校長室からの風
ごあいさつ
御船高校は、今年、百周年を迎える県下でも屈指の歴史と伝統を持つ学校です。本校は、普通科、普通科芸術コース、電子機械科を設置する学校で、地域の方々に支えながら、夢と志をもって社会や地域に貢献できる生徒の育成に努めています。本校の特色ある教育活動の一つであるロボットは、全国高等学校ロボット競技大会で、過去9回の優勝を誇り、全国に御船高校の名を馳せる活躍をしています。また、書道パフォーマンスの活躍をはじめ、芸術活動や部活動において、実績を上げています。先生方も教育愛にあふれ、熱心に指導してくれる学校です。「天神の森」を中心に豊かな自然環境とおおらかな気風、面倒見のよい教育集団のもと、学習に部活動に一生懸命励み、自分自身を磨き上げることができる学校です。高校生活にしっかりとした目的意識をもって夢の実現を目指す皆さんの入学を心待ちにしています。
校長 廣瀬 光昭
令和2年度修了式 ~ 風がやむ時
今年の桜は早いようです。3月24日(水)の令和2年度修了式の日、学校の桜は満開となりました。青空に桜が映えます。
修了式実施に向けて、総務部を中心にそのあり方を検討し、2年生は体育館に入り、1年生は各教室にてオンラインで参加するという分散方式をとりました。2年生は個人間の距離を十分にとって、体育館のフロアいっぱいに広がり座ります。体育館での式の状況をカメラで中継し、その映像が各教室前方のスクリーンに映し出されます。
表彰式及び修了式を2年生の皆さんと対面して実施できることは感慨深く思いました。一方、1年生の皆さんとオンラインでつながっていることも画期的でした。「With コロナ」(コロナウイルスと共にある)の中、このようなニューノーマル(新しい常態)を積極的に取り入れていかなければいけないと思います。この1年あまり、新型コロナウイルス感染症拡大で社会は翻弄されました。学校教育も大きな影響を受けました。しかし、長期化するコロナ禍において、何がどこまでできるのかが模索されています。2年ぶりに「春のセンバツ」(全国選抜高等学校野球大会)が甲子園球場(兵庫県)で開催されていることは、高校教育関係者にとは明るいニュースです。
修了式の講話で、生徒の皆さんに対し、ペスト、コレラ、スペイン風邪などのこれまでの感染症パンデミックの事例から先人たちが何を学び、克服してきたかを話しました。そして、結びに、来年度は御船高校が創立100周年を迎えること、その節目に在校生であることの幸運を活かし、自分の可能性を発揮してほしいと伝えました。
修了式を終え、私は大きな役割を果たしたような気持ちになりました。令和3年度の熊本県立高校教職員人事異動により、御船高校から16人の教職員が転・退任することとなりました。私もその一人です。本校で創立100周年を迎えられないことは誠に残念でなりません。しかし、伝統ある「天神の森の学び舎」で、可能性豊かな生徒の皆さんと出会い、保護者、同窓会、地域の方々から応援を受け、充実した日々でした。御船高校で勤務できたことを心から感謝しております。
私たち教職員は、常に「中間走者」だと思います。前任者からバトンを受け、勤務期間の長短はあれども全力を尽くし、後任にパトンを渡すことが定められています。今は、生徒の皆さんのさらなる成長と御船高校の一層の発展を願うばかりです。惜別と感謝の思いを胸に離任します。
2年間の「校長室からの風」は小さく弱いものだったと思いますが、その風もやむ時がきたようです。有難うございました。
最後の掃除
3月17日(水)の午後は、1、2年生共に校外へ進路ガイダンス(各大学、熊本市総合体育館等)に出かけ、校内に生徒はいないはずでした。ところが、特別教室棟1階の廊下を歩いていると、美術教室の中から生徒の声が聞こえますので不審に思いドアを開けてみると、二人の生徒が体操服姿で掃除をしていました。二人とも3月1日に卒業した芸術コース美術専攻の女子生徒です。
「最後まで、この教室で絵を描き続け、絵の具で床をずいぶんと汚したので掃除に来ました。」と答えてくれました。2月にこの「校長室からの風」で「最後まで受験生」のタイトルで紹介したとおり、芸術系大学の受験に備え、彼女たちは毎日のように登校し、この部屋で石膏像や果物などのデッサンを繰り返し、油絵の制作に取り組んでいました。すべての受験が終わり、志望校合格も確定したので、お世話になった美術教室を清掃しようと登校したそうです。
体操服の二人は床に膝をつき、凝固している絵の具を金属製のへらで一つひとつはぎ取っていました。そして、洗剤を使い、その跡が消えるよう丁寧に床をタオルで磨いていました。その光景を見て、私は胸が熱くなりました。最後まで進路希望に向かって努力したこと、そして教室を整えて後輩に渡そうとする気持ちを私は称えました。
「 一 掃除、二 信心 」という禅宗の言葉を聞いたことがあります。掃除とは結局、心を整え、磨くことにつながるのでしょう。わが国の学校教育においても古くから掃除は大切な教育活動と位置付けられています。卒業した学校の教室を掃除する生徒の姿を目の当たりにして、御船高校芸術コースの教育は「人の心」を育てていることを実感しました。
客観的な美というものはありません。風景、人物、オブジェにしてもその客体を通して、美を創り上げていくには、観察者であり創作者である人の感受性と創造性が必要です。美は、その人の心が創るのです。だから、美術は人それぞれの個性が表れ、多様な表情を見せ、私たちを魅了するのでしょう。体操服姿で掃除する二人は、美術の技法の向上と共に豊かな精神を養ったことは間違いありません。新しい世界へ飛翔する前、大事なことを忘れなかったのです。
令和3年度の高校入試の合格発表が3月16日に行われました。御船高校芸術コースは音楽・美術・書道の3専攻合わせた受験者が増え、ここ十年あまりで最も多い入学者が予定されています。「天神の森の学び舎」を羽ばたいていく先輩の皆さんが、時には羽を休めに母校に帰ってきて、後輩と交流してくれることを願っています。
