校長室からの風

「教師は授業で勝負する」 ~ 御船高校「授業のユニバーサルデザイン化」

 「教師は、授業で勝負してください!」

 昭和62年4月、熊本県公立高等学校教員に採用されての全体初任者研修において、時の県教育委員長の安永蕗子先生(1920~2012)が初任者の私達に語りかけられた言葉です。安永先生は歌人として名高く、後に宮中歌会始の選者をお務めになった方です。そのお言葉は鋭敏にして厳格で、凛とした響きで私の胸に迫り、33年経った今日も鮮やかです。その時、漠然とですが、「これから私は、教えるということを学び続けなければならないのだ」と覚悟した記憶があります。

 近年、高等学校の授業改革が喫緊の課題となっています。御船高校においても、昨年度から学校挙げて「授業のユニバーサルデザイン化」に取り組んでいます。生徒全員が参加する「わかる」「できる」授業づくりです。特に今年度はICT(情報通信技術)の積極的導入をテーマに掲げています。先週から今週にかけ研究授業公開期間ですが、昨日10月29日(火)はその集中日と位置づけ、チャレンジディーと名付けました。電子機械科が四つ、そして普通科が国語、数学、理科(生物)、地歴(世界史)の四つの研究授業を公開しました。

 授業の指導助言者に県教育委員会特別支援教育課、県立教育センター、そして県立高校のスーパーティーチャー(指導教諭)をお迎えし、御船町の本田教育長、御船小学校の中野校長はじめ校外から幾人もの参観者がお見えになりました。午後は生徒達を下校させ、教職員による分科会、全体会を行い、まさに全員で「教えることを学ぶ」一日となりました。全体会では、御船町教育委員会教育アドバイザーの吉見先生が豊富なスライド資料を駆使され、教師の視点ではなく「できるようになった」「わかるようになった」生徒の視点を重視した授業改革について具体的に解説されました。

 吉見先生は、この五年間、御船高校の授業を参観してこられました。年々、授業改善が見られ、生徒の学習姿勢や学習環境が落ち着いてきたと評価していただきました。しかし、「授業では間違っていい」という意識を生徒が持ち、お互いが認め合い、授業が教師と生徒との豊かなコミュニケーションの場になってほしいと要望されました。

 わかりやすい授業を追究して、書画カメラ、プロジェクター、パソコン、スクリーンなどICT(情報通信技術)を積極的に活用していますが、これらは小・中学校でも行われています。ICT(情報通信技術)は有効な道具ですが、わかりやすさよりも、生徒にわかりたいと思わせる事、即ち学習の動機付けが最も大切だと思います。御船高校のチャレンジは続きます。

 

全国高校ロボット競技大会に参加して

 決勝トーナメント1回戦での敗退が決まった瞬間、ある生徒は両手で頭を抱えて天を仰ぎ、ある生徒はフロアにしゃがみ込み、ある生徒は呆然と立ち尽くしました。勝敗が決まる時はいつも無情です。しかし、結果は受け入れなければなりません。審判の判定後、観客席に向かって「有り難うございました!」と朗朗と挨拶する姿は誠に潔いもので、私は胸を打たれました。

 第27回全国高等学校ロボット競技大会は、「集え、競え、次代を担う若き技術者たち!」のテーマのもと新潟県長岡市で10月26日(土)から27日(日)にかけて開催されました。会場は市庁舎も入る大型公共複合施設の「アオーレ長岡」のアリーナ(競技場)でした。御船高校は過去9回の全国制覇を誇り、高校ロボット競技の世界では知られた学校です。しかし、平成26年の宮城県大会を最後に優勝から遠ざかっており、今年こそV奪還を目指し、マイコン制御部ロボット班の生徒達と指導の職員は一体となり準備、練習に取り組んできました。そして、その成果を問うべく臨んだ大会だったのですが、厳しい結果となってしまいました。

 ロボット競技は、技術工作力をはじめ総合力が要求されるものです。規定条件下でロボットを製作し、3人一組のチームで制限時間3分内で用意されたコート上の課題をクリアしていきます。特に今回は、最後の難関として、新潟県の特別天然記念物「朱鷺(とき)」の飛来をイメージした課題があり、ロボットから輪を射出して所定のポール(棒)に入れなければなりません。大会に向けて、生徒達はロボットの調整、改良に努め、操作の練習を繰り返してきました。しかしながら、初日の公開練習時からロボット機器の不具合が発生し、不安定なまま競技に突入せざるをえませんでした。

 御船高校の生徒及び職員は最後まで努力し続けました。機器の不具合が判明し、長岡市内で材料を購入し、ホテルに帰ってから簡単なコースを廊下に設け、職員と生徒が調整作業に没頭しました。諦めないその姿勢を見ていたので、1回戦敗退が確定しても私は充実感のようなものに包まれていました。

 また、今回も「東京御船会」、「関西御船会」など多くの同窓生の皆様が遠路、長岡市の大会会場まで応援に駆けつけてくださいました。何と御礼を申し上げてよいかわからないほど感激しました。敗退が決まった後も、部長の上田君(3年)はじめ生徒達を温かく励ましてくださり、心より感謝申し上げます。

 全国大会に出場した2台のロボット「御船A天神」と「御船B龍鳳」は無念にも動きを止めてしまいましたが、これが新たな始まりです。不死鳥の如く、御船高校は次のロボットを創り出していきます。そして、来年の全国大会を目指します。前進あるのみです。

 

「動員学徒殉難の碑」慰霊祭での校長挨拶

 「本日、御船町副町長 野中眞治様、御船高校同窓会長 徳永明彦様、そして「天神きずなの会」の皆様をはじめ関係各位のご出席のもと、令和元年度の「動員学徒殉難の碑」慰霊祭を開催できますことは、本校にとって誠に意義深いものがあります。

 本年、4月をもって平成の世が終わりました。「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに安堵しています。」との天皇陛下(現 上皇陛下)のお言葉に多くの人が胸を打たれました。かつて我が国において戦争の時代がありました。

 昭和16年(1941年)に勃発した太平洋戦争の期間、学校も戦時体制に巻き込まれました。旧制の県立御船中学校の男子生徒たちは、学徒勤労動員として、昭和19年10月20日に学校を離れ、長崎県大村市にある海軍の工場へ赴きました。そして25日、アメリカ軍爆撃機B29の大編隊による空襲を受け、10人の生徒が亡くなりました。さらに翌年2月には、福岡の飛行機製作工場での過酷な労働の中、1人の生徒が病気で亡くなりました。

