校長室からの風

水の恵みの手洗いやうがい

   「手洗い励行」の標語ポスターが小学校・中学校の手洗い場には必ず掲示されています。学校生活では、事あるごとに手洗いを励行しています。私の小学校時代もそうでした。神社に参拝するとき、手を洗い清める作法が定着しているように私たち日本人には手を洗うことは基本的生活習慣となっています。

   さて、新型コロナウイルス感染対策に伴う「新しい生活様式」では、「こまめに手を洗うこと」が筆頭に挙げられています。ウイルスは手に感染し、手を口に持っていくことから体内に侵入するのが一般的だそうです。従って、先ず手洗いをすることが感染対策の基本となります。たとえ消毒液を使わなくても、30秒ほど水で丁寧に洗うだけで効果は大きいと言われています。

   私たちにとって手洗いやうがいは当たり前の行動で、習慣化しています。しかし、世界にはこれが簡単にできない国、地域が多く存在するのです。国連によると、安全な飲料水サービスを受けられない人が21憶人、不衛生な水の生活環境で暮らす人が45憶人もいるとのことです。21世紀世界の最大の資源問題は水不足だと言われています。20世紀後半からの世界の急激な人口増加に水の供給量が追いついていないのです。水は日々の暮らしだけでなく、農業や工業等でも重要です。水は、健康、環境、経済と多くの社会要因と密接に関わっています。水不足が解決されなければ持続可能な社会は成り立ちません。

   このような世界の水問題事情から考えると、日常、飲料水で手洗いやうがいが存分にできる私たちはなんと恵まれているのでしょうか。この水の恩恵は、わが国の自然環境だけでなく、井戸を掘り、水の涵養林を植え、上水道を整備してきた先人たちのお蔭にほかなりません。近年はシャワーや入浴など日本人の生活上の水の無駄遣いが問題になっています。あらためて、限りある「命の水」に対して、私たちは謙虚な気持ちになりたいと思います。

   新型コロナウイルス感染の脅威は依然続いています。しかし欧米諸国と比較すると、わが国の感染者数はいまだ桁(けた)違いに少ない状況にあります。都市や地域を封鎖するような強硬手段を取ったわけでなく、PCR検査数も少ない日本がどうしてウイルス感染者数を抑制できているのか、欧米のメディアでは不思議だと報道しています。ひょっとしたら、その理由は豊潤な水の恵みによって手洗いやうがいが習慣化した日本人の生活文化かもしれません。

   生徒の皆さん、手をこまめに洗いましょう。これから夏に向かいます。手を洗うことは涼しく気持ちよい行為です。一日に幾度も洗いましょう。

                 分散登校風景

 

「夏のマスク」 ~ 新しい生活様式の始まり

   御船高校では5月25日(月)から分散登校による授業を始めています。生徒の皆さんの様子からは休校前とあまり変わらない印象を受けます。しかし、休校前と現在で、外見上はっきり異なっている点が一つあります。それは全員がマスクを着用していることです。

   例年、季節性インフルエンザ予防のため、冬にマスク姿が増えるのは学校の常です。しかし、今は初夏です。来週から6月です。日中は25度を超える夏日が続き、30度を超える真夏日も珍しくありません。熊本の夏は長く、蒸し暑いのが特徴です。マスクは冬の季語だそうですが、「夏のマスク」が今年のわが国の状況を象徴していると思います。

   三か月に及ぶ長期休校という長いトンネルをようやく私たちは抜け出ることができました。出口の光を目指して行動自粛の生活を耐えてきたのですが、トンネルに入る前と同じ光景はありません。新型コロナウイルスの感染予防の「新しい生活様式」が厚生労働省から公表されました。トンネルを出ても、私たちはすぐには元の生活に戻れないことを自覚する必要があります。

   しかしながら、「新しい生活様式」とは決して難しいものではありません。コロナウイルスは人間に寄生することで存在し、人間を介して伝染していきます。そしてウイルスは肉眼では見えないために、とてもやっかいです。前回の「校長室からの風」で言及したように「想像力」が一層求められるのです。

   見えなくても、そこにウイルスがあると考え、人の密集の場を避け、他者と適切な距離を設けた日常生活を送ることです。そしてマスクの着用です。電子顕微鏡でようやく見ることができるコロナウイルスを、市販のマスクでは防げないという意見があります。けれども、マスクは咳やくしゃみなどの飛沫の拡散を防ぐことに大きな効果があり、最低限のエチケットとしてマスク着用は守らなければならないと思います。蒸し暑いからマスクを外してもいいだろうという自分勝手な行動は許されません。社会の安心というものは、一人ひとりが参加しない限り守れないのです。

   夏の暑さに対応したクールなマスクも市場に現れています。素敵なマスク姿の「マスク美人」も増えてくるかもしれません。マスクと共にこの夏を過ごしましょう。マスクが不要になった日こそ、コロナウイルス終息の時でしょう。

   最後に、進化論を唱えた生物学者のダーウィンの言葉を掲げます。

「強い生物が生き残るのではない。この世に生き残る生物は、変化にいち早く対応できたものである。」

 

               校庭のバラ園と登校してきた生徒(2年生)

「他者への想像力」が感染を防ぐ

   5月25日(月)から御船高校では授業再開となりました。クラスの出席番号で奇数と偶数で生徒を二分し、奇数組が午前3時間授業を受けた後、午後に偶数組が登校し3時間授業を受ける分散型授業です。2週続けて同じ授業を行い、来週は午前と午後の生徒を入れ替えて、2週間で1週間分の授業を受け終える仕組みです。新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言は解除されましたが、密集した集団生活を避けるためと、長期休業の生徒の心身への影響を考慮し、学校生活への慣らし期間と位置付けています。

 再開された学校生活で気持ちが高ぶっているかもしれない生徒の皆さんに対して求めたいことが、「他者への想像力」です。この言葉は、わが国のウイルス感染症研究の第一人者である押谷仁(おしたにひとし)先生が著書で述べられているものです。

   押谷先生は、現在、厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班のリーダーとして陣頭指揮をとられ、感染拡大防止のために不眠不休の努力を続けておられる方です。この押谷先生の著書『パンデミックとたたかう』(作家の瀬名秀明氏との対談形式、岩波新書、2009年11月刊行)が本校図書室にあることを知り、先週読みました。現在のわが国の状況を示しているかのようなタイトルですが、2009年から2010年にかけて世界的流行となった新型インフルエンザ対応に関する押谷先生の見解がまとめられています。およそ10年前の本ですが、今日の事態を予想した警告の書となっています。

