校長ブログ

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2024/05/01(59) 5月になりました

 ずいぶんと気温が高くなってきました。ちょっと前まで、梅だ、桜だと、次々に咲く花を見ながら、たまの肌寒さと一緒に春を楽しんでいましたが、最近は少し歩くと汗ばんできます。空を見れば、つばめをはじめ、いろんな鳥たちが飛びかっています。

 そういえば、枝をくわえたカラスをよく見かけます。わが家では、すずめのさえずりが目覚まし時計。カエルの鳴き声も、私には心地よいくらいです。そういえば、よくアマガエルがやってきます。郵便受けの上やバケツがお気に入りの場所のようです。今まで見たことがない(気づかなかった?)昆虫との出会いも楽しい。家の近くを散歩すると、まだレンゲの花が咲いていました。スイカズラやナワシロイチゴをはじめ、初夏の訪れを思わせる野花が鮮やかな彩りを見せています。

 今日5月になったばかり。これから、もっと美しい人吉・球磨の風景が見られると思うと楽しみでしかたありません。

▲アマガエル

▲スイカズラ

▲ナワシロイチゴ

▲咲きかけのアザミ

2024/04/26 (58)体育大会ありがとうございました!

 本日4月26日(金)体育大会を行いました。4月開催の体育大会ということで、短期間の準備となりましたが、生徒会やダンスリーダーのみなさん、そして全員が集中して取組んだおかげで今日を迎えることができました。私が何よりもうれしかったのは、前日の予行練習に真剣に取組んでいたこと。大きな声で声援をおくっていたこと。一所懸命に準備をしたこと。

 3年生に残された学校行事は段々少なくなっていきます。一つ一つの学校行事を大切に過ごしてください。2年生はこれまでの伝統に、2年生色を加えて来年につなげてください。1年生は球磨中央の良さを味わって、これからの学校生活を楽しいものとしてください。

 改めて、生徒会のみなさん、ダンスリーダーのみなさん、大会運営を行ってくれたみなさん、大きな声援を送ってくれたみなさん、まじめに競技に参加したみなさん、本当に有難うございました。球磨中央生の真剣な顔や笑顔が大好きです。友達を思いやるところが大好きです。

生徒のみなさん、こんなに素敵な体育大会を有難う。球磨中央生は最高の生徒です!!

最後に平日の早朝よりお越しいただきました保護者の皆様及びご来賓の皆様に心から感謝申し上げます。

▲3年生のダンス

▲前日の予行練習①

▲前日の予行練習②

▲当日の朝の準備、天気が心配

 

2024/04/23(57)3回目の校歌のお話

 新学期が始まって2週間が過ぎました。この間、新しいクラスでの生活や気温の寒暖差、生徒の体調が心配でした。先週はほとんど学校にいなかったので、生徒の様子が分からず、もどかしさを感じていました。全体的には無事に学校生活を送っているように見えますが、一人一人をしっかりと見守る必要性を感じています。26日(金)は体育大会、今日から学年練習が始まりました。短い練習期間ですが、それだけに集中して取り組んでほしいものです。

 さて、卒業式の式辞の中で本校の校歌についてのお話をしました(校長ブログ49)。実は、この話には続きがあります。作詞をされた渋谷 敦(しぶや あつし)先生はこうおっしゃっています。「歌は時代とともに生き、時代とともに消長する。やがてこの歌詞が古めかしく、なじまないものになったとき、この歌はいつでも改正され、新しい歌にとって代られても構わないと思う。その踏台(ふみだい)となる日まで、今の願望と今の喜びが、声高らかに歌いつがれていったら、草創時代に生きた私たちの証(あかし)として十分であろう。そんな、ささやかな、一途な願いが、この歌詞にはこめられている。」 私はこれを読んだ時に、現状に留まらない進取の気概を感じました。同時に、先人の足跡を大切にしながら、世界とつながって生きていくことこそが、地球規模の課題解決のために必要であり、そのことは不変のものであるという渋谷先生の確固たる信念を感じます。校歌誕生から50年。体育大会当日、「歌おう!! みんなの校歌を」

▲学年練習はじまりました

▲歌おう!みんなの校歌を 

2024/04/17 (56) 足の痛み

 先週4月8日、左足の甲〜足首〜土踏まずにかけて激痛が走りました。年に数回は発症するのですが、今回の痛みはいつもよりもひどかったような気がしました。8日は始業式、入学式。テーピングをし、鎮痛剤を飲んで式に臨みました。幸い2・3年生や新入生に大きな迷惑をかけることはなかったようで一安心。翌日も杖をつきながら勤務しました。痛みが出るたびに、学校(本校だけでなく、一般的な学校)の施設が人に優しくないことを痛感します。校内に入るためには、一部スロープはあるものの、基本的には段差を越えなければなりません。どこに行くにも段差や階段だらけ。本校は手すりなどが割と多く付けられていますが、車椅子や松葉づえをついての移動はかなり難しいと思います。普段気にならないちょっとした段差も、体に痛みがあると、高い壁のように感じられます。そんな時に生徒から「大丈夫ですか」「早くよくなってください」「危ないから気を付けてください」と声をかけられました。その言葉だけで痛みが和らぎました。

 コロナ禍の中、一人一台端末が進み、オンライン会議や在宅での仕事が当たり前のように行われています。2年前、本当ならばつくば市に行って受ける研修を、学校でオンラインによって受講しました。移動時間を考えるとずいぶん助かりました。その一方で、私はある障がい者の方の次の言葉にはっとさせられました。「障がい者があれだけテレワークやオンライン授業を熱望したのに、あれだけ声をあげたのに、ちっとも耳を傾けてもらえなかった。ところがいざ「自分」たちが同じような困難に直面したらこれだけスピーディーに、これだけダイナミックに世の中変わっていくんだなって、やっぱり悔しいですよ。」

 いろんな出来事が自分事になってはじめて人は考え、行動します。しかし、困りごとがある人の立場にたって、その思いを自分事とし、他者のために行動することによって、少しずつでしょうが、環境がよい方向に変わっていくと思います。学校の施設を一気に改修することは難しいです。しかし、学校の中で困っている人を見かけたら、自分事としてそっと寄り添い、優しく、当たり前のように支える雰囲気をつくっていきたいと思います。

▲ちょっとした段差もつらい

▲家庭科室前の階段の手すり

▲事務室前のスロープ

▲正面玄関のスロープ

2024/04/09(55)藤の花

 今日4月9日(火)は、昨日の始業式・入学式とはうって変わって透きとおるような青空。午前中、2・3年生は課題考査、1年生はオリエンテーション、午後から対面式、部活動紹介と続きました。1年生の前でお話をさせていただきましたが、素晴らしい礼法所作、きらきら光る表情、真剣に聴く態度、私も気が引き締まりました。

 校長室横の庭に藤の花が咲きました。私は恥ずかしながら、藤の花は芽吹いて、少しずつつぼみが開いて、花が咲くのだろうと思っていました。ところが、観察してみると、様々な変容を経て、美しい紫の花となることが分かりました。

3月1日、立派になって卒業した生徒たち。3年間、楽しいことも、つらいこともあったことでしょうが、色々な困難を乗り越えて大きく成長しました。1日1日成長し、大輪の花を咲かせたのです。これから、子供たちの、毎日の少しずつの成長を見逃さないよう、伴走していきたいものです。

▲3月7日「藤の花」

▲4月2日「藤の花」

 ▲4月9日「藤の花」①

▲4月9日「藤の花」②

▲4月9日「藤の花」③

2024/04/08(54) 熊本県立球磨中央高等学校第8回入学式 式辞(抄)

 ただ今、入学を許可しました104名の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。

晴れて本校への入学を果たされた皆さんを、職員、在校生一同、心から祝福し、歓迎します。今、皆さんは入学の喜びとともに、新しく始まる学校生活への大きな期待に胸をふくらませていることと思います。今の気持ちを大切にして、志を高く掲げ、それぞれの夢の実現に向けて、これからの学校生活を充実させてください。

本校は、平成29年4月に開校し、今年で8年目を迎えます。球磨商業高等学校の伝統を引き継ぎながらも、新たな専門的で探究的な商業に関する専門的な学習活動を行う商業科及び情報処理科、地域の課題を発見し、未来創造を担う人材を育成する地域未来探究科からなり、皆さん方は八期生となります。

 商業科や情報処理科では、実践的・探究的な学習活動を通して、「新たな価値の創出に向け、探求・創造・実行することができる人材」、「経済発展と社会的課題の解決を両立できる人材」を育成し、地域産業をはじめ、経済社会の健全で持続可能な発展を担うための資質・能力を育成します。

 地域未来探求科では、地域への愛情を深めた、将来の地域社会の発展を担う地域リーダー育成をします。学びは本来

楽しい活動です。どうか専門的で、創造的な各科の学びの中で学ぶおもしろさを味わってください。

さて、本校の教育方針は、「全ての人の幸福のために、倫理的に正しく、規律ある判断力をもって責任ある行動がとれる人間の育成を目指す」です。世界では戦争やテロが至る所で起こり、地球沸騰化や大規模な自然災害、エネルギーや水、食糧の枯渇など、本来ならば地球人としてこうした大きな問題に立ち向かわなければならないはずなのに、自国第一主義と分断、偏見と暴力、富の集中と貧困がその解決を阻んでいます。また、SNSの急速な発達は、私たちの生活を便利にする一方で、自分に都合のいい情報だけを取り込み、平気で嘘をつき、人をだまし、人の心を傷つけています。

熊本県は、人吉球磨は、熊本地震、豪雨災害と本当につらい思いをしてきました。そして人々はその苦しみに正面から立ち向かい復旧・復興にまい進しています。だからこそ、他者のことを自分事として捉えることの大切さ、一人一人の力を合わせることの大切さ、人を思いやることの大切さを知っています。本校では教育方針に基づき、自分自身の、他者の、地域の、あらゆる人々の幸せのために行動する人材を育てていきます。現在、本校の学校生活はコロナ禍以前の状況に戻ってきました。どうか、クラスメート、先輩、先生方とともに充実した毎日を過ごし、皆さんの無限の可能性を伸ばしてください。

そして、入学式にあたり、私から皆さんにお願いがあります。

「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま」「お帰りなさい」、この当たり前の、本当に当たり前の会話が、当たり前にかわされてほしい。この言葉が聞こえるということは、今日一日を生きている証です。皆さんに期待することはたくさんありますが、一教師としての、一人の大人としての願いは、健康であってほしい、生きて欲しい、ただその願いだけです。皆さんはたくさんの人から愛されています。そして、この球磨中央高校でたくさんの人と出逢い、支え、支え合ってください。自分を大切にし、周りの人を大切にし、毎日を過ごしてください。当たり前の幸せを土台にして、3年間をかけて自分の未来を開拓してください。

この3月に卒業した生徒が「私たちの未来のために」と題した作文を書き、警察庁長官賞を受賞しました。その作文の終わりには「明日、当たり前の日常が当たり前に来るとは限らない。もしかしたら、明日、当たり前が変わるかもしれない。そのことを胸に刻んで、一日一日を大切に自分の行動に責任をもってこれからも生活していきたい。」と書かれています。何気ない日常の一日一日があることを幸せと思い、大切に生きてください。