 戦後20年がたった昭和40年10月25日にかつての同級生の方達の発意で御船高校に動員学徒殉難の碑が建立されました。以来、毎年10月25日には、碑前において式典を執り行ってきています。

 時は流れても、忘れてはいけない歴史を伝えるためにこの「動員学徒殉難の碑」はあります。今日の式典には、全校生徒を代表し生徒会の生徒達が出席しております。志半ばで斃れた先輩達の魂に、後輩の皆さんは守られていることを知っておいてください。

 去る9月16日に、長年「天神きずなの会」のお世話役として御尽力されると共に本校華道部を御指導いただいた村上諫先生がお亡くなりになられました。今日、この場に村上先生のお姿が見られないことは、私どもにとって痛恨の極みです。しかしながら、きっと先生も空から見守っておられることと思います。

 本校は大正11年(1922年)に創立され、今年度で98年となります。大正、昭和、平成にわたって熱意ある教師の薫陶を受け、多くの人材が育ち、世に巣立っていきました。平成から令和へと時代は変わっても、「天神の森の学舎」は、可能性豊かな若者と情熱ある教師の出会いの場であり続けます。

 結びに、創立百周年に向けて、御船高校はさらなる飛躍を目指すことをこの碑前にてお誓い申し上げ、御挨拶といたします。」

令和元年10月25日

熊本県立御船高等学校 27代校長 粟谷雅之

 

 

絵のお医者さんがやってきた ~ 被災絵画の公開修復展

 「絵のお医者さんがやってきた ~ 岩井希久子・熊本地震被災作品公開修復展」が、10月26日(土)から11月4日(月)まで御船町恐竜博物館「交流ギャラリー」で開催されます。これに先だって内覧会が10月14日(月)に開かれ、見学してきました。

 「絵のお医者さん」とは絵画保存修復家のことを指し、我が国の第一人者である岩井希久子さんがいらっしゃいました。岩井さんは熊本県出身で、これまでゴッホ、モネ、セザンヌなど数々の名画の修復を手がけてこられました。そして、今回、岩井さんが修復に取り組まれるのは、旧制御船中学校(現 御船高校)出身の画家である田中憲一氏(1926~1994)の作品群です。

 田中画伯は、この「校長室からの風」で既に紹介した旧制御船中学校の伝説の美術教師、冨田至誠の教え子の一人です。中学校卒業後は絵の道ではない進路を目指していた田中氏でしたが、「田中、君の色彩(いろ)は良かったがね」との冨田先生の一言が重く心に響き、後に美術教師、画家となり、絵の道に傾斜していきました。そして、晩年は故郷御船町で「くまもとミフネ美術工芸倶楽部」を結成し、地域の文化活動発展に寄与されました。

 平成28年の熊本地震は、震源地(益城町)に隣接する御船町に大きな被害をもたらしました。すでに田中画伯は故人となっておられましたが、御船町滝川の田中画伯の旧アトリエは全壊し、そこにあった作品群は大きなダメージを受けました。そこで、「くまもとミフネ美術工芸倶楽部」の会員をはじめ有志の方達が一か月後に現場に駆けつけ、屋根の瓦をはぎ隙間をつくって作品を一点ずつ搬出されたのでした。このことは、田中憲一画伯がいかに地域の方々に慕われていたか、そしてその作品は地域のかけがえのない文化財と認識されていたかを示すものだと思います。その後、救出された絵画は、御船町の協力も得て筑波大学(芸術系)及び絵画保存修復家の岩井希久子さんの手によって修復が始められたのです。

 今回の「絵のお医者さんがやってきた ~ 岩井希久子・熊本地震被災作品公開修復展」は、田中憲一画伯の甦った絵が披露されると共に、岩井希久子さんによって実際に絵画が修復されている様子を会場で見学することができます。岩井さんに御挨拶したところ、「絵画に関心がある高校生の皆さんに見に来て欲しい」と私に言われました。誠に有り難い機会と思います。

 御船高校芸術コース美術・デザイン専攻では、10月30日に2年生、11月1日に1年生と3年生が授業の一環として展覧会を見学することにしました。岩井希久子さんのプロフェッショナルのお仕事ぶりに生徒達は感銘を受けることでしょう。

 

「未来の授業」に挑む ~ 人型ロボットのプログラミング

 「How are you?」「わーっ!」

 人型ロボットのペッパー君が英語を話すと、児童の歓声が起こりました。ペッパー君の傍らに立つ御船高校電子機械科3年の二人の生徒も笑顔です。

 10月15日(火)の午後、御船町立御船小学校の3年生を対象とした英語の授業を参観しました。ソフトバンクグループ(株)が開発した人型ロボットのペッパー君を御船町教育委員会が無償で借り、そのペッパー君に搭載するプログラムを御船高校電子機械科の生徒が作り、実際に小学校の英語の授業で用いてみる事業に今年度取り組んでいます。企業、町教育委員会、県立学校、そして町立小学校が協力して、それぞれの持ち味を発揮して、「未来の授業」を創ろうというプロジェクトです。

 町教育委員会からお話しがあった時、チャレンジングなプロジェクトだとは思いましたが、高校生の学習活動が地域社会貢献につながれば、「自分たちが学んでいることは社会に役に立つ」という有用感を生徒たちが覚えるに違いないと考え協力することにしました。電子機械科の3年生には「課題研究」(2単位)という科目があります。グループを作って、それぞれテーマを設定し1年間かけて研究するものです。今年度、一つのグループ(6人)が、ペッパー君のプログラミングを研究テーマに選び、担当の緒方教諭が指導することになりました。小学校の授業で、ペッパー君が基本的な英語を話すことができるようなプログラムを組んでいったのです。

 来年度(2020年度)から、全国の小学校では、プログラミング教育と英語教育が本格的に導入されます。御船小学校では、先駆けて今年度から実施することになり、その促進のため町教育委員会がソフトバンクグループ(株)から人型ロボットのペッパー君の貸与を受けました。そして、ペッパー君に搭載するソフト開発で御船高校電子機械科の出番となった次第です。

 教室に人型ロボットがやってきて、日本語、英語を話して子どもたちの授業を手伝うと言えば、「未来の授業」のイメージですが、今回はそのレベルまではいきませんでした。生徒達が作ったプログラミングでは、児童との対話はできません。ロボットが人と対話できるようになるにはAI(人工知能)が必要になりますが、それはまだ手が届きません。従って、決められた言葉を話す、そして若干の手振り、身振りができる段階にとまっています。しかも、ロボットが話すタイミングは、傍らの生徒がロボットにタッチして知らせる仕組みです。

