校長室からの風(メッセージ)
変化の潮流の主人公になってほしい ~2学期の始業に当たって
変化の潮流の主人公になってほしい ~ 2学期の始業に当たって
多良木高校の2学期は8月25日(金)に始まりました。新ALTの新任式、7月から8月にかけての各種大会、コンクール等の表彰式、そして始業式を行いました。式において、生徒の皆さんに私は、変化の潮流の主人公になってほしいと語りかけました。
この夏季休業中、故郷の八代市に帰省し、外港で海に浮かぶ巨大な豪華客船を見ました。世界2位の規模をもつクアンタムオブザシーズという豪華クルーズ船で、中国上海から来ており、4千人を超える中国人観光客を乗せていました。まさに海を移動する大きな豪華ホテルに私は圧倒されました。八代港へ寄港する豪華客船の数は年々増え、今年は70回になるだろうとの予測です。仮に1回に4000人の乗客があれば、年間に28万人もの中国人観光客がこの多良木町からおよそ90キロ下流の港にやってくるのです。この巨大な豪華客船のことを、八代の人は平成の白船と呼びます。
江戸時代末期、それまで風の力で進む帆船しか知らなかった日本人の前に、蒸気機関で動く、鉄板の大型船、すなわち黒船が現れ、欧米の文明の力に圧倒されます。そして幕末の動乱が始まり、江戸幕府は倒れ明治維新となります。平成の巨大な白船は、私たちに時代が大きく変わろうとしていることを告げる存在です。急速な科学技術の進展と情報化によって社会は大きく変化しています。人工知能AIは将棋や囲碁の名人に勝利します。人が運転操作しなくても走る自動運転の自動車が一般道を走る日も近いでしょう。このような変化に私たちはついていけるだろうかと不安になります。しかし、私のような中高年はついていけないかもしれませんが、皆さん達若者は、この変化がチャンスです。
黒船到来で揺れる幕末の日本において、このままではだめだ、欧米列強に後れをとって日本は植民地になってしまうと危機感をいだき、奮起して新しい国づくりに活躍した志士たちは10代、20代の若者でした。世の中が大きく変わってしまったと驚く私のような中高年をしり目に、変化の潮流の中で皆さんたちは主人公となってこの社会を変えていってほしいと期待します。
新しいALTの紹介(新任式)
8月25日(金)、2学期の始業式に先立ち、新しいALTの新任式を行い、私のほうから次のように日本語と英語で紹介しました。
「新しいALTの先生を紹介します。アイルランド共和国から来られたチャールズ先生です。
New ALT is Mr Charles Edwin Merchant from The Republic of Ireland.
チャールズ先生は、高校時代に第二外国語で日本語を勉強して、日本にとても興味を持たれ、ALTとして日本で働くことを希望されました。
Mr Charles studied Japanese as the second foreign language at high school. So, He was interested in Japan and He wanted to work as an ALT in Japan.
チャールズ先生は日本語が上手で、とてもフレンドリーな方です。皆さんと話すことを楽しみにされています。どうか、皆さんの方から積極的に話しかけてください。
He can speak Japanese well. He is very friendly . He is looking forward to talking with you. Please speak to him actively .
ところで、皆さんはアイルランドの首都がどこか知っていますか?
そう、ダブリンです。
By the way, do you know where the capital of Ireland is?
It is Dublin.
私は、大学生の時に、アイルランドが生んだ大作家のジェイムズ・ジョイスの「ダブリン市民」という有名な小説を読み、深い感銘を受けました。
I read a famous novel the Dubliner written by James Joyce in my university days. I was deeply impressed by this novel.
この小説を読んで、私はいつかアイルランドに行ってみたいと思いました。しかし、その希望は実現していません。
I read this good novel and I would like to visit Ireland someday, but that hope has not yet come true.
アイルランドの人と一緒に仕事をするのは私にとって初めてです。とてもわくわくしています。
It is the first time to work with the Irish . I am very excited.
私は英語の教師ではありませんが、できるだけ英語でチャールズ先生とコミュニケーションをとりたいと思っています。皆さんもそうしてください。
I am not an English teacher, However ,as much as possible,I would like to communicate with Mr Charles in English. Everyone,Please do so like me.
