校長室からの風(メッセージ)

2016年7月の記事一覧

教えることは学ぶこと ~ 地域未来塾の講師を務める多高生

教えることは学ぶこと ~地域未来塾の講師を務める多高生

 今年度の夏季休暇から、多良木町において地域未来塾(多良木町教育委員会主催)が始まりました。同町の三つの小学校(多良木、黒肥地、久米)の4~6年生に対し、午前中2時間の学習時間を設け、それを断続的に6日間行い、学習の基礎基本を確立させる事業です。他の幾つかの自治体ですでに始まっている「町営学習塾」の多良木版と言えるものですが、最大の特色は、講師役として、小学校の教師や学習支援員に加え、多良木高校生が加わるという点です。

 「高校生に講師役を!」という多良木町教育委員会から御提案があった時、私はとても有り難く思い、即、協力する旨を伝えました。教えるということはとても貴重な体験であり、教えることで多くのことを学ぶことができるからです。本校は、地域に開かれた学校として、これまでも様々な地域貢献に努めてきましたが、高校生による小学生への学習指導という機会はありませんでした。多良木高校生により豊かな体験をさせたい、多くの出番を与えたいとの多良木町教育委員会の温かい御配慮によるものと深く感謝します。

 多良木町地域未来塾は、7月21日(木)、黒肥地小学校から始まり、同小に5人の生徒が赴きました。そして、25日(月)からは多良木小学校でも始まり、同小には6人の生徒が、26日(火)から久米小学校でも始まり、同小にも6人の生徒が参加し、計17人の意欲ある多高生が先生役として活動しています。私も参観に行っていますが、教えることの難しさを実感している生徒の様子が見えます。自分では理解していても、それをいかにわかりやすく言語化して他者に伝えるかは思ったよりも困難な作業なのです。

 「礼儀正しい」、「さわやか」と先生役の多高生の評判はすこぶる良いようです。学校に帰ってきた生徒達に感想を聴くと、皆、異口同音に「教えることは難しい、けれど楽しい」と笑顔で答えてくれます。教えることは学ぶことです。地域未来塾で育つのは小学生だけではありません。


 

               地域未来塾(黒肥地小学校)で教える多高生

あきらめない夏 ~ 7月18日の高校野球逆転勝利

あきらめない夏 ~ 7月18日(月)高校野球2回戦の逆転勝利

 9回表、2点差を追う多良木高校の攻撃もすでにツーアウト、ランナーはいません。7回の攻撃で一度は逆転を果たしたものの8回裏に専大玉名高に再逆転を許し、試合の流れは明らかに劣勢となっていることをスタンドで応援する私たちも感じていました。バッターは7番の梅木君。バットを振り抜くと打球はショート正面へ緩いゴロが転がりました。万事休す、終わったと私は目を瞑りました。ところが、思わぬ歓声が回りから上がります。目を開けると、ファーストベースに頭から滑り込んでいる梅木君の姿と、横一文字に両腕を広げセーフと示している一塁塁審の姿が飛び込んできました。専大玉名の外野手は勝ったと思い内野に向かって駆け寄って来ていました。最後まであきらめない、という梅木君の執念のヘッドスライディングでした。

 ここから流れが再び変わりました。高村君、代打の赤池君がつないで1点差となり、1番の岡本君に打順が回ります。応援の人数で圧倒する多良木高校側のスタンドは総立ちで声を枯らして声援。岡本君のタイムリーヒットで同点となり、大歓声に包まれます。そして、2番の若杉君のセンターオーバーの逆転2塁打が飛び出し、スタンドは興奮の渦です。9回裏は、1年生の古堀君が落ち着いた投球で相手の攻撃を3者凡退で退けて、見事大逆転の勝利を得ました。13対11、壮絶な打撃戦を制したのです。
 勝利の校歌をグラウンドの選手とスタンドの応援団とで一緒に歌いながら、私は興奮冷めやらぬ気持ちでした。強豪校相手にも臆することなく果敢にプレーし、土壇場で底力を発揮しての同点、逆転劇に私は生徒の持っている力の大きさに驚嘆しました。9回ツーアウト、ランナー無しの追い詰められた状態からの逆転勝利はドラマ以上に劇的であり、このような試合を見せてくれた選手達に心から感謝したいと思います。