新入生の皆さんの輝ける未来を祈念いたしまして式辞といたします。

 令和六年四月八日 

   熊本県立球磨中央高等学校長 松下 宏則

▲入学おめでとうございます。

▲入学式の準備

24/03/28(53)転退任式

 今日3月28日(木)は転退任式。3月は旅立ちの時期、それはお別れの時。今年度末の異動で10名の先生が本校を離れます。1年間同じ職場で働いた仲間、新米校長のいたらなさにめげることなく、それぞれの持ち場で力を発揮していただきました。たった1年、しかし私にとっては大切な1年でした。教員のリーダーとして学校経営に尽力していただいた先生、生徒の発表や商品開発の指導はもちろんのこと、学校の運営に大きな功績があった先生、優しく丁寧に生徒の悩みを受け止め、生徒のよき理解者であった先生、防災教育の公開授業でカレーを袋で作り、参観者を驚かせた先生、忙しい校務を果たしながらも、球磨中央百貨店のポスターや映像づくりで高い技術力を見せた先生、レベルが高く元気が出る授業を展開するとともに、生徒の進路目標実現のため力を尽くした先生、先進的な授業や部活動指導、インスタグラムの即時更新など色々な場面で活躍した先生、予算や施設管理など、生徒の目にはなかなか見えないのですが、重要な事務の仕事を正確にこなした先生、フットワークが軽く、勉強熱心、生徒への声掛けを常に忘れなかった先生、豊富な経験を持ち、生徒だけではなく私たち教員にとっても頼りになる先生。私は、先生方と出会えて本当に幸せです。そして心から感謝しています。どこの職場でも活躍できる先生ばかり。それぞれの職場で大きな花を咲かせてください。「本当に有難うございました!」「ご自身もご家族も健康第一で!」、そして「いってらっしゃい!」

花壇の花のお見送り

 ▲花壇の花のお見送り

正門を越えて

 ▲正門を越えて

旅立ち

 ▲旅立ち

24/03/22(52)3学期終業式でお話ししたこと

 まずは、みなさんにお礼を言わせてください。3月1日、本当に素晴らしい卒業式でした。3年生だけでなく、2年生がきちんとした態度で臨んだからです。1年生は式には参加していませんが、前日の表彰式の態度が本当に立派でした。1年後、2年後、一緒に感動的な卒業式を創りたいと心から思いました。
 3学期終業式にあたり、1年前、自分が何をしていたのか振り返ってみました。去年、前任校の終業式が3月24日、そしてその日は、引継ぎのために、私が初めて球磨中央高校を訪ねた日でもありました。本山校長先生が球磨中央高校生について熱く語られたことを、今でも鮮明に覚えています。それから1年、学校行事で見せる真剣なまなざしと笑顔、授業や部活動にまじめに取り組む姿、日々の生活での元気な声、どれだけ皆さんから元気をいただいたか分かりません。私は皆さんとの出会いを心から感謝し、そして幸せを感じています。私は、人との縁を何よりも大切にしています。4月の始業式で紹介した言葉、
 「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅過ぎない時に」
 出逢った瞬間が何かの縁だと思います。みなさん、どうかこれまで出逢った人との縁、この1年で出逢った人との縁、これから出逢う人との縁を大切にしてください。
 さて、私が初めて3年生の担任をしたのが今から28年前。私よりはるかに豊かな感性と才能をもった45名。キラキラと輝いている生徒たち。私は一瞬で3年7組が好きになりました。この生徒たちの夢を叶えるため、自分に厳しくし全力を尽くそうと、教室に自分に対する戒めの言葉を書いて貼りました。同時に、これから多くの困難に直面していく45名に対しての贈る言葉としました。
 「自律」 私はもともとなまけものです。なまけものの自分をしっかりとコントロールするために、時間を守る、先のことを考えて行動する、規則正しい生活を送ることを心掛けています。生徒にも、目標を達成するために、自分に厳しくあってほしいと願いました。
 「努力」 私にはこれといった取柄はありません。だから、何かを達成しようとするためには、勉強し続けるしかありません。せっかくの才能を持った生徒たち。その力を開花させるために、自分で自分を鍛え、前に進んでほしいと願いました。
 「想いやり」 私はこれまで、たくさんの人たちに支えられ、助けられてきました。つらいとき、泣きたいとき、お互いに励ましあえるクラスであってほしい。一人の喜びがクラスの喜びになってほしいと願いました。
 この「自律」「努力」「想いやり」は、今でも自分の戒めの言葉です。そして、今年は、本校卒業生に贈る言葉としました。皆さんに贈る言葉としました。初めての校長として皆さんに出会いました。皆さんのために自分に厳しくありたいと思いました。これから夢を達成するために、皆さんには困難を乗り越えていってほしいと願い、贈る言葉としました。初めて生徒の前で決意を述べてから28年、この言葉を再び託せる皆さんたちに出会うことができました。
 新しいステージは目の前です。新たな球磨中央高校の歴史をつくる主役は皆さんたちです。どうか、その覚悟をもって春休みの間、力をためてください。4月8日(月)キラキラ、ワクワクしている皆さんと会える日を楽しみにしています。

皆さんの進級をチューリップも喜んでいます

 ▲皆さんの進級をチューリップも喜んでいます

贈る言葉

 ▲贈る言葉

24/03/13(51)にんじんの葉、だいこんの葉

 今年に入ってから、にんじんの葉とだいこんの葉を栽培(?)しています。料理で余ったにんじんとだいこんです。だいこんの葉は料理に使いますので、ぎりぎりまで葉を切った切れ端を栽培しています。現在、私の部屋には、にんじんの葉とだいこんの葉3きょうだいがいます。以前、食べるために野菜の切れ端を栽培するという記事がありましたが、私の場合は、どちらかというと、観賞用に育てています。わずかな実の栄養と水で育っているのでしょうか。

 毎日水を換え、受け皿を洗うなど、大切に育てています。球磨中央百貨店で購入した赤いサボテンとも仲がいいみたいです。気が付けば葉っぱに「おはよう」「元気?」「おやすみ」などと声掛けをしていて、はたから見るとちょっと滑けいだと思います。学校の花壇の花もそうですが、優しい気持ちで大切に育てると、すくすくと成長する気がします。以前、植物は人間の気持ちが分かるという内容の本を読んだことがありますが、その真偽は別にして、そう思いたくなります。わが家のにんじんの葉とだいこんの葉、私にこころの健康を与えてくれています。

チューリップが咲きました

 ▲チューリップが咲きました

ムスカリも育っています

 ▲ムスカリも育っています

わが家のにんじんとだいこんの葉

 ▲わが家のにんじんとだいこんの葉

24/03/07(50)少しずつ

 素晴らしい卒業式。卒業生と在校生が一緒になってつくった卒業式。3月1日、私は誇らしい気持ちになりました。卒業式が終わったと思ったら高校入試。後期(一般)選抜が3月5日・6日に実施されました。卒業生が本校の歴史を積み上げて旅立つと同時に、新しい風が吹いてくる。学校はこうやって少しずつ成長していくものだと実感しています。

 暖かい日があったかと思ったら、次の日は寒くなる。寒暖差が大きく、体調を崩している人もいるかもしれません。私もその一人です。でも春は少しずつ近づいています。折にふれて紹介している事務室横の花壇のチューリップが大きくなりました。ムスカリのかわいい花も咲いています。木々の枝は芽吹いています。今春、どのような彩りが見られるのでしょうか。

 本校は、遠方から通学してくる生徒も多く、また交通手段が限られている事から、送迎のための車の校内乗り入れができます。保護者の方がルールを守ってくださるので、現在まで事故等は起きていません。先日、さらなる安全環境づくりのため、学校技師の方が一時停止「止まれ」の文字を白いペンキで書き、標識を立ててくれました。生徒の安全確保は私たちの一番大切な使命です。そのために出来ることを少しずつ重ねていこうと思います。

チューリップ、楽しみです

 ▲チューリップ、楽しみです

ムスカリの花

 ▲ムスカリの花

本校のしだれ桜

 ▲本校のしだれ桜

「一時停止」の標識

 ▲「一時停止」の標識

一時停止「止まれ」

 ▲一時停止「止まれ」

24/03/01(49)熊本県立球磨中央高等学校第五回卒業証書授与式 式辞(抄)

 令和2年2月27日、全国の小中高等学校の臨時休業が発表された時、皆さんは中学2年生、不安のなか、中学3年生の春を迎えようとしていました。追い打ちをかけるように、7月には熊本豪雨、甚大な被害を人吉・球磨の地にもたらしました。新型コロナウイルス感染症が五類感染症となったとは言え、いまだ感染のリスクはすぐ側にあります。また、多くの方々の努力によって災害からの復旧が進んでいますが、復興への道のりはまだまだ遠い状況にあります。今年1月1日に能登半島地震が起こりました。お亡くなりになられた方々へ謹んで哀悼の意を表しますとともに、被災された皆様に心からのお見舞いを申し上げます。被害状況や被災者の方々の様子を見ていると、とても他人事には思えず、共に支え合っていこうという気持ちでいっぱいになります。

 先行きがまったく見えない状況のなか、皆さんはどのような日々を送ってきたのでしょうか。令和3年4月8日の入学式、希望と不安はどちらが大きかったのでしょうか? 令和4年、2年生となった皆さんは、中堅学年として学校内外でどのような活躍を見せていたのでしょうか。 令和5年4月10日、初めて皆さんに出会ったとき、そうした思いが次々とこみ上げてきました。そして皆さんの一日一日の生活を間近で見ていくうちに、1年生の時、2年生の時、様々な不安や悩み、苦労もあったでしょうが、それらを乗り越え、立派に育ってきたことを確信しました。体育大会、一所懸命に競技に取り組み、友達を大きな声で応援する姿、弾けんばかりのダンスで見せたかわいらしさと格好良さ、最後の写真撮影での達成感いっぱいの笑顔、こんなに楽しく、幸せな体育大会は初めてでした。
 10月、コロナ禍前と同じように開催した球磨中央百貨店。開店当日まで数々の苦労や失敗があったことでしょう。しかし、皆さんのおもてなしの心が前日の悪天候を追い払い、素晴らしい秋晴れの2日間をもたらし、実に3,500人ものお客様が来られました。この経験は何にも代えがたい、君たちの財産です。
 ほかにもたくさんの学校行事、部活動、検定試験に取り組んできました。一人一人が真剣に向き合い、一人一人が主人公となりました。この3年間で成長した皆さんは、予測困難な社会において、未来を切り拓く、私たちの希望の光なのです。

 さて、本校の校歌が作られて今年で50年になります。作詞した渋谷 敦(しぶや あつし)先生は、この校歌の歌詞について「校内に限らず、郷里の、日本の、世界の誰にでも愛され、いわば世界の友達とともに歌われるという遠大な願いを込めている。さらに「悠遠の光」と「雄渾の伝統」は日本や郷里の遠い長い縦の系譜(つながりのこと)であり、「今ぞ咲く」「今ぞ呼ぶ」の発想には、日本や世界と連帯する横の系列(結びつきのこと)」を織り込んだとおっしゃっています。先人たちが築いた伝統を受け継ぎながら、地域・日本・世界とつながる。まさに、本校が目指す地域のグローカル人財の育成がすでにこの校歌に刻まれていたのです。 私は自信をもって言います。本校の校歌に刻まれた理念こそが、皆さんの未来を照らす光なのです。
 さらに、倫理的に正しく、思いやりの心を持ち、責任ある行動をとる「誠実」、学び続け、伝統を大切にしながらも常に新しいことに挑戦する「進取」、他者を敬い、自分を大切にし、世界の平和を願う「友愛」、この本校校訓は、皆さんが目指す道を示す羅針盤なのです。球磨中央高校での3年間の学びを誇りにして、あらたな場所で活躍してください。

 そして、私から皆さんにお願いがあります。それは「命」を大切にしてくださいということです。皆さんはたくさんの人から愛されています。見返りなど関係なく、皆さんを愛し、支え続ける家族、苦楽を共にしてきた友人、身近で成長を見届けてきた本校職員、そのほかたくさんの人から愛されています。ここで、ある詩を紹介します。

 いろんなひとがいるけれども 今日一日やさしい心でいよう
 いろんなことがあるけれども 今日一日あかるい心でいよう
 この道は遠いけれども 今日一日すすもう
 何があっても大丈夫  今日一日笑顔でいよう

これは、重い病気と闘いながら必死に生きていらっしゃるある患者さんの詩です。自分のために、自分を愛してくれる人たちのために「命」を大切にしてください。一日一日を大切にしてください。これが私の最後のお願いです。
 私の大切な、大切な108名のみんな、輝く未来に向けて「いってらっしゃい!