これで私の挨拶を終わります。これからチャールズ先生に自己紹介をお願いします。
my greeting is over . Mr Chrles Please introduce yourself from now.」
アイルランドから連想すること ~ アイルランド人のALT着任
アイルランドから連想すること ~ アイルランド人のALT着任
新しいALT(外国語指導助手)のCharles Edwin Merchantさん(男性)が着任され、8月9日に校長室でお会いしました。「チャールズ先生です。よろしくお願いします。」と流暢な日本語での挨拶には驚かされました。高校時代に第二外国語で日本語を学び、それから日本のことに興味、関心が高まり、ALTとして日本で働くことを希望することにつながったそうです。チャールズさんはアイルランドから来ました。ALTの出身国は、USA、イングランド、カナダなどが多く、アイルランド人のALTは私にとって初めてです。
アイルランドという国名を聞いて連想するのが、アイルラン出身の作家ジェイムズ・ジョイス(1882~1941)の作品『ダブリン市民』です。アイルランドの首都ダブリンを舞台とした短編小説集で、中でも「死せる人々」は印象深く心に残る物語です。30年前の大学生の頃に読み、感銘を受けました。
また、熊本市には、熊本アイルランド協会があり、熊本とアイルランドとの交流活動を行っています。「熊本市になぜアイルランド協会があるのか?」と疑問を持たれる人もいるでしょう。それはラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の存在に由来します。『怪談』をはじめ諸作品で日本の伝統文化を欧米に紹介したラフカディオ・ハーンの父親はアイルランド人で、ハーンは幼少期をダブリンで過ごしているのです。ハーンは明治24年に熊本へ赴任し、第五高等中学校(熊本大学の前身)で教鞭をとり(英語を教授)、明治27年まで熊本で生活をしています。軍都として発展しつつあった熊本の街には違和感を抱きながら、「簡易で、善良で、素朴な」熊本の人々の精神をハーンは高く評価しました。ハーン一家が住んだ家は「小泉八雲旧居」として熊本市に保存されています。
このように、ジェイムズ・ジョイスの『ダブリン市民』の読書体験やラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と熊本の関係を思い起こすと、アイルランドに対して私はとても親近感を抱きます。初めてアイルランド人と一緒に仕事ができるということで、何かわくわくします。新ALTのチャールズさんはとてもフレンドリーな方ですから、きっと生徒たちもすぐに親しむことでしょう。
多高野球部が愛される理由 ~ 野球部の地域貢献
多高野球部が愛される理由 ~ 野球部の地域貢献
毎夏、多良木町と交流している北海道の南幌町(なんぽろちょう)の小学生10人が来町し、本校にも宿泊します。本校にとっても毎年恒例の行事となっています。そして、この交流事業で大活躍するのが野球部です。
7月30日(日)、多良木町の中心部から北の山間部に向かって車で15分ほど走り、休校中の宮ケ野小学校校舎を訪ねてみました。この日は南幌町の小学生と多良木町の小学生の交流会が予定されていて、多良木町役場の方々が山女魚の塩焼きとそうめん流しの昼食の準備を行っておられました。そして本校の野球部員がそれを手伝っていたのです。18人の選手は野球のユニホームを着て、6人の女子マネージャーは学校の体操服で、それぞれ動き回っていました。そうめん流し用の竹筒を作ったり、小学校前の渓流で山女魚の血を抜いて洗い竹串をさしたり等、活発に立ち働いていました。その健気な様子を見て、私は思わず笑顔となりました。「高校生のみんながよくやってくれていて、感謝です。」と役場の方から御礼の言葉もいただきました。
夕方、本校のセミナーハウスに会場を移し、女子マネージャーがカレーライスを作り、両町の小学生の夕食会。夜は本校の体育館で野球部選手たちも交じってのビーチボールバレーのレクリエーション。「こんな経験は多良木高校野球部ならではだね。」と私が声を掛けると、生徒たちは笑顔で「はい」と返事をしました。
本校野球部の齋藤監督は多良木町の社会教育指導員を務めておられるため、積極的に野球部員にボランティア活動を呼び掛けられます。南幌町の小学生との交流行事をはじめ町の文化祭や科学展(サイテク祭)の設営準備、公園の清掃活動、町の駅伝大会への参加など年間を通して野球部員が地域のために身体を動かし、汗を流しています。