3月11日 ~ 東日本大震災から10年
午後2時46分、校内放送が流れ、私たち教職員は一斉に黙祷を捧げました。3月11日(木)を迎えました。東日本大震災の発生から10年が経過したことになります。今日は高校入試(後期選抜)の採点はじめ特別業務のため、生徒は家庭学習で、学校には職員だけがいます。いつもと違い、静かな御船高校です。国旗掲揚台では弔意を表す半旗を掲げました。
2011年(平成23年)3月11日、マグニチュード9というとてつもない地震が発生し、巨大津波と東京電力福島第1原発事故という未曽有の複合災害によって、東日本の多くの人々の命と暮らしを奪いました。テレビ中継の映像を通して、人も車も町も吞み込んでいく津波の凄まじい猛威、原子力発電所事故で拡散する放射能の底知れない恐怖を感じたことを今も生々しく記憶しています。あの日から、私たち国民一人ひとりは東北に、福島に心を寄せてきたと思います。
前任校の修学旅行で、3度、私は福島県へ生徒を引率しました。太平洋岸のいわき市や県央部の二本松市などを訪ねました。被災者の方の体験談を聞いたり、復興の様子を見たりと防災学習に取り組みました。また、スキーをしたり、福島の食材を味わったり、地元の人と交流をして、福島の皆さんが健やかな日常を送っておられることを体感し、原発事故後の風評被害がいかに誤ったものであるかを学びました。今年度、御船高校2学年の修学旅行(東京)がコロナ禍で実施困難になった時、感染状況が比較的落ち着いていた福島や宮城、岩手等の東北の太平洋岸へ行くことはできないかと個人的に考えました。生徒たちと共に東日本大震災から10年たった現場に立ちたいと思ったからです。しかし、そんな私の願いはコロナ感染の第三波で打ち砕かれました。
5年前、熊本地震が起こりました。本校のある上益城郡は震源であり、甚大な被害をうけました。地震列島とも言われるわが国において、地震災害は常にわが事なのです。いつ、平穏な日常が破られるかわかりません。「もしも」は、「いつも」の中にあるのです。熊本県の地震からの復旧、復興は着実に進み、この3月、待望の阿蘇大橋再建というニュースに接しました。
しかしながら、福島県においては、放射線量が高い原発事故の関連地域は、いまだ帰還困難区域となっており、故郷に帰ることができない多くの人がいます。この重苦しい事実を直視し、これからも福島に心を寄せていきたいと思います。
そして、近い将来起こるであろう南海トラフ地震などの大規模自然災害に備え、防災、減災に学校は地域と連帯して取り組んでいかなければならないと決意を新たにします。3月11日は、私たちにとって慰霊と決意の日だと思います。
弔意を表す半旗(御船高校)
3月1日 ~ 第73回卒業証書授与式
3月1日(月)を迎えました。天気予報は曇りでしたが、良い方にはずれ、青空が広がり、清々しい朝でした。
令和2年度熊本県立御船高等学校「第73回卒業証書授与式」の日です。卒業生は、普通科(芸術コース含む)111人、電子機械科59人、合計170人です。三か年皆勤の表彰者が25人います。熊本県での感染者は減少しましたが、依然、新型コロナウイルス感染症は終息しておらず、昨年に引き続き、卒業生と教職員、そして各家庭から原則1人の保護者の方と出席者を限定し、簡素な式典となりました。
卒業生総代の田中さん(電子機械科B組)が答辞の中で、3年間を振り返り、新型コロナウイルス感染が拡大し、高校総体や高校総合文化祭、そして工業高校生徒のモノづくりコンテスト大会などが相次いで中止または規模縮小となった時が最もつらかったと述べました。目標としていたものが突然失われことで、「やり場のない憤りを覚え、心が折れそうになりました。」と表現しました。高校生活の集大成である3年生において、数多くの行事や部活動の大会が失われ、存分に力を発揮できなかったことはさぞ悔しく、無念だったことと思います。
しかし、3年生は気持ちを切り替え、逆境の中、自らの進路希望の実現に向かって挑戦しました。そして、それぞれの進路を切り拓き、今日を迎えたのです。困難な状況にあっても、リスクから身を守り、自分の本分を全うした体験は、これからの皆さんの生きる力になると私は信じます。
「この未曽有の災禍の向こうに、私たちの未来はあります。」と田中さん締めくくりました。この卒業学年は、中学2年生の春に熊本地震を体験しています。上益城郡が地震からほぼ復興を遂げた時期に、コロナパンデミックに巻き込まれました。地震、コロナ禍の不遇な時を過ごしたとも言えるかもしれません。しかし、この時期だったからこそ学べたことがある、と思ってほしいと願います。
卒業式の最後は校歌斉唱ですが、今年は校歌のピアノ演奏を全員で聴く形をとりました。芸術コース音楽専攻2年の長元さんの独奏に合わせ、卒業生は心の中で校歌を歌ったのだろうと思います。
マスクは着用していても晴れやかな表情が伝わる卒業生が、拍手の中、退場していきました。若人の旅立ちの日に立ち会える喜びをかみしめました。
3月1日は私たち高校教職員にとって特別な日です。
2年ぶりの同窓会入会式
2月下旬になり熊本県の新型コロナウイルス新規感染者が減少し、最近は0の日が多くなりました。喜ばしいことです。2月28日(日)、3年生が登校し、体育館で表彰式、卒業式予行、そして同窓会入会式が行われました。昨年は新型コロナウイルス感染者の急速な拡大を受け、同窓会入会式を中止しましたので、2年ぶりの開催となります。
同窓会からは徳永明彦会長をはじめ6人の役員が来校されました。徳永会長は挨拶で、生徒たちに祝意を伝えられるとともに世の中に出ることの覚悟を語られました。
「皆さんは、これまで学校で答えのある問題に取り組んできました。しかし、世の中には、答えのない問題がいっぱいあるのです。それをどう解決していくのかが大事なことです。問題に直面した時は、とにかく考える、前向きに考えることです。」
徳永会長の言葉は生徒たちの胸に響いたと思います。