       令和6年3月1日 熊本県立球磨中央高等学校 校長 松下 宏則

書道部からのメッセージ

 ▲書道部からのメッセージ

卒業式前日

 ▲卒業式前日

24/02/26(48)歴史を楽しむ②

 私の愛読書の1つに「熊本の石橋313」(熊本日日新聞社)があります。熊本県には多くの石橋があり、同書によると「全国にある石橋の半数が熊本に現存」しているそうです。この本は1998年(平成10年)が初版で、紹介されている313のうち、その後の災害で失われた石橋も少なくありません。川の大小にかかわらず橋を架けることは、往来や運送などの利便性を格段に向上させ、人々の生活を豊かなものとしました。石橋の建設に関わった石工(いしく)たちは、当時の最先端の技術を駆使しながら命がけで臨みました。石工たちの苦労、住民の希望が石橋の造形美の中にあらわれているようで魅了されてしまいます。この本では、人吉・球磨の石橋として17基が紹介されています。校長ブログでは相良村の橋谷橋と湯前町の下町橋を紹介しました。石橋に関心を持つと、ほかの石造物(せきぞうぶつ)にも感心を持つようになりました。五輪塔(ごりんとう)や宝篋印塔(ほうきょういんとう)、板碑(いたび)、六地蔵塔(ろくじぞうとう)が好きで、「石仏と石塔」(石井進・水藤真監修 山川出版社)を手に、県内を巡っていました。意識して歩くと、石造物にはよく出会います。例えば錦町ですと、土屋観音堂。本や地図、カメラ、野帳をバックに詰めて、道に迷いながら、目的の文化財を探し回っていた30歳代。見つけたときの達成感とともに、授業で生徒に紹介する楽しさも忘れられません。

ご紹介した本

 ▲ご紹介した本

下町橋(湯前町)現在修復工事中

 ▲下町橋(湯前町)現在修復工事中

土屋観音堂と石造物(錦町)

 ▲土屋観音堂と石造物(錦町)

24/02/16(47)春めく

 しばらく寒い日が続きましたが、近ごろめっきり暖かくなりました。事務室横の花壇では、事務の先生と生徒さんが植えたチューリップとムスカリの芽が元気よく出ています。花壇のすぐ側には優雅なしだれ梅、ミツバチが蜜を吸いにやってきます。散歩も気持ちよく、気のせいか、少しずつ彩りが増えてきたような気がします。付近の道を歩いていると、ナズナやオオイヌノフグリ、ホトケノザが一緒になって咲いています。まるで花束を見ているようです。たくさん咲いている菜の花も素敵ですが、私は、ひっそりと咲いている菜の花が好きです。それにしても人吉・球磨の草花は、澄んだ青空と溶け込み、何とも言えない心地よい空間を創っています。「雑草という草はない」とは牧野富太郎の名言ですが、ひとつひとつよく見ると、それぞれに個性があってたくましく生きています。自宅に近づいたころ、どこからかワタゲがゆらゆらと飛んできて、無事に土へ着地。「きれいな花を咲かせてね」と心に願いながら、散歩を終えました。

本校のしだれ梅

 ▲本校のしだれ梅

しだれ梅2

 ▲しだれ梅2

事務室横の花壇・チューリップの芽

 ▲事務室横の花壇・チューリップの芽

ワタゲ

 ▲ワタゲ

一武の野花

 ▲一武の野花

一武の野花2

 ▲一武の野花2

一武の野花3

 ▲一武の野花3

24/02/13(46)歴史を楽しむ

 前回のブログで書きましたが、私は江戸時代の熊本を研究していました。研究は生みの苦しみもありますが、地道に史料を集め、積重ね、自分の仮説を証明する楽しさはそれに勝るものでした。修士論文を書いていたころ、自分の仮説を裏付けために、来る日も来る日も古文書(こもんんじょ)の波の中を泳いでいたある日、6文字の、たった6文字の語句を見つけた時、大きな叫び声をあげたことを思えています(周りに人がいなくてよかった!)。その6文字こそが、自分のすべての論証を紐(ひも)づけるものだったからです。平成18年に「新宇土市史通史編第二巻 中世編・近世編」「新宇土市史資料編第三巻古代・中世・近代」の担当部分を書き終えたあと、単純に歴史を楽しむようになりました。熊本県の高校教師たちが執筆した「熊本県の歴史散歩」(熊本県高等学校地歴・公民科研究会日本史部会編 山川出版社)は、各市町村の文化財やおすすめの文化財散策コースが紹介されています。コンパクトで写真も豊富、地図も載っていますので、まさに歴史散歩にうってつけです。「県史43 熊本県の歴史」(松本寿三郎ほか 山川出版社)や、「街道の日本史51 火の国と不知火海」(松本寿三郎ほか 吉川弘文館)熊本県の歴史が分かりやすく書かれていますので、大きな流れを理解するには便利です。「火の国と不知火海」では、その地域のキーとなる歴史や文化などが取り上げられているので、全部読まなくても、その項目だけ読むのも楽しいです。(例えば、人吉・球磨ですと「人吉町の商人」、「市房信仰」「百太郎溝と幸野溝」など。) 本校図書館には、熊本県や人吉・球磨の歴史に関する本がたくさんあります。図書館で身近な歴史に触れてみてはいかがでしょうか。

 

 ▲ご紹介した本

国指定重要文化財 桑原家住宅(錦町)

 ▲ご近所の国指定重要文化財 桑原家住宅(錦町)

24/02/05(45)辞書

 先月19日、英語科の研究授業を参観したところ、授業で辞書をひいていました。今どきは電子辞書が主流で、辞書を一所懸命ひいている生徒の姿を見てうれしくなりました。

 私にとって辞書は、なくてはならない存在です。記憶力がなくて漢字や言葉の使い方をすぐに忘れてしまうことと、もとからの調べ好きであることがその理由です。
 国語辞書は「現代国語例解辞典」(小学館)、高校生の時から使っていた辞書がボロボロになり、確か30歳頃に買ったものだと思います。分からない・知らない言葉の意味を調べることはもちろん楽しいのですが、たまにくすっと笑える用法に出会えるのも魅力です。「広辞苑 第六版」(岩波書店)も持っていますが、何となく堅い気がして、使う回数は格段に少ないです。
 漢和辞典は「漢語林」(大修館書店)、これは高校時代から使っています。もちろん漢字の読み方や意味、用例を調べるのですが、なぜか画数好きで、漢字の画数が一発で正解するとそれだけでうれしくなります。我ながら変な癖です。
 私は熊本の江戸時代を研究していましたので(過去形です!)、古文書(こもんじょ)の解読は必須、「くずし字用例辞典 普及版」(東京堂出版)は漢和辞典とともに、常に私のそばにありました。現在は二代目ですが、先代は使いすぎて壊れてしまい、本当に使い切ったという思いでした。たった一文字が解読できず、1か月くらい辞典とにらめっこしたこともありました。
 「漢字筆順ハンドブック」(三省堂)はさすがに使う機会は減りました。小学生のときに厳しく筆順を指導されましたので、分からないことはあまりないのですが、たまに悩む漢字があるので(例えば「繍」とか「凹凸とか」)、やっぱり必要です。正しい筆順は美しく文字を書く順と思います。
 最近とくに必要なのが「用例でわかるカタカナ新語辞典」(学研)です。一見して分からないカタカナ言葉や略称が多くなってきたので、とても重宝しています。次々と新しい言葉が出てくるので、辞書に書き足すようにしています。

 電子辞書や検索アプリは本当に便利だと思いますし、私も使っています。ただ、紙の辞書は「繰る」「見る」「考える」など、いろいろな感覚や思考を伴うので、何となくですが記憶に残りやすい気がします。また、説明文が分かりやすく、簡潔に書かれているので、理解しやすいと思います。分からなかったことが分かる喜びと予期しない発見、私が辞書を手放せない理由です。

漢和辞典

くずし字用例辞典

国語辞典

※「悩んだ文字のひとつ」の写真は「くずし字用例辞典」掲載の文字を使って復元しています。
 実際の文字はかなり雑に書かれていてとても悩みました。漢字2文字で、人の下の名前です。二文字目は簡単ですが、一文字目がなかなか解読できませんでした。

悩んだ文字のひとつ

24/01/29(44)人吉・球磨の歴史と自然を楽しむ⑤ 湯前町~多良木町~相良村~五木村

 6月からスタートした球磨中央ニュース、先日1月号をお届けしに中学校をうかがいました。初めての人吉・球磨の生活、ただでさえ地理感覚がない私ですが、管内の中学校へはカーナビなしで行けるようになりました。前期(特色)選抜も間近、受験生の皆さんの健闘を心から願っています。

 湯前中学校を初めて訪ねた時、正門前を流れる幸野溝(こうのみぞ)の豊かな水量と清らかさに驚きました。幸野溝は、元禄10年(1697年)に、人吉藩士高橋政重(まさしげ)が中心となって工事が行われ、宝永2年(1705年)に湯前村~上村まで溝が通ったそうです(松本寿三郎ほか編「火の国と不知火海」吉川弘文館)。 

 また、百太郎溝(ひゃくたろうみぞ)は役人の有瀬城四郎兵衛(ありせしろべえ)が中心となって工事が行われ、延宝8年(1680年)には多良木~築地(ついじ)まで溝が通りました。その後も工事は続けられ、寛保3年(1743年)までには上村~一武村~西村に溝が通ったそうです(「火の国と不知火海」)。こうした先人の努力によって、上球磨・中球磨で広大な田畑が開発されていきました。

 相良村役場の敷地内にアーチ形の石橋「橋谷橋」があります。説明板によると相良村深水の石工(いしく)石本豊吉が橋谷川に架けたもので、昭和56年(1981年)に現在の場所に移設されたとのことです。

 道の駅「子守唄の里五木」と古民家との間の坂道を上ると五木阿蘇神社があります。平成16年に、東俣阿蘇神社と西俣阿蘇神社、清楽白木神が合祀され現在の場所に遷座しました。東俣・西俣の阿蘇神社は平安時代初期に創建されたそうです。

 球磨中央高校に赴任して1年が経とうとしていますが、まだまだ知らないことばかり。学びの種は近くにたくさんあるものです。

橋谷橋

 ▲橋谷橋

幸野溝

 ▲幸野溝

百太郎溝取入口旧樋門

 ▲百太郎溝取入口旧樋門

24/01/23(43)大発見

 ある日の朝、玄関先を掃除していると、2~3歳くらいのお子さんでしょうか、「ママ、見て見て。大発見だよ。きっとモンシロチョウの卵だよ」と何かを手に持ってお母さんのもとに走る姿が見えました。お母さんは「すごいね」と笑顔で答え、お子さんの顔は誇らしげでした。それが本当にモンシロチョウの卵かどうかは分かりませんが、そのお子さんにとってそれはモンシロチョウの卵であり、「大発見」であることは間違いないでしょう。それから、お母さんの「すごいね」が、次の「大発見」につながることも間違いないでしょう。