他者のため、公のため、無償の気持ちで働く野球部の生徒たちは輝いています。その姿を知っている地域の方々が、いざ大会となると本校野球部を応援するために球場に駆け付けてくださるのです。多良木高校野球部が地域に愛される理由は日頃の活動にあると思います。
多くの来校者でにぎわう ~城南地区県立高校PTAビーチボールバレー大会
多くの来校者 ~城南地区県立高校PTAビーチボールバレー大会
7月29日(土)、多良木高校で城南地区県立高等学校PTAビーチボールバレー大会が開催され、12校19チーム、参加者総数190人の方が来校されました。開会式での校長の歓迎挨拶を掲げます。
「皆さん、ようこそ多良木高校へお越しいただき、有難うございます。八代・芦北・水俣の学校の皆さんには遠く感じられたことと思います。本校が位置する多良木町、そして東側の湯前町、水上村などこの地域は球磨郡の中でも上球磨、あるいは奥球磨と称しており、ここより東にはもう熊本県の高校はありません。本校から車で15分ほど国道219号を走ると湯前町横谷峠にさしかかり、宮崎県西米良村に入ります。
多良木高校は、上球磨の拠点、多良木町に大正11年に創立され、戦前は高等女学校の歴史を持ち、戦後、新制の普通高校となり、「多くの良い木」の名前のとおり、人材を輩出してきました。昭和40年代には学年8クラスを有し、水上村には水上分校を持っていました。しかし、その後、この地域の少子化、人口減が急速に進み、平成2年に水上分校がなくなり、とうとう本校までもが来年度、平成31年3月をもって閉校の定めとなりました。今年度は新入生はなく、現在2、3年生の計136人が在籍しております。
しかし、小さくともキラリ輝く存在でありたい、最後まで地域と共に歩み、体育部活動をはじめ活気ある学校でありたいと願い、保護者のご支援のもと生徒と職員が一体となって様々な活動に取り組んでいるところです。多くの方に閉校前の多良木高校に来ていただき、その様子を記憶してほしいとの本校PTAの熱い思いから、この城南地区親睦ビーチボールバレー大会も実現しました。
城南地区高等学校のPTAの皆様にお願いがあります。現在の2年生69人が多良木高校のアンカーとして部活動に励んでおり、野球、陸上、サッカー、男子バスケット、女子バレー、女子アーチェリーの6つの体育系部活動が来年度まで活動します。本校は平成3年に体育コースが設けられたこともあり、二つの体育館、300mの陸上トラック、専用の野球場とスポーツの施設・設備が充実しており、宿泊できるセミナーハウスもあります。どうか、部活動の練習試合や合同練習等で御来校いただき、本校の生徒と一緒に活動していただけないかと願っております。本日も宮崎県の都城の高校が野球の練習試合に来てくれています。それぞれの学校の部活動でご検討いただきたくお願い致します。
小規模校のため、PTAのスタッフも少なく、不行き届きな点も多々あるかと心配しておりますが、笑顔と歓声あふれるレクリエーションになることを願い会場校校長挨拶といたします。」
語り継がれる戦争体験
語り継がれる戦争体験 ~ 同窓生の方からの聴き取り学習
「戦争中の女学校生活で楽しみは何でしたか?」との生徒の問いに、多良木高等女学校の同窓生の方は「楽しみなんてなかったよ。」と語られ、質問した生徒の表情が引き締まりました。7月25日(火)の午後、2年生の「日本史A(近現代史)」選択者25人が、多良木高等女学校同窓生の方から戦争体験を聞き取る学習活動を行いました。
多良木高校は大正11年(1922年)創立当初から「平和・勤労・進取」の校訓を掲げていますが、その沿革を振り返ると「平和」の時ばかりではありません。昭和12年に勃発した日中戦争、そして昭和16年の太平洋戦争開戦と昭和前期は過酷な戦争の時代が続きました。その時代に当時の多良木高等女学校で学ばれた先輩方の高齢化は進み、80代後半から90代にさしかっておられます。そして本校自体が来年度で閉校です。従って、同窓生の方から戦争体験を聴く機会は今しかないと考え、地域の同窓生の方々の協力を得て、日本史選択者の聴き取り学習の場が実現しました。
当日は、昭和19年度から昭和21年度にかけての卒業生10人の同窓生の方に御来校いただきました。その他、同窓生の方と親交のある第一高等女学校(現第一高校)、八代高等女学校(現八代高校)、そして戦争中に熊本市健軍の三菱重工熊本製作所(軍需工場)で勤労動員の体験を共有される熊本中学校(現熊本高校)の卒業生の方(唯一の男性)も加わっていただきました。生徒たちが各5人の5班に分かれ、班にそれぞれ2~3人入っていただき、戦争中の体験、当時の思い出や考えていたことなどを生徒たちに1時間ほど語っていただきました。
