校長室からの風

前進する芸術コース

 「美術は、人と異なったことをして褒(ほ)められることはあっても、叱られることはありません。美術、芸能だけが、人と違って褒められることがある唯一のジャンルです。」

 この言葉は、哲学者の鷲田清一氏が京都市立芸術大学学長としてかつて卒業式で述べた式辞の一節です(『岐路の前にいる君たちに ~ 鷲田清一 式辞集』朝日出版)。美術及び芸術の本質をつかんだ表現で、深く印象に残っています。

 御船高校には、音楽、美術・デザイン、書道の三つの専攻分野から成る芸術コース(普通科)があります。音・美・書の三分野そろった芸術コースは本県の県立高校では本校にしかありません。毎年、広く県内各地から志望者がありますが、今年度は書道専攻で県外からの入学者もいました。学校の平常授業を再開して1か月ですが、芸術コースの動きがとても活発です。

 前回の「校長室からの風」で紹介したように、美術専攻1年生のアクリル画がデビュー作として高い完成度を示しており、学校ホームページにアップしたところ保護者の方々から大きな反響がありました。芸術の場合、作品が何より雄弁です。作品を通じて、作者である生徒の成長がわかります。

 また、書道専攻生全員が所属する書道部に朗報が届きました。第39回熊日新鋭書道展の結果発表が6月末に行われ、3年の西村さんがグランプリ、3年の友田さんと2年の坂口さんが特選に輝きました。これらの作品は、4~5月の臨時休校期間、自宅で取り組み、時々登校して先生から指導を受ける中で出来上がったものです。担当の書道の古閑教諭は、「一時の屈は、万世の伸なり」(吉田松陰)の言葉で休校中の生徒を励ましたと聞いています。

 そして、今週、音楽専攻の2年生、3年生が平成音大へ特別レッスンを受けに行きました。同じ町に九州唯一の音楽大学である平成音大があることは、本校の音楽専攻の生徒たちには大きな強みです。年間5~6回、授業の一環として平成音大でそれぞれの専門楽器の指導を先生方から受けており、今年度初めての音大レッスンが今週実現したのです。高いレベルの指導を受けた生徒たちは顔を輝かせ帰校してきました。

 令和2年度御船高校芸術コース紹介パンフレットが、音楽、美術・デザイン、書道の先生方の努力で完成しました。非常勤の先生も含め10人の教員の写真や専門領域が掲載されています。まさに顔の見えるパンフレットであり、芸術コース教員の意気込みが伝わってきます。多くの中学生の皆さんが手に取って、御船高校芸術コースの魅力を感じとってもらえればと期待しています。

                                                               芸術コース紹介パンフレット

 

 

混沌(カオス)から生まれる創造 ~ 美術の授業

    御船高校の芸術コースには音楽、美術・デザイン、書道の三つの専攻があります。今週の授業公開週間にそれぞれの授業を参観しましたが、専攻ごとに特色があり面白いと感じました。音楽はハーモニー(調和)を重視した授業で、生徒たちは高価な楽器を丁寧に扱い、整然とした雰囲気です。書道は、研ぎ澄まされた集中力が求められ、めりはりの利いた授業展開で、心地よい緊張感が漂います。

    一方、美術・デザインの授業はどうかと言いますと、まず美術教室の雰囲気が異なっています。本校には美術教室が3部屋あるのですが、長年の絵の具の跡が床や机に見られます。また、様々な造形物も創作するため、おもちゃのようなユニークな数々のモノ(作品)が棚や教材用机の上に並んでいます。今回、木曜日の3・4限目の1年の芸術コース(4組)の授業を参観しましたが、デッサン用として「生シイタケ」まで用意されていて目を引きました。雑然と言うより、何か混沌(カオス)とした雰囲気が美術教室から伝わってきました。

   美術専攻の1年生が今取り組んでいる学習課題は、自分自身で写真を選び、それを鉛筆で転写(トレース)しアクリル絵具で彩色するものです。色は3色以内に制限され、シンプルさの中に対象の特徴を浮き出させることができるかが問われます。生徒たちの制作のスピードはそれぞれです。時間をかけ細やかな部分まで注意深く彩色している生徒がいます。まさに「美は細部に宿る」精神の実践です。アクリル画を完成させ、友人と批評し合っている生徒もいます。また、次の課題の鉛筆デッサン(ペットボトルやシイタケ等を描く)に黙々と打ち込んでいる生徒もいます。

   それぞれのペースで取り組む14人の生徒たちに対し、担当教諭は、色の明暗や光の当たり方等の技術的なアドバイスをして回りますが、生徒の主体性を尊重しています。生徒たちは生き生きと創作活動を楽しんでいる様子です。

   授業を再開してまだ約1か月ですが、美術専攻の1年生のアクリル画の完成度の高さに私は驚かされました。「1時間ごとにうまくなっています!」と担当教諭も太鼓判をおしていました。

  「芸術コース美術1年生の活動のようすを紹介します」の表題で御船高校ホームページに早く出来上がった生徒のアクリル画作品を紹介しています。保護者の皆さんにぜひご覧いただきたいと思います。

   高校生の成長には目を見張ります。

 

「教えあい、学びあう」学級(クラス)へ ~ 授業公開週間

 今週の御船高校は「授業公開週間」です。すべての授業が公開されており、教職員同士がお互いの授業を気軽に参観できます。私も月曜から水曜までの三日間ですでに6時間の授業を見て回りました。校長となって、すっかり授業から遠ざかりましたが、長年授業をしてきた経験から、授業ほど難しいものはないと実感しています。かつて大学の特別講師に就任した落語家が、「毎日、同じお客さん(学生のこと)にうける噺をすることは至難の業」と嘆息したという逸話があります。円熟の域に達した話芸のプロも、寄席に来るお客さんを引き付けることはできても、長期間、同じお客さん(学生)を相手にして、そのお客さん(学生)を変容させていくことが簡単でないことを悟ったのでしょう。

 さて、授業参観を通じて様々な発見や気づきがありました。授業でのICT(Information Communication and Technology情報通信技術)化は御船高校の近年のテーマです。書道の授業で、すっかり定着した書画カメラが利用され、教師のお手本の書き方がスクリーンに大きく映し出されていました。また、生徒の主体的な学習活動が一層重視されるようになり、英語では、教師がほとんど板書せず、生徒たちが時にはペアとなり、発音を繰り返し、言語音声が途切れることがありませんでした。また、教科「情報」の「社会と情報」(1年生履修科目)では、「ワンクリック詐欺、架空請求、フィッシング」などのインターネット上のトラブル対応を学習する授業で、まさにリアルタイムの社会問題が教材となっており、生徒たちも当事者意識で臨んでいました。