 先日、連れ合いと熊本城の堀端を歩いている時にカワセミを見かけました。私が初めてカワセミを見たのは昨年1月、天草市本渡を流れる町山口川。その美しく飛翔する青色の姿に魅了されました。ものすごく興奮して他の職員にカワセミの話をしたのですが、どうも関心がなさそうで、社交辞令的な「すごいですね」が返ってきただけでした。ほかの人にとっては当たり前のことだったり、興味がないことだったりしても、私にとっては「大発見」。その日以来観察を続けてみると、ほぼ同じ時間に同じ場所にやってくることが分かりました。魚を捕食する瞬間や、どうも縄張りらしきものがあることなど、自分にとっての「大発見」がたくさんありました。「大発見」のあと、野鳥の観察がさらに好きになり、色々な野鳥に出会うことができました。連れ合いにとっても、カワセミは「大発見」、もうひとつ付け加えると、錦町での雉(きじ)との出会いも驚きの「大発見」だったようです。

 野花を見るのも大好きです。1月6日、錦町を散歩していると、スミレが1輪咲いていました。この時期のスミレを見るのは、私にとっては「大発見」。「暖かい日が続いたから咲く時期を間違えたかな?」「地球温暖化の影響かな?」などと考えてみました。

 自分の好きなことや関心があることがたくさんあると、素敵な事と出会う確率が格段に高くなるような気がします。自分にとっての「大発見」が積み重なるうちに、「大発見」について調べていくうちに、本当に新しい大発見があるかもしれません。冒頭のお子さん、ひょっとしたら、私たちがいまだ知らない新しい大発見をするかも。そう思うと何となく楽しい気持ちになりました。

1月に見かけたスミレ

 ▲1月に見つけたスミレ

町の美しさ発見

 ▲町の美しさ発見

24/01/16(42)「ランチパック」・「ミルクぷりん」商品化に係る教育長表敬の時のご挨拶(1月15日 県庁)

 ランチパック「熊本県産球磨栗入りホイップクリーム&つぶあん」と球磨酪農様の牛乳を100%使用した「ミルクプリン」、昨年10月に開催しました球磨中央百貨店で試食品が提供され、大変好評でした。12月に開催されたKHS学びの祭典で700個完売、一昨日土曜日には人吉市のショッピングセンターで本校生徒が販売に立ちました。試食品をいただいた段階で「おいしい!」と思いましたし、熊本商業高校さんのランチパック「熊本県産デコポン果汁入り&ミルクホイップクリーム」も爽やかな味で、実に素敵です。高校生の感性の鋭さに感激するとともに、ご苦労いただきました山崎製パン様をはじめ、関係者の皆様への感謝の気持ちでいっぱいです。

 また、3学期始業式では山冨教諭が「球磨中央高校生全員が販売員です」と呼びかけました。

 美味しい味とともに、もう一度「豪雨水害からの復興」という原点に立ち戻って、球磨中央高校生全員で、より多くの方々に笑顔を届けたいと思っています。応援のほどよろしくお願いいたします。

 このあと、本校生徒を代表して松坂碧天さんが、商品開発にあたって工夫した点や苦労した点、豪雨水害からの復興への思いを述べました。正午から県庁でランチパックとミルクぷりんの販売を行い、爽やかな笑顔でお客様をお迎えしていました。

ミルクぷりん

 ▲ ミルクぷりん

左が球磨中央、右が熊本商のランチパック

 ▲ 左が球磨中央、右が熊本商のランチパック

24/01/10(41)3学期始業式でお話ししたこと

 みなさん、あけましておめでとうございます。元日は穏やかな時間を過ごしていましが、夕暮れ時を迎えた時、能登半島地震のニュースが入ってきました。被災された方々の気持ちを考えると、とても正月を祝う気にはなりませんでした。一刻も早い復興を心からお祈りいたします。
さて、3学期の目標を「楽しく、明るい3学期 令和6年度はもうはじまっている」としました。3学期は1年間を振り返り、成長した点や改善が必要な点を整理したうえで、次のステージの目標を決め、行動に移す学期です。ぜひ、3学期を大切にしてください。

 ここである文章を読んでみます。

 グローバル社会はグローバルエリートを生み、世界全体の富をわずか1%の富裕層が占め、今後は中流階層がなくなり、上流階層と下流階層に分かれるという見方もあります。
 また、今の世界情勢をちょっと思い浮かべてください。アメリカと中国の対立、ロシア・ウクライナ情勢、中東問題、中国・朝鮮半島・台湾を中心とした東アジア問題など、緊張状態にある地域や国々をすぐにあげることができます。
 さらに、そうした政情不安や経済格差によってヨーロッパやアメリカへの移民が増加し、その結果、超保守化する国々が増え、自国第一主義の考え方が台頭しています。
 加えて、地球の気候変動は水や食料、資源の争奪をもたらし、新たな紛争を生み出していますが、各国の思惑でその対策はほとんど進んでいません。もはや現代は、グローバル世界ではなく、反グローバルあるいは自国第一主義の世界ではないかとも言われています。
 私たちが生きている世界では、こうした様々な要素が作用・反作用しながら未来を形作っていくのです。

 2年前、前任校も2学期の終業式でお話しした内容です。この中で、解決した課題はありますか? 私たちは、こうした課題を「自分の力ではどうにもならない」とか、「自分には関係ない」とか思いがちです。しかし、今や、世界、日本、地域で起きている事象は全てが自分につながっていることを意識する必要があります。グローバル化と感染症の拡大、超高齢社会と少子化、気候変動とエネルギーの大転換、情報の集中と格差問題、円高や物価高と経済格差、これらは、すべて自分に深く関係する問題であり、現実の生活の中で痛みを感じたこともあるはずです。
 昨年の11月17日の新聞にある投書が掲載されていました。そこには、「ある会合で初対面の方から「どちらからお越しですか」と尋ねられ、「熊本です」と答えると、「あら、お気の毒に」と返ってきて、さらに「大きな地震はあったし、水害もあったし、熊本城だってまだ壊れたままなのでしょう」と続けられ、その「他人事」感に反発を覚えた」と書いてありました。自分が感じないものは何も起きていないことと同じ。それが「他人事」です。先ほどの地球規模の課題に対しての「他人事」感と根は同じような気がします。
 私たちはどこに住んでいても世界とつながっています。そして自分や地域の課題と世界の課題はつながっています。その課題を解決できるのは「自分は誰かと、何かとつながっている」という意識を研ぎ澄まし、課題を自分のこととして考え、小さくてもいいから、何か一歩踏み出し、行動することではないでしょうか。皆さんにとっての「何か」は以外に近くにあるかもしれません。
 2024年が皆さんにとって素敵な年となることを祈り、3学期始業式のお話とします。

3学期始業式 晴れました

 ▲ 3学期始業式 晴れました

事務室横 ムスカリの球根から芽が!
 ▲ 事務室横 ムスカリの球根から芽が!

23/01/05(40)新年のご挨拶

 明けましておめでとうございます。本年も球磨中央高校をよろしくお願いいたします。

 さて、令和6年(2024年)のお正月いかがお過ごしだったでしょうか。私は、球磨川河口の八代前川で連れ合いとともに初日の出を見て(午前7時45分でした)、いつもは通り過ぎるだけの隣町に初もうでに出かけ、元旦から開店していた老舗の喫茶店でお茶を楽しみました。
 今年の元旦は暖かく、穏やかな1年を予感させる時間が過ぎていきました。しかし、夕刻を迎えるころ、能登半島地震のニュース。被災された方々の事を思うと正月を祝う気になれなくなりました。一刻も早い復興を祈るばかりです。羽田空港での大事故、北九州市の火災、電車内での無差別傷害事件など、人々の不安を掻き立てることが立て続けに起こりました。そのような中、球磨中央高校生が、自分の夢を叶えることができる、楽しく、明るい学校づくりに取り組んでいきたいとあらためて決心したしだいです。

 毎年元日は、新しい日記帳に1年の戒めや目標などを書くことから始まります。今年は「か・き・く・け・こ」、すなわち「感謝」・「機動」・「工夫」・「決断」・「行動」としました。私が出来ることは小さなことです。しかしながら、元日の決意のもと、球磨中央高校に関わるすべての方々の幸せのために努めていきます。今後とも球磨中央高校に対するご支援・ご協力をお願いいたします。

今年の目標 初日の出

23/12/22(39)2学期終業式でお話したこと

 厳しい寒さが続いています。インフルエンザなどの感染症の拡大が心配されますが、まずは健康第一、体調管理をしっかりと行ってください。

 終業式にあたり、これまでの自分を振り返ってみました。私は、世界や日本はもちろんのこと、人吉・球磨や自分の出身地、これまでの職場、そうしたものを大きく変えるようなことは何もやっていません。ただ、教師として、無限の可能性を持った子どもたちが成長する、そのお手伝いをすることはできたと思っています。そして、その子どもたちが、今、様々な場所で活躍しています。5月に緑の治水事業について講演していただいた森本さんもその一人です。

 私が教師を目指したきっかけは、小学校6年生の時の担任の言葉でした。国語の授業で、珍しく先生から褒められました。宿題の詩がよく出来ていて、クラスメートの前で褒められました。「よくできているね。すごいね。」うれしかったです。そして、そのすぐあとに、私が教師を目指すきっかけとなった言葉が出ます。「ところで、この詩は何の本から写してきたの?」つまり、先生は私が盗作したと思ったのです。

 この言葉は本当に胸に突き刺さり、40年以上経った今でも、その場面をはっきりと思い出すことができます。この時、子どもを嘘つき呼ばわりしない、子どもを信じる教師になろうと強く思いました。

 言葉は人を深く傷つけます。場合によっては命を奪います。逆に言葉は人に勇気を与えます。言葉を使わない言葉の暴力もあります。それは無視です。無視は人を絶望に突き落とします。汚い言葉を聞くと、その人の品のなさと教養のなさを感じます。言葉の大切さを知る人の言葉には、知性と優しさがあります。

 人は、言葉で思いやりを伝えることも、憎しみをあおることもできます。語りかけ次第で安心感を与えることも、恐怖心を植え付けることもできます。みなさんは、自分自身に、そして周囲の人にどのような言葉をかけていますか。

 逆説的ですが、私たち現生人類ホモ・サピエンスは、ほかの種よりずっとずっと弱かったからこそ現代まで生き残ることができました。弱いからこそ助け合って生き残りました。そして、生き残った最大の要因が言葉の獲得です。言葉によってコミュニケーションをとることが可能となり、助け合ってきました。言葉によって抽象的・創造的思考が可能となり未来を切り開いてきました。今、世界は、戦争、環境破壊、食糧・エネルギー危機など未来に対する課題が山積みです。そのような中で、皆さんには、言葉が持つ大きな力を理解したうえで、言葉によって自分の意思を語り、言葉で他者を優しく包み、そして、倫理的に正しい行動ができる人間になってほしいと願っています。

 私は教師という仕事によって、子どもたちと語り合うことを通して、これからの未来に関わっていきます。みなさんは、これからどういう立場で未来に関わりますか。年末・年始、少し時間を作って1年間を振り返り、自分、日本、地球の未来について考えてみてはどうでしょうか。

 新しい年がみなさんにとって素晴らしい年となることを願い、皆さんと笑顔で3学期を迎えることを願い、終業式の講話を終わります。

 写真は校内に咲いた赤と白のサザンカ。何となく縁起がいいですね。

 