   ウイルスは肉眼では見えません。そして、新型インフルエンザも今回の新型コロナウイルスでも若い世代は重症化しない傾向にあります。しかし、だからこそ、「自分だけ感染しなければ良い」、「もし感染しても自分は軽症ですむから心配いらない」のような利己的な考え方はとても危険だと押谷先生は言われます。あなたは感染しても無症状かもしれないが、あなたを介して、妊婦さんや基礎疾患のあるお年寄りにウイルスが広がっていくかもしれないと「感染鎖」の恐怖を強調されます。人は、世界はつながっているのだという「他者への想像力」が重要だと繰り返されるのです。

   2009年の新型インフルエンザは関西の高校では臨時休校の措置がとられましたが、全国的には日常生活が維持でき、私自身も認識が弱かったと思います。しかし、押谷先生はすでにあの時、今日の事態を見据えておられたことになります。新型コロナウイルスの新規感染者は、全国的に大幅に減少し熊本県ではここ2週間発生していませんが、ウイルスは消滅したわけではありません。

  「他者への想像力」を持つことで、自分と他者、そして社会も守りましょう。

                分散登校する生徒たちの様子

新しい目標に向かって ~ 今、大人ができること

 「夏の甲子園」こと全国高校野球選手権大会が中止と決まった翌日、本校では3年生の登校日でした。野球部3年生と顧問職員とでミーティングが開かれました。今後、甲子園大会予選に代わる県大会がもし行われればどうするかという点で、部員の気持ちが分かれたそうです。試合の機会があれば挑戦したいという者と、代替大会には出なくてよいという者に二分されたと聞きました。自然な反応だと思います。約3か月、部活動は停止され練習をしていません。あまりに野球から遠ざかった時間が長くなりました。練習の成果を発揮する最後の機会が失われるという理不尽な事態に直面し、やり場のない悔しさ、憤りがある一方、あきらめ、無力感にとらわれるのも当然と思います。

 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、「甲子園」だけでなく高校総体や高校総合文化祭など高校生の部活動にとって大きな目標がすべて失われました。「どうして自分たちの時にこんなことになるのか」という不条理なめぐりあわせに多くの高校生が激しく動揺したと思われます。実は、8月に高知県で開催予定だった全国高校総合文化祭に出場が決まっていた生徒が本校にいます。書道部の3年生、写真部の2年生の生徒です。中止が決まって以来、まだ私は彼らに言葉を掛けられずにいます。ありきたりの励ましの言葉では彼らの胸に響かないことがわかっているからです。部活動を通じて信頼関係が築かれているそれぞれの部の顧問教諭が寄り添い、支えてくれています。

 また、工業系の生徒にとって目標の「県ものづくりコンテスト」(例年6月実施)も中止となりました。昨年、旋盤加工部門に2年生で出場し3位入賞した田中さんは、最終学年の今年は優勝を狙っており、九州大会そして全国大会出場を目指していました。彼女の普段の練習場所の電子機械科実習棟の壁には、彼女が作成した「優勝への工程表」が貼られていました。大会中止が決まり、さぞ落胆しているだろう、気落ちしているだろうと心配しました。

 ところが、3年生登校日の午後、実習棟のいつもの旋盤機械の所で作業する田中さんの姿がありました。引き締まった表情で、集中して旋盤機械を動かしています。話を聴くと、電子機械科の先生の勧めで、来月予定の技能検定に挑戦することを決め、その実技試験に向け準備を始めたとのことでした。

 大きな目標が失われ、当初はきっと失意の時を過ごしたと思います。しかし、彼女は絶望しませんでした。職員の励ましと助言を受け、次の目標に向かって動き出したのです。

 新しい目標を生徒と一緒になって考え見つけること、その目標に向かって全力で取り組める環境を用意すること、これが私たち大人のできることだと思います。

 

「夏の甲子園」中止の報に接して

 「夏の甲子園」こと全国高校野球選手権大会が中止と決まりました。「春のセンバツ」、「全国高校総体」、「全国高校総合文化祭」に続き、ついに「夏の甲子園」も中止となりました。厳しい事態が予想されていたとは言え、主催者の正式な中止決定の発表に接し、高校教育関係者の一人として無念の思いに包まれます。そして、甲子園という憧れの舞台を目指し練習に打ち込んできた全国の高校球児をはじめ、情熱を注いで指導されてきた監督やコーチの皆さん、さらには選手たちを応援されてきた保護者や地域住民の方々の気持ちを想像するとまことにつらいものがあります。

 前任の多良木高校野球部のことを思い出します。閉校の定めながら、果敢に挑む多良木高校野球部は、地元の球磨郡はもとより広く県内の高校野球ファンの応援を受け、グラウンドと観客席が一体となって戦う試合は、高校野球の原点のような光景でした。あのエネルギーも、「夏の甲子園」という大きな目標があったからこそ生まれたものだと思います。

 昨日、本校の野球部監督を務める教諭と話をしました。「夏の大会中止が決まったら、まずキャプテン(主将)に何と言おうか、今考えています」と沈んだ声で監督としての胸中を語ってくれました。3月からおよそ三か月間、臨時休校に伴い部活動も停止されており、御船高校野球場は無人の日々が続いています。しかしながら、監督や部長たちは練習再開に向け、登校できない生徒たちに代わってグラウンド整備に取り組んでいました。その姿を目にするたび、球音響く練習が再開され、3年生にとって最後の「夏の大会」だけは開催されてほしいと願っていました。その望みが絶たれたのです。

 5月は新型コロナウイルスの新規感染者が減少し、最近は九州では感染者ゼロの日が続いています。しかし、感染者や亡くなった方の数が連日発表されるという「非日常」の生活が長く続くことで、これが「日常」となり、私たちの感覚が麻痺するのかもしれません。感染者が減少したとは言え、まだ「平穏な日常生活」は戻っていないのです。「夏の甲子園」中止の知らせは、未だ社会が「緊急事態」のただ中にあることを痛感させられました。

 「夏の甲子園」はこれまで米騒動による社会の混乱で1918年(大正7年)、日中戦争及び太平洋戦争の戦時下の1941年(昭和16年)~1945年(昭和20年)の二度の中止、中断があります。そして2020年(令和2年)、新型コロナウイルス感染症拡大による三度目の中止です。

