校長室からの風

飯田山に見守られ

 

   今日は5月11日。土曜日ですが、御船高校は登校日で、明日の体育祭に向け最後の練習、準備に学校をあげて取り組んでいます。十連休明けで今日が5日目。生徒達の疲労も蓄積しているようですが、各団の団長はじめ応援リーダーたちは声をからして団の生徒たちを指導しています。体育祭への生徒たちの思いの強さが伝わってきます。まさに、今年の体育祭のテーマ「一意奮闘」そのものです。

 グラウンドで体育祭の練習に奮闘する生徒たちも見守っているのが飯田山(いいださん)です。お椀を伏せたような山容で、標高は431m。益城町の飯野(いいの)地区にありますが、本校のグラウンドから間近に見えます。飯田山と言えば、昔、熊本市の金峰山(きんぽうざん 標高665m)と背比べをしたが負け、もう高さのことはいいださん(飯田山)と言ったという伝承で知られます。

   古くから上益城の人々には親しまれている山ですが、この山の中腹に常楽寺(じょうらくじ)という天台宗の古刹があります。このお寺には興味深い伝説が残っており、開山(寺院の創始者)は日羅(にちら)と伝わっているのです。日羅は、古代の肥後芦北地域の豪族出身で、大和政権と朝鮮半島の百済との外交に関わった伝説の人物です。その日羅の名がなぜ開山として伝えられているのか詳しいことは不明ですが、常楽寺の歴史の古さや格式を示すものと言えるでしょう。鎌倉時代の名僧、俊芿(しゅんじょう)が常楽寺で修行した史実から、創建は平安時代末期と推定されています。

   先日、常楽寺を訪ねてみました。林道で同寺まで自動車で行くことができます。歴史ある山寺の風情が漂っています。同寺から飯田山山頂まで歩いて30分ほどです。山頂からの眺めは広く、御船川、緑川、熊本平野、そしてかつて背比べをしたと言われる金峰山などが一望でき、誠に爽快な気分になります。熊本平野の多くは江戸時代以降の干拓や土地改良で開けたことを考えると、この飯田山付近が古代文化の栄えた所という説もうなずけます。

 今日、日中の気温は25度を超えました。青春の汗を流して体育祭の練習をしている御船高校生の姿を飯田山は笑顔で見守っているように感じます。

 

 

令和の学校生活スタート

 

 5月7日(火)。風薫る爽やかな青空のもと、令和元年の学校生活がスタートしました。新元号「令和」となり一週間が過ぎています。天皇陛下の退位、そして即位に伴う特別な祝日が入ったため、4月27日(土)から5月6日(月)まで十連休という異例の長期休暇となりました。平成から令和に時代が変わる時を高校生として迎えたこと、そして十連休の体験について、生徒たちは永く記憶することでしょう。

 昭和から平成に時代が変わったとき、私は高校教師2年目でした。昭和天皇崩御に伴う時代の転換だったため、国民が喪に服し悲壮感が漂ったことを覚えています。今回は大きく異なります。平成の天皇陛下が上皇となられ、次の天皇陛下に円滑に皇位継承をされたため、国中が祝賀ムードで、期待と希望で新しい時代を迎えました。

 今日5月7日が令和の学校生活の始まりです。最初の学校行事が5月12日の体育祭です。テーマは「一意奮闘 ~ 新時代をかける船高の風 ~」。生徒会を中心に昨年度3学期から準備が始まりました。春休みから応援団演舞の練習が盛んに行われています。そして、この連休中、各団のパネル作成も進みました。体育祭は電子機械科、芸術コース、普通科と全校生徒が一体となってつくりあげるものです。

 生徒の中には足が速い人、そうでない人、運動が得意な人、苦手な人などそれぞれでしょう。しかし、体育祭は陸上記録会ではありません。様々な種目、そして役割があります。体育祭への関わり方はみんな違っていいのです。大事なことは、協力することです。みんなで取り組むことで御船高校の一体感が生まれることでしょう。

 午後、赤・青・黄の三団が団長を中心に団別の練習を開始しました。これから5日間競い合い、12日(日)の体育祭本番で新時代到来の風が吹くことを期待しています。皆さんの時代「令和」はいよいよ始まったのです。

 

 

