校長室からの風

企業の皆さんと共に ~ 産業教育振興会

 12月8日(火)午後、上益城・宇土・宇城地区の企業の代表の方10人ほどを御船高校にお迎えしました。そして、電子機械科3年生の実習の様子を実習棟でご覧いただきました。内容は、①4サイクルエンジンの分解・組み立て、②電子計測、 ③CAD製図、④シーケンス制御です。各企業は、運輸、ソフトウエア、化学、金属製造など異なる分野の方達ですが、どの実習も興味深くご覧になり、教員や生徒に質問されていました。皆さんが評価されたのは、電子機械科の実習がまとまった時間が確保されていること(1サイクルが3時間)、少人数で実習していること(10人前後)でした。一方、一部の工作機械など設備が老朽化している点は懸念されていました。

 そして場所をセミナーハウスに移し、熊本県産業教育振興会「上益城・宇土・宇城地区支部会」を開催しました。産業教育振興会とは、産業界と教育界(高校)が一体となり、地域における実践的教育や職業体験を通じて、次世代の地域産業を担う人材育成を図ることを目的に結成されています。「上益城・宇土・宇城地区支部会」は、この趣旨にご賛同いただく10社の企業の皆さんと、専門高校及び専門学科を有する5高校(矢部、甲佐、松橋、小川工、御船)で構成されています。年に1回、企業の皆さんと高校が一堂に会し、協議する場を持っており、今年度は御船高校が当番校でした。

 御船高校はじめ5高校全て、2年生で就業体験実習(インターシップ)を実施しています。各企業・事業所のご協力により実際に仕事の現場に赴き、数日から1週間程度(日数は学校及び学科で異なる)、体験するものです。このインターシップの教育効果は誠に大きいものがあります。この体験で、生徒たちは、働くこと、社会人になることを深く考えるようになり、進路意識が高まります。この日、企業の皆さんからも、「受け入れた生徒たちは真剣に取り組む」、「指導する社員にとっても新鮮な刺激になる」、「人材発掘の場にもなっている」等、インターンシップに対してはとても肯定的なご意見がだされ、安堵しました。

 また、高校で身に付けていてほしい力として、「学び続けるための基礎、基本」や「コミュニケーション力」を企業側が共通して挙げられました。そして、業種を問わず、女子生徒の採用に積極的な姿勢を示されたのが印象的でした。

 「少子高齢化が進む中、一人ひとりの高校生は地域の宝です。一緒に大事に育てていきましょう。」と上益城・宇土・宇城地区支部会の住永金司会長(熊本交通運輸株式会社代表取締役社長)がまとめられました。銘記したいと思います。

 

卒業コンサート

 開演を知らせるブザーが鳴り、観客席の照明が次第に暗くなります。一方、ステージはより明るくなり、まるで暗い海に浮き上がる光の舞台のようです。久しぶりにコンサート開演の雰囲気を味わいました。コロナ禍の中、御船高校芸術コース音楽専攻生の演奏会を立派な音楽ホールで開催できることに感慨深いものがありました。

 12月8日(火)、御船町カルチャーセンターのホール(500席)で、午後6時から御船高校芸術コース音楽専攻演奏会が開かれました。この演奏会は、3年生にとっては卒業コンサートとなります。芸術コース音楽専攻生にとっては毎年恒例の大きな行事ですが、今年は開催できるか心配の声がありました。秋になり新型コロナウイルス感染の第三波が起こり、この熊本でも警戒レベルが上がりました。しかし、御船町カルチャーセンターのご理解もあり、主催者の学校側が感染対策を十分に講じるということで演奏会実現に漕ぎつけたのです。音楽ホールで演奏できるかできないかは、生徒たちの気持ちが大きく違ってきます。

 当日、会場の受付では、音楽専攻者だけでなく芸術コースの他の生徒達も協力し、来場者の検温や連絡先記入、誘導などが行われました。観客席は一つおきに座り、30分に一回は換気が行われました。生徒と教職員による手作りの演奏会であり、当事者として感染対策に努めたことは大きな意義があったと思います。

 音楽専攻生は3年生4人、2年生5人で、9人全員がステージに立ちました。第一部では9人の専門とする楽器のソロ演奏です。第二部では、アンサンブル、合奏、合唱で、第一部では緊張気味だった生徒たちの表情も和らぎ、笑顔が出るようになりました。特に2年生5人によるアンサンブル(ハンドベル、合唱)は軽快なダンスを披露し、弾むようなパフォーマンスで会場の雰囲気を一変させました。最後の合唱「桜の雨」(作詞・作曲 森晴義)は卒業がテーマであり、2年生のピアノで8人が気持ちを一つにしっとりと歌い上げました。

 エンディング、3年生4人を代表し、酒井さんと井藤くん(唯一の男子)が挨拶してくれました。3年間の思いがこもり、仲間をはじめ指導者、保護者への感謝の言葉で締めくくられ、印象深いものでした。

 音楽専攻の皆さん、楽器ができるということはとても素敵なことです。楽器はあなたたちの身体(からだ)の一部となっています。これからも音楽があなたたちを支え、励ましていってくれるでしょう。

 寒い夜でしたが、心温まる演奏会でした。

 

マララさんからのメッセージ

 皆さんはマララ・ユスフザイさんを知っていることと思います。高校の英語の教科書にも登場します。パキスタンで生まれたマララさんは、少女の頃から女子の教育を受ける権利を訴え、15歳でイスラム原理主義の武装グループに銃撃されました。この事件を機に家族とイギリスへ移り住みました。そして17歳でノーベル平和賞を史上最年少で受賞しました。マララさんは、イギリスの名門オックスフォード大学で学び、今年の6月に卒業を迎えたのです。

 しかし、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な感染流行)によって、卒業式は中止となりました。女子が学校教育を受けることを認めない人々がいる国で命の危険にもさらされ、それでも女子教育の大切さを訴え続けてきたマララさんにとって、学校教育の総仕上げである大学の卒業式が失われたことはどんなに悔しく、無念であったことかと想像します。

 けれども、マララさんは自らのホームページで、パンデミックによって同じように卒業式を失った世界中の学生に呼びかけます。

「Don’t be defined by what you lose in this crisis,

But by how you respond to it.」

(あなたがこの危機によって何を失うかによって定義されてはいけません。

そうではなくて、それにどう対応するかによって定義されなさい。)