 御船高校電子機械科の課題研究グループの生徒にとっては幾つもの「課題」が残った授業でした。しかし、「未来」はすぐそこまできています。

 「未来の授業」を創るのは間違いなく君たちなのです。

 

小・中・高・大の連携 ~ 御船町でしかできない教育

 「御船町の教育の特色は、小学校、中学校、高校、そして大学の連携です!」と藤木町長、本田教育長が日頃から声を大にして言われています。市を除く自治体で、小学校から大学(平成音楽大学)までそろっているのは熊本県内で御船町だけです。「小・中・高・大の連携」はこの地域の強みであり、魅力だと私も思っています。そして、その実践が重要だと考え、取り組んでいるところです。

 10月11日(金)、御船中学校において研究発表会が開かれました。研究主題は「『熊本の学び』による学力の向上」で、午前中は公開授業、午後は分科会、全体会が行われました。御船高校から御船中学校まで徒歩10分の近さです。この日は特別時間割を組み、できるだけ多くの教職員が参加できるよう配慮し、私も含め19人が御船中の研究発表会に参加しました。御船中を訪ねる度に感心することが、ノーチャイムで学校生活が行われている点です。授業の開始、終了等の合図のチャイムが一切鳴りません。生徒自らが「時間を守り、主体的に行動する」ことが日々の生活で養われていると思います。高校でもできないのか、思案中です。社会(3年生)、英語(1年生)、理科(3年生)の授業を参観しましたが、生徒に考えさせる時間を設け、話し合い活動を取り入れられるなど思考力、判断力を育成しようというねらいが伝わってきました。御船高校の教職員にとって、貴重な研修の機会になったと思います。

 また、10月15日(火)には、平成音楽大学こども学科3年の学生5人が来校し、御船高校3年の家庭科「保育」の授業で多彩なパフォーマンスを披露してくれました。平成音楽大学は九州唯一の音楽系大学で、御船町滝川の丘の上にあります。御船高校から自動車で10分の所です。本校の芸術コース音楽専攻の生徒たちは、同大学音楽科の先生方から高いレベルの指導を特別に受けることができます。そして今年度から、同大学のこども学科との交流も始めました。

 幼稚園教諭、保育士を目指す学生たちは、さすがに歌も楽器も巧みで、表情が明るく豊かです。幼児と同じく高校生達も魅了され、歌、演奏、エプロンシアター、スケッチブックシアターとプログラムを楽しんでいました。5人の大学生の中の唯一の男子は御船高校の卒業生で、自在に楽器を演奏し、保育園実習がいかに充実したものであったかをユーモア交えて後輩に語ってくれました。このこども学科との交流は次年度以降も続けていきたいと思います。

 「小・中・高・大の連携」が掛け声に終わらず、実践を深めて「連携」から「連帯」へとより強い結びつきを目指していきたいと考えています。

 御船町でしかできない教育、御船町だからこそできる教育があるのです。

  平成音楽大学こども学科3年生によるパフォーマンス(御船高校の家庭科の授業)

  

 

思いはひとつ ~ 御船街なかギャラリー・ミーティング

   「御船街なかギャラリー」はとても趣のある施設です。この「校長室からの風」で以前紹介しましたが、もともとは江戸時代後期に建てられた町屋で、豪商の林田能寛(はやしだよしひろ)の商家(「萬屋」)でした。白壁土蔵造りの酒蔵や商家が次々と消えていく中、往時の町並みを伝える建物として御船町が所有し、今は交流施設として町観光協会が運営されています。太い梁や柱のある主屋をはじめ離れや庭園、さらには二つの大きな蔵もあります。

 10月10日(木)、2学期中間考査が終わった日の午後、生徒会執行部の生徒と担当の教職員等で「御船街なかギャラリー」に向かいました。育友会(PTA)役員と生徒会の生徒たちが話し合う「御船街なかギャラリー・ミーティング」を実施するためです。初めての試みで、御船高校同窓生(高校36回生)の藤木正幸(ふじきまさゆき)御船町長にも特別に参加していただきました。

 「御船街なかギャラリー」の主屋和室において、藤木町長、生徒会生徒15人、保護者代表7人(育友会役員)、そして私達教職員4人が大きな車座となって、次のような内容で意見交換を行いました。

 ① 御船町の魅力、御船高校の魅力は何か

 ② 御船高校をどんな学校にしていきたいか

 ③ 親としての思い(保護者側)

 ④ 子としての思い(生徒側)

 ⑤ 創立100周年に向けての抱負

 藤木町長は53歳、御船町のリーダーとして活躍されています。野球に熱中していた高校時代の思い出を気さくに語られ、生徒会の生徒は親近感を抱いたようでした。目標となる大人の存在を身近に感じることは、高校生にとって貴重な体験だと思います。

 御船高校の魅力について、生徒たちからは、「様々な人がいる、個性的な人がいることの楽しさ」、「一人ひとりが主役になれる学校」という意見が出ました。また、女子生徒からは「御船高校の女子生徒の制服はおしゃれで人気」との発言もありました。保護者からは、「カバン等の細かい規制がなく、自由度がある」、「自主性が認められている」という感想が出た後、「生徒には自由の中の責任を意識して欲しい」という意見が出ました。また、校外での生徒のちょっとした言動が学校の印象をマイナスにするという苦言もありました。

 生徒、保護者、同窓生(町長)、そして教職員が、御船町の歴史遺産の場で和やかに語り合った1時間でした。みんなの思いはひとつです。創立100周年に向け、御船高校をもっと魅力ある学校にしていきたいということです。

 

挨拶が響きあう学び舎に

 

 「おはよう!」「おはようございます!」

 朝から御船高校正門付近で爽やかな挨拶が響き合います。10月8日(火)から10日(木)までの中間考査期間に合わせ、育友会(PTA)の挨拶運動が実施されました。朝7時50分~8時20分の30分間、保護者の方々が7~8人正門付近に並んで立たれ、登校する生徒たちに声を掛けられました。私も三日間校門に立ち、生徒たちを迎えました。

 本校生の登校手段は大きく四つに分かれており、決して広くはない正門付近が朝は混雑します。最も多い自転車通学生が次々とやってきます。単車通学生も現在120人ほどいて、正門前で停車し、単車を押しながら校門に入ります。バス通学生は、御船町役場前のバス停で降り、約10分歩いてきます。そして残りは保護者の車による送りです。