凛とした高校生剣士たち ~ 城南地区高校体育大会

 4月26日(金)、城南地区高校体育大会が開催されました。今年は、主に八代市や宇城市を会場に行われ、本校からは陸上競技、テニス、バスケットボール、バドミントン、バレーボール、サッカー、弓道、卓球、柔道が参加しました。また、水泳部が芦北町営プールでの競技に臨みました。そして、剣道競技のみが御船高校で開かれました。校長として赴任し三週間あまりの私にとって、本校の部活動生の活躍を広く見て回りたいところでしたが、会場校の責任者として剣道競技を終日観戦しました。

 剣道競技には男子団体8校、女子団体4校、そして男女個人戦に計29人が出場しました。近年、剣道、柔道等の武道系部活動の生徒が減少しています。もともと高校生が減少していることに加え、県内にプロチームのあるバスケットボールやサッカーといった球技に生徒が集まっていると言われます。しかし、そのような状況の中でも、自ら剣道を選んだ生徒たちが集結しました。その姿は「剣士」と呼ぶにふさわしい凛々しいもので、他の競技にはない様式美を感じさせます。

 男子団体は芦北高校、女子団体は八代白百合学園高校が優勝。個人戦では男女とも秀学館高校の生徒が頂点を極めました。どの試合も熱戦で、一瞬で技が決まるため、観る方にも集中力が求められます。御船高校は男子団体が出場しましたが、初戦で八代東高に敗れました。しかし、果敢に攻め込む姿勢が印象的でした。二人が出場した個人戦では共に初戦を突破し見事でした。

重い防具を身につけ、夏の暑さと冬の寒さに苦しめられ、試合では孤高の戦いとなる剣道。その厳しい道を敢えて歩んでいる高校生剣士を私は心から称えたいと思います。

 剣道、柔道、弓道、茶道、華道と我が国伝統の文武の習いには「道」という言葉が付きます。それは果てしないものです。心・技・体の統一を求めての長い道のりなのです。高校生剣士の皆さんはまだその道を歩き始めたばかりです。今日の城南大会で実力を十分に出せなかった人もいるでしょう。不本意な結果に落ち込んだ人もいるかもしれません。しかし、「道」は長いのです。「あの時、負けたことが自分を成長させた」と思える日が来ます。

 凛とした高校生剣士の立ち居振る舞い、瞬間の技の美しさに魅了された一日でした。

 

新しい文化の時代の幕開け ~ 新元号「令和」に寄せて

「力強い字ですね。墨書の迫力が良いですね」と来校された専門学校の先生が言われました。御船高校の玄関には、書道部の3年生が卒業作品として取り組んだ大きな書が飾られていて、お客さんを迎えます。生徒は卒業していっても、彼らの思いが込められた言葉は残り、学校の文化を醸成しています。

 新元号「令和」が4月1日に発表され、大きな反響を呼びました。元号の出典が従来の中国の古典ではなく、初めて我が国の古典に求められたこと、そしてその典拠が奈良時代に編纂された「万葉集」であることが話題になりました。天平文化(奈良時代)の太宰府において、長官の大伴旅人(おおとものたびと)を中心に官僚たちが梅花の宴で歌を詠んでいる場面から「令和」という元号は生まれました。

 「初春令月、気淑風和   梅披鏡前之粉、蘭香珮後之香」

 (初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、

  梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす)

                                            *「万葉集」巻五

 この情景から、「心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ」という意味が新元号にはあると安倍首相は語られました。およそ千三百年前の歌が21世紀の今日まで伝えられていることは我が国が誇ってよい文化と言えます。

 時を超え、大切な言葉が先人より後から来る者のために継承されています。そもそも元号がその典型でしょう。大化の改新(645年)の「大化」以来、我が国の歴史と共に続いています。グローバル社会の今日にあって、先進国が利用しているキリスト教に因む西暦で十分という考えもあるでしょう。しかし、年数の羅列ではなく、そこに時代の索引(インデックス)のような元号が名付けられることは大いに意味があると考えます。まさに文化的な装置であり、多くの日本人が支持する所以だと思います。

 新元号「令和」の発表は、改めて言葉の大切さ、古典や伝統文化の意義を私たちに教えてくれたと思います。軍事力、経済力といったハードパワーと違い、文化というソフトパワーはあまり目立ちません。けれども、「令和」の時代、新しい豊かな文化を創造することを指針として、学校教育に取り組んでいくべきではないでしょうか。

 芸術コースを擁する御船高校の時代が来たと思っています。

 

 