続いて表彰が行われました。最初に天神賞(同窓会賞)が徳永会長から1組の井上さんに贈られました。天神賞は、学業成績が優秀で他の生徒の模範となるような努力をしてきた生徒に毎年贈られています。そして次に、特別奨励賞が3組の見﨑さんに贈られました。車いすで学校生活を送ってきた見﨑さんは、勉強とパラスポーツの両立に励み、卒業後もパラアスリートとしての活躍が期待されています。同窓会の皆さんの応援の表れだと思います。
新型コロナウイルス感染予防の観点から、同窓会入会式はこれまでより短い時間で簡素に行われました。しかしながら、この秋、創立100周年を迎える節目の時に、コロナ禍の中、2年ぶりの同窓会入会式を実施できたことは意義あるものだったと思います。
同窓会入会式が終わり、帰られる役員の方々が玄関で足を止められました。玄関ホールに掲げられている書道部3年生4人による卒業作品に見入られました。縦が約2m、横が約4mの大きな木枠に紙を貼り合わせ、朱、青、黄の色も散らし、生徒たちが考えた言葉が力強く墨書されています。
「災禍の日々から学んだ
思いやりの行動 労いの気持ち 他者への配慮
逆境を越え 新天地へ
人生を切り拓く」
明日、3月1日は卒業式です。
最後まで「受験生」
2月に入り3年生は家庭学習期間に入りました。進路が確定した生徒は登校の必要がなくなり、自動車学校へ通ったり、自宅で進学先からの課題に取り組んだりして過ごしていることと思います。しかし、そのような中、大学受験に挑む一部の生徒たちは登校し、職員の指導を受け続けていました。先般、電子機械科の男子生徒が熊本大学工学部を推薦入試で合格を勝ち取るなど好結果が出ています。そしてまだ4組(芸術コース)の美術専攻の3人の女子生徒たちが毎日登校しています。
3人の生徒たちは午前9時前後にそれぞれ登校し、体操服に着替え、特別教室棟1階の美術室でデッサン等に励みます。モチーフは美術の先生が設定することもあれば、生徒自分たちで作ることもあります。石膏像や果物、コンクリートブロックなど様々なモチーフが日替わりのように変わっています。昼休みをはさみ午後3時過ぎまでおよそ6時間、ひたむきに鉛筆、絵筆を動かし続けます。
時折、私はこの部屋を訪ねてみます。邪魔してはいけないと最初は黙って見守っていますが、「集中力は30~40分が限界です」と言って生徒たちは各自で休憩をとるので、その時に対話します。3年間を振り返って、また将来の夢などを率直に語ってくれます。
「コロナで臨時休校の期間は、自宅で絵を描いたり、粘土でモノづくりを楽しんで過ごしました。」
「3年間、マイペースに好きな美術が学べました。御船の芸術コースに来て良かったなあと思っています。」
「今が最も自由を感じます。」
実は3人のうち2人は先週、受験を終え、結果待ちの状態です。もう1人の生徒は来週25日に国公立前期日程で受験予定です。受験は、結果を待つ間が最も不安な時期です。一人の生徒は特に不安を口にします。試験会場で他の受験生の作品が見え、その技量の高さに驚いたそうです。3人とも、希望と不安が混在した時間を一緒に過ごしているのです。先に受験を終えても、全員の受験が終了し結果が出るまで、3人とも美術室で絵を描き続ける気持ちでいます。それぞれ目標は異なっていても、同志としての強い結びつきを感じます。
「人間は努力する限り、迷ったり不安になったりするものだよ。迷わぬ人間は怠惰な人間だと言えるよ。」と私は3人を励ましました。
芸術コース(4組)は3年間メンバーが不変で、喜びも苦しみも連帯してきました。その連帯感を力に、3人は最後まで「受験生」であり続けています。
町の「記憶」を訪ねて ~ 変わりゆく風景のなかで
久しぶりに御船川の南側(左岸)の本町通りを歩く機会がありました。現在の御船町は川の北側(右岸)が中心で、役場、警察、消防、小・中学校、大型商店等が集まり、コンパクトタウンの姿を見せています。御船高校もここにあります。しかし、昭和の中頃までは、御船川の南に沿った本町通りが、白壁の商家が立ち並び繁栄していたところです。この「校長室からの風」でも紹介した江戸期の豪商の林田家邸宅跡(現「まちなかギャラリー」)、明治期創業の池田活版印刷所など往時の賑わいが偲ばれる建物が残っています。
今回は本町通りを上流方面へ歩き、御船川に架かる「思い出橋」を訪ねました。ここにはかつて美しい姿の2連アーチの石橋が架かっていました。江戸後期の嘉永元年(1848年)建造の御船眼鏡橋です。当時の町人たちの寄付によって造られました。「あの眼鏡橋が残っていたらなあ」と年配の御船高校同窓生の方々が今でも懐かしまれます。昭和63年(1988年)の水害で惜しくも流失してしまい、そのモニュメント(記念碑)が「思い出橋」のたもとに設置されています。
また、「思い出橋」のすぐ近くに木造平屋建てで瓦葺(かわらぶき)の重厚感のある建物が残されています。ここが明治時代の旧裁判所庁舎です。明治期、熊本県内に9か所設置されたものの一つで、明治28年(1895年)に建造され、その後、御船簡易裁判所となり昭和46年まで使われました。今も公民館として現役の建物であり、国の登録有形文化財の指定を受けています。現在の御船町には簡易裁判所・家庭裁判所の出張所があるのみですが、かつては上益城郡の拠点として裁判所庁舎が置かれていたのです。
昭和の前半までは木材をはじめ物資の流通に舟運が大きな役割を果たしました。従って、御船川沿いに商家や造り酒屋が軒を並べ本町通りが町のメインストリートでした。しかし、自動車の急速な普及(モータリゼーション)によって、交通・運輸の体系が変わり、町のあり方にも影響を与えました。昭和51年(1976年)に九州自動車道の御船インターチェンジ(IC)開設はその象徴的出来事と思います。本年4月オープンを目指し、御船IC近くに外資系の大規模商業施設の建設工事が大詰めを迎えています。店舗面積1万㎡、駐車台数は約800台という破格の規模です。また御船の景色は変わるでしょう。