 多くの生徒は笑顔で登校してきますが、中には保護者や職員が声をかけても挨拶が返ってこない生徒もいます。それでも表情が柔らかい生徒は安心します。うつむぎ加減で表情が硬い生徒は気になります。朝の登校状況を見ると、その生徒のことがひと目で分かるような気がします。

 年度当初、そして2学期が始まる時に、職員の方から生徒に積極的に声を掛けていこうと申し合わせをしました。校舎内、校庭など場所を問わず、先に声をかけるようにしています。挨拶の大切さを私達職員が行動で示し、生徒たちを日常生活の中で少しずつ変えていこうと努めています。コミュニケーション能力は先ず挨拶からです。自ら挨拶ができ、生徒同士の挨拶が響き合うような言語環境を御船高校で創り上げていきたいと願っています。

 時々、職員室に「○○先生はいますか?」と言って入ってくる生徒がいます。その場に居合わせれば「○○先生はいらっしゃいますか?」と私は教えます。相手や場面において適切な言葉遣いができる大人になってほしいのです。敬語の必要性が軽視される風潮があるのは残念なことです。敬語は、人と人との「相互尊重」が基盤にあります。人間関係やその場の状況に応じた自らの気持ちを適切な言葉で表現する力を身につけなければ、敬語は使えません。敬語を使う力は簡単には身につかず、学校生活、そして家庭生活を通じて時間をかけて養っていくものだと考えています。

 敬語を丁寧につかう高校生に出会うと、本物の教養を感じます。

 

地元の食材を味わう ~ 郷土料理講習会

 

 調理実習を行っている生徒たちはとても生き生きしています。男子も女子もぎこちない調理の手つきですが、地元御船町の食生活改善員(愛称はヘルスメイト)の方々の御指導で料理ができあがっていきます。高校生からみると祖母に当たるご婦人方の段取りは見事なものです。最近のビジネスは「時間対効果」が重視されますが、料理の達人の方の段取りはさすがで、限られた時間内に整っていきます。

 10月7日(月)の3・4限目、2年2組(36人)の家庭総合の時間は郷土料理講習会でした。本校家庭科の毎年恒例の行事で、御船町健康づくり支援課のご協力を得て、5人のヘルスメイトさん達に来校していただき、地元生産の農産物の調理法について実際に学ぶものです。今年は、地元で「御船川」と呼ばれる野菜「水前寺菜(すいぜんじな)」を使い、献立は、「御船川」とベーコンのソテー、いきなり団子汁、「御船川」を混ぜた牛乳かん(薄い紫色)、そしてご飯でした。調理技術を高めること、食材を通じて郷土理解を深めること、さらには地域の方との交流など幾つもの教育効果が期待される特別な体験活動となりました。

 人生の達人とも言えるヘルスメイトのご婦人方の料理の手際の良さを見ていて、私は「ブリコラージュ」というフランス語を連想しました。「ブリコラージュ」とは、近年、文化人類学で使われる用語で、「その場で手に入るものを寄せ集めて、それらを基に試行錯誤しながら新しいものをつくる力」を意味し、もともと近代文明が発達する以前の人間社会では、この「ブリコラージュ」こそ生きる力であったと言われます。食事も道具、生活するための空間なども、身の回りにある材料を使って何とか創り、人間は生きてきたのでしょう。ヘルスメイトのご婦人方が伝達される郷土料理には、生きる力の基本的技能が貫かれています。

 生活の基本は「衣・食・住」ですが、このうち最も大切な「食」について、手作りの難しさと喜びを現代の高校生が少しでも感じとってくれればと願います。できあがった料理を生徒と共に味わいながら、私は自らの中学、高校時代を顧みました。私の世代は、家庭科を履修するのは小学校までで、中学校では女子は家庭、男子は技術を学び、高校では女子が家庭科、男子は武道(剣道・柔道)と分かれていたのです。家庭科の男女共修が始まったのは中学が平成5年(1993年)、高校は平成6年(1994年)でした。すでに私は高校教師でした。

 中学校、高校と私は最も大切なことを学んでこなかったと後悔しています。

 

熊本城で書く ~ 高校生書道パフォーマンスコンテスト

 

                         「この道は未来への滑走路

                             助け合い励まし合い

                        一歩一歩踏みしめ

                              飛躍

                        いざ翔び立て

                        私達の郷土熊本

                                 御船高校 書道部」

   書き上げられた大きな紙(縦3.5m、横5m)が生徒たちの手で立てられ観衆に披露された時、会場からどよめきに近い歓声と拍手がわきました。御船高校書道部の9人の生徒は、顔を斜め上にあげ、きりっとした表情で対面にそびえる熊本城天守閣を見つめていました。天下の名城と対峙する形の袴姿のりりしい女子高校生。お城には袴姿の高校生が似合う、と思いました。

 10月6日(日)、熊本城二の丸広場の特別ステージで、「秋のくまもとお城まつり」の一環として、初めて高校生書道パフォーマンスコンテストが開催されました。実行委員会から9月上旬に県高等学校文化連盟書道専門部にお話しがあり、高校生文化活動の発信の機会としてこれ以上の場はないと協力することになりました。そして、今回、7校が書道パフォーマンスコンテストに参加したのです。

 3年半前の熊本地震で被災して修復工事が行われてきた熊本城の天守閣ですが、ようやく大天守の外観修復が完了し、前日の10月5日(土)から特別公開が始まりました。小天守の修復工事は継続中で、付近は鉄骨と足場が組まれ、大小のクレーンが動いています。しかし、中心の大天守が外観をあらわし、漆喰壁の輝く白と屋根瓦の黒の対比が目に鮮やかです。澄んだ秋空のもと圧倒的な存在感です。

 修復進む熊本城において、伸び盛りの高校生たちが勢いある書道パフォーマンスを披露し、それぞれの言葉でお城、そして熊本にエールを送りました。5番目に登場した御船高校書道部は部員9人と参加7校では最少ですが、まさに少数精鋭です。熊本出身の音楽グループのWANIMAの曲「ともに」に合わせ、最初の挨拶から気合いの入った大きな声を発し、全員できびきびした動作と流れる筆遣いを見せ、スピード感で観衆を魅了したのです。

 最後に、司会者のインタビューを受けた部長の村田さんが、熊本地震からの復興の願いを込めて書き上げましたと力強く述べ、見事に締めくくりました。

 御船高校書道部は最優秀賞の栄冠を獲得しました。  

 