 何を失ったかよりも、この危機にどう対応し、前に進んで行くかが重要なのだとマララさんは強調しているのです。そして、「これまでの教育で身に付けてきた知識や技術を持って、私たちは社会に出る時です。より良い世界を創っていきましょう。」とメッセージを締めくくっています。

 コロナ危機を変化する機会ととらえるマララさんの前向きなメッセージは、世界中の若い世代を勇気づけていると言われます。

 このマララさんのメッセージを、御船高校生の皆さん、とりわけ、修学旅行の中止が決まった2年生の皆さんに伝えたいと思います。 

 

                        師走の御船高校の校庭風景

阿蘇の「震災遺構」が伝えるもの ~ 育友会研修旅行その2

    立野渓谷を望む「数鹿流崩れ(すがるくずれ)」の現場に立つと、足がすくむ思いになります。対岸の崖には、平成28年(2016年)4月の熊本地震によって崩落した阿蘇大橋(長さ200m)の橋桁(はしげた)の一部が引っかかる形で残存しています。その他の大部分はおよそ百m下の黒川に落ち、多くがいまだ土砂に埋まっているのでしょう。振り返って見上げると、北外輪山の大規模山腹崩壊の跡が恐ろしいほどの迫力で姿をとどめています。幅200m、長さ700mの規模で急斜面が崩壊し、樹木や土砂がJR豊肥線の鉄路及び国道57号の道路を押し流し、立野渓谷に落ちていきました。熊本地震の阿蘇地域での被害を象徴する場所です。近くにある名勝「数鹿流滝」にちなんで、この大崩落は「数鹿流崩れ」と命名され、石碑及び説明版、展望用の駐車スペースが整備されています。

 熊本地震以来、鉄道は不通が続き、熊本市と阿蘇地域を結ぶ道路は、北外輪山の二重(ふたえ)峠の迂回路となり、人々の暮らしや観光産業に大きな影響を与えてきました。しかし、ようやくこの8月に鉄道、10月に国道57号が復旧し、阿蘇地域と熊本都市圏の往来がスムーズになりました。そして、来春には新しい阿蘇大橋が元の場所から約600m下流に架け替えられる予定で、巨大橋梁の工事が急ピッチで進められています。新阿蘇大橋が完成すれば、国道57号から国道325号で南阿蘇方面とつながります。熊本地震から四年半が立ち、創造的復興が実感できます。しかし、私たちは「阿蘇大橋が落下した!」というニュースを知った時の衝撃を忘れることができません。この自然災害の脅威を次代に伝えていくために、「数鹿流崩れ」が震災遺構として整備されたことの意義は大きいと思います。

 「数鹿流崩れ」の現場から、東側に回って黒川を越え、南阿蘇村河陽の台地上に残る旧東海大学校舎を私達は訪問しました。ここも熊本地震の震災遺構です。東海大学農学部として地震前は約800人の学生がキャンパスライフを送っていました。しかし、この校舎下を断層が走っており、激震が襲われました。敷地内に隆起した地表地震断層は樹脂で固められ、当時の亀裂や横ずれが生々しく残っています。校舎(1号館)は室内に鉄骨がむき出しになるなど甚大な損傷を受けていますが、全体に補強され、外部の回廊から見学できるようになっています。ガイドの方から丁寧な説明を受け、理解も深まりました。

 熊本地震の体験から得られた教訓を後世に伝えるため、熊本県は、震災被害の拠点を「震災遺構」として整備し、それらを巡るフィールドミュージアムの構築を進めています。防災教育の観点から大変有益だと考えます。次は高校生の皆さんと共に赴きたいと思います。

 

 

阿蘇で育つ珈琲(コーヒー) ~ 育友会研修旅行

 皆さんは珈琲(コーヒー)の産地と言うと、どんな場所が思い浮かびますか? 中南米(ブラジル、ジャマイカ等)、ハワイ、東南アジア(インドネシア)、アフリカなどの熱帯・亜熱帯地域のイメージがあるのではないでしょうか? 私がそうでした。そのため、冷涼な気候の阿蘇にコーヒーファーム(珈琲農園)があると知って関心をもち、一度現地を訪ねたいと思っていました。

 11月28日(土)、御船高校育友会(PTA)役員研修旅行(参加者10人)で、阿蘇を訪ねました。例年の研修旅行は県外の先進校を視察していますが、今年度はコロナ禍の中、日帰りで近場の阿蘇地域の訪問となりました。その最初の目的地が南阿蘇村河陽にある「後藤コーヒーファーム」でした。

 手作りの木製看板を背に、オーナーの後藤至成氏が笑顔で出迎えていただきました。元高校教諭(農業科)で、阿蘇をこよなく愛され、定年退職後は南阿蘇で農業を通じて、地域振興に取り組んでいらっしゃる方です。「なぜ、阿蘇でコーヒーなのか?」ということについて後藤氏が熱く語られました。まず、世界の高品質コーヒーは山岳地帯の厳しい環境で生育していることを強調されました。例えば、「ブルーマウンテン」という有名なブランドコーヒーがありますが、ジャマイカのブルーマウンテン山脈(標高2000m級)の山岳地帯で栽培されています。強い日差しを好まず、寒さに強い性質のコーヒーに阿蘇地域の気候は適しているのです。また、阿蘇は湧水が豊富で、このおいしい水で味わう阿蘇珈琲は新しい特産品になる可能性を持っていると説明されました。

 後藤氏は農業科教諭の頃から阿蘇でのコーヒー栽培に着手され、3年前の定年退職を機にファームを設立され、現在、有志農家の方たちと阿蘇珈琲プロジェクトチームを結成され、本格的な商品化、ブランド化に向け尽力されています。日本のコーヒー消費量は増大する一方ですが、そのほとんどが輸入珈琲であり、国産コーヒーの拡大が必要との思いも原動力だったそうです。

 「後藤コーヒーファーム」は年間通しての路地栽培ではなく、冬場は施設栽培方式をとり、温度調整に気を配られています。ハウスの中に入ると、約60本のコーヒーの樹が林立し、葉が茂り、一部にはコーヒー特有の真紅の実が付いていました。樹木の多くにオーナーの名札が付いていました。多くのコーヒーファンが阿蘇珈琲の可能性に期待している現れでしょう。

 一杯のコーヒーには人をつなげる力がある、後藤氏は語られました。阿蘇の土壌で育ったコーヒーの豆を収穫、精製、焙煎、そして抽出と手をかけて、私たちが香り高い味わいを楽しめる日は近いと思います。

「後藤コーヒーファーム」と後藤氏

 