 歴史的な感染症大流行(パンデミック)の渦中に私たちはいるのです。

               無人の御船高校の野球グラウンド風景

宮本武蔵とアメリカ人青年

   御船高校のALT(外国語指導助手)のアメリカ人Matthew(マシュー)先生は、新型コロナウイルス感染拡大に伴う臨時休校期間、英語教諭と協力して積極的に動画教材の作成と発信に努められています。「Teach Matthew  about  Japan」(日本のことをマシューに教えて)のタイトルで、マシュー先生が気になることを課題として示し、そのことについて生徒が英語で作文して提出するオンラインの遠隔授業です。私は毎回楽しみに視聴しています。

   マシュー先生の課題は「花見」、「鯉のぼり」、「アマビエ」、「宮本武蔵」、「河童(かっぱ)」、「御船町の恐竜化石」と続いています。この中で、「宮本武蔵」という課題が出たことに私は驚きました。そこで、「マシュー先生、あなたはどうして宮本武蔵を知っているのですか?」と尋ねました。すると、この23歳のアメリカ人青年の武蔵への関心は並々ならぬものであることがわかったのです。

   彼はアメリカの大学で日本学の講座を受講し、そこで日本への興味、関心が喚起されました。そして、担当の教授から「語学指導を行う外国青年招致事業」(JETプログラム)のことを紹介され、ALTとして来日したのです。宮本武蔵については、この日本学の担当教授から教えてもらったということです。

   武蔵が兵法の極意をまとめた「五輪の書」(「Book of Five Rings」と英語では言うそうです)についてもよく知っており、五輪が、地・水・火・風・空を意味することも理解していました。さらには、武蔵が「五輪の書」を著した岩洞の霊巌洞(れいがんどう 熊本市西区松尾町)も訪ねていました。熊本は、宮本武蔵(1584年~1645年)が晩年を過ごし、亡くなった地であり、墓も二か所残されています。マシュー先生にとっては日本での初めての勤務場所が宮本武蔵ゆかりの地だったことになります。

   「宮本武蔵は剣豪というだけでなく、芸術家としても名高い」という一文が、マシュー先生の添削した宮本武蔵の説明文にあります。江戸時代初期に武蔵は没しましたが、「五輪書」をはじめとする数々の優れた書画や武具、そして何よりその孤高の道が今日まで伝わっています。現代の宮本武蔵像は、昭和初期の吉川英治の小説「宮本武蔵」に拠るところが大きく、虚実が混同されている面が多いと言われます。しかし、熊本には県立美術館や島田美術館等に武蔵が遺した本物の書画、武具等が伝わり、その精神も受け継がれていると思います。

   宮本武蔵の真価である文武両道をマシュー先生は深く理解しています。

                マシュー先生の動画教材のトップページ

 

キーワードは「ゆっくり」 ~ 動画教材「美術課題チャンネル」の魅力

   生徒の皆さんは、YouTube(グーグルが提供する動画共有サービス)に登録されている動画教材「美術課題ちゃんねる」を視聴しましたか? まだの人は、一度ぜひアクセスしてみてください。芸術コース美術専攻の人たちはすでに美術の先生方から紹介されていますが、芸術科目の美術選択者の人にもお勧めです。この「美術課題ちゃんねる」は、実は御船高校美術科の田畑教諭が中心になって製作し、アップロード(公開)されているものです。すなわち、御船高校発信の動画教材であり、本校だけでなく県内はもとより美術を学ぶ高校生に広く提供し、好評を得て、アクセス数が伸びています。

   動画教材「美術課題ちゃんねる」は、5月15日(金)段階で11本の動画が配信されています。時間は短いもので4~5分、長くても8~9分と手頃です。しかし、その内容は充実しており、美術教諭の熟練の技巧とわかりやすい解説が動画にまとまられています。そして、この動画教材の最も秀でたところは、ユニークな二人のキャラクターが登場し、ユーモラスな対話を通じて視聴者を学習に誘う導入場面でしょう。「ゆっくり霊夢(れいむ)さん」が毎回学ぶことの大切さを話し、「ゆっくり魔理沙(まりさ)さん」が絵への苦手意識や面倒くささを訴えるという問答が冒頭に約1分行われます。対話の最後に二人のキャラクターが「ゆっくりしていってね」と声を掛け、学習の本編が始まるのです。キーワードは「ゆっくり」なのです。

 5月1日に配信が始まって以降、私は欠かさずアクセスしていますが、この中で最もアクセス数の多い「手のデッサン」(9分13秒)には特に引き付けられました。田畑教諭が自らの左手を、右手で鉛筆デッサンしていく過程が2倍速動画で紹介されています。しかも、ポイントでは助言の字幕が流れ、実にわかりやすくデッサン技法が伝えられているのです。自宅にいても生徒の皆さんはこの動画教材を繰り返し視聴し、自分で練習することができます。

 導入部分で「ゆっくり」のリラックスした雰囲気をつくり、本編ではプロの技巧をわかりやすく伝えるという動画教材「美術課題ちゃんねる」は、「面白くてためになる」という理想の授業をオンラインで創りあげています。

 動画教材は、生徒の皆さんのペースで学習できます。わからないところでは動画を止める、繰り返すことで理解を深めるなど自由な学習ができます。御船高校のホームページに登録されている動画教材は70本を超えました。また、YouTube上には高校生向けの数多くの教育動画が次々と現れています。

   学ぶ意欲さえあれば、インターネット世界に教材は無限にあると思います。

 

                                            「美術課題ちゃんねる」のトップページ

デジタル世代に追いつくチャンス ~ オンライン学習支援に取り組んで

    御船高校のホームページにはすでに50本を超える動画教材が用意されています。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、臨時休校が長期化する中、4月中旬から職員が本格的に取り組み、ほぼ一か月で驚くほど増えました。時間は短いもので数分間、長いものでも20分ほどで、内容は、職員自ら出演して授業を行うタイプから、音声と文字で伝えるものなど多様です。しかし、いずれも職員の手作り感があり、在宅の生徒の皆さんに対して、勉強を教えたいという教育的愛情が込められています。

 動画教材を受け身で視聴するだけでなく、生徒の皆さんと教職員は双方向につながっています。例えば、英作文の動画教材では、生徒の皆さんから英作文の回答例をメール機能で送ることができ、それに対し教職員から添削も可能となっています。また、従来の問題集やプリント等の紙媒体による学習課題と併せて動画教材を活用することで学習は発展していきます。