 そして、最も印象的だったのが、どの教科・科目においても、「お互い教えあおう」と教師が生徒たちに声を掛けていたことです。生徒たちは教科に応じて得手、不得手が当然あります。また、学習の進度や理解の仕方も個人差があります。その実態を教師が柔軟に受けとめ、学級(クラス)において、「教え合い、学び合う」雰囲気を醸成していこうという姿勢が感じられました。

 苦手意識のある教科・科目について、生徒は自発的に教師に質問しない傾向があります。だからこそ、級友から教えてもらうことが大切なのです。教える方にとっても効用があります。「他者に教えること」こそが、学習したことを自分の中に定着させるうえで最も効果のあることが各種研究で確認されています。

 教室は間違うところです。恥ずかしいことはありません。授業は学級(クラス)全体で受けるものであり、「教え合い、学び合う」のが学級(クラス)なのです。

 

体育祭の中止について

 今年度の体育祭を中止することとしました。名状し難い苦渋の決断です。

 本校の体育祭は例年5月上旬に実施していますが、今年は新型コロナウイルス感染予防のため臨時休業(休校)となり、10月に延期し実施の可能性を探ってきました。現在、学校は平常の教育課程で教育活動を行っておりますが、新型コロナウイルスの脅威はいまだ収束しておらず、感染防止と学校生活の充実との両立は困難さが伴っております。このような中、体育祭のあり方について検討した結果、今年度の中止を決定いたしました。

 体育祭中止の理由は大きく二つあります。一つは、体育の授業において、密接、密集を避けるため集団の演技、競技が難しい状況が続いていることです。もう一つは、高校3年生の就職試験が例年より一か月遅くなり、応募書類提出が10月5日から、採用試験開始が10月16日となったことです。このため、3年生の就職採用試験時期と体育大会予定期日が重なってしまいました。

 6月22日(月)、各教室で担任が体育祭中止を生徒の皆さんに告げました。そして、「今年度の体育祭の中止について」という保護者の皆様宛てのお知らせの文書を配布しました。学年ごとに受け止め方が違うと思います。特に最終学年である3年生にとっては、学校生活の集大成とも言える体育祭の中止は重く響いたことでしょう。高校総体、高校総合文化祭、夏の甲子園大会等、中止が相次ぎました。体育祭については、規模の縮小や競技種目の変更など、私たち教職員も様々な視点から実施の可能性を検討してきました。しかしながら、生徒の皆さんの健康安全面への不安を払しょくできず、加えて3年生の5割近い生徒が就職する本校の進路状況を重視し、中止の決断に至りました。

 「新時代をかける風」のテーマで開催された昨年5月の体育祭を思い出します。新元号令和のもとの最初の体育祭は、三つの団が3年生のリーダーシップのもとに競い合い、久しぶりに3団の演舞も披露され、御船高校の活力と生徒の一体感が発揮され、赴任したばかりの私に強い印象を刻みました。あれから一年、社会が、世界がこれほど激変しようとは誰が想像したでしょうか。

 学校として、多くの大切なものが失われ無力感を覚えることもあります。しかし、最後、絶対に守らなければならないことは生徒の皆さんの未来です。未来への大きな一歩となる3年生の進路実現については、一人ひとりの気持ちに寄り添い、全職員で支えていく覚悟です。

 

創立百周年記念事業への大きな一歩

   5月12日(金)、御船高校セミナーハウスにおいて、「創立百周年記念事業第1回実行委員会」を開催しました。徳永明彦会長をはじめ同窓会役員の方をはじめ、育友会役員、学校教職員と合わせて35人が集いました。

 本校は、大正11年4月に旧制県立御船中学校として開校以来、二万四千人もの人材を輩出し歴史を重ね、いよいよ令和3年に創立百周年の記念すべき年を迎えます。「誠実、自学、自律」の三綱領を掲げての百年の歩みは決して平坦なものではありませんでした。5年前には熊本地震の被害を受け、今年は新型コロナウイルス感染拡大に伴い三か月の臨時休業を余儀なくされました。しかしながら、開校以来、変わらずこの地にあって、地域住民の方々や同窓会の皆さんから支えられ、親しまれ、信頼されて、歩み続けています。

   創立百周年の節目を迎えるに当たり、「建学の原点へ、そして未来へ」と複眼の精神を私たちは持つ必要があると思います。大正時代、上益城郡にも中等教育の充実をと願う人々の期待を担って、県内8番目の旧制県立中学校として本校は誕生しました。大正、昭和前期の旧制中学校(男子校)の意気軒高たる生徒たちの物語は今も語り草です。さらに戦後、男女共学の新制の県立高校となって先輩方が築いてこられた輝かしい伝統があります。そして今、少子高齢化が進展し地域社会が変容する中、上益城の地のかけがえのない拠り所(コミュニティ・スクール)として更なる飛躍が求められています。

   「創立百周年記念事業第1回実行委員会」では、令和3年10月8日(金)の記念式典開催を中心とした記念事業の大枠を決定しました。新型コロナウイルス感染が全国的にいまだ収束せず、来年に向けても不安をぬぐい去ることはできません。また、社会経済情勢はまことに厳しく、同事業の遂行に必要なご援助をどれだけ賜ることができるか見通しは立ちません。しかし、たとえ式典の簡素化や事業の縮小化の事態が待っていようとも、今の時代にふさわしいものを創り上げようという思いが出席者全員で共有できました。大きな一歩を踏み出すことができたと思います。

   創立百周年事業は、学校と同窓会が一体となって、次の百年に向かって確固たる礎を築く好機となります。関係者全員で力を合わせて取り組むことで新たなエネルギーが湧き起こり、逆境の中にあっても御船高校は進んで行くことでしょう。

 

部活動再開

 御船高校の部活動が今週から再開しました。これまで無人だった放課後のグラウンドで、さっそく、サッカー部、野球部、テニス部が練習する光景が見られました。また、体育館からは男女バレー部の気合の入った声が響いてきました。先週から、書道部や吹奏楽部など準備の整った文化系部は始動していましたが、体育系部活動が再開したことで、学校の日常は完全に回復されました。