「モノづくり」の楽しさを伝える ~ 「つくって、あそぶ メカトロ王国」

 

 3連休の中日の11月22日(日)、熊本市南区田井島にある大型商業施設「ゆめタウンはません」3階レストコーナー(休憩広場)では、モノづくりに興じ喜ぶ多くの児童、幼児の姿が見られました。子どもたちを教え、サポートするのは御船高校電子機械科3年の生徒達20人です。「つくって、あそぶ メカトロ王国」という御船高校電子機械科の主催行事を実施しました。

 アルミパイプやアルミブロックでアニマル(動物)型模型を作成します。昨年の全国大会に出場したロボットでプラスチックの羽を飛ばし、的当てをします。釘で張られた導線の迷路を両極の付いた棒で進んで行くゲームは、線に触れるとブザーが鳴ります。金属のクリップの付いたお菓子を、磁石付きアームのロボットを動かし釣りあげます。また、パソコンでは、ブロックタイプの入門プログラミングを学びます。ただゲームや体験をするのではなく、なぜこうなるのかという原理、仕組みを生徒たちが子どもたちに説明し、できるだけ、子どもたち自身に作らせ、操作させます。それによって、子どもたちの眼は輝き、完成した時や操作が上手にできた時は、付き添いの親御さんと共に歓声が上がっていました。

 お孫さんを連れて来場された初老の男性の方から、「最初は大学生の皆さんかと思いました。高校生なんですね。みんな落ち着いていらっしゃる」とお褒めの言葉をいただきました。今回、運営に協力している生徒たちは皆3年生です。御船高校電子機械科でこれまでモノづくりに取り組み、トライ&エラーを繰り返し成長してきました。モノづくりの面白さも難しさも十二分に分かっています。小学生や就学前の幼児たちに寄り添い、モノづくりの楽しさを伝えられることに大きな喜びを感じているようでした。

 御船高校電子機械科は、モノづくりを通じての社会貢献活動の一環として、例年、中学生ロボット大会や小学生のモノづくり体験等を行ってきました。しかし、今年度はコロナ禍の影響で、これまでは何もできないままでした。そこで、11月の3連休の機会を利用し、昨年の中学生ロボット大会会場である「ゆめタウンはません」のご協力を得て「つくって、あそぶ メカトロ王国」を企画したのです。コロナ禍が続く中、何かを行うことは常にリスクが伴います。しかし、何もしないでいることは、また別の面でリスクが生まれるとも言えます。

 実習服で生き生きと動き、児童や幼児と交流する3年生の姿を見て、これは電子機械科にとって教育上必要な行事だったと思いました。

 

「学校再発見」の文化祭 ~ 令和2年度龍鳳祭

 御船高校の文化祭は「龍鳳祭(りゅうほうさい)」と呼ばれています。校歌(昭和2年制定)の一節「龍鳳となり雄飛せん」から採られた名称です。巷では新型コロナウイルス感染の第三波が懸念される11月13日(金)、令和2年度「龍鳳祭」を開催しました。

 例年とは大きく異なり、規模を縮小し半日開催、そして保護者をはじめ校外からの見学者を入れないという異例の形式となりました。また、密集、密着を防ぐために、原則、学級単位で動くというルールを設けました。体験型の催し物には人数制限をかけるため事前に整理券を出しました。開会式(一斉放送)で「決められたルートを通り、決められた時間、決められた場所での見学、体験」と生徒会からの呼びかけがあったとおりです。このように様々な制約があっても、生徒会、そして私達職員にとっても、文化祭の実施にはこだわりました。今年度、これが全体として初めての学校行事だったからです。

 ホームルーム(教室)にいる間は、動画視聴の時間です。見学、体験には学級単位で動いて回ります。体育館ではスペースを十分に取り、1学年普通科のモザイクアート、手作りアクセサリー展示、的当てのアトラクションのコーナーが設けられました。また、2学年普通科の「総合的な探究の時間」の発表が掲示されました。特別教室棟では、美術、書道、写真、華道等の作品が展示され、観る者を引き付けました。2年4組(芸術コース)の特設スタジオも出現し、手作りの手腕を発揮しました。そして、電子機械科の実習棟では、ロボットやマイコンカーの実演が行われました。普段、実習棟に足を踏み入れたことのない普通科の生徒たちにとって、電子制御でロボットが動き、マイコンカーがコースを疾走する様子は新鮮な驚きで、歓声があがっていました。

 御船高校は、モノづくりの面白さを追究する電子機械科、音楽・書道・美術を通じて創造性を養う芸術コース、そして様々な学びの中から自らの進路を見付けていく普通科(特進・総合)と多様な学びが共存しています。日頃は異なる学びに取り組んでいる船高生が、学校行事や生徒会活動等で交流し、一体となり「チーム御船」の力を発揮するところが本校の強みなのです。

 僅か半日の文化祭でした。けれども、平常の授業日とは異なり、生徒たちの笑顔や歓声が満ち溢れる、特別な時間となりました。御船高校の多様性を生徒たち自身が再発見した文化祭だったのではないでしょうか。

 学校行事は生徒を成長させるものです。龍鳳祭を実施して良かったと思います。

 

 

探究する力 ~ 熊本県工業高校生徒研究発表会

 第32回熊本県工業高校生徒研究発表会が11月11日(水)に熊本大学「工学部百周年記念館」(熊本市中央区黒髪)で開催されました。県内の県立工業高校及び工業系学科を有する高校の10校が参加しました。

 工業の専門科目に「課題研究」があります。御船高校の電子機械科でも3年次に2単位設定しており、生徒たちがグループごとに分かれ、モノづくりに関する広い題材の中から、指導する教師と共にテーマを立て、その改善、改良に取り組む学習です。今年度の本校の課題研究の代表に選ばれたのは、「Pepper(ペッパー)の有効活用」(指導:緒方教諭、3年A組の男子5人)です。

 ペッパーは(株)ソフトバンク社が開発した人型ロボットです。このペッパーが昨年度から御船町教育委員会に貸与され、小学校の英語の授業に活用できるようプログラミンを本校の電子機械科で担当してきました。昨年度は御船小と小坂小で実際にペッパーを活用しての英語の授業が行われ、電子機械科の生徒たちが課題研究で取り組んだプログラミングの成果が発揮されました。

 今年度の3年生はさらに分かりやすい英語学習の助けになるようプログラミングの改良を図ったのですが、コロナ禍でこれまでのところ小学校でのお披露目はできていません。しかし、そのプロセスを発表しました。重量が約30㎏もあるペッパーを会場に運び、ステージ上で実演させ聴衆の関心を引き付けての研究発表ができたと思います。