 もちろん課題はあります。生徒の皆さんのオンライン端末機器はそれぞれ異なっており、スマートホンのような小さな画面では見づらいとの声があります。また、各県立学校で一斉にインターネットを利用してのオンライン学習支援を始めたため、県のサーバー(コンピュータのネットワーク管理機能)の容量の関係で、学校のホームページにアクセスできにくい状況も出ています。大手予備校が行っているようなライブ授業配信にはほど遠い段階です。

 しかし、学校に来たくても来れない生徒の皆さんと学校との距離感を埋めるには、やはりこのようなインターネット回線を生かしたICT(Information Communication Technology 情報通信技術)が不可欠です。教育のICT化は喫緊の課題と近年言われてきました。御船高校でも授業のICT化をテーマに昨年度は授業改善に取り組みました。新型コロナウイルス感染症蔓延の非常事態を迎え、改めて私たち教職員は教育のICT化の必要性と可能性を痛感しました。行動自粛の生活が続いても、ICTで人はつながり、孤立はしません。自宅で生活していても、世界中の情報がリアルタイムで届きます。ICTは、今や人々を結びつけ、連帯させる大切な生活必需道具とも言えるでしょう。

 生徒の皆さんは生まれた時から、インターネット環境に囲まれた生活をしてきた、いわゆるデジタル世代です。私をはじめ教職員の多くはアナログ世代です。私自身も今回初めてテレビ会議システムを活用し会議に参加する経験をしました。動画教材を初めて作成した教職員も多くいます。

    このたびの非常事態によって、ようやく私たち大人がデジタル世代の生徒の皆さんに追いついてきたと言えるかもしれません。

 

未来を待とう ~ 新緑の中の登校日

   風薫る五月。御船高校前庭の「天神の森」は新緑がまぶしいほど輝いています。

 「外出自粛」の異例の大型連休が明け、5月7日(木)の午後に1年生、8日(金)の午前に2年生、午後に3年生の分散登校を実施しました。半月ぶりの登校日です。欠席はほとんどなく、どの生徒も笑顔でした。その様子から学校再開を待ち続けていることが伝わってきました。私たち教職員も思いは同じです。教室や昇降口、前庭等を多くの職員が自発的に掃除し、整えて、生徒の登校を待ちました。

   無事に登校日を終え、生徒の皆さんが一人ひとり健康の保持に留意していることを知りました。そして改めて、休校が長期化していることに対し、申し訳のない気持ちになりました。行動が制限され自宅中心の生活を通じて、生徒の皆さんはどんなことを考えているのだろうと案じます。誰もが経験したことのない未知のウイルス感染症によるパンデミック(世界的大流行)で、わが国だけでなく世界中の状況が一変しました。肉眼では見えない微小なウイルス感染で瞬く間に日常の光景が一変し、非常事態に陥った未曽有の体験によって、生徒の皆さんの世界観は変わったのではないでしょうか?

   古来、自然災害や戦(いくさ)、飢饉などに襲われ、先人たちの人生観や価値観は大きく揺らぎ、変化してきました。そのことを生徒の皆さんは歴史や古典の授業で学んできたと思います。そのような大事変に今、現代の私たちが遭遇していることになるのです。

   不自由な生活を強いられ、若い皆さんにとっては我慢の限界かもしれません。高校総体や高校総合文化祭も中止となり、失意に覆われているかもしれません。しかし、毎日を健康に生きることこそ、今、切実に求められていることです。「今を生きる」ことが「未来」につながります。あなたは、あなたの「未来」を見たくありませんか? 長いトンネルの先に出口が見えてきたようです。その出口の光の先に一人ひとりの未来が広がっています。

   今回の登校日で、各教科から新たな学習課題が大量に出されたことに生徒たちが驚いていたとの担任の話を聞き、微笑ましい気持ちになりました。御船高校のホームページにはすでに30本以上の教材動画も載せられています。オンライン学習を通じて生徒の皆さんを学校は支えます。職員手作りのウェブ教材には教育的愛情がこめられています。インターネットを介して学校と生徒の皆さんはつながっています。先人たちが持っていなかった情報通信技術(ICT)で孤独感を防ぎ、連帯して、学校再開を待ちましょう。

   希望をもって待つことが、未来を生み出します。

             新緑萌える「天神の森」(御船高校)

世界史と感染症 ~ 歴史から学ぶこと

 「流行性感冒(りゅうこうせいかんぼう)」という言葉を生徒の皆さんは聞いたことがありますか? 最近はほとんど耳にしなくなりましたが、昭和の前期頃までに書かれた小説ではよく目にします。流行性感冒とは「インフルエンザ」のことを指す言葉です。

 新型コロナウイルス感染拡大で非常事態が続くわが国において、かつてパンデミック(世界的大流行)となった「スペイン風邪」のことがよく顧みられるようになりました。「スペイン風邪」と呼ばれますが、「風邪」ではなく、その正体は感染力の強い「インフルエンザ」(流行性感冒)でした。およそ100年前、この強力なインフルエンザウイルスは第一次世界大戦(1914~1918)の戦場のヨーロッパで、軍隊の移動に伴い兵士を介して感染が拡大し、世界に蔓延しました。ウイルスは日本にも飛び火しました。熊本県でも大正7年(1918年)10月から11月に感染拡大が見られ、「近頃流行の感冒は、学校、軍隊等に特に猛威を振るっている」(『新聞に見る 世相くまもと 明治・大正編』)との新聞記事を見出すことができます。小、中学校の多くが休校になったこともわかっています。

 「スペイン風邪」では、全世界で4000万人の犠牲者が出たと推定されています(WHOによる)。また、わが国でも38万人が亡くなったとの記録が残ります(内務省統計)。有効な抗生物質もワクチンもなかったことに加え、第一次世界大戦中のため各国が情報統制を敷き、対応が遅れたことで驚くべき多大な犠牲が生じたことになります。人類は一世紀前にウイルス感染の脅威を経験していたのです。

 「スペイン風邪」の時代に比べれば、医療や公衆衛生は比較にならないほど進歩しました。情報社会の今日、リアルタイムで世界各地の感染状況が報道され、豊富なデータが瞬時に集まります。しかし一方、急速な交通手段の発達やグローバル経済の進展によって、ウイルス感染の拡大のスピードも速まっています。

 世界史を振り返ると、人類の大移動や広範な交流によって幾度も感染症のパンデミックが起こったことがわかります。13~14世紀、モンゴル帝国がユーラシア大陸の大半を統合したことで、ペスト(黒死病)が大流行しました。15~17世紀の大航海時代、天然痘やコレラが世界中に蔓延しました。これらの苦難の歴史と、今回の新型コロナウイルス感染拡大はつながっていると思います。

