2018年12月の記事一覧
地域の皆さんと一緒に大掃除
地域の皆さんと一緒に大掃除
最後の学年の2学期が終了しました。12月21日(金)の終業式の前に生徒と職員で大掃除をしたのですが、改めて25日(火)の午後4時から再度、第1体育館や図書室の大掃除を行いました。本校の最大規模は昭和47年度で、この時は24学級(1学年8クラス)、生徒数1150人を数えました。この規模の校舎と校地を維持しながら、生徒数は急速に減少し、今年度は最終学年67人が学校生活を送っています。従って、普段の掃除活動は日常使う教室や廊下、生徒用トイレ等が対象で、体育館や特別教室、校庭まで手が回りません。そこで、冬季休業初日の25日に、職員をはじめ生徒と保護者の有志、そして地元多良木町6区と8区の皆さんに呼びかけて、大掃除を計画したのです。
学校の勝手なお願いにも関わらず、年の瀬の慌ただしい中、6区と8区の住民の皆さんが大勢集まっていただき、胸が熱くなりました。これまでも防災訓練や体育大会での合同競技、そして公民館活動での交流等、本校の教育活動に献身的にご協力頂いた地域の方々の学校へ寄せる思いに頭が下がります。また、球磨郡のオートバイ愛好団体の方がサンタクロース姿に扮してバイクで駆け付けられ、生徒達を激励されるサプライズもありました。
大掃除は、第1体育館の清掃、そしてパイプ椅子の選別、さらに図書室の廃棄書籍の運び出し等に全員で当たり、約1時間で終了しました。お蔭で、来る3月1日の卒業式及び翌日の閉校式の会場となる第1体育館の片付けが済み、すっきりしました。地域に開かれた学校として歩んできた本校は、最後まで地域の方々に助けられていると思います。
多良木町6区、8区の皆様、そして多良木高校をご支援いただいた多くの皆様、どうか良いお年をお迎えください。
「一年の心の煤(すす)を払はばや」(正岡子規)
海軍少将の高木惣吉のこと ~ 望(忘)年会
海軍少将の高木惣吉のこと ~ 望(忘)年会にて
12月21日(金)に多良木高校は2学期終業式を行いました。残暑厳しい8月28日(火)の始業式以来4か月の期間、67人の生徒たちの高校卒業後の進路は決まりました。終業式の校長講話では、改めて多良木高校96年の歴史を振り返り、先輩たちから襷が継承されてきた結果、「最終走者として皆さんが今ここにいる」ことを意識させ、アンカーとしての使命感を訴えました。
その夜、人吉市の旅館で職員の忘年会を催しました。本校の忘年会は、敢えて字を変え、「望年会」としており、新年を望むという気持ちを込めています。望年会の場所は、人吉市出身の海軍軍人の高木惣吉ゆかりの旅館で、離れに記念室が設けてあります。本校の職員をはじめ地元の人吉市、球磨郡においても高木惣吉のことを知らない人が多いため、敢えて、望年会冒頭の校長挨拶で紹介しました。
高木惣吉(1893~1979)は人吉市西瀬の出身で、小学校卒業後、苦学して海軍兵学校、海軍大学校で学び、知性派の海軍軍人として最後は海軍少将にまでなりました。しかし、よくある立志伝の軍人ではありません。彼の真骨頂は、太平洋戦争の絶望的な戦局の中、身を挺して終戦工作に奔走したことにあります。海軍首脳の米内光正、井上成美らの密命を受け、このまま戦争を継続すれば我が国は滅亡するとの危機感から、危険な終戦工作に当たります。軍人でありながら、戦争をやめることに命を懸けた少数の良識ある人物がいたことは後に知られるようになります。戦後、高木は公職には就かず、大戦中の実相について著述に取り組み、湘南で穏やかな晩年を過ごしました。熊本県教育委員会は平成27年度「熊本県近代文化功労者」として高木惣吉を顕彰しています。
高木惣吉と比較することはまことに気が引けますが、私たち多良木高校教職員も、最終学年の生徒の教育に全力を尽くす一方、学校を閉じる業務に努めるという相反することを両立させなければならない立場にあります。「難しい仕事ではありますが、使命感をもって全員で事に当たっていきましょう」と望年会で職員を励ましました。
2学期終業式での生徒表彰
「体力向上優秀実践校」受賞
「体力向上優秀実践校」受賞 ~ 最後のクラスマッチ・駅伝大会