「令和」を書く ~ 御船高校書道部「書道パフォーマンス」

 

         「新たな時代の幕開け

          先人の歩みに感謝し

          未来は私たちの手で切り拓こう

          平成から令和

                  御船高校書道部」

 

 御船高校書道部10人(2、3年生)が力強く書き上げ、その大きな紙(縦3.5m、横5m)を披露した時には思わず熱く胸にこみ上げてくるものがありました。平成31年4月1日(月)、熊本朝日放送(KAB)で夕方に放映された「新元号書道パフォーマンス」です。この番組録画を、4月20日(土)に開催した育友会(PTA)総会に先立って体育館で上映し、保護者の皆さんと一緒に観る機会を得ました。

 凛とした袴姿の書道部員たちが「はい!」と声をあげ、太い筆で自分の担当の文字や絵を書いていきます。その動きはダイナミックで躍動感に満ちています。そして流れるように次の書き手につながっていきます。背景に華やかな桜の枝を描き、自分たちで考えた冒頭の言葉を力強く書き、ひときわ大きく「令和」の文字が浮かび上がりました。きびきびとしてさわやかな高校生による書道パフォーマンスであり、テレビ放映を通して県民の方々に高校生の文化活動の成果が伝わったものと思います。

 御船高校には普通科芸術コースがあり、音楽・美術・書道のそれぞれを専攻する生徒たちが創造性と感性を日々磨いています。中でも、近年、書道専攻の生徒たちが属する書道部の活躍がめざましく、様々な行事から声がかかり、高校生としては全国レベルの技能を発揮しています。その活動が評価され、昨年度は「熊本県民文化賞」を知事から頂きました。そして、4月1日、新元号の発表に合わせて、テレビ局から出演依頼があったのです。

 新しい年号の令和は、人々が心を合わせて文化を創っていこうという意味が込められているそうです。出典は初めて国書の「万葉集」から採られています。「万葉集」は8世紀の中頃の奈良時代(天平文化)に編まれた歌集です。皇族、貴族から農民たちが詠った東歌(あずまうた)、防人(さきもり)の歌まで当時の幅広い社会階層の人々の歌、約4500首が収録されています。

 新しい時代の幕開けです。これからの時代の担い手となる高校生が新元号「令和」を高らかに書き上げたことは象徴的な出来事と思えます。

 

保護者の皆さんと共に ~ 育友会(PTA)総会開催

 

   4月20日(土)の午前、御船高等学校の育友会(PTA)総会を開催しました。多くの保護者の方々に参加いただき、総会を行い、続いて各クラスに分かれて学級懇談会、そして午後には新役員さん方の会議が開かれました。総会での冒頭の校長挨拶を次に掲げます。

 

「本日は育友会総会に御出席いただき、誠に有り難うございます。

   本校は、4月8日に180人の新入生を迎え、全校生徒534人で今年度をスタートしました。ロボットをはじめものづくりの面白さを追求する電子機械科、音楽・美術・書道を通して創造性と感性を磨く芸術コース、幅広い学びの中から自らの進路と夢を探していく普通科。御船高校はテクノロジー(技術)とアート(芸術)の両翼をもつ総合力ある全日制高校です。職員全員が教育的情熱をもって、生徒一人ひとりの豊かな可能性を引き出すことに全力を尽くします。

 また、本校は「開かれた学校づくり」に努めます。保護者の皆様をはじめ地域の方々が学校行事等に大勢足を運ばれ、生徒の活動を応援していただきたいと願っています。一方、学校の方からも積極的に学習成果を地域社会及び県全体に向かって発信し、御船高校の魅力を伝えていきたいと思っております。

 なお、来る5月12日(日)に体育祭を実施します。テーマは「一意奮闘 ~  新時代をかける船高の風 ~」です。生徒会を中心に生徒たちが主体的に準備に取り組んでおり、全校練習も本格的に始まりました。どうか、ご家族で御観覧くださるよう御案内申し上げます。

 最後になりますが、お子様のことで何か気になることがありましたら、遠慮なく担任や学年主任、または部活動顧問などに御連絡いただきたいと思います。ご家庭は、やはり生徒諸君にとって寛げる居場所であってほしいと思います。不満や愚痴、弱音を聞いてあげてください。3年前の熊本地震でもクローズアップされましたが、悩みやストレスを自分一人で抱え込まずに、友人、家族、専門家に援助を求める力こそ、現代に生きる私たちには必要だと云われます。私たち職員も、生徒の変化を見逃さないよう注意し、「気付き、寄り添い、つなぐ」の姿勢で、ご家庭と密接に連携を取っていきたいと思います。