戦争中の女学生と現代の高校2年生はおよそ70歳の年齢の開きがあります。しかし、生徒たちは事前に準備していた質問項目だけでなく、同窓生の方のお話に興味を持ち、予定していた時間を超えて対話が続きました。個々人の体験が語り継がれ、記録されることで、それは歴史となります。教科書の記述で学んだ知識をもとに、同窓生の方の体験談、証言を聴くことで、生徒たちは戦争と平和について深く考えさせられたことでしょう。
ともに汗を流して ~ 夏の除草作業
ともに汗を流して ~ 夏の除草作業
気温35度の猛暑日が連日続いている今日この頃ですが、7月25日(火)の朝、保護者の方々のご協力も得て校内の除草作業に取り組みました。本校は300m陸上競技トラック、野球場等とスポーツ施設が充実していることもあり、学校敷地は6万5千㎡を超えています。在籍生徒数が現在は2学年136人であり、普段の清掃活動でも校庭やグラウンド等には手が回りません。夏季休業に入り、夏草がさらに生い茂ってきたため、除草作業を実施しました。
当日朝7時に、保護者有志の方、体育系部活動員をはじめ生徒有志、そして教職員とおよそ百人が集まり、約1時間、除草作業を行いました。少しでも涼しい時間帯にと計画したのですが、無情にも7時を過ぎると夏の太陽の日差しは容赦なく、身体から汗がとめどなく流れ出ます。保護者の中には出勤前にご協力いただき、作業が終わると急いで職場に向かわれる方も少なくありませんでした。そのような保護者の姿はきっと生徒たちの気持ちを揺さぶったものと思います。
草を抜きながら生徒たちと、「雑草のたくましさについて」や「自宅で草取りをするか」など様々な会話をしました。日本の学校において、掃除の時間は特別な教育的意義があると思います。今でも掃除機などの便利な道具はあまり使わず、雑巾、箒、モップ等のアナログな用具で地道に取り組みます。除草剤も原則使わず、手作業で草を抜くのが学校の掃除風景です。生活する場所を清潔に整えることは人として当然の作法であり、生活の基本であるという考えが日本人にはあると思います。掃除の時間はそのことを児童、生徒たちに体得させる大事な教育の場なのです。
欧米から赴任してくるALTやアジアの教育関係の訪問者が、日本の学校のユニークな点として「児童生徒と一緒に教職員が掃除をすること」を挙げますが、私たちからすると、一緒に掃除をしないことの方が奇異に思えます。ともに汗を流して草を抜き、少しでも自分たちの学校を整えていこうという意識の連帯こそが、教育だと考えるのです。
それいけ野球部 ~ 夏の大会ベスト8進出
それいけ野球部 ~ 夏の選手権大会ベスト8進出
「あきらめない夏」を掲げて、第99回全国高等学校野球選手権熊本大会に臨んだ多良木高校野球部は、毎試合、筋書きのない熱いドラマを創りながら、準々決勝、ベスト8に進出しました。
1回戦の大津高校戦は攻守ともにかみ合い9対0で快勝。2回戦の専大玉名高校戦は緊迫した試合展開で、1対1のまま延長戦に入り、11回裏、主将の若杉君のセンター前ヒットでサヨナラ勝ち。1,2回戦とも2年生エースの古堀君の好投が光りました。
古堀君は東京都大田区の中学校を卒業して多良木高校に入学してきました。ご両親は多良木高校の同窓生で、高校はご両親の故郷で学びたい、そして強い公立高校野球部で野球に打ち込みたいという本人の意志で、本校を選んでくれました。あさぎり町の祖父母の家に住み、毎日、およそ10㎞の道のりを自転車で元気に通学しています。古堀君のような「孫ターン」の生徒は同学年に他に2人いて、それぞれ板橋区、足立区の中学校から本校に入学し、陸上部とバスケットボール部で活動しています。彼らの存在は、少子高齢化が進む地域に活気をあたえるものです。
3回戦の八代東高校戦は、前半2対5とリードを許しながらも8回表に一気に5点を奪い逆転。古堀君を救援した3年生の城本君が気迫のピッチングを見せ7対6で勝利しました。8回の逆転劇の時の多良木高校側スタンドは歓喜と興奮に包まれました。多高校野球部の試合には、多良木町をはじめ地域の多くの方々が足を運んでくださいます。有志の「多良木高校野球部応援隊」はじめ、野球部を応援する「じじばばの会」というお年寄りの会もあります。卒業生、そして卒業生の保護者も今年は特に多く応援に来られています。