 今回も10校それぞれの特色が遺憾なく発揮され、聴きごたえがあり、そのレベルの高さに幾度もうなされました。最優秀賞は球磨工業高校(建設工学科)の「逃げろ! 防災の在り方についての探究」でした。球磨川本流へ流れ込む支流の影響を現地測量や水流実験から検証し、バックウォーター現象の危険性を指摘するなど球磨川の治水の在り方について警鐘を鳴らす内容でした。しかも、この研究活動の最中、人吉・球磨地域は「令和2年7月豪雨災害」に襲われたのです。生徒たちの危機感は的中したことになります。予断や偏見のない、高校生の純粋な探究心が成せる高い研究成果に私は脱帽の思いでした。

 この熊本県工業高校生徒研究発表会は平成と共に始まり、回を重ねてきました。年々、内容のレベルが上がり、プレゼンテーションのスキルも向上しています。今年度は、新型コロナウイルス感染防止のため、「ものづくりコンテスト」はじめ工業系の各種行事は軒並み中止となりましたが、会場の熊本大学のご協力により、感染防止対策を徹底することで実施することができました。

 素晴らしい会場で、生徒たちが学習成果を発表できたことに心から感謝します。そして、今後一層、社会に目を向けた旺盛な探究心を生徒に養っていく必要性を痛感した一日でした。

 

8か月待った出番 ~ 「ブルック像」除幕式

    「想定外の自然災害

  未知のウイルスの脅威

  先の見えない苦難の日々

  私達は何を考え行動する

      私達の未来をこの手で掴め

  どんなに困難でも

  愛に溢れる未来を信じて

                   御船高校書道部」

 御船高校吹奏楽部の演奏に合わせた、書道部員14人の書道パフォーマンスは会場の聴衆を引き付け、自分たちで考えた言葉をダイナミックに書き上げました。音楽、そして書道部の生徒たちの気合の入った声が澄んだ秋空に響き渡り、「ブルック像」除幕式が始まりました。

 熊本県出身の漫画家、尾田栄一郎氏の『ONE PIECE』のキャラクターであるブルックの銅像(立像)除幕式が11月8日(日)、御船町恐竜公園で開催されました。平成音楽大学のある御船町は音楽の町づくりが行われており、音楽家であるブルックが似合う町として選ばれました。御船高校の吹奏楽部と書道部のパフォーマンスが幕開けとなり、御船中学校吹奏楽部の演奏、そして平成音楽大学学生による音楽とダンスパフォーマンスと続き、「音楽家ブルック像」の誕生を歓迎しました。

 「今、熊本は厳しい状況です。ルフィー(『ONE PIECE』の主人公)が持つ無限の楽天性が復興には大切です。そして、心の復興には音楽が必要です。」と来賓の蒲島知事が述べられました。その言葉のとおり、御船町で学ぶ中・高生、大学生が、明るい未来を呼び寄せるような、溌溂とした芸術活動を発信してくれました。式後、書道部と吹奏楽部の代表生徒がブルック像を囲んでの知事や町長等との記念撮影に臨みましたが、満面の笑顔で輝いて見えました。

 「緊張はしませんでした。この場に参加できることが楽しくて仕方ありませんでした!」と生徒たちが弾んだ声で話してくれました。本来は今年の3月に「ブルック像」除幕式が予定されていました。しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、延期されていたのです。8か月の間、この日の出番を生徒たちは待っていたのです。その思いが生徒たちの原動力になったのでしょう。

 『ONE PIECE』は諸外国で翻訳され版を重ね、人気が広がっているそうです。「ブルック像」除幕式は世界にライブ配信(インターネット)されました。日本の文化力、いわゆるソフト・パワー恐るべしです。ネット配信された除幕式の光景の中で、きっと御船高校生の文化パフォーマンスも国境をこえて人々の気持ちを掴んだことでしょう。

 

変革が進む高校の授業スタイル ~ 一斉公開授業

    御船高校では現在2週間の公開授業週間中です。その中でも、各教科の研究授業が11月4日(水)に集中しました。

 2限目の1年A組(電子機械科)の「国語総合」では古典の『伊勢物語』の授業でした。主人公(男)からの和歌に対して、女の気持ちを想像し生徒たちが返歌を創り、発表するという内容でした。心情を想像し、和歌を創り、発表するという生徒の主体的な学習活動が展開されました。

 3限目の2年B組(電子機械科)の「物理基礎」では、「仕事と力学的エネルギー」という単元を取り扱い、電子機械科の専門科目である「機械設計」の内容との共通点に気づかせる授業でした。普通科目の「物理基礎」の学習が工業系の専門科目の理解につながっていること、おし進めて考えれば、あらゆる学びは関連していることを生徒が実感する学習でした。

 5限目の1年2・3組(普通科)の選択「書道」では、古典「曽全碑」を題材に隷書(れいしょ)の成立を学ぶものでした。隷書体で「有志」という文字を書くのですが、この指導にICT機器が効果的に使用されました。先生の書き方がカメラを通じてスクリーンで映されます。そしてその映像は、その後も再生が続き、生徒たちは時々顔をあげ、書き方の手本を確認できるのです。

 6限目の1年1組(普通科)の「家庭基礎」は、契約の成立や契約上のトラブルを避ける方法を学習しました。高校生にとって身近な事例として、原付バイクの購入、あるいはタイヤ交換のケースなどを取り扱い、生徒に考えさせ、意見を発表するという学習活動でした。

 チョーク&トークとかつては高校の普通教科の授業スタイルが揶揄(やゆ)されたことがあります。しかし、今は違います。近年のICT(情報通信機器)の学校への普及、活用によって、授業は大きく変わりつつあります。御船高校では、2年前から、「誰もが分かる」、授業のユニバーサルデザイン化を掲げ、授業改善に取り組んでいます。特にICTの積極的活用を心掛けています。

 別の日に行われた2年A・B(電子機械科)の選択「地理A」では「生徒二人に1台のノート型パソコンを提供し、「デジタル地球儀」のGoogle Earth(グーグルアース)を使う授業でした。このソフトウエアは世界の衛星画像が立体的に利用できます。平面の地図帳と違い3次元の地理世界に生徒が触れます。