時代の風の推進力 ~ 高校生パラ・アスリート 

  「練習すれば練習するほど記録が伸びるのが魅力です!」と車いすマラソンのことを見﨑(みさき)さんは熱っぽく話します。一方、「坂道を上らなければならない時はとても苦しく、腕が上がらずに車いすが前に進まない感じです」と競技の本質も語ってくれます。

 御船高校2年生の見﨑真未さんは中学時代に交通事故に遭い、日常を車椅子で過ごすことになりましたが、本校入学後に車いす陸上に出会いました。御船高校陸上部員として、筋力トレーニングは他の部員たちと一緒に行いながら、熊本県車いす陸上競技連盟に所属し、水・金・土・日は車いす陸上競技の選手達と県総合運動公園等で練習する日々です。持ち前の負けん気の強さで、ハードな練習を重ね、肩をはじめ上半身が強化され、着実に記録が伸びています。

 去る8月に開催された「はまなす車いすマラソン」(札幌市)のハーフの部(マラソンの半分の距離)で優勝。9月末に実施された「第31回全国車いすマラソン大会 ハーフの部」(兵庫県丹波篠山市)でも優勝を飾りました。そして、来る10月12日(土)から開かれる「第19回全国障害者スポーツ大会」(茨城県)の熊本県代表選手として車いす陸上競技の100mと1500mに出場することになりました。10月1日(火)、全校朝礼の時に、体育館で見﨑さんの全国大会壮行会を開きました。そして、10月3日(木)、御船高校同窓会の役員方が来校され、全国大会出場を祝っての奨励金が校長室で伝達されました。

 ハーフマラソンをはじめロード(一般道路)の長距離を得意とする見﨑さんにとって、全国障害者スポーツ大会では久しぶりの競技場内のトラックでの短距離で、戸惑いはあるそうです。しかし、全力を尽くしたいと力強く抱負を述べました。

 学校生活と車いす陸上競技の両立に向け懸命に努力する彼女は御船高校にとっては大きな存在です。彼女の頑張りを、生徒と職員の全員が知っており、心から応援しています。その応援の輪は同窓会、地域の人々と広がっています。

 「私はまだまだメンタルが弱いんです。一緒に練習する先輩から、もっとメンタルを強くと言われています。」と見﨑さんは語りました。約21㎞のハーフマラソンを一人で走行することがいかに大変なことか、私たちには分かりません。上り坂をあえぎながら前へ前へと車いすを推進しようとする見﨑さんの姿を想像するしかありません。

 来年は「東京2020パラリンピック」の年です。パラスポーツへの人々の関心、注目度は今高まっています。見﨑さん、時代の風をうけ、推進力にしてください。東京の次はパリでパラリンピックが予定されています。

 熊本県を代表するパラ・アスリートがいることは御船高校の誇りです。

 

地域を知る ~ 1学年「総合的な探求の時間」

 

 金曜日の6限目、1年生は「総合的な探究の時間」です。現在の2年生までは「総合的な学習の時間」でしたが、新しい学習指導要領実施に伴い、今年度の新入生から「総合的な探究の時間」と変わりました。教科を横断し、総合的な学習活動を行う点は同じですが、「探究」という言葉が示すように、課題解決に向け仮説を立て、情報を収集し、調べていく過程(プロセス)が重視されることになります。自ら課題を見つけ、その課題の解決に取り組むことで、自らの進路や生き方も考えることにつながるものと期待されます。

 9月27日(金)の1年生の「総合的な探究の時間」には多くのゲストティーチャー(外部講師)がお見えになりました。1学期は上益城郡の産業や伝統文化を知る活動を行いました。それをふまえ、2学期は自らが住む地域について深く知り、住みやすい、あるいは住んでみたい「まち」を考えることがテーマです。そこで、実際に御船町でまちづくりに取り組んでいらっしゃる方々に説明や生徒へ助言をお願いすることにしたのです。

 1組 御船町企画財政課 藤本様

    住みよい御船町づくりの総合計画等について説明されました。

 2組 御船町企画財政課 高橋様

    町の人口増加に向け「移住・定住」の取り組みを述べられました。

 3組 御船町企画財政課 後藤様

    企業誘致の取り組みを紹介されました。

 4組 御船町観光協会 丸山様

    御船しあわせ日和(地元住民有志の組織)の活動を話されました。

 A組 御船町商工観光課 作田様

    町の振興における観光の役割を説かれました。

 B組 御船町商工会青年部 永本様

    商工会青年部の活動を伝えられました。

 授業の後半では、生徒たちが班をつくり、それぞれのゲストティーチャーの話をうけての話し合い活動を展開しました。誰もが住みやすい町にするにはどうすればよいのか? 産業、福祉、教育、交通、人口など様々な観点から長い期間をかけ検討されている事実に直面しました。高校生が好む商業施設ができれば解決できるような単純な問題ではないことを理解したようです。

 先ず、自分たちの地域を知ること。これが一歩目です。3割の生徒は上益城郡外から通学していますが、学校のある御船町について考えることは汎用性があります。家庭と学校だけでなく、地域社会という世界が広がっているのです。 

 生徒たちに新しい扉を開いてあげること。これが「総合的な探究の時間」のねらいと言えるかもしれません。今後学習が深まり、生徒の職業観や人生観が徐々に変容していくことを期待しています。

 

目指せ、V奪還! ~ 全国大会に向けて準備するロボット部

 

    最近、放課後は電子機械科の第3実習棟2階によく行きます。ここで、マイコン制御部ロボット班の部員たちが、一か月後の全国大会に向け準備の山場を迎えているのです。大会には2チーム出場しますが、本番用のロボット2台はほぼできあがりました。今、最後の調整に努めています。生徒に言わせれば「足回りに工夫した」とのことで、自信作のようです。

    全国大会を想定して作られたコートでは、練習用ロボットを使い操作の練習が繰り返し行われています。1チーム6人編成ですが、本番ではフロアに3人が出て、ロボットを動かすことになります。時間を計って操作の練習に取り組む生徒たちは、声を掛け合い、本番さながらに真剣です。操縦用コントロールボックスを持ち、ロボットを動かす担当の生徒は「細かい動きがまだまだです。」と語りました。毎日、十数人の生徒が出入りして、ロボットの調整、操縦の練習等を分担しており、部屋には緊張感がみなぎっています。

   第27回全国高等学校ロボット競技大会(全国産業教育フェア新潟大会の一環)が10月26日(土)、27日(日)に新潟県長岡市で開催されます。マイコン(マイクロコンピュータの略)と呼ばれる小さなコンピュータの制御(コントロール)によって動くロボットを操作して、制限時間内に規定の課題をクリアしていく競技で、モノづくりの技術やアイデア、チームワークで競われるものです。