    保護者の皆様の願いと学校が目指すものは同じだと思っております。本校の教育活動への御理解と御支援を改めてお願いし、挨拶といたします。」

 

 

富田至誠先生と教え子たちの物語

 御船高校校長室は美術ギャラリーの雰囲気があります。文化功労者の井手宣通(いでのぶみち)(旧制御船中3回卒)、日展審査員・会員の坂田憲雄(さかたのりお)(旧制御船中6回卒)といった大家の油絵が壁にかかっているのです。さらに、本校セミナーハウスには、世界的版画家の浜田知明(はまだちめい)(旧制御船中9回卒)の作品も飾ってあります。そうそうたる画伯、芸術家を輩出してきた本校の貴重な証と言えるものです。

 「美術教育の御船」の名は、かつて全国にとどろいていました。それは一人の美術教師の赴任から始まりました。その名は富田至誠(とみたしせい)先生。熊本県鹿本郡鹿本町(現在の山鹿市)に生まれ、東京藝術学校(現在の東京藝術大学)西洋画科に学んだ富田先生を、旧制御船中学校初代校長の岩口石蔵(いわぐちせきぞう)先生が招聘されました。芸術の最高学府で学んだ若き俊英を開学時に招いた岩口校長の見識に敬服します。

 富田至誠先生は大正11年の創立以来、戦後の御船高校時代まで27年にわたって美術教育に精魂を注がれ、この間、多くの芸術家を世に送られたのです。昨年百歳で逝去された浜田知明氏は、生前、富田先生から励まされた時のことを次のように回想されています(浜田知明「私の学生時代」より)。

 「『目的に向かって一生懸命やれ。』私は今もその時の先生のお言葉と、めがねの奥のやさしいまなざしを昨日のようにはっきりとおぼえている。」

 美の群像の歴史を誇りに思います。旧制御船中学校以来の美の伝統は脈々と今日まで続いています。平成16年には普通科に芸術コースを設け、音楽・美術・書道をとおして感性を磨く教育を展開しております。

 教師は自分よりも「大きな者」を育成しなければなりません。富田至誠先生とその教え子たちの物語は、教育の原点を教えてくれます。

 

 

「恐竜の郷」、御船町

 御船高等学校が立地する御船町(みふねまち)は熊本市の東の近郊にあり、古くから交通の要衝として知られ、上益城(かみましき)郡の中心地として栄えてきました。九州自動車道の御船インターチェンジから約3㎞で中心街に来ますが、最初に来訪された人は、いくつもの恐竜のオブジェ(物体作品)に驚かれることでしょう。そして、町役場の隣には平成26年(2014年)にリニューアルオープンした「御船町恐竜博物館」があり、目を引きます。

 御船町と恐竜の関わりは、昭和54年(1979年)に町内で肉食恐竜の化石が発見されたことから始まりました。その後、白亜紀後期の御船層群という地層から多数の恐竜化石が産出され、現在においても盛んに発掘調査と研究がなされています。私は20年ほど前、旧館時代の「恐竜博物館」を見学したことがあるのですが、このたび御船高校に赴任が決まり、春休み中に新しい「恐竜博物館」を訪ねてみました。県内外から多くの家族連れの観覧者で賑わっていました。

 館内の展示は一新されており、そのスケールと充実した内容に魅了されました。特に「恐竜進化大行進」と名付けられた立体的な骨格展示は圧巻で、迫力があります。そして、恐竜の世界にとどまらず、生命の誕生から人類の進化、さらには地球の環境変動に至るまで深いテーマが示されていて、見応えがあります。さらに、「オープンラボ」の考え方にもとづき、研究作業室や標本作製室等も通路から見学できるようになっています。

 「わたしたちはどこから来て、どこへ行くのだろう」という大きな命題を考えながら、「恐竜博物館」を後にしました。

 恐竜だけでなく、御船町にはその他、教育・文化資源が豊富です。しかも、九州屈指の音楽大学「平成音楽大学」も存在しているのです。小・中・高(御船高校)・大学の連携が実現できる地域です。より「開かれた学校」づくりに努め、「御船高校でしかできない学習体験」、「御船高校だからできる教育」を進めていきたいと思います。