 本校には、14の体育系部活動(同好会が一つ)、12の文化系部活動があります。部活動加入は任意で、生徒の皆さんの自主性を尊重しています。自ら興味関心のある活動を通じ、多くの出会いと豊かな成長が期待され、高校における部活動の意義は大きいと考えます。特に本校の場合は、普通科特進・総合クラス、芸術コース、電子機械科と多様な教育課程で学ぶ生徒たちがこの部活動で知り合い、「チーム御船」としてまとまっていくのです。

 高校生の可能性は無限です。自分自身でもその可能性や適性がまだわかっていません。「一から教えるから、普通科の生徒にもロボット部やマイコンカー部に入ってほしい」と電子機械科の職員がエールを送ります。吹奏楽部は普通科、芸術コース、そして電子機械科と全ての教育課程の生徒が所属し、一つのハーモニーを創り上げており、本校の特色の「多様性」を象徴する部活動と言えるでしょう。部活動によって、クラスや学科・コースの枠を超えた交流ができ、異なる個性を認め合う共生の学び舎が築かれていると思います。

 近年、書道、美術、吹奏楽、写真等の文化系部活動が県内トップクラスの活躍を見せています。一方、体育系部活動は加入率がやや減少していることが気になります。今年度、男女バレー部には本校同窓生で高い専門性を有した部活動指導員の方を配置することができました。他の部でも顧問が交代し、新たに出発するところもあります。そして、何よりも、三か月の間、好きなスポーツができなかった時間をエネルギーに変え、生徒の皆さんが躍動してくれることを信じています。

 春のセンバツ、夏の甲子園大会中止は高校教育関係者に衝撃を与えました。しかし、熊本県高校野球連盟は県独自の夏の大会開催を決定しました。また、春のセンバツに出場が決まっていた学校のために、8月に甲子園球場で代替の交流試合を開催すると日本高校野球連盟が昨日発表しました。

 高校生の部活動にようやく明るい兆しが見え始めました。他の競技、そして文化系部活動にも広がるよう心から願っています。

 

「前に進む強い意志」 ~ 生徒会長からのメッセージ

 6月8日(月)、朝8時半から今年度最初の生徒会主催の全校朝礼が行われました。昨年度までは、全校生徒が体育館に集合し、生徒会長の挨拶、生徒会からの連絡、そして校歌斉唱という順序で全校朝礼が実施されました。しかし、新型コロナウイルスウイルス対策を踏まえ、今年度最初の全校朝礼は校内放送で行われ、全校生徒は各教室で聴きました。

 生徒会長の田中さん(電子機械科3年)の全校生徒へのメッセージは、私たちの心に深く届きました。「賑やかになりつつある御船高校に喜びを感じます。」と田中さんは切り出した後、高校総体、高校総文祭、夏の甲子園大会など部活動の集大成の場がなくなったことへのやり場のない憤りや悔しい気持ちを語ります。田中さん自身、1年次から目標としてきたモノづくりコンテスト及び技能検定試験が中止になったことで目標を失い、喪失感でいっぱいになったと率直に自分の心情を述べました。しかし、田中さんは、自分自身がそれほど悔しい気持ちになったということは、それだけ「努力をしてきたということ」、目標に向かっての「強い意志があったこと」に気づいたと言うのです。

 田中さんは、同級生である3年生に呼びかけます。「今までの努力を捨てるのではなく、これまでの強い意志を次に託しませんか」、「前を向いて、かっこよく前に進みましょう。」と。きっとこの言葉は、3年生を励ましたことと思います。後輩の2年生に対しては、「先輩を追い抜くぐらい頑張ってください。」とエールを送り、これから高校生活が始まる1年生には「新しいことに挑戦」することを望みました。

 最後に、新型コロナウイルスの脅威が収束していない状況に触れ、「自分自身へ問いかけながら、今の行動が正しいのかをよく考え、自分のためみんなのために体調に気をつけて過ごしましょう。」と締めくくりました。簡潔で、気持ちのこもった生徒会長からのメッセージでした。聴いた生徒の皆さん一人ひとりが受け止め、これからの学校生活に活かしてくれるものと期待します。強い意志で前へ進もうという生徒会長のメッセージで一週間が始まったことは御船高校にとって大きな意義があると思います。

 学校再開という希望に支えられ、生徒のみなさんと私たち教職員は長い休校期間を過ごしてきました。漸く学校は再開されました。しかしながら、失ったものは大きく、今後も様々な制約があり、以前のような学校生活は戻ってきません。けれども、前へ進む強い意志があれば、私たちの学校、御船高校の新しい航海の前途は洋々と思っています。

 

全国高等学校ロボット競技大会中止の報に接して

 10月24日(土)~25日(日)に大分市で開催予定だった第28回全国高等学校ロボット競技大会の中止が発表されました。新型コロナウイルス感染防止の観点から、県を超えた人の移動を避けるため中止の判断に至ったようです。「とうとうロボット大会までもか」と暗然とした気持ちになりました。中止決定を知らせてくれた電子機械科の職員も肩を落としていました。

 御船高校は、これまで全国高等学校ロボット競技大会において通算9度の優勝を果たしており、高校ロボット競技の世界では広く知られています。このことは電子機械科の職員と生徒たちの弛(たゆ)みない努力の成果と思います。昨年の第27回全国高等学校ロボット競技大会(新潟県長岡市)では10度目の優勝に挑みましたが、決勝トーナメント1回戦敗退という大変厳しい結果に終わりました。敗退が決まった瞬間、ある生徒は両手で頭を抱えて天を仰ぎ、ある生徒はフロアにしゃがみ込んでいた姿が今も目に焼き付いています。

 昨年の1回戦敗退直後から、御船高校マイコン制御部ロボット班の生徒たちはV奪還を目指し、部活動に取り組んできました。新型コロナウイルス感染拡大に伴う長期の臨時休校期間も、秋の全国大会は実施されると生徒たちは信じていました。5月中旬の登校日に部長の緒方君(3年)に会った時、「自宅でもロボット競技のことばかり考えています」と明るい表情で話してくれました。しかしながら、彼らの活動の集大成の場は失われたのです。全国高校総体、全国高校総合文化祭、夏の甲子園大会をはじめ各種の大会や重要な検定試験等がのきなみ中止となっています。

 「このまま終わらせるのは、あまりにも生徒が可哀そうです。」と今日も電子機械科のある職員が私のところに来て、無念の思いを訴えました。この思いはすべての部活動の顧問、いやすべての高校教職員共通のものでしょう。