 「不都合な事実」を私たちは見たくない傾向にありますが、人類にとって運命的なウイルスとの共存という事実を直視しなければなりません。歴史から謙虚に学ぶ必要があります。そして、これまで人類は滅亡せず、克服してきた歴史を拠り所として、現在の非常事態に我慢強く対処していきましょう。

 

県高校総体中止の報に接して

  「第48回熊本県高校総合体育大会(県高校総体)」の中止が決まりました。とうとうここまで来たかという思いです。今月23日(土)から先行競技が始まり、29日(金)の総合開会式(熊本市総合運動公園)を経て6月3日(水)まで続く予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大の終息が見通せず、選手及び関係者の安全が確保できないことから主催者は苦渋の決断を下したようです。先に全国高校総体(インターハイ)の中止が決まっており、覚悟はしていましたが、改めて正式に中止が決まると重苦しい気持ちになります。

    高校入学以来2年余り部活動に取り組み、練習を重ねてきた3年生にとって、大きな目標が消え去ったことになります。生徒の中には中学校、いや小学校から一途に競技に熱中してきた者も少なくありません。その集大成の場が失われたのです。県高校総体中止の報に接し、生徒達、そして指導者の落胆、失意はいかばかりかと思います。それぞれの競技に青春をかけてきた生徒は、目指してきたゴールがなくなり、放心状態になっても不思議ではないでしょう。

   4年前の熊本地震の時のことを思い出します。あの時は会場の県立劇場に大きな被害が出たため県高校総合文化祭は中止となりました。しかし、県高校総体は、被害が甚大な熊本市や上益城、阿蘇地域を避け、県内各地で分散して各競技が開催されました。若人の躍動する姿は、県民の皆さんへの励ましとなり、スポーツの力を実感したものでした。「熊本地震の時でさえ県高校総体は行われたのだから」という思いが私たち高校関係者にはあったと思います。しかし、今の私たちが直面している事態は経験したことがない未曽有の感染症パンデミック(世界的流行)なのです。

 生活全般の自粛が続き、最もエネルギーある世代の高校生の皆さんが思うように行動できない苦しさは大人の私たちが想像する以上でしょう。これからの人生が遥かに長い、その一時期の忍耐だと言っても、生徒の皆さんにはあまり響かないでしょう。今の現実の重さの方が、見えない将来より勝っているからです。見えないことを考えることは難しいものです。

 高校総合文化祭、高校総体と次々に重要な教育行事が中止となり、私たちも無力感を覚える日々です。しかし、この瞬間も感染症拡大防止の最前線で働いておられる医療従事者や保健所職員の方達がおられます。ある感染症内科医の言葉を生徒の皆さんと共有したいと思います。

  「勇気とは、恐怖におののきながら、それでも歯を食いしばってリスクと対峙(たいじ)する態度だ」。

 感染リスクの恐怖と闘いながら、己の使命を果たそうと不眠不休で医療に当たっておられる人がいることを私たちは忘れてはいけないと思います。

 

県高校総合文化祭のポスター

  「第32回 熊本県高等学校総合文化祭」のポスターが校長室のホワイトボードに貼られています。縦70cm、横50cmのサイズで、標語「文化の塩基配列に終止コドンはない」の黒い文字と共に、カラフルなデザイン画が描かれています。書や絵の筆を握る手、ピアノの鍵盤を弾く手がクローズアップされる一方、百人一首の絵札や将棋の駒、さらには標語と関連した生物学の塩基配列A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の記号も描かれ、混然とした文化のカオス(多様性)が表現されています。このデザイン画の作者は御船高校3年芸術コース美術専攻の宮守さんです。

 県高校総合文化祭のポスターデザイン画に選ばれることは至難の業です。宮守さんはスマートホンのアプリを活用し、スマホの画面で下絵を作成して創り上げ、多数の応募者の中から選ばれたのでした。高校をはじめ県内の公共施設等にポスターが掲示され、県高校総合文化祭が周知されることで、宮守さんにとっては自分の作品が多くの人の眼に触れる喜びは大きかったと思います。

 しかし、5月28日(木)から30日(土)に熊本県立劇場をメイン会場に予定されていた「第32回 熊本県高等学校総合文化祭」は新型コロナウイルス感染症拡大予防のため、先週、中止が決まりました。年に一度の高校生の文化の祭典がなくなることは深刻な影響を与えます。日頃、地道に文化活動に取り組んできた生徒たちの発表の場が失われ、目標が消えてしまったのです。本校からも書道、美術、音楽、写真、茶道、華道などの文化部が参加する予定でした。特に3年生にとっては高校生活の区切りの舞台だったはずです。その思いを想像すると胸が痛みます。

   公共施設に貼られたポスターの撤去が始まりました。本来なら、5月29日(金)午後の総合開会式(県立劇場)において、デザイン画を描いた宮守さんは千人を超える観衆の前で表彰を受ける予定でしたが、幻の県高校総合文化祭となってしまったのです。しかし、御船高校ではこのポスターを教室はじめ各所に当面の間そのまま掲示しておこうと考えています。

    新型コロナウイルス感染症の蔓延によって、学校教育の場においても不条理なことが次々と起こっています。全国高校総体(インターハイ)が中止という衝撃的なニュースが今週届きました。県高校総体の開催も危うくなりました。

    大人になってからの一年と、高校生、特に3年生の一年はその意味合いが異なると思います。大人になるためのかけがえのない階段が失われると言ったら大袈裟でしょうか?