 この全国高等学校ロボット競技大会において、御船高校はこれまで九度の優勝を果たしています。初優勝は平成16年の広島大会でしたが、それから4連覇を成し遂げ、「ロボットの御船高校」の名前は一躍広まりました。その後も優勝を重ね、平成26年の宮城大会で9回目の全国制覇を達成しました。これはひとえに電子機械科の教職員の熱心な指導とマイコン制御部ロボット班の生徒たちの努力が合体した成果であり、誠に誇りに思います。

 しかしながら、その後は熊本地震の被災もあり、優勝から遠ざかりました。けれども、昨年の山口大会では3位入賞し、復活の手応えを職員、生徒共につかみました。今年こそ悲願の十度目の全国制覇に向けて、生徒たちの意気があがっています。

 まだ一か月あると私には思えるのですが、生徒たちは、もう一か月しかないという気持ちだそうです。「焦っています」と言いながらも、生徒たちの眼は輝いています。何かに熱中する高校生の姿を見ていると、こちらも元気がわいてきます。彼らが目指しているのは、学校近くの飯田山ではなく、日本一の富士山なのです。準備と覚悟が全く違います。高い目標を持ち、それに向け努力することで高校生は飛躍的に成長します。これから一か月、マイコン制御部ロボット班の生徒たちを応援していきたいと思います。

 

あとから来る者のために ~ 教育実習

 「先生と呼ばれる喜びと、その責任の重さを感じた二週間でした。」と教育実習生の水町さん(平成音楽大学音楽学科4年)が職員朝会で挨拶されました。9月9日(月)から20日(金)まで2週間、水町さんは教育実習に取り組まれました。19日(木)の2限目、1年A・B組(電子機械科)の音楽選択者対象に研究授業が行われました。「ボディパーカッションでリズム表現を工夫しよう」という主題で、生徒たちは楽器ではなく自らの身体の部位を叩きリズムを表現します。四つのグループに分かれての発表では、それぞれ創意工夫した表現がありました。生き生きと活動する生徒たちの様子を見て、水町さんの指導力の高さを実感しました。

 教員免許を取得するには、実際に学校で教育活動を体験する「教育実習」が原則必要となっています。教員になるために誰もが通る関門と言えます。母校で実習することが一般的で、水町さんも御船高校普通科芸術コース音楽専攻を卒業し、現在、平成音楽大学音楽科でファゴットを専門的に学んでいます。生徒たち、特に音楽専攻者にとっては先輩が教育実習に来てくれたことは大きな影響を受けたことでしょう。音大の学生として、音楽の面白さや奥の深さ等について熱心に伝えたもらったことは、学校として誠に有り難いことです。

 また、教育実習生の存在は、教職員にとっても貴重な刺激となります。自らの若き実習生の日々を思い出し、教師として初心に返ったような気持ちになります。さらに、教育実習生が高校生だった頃に指導した職員にとっては更に感慨深いものがあります。水町さんの担任は残念ながら他校へ異動していますが、副担任、または教科を指導した職員が数多く留任しています。当時、英語を教えたS教諭は、「本当に立派に成長していて、嬉しかった」と私に思いを伝えられました。まさに、論語で云う「後生畏るべし」です。年若い者は努力しだいで、どんなにも優れた人物になりうることを大人は畏(おそ)れなければならないのです。「出藍(しゅつらん)の誉(ほま)れ」という言葉もあります。

 高校生が進学し、母校へ教育実習に帰ってきて、改めて教師という仕事の魅力を認識して、教職を目指していくというのは理想の流れなのです。私たち教師は、自分よりも「大きな者」をつくっていく使命があります。

 教える者が一番教わります。水町さんも教育実習を通じて、音楽教育についてさらに深く学んだことでしょう。この経験を原動力に教職を目指していってほしいと期待します。そしてまた、フレッシュな教育実習生の姿に自分の将来を投影した御船高校生が幾人もいたであろうことを信じています。

 

御船の母なる源流 ~ 吉無田水源

  「御船町の宝物ですよ!吉無田水源は!」と御船町観光協会前会長の永本文宣氏が私に言われた言葉は深く印象に残っています。吉無田水源は御船町の大字田代地区にあり、御船高校から一般道を走行し約17~18㎞の距離です。阿蘇の南外輪山の南麓にあたり、一帯はゆるやかな高原で「吉無田高原」と呼ばれます。水源のある場所は標高およそ600mで、豊かな国有林に囲まれていて、車から降りると清爽感に包まれます。御船の町の中心部とは気温が7~8度くらい違うのではないかと地元の人は言われます。

 水源の脇には水神社が建立されており、水を汲みに来た人は神社に参り、ポリタンクを抱えて水汲み場に降ります。説明板によると毎分8トンの清水が湧き、私も手で掬(すく)って飲んでみましたが、甘みが感じられる澄んだ水です。この吉無田水源には先人の計り知れない労苦の物語があります。

 江戸時代後期、上益城郡の水不足解消のために肥後藩(細川家)は、この地一帯に大規模な植林を奨励しました。江戸時代の行政区では御船の大部分は木倉(きのくら)手永(てなが)に属していましたので、木倉手永の領民が力を合わせ植林に従事しました。文化12年(1815年)から延々と続き、慶応3年(1867年)まで52年間に及び、植林352万本の大事業が成し遂げられたのです。これによって大規模な藩有林(官山)ができあがり、水源涵養林(かんようりん)としての機能を発揮することになりました。樹木は雨水を効果的に吸収し水源を保つと共に、山地の土砂崩れを防ぐ機能も持っています。山に木を植えることの大切さは今も昔も変わりません。

 幕末の木倉手永の惣庄屋の光永平蔵(みつながへいぞう)は、植林事業の成果を活かすべく、吉無田水源から水を引き、総延長28㎞に及ぶ大水路(用水路)の難工事を指揮しました。嘉永6年(1853年)に起工し、安政6年(1859年)に竣工したこの難事業には地域の村々から農民が動員されました。現代のように重機もない当時、人力に頼った水利土木工事がいかに過酷なものであったか想像するしかありません。長い水路の途中、田代台地では873mものトンネルが穿(うが)たれました。今も、「九十九(つづら)のトンネル」として地元の人々によって顕彰されています。