 本校では部活動は6月8日(月)から一斉に再開する予定ですが、まだ、新入生は部活動への入部手続きも終わっていません。御船高校電子機械科でロボットを作りたい、操作したいとの熱い志望動機で入学してくれた生徒が今年も幾人もいます。彼らのためにも、2年余り取り組んできた3年生の最後の出番を設けてやることができないか、考えなければなりません。

 学校とは、生徒たちが安心して生活できる居場所と輝く出番がある世界のはずです。本校独自で、または地域の学校のネットワークでもって、3年生の最後の出番を創り出していかなければと強く思います。

 

水の恵みの手洗いやうがい

   「手洗い励行」の標語ポスターが小学校・中学校の手洗い場には必ず掲示されています。学校生活では、事あるごとに手洗いを励行しています。私の小学校時代もそうでした。神社に参拝するとき、手を洗い清める作法が定着しているように私たち日本人には手を洗うことは基本的生活習慣となっています。

   さて、新型コロナウイルス感染対策に伴う「新しい生活様式」では、「こまめに手を洗うこと」が筆頭に挙げられています。ウイルスは手に感染し、手を口に持っていくことから体内に侵入するのが一般的だそうです。従って、先ず手洗いをすることが感染対策の基本となります。たとえ消毒液を使わなくても、30秒ほど水で丁寧に洗うだけで効果は大きいと言われています。

   私たちにとって手洗いやうがいは当たり前の行動で、習慣化しています。しかし、世界にはこれが簡単にできない国、地域が多く存在するのです。国連によると、安全な飲料水サービスを受けられない人が21憶人、不衛生な水の生活環境で暮らす人が45憶人もいるとのことです。21世紀世界の最大の資源問題は水不足だと言われています。20世紀後半からの世界の急激な人口増加に水の供給量が追いついていないのです。水は日々の暮らしだけでなく、農業や工業等でも重要です。水は、健康、環境、経済と多くの社会要因と密接に関わっています。水不足が解決されなければ持続可能な社会は成り立ちません。

   このような世界の水問題事情から考えると、日常、飲料水で手洗いやうがいが存分にできる私たちはなんと恵まれているのでしょうか。この水の恩恵は、わが国の自然環境だけでなく、井戸を掘り、水の涵養林を植え、上水道を整備してきた先人たちのお蔭にほかなりません。近年はシャワーや入浴など日本人の生活上の水の無駄遣いが問題になっています。あらためて、限りある「命の水」に対して、私たちは謙虚な気持ちになりたいと思います。

   新型コロナウイルス感染の脅威は依然続いています。しかし欧米諸国と比較すると、わが国の感染者数はいまだ桁(けた)違いに少ない状況にあります。都市や地域を封鎖するような強硬手段を取ったわけでなく、PCR検査数も少ない日本がどうしてウイルス感染者数を抑制できているのか、欧米のメディアでは不思議だと報道しています。ひょっとしたら、その理由は豊潤な水の恵みによって手洗いやうがいが習慣化した日本人の生活文化かもしれません。

   生徒の皆さん、手をこまめに洗いましょう。これから夏に向かいます。手を洗うことは涼しく気持ちよい行為です。一日に幾度も洗いましょう。

                 分散登校風景

 

「夏のマスク」 ~ 新しい生活様式の始まり

   御船高校では5月25日(月)から分散登校による授業を始めています。生徒の皆さんの様子からは休校前とあまり変わらない印象を受けます。しかし、休校前と現在で、外見上はっきり異なっている点が一つあります。それは全員がマスクを着用していることです。

   例年、季節性インフルエンザ予防のため、冬にマスク姿が増えるのは学校の常です。しかし、今は初夏です。来週から6月です。日中は25度を超える夏日が続き、30度を超える真夏日も珍しくありません。熊本の夏は長く、蒸し暑いのが特徴です。マスクは冬の季語だそうですが、「夏のマスク」が今年のわが国の状況を象徴していると思います。

   三か月に及ぶ長期休校という長いトンネルをようやく私たちは抜け出ることができました。出口の光を目指して行動自粛の生活を耐えてきたのですが、トンネルに入る前と同じ光景はありません。新型コロナウイルスの感染予防の「新しい生活様式」が厚生労働省から公表されました。トンネルを出ても、私たちはすぐには元の生活に戻れないことを自覚する必要があります。

   しかしながら、「新しい生活様式」とは決して難しいものではありません。コロナウイルスは人間に寄生することで存在し、人間を介して伝染していきます。そしてウイルスは肉眼では見えないために、とてもやっかいです。前回の「校長室からの風」で言及したように「想像力」が一層求められるのです。

   見えなくても、そこにウイルスがあると考え、人の密集の場を避け、他者と適切な距離を設けた日常生活を送ることです。そしてマスクの着用です。電子顕微鏡でようやく見ることができるコロナウイルスを、市販のマスクでは防げないという意見があります。けれども、マスクは咳やくしゃみなどの飛沫の拡散を防ぐことに大きな効果があり、最低限のエチケットとしてマスク着用は守らなければならないと思います。蒸し暑いからマスクを外してもいいだろうという自分勝手な行動は許されません。社会の安心というものは、一人ひとりが参加しない限り守れないのです。

   夏の暑さに対応したクールなマスクも市場に現れています。素敵なマスク姿の「マスク美人」も増えてくるかもしれません。マスクと共にこの夏を過ごしましょう。マスクが不要になった日こそ、コロナウイルス終息の時でしょう。

   最後に、進化論を唱えた生物学者のダーウィンの言葉を掲げます。

「強い生物が生き残るのではない。この世に生き残る生物は、変化にいち早く対応できたものである。」

 

               校庭のバラ園と登校してきた生徒(2年生)

「他者への想像力」が感染を防ぐ

   5月25日(月)から御船高校では授業再開となりました。クラスの出席番号で奇数と偶数で生徒を二分し、奇数組が午前3時間授業を受けた後、午後に偶数組が登校し3時間授業を受ける分散型授業です。2週続けて同じ授業を行い、来週は午前と午後の生徒を入れ替えて、2週間で1週間分の授業を受け終える仕組みです。新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言は解除されましたが、密集した集団生活を避けるためと、長期休業の生徒の心身への影響を考慮し、学校生活への慣らし期間と位置付けています。