 デジタル機器の効果的な使い方はまだ大きな課題です。数年後には高校でも生徒一人に1台のタブレットを使っての授業が始まると予想されます。変革期の高校の授業ですが、その目的は生徒を誰一人取り残さないことです。

 

 

自分の強みは何か ~ 進路実現への挑戦

   「〇〇社から内定頂きました!」、「〇〇大学に推薦合格しました!」等の吉報を携え、喜色満面の3年生が校長室に報告に来てくれています。喜びを分かち合うと共に残りの高校生活への助言を贈ります。一方、不調に泣く生徒たちもいます。特に今年はコロナ禍の影響で就職状況が厳しく、求人数及び採用者数が減り、最初の採用選考で涙を呑むケースが目立つようです。

 希望の企業から採用内定を得られなかった生徒の落胆と失意は大きいものがあります。確かに、希望の企業から選ばれなかった現実は受け止めなければなりません。その企業が求める資質、適性の面で不十分だったのか、他校の受検者の方が成績優秀だったのか、原因は幾つか考えられます。しかし、あなたの全てが否定されたわけではありません。今回はその企業とのマッチング(相性)が合わなかっただけとも言えます。あなたにはまだ進路実現の時間と機会が十分に残されているのです。

 18世紀の作家デフォー(英国)の冒険小説『ロビンソン漂流記』は、ひとり無人島に流れ着いた船乗りロビンソンン・クルーソーが、絶望に陥らず、新しい生活を始める物語です。ロビンソンは、不安と失意を克服しようと努め、絶望的な境遇について、帳簿の貸方と借方のような形式で考えてみます。

「悪いこと 私は救出される望みもなく、この絶島に漂着した。

 しかし私は生きていて、船の他の乗組員は全部溺死した。

 悪いこと 私は人類から引きはなされ、この島で全く孤独に生活しなければならない。しかし、私は食糧がない、不毛な地で餓死することになったのではない。

 悪いこと 私は体を蔽(おお)う着物さえもない。

 しかし私がいる所は熱帯で、着物などはほとんどいらない。

 悪いこと 私は人間や野獣に対して自分を守る術がない。

 しかし私が漂着したのは、アフリカの海岸で見たような猛獣は住んでいないらしい島で、もしこれがあのアフリカの海岸だったならば私はどうなっていただろうか。」

                   (『ロビンソン漂流記』(デフォー、吉田健一訳、新潮文庫)から引用)

 このように考えを整理したロビンソンは、最悪と思える境遇の中にも希望を見出し、島での生活を始めていきます。

 一回目の試験に不合格となった生徒の皆さん。皆さんにはそれぞれの強みがきっとあります。逆境の今こそ、自分の強みを押し出して、次の目標へ進みましょう。終わった「昨日」を捨てることなくして、「明日」を創ることはできません。皆さんは絶海の孤島にいるのではありません。悲観する必要は全くないのです。進路実現への挑戦は始まったばかりです。

 

熊本復興文化祭 ~ 文化の熱気に触れる

 「未来へのエール」をテーマに、「熊本復興文化祭」が10月31日(土)~11月1日(日)にかけて熊本城ホールで開催されました。新型コロナウイルス感染症の長期化、そして夏の県南地域豪雨災害によって熊本県は厳しい状況にあります。そこで、中学、高校生の文化活動の発信によって、沈滞する熊本の社会を元気づけようと、テレビ熊本(TKU)が中心となって熊本復興支援の文化イベントが実施されることになったのです。

 文化の秋にふさわしいイベントであり、文化活動の多くの発表の場を失ってきた県内の中学、高校の生徒たちにとっては待望の機会となりました。会場の熊本城ホールは、熊本市中央区桜町の再開発事業で昨年秋に完成した複合施設内にあり、その規模(メインホール2300席)と言い、洗練されたデザインと言い、中学、高校生にとってはわくわくする舞台です。

 御船高校書道部は、11月1日(日)の午前10時半のオープニングに、1階展示ホール特設舞台で書道パフォーマンスを披露しました。3年生が引退し、2年と1年の新チーム(15人)になってから初めてのパフォーマンスでした。恐らく緊張していたことでしょう。しかし、声も高らかに出て、息の合った躍動感あふれるパフォーマンスを見せ、書きあがった作品の完成度も高いものでした。困難に負けない、未来へ進んで行くという意思を示した言葉でした。応援に来ていた3年生4人の前で、見事に伝統をつないだと私は実感しました。

 2階のエントランスロビーには、御船高校生をはじめ県代表の絵画、書道、写真の優秀作品が並んでいて、見ごたえ十分です。そして、4階のメインホールへも足を運んでみましたが、壮麗な大ホールで中学、高校の吹奏楽、合唱、ダンス、郷土芸能が相次いで出演し、存分に成果を発表していました。

 6月の県高校総合文化祭が中止され、夏の全国高校総合文化祭高知大会への生徒派遣もできませんでした。さらに12月に予定していた全九州高校総合文化祭熊本大会(主会場は熊本城ホール)も規模を縮小し、書道部門は応募された作品審査のみで、他県の生徒たちは来ません。高校教員としての無力感を覚え、文化活動に取り組む生徒たちへの申し訳なさを感じていました。今回、このような特別な機会を設けて頂き、関係各位に心から敬意を表します。

 若人が集結し、その創造的エネルギーを発信する。私たちが長らく忘れていたライブの熱気が熊本城ホールに充満していました。

 

「つなごう100年のバトン」

 「つなごう100年のバトン」と力強く墨書された文字と、100周年のロゴマーク、そして生徒同士がバトンをつなぐ瞬間の写真が組み合わさった御船高校創立100周年記念事業の看板が正門脇に掲げられました。「令和3年 御船高校は創立100周年を迎えます」と告知するために設置したものです。

 スローガンの「繋(つな)ごう100年のバトン」は生徒からの公募を行い、2年B組(電子機械科)の大西快人君の作品が選ばれました。告知看板には、書道の古閑先生に躍動感あふれる文字を書いていただきました。ロゴマークは3年4組(芸術コース)の岡部真寛さんの作品が選ばれました。100年の「1」に天神の森を見立てて、生徒の個性を表現する多彩な色で葉が描かれています。また、スローガンを写実化しようと、美術の本田先生が生徒をモデルに校庭でバトンをつなぐ鮮やかなイメージ写真を創られました。この告知看板そのものが、まさに御船高校の創造力の結晶と言えます。