 先人たちの大規模な植林と嘉永井手(かえいいで)と呼ばれる水路建設のおかげで、その後、現在に至るまで御船は水不足に悩まされたことはありません。現在の社会を造ってくれたのは歴史なのです。このことを私たちは忘れてはいけないでしょう。

    (参考)手永(てなが)とは江戸時代の肥後藩で設けられた行政区画制で、数村から数十村で構成され、責任者として   惣庄屋が置かれた。郡と村の中間に位置する。

教師として、創作者として ~ 御船高校芸術科教職員の活躍

 

 幾何学的に組まれた金属製の細い板が銀色に輝く、斬新なデザインの不知火文化プラザ(宇城市不知火町)。ここは美術館と図書館がある複合文化施設です。美術館の秋の企画展「楽しむ空間 書に遊び 絵に想う」を休日に訪ねました。御船高校芸術科の二人の職員の作品が展示してあり、招待券を頂いたのです。

 弘孝昌教諭(美術)の造形作品「monument」が、最初のフロアに展示されていました。縦120㎝、横284㎝の大きな作品で、木の枝、ポリスチレンフォーム(発砲プラスチックの一種)、アクリル板などの材料が使われ、墨の表現が山水画を思わせるものでした。題名「monument」はモニュメント(記念碑)です。きっと作者の心象風景が造形化されアートと成ったのでしょう。私の貧しい語彙では表現できない作品ですが、観る者を引きつける磁場のような力があり(これが芸術でしょう)、作品の前でしばらく佇んでいました。撮影を願い出たのですが、館員の許しは得られず、ここに画像を載せることができず残念です。

 フロアを進むと、古閑雄介教諭(書道)の書が三点展示されていました。古閑静盦(せいあん)の号を持つ書家で、若くして日展入選を果たし、今や熊日書道展委嘱書家です。「能動」の書は、その字義のとおりダイナミックな力が感じられるものでした。論語の一節の「後生畏るべし」の章句も、教育者としての思いがみなぎる書でした。そして「大徳」の書は、少し力を抜いた闊達な表現でした。書は人なり、です。日頃から書道部の生徒に対して、「技術よりも心の持ち方が大切だ」と指導されている古閑教諭の信条が迫ってくるようでした。

 会場にはその他多くの絵画、書の作品が展示されており、不知火美術館所蔵のマナブ間部(まべ)の鮮やかな色使いの作品も目を引きました。マナブ間部(1924~1997)は不知火町出身でブラジルに渡り、画家として大成し、ブラジルと日本との文化交流に大きな役割を果たした人です。しかし、弘孝昌教諭の造形作品、古閑雄介教諭の書も同じフロアに展示されて、遜色はありません。そのことに私は同僚として大きな誇りを覚えました。

 弘教諭が指導する美術部、古閑教諭が指導する書道部は、今や熊本県の高校文化活動のトップを走っています。教育に全力を傾けながら、自ら創作者としての活動も続ける両教諭に心から敬意を表します。両教諭を目標に、美術の本田崇教諭、黒田香陽講師、書道の緒方美樹講師もそれぞれ創作活動に鋭意取り組み、公募展に出品されています。

 教師として、創作者として、御船高校芸術科の教職員の活躍は、何よりも生徒たちに還元されていくと信じています。

                                                               宇城市不知火文化プラザ(美術館・図書館)

「それいけ、矢部高校・御船高校合同チーム!」 ~ 秋の熊本県高等学校野球大会

   「暑い中、選手も頑張ります。私たちも暑いところで応援しましょう!」と矢部高校野球部の保護者の方が大きい声を掛けられました。あまりの強い日差しのため、試合開始までネット裏の屋根の下に陣取っていた矢部・御船高校野球部の保護者の皆さんや私たちは意を決し、炎天下の1塁側スタンドに移動しました。

   9月16日(月)の祝日、12時半から山鹿市民球場で「第145回九州地区高等学校野球熊本大会」初戦プレーボール。35度近い暑さの中での観戦となりましたが、気温以上にグランド、スタンド共に熱気あふれる試合の始まりでした。矢部高校と御船高校の1、2年生野球部員はそれぞれ3人と8人で、単独ではチームがつくれません。従って、夏の大会が終わって3年生引退後は、両校で合同チームを結成しました。今回の県大会には55チームが出場していますが、そのうち3チームが合同チームです。

   合同チームと言っても、普段は一緒に練習はできません。矢部高校と御船高校は同じ上益城郡内にありますが、両校は27㎞も離れているのです。日頃の練習は別々で、土日の練習試合が合同練習に当たります。そのため、守備の連携プレーや攻撃のサインプレーの練習不足は否めません。試合前の練習においても、守備はぎこちなく、観ていて不安をいだくものでした。初戦の相手の人吉高校は部員が30人を超え、夏の県大会予選でも3回戦まで進出しており、試合前のきびきびとした練習の様子を見ても苦戦必至と思われました。

   しかし、いざ試合が始まると、矢部・御船高校合同チームはよく打ちました。ヒットの数は人吉高校を上回りました。けれども、守備面の不安的中でミスが続き、失点も重なりました。先制するも逆転され、同点に追いつくも、突き放され、最後は7対11で敗れました。選手わずか11人での精一杯の試合だったと思います。ピンチにおいて、矢部高校と御船高校の選手同士お互いを励まし合い、エラーをしてもかばい合い、よく意思の疎通を図っている光景が見られました。暑さで体力を消耗しながら、少ない人数で最後まで全力プレーする選手の姿に、スタンドで応援していた私たちは胸が熱くなりました。スタンドの保護者の声援も人吉高校にひけをとらないものでした。試合終了後、私は矢部高校の保護者の皆様に応援の御礼を申し上げました。ある保護者の方が「ようやったばい」と目に涙を浮かべながら言われました。この一戦で両校の保護者同士の絆がとても強まったようでした。

   最後に11人の選手達の健闘をねぎらいましたが、選手達は負けたことを心底から悔しがっていました。この敗戦から選手達が学んだものは大きいと思います。

   合同チームが結成されてまだ2ヶ月です。これからの躍進に期待したいと思います。「それいけ、矢部高校・御船高校野球部合同チーム!」

 

3年生を励ます ~ 3年生就職激励会

 

    集まった約80人の生徒たちの表情は真剣そのもので、全員が顔をあげ、集中力を感じました。9月11日(水)の7限目、3年生の「就職希望者の激励会」を本校セミナーハウス1階の研修室で開催しました。公務員は各種試験がすでに始まり、9月22日(日)には上益城郡の自治体等職員採用試験(町役場、消防)が御船高校を会場に実施される予定です。そして、一般企業の就職試験は9月16日(月)から解禁となります。3年生にとっていよいよ進路を決める秋到来です。