 再開された学校生活で気持ちが高ぶっているかもしれない生徒の皆さんに対して求めたいことが、「他者への想像力」です。この言葉は、わが国のウイルス感染症研究の第一人者である押谷仁(おしたにひとし)先生が著書で述べられているものです。

   押谷先生は、現在、厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班のリーダーとして陣頭指揮をとられ、感染拡大防止のために不眠不休の努力を続けておられる方です。この押谷先生の著書『パンデミックとたたかう』(作家の瀬名秀明氏との対談形式、岩波新書、2009年11月刊行)が本校図書室にあることを知り、先週読みました。現在のわが国の状況を示しているかのようなタイトルですが、2009年から2010年にかけて世界的流行となった新型インフルエンザ対応に関する押谷先生の見解がまとめられています。およそ10年前の本ですが、今日の事態を予想した警告の書となっています。

   ウイルスは肉眼では見えません。そして、新型インフルエンザも今回の新型コロナウイルスでも若い世代は重症化しない傾向にあります。しかし、だからこそ、「自分だけ感染しなければ良い」、「もし感染しても自分は軽症ですむから心配いらない」のような利己的な考え方はとても危険だと押谷先生は言われます。あなたは感染しても無症状かもしれないが、あなたを介して、妊婦さんや基礎疾患のあるお年寄りにウイルスが広がっていくかもしれないと「感染鎖」の恐怖を強調されます。人は、世界はつながっているのだという「他者への想像力」が重要だと繰り返されるのです。

   2009年の新型インフルエンザは関西の高校では臨時休校の措置がとられましたが、全国的には日常生活が維持でき、私自身も認識が弱かったと思います。しかし、押谷先生はすでにあの時、今日の事態を見据えておられたことになります。新型コロナウイルスの新規感染者は、全国的に大幅に減少し熊本県ではここ2週間発生していませんが、ウイルスは消滅したわけではありません。

  「他者への想像力」を持つことで、自分と他者、そして社会も守りましょう。

                分散登校する生徒たちの様子

新しい目標に向かって ~ 今、大人ができること

 「夏の甲子園」こと全国高校野球選手権大会が中止と決まった翌日、本校では3年生の登校日でした。野球部3年生と顧問職員とでミーティングが開かれました。今後、甲子園大会予選に代わる県大会がもし行われればどうするかという点で、部員の気持ちが分かれたそうです。試合の機会があれば挑戦したいという者と、代替大会には出なくてよいという者に二分されたと聞きました。自然な反応だと思います。約3か月、部活動は停止され練習をしていません。あまりに野球から遠ざかった時間が長くなりました。練習の成果を発揮する最後の機会が失われるという理不尽な事態に直面し、やり場のない悔しさ、憤りがある一方、あきらめ、無力感にとらわれるのも当然と思います。

 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、「甲子園」だけでなく高校総体や高校総合文化祭など高校生の部活動にとって大きな目標がすべて失われました。「どうして自分たちの時にこんなことになるのか」という不条理なめぐりあわせに多くの高校生が激しく動揺したと思われます。実は、8月に高知県で開催予定だった全国高校総合文化祭に出場が決まっていた生徒が本校にいます。書道部の3年生、写真部の2年生の生徒です。中止が決まって以来、まだ私は彼らに言葉を掛けられずにいます。ありきたりの励ましの言葉では彼らの胸に響かないことがわかっているからです。部活動を通じて信頼関係が築かれているそれぞれの部の顧問教諭が寄り添い、支えてくれています。

 また、工業系の生徒にとって目標の「県ものづくりコンテスト」(例年6月実施)も中止となりました。昨年、旋盤加工部門に2年生で出場し3位入賞した田中さんは、最終学年の今年は優勝を狙っており、九州大会そして全国大会出場を目指していました。彼女の普段の練習場所の電子機械科実習棟の壁には、彼女が作成した「優勝への工程表」が貼られていました。大会中止が決まり、さぞ落胆しているだろう、気落ちしているだろうと心配しました。

 ところが、3年生登校日の午後、実習棟のいつもの旋盤機械の所で作業する田中さんの姿がありました。引き締まった表情で、集中して旋盤機械を動かしています。話を聴くと、電子機械科の先生の勧めで、来月予定の技能検定に挑戦することを決め、その実技試験に向け準備を始めたとのことでした。

 大きな目標が失われ、当初はきっと失意の時を過ごしたと思います。しかし、彼女は絶望しませんでした。職員の励ましと助言を受け、次の目標に向かって動き出したのです。

 新しい目標を生徒と一緒になって考え見つけること、その目標に向かって全力で取り組める環境を用意すること、これが私たち大人のできることだと思います。

 

「夏の甲子園」中止の報に接して

 「夏の甲子園」こと全国高校野球選手権大会が中止と決まりました。「春のセンバツ」、「全国高校総体」、「全国高校総合文化祭」に続き、ついに「夏の甲子園」も中止となりました。厳しい事態が予想されていたとは言え、主催者の正式な中止決定の発表に接し、高校教育関係者の一人として無念の思いに包まれます。そして、甲子園という憧れの舞台を目指し練習に打ち込んできた全国の高校球児をはじめ、情熱を注いで指導されてきた監督やコーチの皆さん、さらには選手たちを応援されてきた保護者や地域住民の方々の気持ちを想像するとまことにつらいものがあります。

 前任の多良木高校野球部のことを思い出します。閉校の定めながら、果敢に挑む多良木高校野球部は、地元の球磨郡はもとより広く県内の高校野球ファンの応援を受け、グラウンドと観客席が一体となって戦う試合は、高校野球の原点のような光景でした。あのエネルギーも、「夏の甲子園」という大きな目標があったからこそ生まれたものだと思います。

 昨日、本校の野球部監督を務める教諭と話をしました。「夏の大会中止が決まったら、まずキャプテン(主将)に何と言おうか、今考えています」と沈んだ声で監督としての胸中を語ってくれました。3月からおよそ三か月間、臨時休校に伴い部活動も停止されており、御船高校野球場は無人の日々が続いています。しかしながら、監督や部長たちは練習再開に向け、登校できない生徒たちに代わってグラウンド整備に取り組んでいました。その姿を目にするたび、球音響く練習が再開され、3年生にとって最後の「夏の大会」だけは開催されてほしいと願っていました。その望みが絶たれたのです。