 県総文祭は幻に終わっても、宮守さんはじめ文化活動に取り組んできた生徒の皆さんの努力は消えません。その活動の軌跡こそが皆さんの青春なのです。

 

いま、できること ~ 「待つ日々」の中で

 

    今日は金曜日、また週末を迎えます。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、一層の外出自粛が求められることになります。2月末から始まった異例の臨時休校は断続的に2か月に及んでいます。冬から葉桜の季節となりました。5月6日(水)までの緊急事態宣言期間の延長が検討されている旨、報道されています。学校再開の目途は未だ立たない状況です。

    私たちは今、長い「待つ日々」を過ごしています。あと何日という区切りがない「待つ時間」はとても長く感じられます。残りの時間がどれくらい減っているのか、終わりが近づいているのか誰にもわからず、ひたすら待つ日々です。携帯電話(スマートホン)やインターネットの普及によって、現代は「待たなくてよい」社会になったと言われます。情報やモノがあふれ、それらに簡単にアクセスできる環境に慣れ、「待つことができなくなった」社会と言えるかもしれません。そのような現代社会の住人の私たちにとって、現在の「待つ日々」は長く重く感じられます。

   しかし、外出が抑制されても、私たちの精神は自由のはずです。考えたり、想像したりできます。この瞬間も感染症治療の最前線にある医療従事者のことを思うと、心から敬意の念がわきあがってきます。ワクチンや治療薬の開発が進んでいることに人類の英知を思います。それでは、学校教育に携わる私たちには何ができるのか。自問自答の毎日ですが、できることを一つ一つ積み重ねていくしかないと言い聞かせています。

   校内の掃除用具を点検して回っている先生がいます。グラウンドの整備に取り組む先生がいます。実習棟の工作機械の点検に余念のない先生がいます。そして、多くの教職員が生徒の皆さんの学習支援のために教材を準備し、そのうち一部は学校ホームページ上に掲載されています。

    生徒の皆さんも、長期化する自宅での生活に精神的疲労、ストレスがたまっていることでしょう。けれども、皆さんの精神活動は活発であってほしいのです。教材に取り組む、様々なメディアのニュースで社会とつながる、読書やネット情報から将来の進路を考えるなど思考力を伸ばすことはできます。お互い、一日一日を丁寧に暮らしていきましょう。小さなことでも、今できることを積み重ねていく。きっとその先にあなたの未来はあります。待つことは希望に支えられます。

    校内を回り、生徒の皆さんと対話することが私の楽しみでした。その楽しみを奪われた今、校内を歩くと、これまで気に留めなかった花々に気付き、足をとめるようになりました。静かな学校での「待つ日々」ですが、毎日、小さな発見や喜びがあります。

 

テレワークとテレラーニング ~ 臨時休校の日々

   4月17日(金)は1年生の登校日でした。例年なら体育館で上級生が様々なパフォーマンスを演じる部活動紹介ですが、今年は各部が動画や画像を作り、この日に各教室のスクリーンを使って行われました。そして、今週、21日(火)が2年生、翌22日(水)が3年生の登校日でした。学校の主役の生徒たちが登校し、談笑する声が響き合い、校内は活気づきます。しかし、再び23日(木)から生徒のいない学校に戻るのです。

 学年別登校を無事に実施できた御船高校では、23日(木)から職員の在宅勤務(テレワーク)を本格的に行います。本校の常勤職員69人の内、8割が在宅勤務に入る予定です。一方、管理職と事務部は全員、進路室や奨学金係は交代で出勤します。生徒及び保護者の皆さんからの連絡に即時に対応できるシフトを整えていますのでご安心ください。個別には「船高安心メール」、全体では御船高校ホームページで随時、大切なお知らせを発信し続けます。

 また、生徒の皆さんのテレラーニング(遠隔学習)の充実に努めます。登校日でそれぞれの学習課題を提示したことに加え、インターネットを利用したウェブ教材の手作りが進んでいます。1年生芸術コース書道専攻の生徒向けに、書道の古閑教諭自ら臨書する動画、さらには、ALT(外国語指導助手)のマシュー先生出演の自己紹介(English Self-Introduction)及びリスニングテストの動画などユニークな教材が本校ホームページに載っています。これまで全日制高校ではこのようなコンピュータを活用した遠隔授業の取り組みは行われていませんでした。しかし、未曽有の事態に対し、生徒の学習支援を第一に考え、私たちは柔軟に変わる必要があります。お互いの信頼関係を基礎に、インターネットを通じての遠隔教育の可能性も広がっていくものと思います。

 今、生徒の皆さんは時間が豊穣にあります。前にも言及しましたが、読書は違う世界にあなたを連れて行ってくれます。自宅中心の生活の中でも新しい発見や知的興奮と出会えると思います。長い「待つ時間」を、自ら主体的に学びに挑戦する機会に変化させてほしいと期待します。私たちの手作りウェブ教材がその一助になればと願っています。 

* テレ(tele)は英語の接頭辞で「遠い」という意味です。従って、Telephone(電話)は音を遠くに届けるもの、Television(テレビ)は映像を遠くに届けるものです。Telework(テレワーク)も英語ですが、実際にはあまり使われず、在宅勤務は「work from home」と表現するのが一般的だそうです。

登校する3年生

 

学校再開を待つ日々

    昨日4月14日(火)から御船高校は再び臨時休校期間に入りました。4月8日に再開したのですが、熊本市を中心に新型コロナウイルス感染拡大に歯止めがかからず、すべての県立高校が臨時休校となりました。またもや生徒の影が消え、学校は活気を失い、静まりかえっています。

 新年度がスタートして一週間足らずで休校となり、生徒及び保護者の皆さんに混乱を与え、申し訳なく思います。生徒達からすると出端(ではな)をくじかれた感じになったと思います。自らの進路実現に向かって資格試験や最後の部活動に賭けていた3年生、進級し学校生活の中核として張り切っていた2年生、そして高校生活への期待と希望で胸を膨らませていた1年生、いずれも当面の目標を見失ったことになるでしょう。その影響の大きさが心配です。

 生徒の皆さんは、休校期間は学校の時間割に拠らず、自らスケジュールを立て生活する自己管理が求められます。皆さんの自律の力が試される期間です。また、学校から出された学習課題だけでなく、今はインターネット上に無数の学習資源があり、学び直しに適した動画教材も見つけられます。自ら興味、関心を持ち、ネット検索で自分の学習スタイルを確立してほしいと期待します。私たち教職員は学校再開を待ちながら、準備に努める日々です。何か不安や心配事があれば、遠慮なく学校へ相談してください。

 昨日4月14日は、熊本地震発生から4年に当たり、犠牲者追悼行事が県庁で開かれました。本来なら、本校の生徒会役員の生徒たちも式典に出席する予定でしたが、新型コロナウイルス感染対策で規模が縮小され出席は叶いませんでした。御船高校がある上益城郡は熊本地震で甚大な被害を受けました。4年前のあの時、私は前任の球磨郡でたが、御船高校で震災を体験した教職員がいまだ数多く在職し、その時の経験を語り伝えています。「熊本地震を経験し、上益城郡の児童、生徒たちは防災やボランティアの意識が高まった」という声をよく聞きます。苦難から獲得したものこそ大きいと思います。

 熊本地震から4年が経過した今、ウイルス感染症という見えない未曽有の脅威に私たちはさらされています。自然災害とは別種の困難な生活を強いられる日々です。しかし、私たちには熊本地震で強まった県民の絆があります。生徒の皆さん、共に学校再開の日まで希望を持って待ちましょう。「日常の学校生活」を取り戻せる日まで、元気を蓄え、待ちましょう。

 

 

週末は自宅で本を読もう!