 7月18日(月)海の記念日、県営八代球場で多良木高校が逆転勝利をおさめた日に熊本県の梅雨明けが宣告されました。多良木高校野球部の「あきらめない夏」は続きます。



1学期終業式

 7月15日(金)の午前、多良木高校は1学期終業式を行いました。校長挨拶を次に掲げます。 
 

 「1学期の終業式に当たり、この3ヶ月半を振り返ると、先ず思い起こされるのが4月14日、16日の大地震発生のことです。18日月曜日、この体育館に集まり臨時の全校朝礼を行い、私から皆さんに三つのことを伝えました。一つは「普通の生活ができることに感謝しよう」です。この感謝の気持ちはいつも持っていたいですね。二つ目は「自然災害を正しく恐れよう」です。今回の地震でもネット上に根拠のない噂話、憶測が多く流れたようですが、基本的な知識、そして正しい情報を持って判断し行動してほしいと思います。三つ目は、「皆さんは弱者ではない」ということです。災害が起きたとき、まず自分の安全を確保した後は、子どもやお年寄り、障がいのある方を助ける立場となります。そして、復旧、復興に皆さんの力は欠かせないのです。

 先ほど、4人の3年生が復興支援ボランティア体験の報告をしてくれましたが、被災しなかった地域の県立高校23校から84人の代表生徒が集まりました。西原村の山中において地震で2千本のしいたけ原木が倒れたまま放置されており、それらをボランティアリーダーや地元の農家の方の指導のもと、一本一本復元していくのです。不安定な斜面での作業で、蒸し暑い天候の中、ムカデも出る厳しい環境でしたが、どの生徒も苦しい顔や嫌な顔ひとつせず作業する姿は爽やかで、私は、「見てください、これが熊本の高校生たちです」と胸を張って他県のボランティアの方々に自慢したくなりました。

 5年前の東日本大震災の時もそうでしたが、今回の熊本地震においても、高校生は、被災地での復旧ボランティアや避難所での運営補助など実によく働き、その元気と明るさに被災者の方が励まされたそうです。私たち大人は、ひとたび震災に見舞われると多くのものを失った精神的打撃でなかなか立ち直れなくなります。しかし、皆さん達、高校生は立ち直りが早い。復元力とでも言うのでしょうか、しなやかに立ち直る力を持つ高校生こそ、非常時には頼りにされるのです。落としたら割れるガラスの花瓶のような人になってはだめです。落としても、跳ね返ってくるゴムボールのようなしなやかさを、皆さんには身に付けて欲しいと期待します。

 震災からの復興だけでなく、これからの社会を創っていくのは皆さん達です。先日、参議院議員選挙が行われましたが、全体の投票率は54.7%でした。これまでの参議院選挙で4番目に低い投票率でした。熊本選挙区は51.46%です。二人に一人しか投票していない状況です。それでは、選挙権を持つ多良木高校3年生21人の投票行動はどうだったのでしょうか?21人中19人が投票していますので、投票率は90.5%という高さです。皆さん達は、主権者としての責任をきちんと果たしたのです。私はこのことを誇らしく思います。今回棄権した多くの大人は、多良木高校3年生を見倣って欲しい気持ちです。

 夏休みに、一つ皆さんにお願いがあります。おじいさん、おばあさん、あるいはひいおじいさん、ひいおばあさんがご健在な人もいると思いますが、一人で暮らしておられる方がいらっしゃいませんか? 遠くに住んでおられ、普段は会えないという事情もあるでしょう。この夏休み、できればお盆の時期に皆さん達から訪ねていってほしいのです。今、振り込め詐欺の被害者、被害額が急増しています。この人吉球磨地域でも被害者が出ています。被害者のほとんどがお年寄りです。なぜ、犯罪者はお年寄りを狙うのか? お年寄りは寂しいからです。子どもや孫が会いに来てくれない、電話もあまりない、という孤独な環境のお年寄りが振り込め詐欺の罠に陥ってしまうのです。それを防ぐために、みなさんが、「おじいちゃん、おばあちゃん、元気ですか?」と顔を見せ、話しをすることは効果が大きいと言われます。今の日本を築き上げてこられたお年寄りを、卑劣な犯罪から守るためにも、孫、ひ孫である皆さん達高校生が積極的にお年寄りと交流することが求められます。

 2016年の夏、熊本の復興が進み、皆さん達がそれぞれの故郷でお年寄りと一緒に笑顔で過ごすことを願っています。そして、明後日17日の多良木町ブルートレイン清掃ボランティアに31人が参加することをスタートに、多良木町地域未来塾の先生役、地域のお祭り、スポーツ大会、介護施設の行事運営の補助など数え切れない程のボランティア活動に参加する皆さんに素晴らしい出会いと体験が待っていることを念じ、終業式の挨拶とします。」