 

忘れてはならない歴史 ~ 動員学徒殉難碑

 御船高校の正門を入った左手に白い石造の碑が立っています。そして11人の若者の姿がレリーフ(浮き彫り)されています。動員学徒殉難碑です。

 今月末をもって平成の世が終わります。「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに安堵しています。」との天皇陛下のお言葉に多くの人が胸を打たれました。かつて我が国において戦争の時代がありました。

 特に昭和16年(1941年)に勃発した太平洋戦争の期間は、学校も戦時体制に巻き込まれました。当時の旧制御船中学校の男子生徒たちは、学徒勤労動員として、昭和19年10月20日に学校を離れ、長崎県大村市にある海軍の工場へ赴きました。そして25日、アメリカ軍の爆撃機B29の大編隊による空襲を受け、10人の生徒が亡くなりました。さらに翌年2月には、福岡市の飛行機製作工場での過酷な労働の末、1人の生徒が病気で亡くなりました。

 戦後20年がたった昭和40年10月25日にかつての同級生の方達の発意で御船高校に動員学徒殉難碑が建立されたのです。以来、毎年10月25日には、碑前において式典を執り行ってきています。『とあまりひとり』と題された追悼誌も編纂され、校長室に残されています。

 時は流れても、忘れてはいけない歴史を伝えるためにこの碑はあります。そして、志半ばで斃れた先輩達の魂が、後輩の生徒の皆さんを見守っていることになります。

 朝、出勤し、動員学徒殉難碑の前を通るとき、私は粛然とした気持ちに包まれ、頭を下げます。今年度も、「安全、安心な学舎であらねばならない」と強い決意を固めています。

 

「天神の森」の学び舎の新しい物語が始まります ~ 平成31年度入学式

 春爛漫の4月8日(月)午後、180人の新入生が熊本県立御船高等学校へ入学してきました。本校は大正11年(1922年)創立ですから、今年度で98年目です。すなわち新入生が3年になった時、御船高校百周年を迎えるのです。まさに最高の時を得て、本校を選び入学してきてくれた生徒たちです。これから「天神の森」の学舎での高校三カ年が始まります。

 御船高校の正門を入ると、正面に楠の大木を中心に樹木が群集している光景が目に迫ってきます。この一画を「天神の森」と呼びます。本校が創立されるはるか昔、16世紀の戦国時代後半、御船城(現在はその一部が城山公園となっています)の守護神として四方に祭られた聖なる森の一つで、もともとは東の天神(あまつかみ)と称されました。以来、五百年近くこの地にあり、歴史を見つめてきました。

 「天神の森」は本校のシンボルであり、この森に見守られ、大正、昭和、平成にわたって熱意ある教師の薫陶を受け、多くの人材が育ち、世に出て行ったのです。平成から令和へと時代は変わっても、「天神の森」の学舎は、可能性豊かな若者と情熱ある教師の出会いの場であり続けます。ロボットをはじめものづくりの面白さを追求する電子機械科、音楽・美術・書道を通して感性を磨く芸術コース、幅広い学びの中から自らの進路と夢を探していく普通科。御船高校は生徒の皆さん一人ひとりの個性を存分に発揮できる学舎です。

 進級した2年生、3年生と合わせて534人の生徒たちの物語が始まります。

 この4月1日に第27代校長として赴任した私にとっても新しい旅が始まる思いです。前任校(多良木高校)に引き続き、学校ホームページを活用し「校長室から風」を発信していきます。学校がいつも風通しの良いところであって欲しいと願い、たとえ微風でも校長室から風を発信し続けたいと思っています。その風が廊下を通り、職員室や教室、体育館等を巡り、窓から抜けてグラウンドへ出て、その風が地域へ広がっていくでしょう。そのような期待を込めて、これから、「天神の森」の学舎の物語を私の思いと共に風に乗せたいと思います。

 

二年間お世話になりました。

校長の西澤賴孝です。このたびの人事異動で玉名高校に転勤することになりました。御船高校在勤中は、生徒の皆さんはもちろん、保護者の皆様、地域の皆様、同窓会の皆様に一方ならずお世話になりました。この場を借りて感謝申し上げます。

御船高校は母や伯父・叔母の出身校であったため、同窓会や地域の皆様にもたいへん良くしていただきました。おかげで私も安心して学校経営に取り組むことができました。近隣の御船中学校や平成音楽大学との連携はもちろん、町主催の各種ボランティアなど、地域に根差した教育活動も実施することができ、少しは御恩返しができたのではないかと思います。