 今を遡ることおよそ百年、大正11年(1922年)4月に本校は開校しました。すでに明治40年(1907年)に小学校6年制の義務教育が整えられていました。新しい時代(大正)に入り、中等教育への進学者数は次第に向上していました。戦前の中等教育は、男子は中学校、女子は高等女学校へ分かれて進学することになっており、学年は5年制(女学校は4年制が多い)でした。「上益城郡に中等教育を」という地域あげて設立の気運が盛り上がり、上益城郡の拠点であった御船の地に県立の旧制御船中学校の開設が認められたのです。第一期生は142人が入学を許可されました。旧制御船中学校は熊本県内で8番目に誕生した中学校です。

 大正時代には、御船高校の近隣の甲佐高校(旧制高等女学校)、宇土高校(旧制中学校)、松橋高校(旧制高等女学校)がほぼ同じ時期に設立されています。大正デモクラシーの風潮の中、熊本県において中等教育は急速に普及していったことがわかります。また、大正時代は鉄道が地方に普及した時代でもありました。大正5年には私鉄の熊延(ゆうえん)鉄道が熊本市の春竹駅(現在の南熊本駅)から御船町まで開通していました。しかし、甲佐町へ抜けるための妙見坂トンネルや御船川の鉄橋の難工事に時間を要しました。そして、御船高校開校の翌年の大正12年に御船町から甲佐町まで熊延鉄道がつながりました。地元住民は歓呼で鉄道開通を喜んだと伝えられています。

 熊延鉄道は昭和39年に姿を消しました。しかしながら、御船高校は百年の節目を迎えようとしています。私たち教職員、そして生徒の皆さんはこの伝統の学び舎の中間走者のようなものです。受け継いだバトンを次代につなぐという使命をもって、走っていきましょう。

 

 

 

「動員学徒殉難の碑」慰霊祭

    秋晴れのもと、10月25日(日)午前11時から御船高校で「動員学徒殉難の碑」慰霊祭を執り行うことができました。往時の動員学徒同級生(「天神きずなの会」)から酒井様と千場様のお二人がご出席くださり、在校生代表の生徒会の生徒たちに言葉を掛けていただきました。校長挨拶文を掲げます。

 

    本日、御船町町長 藤木正幸様、御船高校同窓会顧問 川野光恵様、そして「天神きずなの会」の皆様をはじめ関係各位のご出席のもと、令和2年度の「動員学徒殉難の碑」慰霊祭を開催できますことは、本校にとって誠に意義深いものがあります。この碑の前に立つと、歴史の尊さを感じ、粛然とした気持ちになります。

    昭和16年(1941年)に勃発した太平洋戦争の期間、学校も戦時体制に巻き込まれました。旧制の県立御船中学校の生徒の皆さんは、学徒勤労動員として、昭和19年10月20日に学校を離れ、長崎県大村市にある海軍の工場へ赴かれました。そして25日、アメリカ軍爆撃機B29の大編隊による空襲を受け、10人の方が亡くなられました。さらに翌年2月には、福岡の飛行機製作工場での厳しい労働環境の中、1人の方が病気で亡くなられました。

    戦後20年がたった昭和40年10月25日にかつての同級生の方達の発意で御船高校に動員学徒殉難の碑が建立されました。県立高校の敷地にこのような碑を有しているところは、他に類を見ません。以来、毎年10月25日に、碑前において式典を執り行ってきています。

    時は流れても、忘れてはいけない歴史を伝えるためにこの「動員学徒殉難の碑」はあります。今日の式典には、全校生徒を代表し生徒会の生徒達が出席しております。志半ばで斃れた先輩達の魂に、後輩の皆さんは守られていることを知っておいてください。

    本校は大正11年(1922年)に創立され、来年度はいよいよ百周年を迎えます。大正、昭和、平成、そして令和と、多くの人材が育ち、世に羽ばたいていきました。時代は変わっても、「天神の森の学舎」は、可能性豊かな若者と熱意ある教師の出会いの場であり続けます。

    結びに、創立百周年を契機に、御船高校はさらなる飛躍を目指すことをここにお誓い申し上げ、御挨拶といたします。

    令和2年10月25日

    熊本県立御船高等学校 27代校長 粟谷雅之

 

あれから76年 ~ 動員学徒殉難の日を迎える

 御船高校の正門を入った左手に白い石造の碑が立っています。11人の若者の姿がレリーフ(浮き彫り)された「動員学徒殉難碑」です。昭和16年(1941年)に勃発した太平洋戦争によって学校も戦時体制に巻き込まれました。当時の旧制県立御船中学校の男子生徒たちは、学徒勤労動員として、昭和19年10月20日に学校を離れ、長崎県大村市にある海軍の工場へ赴きました。そして25日、アメリカ軍の爆撃機B29の大編隊による爆撃を受け、10人の生徒が亡くなりました。さらに翌年2月には、福岡市の飛行機製作工場での過酷な労働の末、1人の生徒が病気で亡くなりました。

 ノーベル化学賞を2008年(平成20年)に受賞した生物学者の下村脩氏(1928~2018)の回顧録にも、この大村海軍航空廠(しょう)の空襲が記されています。旧制諫早中学校(現 長崎県立諫早高校)の生徒として下村氏も現場にいたのです。九州各県の旧制中学校の生徒達が動員されていたことがわかります。この時の大空襲での犠牲者は300人を数えました。

 戦後20年がたった昭和40年10月25日にかつての同級生の方達の発意で御船高校に動員学徒殉難碑が建立されました。以来、毎年10月25日には、碑前において式典を執り行ってきています。『とあまりひとり』と題された追悼記念誌も編纂され、校長室に保管されています。この記念誌の中に旧職員の永上清氏の「あれから20年」という追悼録が収められています。今年も、この文章を全校生徒で読みます。10月22日(木)と23日(金)の始業前の朝の時間に、放送委員の朗読が流れ、それに合わせて読むことになります。

 今年も10月25日が近づいてきました。本年は日曜日です。午前11時から同窓会主催の慰霊祭が碑前にて開催されます。往時の同級生の方達は「天神きずなの会」を結成され、高齢をおして毎年出席されていますが、齢(よわい)90を超えられました。学校からは生徒会役員、そして私たち管理職や同窓職員が出席します。

 令和2年の今年は戦後75年になります。大村海軍航空廠での学徒殉難からは76年の歳月が立ちました。時は流れても、忘れてはいけない歴史を伝えるために「動員学徒殉難碑」はあります。そして、志半ばで斃れた先輩達の魂が、後輩の生徒の皆さんを見守っていると信じます。

 

