特別講師に就任した落語家が、「毎日、同じお客さん(学生のこと)にうける噺をすることは至難の業」と嘆息したという逸話があります。円熟の域に達した話芸のプロも、寄席に来るお客さんを引き付けることはできても、長期間、同じお客さん(学生)を相手にして、そのお客さん(学生)を変容させていくことが簡単でないことを悟ったのでしょう。

 さて、授業参観を通じて様々な発見や気づきがありました。授業でのICT(Information Communication and Technology情報通信技術)化は御船高校の近年のテーマです。書道の授業で、すっかり定着した書画カメラが利用され、教師のお手本の書き方がスクリーンに大きく映し出されていました。また、生徒の主体的な学習活動が一層重視されるようになり、英語では、教師がほとんど板書せず、生徒たちが時にはペアとなり、発音を繰り返し、言語音声が途切れることがありませんでした。また、教科「情報」の「社会と情報」(1年生履修科目)では、「ワンクリック詐欺、架空請求、フィッシング」などのインターネット上のトラブル対応を学習する授業で、まさにリアルタイムの社会問題が教材となっており、生徒たちも当事者意識で臨んでいました。

 そして、最も印象的だったのが、どの教科・科目においても、「お互い教えあおう」と教師が生徒たちに声を掛けていたことです。生徒たちは教科に応じて得手、不得手が当然あります。また、学習の進度や理解の仕方も個人差があります。その実態を教師が柔軟に受けとめ、学級(クラス)において、「教え合い、学び合う」雰囲気を醸成していこうという姿勢が感じられました。

 苦手意識のある教科・科目について、生徒は自発的に教師に質問しない傾向があります。だからこそ、級友から教えてもらうことが大切なのです。教える方にとっても効用があります。「他者に教えること」こそが、学習したことを自分の中に定着させるうえで最も効果のあることが各種研究で確認されています。

 教室は間違うところです。恥ずかしいことはありません。授業は学級(クラス)全体で受けるものであり、「教え合い、学び合う」のが学級(クラス)なのです。

 

体育祭の中止について

 今年度の体育祭を中止することとしました。名状し難い苦渋の決断です。

 本校の体育祭は例年5月上旬に実施していますが、今年は新型コロナウイルス感染予防のため臨時休業(休校)となり、10月に延期し実施の可能性を探ってきました。現在、学校は平常の教育課程で教育活動を行っておりますが、新型コロナウイルスの脅威はいまだ収束しておらず、感染防止と学校生活の充実との両立は困難さが伴っております。このような中、体育祭のあり方について検討した結果、今年度の中止を決定いたしました。

 体育祭中止の理由は大きく二つあります。一つは、体育の授業において、密接、密集を避けるため集団の演技、競技が難しい状況が続いていることです。もう一つは、高校3年生の就職試験が例年より一か月遅くなり、応募書類提出が10月5日から、採用試験開始が10月16日となったことです。このため、3年生の就職採用試験時期と体育大会予定期日が重なってしまいました。

 6月22日(月)、各教室で担任が体育祭中止を生徒の皆さんに告げました。そして、「今年度の体育祭の中止について」という保護者の皆様宛てのお知らせの文書を配布しました。学年ごとに受け止め方が違うと思います。特に最終学年である3年生にとっては、学校生活の集大成とも言える体育祭の中止は重く響いたことでしょう。高校総体、高校総合文化祭、夏の甲子園大会等、中止が相次ぎました。体育祭については、規模の縮小や競技種目の変更など、私たち教職員も様々な視点から実施の可能性を検討してきました。しかしながら、生徒の皆さんの健康安全面への不安を払しょくできず、加えて3年生の5割近い生徒が就職する本校の進路状況を重視し、中止の決断に至りました。

 「新時代をかける風」のテーマで開催された昨年5月の体育祭を思い出します。新元号令和のもとの最初の体育祭は、三つの団が3年生のリーダーシップのもとに競い合い、久しぶりに3団の演舞も披露され、御船高校の活力と生徒の一体感が発揮され、赴任したばかりの私に強い印象を刻みました。あれから一年、社会が、世界がこれほど激変しようとは誰が想像したでしょうか。

 学校として、多くの大切なものが失われ無力感を覚えることもあります。しかし、最後、絶対に守らなければならないことは生徒の皆さんの未来です。未来への大きな一歩となる3年生の進路実現については、一人ひとりの気持ちに寄り添い、全職員で支えていく覚悟です。