生徒にも、御船高校や御船町の歴史等を紹介し、母校や地元への理解と愛着を持たせるよう努めてまいりました。伝統に裏打ちされた「誇り」を抱くよう、いろんな場面で熱く語ってきたつもりです。二年後に控える「創立百周年」に向かって意識を高めていってほしいと思います。

御船高校の今後の発展とお世話になった皆様の御多幸を祈っております。

本当にありがとうございました。

平成31年3月28日        

熊本県立御船高等学校 第26代校長 西澤賴孝

卒業作品展やってます。

御船高校普通科芸術コースの美術・デザイン専攻と書道専攻の卒業作品展を、熊本市中央区花畑町にある崇城大学ギャラリーで開催しています。同時開催として、1・2年生の合同発表会も兼ねています。私も昨夕行ってみましたが、見れば見るほど味わいのある作品ばかりで、気が付けば一時間ほど見入ってしまいました。本校芸術コースの生徒の力作を皆さんもぜひご覧ください。開催期間は2月10日までです。

 

城南地区駅伝大会の応援に行ってきました。

2月3日(日)、球磨郡あさぎり町で行われた「平成30年度熊本県高等学校城南地区新人駅伝競走大会」に行ってまいりました。本校からは陸上部のみならずサッカー部や野球部、バスケ部やバレー部などの生徒の混合チームで出場しました。前日に試走をして、充分にコースを把握した上で本番に臨みました。あいにくの冷たい雨の中でのレースとなりましたが、立派に走り切り、女子が12位(15チーム中)、男子が20位(28チーム中)でした。選手の皆さん、お疲れさまでした。

御船高校選手の力走です。

 

くまもと県民文化賞をいただきました。

1月21日、熊本県庁の知事応接室にて「第29回くまもと県民文化賞」の表彰式が行われ、本校書道部が「夢部門」を受賞しました。全国総文祭で文部科学大臣賞を受賞したことをはじめとして多くの大会で部員が入賞したこと、書道パフォーマンスの活躍が顕著だったことで、高等学校文化連盟から推薦していただいたのです。授賞式には渕上悟美さんと興梠莉桜さん、顧問の古閑先生と私が出席して、蒲島県知事から御祝辞をいただきました。書道部のみなさん、受賞おめでとう。これからも技術を高め、多くの方々を喜ばせる活動を行ってください。

 

センター試験が近づいてきました。

昨日のニュースで、県内の私立高校の入試が始まったと報道されていました。これから高校入試・大学入試などの入試が続きますね。本校は推薦入試等ですでに合格を勝ち取っている人が多いのですが、今からが勝負の人もいます。いよいよ本番が近くなってきました。風邪をひかないよう健康管理には気をつけてください。手洗いとうがいは頻繁にすること。焦らずにいきましょう。これからの一ヶ月でかなりのことはやれます。御船高校で学んだことが発揮できるよう、自分自身を信じて、今、すべきことをまっしぐらにやってください。結果は必ずついてきます。 

 みなさんに次の言葉を贈ります。 

「朝顔が、朝、美しく花を咲かせるには、咲く前の闇の暗さと冷たさが必要である。」

  今がまさに「闇の暗さと冷たさ」を感じる時です。今を乗り切れば、必ずあなたの朝顔は見事な花を咲かせるでしょう。

 がんばれ、3年生! 私たち職員は心の底から君たちを応援しています。

師走も大活躍の船高生。

12月も半ばになり、二学期も残すところあと一週間。この土日もいろいろな行事で御船高校生の活躍が見られました。16日(日)、「九州中央自動車道開通式典」が10:00より御船小学校の体育館で行われましたが、蒲島県知事をはじめ、国会議員・県会議員の先生方、関係市町村の皆様など、そうそうたる方々の前で、わが御船高校書道部は堂々とパフォーマンスを披露しました。来賓のみならず出席の地域の皆さんからも大きな拍手とお褒めの言葉をいただきました。いい活躍の機会を与えていただき、国土交通省の皆様には感謝申し上げます。
同じ日、昼からは御船高校のセミナーハウスで、「第10回337-Eレオクラブ年次大会」が開かれ、本校生徒会が中心となって運営・発表を行いました。レオクラブとは、ライオンズクラブの青少年育成プログラムのことで、地域社会の青少年に指導力と経験、機会を提供することで、奉仕の心を持った人間性豊かな人材を育成することを目的にしている団体です。各地域の取組発表や意見交換などを経て、本校参加者もリーダーとして大いに成長したと思います。
夕方は熊本市内の県立美術館分館に移動し、「平成30年度第54回熊本県高等学校書道展表彰式」に出席し、熊本県書道部会長として表彰を行ってきました。今回の高書展には県内45校、222点が出品されており、その中から選ばれた最優秀賞8点、優秀賞12点、奨励賞40点を表彰しました。御船高校からも、黒岩愛さんと那須知夏さんが最優秀賞、川上日鶴さんが優秀賞を受賞しました。展示されていたどの作品にも、日頃の練習の成果が表れていて見応えのある書道展でした。