                         高校生による復興支援ボランティア報告会(多良木高校)

藤崎台球場の夏

藤崎台球場の夏 ~ 第98回全国高等学校野球選手権熊本大会開幕

 7月10日(日)、熊本市の藤崎台球場で第98回全国高等学校野球選手権熊本大会の開会式が行われました。4月の大地震の影響で、藤崎台球場の施設の一部に被害が生じ、同球場での夏の大会予選開催が危ぶまれましたが、修復、安全点検が間に合い、熊本県高校野球の中心地である藤崎台球場での開会式に至ったのです。

 雨上がりの曇天の下、午前10時20分から出場校63校の選手入場が始まり、35番目に多良木高校の選手達がはつらつとした態度で行進しました。今年の大会は、熊本地震の復興の中での開催ということで全国から注目されています。入場行進では、「がんばろう九州」の横断幕も掲げられ、日本高野連会長の八田英二氏も駆けつけられ、選手達にエールを送られました。

 出場校の中には、グラウンドをはじめ学校の施設、設備が被災して、2週間から3週間にわたって休校となった所もあります。避難所となった学校もあります。選手達の中には、自宅が被災して避難所または自動車の中での生活を余儀なくされた人もいます。そのような苦しさを体験した多くの高校生の、それでも好きな野球をしたいという意志が原動力となり、大会が始まるのです。

 外野席の背後には、国の天然記念物に指定されている7本の大楠が立っています。樹齢千年に及ぶと伝えられる巨樹群は、幾多の戦乱、自然災害を経験してきたことでしょう。これらの大楠に見守られながら、高校球児が藤崎台球場で躍動し、ひたむきなプレーを繰り広げます。青春賛歌の「栄冠は君に輝く」を口ずさみながら、選手達に惜しみない拍手と声援を送ります。

「雲は湧き  光あふれる

                 天高く  純白の球  今日ぞ飛ぶ

                 若人よ   いざ

                 まじりは  歓呼に応え

                 いさぎよし   ほほえむ希望

                 ああ栄冠は   君に輝く」
                
(作詞:加賀大介 作曲:古関裕而)


 

心を育む声の贈り物「朗読」

心を育む声の贈り物「朗読」 ~ 宮沢賢治文学の朗読を聴く会

 今から80年ほど前の昭和8年に37歳の若さで世を去った宮沢賢治。生前は無名に近い存在でしたが、没後、彼の詩、童話、小説などの文学作品は広く読まれ、今日、ますますその輝きを増しているようです。

   朗読活動家の矢部絹子さんは、宮沢賢治の文学世界を多くの人に伝えたいという熱い思いの持ち主です。元テレビ局のアナウンサーであり、読むこと・話すこと・語ることのプロフェッショナルである矢部さんは、40年余り、宮沢賢治の作品の朗読に取り組んでこられました。この度、ご縁があって、多良木高校生に宮沢賢治文学の朗読を聴かせていただく機会を得ました。

 7月1日(金)午後3時から第1体育館にて、短編童話「虔十公園林」と詩「雨ニモマケズ」の朗読をしていただきました。矢部さんの心の底から湧いてくるような、情感の込められた声で語られる宮沢賢治の物語に生徒達は引き込まれたようでした。およそ40分間、ほとんど私語もなく、思索と想像の世界に浸っていました。デジタル世代の高校生にとって貴重な、静かで豊かな時間が流れていたと思います。

 短編童話「虔十公園林」。まわりから馬鹿にされている虔十(けんじゅう)ですが、700本の杉苗を植え、それを大事に愚直に育て、若くして病気で亡くなります。その後、杉林は虔十の家族によって引き続き守られ立派な林となりました。歳月が立ち、村の風景もすっかり変わった中で、久しぶりに帰省した村出身の博士が、杉林の中で遊ぶ子ども達を見て、ここだけが昔と変わっていないことに感嘆して、「ああ、全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません」と言います。この最後の博士の言葉はとても印象深く、考えさせられます。主人公の虔十とは宮沢賢治その人とも言えるのでしょう。

 詩「雨ニモマケズ」。この高名な詩を小中学校で暗唱した生徒もいるでしょう。しかし、高校生になった今、宮沢賢治の理想の生き方を表現したと言われるこの詩に触れ、どんな感想を得たのでしょうか。宮沢賢治は、自分の作品を思春期の人に読んで欲しいと願いを込めたと言われます。百年近い時を隔て、平成の高校生にも宮沢賢治のメッセージは届いていると思います。