今も昔も御船は交通の利便に恵まれています。従って、町は変化しつつ発展していくのは定めです。しかし、変わりゆく中で、町の「記憶」とも呼ぶべき遺産を大切にしなければならないと思います。歴史の厚みがある町は何か懐が深く、生活をしていて情緒を感じます。
「ロマンです!」 ~ 電子機械科「課題研究発表会」
3年生の学年末考査、通称「卒業試験」が1月27日(水)に終了しました。これで3年生は家庭学習期間に入るのですが、電子機械科の3年生は翌日も登校し、この1年間取り組んできた課題研究の発表会に臨みました。電子機械科の「課題研究」は生徒たちがそれぞれ班をつくり、各班で課題を設定し、担当の先生の指導を受けながら研究実践を行うものです。教育課程上は、2単位(週2時間)ですが、放課後や長期休業中にも自主的に活動してきました。
会場は第5実習棟フロア。電子機械科3年A、B組それぞれ6班が持ち時間12分で発表し、質疑応答の時間もあります。先輩の発表を2年生が聴きます。
今年の課題研究の主流は、プログラミングに関連したものとなりました。これは本校電子機械科の教育で重視していることであると共に、今の社会のトレンドとも言えます。人型ロボットPepper(ソフトバンク社から貸与中)に搭載する小学校英語学習用プログラムに挑んだ班。マイコン(マイクロコンピュータ、超小型コンピュータ)に独自のプログラミングを施しコース情報をセンサーで検知し走行するマイコンカーを改良していく班。人の操縦を必要とせず周囲の状況をセンサーで読み取り動く自立型ロボットを開発する班。体験入学する中学生に向けて楽しいプログラミング体験教室を準備した班。いずれも班員の力を結集して、トライ&エラーの連続だったプロセス(過程)が伝わってきました。
このような中、モノづくりの原点を考えさせるユニークな発表が二つありました。A組のある班は、校内で故障しているモノ、放置されているモノの修理や解体の依頼を職員から受け、それに次々と取り組んだのです。故障した大型扇風機やリヤカーを修理しました。また運動場の老朽化した防球ネットをガス溶断で解体しました。これらの修理や解体は外部の事業者に委託すると多額の費用が掛かるものですが、生徒たちの学習活動の一環として学校自前で対応できました。また、B組のある班は、手作りの真空管アンプを製作しました。骨董品のイメージさえありますが、電極が入った中空の管である真空管を用いたアンプ(増幅器)は、半導体(トランジスタ)のアンプに比べ、温もりのある音が出ると今も根強い人気があります。「なぜ、敢えて真空管アンプを作ったのか?」という職員からの質問に対し、班員の生徒が「ロマンです。」と答え、会場は沸きました。
卒業に向けての電子機械科独自の大事な行事が終わりました。3年生による課題研究発表は、後輩諸君(2年生)の探究心にきっと火を点けたことでしょう。
手作りの真空管アンプ
前期選抜の受検生の皆さんへ
2月1日(月)、御船高校では前期選抜検査を行います。熊本県の公立高等学校では前期と後期の2回、選抜検査が行われることになっており、前期では各校独自の特色ある選抜検査を実施します。本校では、普通科芸術コース及び電子機械科でそれぞれ実技検査と集団面接が行われます。
今年も前期選抜で多くの受検生の皆さんが御船高校を志望してくれています。音楽、美術・デザイン、書道の芸術分野に興味、関心を持ち、自分の「好き」や「得意」をもっと伸ばしていこうと志望してくれた受検生。また、モノづくりに興味、関心を持ち、モノづくりを通して知識や技能を身に付けていきたいと意欲ある受検生。皆さんの志に敬意を表します。そして、皆さんに「選ばれた学校」であることに私たち教職員は誇りを覚えます。
受検生の皆さんにとって高校入試は不安と緊張の体験になるでしょう。今年は誰もが経験したことのない新型コロナウイルスのパンデミックの中、例年の受検生よりもその不安は大きいものと思います。先ずは、体調を整えること、これが受検生の皆さんに求められます。特別なことをするのではなく、日常生活を維持し、いつもの体調で試験当日に臨んでください。
受け入れる側の私たちは、受検生の皆さんが安心して力を発揮できる環境づくりに努めています。様々な場所にアルコール消毒液を準備しておきます。検査室の清掃や除菌を徹底します。検査会場の換気にも気を配ります。発言する職員はマスクの上にフェイスガードも重ねて着用する予定です。
試験当日、緊張した表情の皆さんをできることなら笑顔で迎えたいと思っています。しかしながら、試験を実施する私たちも緊張する日なのです。笑顔までは無理でも、努めて柔らかい表情で対応したいと心がけています。御船高校を志望してくれたことに感謝の気持ちを持ちながら。
御船高校の正門を入ると前方に樹木の茂った一画が見えます。ここが「天神の森」と呼ばれる場所です。校歌にも登場する、本校の象徴(シンボル)と言うべきところです。中心にそびえる樹齢400年と伝えられる楠の巨木は冬でも青々とした葉を茂らせています。御船高校生はこの天神の森に見守られ学校生活を送っています。受検生の皆さんも、試験当日、天神の森と対面して、深呼吸をしてください。きっと落ち着き、「やるぞ」と力が湧いてくることでしょう。
皆さんが入学する来年度、本校は創立100周年を迎えます。
春、「天神の森の学び舎」で皆さんを待っています。
芸術コース作品展を鑑賞して
「むしろ苦難の過程を味わい 新たな自分の糧とする」
会場の入り口で、書道専攻の友田さん(3年生)の決意が込められた毅然とした書と対面します。御船高校芸術コースの美術・デザイン、書道の専攻者による作品展を1月19日(火)から24日(日)まで熊本県立美術館分館にて開催しました。私は最終日の午前に会場を訪ね、多彩なアートの世界を楽しみました。
書道は、格調ある古典の臨書、流麗な仮名、そして自らの思いを表現する自作の言葉と変化に富んでいます。作品に使われている料紙も注目です。一週間前に「大東文化大学熊本県書作展」(熊本県立美術館分館)を見学し、その自在で奥深い書芸に圧倒されました。書の先達の高い技能や精神性に比べると、高校生の未熟さは一目瞭然です。けれども、未熟さは伸びしろがあることを示し、伸び盛りの高校生の作品は鑑賞者の創造力が働く余地がその分大きいと言えます。