23/12/20(38)Over Load

 12月10日(日)~13日(水)は2年生の修学旅行でした。東京は日本の中心地、素晴らしい経験になったかと思います。

 平成21年(2009年)4月1日、東京での仕事が始まりました。知らない街での、初めての仕事。その時42歳、前の晩は「朝が来ないでくれ」と願いながら布団に入り(緊張のあまりほとんど寝ていません)、吐き気を我慢しながら出勤しました。誰もいないオフィス。それでも時間がたつにつれ、一人、また一人と出勤し、始業時間には人であふれていました。紹介があるものと思いきや、普通に仕事が始まりました。私が配属された課は、30人くらいの規模だったかと記憶していますが、私のグループは3人でした。特に指示があるわけでもなく、何もすることがないまま、時間がゆっくり、ゆっくりと過ぎていきました。午後7時までの歓迎会まで、ただ椅子に座っているだけでした。こんなに何もしない4月1日は初めてでした。ちなみに、歓迎会は会議室で、料理は宅配ピザでした。4月1日は月曜日、長い一週間、いや一年の始まりとなりました。翌日からは一転して仕事の連続。32歳の上司からは「こんなこともできないんですか」「馬鹿ですか」…怒声が続く毎日。電話対応がへたくそで「松下さんは途中から説明の内容が変わっていく」と言われて受話器をとられ、メールの文章の意味が分からないと何回も書き直され、へたれていきました。5月からは、午後7時~午後11時過ぎまで法律の勉強会が始まり、それが7月いっぱい続きました。東京に行く前は「盆休みまでは帰らない」と決めていましたが、熊本への思いが日に日に強くなっていきました。そんな6月のある日、私をかわいがってくれた祖母が亡くなったとの連絡があり、熊本に帰ることになりました。久しぶりに家族や友人と会い、心が休まりました。東京に帰ったあとは、私と同じように各道府県から来ていた40名ほどの職員と励まし合いながら、仕事を続けることができました。

 修学旅行の季節が近づくと、東京の話が出てきます。その時に思い出すのが、4月1日の自分のことと、久しぶりに熊本に帰る飛行機の中で偶然聞いた曲。その曲は中島美嘉さんの「Over Load」。タイトルの意味も歌詞もその時の自分にぴったりで、私を支えてくれた曲となりました。

 

23/12/11(37)生徒に感動、保護者の方に感謝、スーパーティーチャーからの学び

 12月8日(金)校内長距離走大会、午前8時50分、気温氷点下1℃、霧が深い中、開会式が行われました。体育委員長の力強い選手宣誓のあと、午前9時30分女子が(6.5km)、午前10時30分男子が(8.5km)スタートしました。長距離走が苦手な人もいるでしょう。でも、全員が手を抜かず、自分ができる精一杯を尽くしていました。そして走っている人をしっかりと応援する姿。こうした球磨中央高校の生徒たちの姿に感動しました。授業での練習と本番での周囲からの応援がゴールに導いてくれたのかもしれません。閉会式での講評で、教頭先生から、人生の中でつらいとき、みんなへの応援があること、走ることはできなかったけれども、大会運営に関わり大会の成功に貢献してくれた生徒への感謝についてお話がありました。
 朝早くから保護者の方が炊き出しに取り組んでいらっしゃいました。生徒のために、一所懸命、愛情たっぷりの肉うどんとぜんざいを作っていただきました。ゴールしたあと、生徒たちは「おいしい、おいしい」と言いながら笑顔で食べていました。保護者の方に感謝の気持ちでいっぱいです。

 閉会式が終わり、午後2時30分から職員研修。宇土高校・宇土中学校のスーパーティーチャー奥田和秀先生をお招きし、「探究型授業と観点別評価の効果的な運用をめざして」と題してご講演いただきました。「問いをつくる授業」「観点別評価のデザインの方法」など、私達が知りたいことについて示唆に富むお話をしていただきました。今後もご指導・ご助言をいただく予定です。12月8日はとても充実した1日でした。

GOAL
  ▲GOAL
保護者の方に感謝
  ▲保護者の方に感謝!
職員研修テキスト
  ▲職員研修テキスト

23/12/04(36)朝が好き

 私は朝型です。午前4時30分には目が覚めます。休日もほぼ同じ時間に目が覚めます。その分、夜遅くまで起きていることができません。徹夜なんてとんでもないことです。自宅から3km離れた所に小学校があり、子どもにとって歩いて通学するには時間がかかるため、そのころから早起きになったのかもしれません。
 朝、新聞を取りにいくと星が空一面に輝いています。現在は冬ですが、朝の体感的な気温は春夏秋冬あまり変わらない気がします。窓から見える日の出は美しく、空の表情は毎日変わります。新鮮な空気を吸うと、体中にエネルギーが満ちていく気がします。
 起きたらちょっとしたストレッチ。朝5時のニュースを見たらテレビのスイッチを消して、新聞チェック。朝食をしっかり食べたあと着替えをして出勤。ルーティンが決まっていると時間が効率的に使えます。校門に立ってあいさつ運動をしていたときは、生徒の笑顔と「おはようございます」に元気をもらっていました。「新しい朝がきた 希望の朝だ 喜びに胸を開け 青空あおげ」(「ラジオ体操の歌」 藤浦 洸作詞 藤本一郎作曲)どんなに悩みがあっても、つらいことがあっても、前向きな気持ちで朝を迎えると、色々なことに立ち向かえる気がします。
人吉・球磨に住むようになってから、さらに朝が好きになりました。

5月の朝
    ▲5月の朝
8月の朝
    ▲8月の朝
11月の朝
    ▲11月の朝
12月の朝
    ▲12月の朝

23/11/27(35)方言についての記事を読んで

 11月21日(火)付けの熊本日日新聞に方言についての記事が掲載されていました。九州はほかの地域と比べて方言に対する好感度が高く、なかでも熊本県はその傾向が強いそうです。後世に残したい熊本弁として「あとぜき」「ばってん」「むぞらしか」「むしゃんよか」などがあげてあり、確かに自分の身近にある言葉だと思いました。
私が育った所は、熊本県の中でも言葉が荒いほうだと思います。一人称「私」は「おら(うち)」、二人称「あなた」は「わら」、二人称複数形「あなたたち」は「わっどん」、三人称「彼・彼女」は「あら」、三人称複数形「彼ら・彼女ら」は「あったち」。知らない地域の人たちが聞くと、私たちの日常会話はけんかしているように聞こえたとのこと。
 1年間東京で勤務していたとき、周囲の職員からは「松下さんは方言がありませんね」とよく言われていました。特に意識していたわけではありませんが、知らないうちに職場に適応していたのかもしれません。しかし、熊本に帰ってからすぐに方言丸出しになりました。
 人吉・球磨に住むようになり、人吉・球磨の方々の言葉の穏やかさに心和む毎日です。どの言葉が人吉・球磨特有の方言なのかはまだ分かりませんが、柔らかいイントネーションこそが人吉・球磨の方言の特徴なのかもしれません。記事にもありましたが、九州の方言には古い京ことばが残されています。言葉は時代とともに変わっていくものですが、私はこれからも心が温まるような方言を使っていきたいと思います。話は変わりますが、国語の研究授業で、生徒たちが今時の言葉の意味を調べ、その文例も考えて発表し、とても勉強になりました。詳しくは11月16日に本校ホームページに掲載された記事をご覧ください。

  

※写真はある秋の日の錦町一武。この穏やかな光景も人吉・球磨の素敵なイントネーションにつながっているのかもしれません。

23/11/17(34)広告チラシの裏

 裏に何も印刷されていない広告チラシはとっておきます。本を読んだり、TVを見たりしているときに、いい文章やためになる情報と出会った時にメモするためです。突然浮かんだアイディア、あいさつ原稿や報告書の下書きなど、ほとんどチラシの裏に書きます。もちろんこのブログの下書きも。ノートだと開かないといけないし、丁寧に書こうと思って構えてしまいます。それに買わないといけません。その点チラシは、すぐに、自由に書けるし、タダ。チラシはカラーのものが多いので見つけやすいし、シャーペン(または鉛筆)との相性もよく、いいことだらけです。でも、チラシの裏に書く一番の理由は、子どものころからの習慣だからだと思います。私は記憶する力がとても弱く、九九を完全に覚えたのはクラスでビリ。漢字も人の何倍も書かないと覚えることができませんでした。小学生のころの国語のノートにはマス目があったので、書ける文字の数は限られました。そのため、自然と、字がたくさん書けるチラシの裏に書くようになりました。中学生のときも、高校生のときも、大学生のときもそうでした。文字がいっぱい書かれたチラシがたまっていくと、何となく達成感がありました。結局、今も続いています。考えが煮つまったときは、チラシの表のほうを見て、「今日は何が安いかな~」「あっこれ買わなきゃ」と、いい気分転換になります。広告チラシの裏は、子供のころから、私にとっての自由帳というところでしょうか。

  

※左の写真は新聞記事のメモ、真ん中の写真はこのブログの下書きです。面倒くさがりの私は、右の写真のように、メモを書いたチラシを切り取って、そのままノートに貼り付けることもあります。

23/11/13(33)11月9日(木)

 人吉市スポーツパレスで開催された犬童球渓顕彰音楽祭に行き、本校と南稜高校吹奏楽部の合同演奏を聴いてきました。大勢の中学生と一般のお客様の前で、緊張しつつも楽しそうに発表していました。その後の各中学校の合唱も素晴らしく、大きな学校も小さな学校も関係なく、素晴らしい発表でした。ある中学校の生徒が自校紹介の中で「私たちは本当に音楽を楽しんで歌っています」と話していましたが、一人一人の表情にそれがにじみ出ていました。本当に素晴らしい時間となりました。
 その後、仕事のことで教えていただきたいことがあったので芦北支援学校に行きました。お忙しいなかに、わざわざ時間を割いていただき、丁寧に対応していただきました。話が終わったあと職員トイレをお借りしました。中に入ってびっくりしました。「こんなきれいな職員トイレははじめて!」 トイレ自体は本校と同じくらいに古いのですが、隅から隅まで掃除が行き届いていて、清潔感にあふれていました。トイレを出た後、思わずご対応いただいた職員の方に「ここのトイレ、本当にきれいですね」と言うと、「そうおっしゃっていただくとうれしいです。実はこの方が一所懸命に掃除していただいているのです」と、掃除を担当した方を紹介してくれました。心から感謝の言葉を申し上げました。帰り際、校長先生とご対応いただいた方からなんとお土産をいただきました。地元芦北の産物と芦北支援学校の子供がつくったコースターでした。(私は手ぶら…。) 心遣いの差に恥ずかしい気持ちでいっぱいになりました。(※反省は松下失敗帳に記載済み!)。駐車場から出るときには安全確認までしていただきました。中学生や高校生から心地よい音楽をいただき、芦北支援学校から日常の当たり前や心遣いの大切さを教えられました。自分の成長につなげねば。

犬童球渓顕彰音楽祭午後の部の前

 ▲犬童球渓顕彰音楽祭午後の部の前

芦北支援学校の子どもさんが作ったコースター

 ▲芦北支援学校の子どもさんが作ったコースター

23/11/06(32)駅の話②

 現在、くまがわ鉄道は肥後西村駅~湯前駅間を運行しています。くまがわ鉄道の復興を願うばかりです。
 本校の近くにある肥後西村駅。朝夕は代替バスに乗降する生徒さんの姿が見られます。周りの風景に溶け込み、いい景色となっています。秋、稲穂の間を走る列車が美しい姿を見せていました。あさぎり町のおかどめ幸福駅はお城を思わせるような駅舎。黄色の郵便ポストが印象的で、くまモンが笑顔で迎えてくれます。この駅に来ると文字通り幸せになれる気がします。近くの岡留自然公園からは周囲が一望できます。最初見たとき、そのデザインに驚いたのがあさぎり駅。汽車をモチーフにしたその造形に心ひかれました。七夕のときは、いろどり鮮やかな短冊で飾られていました。9月28日には2階にあるポッポー館で学校説明会を開催しました。多良木駅に鎮座する恵比寿像は何となくユーモラス。駅舎の屋根は、まるで町花であるツツジのようです。近くにはブルートレインの宿泊施設、温泉、物産館、公園があり家族で楽しめそうです。湯前駅は校長ブログ27でご紹介したとおり、ちょっと先にある湯前まんが美術館にお邪魔してたくさんの作品を鑑賞させていただきました。
 個性的な駅舎がいっぱい、ぜひお立ち寄りください。

