校長室からの風(メッセージ)

2016年4月の記事一覧

肥薩線「山線」に乗る ~ 明治の鉄道遺産を訪ねて

肥薩線「山線」に乗る ~ 明治の鉄道遺産を訪ねて

 

 人吉・球磨地域にある五つの県立高等学校は、いずれも鉄道の駅から徒歩10分以内の位置にあり、通学にはとても便利な条件を備えています。自動車社会の今日においても、鉄道の安定性、公共性は何物にも代え難いものがあります。くま川鉄道、JR肥薩線に時折乗車する機会がありますが、車窓風景を楽しみながら、安心して列車の揺れに身体を委ねることができます。

 人吉・球磨地域は昨年「日本遺産」(文化庁)に認定された歴史豊かな地域で知られますが、実は、明治や大正の「鉄道遺産」が多く残っていることでも有名です。高校の校長として地域のことをより深く知りたいと願い、春休みの半日を使い、肥薩線の人吉駅から吉松駅までの往復列車の旅を体験しました。

 熊本県八代市から鹿児島県霧島市(隼人駅)までを結ぶ肥薩線は明治42年に開通した路線ですが、中でも人吉駅から吉松駅(鹿児島県湧水町)の35㎞の区間は、21カ所のトンネル(隧道)がありスイッチバック、ループ線など難所の山越え路線で名高く、鉄道ファンから「山線」と親しまれています。

 人吉駅を出発した観光列車は、急勾配の山線をゆっくりと進みます。明治末期に造営、開業されたままの姿を残す大畑(おこば)駅、矢岳(やたけ)駅、真幸(まさき)駅と停車します。どの駅も山間の無人駅ですが、温かみのある木造で、塵一つ落ちておらず、地元の方が大切に守っておられることが伝わってきます。また、矢岳と真幸の間にある矢岳第一トンネルは肥薩線の最長(2096m)のトンネルですが、明治42年開業以来、石造りの堅牢な姿で百余年も現役として存在していることに驚かされます。併せて、山奥での大工事は資材運搬をはじめ大変な労苦があったことが想像に難くありません。

 矢岳第一トンネルの人吉側には、当時の逓信大臣・山縣伊三郎の揮毫で「天険若夷」(てんけんじゃくい)、吉松側には、鉄道院総裁・後藤新平の揮毫で「引重致遠」(いんじゅうちえん)の扁額が取り付けられています。これらの言葉をつなぐと「天下の難所を平地であるかのように工事したおかげで、重い貨物であっても、遠くまで運ぶことができる」という意味になるそうです。

 人吉駅から吉松駅までの肥薩線、通称「山線」を約3時間掛け往復してみて、鉄道遺産に込められた明治の先人の気概、志に触れることができ、何か厳粛な思いに包まれました。


               肥薩線矢岳駅(明治42年開業)

学校の桜

学校の桜 

 

 4月1日、多良木高校に新たに6人の教職員の方が転入してこられました。坂本道彦教頭先生、緒方真代先生(国語)、高山裕先生(地歴)、事務の宮原雄翔先生、吉田七海先生(商業)、学校図書館事務職の松本麻衣子先生です。今年度の多良木高校の教職員は全員で30人となります。仲間と一緒にこれから1年間、苦楽を共にしていくことになります。職員室の座席のレイアウトも一新され、学校もいよいよ動き出しました。

 学校は3月末から4月初めにかけて人事異動と新学期の準備等と最も慌ただしい時期となります。そのため職員はゆっくり花見もできにくい状況です。しかし、学校には必ず桜があります。およそ日本の学校で校庭に桜が一本も植えられていない所はないでしょう。私たち教職員の花見は校庭の桜です。桜の花を見て、旅立った卒業生や入学してくる新入生を思い、新年度が始まることを実感します。
 桜は日本人にとって特別な花です。冬を越え、ようやく到来した春の象徴であり、しかもその開花期間は短く、惜しむように愛でることになります。社会の国際化に伴い、日本の学校入学時期を世界の大勢に合わせて9月入学にしたらどうかという議論が久しく行われてきました。しかし、多くの支持が得られずにいる要因として、校庭の桜のもとで新入生を迎えたいという日本人の心性があるのではないでしょうか。

 多良木高校の校庭にも桜が幾本かあります。この週末に満開を迎えましたが、昨夕からの雨でもう散り始めました。本校の入学式は4月8日です。入学生が桜の花を見ることはできないでしょう。はらはらと散る桜を見て佇んでいると、古歌に言う「しづ心(静心)なく花の散るらむ」の心境となります。