 5月は新型コロナウイルスの新規感染者が減少し、最近は九州では感染者ゼロの日が続いています。しかし、感染者や亡くなった方の数が連日発表されるという「非日常」の生活が長く続くことで、これが「日常」となり、私たちの感覚が麻痺するのかもしれません。感染者が減少したとは言え、まだ「平穏な日常生活」は戻っていないのです。「夏の甲子園」中止の知らせは、未だ社会が「緊急事態」のただ中にあることを痛感させられました。

 「夏の甲子園」はこれまで米騒動による社会の混乱で1918年(大正7年)、日中戦争及び太平洋戦争の戦時下の1941年(昭和16年)~1945年(昭和20年)の二度の中止、中断があります。そして2020年(令和2年)、新型コロナウイルス感染症拡大による三度目の中止です。

 歴史的な感染症大流行(パンデミック)の渦中に私たちはいるのです。

               無人の御船高校の野球グラウンド風景

宮本武蔵とアメリカ人青年

   御船高校のALT(外国語指導助手)のアメリカ人Matthew(マシュー)先生は、新型コロナウイルス感染拡大に伴う臨時休校期間、英語教諭と協力して積極的に動画教材の作成と発信に努められています。「Teach Matthew  about  Japan」(日本のことをマシューに教えて)のタイトルで、マシュー先生が気になることを課題として示し、そのことについて生徒が英語で作文して提出するオンラインの遠隔授業です。私は毎回楽しみに視聴しています。

   マシュー先生の課題は「花見」、「鯉のぼり」、「アマビエ」、「宮本武蔵」、「河童(かっぱ)」、「御船町の恐竜化石」と続いています。この中で、「宮本武蔵」という課題が出たことに私は驚きました。そこで、「マシュー先生、あなたはどうして宮本武蔵を知っているのですか?」と尋ねました。すると、この23歳のアメリカ人青年の武蔵への関心は並々ならぬものであることがわかったのです。

   彼はアメリカの大学で日本学の講座を受講し、そこで日本への興味、関心が喚起されました。そして、担当の教授から「語学指導を行う外国青年招致事業」(JETプログラム)のことを紹介され、ALTとして来日したのです。宮本武蔵については、この日本学の担当教授から教えてもらったということです。

   武蔵が兵法の極意をまとめた「五輪の書」(「Book of Five Rings」と英語では言うそうです)についてもよく知っており、五輪が、地・水・火・風・空を意味することも理解していました。さらには、武蔵が「五輪の書」を著した岩洞の霊巌洞(れいがんどう 熊本市西区松尾町)も訪ねていました。熊本は、宮本武蔵(1584年~1645年)が晩年を過ごし、亡くなった地であり、墓も二か所残されています。マシュー先生にとっては日本での初めての勤務場所が宮本武蔵ゆかりの地だったことになります。

   「宮本武蔵は剣豪というだけでなく、芸術家としても名高い」という一文が、マシュー先生の添削した宮本武蔵の説明文にあります。江戸時代初期に武蔵は没しましたが、「五輪書」をはじめとする数々の優れた書画や武具、そして何よりその孤高の道が今日まで伝わっています。現代の宮本武蔵像は、昭和初期の吉川英治の小説「宮本武蔵」に拠るところが大きく、虚実が混同されている面が多いと言われます。しかし、熊本には県立美術館や島田美術館等に武蔵が遺した本物の書画、武具等が伝わり、その精神も受け継がれていると思います。

   宮本武蔵の真価である文武両道をマシュー先生は深く理解しています。

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キーワードは「ゆっくり」 ~ 動画教材「美術課題チャンネル」の魅力

   生徒の皆さんは、YouTube(グーグルが提供する動画共有サービス)に登録されている動画教材「美術課題ちゃんねる」を視聴しましたか? まだの人は、一度ぜひアクセスしてみてください。芸術コース美術専攻の人たちはすでに美術の先生方から紹介されていますが、芸術科目の美術選択者の人にもお勧めです。この「美術課題ちゃんねる」は、実は御船高校美術科の田畑教諭が中心になって製作し、アップロード(公開)されているものです。すなわち、御船高校発信の動画教材であり、本校だけでなく県内はもとより美術を学ぶ高校生に広く提供し、好評を得て、アクセス数が伸びています。

   動画教材「美術課題ちゃんねる」は、5月15日(金)段階で11本の動画が配信されています。時間は短いもので4~5分、長くても8~9分と手頃です。しかし、その内容は充実しており、美術教諭の熟練の技巧とわかりやすい解説が動画にまとまられています。そして、この動画教材の最も秀でたところは、ユニークな二人のキャラクターが登場し、ユーモラスな対話を通じて視聴者を学習に誘う導入場面でしょう。「ゆっくり霊夢(れいむ)さん」が毎回学ぶことの大切さを話し、「ゆっくり魔理沙(まりさ)さん」が絵への苦手意識や面倒くささを訴えるという問答が冒頭に約1分行われます。対話の最後に二人のキャラクターが「ゆっくりしていってね」と声を掛け、学習の本編が始まるのです。キーワードは「ゆっくり」なのです。

 5月1日に配信が始まって以降、私は欠かさずアクセスしていますが、この中で最もアクセス数の多い「手のデッサン」(9分13秒)には特に引き付けられました。田畑教諭が自らの左手を、右手で鉛筆デッサンしていく過程が2倍速動画で紹介されています。しかも、ポイントでは助言の字幕が流れ、実にわかりやすくデッサン技法が伝えられているのです。自宅にいても生徒の皆さんはこの動画教材を繰り返し視聴し、自分で練習することができます。

 導入部分で「ゆっくり」のリラックスした雰囲気をつくり、本編ではプロの技巧をわかりやすく伝えるという動画教材「美術課題ちゃんねる」は、「面白くてためになる」という理想の授業をオンラインで創りあげています。

 動画教材は、生徒の皆さんのペースで学習できます。わからないところでは動画を止める、繰り返すことで理解を深めるなど自由な学習ができます。御船高校のホームページに登録されている動画教材は70本を超えました。また、YouTube上には高校生向けの数多くの教育動画が次々と現れています。

   学ぶ意欲さえあれば、インターネット世界に教材は無限にあると思います。

 

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デジタル世代に追いつくチャンス ~ オンライン学習支援に取り組んで

    御船高校のホームページにはすでに50本を超える動画教材が用意されています。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、臨時休校が長期化する中、4月中旬から職員が本格的に取り組み、ほぼ一か月で驚くほど増えました。時間は短いもので数分間、長いものでも20分ほどで、内容は、職員自ら出演して授業を行うタイプから、音声と文字で伝えるものなど多様です。しかし、いずれも職員の手作り感があり、在宅の生徒の皆さんに対して、勉強を教えたいという教育的愛情が込められています。