個性豊かな船高生

11月16日(金)~17日(土)は、御船高校の文化祭「龍鳳祭」でした。芸術コースや文化部の日頃の活動の成果発表や、クラス発表、食品バザー、有志によるステージ発表など、楽しい中にも見応えのある充実した文化祭だったと思います。写真部のプロジェクションマッピングを背景にパフォーマンスを披露した書道部の取組も斬新で面白かったし、1年電子機械科の実際に乗れるジェットコースターにも驚きました。私も34年教員をやっていますけれども、模型ではなく実際に乗れるジェットコースターを文化祭で見たのは初めてです。その他にも、恒例のお化け屋敷も大人気でしたし、食品バザーも大盛況でした。この日は天気も良く、学校外からも中学生や一般の方が大勢見えられ、学校の中も大賑わいでした。おいでいただいた地域の皆さん、朝早くからバザー等の準備をしていただいた保護者の皆さん、お忙しい中餅つきに参加してくださった藤木町長様、本当にありがとうございました。



職員バンドも、ホーンセクションを加えた新しいスタイルに挑戦しました。

書道パフォーマンスの活躍

9日(金)に御船を会場に、平成30年度第57回熊本県高等学校保健体育研究大会が開かれ、本校で公開授業がありました。その研究大会のアトラクションでも書道パフォーマンスを披露し、拍手喝さいを浴びましたが、昨日、熊本市の「ゆめタウンはません店」でも書道パフォーマンスを行い、多くの買い物客から拍手をもらいました。昨年度四国で行われた「書道パフォーマンス甲子園」に出場して以来、このように出演依頼が増え、生徒たちも大忙しですが、多くの人に自分たちの技術を見てもらうことが生徒たちの励みにもなっているようです。

新しい演出も加わり、内容も進化していました。

関西御船会の皆様、ありがとうございました。

11月4日(日)、大阪で行われた「関西御船会」に出席をしてまいりました。前日がグランメッセで物産フェアがあり、ロボットの応援をしていたものですから、大阪には日帰りの強行軍になってしまいました。熊本からは同窓会の川野光恵最高顧問や藤木正幸御船町長も出席されており、東京からも東京御船会の久米政文会長が来られていました。私は、現在の御船高校の様子や部活動等の活躍を紹介させていただきましたが、会員の皆様の母校に対する熱い思いをひしひしと肌で感じました。三年後の100周年にむけてのお話も出て、若手会員との連絡の手段など今後の課題についても協議されていました。アトラクションでの詩吟やカラオケ、ビンゴゲームなど、笑いの絶えない和気あいあいの関西御船会でした。

関西御船会の皆さん、お世話になりました。

「殉難の碑」慰霊祭校長講話より

「殉難の碑」校長講話                      
 おはようございます。本日、10月25日は私たち御船高校にとって忘れてはならない大切な日です。御船高校の前身である旧制御船中学の生徒だった方たちが学徒動員先でアメリカ軍の空襲に遭い、帰らぬ人となった日です。御船高校では、この亡くなった生徒たちを慰霊するため、正門の左手に「殉難の碑」という石碑をたて、毎年10月25日に慰霊祭を行ってきました。今日は、この「殉難の碑」の慰霊祭が行われる日です。その由来を少し、お話をしたいと思います。
 歴史の授業で勉強したと思いますが、明治維新後、日本は「富国強兵」政策を邁進し、日清戦争や日露戦争に勝ち、アジアをリードする存在になりました。そしていつの間にか「神の国日本は絶対負けぬ」という信念を国民の大部分が持つようになっていきました。1941年(昭和16年)12月8日、日本はハワイのアメリカ艦隊を奇襲攻撃し、いわゆる太平洋戦争が始まりました。これから先は皆さんも知っているとおり、日本軍は最初のころこそ連戦連勝で破竹の勢いでしたが、次第に工業生産力に勝るアメリカにじりじりと追い詰められ、南方の島々で日本軍は敗退し、敵の沖縄上陸を許し、広島と長崎に原爆を落とされ、1945年8月15日、連合国に無条件降伏をしたのです。