   今日は金曜日、週末を迎えます。例年であれば、陽春の季節で、生徒の皆さんは部活動に汗を流したり、友達と出かけたりと行動的になるところですが、今年は違います。「不要不急の外出を控える」ことが社会的に求められています。新型コロナウイルス感染症が、燎原の火の如く広がり、わが国は緊急事態に陥っています。本校は4月8日から学校再開となりましたが、この週末までは部活動を自粛し、生徒たちにも外出を控えるよう呼びかけました。

 今、「Stay  at  Home!」(自宅で過ごそう)が世界中の共通語です。久しぶりに登校した2、3年生から話を聞くと、長期間を自宅中心で過ごし、「退屈です」、「オンラインゲームも飽きました」等の声が返ってきました。そのような生徒の皆さんに対し、読書を強く勧めます。

 「船高生の皆さん、週末は自宅で本を読もう!」。

 古(いにしえ)より、人々は紙の本に親しんできました。この伝統の力は強く、新しいメディア(媒体、手段)が次々に生まれてきても、人々に支持されてきた不易の営みなのです。テレビやネット動画の世界に比べ、本は文字中心の地味な世界に映りますが、より主体的な想像力が喚起されることになり、デジタル世代の皆さんにとって、紙の本の世界はかえって新鮮だと思います。オンラインゲームやネットの動画よりシンプルではありますが、読書する人だけがたどり着ける世界があるように私は思います。

 公立の図書館は閉鎖されていますが、御船高校の図書室は開館しています。本校の図書司書の先生に言わせれば、「最初はライトノベル(軽めの娯楽小説)から入ってOKです」とのことでした。本校の図書室は管理棟3階にあり、ちょっと不便な場所ですが、窓外の見晴らしは良く、静かです。生徒の皆さんが気軽に利用できる雰囲気です。昨年度、生徒の皆さんへの貸出数が微増し、私は喜んでいます。新型コロナウイルス感染拡大の渦中の今こそ、多くの生徒の皆さんにもっと読書の楽しさを体験してほしいと望みます。

 先日、図書室で様々な本を拾い読みしていた時、次の言葉に出会いました。

 「読書の習慣を身に付けるということは、人生のほとんどすべての苦しみから逃れる避難所を自分のためにつくるということだ。」(W・サマセット・モーム)

 自宅にいても、読書は、あなたをいろいろなところへ連れて行ってくれるでしょう。戸外は感染症のリスクがあります。自宅で読書することはまさに心の良薬になると思います。

 

 

保護者のみなさまへ

   令和2年度、御船高校は4月8日(水)から始動しました。午前に新3年生と新2年生の始業式、午後に入学式を行いました。今年度、183人の新入生を迎え、全校生徒が525人です。そして、教職員が77人(非常勤8人含む)となります。全職員で生徒一人ひとりを支え、可能性を引き出す教育に努め、「自立と共生」の力を生徒たちに養っていく所存です。保護者のみなさまと学校は車の両輪のような関係にあると考えます。生徒の心身の成長という大きな目標に向かって同じ方向に連帯して進んで行きたいと思います。今年度も、保護者のみなさまには本校の教育活動に対して、ご理解とご協力のほどを宜しくお願いいたします。

   さて、現在、新型コロナウイルス感染症の拡大が続いており、私たちの社会は未曽有の非常時にあります。本県でも熊本市を中心に感染者が出ており、同市の小、中、高校、支援学校及び同市にある県立学校は臨時休校状態です。県教育委員会から、熊本市外の県立高校の学校再開の方針が4月6日に示されたため、本校も昨日から学校再開となりました。

    本校では、できる限りの感染予防対策に取り組んでおります。感染予防に不可欠な「密閉・密集・密接」の「三つの密」を回避するため、全校集会や学年集会は実施せず、教室での40分の短縮授業を行います。また、当面の間、学校の始業を1時間遅らせて9時30分開始とします。これで、路線バスで通学する生徒が車内で密集状態にならないよう余裕をもって登校できます。部活動についても、今週末まで自粛し、来週から徐々に短時間の活動を始める予定です。学校の時間割に基づいた計画的な学習、クラスメイトとの活動、そして軽めな運動等は高校生の免疫力を高めるに有効だと考えます。

    しかし、学校がどんなに努力や工夫を重ねたとしても、一般の光学顕微鏡でも見えない微小なウイルスの感染を完全に防ぐことはできないでしょう。保護者のみなさまのご心配は十分に想像できます。高齢者や基礎疾患をお持ちの方がいらっしゃるご家庭、または医療や介護に従事されている保護者などにおかれては、子どもさんを学校に通わせることに不安とためらいを覚えられて当然と思います。どうか、遠慮なく学校にご相談ください。文部科学省や県教育委員会から通知が来ており、学校は非常時にあっては特別な配慮と対応をすることになっています。

    学校は安全、安心な場所でなければなりません。このような厳しい状況だからこそ、保護者のみなさまと学校が強く連帯していきたいと願っています。

 

特別な一日、4月8日 ~ 始業式、入学式

   4月8日という日は熊本県の県立高校にとっては特別の日です。新年度の最初の登校日であり、新3年生、新2年生にとってクラス及び新しい担任等の発表が行われます。そして、午後は入学式です。学校が最も躍動する一日と言っていいでしょう。しかし、今年は例年と状況が一変した中で4月8日を迎えました。 

 新型コロナウイルス感染症が熊本市を中心に広まり、同市にある県立高校は4月19日まで臨時休校が決まったのです。そして、本校を含む熊本市外の県立高校は感染予防に最大限努めての学校再開の方針が県教育委員会から4月6日に出されました。

 3月末から学校を取り巻く環境は日に日に厳しくなり、「入学式はできるのだろうか?」という不安が私たち教職員に渦巻いていました。しかし、内容を徹底的に簡素化して時間を短縮し、会場の換気や席の間合いに留意し、入学生と保護者、そして教職員が参加する形式で準備をしてきました。

 今日、4月8日(水)は桜花が青空に生える春爛漫の日和となり、進級した2,3年生が朝から笑顔で登校してきました。春休み中も部活動は自粛でしたから、久しぶりに学校が活気づきました。ウイルス感染を防ぐためには、密閉・密集・密接の「三つの密」を避けることが重要と言われています。本来なら、生徒たちの表情を見ながら新年度の思いを語りたかったのですが、生徒たちは各教室で待機し、放送を通じて1学期始業式を行いました。その後の担任、副担任発表では各教室で歓声が起こっていました。