 動画教材を受け身で視聴するだけでなく、生徒の皆さんと教職員は双方向につながっています。例えば、英作文の動画教材では、生徒の皆さんから英作文の回答例をメール機能で送ることができ、それに対し教職員から添削も可能となっています。また、従来の問題集やプリント等の紙媒体による学習課題と併せて動画教材を活用することで学習は発展していきます。

 もちろん課題はあります。生徒の皆さんのオンライン端末機器はそれぞれ異なっており、スマートホンのような小さな画面では見づらいとの声があります。また、各県立学校で一斉にインターネットを利用してのオンライン学習支援を始めたため、県のサーバー(コンピュータのネットワーク管理機能)の容量の関係で、学校のホームページにアクセスできにくい状況も出ています。大手予備校が行っているようなライブ授業配信にはほど遠い段階です。

 しかし、学校に来たくても来れない生徒の皆さんと学校との距離感を埋めるには、やはりこのようなインターネット回線を生かしたICT(Information Communication Technology 情報通信技術)が不可欠です。教育のICT化は喫緊の課題と近年言われてきました。御船高校でも授業のICT化をテーマに昨年度は授業改善に取り組みました。新型コロナウイルス感染症蔓延の非常事態を迎え、改めて私たち教職員は教育のICT化の必要性と可能性を痛感しました。行動自粛の生活が続いても、ICTで人はつながり、孤立はしません。自宅で生活していても、世界中の情報がリアルタイムで届きます。ICTは、今や人々を結びつけ、連帯させる大切な生活必需道具とも言えるでしょう。

 生徒の皆さんは生まれた時から、インターネット環境に囲まれた生活をしてきた、いわゆるデジタル世代です。私をはじめ教職員の多くはアナログ世代です。私自身も今回初めてテレビ会議システムを活用し会議に参加する経験をしました。動画教材を初めて作成した教職員も多くいます。

    このたびの非常事態によって、ようやく私たち大人がデジタル世代の生徒の皆さんに追いついてきたと言えるかもしれません。

 

未来を待とう ~ 新緑の中の登校日

   風薫る五月。御船高校前庭の「天神の森」は新緑がまぶしいほど輝いています。

 「外出自粛」の異例の大型連休が明け、5月7日(木)の午後に1年生、8日(金)の午前に2年生、午後に3年生の分散登校を実施しました。半月ぶりの登校日です。欠席はほとんどなく、どの生徒も笑顔でした。その様子から学校再開を待ち続けていることが伝わってきました。私たち教職員も思いは同じです。教室や昇降口、前庭等を多くの職員が自発的に掃除し、整えて、生徒の登校を待ちました。

   無事に登校日を終え、生徒の皆さんが一人ひとり健康の保持に留意していることを知りました。そして改めて、休校が長期化していることに対し、申し訳のない気持ちになりました。行動が制限され自宅中心の生活を通じて、生徒の皆さんはどんなことを考えているのだろうと案じます。誰もが経験したことのない未知のウイルス感染症によるパンデミック(世界的大流行)で、わが国だけでなく世界中の状況が一変しました。肉眼では見えない微小なウイルス感染で瞬く間に日常の光景が一変し、非常事態に陥った未曽有の体験によって、生徒の皆さんの世界観は変わったのではないでしょうか?

   古来、自然災害や戦(いくさ)、飢饉などに襲われ、先人たちの人生観や価値観は大きく揺らぎ、変化してきました。そのことを生徒の皆さんは歴史や古典の授業で学んできたと思います。そのような大事変に今、現代の私たちが遭遇していることになるのです。

   不自由な生活を強いられ、若い皆さんにとっては我慢の限界かもしれません。高校総体や高校総合文化祭も中止となり、失意に覆われているかもしれません。しかし、毎日を健康に生きることこそ、今、切実に求められていることです。「今を生きる」ことが「未来」につながります。あなたは、あなたの「未来」を見たくありませんか? 長いトンネルの先に出口が見えてきたようです。その出口の光の先に一人ひとりの未来が広がっています。

   今回の登校日で、各教科から新たな学習課題が大量に出されたことに生徒たちが驚いていたとの担任の話を聞き、微笑ましい気持ちになりました。御船高校のホームページにはすでに30本以上の教材動画も載せられています。オンライン学習を通じて生徒の皆さんを学校は支えます。職員手作りのウェブ教材には教育的愛情がこめられています。インターネットを介して学校と生徒の皆さんはつながっています。先人たちが持っていなかった情報通信技術(ICT)で孤独感を防ぎ、連帯して、学校再開を待ちましょう。

   希望をもって待つことが、未来を生み出します。

             新緑萌える「天神の森」(御船高校)

世界史と感染症 ~ 歴史から学ぶこと

 「流行性感冒(りゅうこうせいかんぼう)」という言葉を生徒の皆さんは聞いたことがありますか? 最近はほとんど耳にしなくなりましたが、昭和の前期頃までに書かれた小説ではよく目にします。流行性感冒とは「インフルエンザ」のことを指す言葉です。

 新型コロナウイルス感染拡大で非常事態が続くわが国において、かつてパンデミック(世界的大流行)となった「スペイン風邪」のことがよく顧みられるようになりました。「スペイン風邪」と呼ばれますが、「風邪」ではなく、その正体は感染力の強い「インフルエンザ」(流行性感冒)でした。およそ100年前、この強力なインフルエンザウイルスは第一次世界大戦(1914~1918)の戦場のヨーロッパで、軍隊の移動に伴い兵士を介して感染が拡大し、世界に蔓延しました。ウイルスは日本にも飛び火しました。熊本県でも大正7年(1918年)10月から11月に感染拡大が見られ、「近頃流行の感冒は、学校、軍隊等に特に猛威を振るっている」(『新聞に見る 世相くまもと 明治・大正編』)との新聞記事を見出すことができます。小、中学校の多くが休校になったこともわかっています。

 「スペイン風邪」では、全世界で4000万人の犠牲者が出たと推定されています(WHOによる)。また、わが国でも38万人が亡くなったとの記録が残ります(内務省統計)。有効な抗生物質もワクチンもなかったことに加え、第一次世界大戦中のため各国が情報統制を敷き、対応が遅れたことで驚くべき多大な犠牲が生じたことになります。人類は一世紀前にウイルス感染の脅威を経験していたのです。