美術・デザインは、生徒たちの豊穣なメッセージを感じました。絵画を通じて一人ひとりの雄弁な自己主張があります。食品廃棄や温暖化、動物保護など社会問題に言及したポスター作品群は観る者に内省を迫ります。立体造形の作品はまことにユニークなものばかりでした。ハンバーガーの山が積み上げられた「明日からダイエット」は強く印象に残ります。また、大量の細い竹ひごによる造形作品の題名は「追憶」であり、倒壊していく廃屋をイメージしているのでしょうか?作者にそのモチーフを尋ねたくなります。
会場の一角には、美術専攻3年生の選択科目「映像表現」で制作された短編動画が流されています。タイトルは「青春と一瞬」。屋上でトランペットの練習をする生徒の姿、書道の生き生きとした筆の動き、美術室で語り合う生徒の様子、手を握り合って階段を上がる女子生徒、公園で生徒たちが飛び跳ねる瞬間など短いカットの連続です。そして、5,6人の生徒たちが道路を走っていく場面でラストを迎えます。きっと彼らは未来に向かって疾走しているのでしょう。
新型コロナウイルス感染拡大が止まらず、熊本県でも県独自の緊急事態宣言が出されています。このような非常事態の中、本展覧会を開催することに迷いはありました。しかしながら、十分に感染対策を講じておられる熊本県立美術館のご理解とご協力によって開催することができました。期間中の受付については、例年は生徒たちが交代で行うのですが、今年は芸術科の教職員が務めました。
創作に取り組むことで成長してきた芸術コースの生徒たちにとって、自らの作品が熊本県立美術館に展示され、多くの方に見ていただくということはかけがえのない体験です。困難な状況下、芸術コースの教育の基本を守ることができたと思います。社会は閉塞感に覆われ、私たちは精神的にも大きな負荷がかかっています。このような時にこそ、芸術(アート)の力が必要ではないかと思います。
第1回「大学入学共通テスト」
大学入学共通テスト(主催:独立行政法人「大学入試センター」)が1月16日(土)~17日(日)にかけて実施されました。全国でおよそ53万人、県内で約6600人が受験する大規模なもので、御船高校からは17人が挑みました。本校生の試験会場は熊本県立大学で、17人全員が受験する2日目の数学の時間帯に私も会場を訪ねました。初日は小春日和でしたが、2日目は冷たい風が吹いて気温が上がらず、会場は寒さと緊張感に包まれていました。
例年と大きく様子が異なったのは、各高校の教職員の数がめっきり減少したことです。いつもの年なら、各高校の進路指導部や3年担任の職員が一団かたまりとなってそれぞれ待機している風景が今年は見られません。新型コロナウイルス感染対策で試験会場も「三密」回避が講じられており、高校側も職員数を自粛したのです。私も滞在時間を短めにし、受験生への励ましも控えめにしました。
今回は、30年余り続いた「大学入試センター試験」に代わって、第1回「大学入学共通テスト」が実施された画期的な試験でした。私が高校の教職に就いて3年目に始まった「大学入試センター試験」は問題の質が年々向上し、マークシート形式でも暗記力だけでは解けないレベルの良問が多数を占めました。しかしながら、社会の急速な情報化やグローバル化に伴い、より一層の「思考力・判断力・表現力」を高校生、大学生に求める必要性が生まれました。このような背景から、国語と数学で記述式問題の導入、そして英語で「読む・聞く・話す・書く」の4技能を測る英検などの民間試験活用が決まったのですが、受験の公平性、客観性などの大きな議論となり、いずれも一昨年に見送られました。このことは記憶に新しいところと思います。
こうして最初の「大学入学共通テスト」を迎えたわけですが、各教科の問題は身近な題材を積極的に取り入れ、文章や語彙なども増え、特色ある傾向が見られました。受験生には読解力が要求される難度の高い試験になったのではないでしょうか?大学入試の変化は高校教育に大きな影響を与えます。生徒一人ひとりの学力を十全に評価できるパーフェクトな入試はあり得ないのかもしれません。けれども、共通テストと各大学が実施する個別の二次試験との組み合わせで、その理想を目指してほしいと願っています。
コロナ禍の異例の受験風景でしたが、今年も大学受験独特の雰囲気に身を浸すことができ、高校の教員としての原点に立ち返ったような気持ちになりました。教壇を離れて久しいのですが、自らの専門教科・科目の「大学入学共通テスト」をじっくり解き、分析してみたいと思います。受験生には申し訳ないのですが、少しワクワクした気分です。
変化の時 ~ リモート授業の実践
新型コロナウイルス感染拡大が止まりません。1月14日(木)、熊本県では県独自の緊急事態宣言が発令されました。このようなコロナ禍の中でも、現在のところ学校は通常の教育活動を行うことができています。生徒たちの学びを止めないために、感染対策を講じながら、「三密」を避けた教育活動の工夫に取り組んでいます。その鍵は、ICT(情報通信技術)の活用です。
1月14日から家庭科の授業で「認知症サポーター養成講座」を始めました。2年生の電子機械科2クラス、1年生の普通科4クラスでそれぞれ連続2時間授業が6回実施されます。例年なら講師の方が来校され、対面式で講話、指導が行われるのですが、今回はオンラインでミーティングが開催できるアプリ「Zoom」を活用し、御船町地域包括支援センター(御船町役場内)、老人総合福祉施設「グリーンヒルみふね」と御船高校の教室を結びリモート授業を試みました。
包括支援センターの方がコーディネーターとして講座の進行役、「グリーンヒルみふね」の吉本施設長が講師、そして教室では家庭科の教諭が生徒の支援に当たりました。パソコンとカメラで三者が結ばれ、教室には画像を拡大するスクリーンも設置し、講師の質問に生徒が答えたり、逆に生徒が問いかけたりと十分にコミュニケーションもできました。離れた三者がオンラインによってつながり、まさにリモートワーク(remote遠隔、遠い、work働く)が成立しました。