 そして、いよいよ午後の入学式です。会場の体育館は、職員が手分けして全ての席を除菌具で清潔にし、二階の窓を全開し風を入れて整えました。「熊本県立御船高等学校第74回入学式」を午後2時から挙行しました。普通科(芸術コース含む)106人、電子機械科77人の計183人の入学を許可し、校長式辞を読みました。全体で約20分。国歌斉唱、来賓のご挨拶、新入生代表挨拶等を省略した、誠に簡素な式となりました。

 初々しさと緊張が入り混じった表情の新入生を見ていると、愛おしさを感じます。この新入生たちは、新型コロナウイルス感染症拡大の渦中に巻き込まれ、不安の中で高校入試を受け、合格発表も県教育委員会のインターネットで行われ、合格者説明会も十分にできませんでした。ようやく今日、入学式を行われ、晴れて高校生となったのです。

 新型コロナウイルス感染拡大がいつまで続くのか、誰にもわかりません。私たちは長いトンネルに入っているようなものです。けれども、きっと出口が見えてくるでしょう。新入生の皆さん、一緒に出口を目指して進みましょう。皆さんはもう不安な受験生ではありません。「天神の森の学び舎」の一員になったのです。

 

満開の桜で迎える ~ 新年度の始動

 令和2年4月1日(水)、新年度が動き出しました。例年思うことですが、3月31日と4月1日では、学校の空気がまるで違います。1日でがらりと雰囲気が変わるのは、やはり、人が変わるからでしよう。先ず、新規採用、転入の新しい同僚たちの存在です。そして、留任した職員にとっても、新しい同僚との出会いに触発され、新鮮な気持ちとなります。

 今年度、御船高校は19人の転入職員を迎えました。その中に、今年度の県立高校新規採用の緒方教諭がいます。緒方教諭は、御船高校芸術コース書道専攻の出身で、本校で講師経験を重ね実力を養い、採用枠1人の高校書道教員の狭き門を通り、晴れて新規採用されたのです。しかも、初任が母校となり、二重の喜びとなりました。

 本来なら、初任教諭は4月1日に県庁で辞令交付式が実施されるのですが、新型コロナウイルス感染症対策のため式は中止され、赴任先の学校で校長が辞令交付を行うことになりました。併せて古閑教育長の式辞を代読しました。

 教育長からの初任者へのメッセージの中で二つの期待が述べられていました。1つ目は、「常に謙虚さを持ってほしい」ということ、2つ目は、「皿を割ることを恐れずに何事にも前向きにチャレンジしてほしい」ということです。「謙虚さ」と「チャレンジ」、この二つの言葉は、初任者に限らず、新年度の仕事初めに当たり、すべての教職員が胸に刻みたいものだと思います。

 新型コロナウイルス感染症の拡大で、世界は混乱の渦中にあります。春休み中ですが、部活動は自粛中で、学校に生徒の影はありません。この異常な事態の中にあっても、自然の循環は変わらず、春となり、御船高校の桜は満開です。生徒たちの代わりに、こぼれんばかりの満開の桜が転入職員の皆さんを迎えました。天神の森の学び舎へようこそいらっしゃいました。

 この未曽有の事態がいつまで続くのか。どこまで広がるのか。今は誰にもわかりません。私たちにできることは、学校教育再開に備えて準備すること、そして希望を持つことだと思います。

人類とウイルス感染症の闘いと共存は古代以来続いています。ペスト、インフルエンザ、天然痘から近年ではSARS、MERSのコロナウイスがあります。その度、多くの犠牲を払いながら、ワクチン、治療薬の開発等で克服してきました。人類の英知を信じ、私達一人ひとりは地道に自分の健康管理に努めるしかないと思います。

 4月8日、簡素な形でよいですから、入学式を行いたいと願っています。

      御船高校の満開の桜 しかし、学校に生徒の影はありません。

桜と共に見送る ~ 転退任式

   春は別れの季節です。令和2年度の人事異動に伴い、御船高校では3月27日(金)午前に転退任式を会議室で実施しました。例年であれば、体育館に生徒を集めて大々的に行うところですが、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から、職員のみの内輪の式となりました。

 このたびの人事異動により、木村事務長をはじめ18人の教職員の方が転勤、または退職となります。長い人では12年、短い人は5か月余りと勤務期間の長短はありますが、皆さんかけがえのない同僚であり、それぞれの責務を全うし学校を支えていただきました。一人ひとりに挨拶をいただきましたが、感極まり涙声となる方もおられました。皆さんの御船高校への深い思いが伝わってくる大切な時間となりました。できることなら、生徒たちに直接聴いてほしい最後のメッセージでした。新型コロナウイルス感染症は、学校を長期の臨時休校にしただけでなく、生徒たちから多くの学びの機会を奪っていると思います。やりばのない憤りを感じます。

 春は出会いの季節でもあります。転退任の皆さんたちはこれから新しい多くの出会いが待っていることでしょう。扉を押し、新しい舞台に進んでください。そして、留任の私達にも新しい同僚や新入生との出会いがあります。

 人事異動は私たち県立学校に勤める者にとって定めです。この時期は惜別の思いに包まれ、学校は感傷的な雰囲気となります。しかし、人事異動によって、県内広く人的なネットワークが形成されます。そして、転出者も留任者もお互い、初心に戻るかのような謙虚な気持ちになり、4月1日からの新年度に臨むことができるのです。経験を重ねてきたベテランの職員であっても、新しい職場に赴くことは不安です。人間関係を一から築き始めることになります。けれども、人事異動によって県内の学校に新しい風が流れるという大きな効果が生まれることを私達教職員は知っています。

 御船高校正門脇にソメイヨシノが一本立っています。少し遅れていましたが、今6分咲き頃でしょうか。学校周囲の道路には街路樹として「陽光」という品種の桜が満開です。週末、御船町の城山公園(旧御船城)を訪ねてみました。町の中心を一望できる高台には桜が咲き誇っていました。

 この時期になると有名な漢詩の一節を決まって思い出します。

  「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」

 (ねんねんさいさいはなあいにたり さいさいねんねんひとおなじからず)

 花は毎年変わらずに咲きますが、それを観る人は移り変わります。

                   城山公園(旧御船城)の桜