    激励の言葉として、私は最初に自立の意義を説きました。

    「皆さんは、これまで小学校、中学校、高校と12年間学校教育を受けてきました。その目標を一言で表すなら、大人として自立(独り立ち)するためです。この先、進学する人はまだ自立するとは言えません。なぜなら学費の多くを保護者が負担されるからです。しかし、皆さんは就職し、自ら収入を得るようになります。経済的に援助を受けずに生活できることが自立の一歩です。ちなみに皆さん、給料はもらうものではなく、自ら稼ぐものです。その気持ちを忘れずにいてください。」

    次に、自分自身の3年担任時代を振り返り、それまでになかった新しい仕事に興味を持ち、挑戦していこうとする高校生の姿勢に驚かされたエピソードを伝えました。

   「いつの時代においても、新しい扉を開いていくのは若者です。大人の私たちは一つ前の時代の思考回路です。しかし、皆さんは違う。皆さん達が就職し、仕事をしていくことから令和という新しい時代は動き始めます。」

    そして、生徒の皆さんを支えている3学年の職員の仕事ぶりを紹介しました。学年主任をはじめ6人の担任教諭は、かつての未熟な3年担任だった私とは比較にならないくらいの教育的情熱と見識を有しています。この夏休み期間、生徒たちの調査書を一枚一枚つくり、チェックし仕上げていきました。校長の私が最終決裁をするのですが、質問するとそれぞれの生徒の長所や、なぜこの企業を志望するのか等を丁寧に説明してくれ、頼もしい限りです。

    結びに、次のように生徒に語りました。聴く態度がみな立派で、きっと正面から受け止めてくれたことと思います。

    「皆さん、自分のために一生懸命になってくれる人がいることは幸せなことだと思いませんか。まだ見ぬ多くの人々、様々な物語が、皆さんを待っています。自立へのわくわくした期待感、そして新しい世界へ挑戦するという気持ちを持って、就職試験に臨んでください。皆さん全員の進路達成の日まで、御船高校全職員で支えることを約束し、励ましの言葉とします。」

 

 

筆をふるう ~ 熊本県高等学校揮毫大会

 

 「揮毫」(きごう)とは、筆をふるうという意味の言葉です。日常生活では耳にしなくなった言葉ですが、書道の世界では健在です。9月7日(土)、宇土市民体育館において、第25回熊本県高等学校揮毫大会(熊本県高等学校文化連盟書道部会主催)を開催しました。県内各地から40校、335人の生徒が出場し、1階アリーナで一斉に筆をふるう光景は壮観でした。

 書道は一人でもできます。しかし、やはり、志を同じくする者が集い、競い合い、高め合う場が必要だと思います。本大会は3年生が出場できる最後の大会です。書道に親しむ高校生にとって、本大会はこの夏の活動目標だったと思います。夏にどれだけ汗を流して取り組んだか。この大会は夏の練習成果が発揮される場と言えます。大会に臨む生徒たちの緊張感が伝わってきました。

 開会式において、代表生徒(八代清流高生)による宣誓がありましたが、紋切り型ではなく、印象的なエピソードが盛り込まれていました。それは、中国の高校生と交流の機会があり、現在の中国では使われていない漢字を臨書する日本の高校生に対し敬意を表された話でした。書道が、漢字という連綿と続く文化の集積の上に成立していることを示すエピソードと言えます。

 揮毫、すなわち生徒たちが筆をふるう実時間は午前10時から正午までの2時間です。この間は、各学校の顧問教師も2階席から見守ることしかできません。臨書部門は練習してきた書を作品に仕上げますが、創作部門は当日に課題の書が提示され、その中から選びます。漢字では李白、王維の五言絶句、七言律詩、仮名は古今和歌集、与謝蕪村の句、そして漢字仮名交じりでは、近代の短歌、俳句、詩句が課題でした。

 御船高校からは書道部15人が参加しました。それぞれが集中して紙に向かい、筆をふるう姿は頼もしく映りました。書き終えて2階席に上がってきた生徒たちは「緊張して最初は筆が震えました」、「2時間では時間が足りません」など口にしていましたが、充足感が皆の表情に浮かんでいたと思います。

 審査結果が出たのは午後5時を回っていました。御船高校は三つの部門(全8部門)で1位を取り、団体で準優勝の立派な成績を得ました。熊本県高校書道界では、御船高校書道部はすでに名門と呼ばれる存在です。本大会で3年生は引退しますが、2、3年生による新しい部活動がさらなる伝統を創っていくことでしょう。

 

一年生の優しい心情 ~ 高校生川柳コンクール応募作品から

 2学期が始まりまだ4日目です。夏季休業中の1年生国語科の宿題に「川柳」作成があったようです。提出された作品を第15回全国高校生川柳コンクール(福岡大学主催)に学校として応募することとなりました。その作品を国語科の先生に見せてもらい、生徒たちの素直な心情に触れ、温かい気持ちになりました。プール、海水浴、かき氷、花火といった夏の定番の季語が多く登場し、それぞれの夏休みを満喫したことがわかります。

 一方、希望と不安を抱えて臨んだ一学期の高校生活のことや友人、家族への思いが吐露された句も少なくなく、私はこちらの作品群に心惹かれるものが多くありました。その中から五つ紹介します。

 

 「友人へ  出会ってくれて  ありがとう」

 入学して出会った友人はかけがえのない存在で、その友人のお陰で毎日の高校生活が充実したものになっていることが伝わってきます。

 

 「教室へ  入った瞬間  まじ好きだ」

 登校し教室へ入ると、クラスメイトの笑顔が迎えてくれる明るい雰囲気。このクラスで一緒にがんばっていこうという前向きな気持ちが表現されています。

 

 「妹が  初のおつかい  いってきます」

 まだ小学校低学年でしょうか、幼い妹が初めて一人でお遣いに出かけます。「いってきます」のういういしい声に、姉として自然にわき起こる愛情です。

 

 「祖母の家  好物片手に  会いに行く」

お盆休みに家族で田舎のおばあちゃんの所を訪ねたのでしょう、その情景が目に浮かぶようです。

 

 「ありがとう  日頃言えない  この思い」

 お弁当の用意、車での送迎など保護者の皆さんの日頃の御苦労を生徒はわかっているのです。感謝の気持ちを秘めているのです。言葉に出せないだけです。

 

 保護者の皆さん、生徒たちは日々成長していますよ。信じてください。