 この戦争で、実に多くの尊い命が犠牲になりました。今から73年前のことです。

 この太平洋戦争末期、戦局が悪化した日本では、労働力不足を補うために、学徒動員として、中学校や女学校の生徒たちが軍需産業や食料生産に動員され働いていました。当時、本校でも学徒動員が行われており、飛行場の整備作業や飛行機製造工場で働いていましたが、昭和19年10月20日、本校生徒500人が長崎県大村にある東洋一の軍需工場へ出動しました。工場到着後、数日かけて入所式、訓練、作業場所の配置が行われ、10月25日が作業開始の第1日目となりました。その日の午前11時頃、にわかに空襲警報のサイレンが鳴り響き、アメリカの戦略爆撃機B29が次々と襲来し、爆弾の雨を降らせました。猛爆約1時間、爆撃後の工場は凄惨なもので、眼を覆う有様でした。この爆撃で、生徒たちが避難した防空壕のひとつが直撃弾を受け、10人の尊い命が一瞬にして亡くなりました。

 こうして長崎県の大村で10人の生徒が亡くなり、また、福岡では1人の生徒が病気で亡くなりました。戦後、昭和39年にこの10人の非業の死が新聞で特集されたのをきっかけに、「亡くなった生徒たちを懐かしい母校に帰してやりたい」と同級生を中心に慰霊碑を建てる運動が始まりました。多くの人たちの思いや努力が形となり、昭和40年10月25日、あの爆撃からちょうど21年後、「殉難の碑」が完成して、除幕式が行われました。それから毎年10月25日には、当時の同級生が集まられ、慰霊式が行われています。「殉難の碑」は、御影石に亡くなった11人の姿を浮き彫りにしたレリーフがはめ込まれています。皆さんも、ぜひ、足を運んでください。皆さんと同じ若さで亡くなり、再び御船の地へ帰ることのできなかった11人を偲び、その冥福を祈ってもらいたいと思います。

 先の戦争で亡くなった日本人は、300万人以上と言われています。熊本県の人口が約180万人ですから、その数がどれくらいか想像してみてください。その中で民間人の死者は約80万人、およそ3人に1人の割合でした。戦争は兵士だけではなく、赤ん坊や子供、母親、老人など武器を手にしていない多くの人の命も奪う、大変悲惨なものです。

 今、私たちを取り巻く世界情勢は決して安心できるものではありません。テロや核兵器開発など、問題がたくさんあります。

 戦争は紛争を解決したり、自己主張したりする手段ではありません、決してかっこいいものでも勇ましいものでもありません。悲惨なものです、家族の命、友達の命、そして、愛する人の命を奪う残酷なものです。

 日本が終戦以来、約70年にわたって戦争を経験することがなかったのは、わが国の平和を願う国民の意志の力によるものです。私たち自身が、戦争のない幸せな国を築いていかなければなりません。

 そのため、政治に関心を持ち、世の中の動きをしっかりと見定めていくことが大切です。現在は、法律の改正により、満18歳以上の人が選挙に参加することができるようになっています。自分のしっかりした意志を持って、政治に参加し、平和な未来を築くことが今を生きる私たちの責務であります。

 生徒の皆さんはもちろん、私たち教職員も実際の戦争の体験はありません。こうした機会に戦争についてしっかりと考えるとともに、今、心おきなく高校生活を送ることのできる幸せ、ありがたみをかみしめなければならないのだと思います。

  最後に、再びあのような悲劇を繰り返さないために、平和の誓いを新たにするとともに、当時の激動の時代をひたすらに生き、今の御船高校の礎を築いていただいた先輩方に恥じないよう、みなさんの一人一人が、御船高校としての誇りを持ち、全力で高校生活を送っていってくれることを期待します。頑張ってください。

 以上をもって「殉難の碑」の講話を終わります。
                                    H30.10.25  校長 西澤賴孝