校長室からの風(メッセージ)

校長室からの風(メッセージ)

三椏(みつまた)の里、槻木

三椏(みつまた)の里、槻木(つきぎ) 

 多良木高校の卒業証書は三椏(みつまた)を原料とした手すき和紙で作られています。今年度の卒業証書の和紙製作の依頼に、多良木町槻木(つきぎ)地区を訪問しました。槻木地区は多良木高校から南におよそ20㎞離れたところにあります。多良木町の南の端に当たり、地図で見るとこの地区だけが宮崎県域にぐいと入り込んでいます。槻木地区は住民が120人ほどで高齢化率は77%に達し、住民自らが「限界集落」と称される所です。

 槻木を訪ねるのは容易ではありません。県道143号を球磨盆地側から上り、曲がりくねった細い道を走行し、標高780mの槻木峠を越えなければなりません。途中、木材を積んだトラックに出合うと離合ができず、道幅の広い場所までバックしなければならず、運転に神経を使います。しかも、現在は、峠付近が工事中で、日中、通行できる時間帯が規制されているのです。けれども、訪ねる度に素朴で清らかな山里の風情に魅了されます。

 手すき和紙を作っていらっしゃるのは椎葉袈史さんです。お仕事は林業で、ご自分の山を槻木に所有されています。昨年度まで多良木町教育長を務められました。椎葉さんの手すき和紙の一番の特徴は、原料が三椏(みつまた)である点です。一般的に和紙の原料は楮(こうぞ)ですが、楮より三椏の方が上質のものができるそうです。三椏は育ちにくいとも言われますが、槻木地区の土壌や気候が合うのか、昔から自生しています。今は、椎葉さんが自分の山をはじめ植樹されており、やがて槻木は「三椏の里」と呼ばれることになるかもしれません。

 椎葉さんのご自宅の庭にも三椏が育っています。三椏は枝が三つに分かれることからその名称がおこり、高さは大人の背丈ほどが一般的で、最大でも2mくらいだそうです。ご自宅の三椏は枝ごとにちょうど蕾が付いていました。花は春先に咲くとのことです。手すき和紙作りもこれからが佳境だそうです。多良木高校の卒業証書用に、校章の鳩の絵柄を透かしで入れて頂いています。「この透かしの技がうまくいかない」と椎葉さんは笑っておられましたが、地元の三椏で作られた手すき和紙の卒業証書を卒業生に手渡す日が待ち遠しく思われます。

          椎葉袈史さんと三椏の木(左肩後方)

 

事故の怖さを実感する交通安全教室

事故の怖さを実感する交通安全教室 

 12月5日(火)、2学期期末考査最終日。この冬一番の強い寒気に球磨地域は覆われました。冷たい風が吹く中、午後、多良木高校グラウンドで「スタントマンを活用した交通安全教室」を開催しました。熊本県警察本部とJAくま(球磨地域農業協同組合)の共催によるもので、参加者は本校生(2,3年)と球磨支援学校高等部の皆さんです。高等部の生徒の皆さんは、先週も本校野球場でティボールを楽しむスポーツ交流を行っており、二週続けての来校です。

 この交通安全教室の特色は、スタントマンによる交通事故の迫真の再現です。日頃トレーニングを重ねているスタントマンだからこそできる身体を張った危険な演出となります。歩行者と自転車、自転車と自転車、自転車と自動車といった幾つものパターンによる交通事故の再現が行われ、その度に被害者役のスタントマンは身を投げ出し、道路に転倒します。迫力ある事故シーンを見学していくことで、改めて、私たちは交通事故の恐ろしさを実感していきます。そして、生徒の皆さんが事故の怖さを正面から受け止めることによって、日頃の「まあ大丈夫だろう」という甘い認識や油断を捨て、交通安全に関してより慎重に注意深くなるように変化を期待するものです。

 私たちが暮らす人吉球磨地域は、犯罪や災害が少なく、人情も厚い平和な故郷です。しかし、最も心配されるのが交通事故です。今年度、多良木町やあさぎり町で交通死亡事故が続いていることは憂慮されます。生徒たちの話を聴くと、自転車でスピードを出しすぎた時、不用意に角を曲がる時、あるいは信号のない横断歩道を渡る時など「ヒヤリ」・「ハット」の経験が多いようです。生徒の皆さん達には、絶対に交通事故の被害者に、もちろん加害者にもなって欲しくありません。

 交通事故は一瞬で起きます。事故を防ぐにはどうすればよいのか。およそ一時間半の交通安全教室は、「どんな事故も基本的な交通ルールを守っていれば防ぐことができる」というメッセージを伝えていました。


 


「本物」に恵まれた人吉球磨地域の教育環境

「本物」に恵まれた人吉球磨地域の教育環境 

 人吉球磨地域に赴任して3年が経過しますが、この地域の教育環境は誠に素晴らしいと実感しています。自然、歴史、文化など「本物」に触れ合うことができ、環境保全や文化財保護などを抽象的にではなく具体的に学ぶことができる場所だと思います。

 先般実施した強歩会では、生徒たちは文化財に指定されている観音堂や仏様(仏像)に触れ合いながら歩くことができました。鎌倉・室町の中世の建造物が今も日常風景の中に溶け込んでいる佇まいに、歴史を感じたことでしょう。平安時代の仏像が博物館や美術館ではなく、小さな集落で守られていることに先人たちが大事なものを継承してきた精神を思ったことでしょう。何しろ、この人吉球磨地域は熊本県で初めて認定された「日本遺産」の故郷なのです。

 また、8月に2年生体育コースが登った市房山は、古くから信仰の対象であり、一木一草持ち出してはならないとの慣習が伝えられてきたため、いまだに市房杉をはじめ植生、生物の多様性が維持された「宝の山」です。このような市房山の自然を次代に残すことが「自然保護」だということを生徒たちは実感したことと思います。