12月19日に百人一首とバレーボールのクラスマッチ、そして翌20日に駅伝大会を開催しました。駅伝は、男子が1区間4.2㎞、女子が1区間3.5㎞を走り、男女混合5人編成で1チームつくります。全体で12チームが参加し、学校及びその周辺道路のコースで競いました。体育の授業で冬季は持久走があり、その成果発表の場として毎年駅伝大会を行っています。多くの保護者の方が大会に協力され、コースの各ポイントに立っての交通指導、そして競技後に全員で楽しむ豚汁作りに取り組まれました。
持久走を苦手とする生徒は少なくありません(特に女子)。しかし、生徒達は苦しい表情を浮かべながらも自分の役割を果たして次の走者に襷を渡し、最終走者のアンカーをチーム全員で迎える光景は誠に爽やかでした。日頃から交流のある近隣の保育園児も応援に駆け付け、歓声が響き渡りました。
出場した選手全員が走りぬき、達成感を覚えながら全員での豚汁の昼食となりました。私たち職員も頂いたのですが、肉や野菜など豊富な具材に加え、お母さん方の「愛情」という調味料が入った味は絶品で、身体が温まりました。
さて、先月、熊本県教育委員会から「体力向上優秀実践校」表彰を本校は受けました。2年前に続いての受賞です。この賞は、生徒達が毎年1学期に受ける8項目の体力・運動能力テストの記録が良好であること、そして学年進行に伴い順調に伸びていることが評価されます。現在の3年生は、男子が8項目全て、女子も5項目で県平均・全国平均の記録を上回っています。
「体力向上優秀実践校」受賞の理由は大きく三つあると思います。一つは、体育の授業及びその成果発表の場である体育的行事が充実していること。二つ目は、体育系部活動への生徒の加入率が高いこと。そして三つ目は、生徒一人一人が健康を意識し自己管理できていることだと考えます。
多良木高校最後の学年の生徒達は平均の高校生よりはるかに体力・運動能力を有しています。高校3年間、いや学校生活12年間で彼らは人生の土台を築き上げたのです。そのことをとても頼もしく思います。
校内駅伝大会 走り出す1区の選手
ゴルフ場への感謝状
ゴルフ場への感謝状 ~ 体育コースのゴルフコースラウンド実習
あさぎり町深田に「熊本クラウンゴルフ倶楽部」があります。本格的チャンピオンコースを有する会員制ゴルフ倶楽部です。ここで12月14日(金)に本校体育コースのゴルフラウンド実習を実施しました。実習に先立ち、長年のゴルフ実習に対する同倶楽部のご支援に対し多良木高校から感謝状を贈りました。
体育コースの3年次2学期の体育の授業でゴルフを行います。学校のグラウンドでボールを打つ練習を繰り返し、その集大成として最後は実際に18ホールのコースを回るラウンド実習に挑みます。整備されたゴルフコースをまわる体験はゴルフの醍醐味を知る貴重な機会となります。本来、ゴルフコースを利用することは料金が発生するものですが、「熊本クラウンゴルフ倶楽部」の格別なご配慮により、無償で生徒たちはラウンド実習をできるのです。同ゴルフ倶楽部が平成6年にオープンして以来、24年間継続してコースラウンド実習を支えていただきました。このことに対して、最後の実習に際し感謝状を贈り、学校として深い謝意をお伝えした次第です。
「これも私たちゴルフ倶楽部の地域貢献だと思っています。」と櫻井大治郎代表取締役はおっしゃいました。誠に有難い言葉です。3年前校長に就任した時、同倶楽部のご厚意で無償のコースラウンド実習が実現できていることを知った時は大変驚きました。恐らく県内の高校では類を見ないと思います。多良木高校の教育活動がいかに地域社会の皆様にご理解いただき、ご支援を受けてきたかを示す典型だと思います。
ゴルフはフェアプレイ精神を養うに適したスポーツと言われます。なぜなら、他のスポーツと異なり、プレイする場に審判(レフリー)はいません。スコアの申告やルールを守ることはゴルファー個人に委ねられているからです。多良木高校体育コース24人の生徒たちは、恵まれた環境の中で、ゴルフラウンド実習を満喫しました。これまでの先輩たちのように、彼らもきっと近い将来、社会人としてプレイするために「熊本クラウンゴルフ倶楽部」に行くことでしょう。
全員ステージ ~ 最後の文化祭(その3)
全員ステージ ~ 最後の文化祭(その3)