学校現場でのICT活用はこの一年で急速に浸透しました。振り返れば、昨年4月~5月の臨時休校期間、在宅の生徒と学校をつないだのはメールや動画教材などICTの力でした。職員の会議出張もぐんと減りました。ウェブ会議システムでたいていは対応できるからです。
長期化するコロナパンデミックの影響で、都市部においては企業のリモートワークが増加し、働き方が大きく変わろうとしています。自宅から会社のウェブ会議への参加や、他社との交渉を行う人が急増しています。主に上半身が映し出される特性上、画面で見栄えのするシャツやブラウス等のニーズが高まり、それらをレンタルする会社や販売する百貨店の業績向上が報道されていました。働き方が変われば、働く人のファッションも変化して当然です。
これまで私たちが経験したことのない災禍に遭遇している今、私たちの仕事のあり方は変化の時を迎えています。変化することにリスクは伴いますが、旧来の方法のままいる方が遥かにリスクは大きいと思います。
冬でも熱い実習棟 ~ 技能検定実技試験
「磨け、技能 目指せ、達人」のキャッチフレーズで知られる技能検定実技試験(熊本県職業能力開発協会主催)が、1月6日(水)の午前、御船高校の第4実習棟で実施されました。部門は「普通旋盤作業」です。旋盤は難度が高く、今回は本校から3年生2人(女子1人)が2級、1年生4人(女子1人)が3級に挑戦しました。2級はさすがにレベルが高く、複雑な設計図をもとに3時間で金属部品の加工を仕上げます。一方3級はより平易な設計図に従い2時間で課題に取り組みます。国家検定であり、熊本県職業能力開発協会から4人の職員の方が立ち会われて厳正に行われ、生徒たちが造り上げた部品を持ち帰られました。審査の結果、後日、合否の発表となります。
技能検定実技試験を私は初めて見学しました。昨日までの練習と異なり、生徒たち(特に1年生)の緊張感がこちらにも伝わってくるようでした。会場の第4実習棟は本校では最も広く、旋盤はじめ工作機械が並んでおり、一見すると工場のようなところです。エアコン(暖房)はありません。冷たい空気の中、作業する生徒たちの吐く息が白く映ります。生徒たちにとって、時間が早く過ぎたものと思われます。これが本番の醍醐味です。
技能検定試験の終了後、指導された先生と受検した生徒たちが実習棟で弁当を取りながら反省会を行いました。生徒たちは皆、手ごたえを感じていたようで、ある1年生の男子は、「練習の時より良くできました。集中できました。」と笑顔で感想を述べてくれました。
今年度は、コロナパンデミックの影響で「高校生ものづくりコンテスト」や「ロボット競技大会」など各種のものづくりの技を競う県大会、全国大会等が相次いで中止となりました。そのような中、技能検定実技試験を本校で行うことができました。3年生の2人は春から技術者としての道を歩み始めます。その先輩たちと同じ場で実技試験に挑んだ1年生にとって、大きな学びの機会になったはずです。隣の第5実習棟では、同じ時間帯にマイコン制御部ロボット班の3年生が1、2年生の後輩に技能を教えていました。
寒波が襲来し、学校も冷え冷えとした空気に包まれています。しかし、電子機械科の実習棟では作業服の生徒たちが目を輝かせ活動しています。そこには若者の熱気が感じられます。学校の元気は生徒が生み出すものなのです。
仕事はじめ
新年明けましておめでとうございます。
令和3年(2021年)1月4日(月)は仕事始めの日です。朝は冷え込みましたが、空は清々しく晴れ渡り、新春にふさわしい天候となりました。次第に気温も上がり日中は10℃を超えたと思われます。グラウンドには朝からサッカー部や野球部の生徒が出て、初練習を行いました。日差しの下、野球部は久しぶりにバッティング練習に取り組み、打撃音を高く響かせていました。
体育館では午前中、男女バレーボール部が練習に汗を流していました。生徒たちが練習している間に、顧問の先生たちが調理室でお雑煮の用意をしていました。練習後にみんなでお雑煮を囲むという楽しい企画です。
年末年始の6日間の学校休業期間、生徒の皆さんはどのように過ごしていたのでしょうか? 新型コロナウイルス感染の第三波の渦中であり、「Stay Home!」がより強く呼びかけられました。体育系部活動の生徒たちにとって、同好の友と好きなスポーツができる喜びはかけがえのないものです。今日はコンディションも良く、待ちに待った練習再開だったでしょう。皆、気持ちよさそうに身体を動かしていました。
一方、校舎内は人影がまばらでしたが、2年1組は担任の先生の呼びかけで、クラスの学習会が開かれていました。3年生への進級を前にして、生徒たちの学習意欲、進学意欲が高まっており、頼もしく感じました。
3学期は1月8日(金)からです。しかし、今日から多くの先生方が出勤され、学期の準備に当たられました。ある担任の先生は、ホームルーム(担任教室)を一人で黙々と整理整頓されていました。「新学期、生徒たちが気持ち良く学校生活が始められるように」との思いからです。ある電子機械科の先生は、実習棟の工作機械を点検されていました。「安全な実習のためです」と言われました。このように、私たち教職員は、生徒の皆さんの登校を心待ちにしています。
いまだコロナパンデミックに世界は覆われ、閉塞感を感じます。しかし、コロナ危機にあっても、自分の目標を見据え努力を続け、軸がぶれない生活を送っている人が世界の大多数を占めます。だからパニックも起きず、社会は機能しているのです。
年末年始の特別休暇は終わり、日常の生活が戻ってきます。逆境にあるからこそ、確かな生活リズムで一日一日を大切にしていきたいと思います。
年の瀬を迎えて