肥後西村駅◀肥後西村駅

おかどめ幸福駅◀おかどめ幸福駅

あさぎり駅◀あさぎり駅

多良木駅◀多良木駅

◀田園シンフォニー号

23/10/27(31)人吉・球磨の秋

 球磨中央高校への異動が決まった時、人吉・球磨での勤務経験がある職員に「霧がすごいですよ」と言われました。人吉・球磨の霧の深さについては聞いたことがありましたが、こんなに周りが見えなくなるとは思いもしませんでした。 朝5時に新聞をとりに玄関を開けたら、オリオン座をはじめきれいな星々が、今にも墜ちてきそうなくらい美しく輝いています。しかし5時30分くらいには周りが白くなりはじめ、出勤するころにはあたり一面が霧に包まれています。車を運転していると、かろうじて前方を行く車のテールランプや対向車のライトでその存在が分かりますが、人や動物が急に出てきたら、対応できるのだろうかと不安でいっぱいになります。

 そういえば、自宅近くの田んぼで鹿の群れを発見しました。何頭もいると怖いものです。球磨中央百貨店の代休の日、秋晴れのもと、秋を探しに歩いてみました。あちらこちらでキンモクセイの花が咲き、素敵な香りをただよわせています。イチョウの葉も美しく色づいています。国道の一武交差点、コンビニエンスストアの対面にはコスモスが、道々にはシオンやイヌホオヅキなどのかわいらしい花が咲いています。モンシロチョウのペアも楽しそうに飛び回っていました。

 人吉・球磨の自然に、あるときは驚かされ、あるときは心をいやされながら、毎日を送っています。

    

23/10/23(30)球磨中央百貨店を終えて

 10月21日・22日に開催しました球磨中央百貨店に、多くのお客様にご来店いただきました。生徒・職員一同心から感謝申し上げます。いたらない点も多々あったかと思いますが、振り返りをしっかりと行い、来年度に活かしたいと思います。

 さて、生徒のみなさんは、球磨中央百貨店から何を学びましたか? 仕入れ、販売、広告、会計、販売戦略など、協賛事業者様や職員の支援や助言を受けながら、社会の厳しさのいったんを知ることができたのではないでしょうか。また、球磨中央百貨店を運営するにあたり、駐車場、案内、ごみの収集、トイレ清掃など、けっして目立たないけれども、とても大切な仕事がたくさんあることも分かったのではないでしょうか。なぜ球磨中央百貨店を開催するのか、球磨中央百貨店をとおしてどう成長したのか、生徒の皆さんには、この問いを自分自身に投げかけてほしいと思います。

 私から生徒の皆さんへのお願いは、「感謝」の気持ちを大切にしてほしいということです。一緒に頑張ったクラスメートへの感謝、支援していただいた事業所の皆さまや先生方への感謝、商品をお買い上げいただいたお客様への感謝、朝早くから送迎していただいた家族への感謝、その気持ちを大切にしてください。「ありがとうございます」、「おかげさまです」「ごめんなさい(或いは、すみません、申し訳ございません)」、生活する上での潤滑油とも言うべきこれらの言葉は、他者への感謝の気持ちがあってはじめて成り立つ言葉です。そして自分一人だけでは使えない言葉です。どうか、球磨中央百貨店の経験をもとに、他者を大切にする気持ち、自分の頑張りを認める気持ちを大きく育ててください。球磨中央高校の生徒は私の自慢です。素晴らしい球磨中央百貨店を有難うございました。

23/10/16(29)先生たちの学び

 10月13日(木)、熊本商業高校で開催された、商業関係主幹教諭・学科主任研修の様子を見てきました。本校からは2名の先生が参加し、高濱さおりスーパーティーチャーが、宇土中学・宇土高校のお2人のスーパーティーチャーとともに講師を務めました。来年は、全学年で新しい学習指導要領に基づいた授業が行われます。「主体的・対話的で深い学び」、「探究型授業」、「観点別評価」、「カリキュラム・マネジメント」など、未来の担い手である子どもたちの育成のため、私たち教員にも変革が求められています。

 研修では、先生たちが3〜4人で班を作り、協力しながら、探究型の「簿記」の授業について考えました。最初は硬い表情だった先生たちも、スーパーティーチャーの分かりやすいアドバイスもあって、次第に会話がはずむようになり、真剣にそして楽しく探究型の授業を作り上げました。時間の関係で2つの班の発表のみとなりましたが、どの班も素晴らしい授業デザインでした。この研修のように学びとは本来楽しいもの。球磨中央高校のワクワクする授業のため、先生たちも常に学んでいるのです。

  

23/10/06(28)生徒会就退任式でお話したこと

 まずは、旧生徒会執行部の皆さん、大変お疲れ様でした。本校に赴任してまず思ったのは生徒会執行部の皆さんの誠実さ、責任感の強さ、そして笑顔でした。体育大会をはじめとした学校行事はもちろんのこと、普段の学校生活における委員会活動もしっかりと取り組んでいただきました。本当に有難うございました。

 新生徒会執行部の皆さん、先輩方が築き上げてきた球磨中央高校の素晴らしい風土をさらによくしてください。そして、皆さん一人一人も生徒会活動を通じて大きく成長してもらいたいと思います。「ムリ・ムダ・できない」は禁句、「もう一歩踏み出す」を合言葉にしてください。それから、「先生方にお願いする、してもらう」のではなく、「先生方と一緒に考え、悩み、創造」していくという姿勢でお願いします。この1年間、球磨中央高校をよろしくお願いします。

 生徒のみなさんへ。生徒会はみなさん一人一人が会員です。普段の生活、学校行事などがうまくいくためには皆さんの取組が必要です。先月行われた立会演説会の内容は素晴らしかった。そして、それと同じくらい聞く態度が素晴らしかった。君たちなら、みんなが笑顔でいられる、明るく、楽しい球磨中央高校をつくることができます。球磨中央高校の未来を一緒に創っていきましょう。

23/10/02(27)駅の話

 幼い頃、母に連れられて、坂本村葉木(現在八代市坂本町葉木)の祖母宅に「汽車」で行くのが楽しみでした。まだ蒸気機関車が走っていましたので「汽車」と呼んでいましたが、今でも、たまに「汽車」と言うときがあります。八代駅~段(だん)駅~坂本駅~葉木駅と、20分ほどの小さな旅ですが、車窓から見る球磨川とトンネルが大好きでした。葉木駅は本当に小さな駅でしたが駅員さんがいらっしゃいました。しかし、いつの間にか無人駅に。春は桜が美しい駅でした。八代駅に掲げられていた路線図でいつも気になっていたのが湯前駅。湯前線の終着駅である湯前駅にあこがれていました。レールの終わりはどうなっているのだろう、八代駅とどっちが大きいんだろうなどと、あこがれを抱きながら、色々な想像をしていました。次第に祖母宅には父親が運転する自動車で行くことが多くなり、大人になってからは1回しか「汽車」には乗っていません。そして令和2年(2020年)7月を迎えてしまいました。現在、本校の近くの肥後西村駅~湯前駅間をくま川鉄道が運行しています。旅へのわくわく感、故郷に着いた安心感、旅立ちへの期待や不安、地域の人たちの日常、駅は人々のさまざまな思いであふれています。大学時代、私は八代駅~熊本駅を「汽車」で通学していました。昭和62年(1987年)に国鉄が民営化され、JRと名前を変えました。「汽車」の中では、語学や専門科目の勉強をしていました。朝、熊本駅に着くと、不思議と学びの意欲がわいてきました。平成21年(2009年)に東京で勤務していた時は、住宅の最寄り駅である板橋区の高島平(たかしまだいら)駅から職場の最寄り駅である千代田区の内幸町(うちさいわいちょう)駅間を、都営三田(みた)線で通勤していました。内幸町駅に着いた時の「仕事場に行きたくない。上司が怖い。」という気持ちは今でも忘れることができません。さて、4月に人吉・球磨に赴任した私ですが、5月20日、ようやく湯前駅に行くことができました。子供のころの夢がかなった日となりました。

  

23/09/28(26)人吉・球磨の歴史と自然を楽しむ④

 9月24日(日)に山江村の「やまえくり祭り スイーツフェスタ」に行ってきました。山田小学校に車を停めて、シャトルバスで会場の山江村役場へ。駐車場係の方や、シャトルバスの係の方がとても親切で、迷うことなく会場に到着しました。くりのつかみ取りやイガグリ投げなどいろいろな催し物が企画してあり、人吉・球磨内外から16店舗のお菓子屋さんが集まって、やまえ栗を使ったスイーツを販売していました。残念ながら、会場に着いたのが14:30だったので、ほとんどの物品が売れ切れていました。それでもおいしいスイーツが買えて満足でした。
 そして一番のお目当ては、レトロなボンネットバス、マロン号です。8月に山江村を訪れた時は車庫の中に入っていてので窓越しにしか見ることができませんでしたが、やっと会うことができました。感激です。地域の方々のおもてなしに感謝しながら、そのあと、相良村川辺川の清流へ。歩いて橋を渡り右岸に向かうと、緑色の稲穂と彼岸花の何と美しいことか。川辺川で鮎釣りをしている人を見かけました。夜は青井阿蘇神社、ライトアップされてさらに神々しさを増していました。おくんち祭ももうすぐですね。

    

23/09/22(25)正門の風景

 朝晩はひんやりしてきましたが、日中はまだまだ暑いですね。ツクツクボウシの声はまだ聞こえています(9月22日時点)。
 9月20日(水)、生徒が球磨中央百貨店ののぼりを、正門~国道にかけてのガードレールに掲げました。いよいよ開催まで1か月。店長・課長会議が毎週開かれ、翌日にはクラス全員に対してその報告が行われます。本日22日は、生徒が事業所等にポスター掲示の依頼に行くときの礼儀や、お願いをするときの言葉遣いなどについての説明会があります。生徒が考えたチラシの発表会もあります。百貨店への取組が加速してきました。

 学校の見回りの時、ちょっと正門を出てみました。球磨中央百貨店ののぼりが見事に並んでいました。目の前には、稲が刈り取られたあとの田んぼとまだ稲穂が残っている田んぼが広がっています。遠くに見える美しい山々、白い雲と青い空、鮮やかな赤の彼岸花が自然のハーモニーをつくり上げています。国道は多くの自動車が走っていますが、学校の周辺は大変静かです。7年前に正門に取り付けられた「熊本県立球磨中央高等学校」のプレートがきらりと輝いています。以前は正門前と道路との間に段差がありましたが、現在はきれいに整備され、スムースに校門を出入りすることができます。正門から校内に入ると、校内のさ緑が来校された方々を迎えます。暑い中、学校技師の方が整備されていました。10月21日・22日、多くの方にこの正門をくぐってほしいものです。

   

23/09/19(24)秋の予感

 今年初めてツクツクボウシの声を聞いたのは8月20日、今も鳴いてはいますが(9月19日時点)、心なしか夏に別れを告げているような気がして、何となく寂しい気持ちになります。

 ある休日、午前5時30分、散歩に出かけました。玄関を出て空を見上げると明けの明星が。この時間、昨年まで住んでいた天草市であればまだまだ暗いはずですが、ここでは薄明り、山々に薄っすらと霧がかかり、幻想的な雰囲気を醸し出します。ずいぶんひんやりとしてきました。稲は黄金色となりこうべを垂れ、緑の草には朝露、黄色やオレンジのコスモスが美しく咲いています。彼岸花もそろそろ盛りでしょうか。虫の声が心地よく響き、用水路を流れる水の音は清々しい。(用水路の水が美しいことにも感動します!)。自然の中を歩いていると、その色や音や形やにおいや感触が、悩みや不安をかき消してくれるようです。人吉・球磨の地で迎える初めての秋。熊本の春と秋は短いといい
ますが、ここはどうでしょうか。秋の到来を感じた休みの朝でした。