地域の皆さんと共に生徒を育てる ~ 総合的な探究の時間

 10月15日(木)の2学年の「総合的な探究の時間」には、地域のゲストサポーターが16人も来校されました。皆さん、御船町商工会に所属されている方達です。平日の御多用な時間に、本校の教育活動に献身的にご協力頂くことに恐縮の思いです。授業開始の1時間前には集まられ、担当学級の教員と熱心に打ち合わせをされる姿には頭が下がります。

 2学年の「総合的な探究の時間」(1~4組)では、誰もが住みやすい社会にするために、現在の社会の課題に気づき、どうすればそれらを改善、解決していくことができるかを考え、提案する取り組みを続けています。その中間提言に対し助言をいただくため、各分野の職業人であるゲストサポーターの方達に来ていただいた次第です。私は2年3組の6つの班の発表を聴きました。

1 子どもの野菜嫌いを防ぐために、野菜を練りこんだお菓子(クッキー)を

  つくり、販売する。

2 地域に空き家が増えており、リフォームしておしゃれな店舗に作り替え

  るなどして減らす。

3 中山間地での獣害被害が増大しており、駆除や防護柵等、その対策に力を

  入れる。

4 コロナ禍で旅行が制限されているため、VR(ヴァーチャル・リアリティ)

  旅行を積極的に発信する。

5 高齢者運転による交通事故が社会問題となっており、より安心安全な自

  動制御の車をつくり、事故を減らす。

6 コロナ禍で皆がマスクを着用しているが、たとえばシルク製のような肌

  荒れしない抗菌マスクを製造する。

 いずれもまだまだ未熟な内容です。すでに大人が考え、試行錯誤しているものばかりです。しかし、ゲストサポーターの方たちは、「よく気付いたね」と認め、「こんな問題があるから進まないんだよ。このことについて次は考えてごらん」と具体的に助言をされました。一方、発表の声が小さい場合、「もっと大きく、はっきりと話して!」、聞き手の生徒側に私語があると「発表内容に関係ない私語はやめて!」と注意も飛びました。

 少子高齢化、人口減少などの社会構造の転換で、地域社会は様々な問題に直面しています。簡単に問いが見つからない状況です。しかし、高校生は、その社会の現実を学びながら、次第に社会の一員としての意識を持つことが大切です。

 熱意ある地域の皆さんと共に御船高校は「地域の担い手」を育てていきます。

 

 

3年生を励ます ~ 就職試験の始まり

 

    いよいよ明日、10月16日(金)から今年度の高校卒業予定者の就職試験が始まります。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、例年より約一か月遅いスケジュールです。昨日14日(水)の7限目、本校セミナーハウスにて、就職希望者(公務員志望者は除く)に対する激励会を行いました。3年生51人、さすがに意識が高く、全員マスクを着用して5分前に集合し、私語もありません。緊張感が漂うなか、校長として励ましの挨拶を行いました。

 私は20代から30代にかけて3年生担任を4度経験しています。未熟な担任であり顧みると恥ずかしい限りです。その中から一つの体験を紹介しました。

  「教員志望の男子生徒でした。最終の進路面談で、私が『教員志望とは知っているが、校種や教科は決めているのか?』と尋ねました。すると、彼は『高校の家庭科の教師になりたい』と言いました。『えっ、家庭科?』と私は驚きました。私自身が家庭科を学んだのは小学校までだったのです。中学校では女子が家庭、男子は技術を履修しました。高校では女子が家庭科を学んでいる時間に、男子は剣道か柔道の武道を履修することになっていました。家庭科が男女ともに必修教科となったのは中学校が平成5年、高校が平成6年でした。今から25,6年前です。この男子生徒は男女必修の最初の学年の生徒だったと記憶しています。初めは驚きましたが、彼と話している内に、自分が恥ずかしくなりました。男女共同参画社会になったと生徒たちに社会の変化を説きながら、自分自身の意識は昭和のままで、自分こそ社会から遅れていると思いました。」

     なぜ、私の未熟なエピソードを紹介したかというと、いつの時代も新しい扉を開くのは若者だからです。大人の私たちは一つ前の時代の思考回路です。しかし、高校生は違う。彼らが就職し、仕事をしていくことから、コロナ禍の次の新しい社会は動き出すと期待しています。

     新型コロナウイルス感染の影響で、企業とのオンラインでの面接等が実施されるのではと心配していました。しかし、現時点では本校でのオンライン受験は予定されていません。これまで培った力を大いに発揮してほしいものです。

    小、中学校、高校と12年間の学校教育の目標は、一言で表すなら、子どもを自立(独り立ち)させるためです。就職し、自ら収入を得て、保護者から経済的援助を受けずに生活できることが自立の第一歩です。自立へのわくわくした期待感と新しい世界への挑戦の気持ちで就職試験に臨んでほしいと思います。

    3年生全員の進路達成の日まで、御船高校全職員で支えます。 

 

 

 

今年度の修学旅行について

 初めて私が修学旅行の引率をしたのは教員になって2年目、26歳の時でした。30年余り前のことです。当時の熊本の県立高校の修学旅行は飛行機を使用していませんでした。従って、私の勤務高校の場合、行きは博多駅から新幹線で関西に入り、京都、奈良を回って東京へ新幹線で移動。帰りは大阪から大型フェリーに乗船し、一晩かけて大分港へ帰ってくるという行程でした。四泊五日だったと思いますが、とてもタフで長く感じました。しかし、学校に帰り着いた時は疲労感以上に担任学級の生徒たちとの連帯感を強く覚えたものです。その後、教諭として修学旅行引率を幾度か経験しましたが、飛行機を使用するようになり、宿泊先も次第に洗練された大型ホテルが多くなりました。校長としては前任校で3回引率しましたが、旅行団長としての重責を感じました。

 御船高校では本年12月に東京を中心とした3泊4日の修学旅行(2年生)を計画していました。今年度、新型コロナウイルス感染拡大に伴う1か月半の臨時休校を経て、5月末から学校再開をした時点において、「修学旅行をどうするか」ということは学校にとって大きな課題となりました。

 修学旅行は高校3年間で一回だけ体験する、唯一無二の学校行事です。そして、保護者の方々の旅費負担でもって成立するものです。慎重に検討する必要があると考え、先ず7月に2学年保護者全員に対し、修学旅行のあり方に関するアンケート調査を実施しました。その結果は、74%の方が実施を希望されていること、その中のおよそ半分の方が行先変更の希望でした。一方、全体の23%の方が中止した方がよいというお考えでした。これらの保護者の皆さんの意向を踏まえ、旅行業者の方の助言を受けながら、学校で検討を重ねました。8月には2学年の保護者代表の方と教職員とで協議の場を持ちました。そして、当初の期日、行先を変更し、1月に長野県でのスキーを中心としたプランで実施する方針を固めた次第です。