閉校が来年度に迫りながら、それを感じさせない野球部の活躍に卒業生はじめ地域の方々が喜んでおられることを感じます。多良木高校野球部の試合はいつもハラハラドキドキの展開です。炎天下、こんなにも多くの人が一喜一憂し、勝っても負けても涙し、世代を超えて校歌を合唱する光景が見られるのは多良木高校ならではと思います。
3回戦の試合前
インターハイ壮行会 ~ 全校生徒の寄せ書きで送る
インターハイ壮行会 ~ 全校生徒の「寄せ書き」で送る
7月14日(金)は多良木高校にとって節目の日です。この日が1学期終業式の日であると共に、いくつもの行事を実施しました。先ず、ALTのジョセフ・ランザ先生の退任式。イングランドから赴任したジョー先生は、1年間の任期を終え、この1学期末で帰国されることになりました。身体を鍛えることが好きで、放課後、第2体育館のトレーニングルームで筋トレに励む姿が印象的なジョー先生は生徒たちにとても人気がありました。
続いて、「南東北インターハイ2017」の陸上競技100m、200mに出場する三浦恵史君(3年)の壮行会。同窓会の味岡峯子副会長にもご出席いただきました。そして、全校生徒が布に寄せ書きを行い、それを生徒代表が贈って激励しました。小希望校ならではの心温まるメッセージです。三浦君にとっては何よりの励ましとなったことでしょう。
先日の7月8日、熊本市で開催された国体最終選考会において、少年の部100mで10秒75の自己ベストで優勝し、愛媛国体の県代表にも決まっています。着実に自己記録を更新して成長を遂げている三浦君を頼もしく思います。「熊本 多良木」の名前を背負い、アスリートの祭典のインターハイで自分の力を最大限に発揮してほしいと期待します。
終業式を終え、午後、体育部活動のキャプテンやマネージャー等を集めて、教職員との合同の救急法講習会を第1体育館で行いました。上球磨消防組合消防本部から隊員の方に来ていただき講師をお願いし、心臓マッサージやAEDの使い方についての研修に取り組みました。安全こそが部活動の大前提です。自分たちの命は自分たちで守るという心構えを持っていてほしいと思います。
ようやく昨日7月13日に南九州は梅雨明けしました。明日から夏季休業。多高生には大いに汗を流し、身体を動かしてほしいと思います。
地震を知る ~ 阿蘇火山博物館の池辺館長のご講演
地震を知る ~ 阿蘇火山博物館の池辺館長のご講演
今年度から、多良木高校は地域の方と一緒に防災活動に取り組むこととなりました。「防災型コミュニティスクール」です。昨年まで学校だけで防災学習、そして避難訓練等を実施してきましたが、昨年の熊本地震の体験をとおして、改めて地域との連携の大切さを知り、今年度から全ての県立高校は防災型コミュニティスクールとなったのです。
その最初の取り組みとして、7月4日(火)の午前、地震に関する講演会を開催しました。本校が位置する多良木町六区からも区長さんをはじめ20人余りの方々が来校され、生徒及び教職員と共に一緒に聴講されました。学校と地域の方が共に学ぶことが、コミュニティスクールの第一歩です。
講師は公益財団法人阿蘇火山博物館館長の池辺伸一郎先生で、演題は「地震を知る」です。池辺先生は、長年、同館の館長を務めておられ、火山及び地震の専門家でいらっしゃいます。お話は、(1)地震のメカニズム、(2)熊本地震について、(3)人吉球磨地域の断層、(4)自然災害から身を守る、の四つの項目に沿って進み、プロジェクターでスクリーンに投影された図、資料を使われ、とても具体的でわかりやすいものでした。
また、「地球は生きている、火山活動、そして地震について予知はできない」、「地球が何を考えているかわからない、地球科学の分野はまだわからないことが多い」と専門家ならではの謙虚な表現が印象に残りました。そして、地震、火山噴火、台風などの危険な自然現象(Hazard)は日本列島で生きていく以上、避けようがない、しかし、自分が生活する地域のハザード(Hazard)の理解を深めることで、防災、減災に結び付け、生活に多大な被害が生じる災害(Disaster)が起こらないよう努力すべきだと結ばれました。
熊本地震で阿蘇地域は大きな被害を受け、池辺館長の阿蘇火山博物館も復旧の途上にあります。火山及び地震の研究者としての使命感と復興に挑む気概が込められた、内容豊かなご講演でした。「地震を知る」という初めの一歩を多良木高校は地区の住民の方々と共に踏み出すことができました。
登録機関
管理責任者
校長 粟谷 雅之
運用担当者
本田 朋丈
有薗 真澄