 … それから5時間後、同じ道を歩いた私は汗まみれで家にたどり着きました。皆さん、日中はまだ暑い日々が続きます。寒暖差にご注意を。

9月の早朝 朝露 コスモス 朝顔とルコウソウ

23/09/11(23)球磨中央百貨店のポスターがやってきました

 先週の金曜日、10月21日・22日に開催する球磨中央百貨店のポスターを、3年生が校長室に持ってきました。課題研究という授業の中で、「百貨店班」の生徒が7班に分かれて、各班のポスター案を作成、その中から選ばれたものです。6月23日にその発表会がありましたが、どの案も素晴らしいものでした。

 今年のポスターは、緑色を基調とし、「球磨中央百貨店」の文字が浮かび上がってくるようにデザインされています。今回の百貨店のコンセプトは「夢中!熱中!球磨中央〜感謝の心を皆様へ〜」。9月に入り、店長・課長会議とその報告会が毎週行われています。生徒の活動もいよいよ本格化してきました。「地域に届ける笑顔と心」のキャッチフレーズのもと、お客様の笑顔であふれる百貨店を目指します。ポスターを見かけられましたら、ちょっと立ちどまっていただき、生徒の思いを感じていただければ幸いです。

23/09/01(22)2学期始業式でお話ししたこと ~2学期の学校の目標「明るく、楽しい2学期」~

 本当に暑い夏休みでした。大きな事故もなく、2学期始業式で、皆さんにこうしてお話ができることをうれしく思います。

 さて、2学期の学校の目標を“明るく、楽しい2学期”としました。この目標には、皆さんと先生方が力を合わせて充実した学校生活をつくりあげてほしい、そして、何よりも皆さんがずっと健康であり続けてほしい、ずっと笑顔でいて欲しいという思いを込めました。
 ぜひ、一緒に“明るく、楽しい2学期”にしていきましょう。

 7月、ある新聞記事が目にとまりました。それは「7月27日、世界的な気象機関が『今月の気温が、月平均で最も暑かった2019年7月の16.33度を上回る見込み』だと発表、それを受けて、国連のグテレス事務総長は『地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した』と警告した。」という内容でした。世界各地で40℃を超え、アメリカでは48.3℃を記録した地域もありました。日本も例外ではありません。屋外に出ると鋭い日光が肌を突き刺します。電気代の上昇でエアコンを付けず熱中症になられた方もいます。まさに私たちは「沸騰」した地球に住んでいます。気候変動は、世界全体の問題なのに、各国は自分たちの権利を主張しあいます。グテレス総長は「人類の責任」を強調しながらも「まだ最悪の事態は防げる」と発言しました。
 私たちは授業などでSDGsについて学んでいます。皆さんは、そこで学んだことを毎日の生活の中で生かしていますか? 節電や節水、ごみの分別、食べ残しをしないなど、当たり前の行動ができていますか? 2学期には球磨中央百貨店が開催されます。百貨店では環境への配慮についても取組みます。ぜひ環境問題を自分の事として考え、問題解決のための目標を設定し、行動してほしいと強く願います。環境学者ヨハン・ロックストロームは「地球システムは本来のレジリエンス(回復する力)が備わっているが、一定の負荷がかかると臨界点を超える。」と言っています。地球に住む一人一人が、すべての人の幸せのために行動し、それを広めていけば世界は変わります。地球、世界、日本の課題について考えるとき、まず、毎日の生活の中で、自分ができること、しなければならないことを一人一人が続けていくことが大切になってきます。2学期は、大きな課題と自分の毎日の生活をつなげ、行動し、各方面に広げていく学期にしてほしいと思います。一滴の水が集まって球磨川の清流となるように、皆さんの毎日の積み重ねが課題解決につながります。広い視野を持って、毎日の生活を大切にする。素晴らしい人間性をもつ球磨中央生がさらに飛躍することを期待して始業式のお話とします。

大掃除 学年集会

23/08/29(21)人吉・球磨の歴史と自然を楽しむ③

 8月24日・25日、球磨中央ニュースを中学校に届けに行きました。いつも丁寧に対応していただき、感謝の気持ちでいっぱいです。ある中学校の先生からは、8月2日に実施した体験入学での本校生徒の対応についてお褒めの言葉をいただきました。うれしい限りです。
 山江中学校に行ったおり、中学校の近くに素敵な建物を見かけました。旧山江村役場庁舎を改装した建物でした。旧役場は昭和12(1937)年に建てられたそうで、その面影を今に伝えています。あいにくの天気でしたので休日に写真を撮りに行きました。写真を撮ったあと山江村役場に行ってみると観光案内板があったので、1時間くらいで歩いて見学できる文化財などを探してみました。役場から出て、山江歴史民俗資料館の横の道を5分ほど歩くと、高寺院(たかてらいん)があります。平安時代末期の創建とされ、貴重な仏像が残されているそうです。「丸岡公園2km」という案内板があったので歩いてみるとそこそこの坂道で、ハアハア言いながら公園を目指しました。人吉球磨一円が見渡せ、春は桜やツツジが美しいそうです。公園を下り、山田大王神社に寄りました。神社内にある説明文によると、本殿は室町時代に、拝殿は宝暦11(1761)年に建てられたそうで、「南日本の神社建築を知ることのできる数少ない建造物として貴重」とのことです(「熊本県の歴史散歩」より)。1時間ほどのウォーク、楽しい時間を過ごすことができました。

旧山江村役場庁舎
 ▲旧山江村役場庁舎
高寺院
 ▲高寺院
丸岡公園からの眺望
 ▲丸岡公園からの眺望
山田大王神社
 ▲山田大王神社

23/08/22(20)日曜日の朝の草刈り

 8月20日(日)に保護者の皆様と生徒による草刈りと、刈った草の運搬作業が行われました。10月に開催する球磨中央百貨店に向けた取組で、今まで1回だったものを、2回に増やしたいという育友会の提案で実現しました。百貨店への並々ならぬ意気込みが感じられます。

 当日は多くの保護者様と生徒のみなさんの参加があり、午前8時から1時間ほど行いました。全員汗だくになりながら懸命に作業に取り組まれ、本当にグランドがきれいになりました。感謝の気持ちでいっぱいです。それとともに保護者の皆様のご協力があっての学校であることを改めて実感しました。生徒の皆さんも本当にありがとうございました。黙々と作業に取り組む姿に感動しました! 球磨中央の生徒が頑張る姿は、私のエネルギー源です。ご参加いただきました保護者の皆様、生徒のみなさん、本当にお疲れ様でした。

  

23/08/17(19)朝歩き

 暑い夏です。気のせいでしょうか、この暑さで蝉の泣き声も勢いがなかったように感じました。新聞の折り込みには各市町村の夏祭りの案内、笑顔いっぱいの賑わい(にぎわい)に思いをはせました。

 さて、私は錦町に住んでいます。朝、窓を開けると風が通り抜け爽やか気持ちになります。私は歩くことが大好きで、特に朝歩くのが大好きです。まだ錦町に住んで5か月、目新しいことが多く、毎回どんな発見があるかワクワクします。歩いていると、かりんに咲く花や思わず吹き出してしまいそうな動きをする虫、美しいさえずりの鳥や刻々と変わる雲の動き、風に揺れる山や木々たちに出会います。普段何気なく見過ごしてしまう花や虫たちも、じっくりと観察し、写真を撮ると、ことのほかかわいく見えます。雲の動きや山々の姿を見ると壮大な自然に包まれているようです。そういえば一番びっくりしたのは、次々に湧き出てくる霧でした。何かと出会う喜びを求めて自然の中を歩けば、ほんのちょっぴりしかない私の感性も刺激されるみたいです。朝は特にそういう気がします。

カラスウリ

 ▲カラスウリ

錦町のある朝

 ▲錦町のある朝

クツワムシ

 ▲クツワムシ

マメハンミョウ

 ▲マメハンミョウ

23/08/10(18)「赤毛のアン」を読みました。

 「赤毛のアン」(モンゴメリ 村岡花子訳「赤毛のアン~グリン・ゲイブルのアン」新潮文庫)を読みました。勝手に児童書だと決めつけていましたが、とんでもない思い違いで、大人こそ読んだほうがよい本でした。実は秋満吉彦「名著の予知能力」(幻冬舎新書)で紹介されていて、私の中で「絶対「赤毛のアン」を読みなさい」という声が聞こえてきました。あらすじなどは省略します。不遇の身ながら、豊かな想像力や行動力で周囲を魅了するアン。当初アンを孤児院から引き取り、養育することに当惑していたマシューとマリラの兄妹でしたが 、一緒に暮らしていくうちにアンに愛情を精一杯注いでいきます。アン、マシュー、マリラの家であるグリーン・ゲイブルズがあるプリンス・エドワード島の美しさ。この本を読むと、人間は自然に生かされていることがよく分かります。

 さて、この本の中で心に残った文をあげてみます。

〇「…あたし、けさは絶望のどん底にはいないの。朝はそんなところにいられないわ。朝があるってほんとうにすばらしいことじゃない?」(※きっと朝はくる。前向きに一日を過ごそう!と思うフレーズです。)

〇「…グリーン・ゲイブルズにきてからずっとあたしは失敗ばかりしてきたけれど、一つするたびになにかしら自分のとてもわるい欠点がなおっていったのよ。」(※人間は失敗して成長するもの。アンを見ていると失敗が魅力に変身します。)

〇「彼女「(アンが通う学校の教師ミス・ステイシーのこと)は生徒たちに自分で考え、探究し、発見するように導き、古い、踏みならされた道から外へ進み出ていくように励ましたので…」(※「赤毛のアン」の初版は115年前です!)

〇「九月の夕暮れで、森のすきまというすきま、空地という空地には真紅の夕日の光があふれていた。…風は梢をわたっていたが、夕方、樅の木の間でかなでる風の音楽ほど美しいものはこの世にはない。」(※この本では自然の美しさが見事に描かれています。)

 読み始めたときまだ幼かったアン。読み終えたころには大きく成長し、私に勇気を与えてくれました。

図書館にもありますよ。

23/07/26(17)熊本県高等学校生徒商業研究発表大会〜高校生から学んだこと〜

 第32回熊本県高等学校商業研究発表大会が、7月25日(火)、くまもと森都心プラザで開催されました。これは、地域の商業活動及び産業経済に関する調査研究や、商品に関する実験・調査研究、「課題研究」に関する調査研究などの取組を発表するもので、10校が参加、本校からも9名が出場しました。各校の日頃の実践内容はどれも素晴らしく、高校生の一所懸命が地域に大きく貢献していることを実感しました。
 さて、高校生のプレゼンテーションを聞いて、学ぶことが多々ありました。①分かりやすい言葉で伝えること ②丁寧な言葉遣いであること ③相手に理解してもらおうと努めること ④伝える相手を優しく見つめること ⑤間と抑揚。+本校の生徒から学んだこと。それは「練習の積み重ねが自信を生む」ということ。私も話をする機会が与えられるのですが、どこか独りよがりで、なかなか思いが伝わりません。話す内容をしっかり考えたうえで、今日学んだことを実行しようと思います。「後生(こうせい)畏(おそ)るべし」、教師冥利に尽きます。 
 出場された球磨中央高校のみなさん、熊本県高等学校生徒商業研修発表大会優勝おめでとうございます。

優勝旗返還 発表終了直後 閉会後のミーティング

23/07/20(16) 1学期終業式でお話したこと

 皆さん、しばらく目を閉じてください。今から、4月から今日までどんなことがあったか、順番に思い出してみてください。入学式、体育大会、部活動、各種競技大会や検定試験、友達と遊んだこと、ケンカしたこと…。