 10月7日(水)の午後、2学年保護者の方々を対象に「修学旅行説明会」を本校体育館で実施しました。事態は流動的で、今後の本県及び旅行先の感染状況の悪化に伴い中止せざるを得ない場合もあります。キャンセル料はどうなるのか、旅行の感染対策はどうなっているのかなど保護者の皆様の不安や疑問にお答えする機会になったと思います。

 誰もが経験したことがない事態の中、修学旅行を実施することとなります。修学旅行は高校生にとってかけがえのない特別な活動であり、教育的意義は大きいものがあります。だからこそ、長く学校文化の中に定着していると思うのです。  

 保護者のご協力を得て、無事に実施できるよう全力を尽くしていきたいと思います。出発の日を迎えるまで、まだまだ予断を許さない状況が続きそうです。

 

DXとは何? ~ 熊本県高等学校情報教育に関する連携協定の調印

   「情報」という教科が高校で教えられていることは保護者の方でもほとんどご存知ないと思われます。教科「情報」は、社会の急速な情報化の進展に伴い、平成15年度(2003年度)に設置された新しい教科です。従って、35歳以上の保護者の方はご自身が高校生の時にはなかった教科なのです。

 教科「情報」は全ての高校生が履修する必修教科です。御船高校では、普通科の生徒が1年次に「社会と情報」(週2時間)という科目を学んでいます。内容としては、情報通信ネットワークの仕組みや情報社会の課題などを理解するもので、情報機器(コンピュータ)を用いての実習もあります。また、電子機械科ではより専門的な情報技術の学習を2年間にわたって取り組みます。

 実は、熊本県高等学校教育研究会「情報部会」という県内高校の教科「情報」担当者の団体があり、その事務局を昨年度から御船高校が受け持っているのです。会員数は、県立高校76人、市立高校8人、私立高校28人で計112人です。

 9月23日(水)、一般社団法人「熊本県情報サービス産業協会」と私どもの熊本県高等学校教育研究会「情報部会」は、「熊本県高等学校情報教育に関する連携協定書」の調印を行うことができました。「熊本県情報サービス産業協会」は県内70の企業で組織され、講演会やセミナーの開催を通じてIT(情報技術)の向上に努められています。同協会と連携協定を結ぶことで、高校の情報教育の充実を図ることができると大いに期待されます。

    教科「情報」は転換期にあります。令和4年度(2022年度)から高等学校は新教育課程に移行しますが、教科「情報」の内容に問題の発見と解決のためにプログラミングを活用することが盛り込まれました。教科の専門性が高くなる中、「情報」担当の教員のスキルアップが求められているのです。また、企業の技術者と高校の教員が一緒に研修を受け、情報交換を行うことで、企業と学校の相互理解がさらに進むものと思われます。

    先ずは、今年度はトライアル(試行)として3人の教員が10月末からの「熊本県情報サービス産業協会」の研修に参加する予定です。6回シリーズのこの研修のテーマは、今話題の「DX」(デジタルトランスフォーメーション)です。DXとは、デジタル技術を浸透させて人々の生活をより良く変革するという意味の言葉のようですが、具体的にどんな実践なのか、私自身がまだ分かっていません。

 今年度から小学校でプログラミング教育が導入されたことは多くの方がご存知でしょう。未来の情報社会の担い手である児童、生徒を大きく育てるためにも、私たち教員が社会と関わり、変化し続けることが必要でしょう。

 

思いを込めて「書道パフォーマンス」 ~ 秋の全国交通安全運動

 熊本県警から依頼を受け、御船高校書道部は県警音楽隊の演奏に合わせ交通安全を呼び掛ける作品を「書道パフォーマンス」で創り上げました。9月17日(木)、場所は県警察学校体育館(熊本市)です。

 3年生4人、2年生5人の計9人が揃いの袴姿で臨み、縦4m、幅6mの大きな紙に力強い文字を表しました。そして、その様子が交通安全を呼び掛ける啓発動画に収録されたのです。引率した書道の職員によると、撮影は午後1時頃から始まり、終了したのは午後5時を回っていたとのことでした。映像制作のスタッフからの指示や注意を受けながら、書道パフォーマンスを3回繰り返したとのことでした。私は幾度も実演を見ているのでわかるのですが、高い集中力が求められ、心身ともに大きなエネルギーを要するパフォーマンスです。大筆を抱え、リズムに合わせて躍動し、気合の入った掛け声が飛び交います。練達の書道部員にとっても、相当な疲労だったと想像します。

 しかし、彼女たち9人はやり遂げたのです。関係者の方々へ最後の挨拶では、部長の村田さんが「今年度は新型コロナウイルスのため、書道パフォーマンスを披露する機会がありませんでした。このような場を与えていただき、感謝します」とお礼の気持ちを述べました。顧問の古閑教諭、緒方教諭にとっては胸に迫る部長の言葉だったそうです。

 御船高校書道部の「書道パフォーマンス」は近年注目され、様々なイベント等で披露する機会が増えてきました。昨年は、新元号「令和」に伴うテレビ番組出演をはじめ県高校総合文化祭開会式、秋の熊本城「お城まつり」など大きな舞台が相次ぎました。ところが今年度は新型コロナウイルス感染拡大に伴い、部活動も自粛を余儀なくされ、「書道パフォーマンス」も封印してきました。3年生にとっては全国総合文化祭(高知県)も縮小され参加できませんでした。そして、9月上旬の県高校「揮毫大会」を終え、3年生は引退の時期を迎えた最後に、県警からこのような特別の場を提供頂いたのです。心中、期するところがあったと思います。

 本番二日前、学校の中庭での最後の練習を私は見ました。短パン、ジャージ姿の生徒たちは、大きな紙の上で筆と一体となり気持ちをぶつけるような気迫が感じられました。足に墨が飛び散るのも気にせず、一心不乱の様子に圧倒されました。きっと本番では渾身の力を振り絞ってくれるだろうと私は確信しました。

 御船高校書道部の「書道パフォーマンス」が復活しました。今回は先輩たちのパフォーマンスを見守っていた1年生に対し、3年生は大きな贈り物をしていったと思います。