 「スペイン風邪」の時代に比べれば、医療や公衆衛生は比較にならないほど進歩しました。情報社会の今日、リアルタイムで世界各地の感染状況が報道され、豊富なデータが瞬時に集まります。しかし一方、急速な交通手段の発達やグローバル経済の進展によって、ウイルス感染の拡大のスピードも速まっています。

 世界史を振り返ると、人類の大移動や広範な交流によって幾度も感染症のパンデミックが起こったことがわかります。13~14世紀、モンゴル帝国がユーラシア大陸の大半を統合したことで、ペスト(黒死病)が大流行しました。15~17世紀の大航海時代、天然痘やコレラが世界中に蔓延しました。これらの苦難の歴史と、今回の新型コロナウイルス感染拡大はつながっていると思います。

 「不都合な事実」を私たちは見たくない傾向にありますが、人類にとって運命的なウイルスとの共存という事実を直視しなければなりません。歴史から謙虚に学ぶ必要があります。そして、これまで人類は滅亡せず、克服してきた歴史を拠り所として、現在の非常事態に我慢強く対処していきましょう。

 

県高校総体中止の報に接して

  「第48回熊本県高校総合体育大会(県高校総体)」の中止が決まりました。とうとうここまで来たかという思いです。今月23日(土)から先行競技が始まり、29日(金)の総合開会式(熊本市総合運動公園)を経て6月3日(水)まで続く予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大の終息が見通せず、選手及び関係者の安全が確保できないことから主催者は苦渋の決断を下したようです。先に全国高校総体(インターハイ)の中止が決まっており、覚悟はしていましたが、改めて正式に中止が決まると重苦しい気持ちになります。

    高校入学以来2年余り部活動に取り組み、練習を重ねてきた3年生にとって、大きな目標が消え去ったことになります。生徒の中には中学校、いや小学校から一途に競技に熱中してきた者も少なくありません。その集大成の場が失われたのです。県高校総体中止の報に接し、生徒達、そして指導者の落胆、失意はいかばかりかと思います。それぞれの競技に青春をかけてきた生徒は、目指してきたゴールがなくなり、放心状態になっても不思議ではないでしょう。

   4年前の熊本地震の時のことを思い出します。あの時は会場の県立劇場に大きな被害が出たため県高校総合文化祭は中止となりました。しかし、県高校総体は、被害が甚大な熊本市や上益城、阿蘇地域を避け、県内各地で分散して各競技が開催されました。若人の躍動する姿は、県民の皆さんへの励ましとなり、スポーツの力を実感したものでした。「熊本地震の時でさえ県高校総体は行われたのだから」という思いが私たち高校関係者にはあったと思います。しかし、今の私たちが直面している事態は経験したことがない未曽有の感染症パンデミック(世界的流行)なのです。

 生活全般の自粛が続き、最もエネルギーある世代の高校生の皆さんが思うように行動できない苦しさは大人の私たちが想像する以上でしょう。これからの人生が遥かに長い、その一時期の忍耐だと言っても、生徒の皆さんにはあまり響かないでしょう。今の現実の重さの方が、見えない将来より勝っているからです。見えないことを考えることは難しいものです。

 高校総合文化祭、高校総体と次々に重要な教育行事が中止となり、私たちも無力感を覚える日々です。しかし、この瞬間も感染症拡大防止の最前線で働いておられる医療従事者や保健所職員の方達がおられます。ある感染症内科医の言葉を生徒の皆さんと共有したいと思います。

  「勇気とは、恐怖におののきながら、それでも歯を食いしばってリスクと対峙(たいじ)する態度だ」。

 感染リスクの恐怖と闘いながら、己の使命を果たそうと不眠不休で医療に当たっておられる人がいることを私たちは忘れてはいけないと思います。

 

県高校総合文化祭のポスター

  「第32回 熊本県高等学校総合文化祭」のポスターが校長室のホワイトボードに貼られています。縦70cm、横50cmのサイズで、標語「文化の塩基配列に終止コドンはない」の黒い文字と共に、カラフルなデザイン画が描かれています。書や絵の筆を握る手、ピアノの鍵盤を弾く手がクローズアップされる一方、百人一首の絵札や将棋の駒、さらには標語と関連した生物学の塩基配列A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の記号も描かれ、混然とした文化のカオス(多様性)が表現されています。このデザイン画の作者は御船高校3年芸術コース美術専攻の宮守さんです。

 県高校総合文化祭のポスターデザイン画に選ばれることは至難の業です。宮守さんはスマートホンのアプリを活用し、スマホの画面で下絵を作成して創り上げ、多数の応募者の中から選ばれたのでした。高校をはじめ県内の公共施設等にポスターが掲示され、県高校総合文化祭が周知されることで、宮守さんにとっては自分の作品が多くの人の眼に触れる喜びは大きかったと思います。

 しかし、5月28日(木)から30日(土)に熊本県立劇場をメイン会場に予定されていた「第32回 熊本県高等学校総合文化祭」は新型コロナウイルス感染症拡大予防のため、先週、中止が決まりました。年に一度の高校生の文化の祭典がなくなることは深刻な影響を与えます。日頃、地道に文化活動に取り組んできた生徒たちの発表の場が失われ、目標が消えてしまったのです。本校からも書道、美術、音楽、写真、茶道、華道などの文化部が参加する予定でした。特に3年生にとっては高校生活の区切りの舞台だったはずです。その思いを想像すると胸が痛みます。

   公共施設に貼られたポスターの撤去が始まりました。本来なら、5月29日(金)午後の総合開会式(県立劇場)において、デザイン画を描いた宮守さんは千人を超える観衆の前で表彰を受ける予定でしたが、幻の県高校総合文化祭となってしまったのです。しかし、御船高校ではこのポスターを教室はじめ各所に当面の間そのまま掲示しておこうと考えています。

    新型コロナウイルス感染症の蔓延によって、学校教育の場においても不条理なことが次々と起こっています。全国高校総体(インターハイ)が中止という衝撃的なニュースが今週届きました。県高校総体の開催も危うくなりました。

    大人になってからの一年と、高校生、特に3年生の一年はその意味合いが異なると思います。大人になるためのかけがえのない階段が失われると言ったら大袈裟でしょうか?

 県総文祭は幻に終わっても、宮守さんはじめ文化活動に取り組んできた生徒の皆さんの努力は消えません。その活動の軌跡こそが皆さんの青春なのです。