 さて、皆さんは「5億年ボタン」という漫画を知っていますか? 5億年ボタンを押すと、何もない空間に飛ばされ、5億年の間、孤独な時間を過ごします。しかし、5億年経つと元の世界に戻り、100万円がもらえるというお話です。元の場所に帰ってきたら、5億年の孤独な時間の記憶はまったく残っていません。だから、ボタンを押したら、100万円がなぜか手元にあるという状態です。さあ、皆さんはボタンを押しますか、押しませんか?
 「5億年も孤独の時間は耐えられない」、「記憶にないということは経験していないことと同じだから、100万円が手に入ってラッキー…」いろいろな考え方がありますから、「押す・押さない」は、その人の考え方だと思います。ただ、両者に共通することは、何かにつながっていないことは恐怖であるということです。ボタンを押すという人だって、孤独な5億年の時間が記憶に残るならば、ボタンは押さないでしょう。

 最初に1学期を振り返ってもらいました。「5億年ボタン」のように「何もない世界」ではなかったでしょう。それがよかったことにしろ、いやなことだったことにしろ、誰かとつながっていることには間違いありません。うれしいことや楽しいことがあれば、他の人にもそうなってほしいと思います。つらく、悲しいことあれば、それを乗り越えて心が強くなり、他の人がつらいときに支えてあげようと思います。何より誰かとのつながりを感じた時に、自分が確かに存在していることを感じるはずです。時々立ち止まって振り返り、誰かとつながっていることを確認し、自分が存在することの素晴らしさを感じることはとても大切です。
 みなさんは、これまでのいろいろなつながりを通して4月より成長しました。過去と対話し、現在の自分と向き合い、未来を創る。終業式という節目の日、改めて自分について振り返り、自分の大切さを感じてください。

 さて、7月10日に、皆さんが作った俳句を全部読ませていただきました。私にはない、すばらしい感性がちりばめられていました。思わずほっこりとしました。その中に、夏休み前にふさわしい、皆さんに対する私の思いを代弁している句がありました。
 「この命 奇跡に近い 宝物」
皆さん一人一人は、私にとって、先生方にとって、保護者の方にとって、友達にとって、かけがえのない存在です。
 「この命 奇跡に近い 宝物」

 2学期、元気なみんなと会えることを楽しみにしています。

3月24日 4月10日 5月25日 6月29日 7月6日

※写真は、1学期の球磨中央高校内の花や緑です

23/07/18(15) ふるさとの球磨川

 私は八代市の出身です。八代市は球磨川の下流にあります。熊本市内の大学に進学し、4年間実家から通い、大学院生になって初めて1人暮らしをしました。熊本県の教職員となり、これまで玉名、本渡、熊本市、東京、熊本市、牛深、八代、荒尾、本渡、錦町、と住んできました。八代に住んでいたころは、同じ風景の毎日で、特別に何かを感じることはありませんでした。しかし、地元を離れて、たまに帰省してゆっくりと散歩をするとふるさとの素晴らしい風景が分かるようになりました。
 球磨川は、八代市では、北を流れる前川と南を流れる球磨川に別れます。どちらの川も八代海の河口なのでゆったりと流れています。上流のほうを見れば人吉・球磨につながる山々が、河口のほうを見れば天草の龍ヶ岳が見えます。岸辺を歩くと、かわいい草花や鳥たちと出会うことができますし、なにより、川が流れる音が何とも心地よいのです。朝日は清々しく、夕陽は美しい。月並みですが、離れて初めてふるさとのよさが分かりました。
 球磨中央高校生にとって、今住んでいる地域の美しさは当たり前の日常の中に埋まっているのかもしれません。でも、ふるさとを離れて戻ってきたら、きっとその美しさを感じるに違いありません。私はいま、八代市を流れる、大好きな前川・球磨川の上流で生活しています。人吉球磨の自然は本当に美しく、そして、なぜだかなつかしい。そう感じるのは、幼い頃から球磨川でつながっていたからなのかもしれません。

前川の夕日

 ▲前川の写真の奥に見える山は天草の龍ヶ岳

八代市の球磨川

23/07/13(14) 前任校の校長先生から教えていただいた詩集

 『世界はもっと美しくなる』。校長ブログ4でご紹介した前任校の校長先生が、2年前の終業式で生徒に紹介された本です。奈良少年刑務所の受刑者たち(17歳~26歳未満)の詩集です。この本のことや受刑者の背景にあるものについては、いつかこのブログで書けたらと思っています。その時、校長先生が詠まれた詩に深く感銘を受け(自分の幼少期のことを思い出しました)、すぐに購入しました。すばらしい詩がたくさんつまっていますが、その中で次の詩が私の胸に響きました。引用します。

    ひとつのこと
  ひとつのことでも なかか思うようにいかないから
  ぼくは ひとつのことを 一生けんめいやっています

 私も不器用で、要領が悪いので、作者の気持ちがすごく分かります。大人たちは「まだできないの」「ほかの人はもうできているよ」とせかします。


 受刑者たちの詩づくりを担当した、この詩集の編者はこう解説しています。

「なんて健気(けなげ)な! 傍(はた)から見たら、全然できていない、足りていないと思えても、本人が必死でがんばっていることもあります。できないことを責めるのではなく、できることを認めてあげるだけで、その子の未来は、大きく変わっていくことでしょう。」

 私たちは結果を求めがちで、その過程の中にある、いくつもの大切な宝ものを見逃しがちです。子どもたちなりの一所懸命さを大切にし、できたことを褒め、その子の心にフィードバックする。そのためにも、日常の中にいる子どもたちにしっかりと寄り添っていたいですね。

 錦町一武の風景。当たり前の日常のなかに素敵なものがいっぱいあります。

 一武の風景① 一武の風景②
*文献:『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(寮 美千子編・ロクリン社)

23/07/06(13) 本校の当たり前の美しさの裏に

 本校の敷地は広い。梅雨の合間、さ緑に彩られる木々や草花が美しく、そして、きれいに整えられています。木々や草花、芝生、放っておけば伸び放題。でも、本校の敷地はいつも美しい。
 それは、2人の学校技師の方が、毎日暑い中、木々などの成長の度合いを見ながら、造形も考えながら整備されているからです。今日7月6日は、それまでの雨続きの日々とは違い、晴れわたりました。外の温度は、ゆうに30℃を越えていたはずです。しかも、太陽の光がこれでもかというくらいに降りそそいでいました。そうした環境のなか、学校技師のおふたりは、あふれる汗をぬぐいながら、一所懸命に整備に取り組まれていました。本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 本校の敷地は広い。口で言うのは簡単ですが、実行し、続けることは本当に難しいことです。本校の当たり前の美しさは、それを一所懸命に支えてくれる方がいらっしゃるからなのです。ほかにも、私たちにとっての当たり前を支えている方がたくさんいらっしゃいます。その方々に感謝しながら、毎日を大切に生きていきたいものです。

  

23/07/04(12) 7月4日に思う

 本日7月4日、球磨中央高校では、半旗を掲げ、豪雨災害でお亡くなりになられました方々に心からの黙とうをささげました。あれから3年が過ぎました。昨日7月3日には、熊本県で2つの線状降水帯が確認され、益城町では木山川沿いの県道が崩落しました。ここ人吉球磨でも雨が強く降り、いつでもどこでも危険が身近にあることを改めて感じたところです。2020年7月の日記を開いてみると「7月4日(土)人吉・八代・水俣大雨、球磨川水位危険、祖母宅前の球磨川NHKで放送」と書いていました。人吉球磨の、そして私が大好きな坂本町の様相に、何が起こったのかしばらく理解できない自分がいました。
 現在、時間が許す限り人吉球磨の地を巡っています。いまだ残る災害の傷跡に胸を痛めると同時に、復旧・復興に全力を尽くされている方々に対する敬意でいっぱいです。自分にできることは何かを考える毎日、確かに自分の力は微々たるものですが、人吉球磨の復旧・復興のために力を尽くしていきます。
 ある日、強い雨が止んだあと、本校正門から大きな虹が見えました。どうか、明るい未来への架け橋でありますように。

虹

鍛冶屋町を紹介する案内

人吉市を歩いてみると

23/06/27(11) 人吉・球磨の歴史と自然を楽しむ②

 先日、できあがったばかりの学校案内パンフレットや本校紹介DVDを中学校にお持ちしました。急にお邪魔したのにもかかわらず、中学校の先生方に丁寧に対応していただきました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。いつかの校長ブログでも書きましたが、人吉・球磨の方の暖かさをあらためて感じた次第です。
 また、中学校と中学校の途中も、澄み切った青空、美しい緑、そして清流に心が洗われ、清々しい気持ちであふれました。今回は休憩で停車した道沿いで出会った人吉・球磨の歴史と自然です。青蓮寺阿弥陀堂(多良木町黒肥地)は国指定重要文化財で、敷地内にある看板には「1295年に創建され、室町時代中頃に再建された」と書かれてあります。川辺川を左に見ながら国道445号線を走ると、ねむの木が美しくその花を咲かせていました。五木村の子守唄公園にあるかやぶき屋根の古民家は紫陽花がとてもお似合いでした。五木の子守唄と天草市天草町の福連木(ふくれぎ)の子守唄との間には共通したところがあると言われています。150kmは離れているでしょうか? 不思議ですね。
 今度は休日にゆっくりと人吉・球磨の地を巡りたいと思います。

青蓮寺阿弥陀堂 川辺川とねむの木 子守唄講演のかやぶき民家

23/06/21(10) 松下失敗帳

 先日、ある職員と話していると、その職員が「生徒にはいろいろなことに挑戦してもらい。そして失敗の経験を大切にしてもらいたい。」と言いました。私もまったく同感です。確かに失敗はしたくはないのですが、失敗しないことはないですし、私もこれまでどれだけ恥ずかしく情けない思いをしたことか。もともとそそっかしくて、せっかちで、あわてものの私は、物事をよく考えなかったり、人の話を最後まで聞かずに行動したりするものですから、仕事の日にちを間違えたり、担当者ではない人にとんちんかんな話をしたりすることがよくあります。
 ある日、上司から「明日の10時からの会議で、資料を20部を用意しておいて。」と言われた私は、急ぎの用事があったため、ろくに確認もせずに部屋を出てしました。あとで「あれ、何の会議だっけ? 場所は? 資料はどの資料?」頭の中が「?」でいっぱいになりました。急いで上司に確認しにいくと、すでに出張に出かけたあとでした。上司のスケジュールすら知らなかったのです。当時は携帯電話がそれほど普及していない時代で、なかなか上司と連絡がとれず、かなり冷や汗をかきました。
 40歳半ばが過ぎたころ、さすがにこれではダメだろうと思い、2014年(平成26年)から「失敗帳」を作ることにしました。その名のとおり、自分が失敗したことを記録するノートです。いざ、失敗帳に書き始めると、これがなかなかつらく、恥ずかしい作業であることが分かりました。読み返すと、よくこれだけ失敗しているものだと、我ながらあきれてしまいます。ただ、それなりに工夫しているのは、失敗の事実だけでなく、原因と対策をしっかり書いているところ(…にもかかわらず、失敗がなかなか減らないのはなぜ?)。失敗としっかり向き合うと、自分の足りていないところがよくわかり、次はうまくいくように努力します。でも、また失敗します。こうした積み重ねが架け橋となって、私たちを成功へと導いてくれるのでしょうね。
 最近の「失敗帳」の記録の日付は2022年10月27日(木)。今日まで8か月、失敗の記録がありません。これは成長したからなのでしょうか、それとも失敗しているのに失敗と気づいていないからなのでしょうか…。


出張先でネジバナがたくさん咲いていました。花言葉は「思慕」

自宅の周りを散歩しているとたくさんの野イチゴを見かけました。

 ネジバナ のいちご