在籍生徒数が千人を超える高校にかつて勤務したことがあります。9割の生徒は一度も体育館のステージ上で脚光を浴びることなく卒業していきました。大規模校の定めです。しかし多良木高校は違います。最終学年67人の学校です。閉校するとわかっていて敢えて入学してきた生徒たちの気持ちを重く受けとめ、他の学校では得られない特別な体験を積み重ねてやりたいと私たち教職員はこの3年間努めてきました。そして、最後の文化祭「木綿葉フェスタ」では、全員がステージに立つことになったのです。
「あの日に帰ろう、歌と共に! ~歌で振り返る多良木高校96年の青春~」のテーマを掲げ、午後の2時間半、手作りの歌謡祭を開きました。67人全員が歌、またはダンスなどのパフォーマンスに挑戦しました。脇を固めるのはプロの音響・照明、伴奏が音楽教師と地域の音楽愛好者の方、そして午前中にライブを開かれたORANGEの岩男さんもバイオリンを弾かれました。スポットライトを浴び、五百人の観衆とテレビ局のカメラに囲まれ、生徒達は物怖じすることなく力を発揮し、若さいっぱいの自己表現でした。
赤いリンゴを手に背筋を伸ばし「リンゴの唄」を歌った女子生徒、五人のバックダンサーの男子を従え着物姿で「お祭りマンボ」を歌い踊った女子生徒、着物姿で女装し「365歩のマーチ」を熱唱しながら観客席を回った男子生徒、派手な衣装に包まれ笑顔いっぱいでキャンディーズやピンクレディを演じた女子生徒達などなど。普段はおとなしい性格であっても、ステージ上で堂々とした姿を見せ、改めて高校生の無限の可能性を思い知らされました。
入れ替わり立ち替わり生徒たちが大正から昭和の戦前、戦後、そして平成とヒット歌謡を歌い継ぎ、最後は今年2018年に大ヒットした「USA」の生徒全員のダンスは圧巻でした。そして職員も合流し、「いつまでも」(熊本地震復興支援ソング)と校歌を全員で合唱し、フィナーレを迎えました。
同窓生及び地域の方々、そして保護者など大勢の観客の熱い思いが生徒たちの熱意に火をつけ、生徒一人一人が輝き、最後の文化祭は幕を下ろしたのです。
書の力 ~ 最後の文化祭(その2)
書の力 ~ 最後の文化祭(その2)
多良木高校の文化祭は、書道選択者による書のパフォーマンスから始まることになっています。少なくとも私が校長就任以来4年間はこのオープニングを続けています。デジタル全盛の時代、書道はその対極のアナログな存在でしょう。しかし、だからこそ価値があるのです。コンピュータで均一な文字を早く作成しても、それは味わいも情緒もなく、個性もありません。一方、自ら筆で墨書した文字は、その人自身を雄弁に物語ります。書は人なり、です。
最後の多良木高校文化祭「木綿葉フェスタ」においても、3年生書道選択者の書道パフォーマンスが幕開けとなりました。本校では芸術教科として書道と音楽があり選択科目ですが、1組は38人中11人、2組は29人中4人と書道選択者は少数派です。彼らが自分たちで言葉も考え、練習し、本番を迎えました。美しい文字ではありません。整ってもいません。しかし、彼らの思いが骨太に熱く表されているようで、観る者に生き物のように迫ってきます。
1組の生徒の作品は、第1体育館のステージ中央正面に吊り下げられました。そして、相対する観客席に生徒のメッセージとして力強く届きます。2組の生徒の作品は立て板に張られた紙に墨書され、同じく第1体育館の入り口付近に観客席を背後から見守るかの如く立てられました。ステージ上の書と呼応するような立ち姿です。文化祭が終了し、会場の撤収作業が行われましたが、この二つの書の作品はそのまま残しました。本日、第1体育館で集会を開きましたが、生徒達の力作は強い気を発したままです。
パソコンで作成された文字は何年持つのでしょうか。心細くなります。一方、墨の力が千年以上も永く持続されることを私たちは知っています。8世紀の奈良時代、いや7世紀後半の藤原時代の木簡(木札に墨で書かれた記録史料)が今に伝わり、墨痕が鮮やかに残っていることが何よりの証明です。舞台芸術に比べると地味ではありますが、書道作品は多良木高校文化祭の誇るべき成果と言えます。
多良木高校に「マルシェ」出現
多良木高校に「マルシェ」出現 ~ 最後の文化祭(その1)