12月28日(月)、冬休みですが、部活動の生徒の姿が多く見られます。青空が広がり温かい陽光が注ぎ、小春日和です。グラウンドや体育館で体育系部活動の生徒たちが気持ち良さそうに身体を動かしています。学校は明日から1月3日まで閉めることになるので、今日が学校にとっては今年最後の日となります。
令和2年(2020年)は大変な一年でした。いまだ新型コロナウイルス感染は猛威を振るい、燎原の火のように衰える兆しがありません。不安な年の瀬です。しかし、あと数日で新年を迎えるということで、来年こそは新型コロナウイルス感染の終息を願う気持ちが高まってきます。旧年の災厄を払拭したいという思いは今も昔も変わりません。いや、医療をはじめ科学技術が未発達だった昔の人の方がより強いものがあったと思います。
かつて「災異改元」(さいいかいげん)が歴史上しばしば見られました。大規模な自然災害(地震、火山噴火など)や疫病流行、天候不順による凶作、戦乱などの災いに見舞われた時、人心を一新するため、朝廷によって元号が変更されたのです。その反対が「祥瑞改元」(しょうずいかいげん)で何か世の中にとって吉事が起きた時に元号を改めました。歴史上有名な祥瑞改元の例は、和銅(708年)でしょう。武蔵国秩父郡(現在の埼玉県)から天然の銅が産出されたことを祝い、改元されました。
しかしながら、歴史的には「祥瑞改元」よりも「災異改元」の方がはるかに多いのです。645年の「大化」以来、今日の「令和」に至るまで248の元号があります。元号は天皇(大王)が即位するにあたり、時間も支配するという観点から代始(だいはじめ)改元が本来のあり方ですが、災禍に襲われた時、改元によって時間の連続性をいったん絶ち、リセットする社会的効果は大きいものがあったのでしょう。先人たちの切迫した思いが「災異改元」から読み取れます。
明治維新の1868年(明治元年)に一世一元(いっせいいちげん)の制が定められ、天皇一代の間に一つの元号を用いることと決まりました。新年は令和3年です。新型コロナウイルスのパンデミックで世界が覆われ、希望を見失いがちだったこの一年。多くのものを失いましたが、その中でも学んだものもあったはずです。そのことを大切にして、新年に臨みたいと思います。
結びに、年末年始の休みもなく、コロナウイルス感染者の治療に献身的に当たっておられる医療従事者の皆さんに心から感謝の気持ちを捧げます。
御船高校正門に生徒会役員によって門松が立てられました
最後のクラスマッチ
「皆さん、人生最後のクラスマッチです! 楽しい思い出を作りましょう!」
前生徒会長の田中美璃亜さん(3年B組)の挨拶で、3年生のクラスマッチが始まりました。クラスマッチは学校特有の行事です。クラス(学級)対抗で主にスポーツ活動を競うもので、学校には欠かせない年中行事と言えます。クラスの団結心を養い、チームスポーツを通じてコミュニケーション力を高めあう目的があり、教育的意義も大きいものがあります。そして、何より生徒たちにとっては楽しみな行事で、学校生活に変化を与えます。
しかし、新型コロナウイルス感染拡大によって、今年度は体育大会、長距離走大会、クラスマッチとスポーツに係る学校行事を中止してきました。本来なら体育大会は3年生がリーダーとして牽引する晴れの場であったのですが、その機会は失われました。このまま何もできずに3年生は卒業することになるかと危惧していたのですが、体育科を中心に企画、準備し、12月23日(水)に3年生だけのクラスマッチ開催を実現できたのです。
3年生にとって最後のクラスマッチです。3限目から6限目の授業を3学年6クラスだけクラスマッチの時間にあて、1、2年生は通常授業を行いました。競技種目は男子がグラウンドでサッカー、女子は体育館でミニバレーです。天候も味方してくれ、晴天で日中は気温も上がりました。
さすがは3年生で、サッカー部と女子バレーボール部の生徒による審判のもと円滑に試合が運営され、プレーの技術も高いものがありました。もちろん珍プレーも続出しますが、一生懸命だからこそ珍プレーが生まれるのであり、温かい笑い声や歓声が響きました。スポーツが得意でない生徒は応援や写真撮影に回り、声援を送る姿も爽やかでした。
バレーボールを追いかけ体育館の床で転げる女子生徒やサッカーで競り合って転倒し体操服が土で汚れる男子生徒の姿を見ていると、熱いものを胸に覚えました。このように思う存分エネルギーを発散する場(学校行事)を3年生は待っていたのだと思います。彼らは、コロナパンデミック下の様々な制約の中、辛抱し、我慢し、自らの進路実現に向け、努力を続けてきたのです。
時間ほど確かに過ぎ去るものはありません。大変な1年であった令和2年(2020年)も残り一週間。3年生のクラスマッチという学校本来の輝きを少しだけ取り戻すことができたことは、御船高校にとって大きかったと思います。
コロナ禍の中にあっても ~ 熊本県高等学校書道展
第56回を数える熊本県高等学校書道展が12月15日(火)から20日(日)まで熊本県立美術館分館(熊本市)で開催され、最終日には表彰式を行いました。
今年は新型コロナウイルス感染拡大という未曽有の事態に私たちは直面しました。学校教育も大きな影響を受け、文化活動の面においても、6月の熊本県高校総合文化祭が中止、8月の全国高校総合文化祭高知大会は生徒の参加ができませんでした。そして、12月に予定されていた全九州高校総合文化祭熊本大会も大幅に縮小され、書道部門の生徒たちの参加は叶いませんでした。社会的に、また日常の生活でも様々な制約を受け、生徒の皆さんは思うような活動や成果発表ができなかった一年だったと思います。それだけに、年の最後を締めくくる熊本県高等学校書道展(高書展)の開催実現は、私たち関係者にとっては特別な意味を持つものでした。