 今、学校教育にとって大きな問題は児童生徒の生活に広がるネット社会の陰です。小学生から高校生までネット世界に浸っていることは間違いありません。情報検索や画像、動画、音楽、ゲームにいたるあらゆるコンテンツを自由に楽しめるネット世界は便利で刺激的で、児童生徒を虜にします。しかし、情報モラルや情報リテラシーの教育が後手に回っている現状があり、ネット世界に様々な落とし穴や危険性があることへの認識が弱いと危惧しています。オンラインゲームは仮想現実(ヴァーチャルリアリティ)であり、ネット上の多くのコンテンツは虚構の世界です。ヴァーチャルな世界、虚構の世界に児童生徒の意識や生活が侵されているのです。

 教育はバランスだと考えます。このようなネット社会だからこそ、学校教育は、児童生徒に「本物」を見せ、触れさせ、体験させることで、豊かな感性と考える力を育てることが重要です。自然、歴史、文化と周囲に「本物」が満ち溢れている人吉球磨地域は教育環境として最高の場所だと云えます。 


 

       強歩会でトップでゴールする班(2年1組)

強歩会

「みんなで歩く、ひたすら歩く」 ~ 多良木高校強歩会

 
 全長31㎞。多良木高校の伝統行事「強歩会」を1117日(金)に開催しました。三つのコースを三年間それぞれ歩く鍛錬行事ですが、今年のコースが最も長く31㎞を歩くことになります。朝霧の中、午前7時45分に2年生、3年生の全校生徒で校門を出発。私も最後尾から歩き始めました。

 学校から南に向かい多良木町久米地区の幸野溝沿の山麓を歩き、第1チェックポイントの中山観音堂(4.8㎞)。御本尊の聖観音像は何と平安時代前期の9世紀(西暦800年代)に造立されたものです。千二百年近くの間、先人が守り伝えてきた奇跡の仏様を拝観できました。

 さらに歩きあさぎり町に入ります。第2チェックポイントのあさぎり町岡原の宮原観音堂(7.6㎞)。今では珍しい茅葺の観音堂はおよそ500年前の室町時代後期に創られた品格ある姿です。観音堂を守っておられる地区の方々がお堂を開帳して歓迎していただきました。続く第3チェックポイントのあさぎり町上の谷水薬師(13.4㎞)。昼でも暗く深山幽谷の趣があり、古くから地元の人々の信仰を集めている場所です。そして第4チェックポイントが秋時観音堂(16.4㎞)。面長で優美なお顔の十一面観音像が出迎えてくれました。業務の都合で私はここで脱落し自動車で学校に帰りましたが、生徒たちは第5チェックポイントのあさぎり町免田の岡留熊野座神社(22.2㎞)に向かいます。

 この岡留熊野座神社の裏手の公園で生徒は昼食を取ったのですが、この頃から天気予報通り小雨が落ち始めました。無情の雨で、身体の冷えが心配されたのですが、生徒たちはここから底力を発揮しました。歌を歌ったり、お互い励まし合いながら、小雨に濡れて歩きます。第6チェックポイントのあさぎり町農協「あぐり」(25.2㎞)を経て、多良木高校を目指します。

 ゴールする生徒を正門で私は待っていたのですが、トップの2年1組男子の班は午後2時半に到着しました。そして続々と帰ってきて、最後尾の班も午後4時10分にはたどり着いたのでした。気温が低く後半は雨も降る厳しい条件の中、完歩した生徒たちのたくましさに脱帽です。「みんなで歩く、ひたすら歩く」強歩会は、生徒にとって特別な感動体験となったに違いないと思います。


           31㎞強歩会スタート
  

黄金の時 ~ 正門前の銀杏並木

黄金の時 ~ 正門前の銀杏並木

 「正門前の銀杏並木がきれいですね。」と先日、年配の同窓生の方から言われました。多良木高校の正門前には銀杏の並木があります。町道から分かれて百メートルほどの奥行の道に片側十本の銀杏樹が立ち並んでおり、今、鮮やかな黄金色に染まっています。先週から落葉をはじめていますが、毎朝、有志の生徒と職員で掃き掃除に努めているところです。晩秋の今、明るく装った銀杏並木を歩くと、豊かな実りに包まれたような気分になります。

 本校の養護教諭の毎床教諭が、熊本県教育委員会の永年勤続30年の表彰を今月受けられました。永年勤続賞は10年、20年、30年とあり、30年が最長のもので、これ以上はありません。毎床教諭は昭和62年4月に県教育委員会に養護教諭として採用されて以来、県内の7校で勤務してこられました。その内、多良木高校は二回目の勤務となり、今年で通算11年目を数えられ、教員人生の三分の一に当たります。

 養護教諭は、保健室に在って、全校生徒の健康管理を一手に担う責任の重い仕事です。受賞を全職員でお祝いするため、先日の職員会議において、三十年の教職人生を振り返ってお話をしていただきました。生徒の健康状態もこの三十年で変化してきたそうです。二十代、三十代の頃は、生徒のことで感情的になり、大変なこともあったと笑ってお話になりました。しかし、「養護教諭という仕事をやめようと思ったことは一度もありません。」ときっぱり締めくくられました。この言葉は私たち職員一同の心に響きました。

 私たち教職員の仕事には定年というゴールがあります。それを考えると寂しいような、限界を感じるような切ない気持ちになります。しかし、ゴール目指して日々全力で仕事をされる毎床教諭の姿は、十代の高校生にもきっと大きな影響を与えていると思います。

 熟成の黄金色を輝かせ、登下校の生徒を見守る正門前の銀杏並木は、経験豊かな教師像にも見えなくはありません。