「マルシェ」という言葉はもともとフランス語で「市場」という意味ですが、最近日本でも馴染みのものとなりました。屋外の広場や公園に小規模の店舗が集まり、観光客や地域の人がコミュニケーションを楽しむ場として、各種イベントで開かれるようになりました。
12月8日(土)に開催した多良木高校最後の文化祭「木綿葉(ゆうば)フェスタ」において、初めての企画「多良木高校スペシャルマルシェ」が実現しました。昨年まではクラス(学級)やPTAのバザー(模擬店)が行われていたのですが、3年生のみの文化祭では生徒や保護者のバザー実施までは困難ということから、地域のご協力をお願いしました。くま川鉄道フェスタをはじめ各種イベントでマルシェの企画運営をされている西希さん(多良木町)にコーディネートを依頼したところ、「最後の文化祭を一緒に盛り上げましょう」と快諾されました。そして、持ち前の行動力で、店舗や諸団体に声を掛けまとめられ、最終的に11のお店で成るマルシェが本校中庭に出現しました。これに、県立南稜高校による「シクラメン」の友情販売も加わり、これまでの文化祭にない賑わいとなりました。
ハンドメイド雑貨やアクセサリーのお店もありますが、ほとんどは飲食店舗で、メニューも多彩です。多良木町で「こども食堂」(地域の子どもに無料もしくは低額で食事を提供する場)を開設されている方たちは自慢のカレーライス。地域のグリーンツーリズム団体による地産のもち麦ご飯、豚汁。地域の婦人会の手作りお菓子。中華料理店による餃子、小龍包。そして、かつての多良木高校生が愛した懐かしのハム入りパンを復活販売したパン屋さん等いずれも個性が光りました。
たった一日、それも2時間余りの短いスペシャルマルシェでしたが、多くの同窓生や地域の方々が買い物と飲食、そして交流を楽しまれました。日中の最高気温が10度に届かない冷え込んだ天候でしたが、マルシェは温かな特別な空間を創り上げたのです
「あの日に帰ろう、歌と共に!」
「あの日に帰ろう、歌と共に!」
~歌で振り返る多良木高校96年の青春~
今年度で閉校する多良木高校の最後の文化祭「木綿葉(ゆうば)フェスタ」を明日12月8日(土)に開催します。3年生しか在籍していないため、昨年までのような文化祭はできません。また、9月から11月にかけ就職や推薦進学の試験が続き、例年より実施時期が遅くなりました。
異例の文化祭ですが、大きな特色が二つあります。一つは、地域の店舗のご協力で、マルシェ(青空市場)が実現することです。十の店舗の皆さんが出店予定で、食事、お菓子、アクセサリー小物類等の販売が中庭で予定されています。最後の文化祭を一緒に盛り上げようとの業者の方々の御好意に厚く感謝申し上げます。
もう一つは、フィナーレ歌謡祭です。午後の2時間半、生徒を中心に職員有志、保護者、同窓生、地域の合唱グループの方たちが歌いまくります。テーマは「あの日に帰ろう、歌と共に!」~歌で振り返る多良木高校96年の青春~です。本校創立の大正11年に生まれた曲「シャボン玉」からスタートし、戦前、戦後の懐メロ歌謡曲から昭和後期、そして平成のヒットソングと30曲が歌い継がれます。その時代の多良木女学校生、多良木高校生が口ずさんだであろう青春ソングを歌うことで、96年を振り返ろうという試みです。
2学期の音楽の授業はこの歌の練習に充てられてきました。生徒たちにとっては生まれる遥か前の歌を担当することもあります。「リンゴの唄」、「憧れのハワイ航路」、「青い山脈」、「高校三年生」などなど。しかし、生徒たちにとってはこれも新しい出会いです。なかには衣装も往時のものに着替えて登場する生徒もいます。高校生の豊かな表現力を期待してください。
そして、この歌謡祭の最後、職員と生徒全員で熊本地震復興支援ソング「いつまでも」(作詞作曲:タイチジャングル)を合唱します。離れていても変わらない故郷を思う歌詞が、閉校する多良木高校に寄せる思いと重なり、練習していて胸が熱くなります。
明日は、多良木高校最後の学年67人の歌声が体育館に響きわたり、きっと同窓生の方たちの胸を揺さぶることでしょう。
前日のリハーサル風景
登録機関
管理責任者
校長 粟谷 雅之
運用担当者
本田 朋丈
有薗 真澄