書道に親しむ高校生にとって、この高書展は大きな目標だと思います。今年の高書展には県内46校から218作品が出品されました。コロナ禍で出品数が減少するかと懸念したのですが、例年と変わらないものでした。各校の展示スペースに制限があるため、多くの学校で選考会が行われており、実際にはさらに多くの生徒が大会に参加しています。その中から厳正な審査の結果選ばれた受賞者20人が表彰式に招かれました。受賞者の皆さんは、緊張の色を浮かべながら、晴れ晴れとした表情でした。最優秀賞の8人は、来年8月に開催される全国高校総合文化祭和歌山大会に熊本県代表として推薦されます。最優秀賞に坂口さん(2年)、優秀賞に坂井さん(1年)と御船高校から二人の受賞者を出したことは大きな喜びです。
コロナパンデミックという困難な状況の中でも、多くの高校生が創作に励んできたのです。逆境においても、熊本の高校生は弛(たゆ)みない努力を続け、文化活動をおこなってきたという証が、「高書展」会場に並ぶ作品群です。不遇な一年だったことを微塵も感じさせない、若いエネルギーが作品に満ち広がっているのです。このことを誇りに思います。
コロナ禍にあっても、軸がぶれず精進してきた多くの高校生の成果に触れることができ、「後生畏(こうせいおそ)るべし」(論語)の言葉が浮かびました。
自分が打ち込めるものを持っている若者は、どんな時も強いと思います。
作品に賭ける思い ~ 全九州高校総合文化祭
2千人を超える高校生が熊本に集い、全九州高等学校総合文化祭熊本大会が12月11日(金)から13日(日)に開催されるはずでした。しかし、新型コロナウイルス感染対策を最優先に考え、大幅に規模が縮小し、内容も変更されました。私が部門長を務める書道部門はじめ多くの部門で各県から生徒の皆さんを招くことは断念しました。8年に一度回ってくる九州の高校生たちの文化祭が失われたことは返す返すも残念でなりません。
書道部門では「生徒の皆さんが集まることができないのであれば、その作品を集め、審査しよう」との方針で各県の高等学校文化連盟の書道部会に呼びかけました。どの県も趣旨にご賛同いただき、九州8県それぞれで、制限時間などの諸条件を同一にした揮毫(きごう)大会を開くことにしました。本来なら、県代表の生徒たちが熊本に集結して、一堂に会し、その場で筆を競うのが揮毫大会のあり方ですが、実施期日や場所は各県に任せたのです。そして、各県代表の作品10点を郵送もしくは持参していただき、それを審査することとしました。
12月12日(土)、熊本マリスト学園中学・高等学校において、7県の高校書道の専門委員長の先生方をお迎えしました。感染者が多く出ており、警戒レベルも高いはずの福岡県や沖縄県からも来ていただきました。審査に先立ち、主催県の代表として私から「生徒の皆さんを集めての大会が開催できず、誠に申し訳ありません。」とお詫びを申し上げました。それに対して、出席の皆さん方から「この状況では仕方がなかった」、「このような形で揮毫大会を開いていただき感謝します」等の温かい言葉を頂きました。
各県の代表の先生方に何か覚悟のようなものを感じました。それは、生徒たちに、コロナ禍の不遇な時期に巡り合ってしまったと嘆かせないため、教師ができることは何でもやるという気迫のようなものです。コロナ第三波の渦中、県外出張することはリスクがあります。それでも、生徒たちの作品を持参し、熊本まで来られた先生方の使命感に頭の下がる思いでした。
全九州高等学校総合文化祭熊本大会「書道部門揮毫大会」の審査は九州各県の専門委員長8人によって厳正に行われました。実際に熊本に集まり交流が叶わなかった分、作品に賭ける生徒の皆さんの思いはより強いものがあったと思います。一点一点の作品から書き手のエネルギーが立ち昇っているように私は感じました。
生徒の皆さんの代わりに、作品がその人格を背負い、熊本に来てくれたのです。
審査風景
防災の担い手に ~ 防災訓練
12月10日(木)の午後、防災訓練を実施しました。コロナ禍で今年度は多くの学校行事を中止してきましたが、防災訓練は中止することはできません。なぜなら、学校にとって最も大事な「安全」に係るものだからです。感染症パンデミックの中にあっても自然災害は起きます。7月の熊本県南部の豪雨災害がそうでした。自然災害はいつ、どこで、どんな形で起きるかわかりません。だから、防災の備えが必要なのです。
今年度の防災訓練は、地震が起こり火災も校内で発生したという想定での訓練でした。例年、全校生徒が避難場所としてグラウンドに集まっていましたが、今年は、密集を防ぐため学年ごとに避難経路を分け、3年は体育館、2年は駐車場、1年生はグラウンドとしました。そして、集合・点呼後にそれぞれ講話を行いましたが、3年生には校長の私が「社会人としての防災意識」のテーマで話しました。その中で、地域の消防団活動への関心を持つように語りましたが、その一部分を次に掲げます。
「災害の時によく言われるのが三つの助け、公助、共助、自助です。公助は自衛隊や消防、警察のような公的組織力による救助や自治体による支援です。最終的にはこれに頼ることになるのですが、その前に共助、即ち地域コミュニティや会社、学校などの所属団体でどれだけ助け合うかが鍵になると言われています。
皆さんは、消防団を知っていますか?公務員の消防士がいる消防署と異なり、消防団は全国の市町村に配置され、会社員、自営業、学生など仕事や学業の傍ら、活動できます。手当は出るようですが、公的なボランティア活動と言っていいと思います。18歳以上であれば入団できます。一定の訓練を受け、日常の防災活動、そして火災や災害が発生すれば現場に駆け付けて消防士や警察官と連携して住民誘導や警戒活動に当たります。少子高齢化が進む地域において、この消防団活動は、住民の安全、安心を守るために益々重要になってきています。これから社会へ出る皆さんに消防団活動への関心を持ってもらいたいと思います。」
今の高校3年生は中学生の時に熊本地震を体験しました。日常生活がいかに尊いものか、いったん災害に襲われるとどんなに苦しく不便な生活を余儀なくされるのか、身をもって知っています。不幸な経験でしたが、この経験はきっとこれからの人生において役に立ちます。地域社会の防災の担い手に成長していってくれることでしょう。