2015年12月の記事一覧

(機械科)本校機械科卒業生の仕事の様子が、新聞広告に掲載されました

 平成27年12月27日(日)発行の熊本日日新聞朝刊24面下に、熊本県土木部監理課の「つくる部」という広告が掲載されました。
 今回は本校機械科平成23年度卒業の久保さんが現場の仕事で活躍している姿です。建設業の仕事に関わる記事ですが、
電気設備工事責任者として前向きに取り組んでいる様子や仕事上の苦労が写真入りで掲載されています。
 

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 久保さんは本校の西校長先生が教頭時代に在籍し御指導いただいた卒業生であり、掲載されたことにお喜びでした。
 
  この新聞記事の掲載に関しては、熊本県土木部監理課、熊本日日新聞社、天草設備株式会社の承諾を得ています。

(機械科)技能検定 普通旋盤3級の実技試験が実施される

 平成27年12月25日(金)午後、本校機械科旋盤工場において、技能検定機械加工普通旋盤作業3級の実技試験が行われました。本校では6名が受検しました。学科試験は1月に行われます。
    

 本校西校長先生が設定された、平成27年度指導の重点目標に次の項目があります。
 「ものづくりはひとづくり」を旨に、工業教育を推進し、工業高校生としての必要な知識や技能・技術を習得させる。特に、各種コンテストへの挑戦、資格取得を奨励し、スペシャリストとなる基礎の確立に努める。
 この目標の達成に向けて、機械科では取り組んでまいります。 

(機械科)研究授業が行われました

 機械科冨永先生の研究授業が行われました。初任者研修の研究授業ということで1年生の機械工作の授業をされました。アクティブ・ラーニングを取り入れられ、活発な授業となりました。
 
 

第2回おおいたものづくり王国場所 初参加で準優勝!

全日本製造業コマ大戦

コマ大戦とは??

 全国の中小製造業が自社の誇りを賭けて作成したコマを持ち寄り、一対一で戦う大会です。コマ大戦にて使用されるケンカゴマは直径20mm以下、一円玉より小さいコマです。その小さなコマを製造業が本気で設計し、プロの機械を使用して自社の持てる技術を全て注ぎ込み製作します。


コマ大戦の見所!!

 コマ大戦ではコマの力強い回転や激しいぶつかり合い、さまざまな戦略やコマを手がける際に生まれたドラマがあるということが見所です。また、日本の中小企業が持ち前の技術を駆使してコマを作っているのでたくさんの種類のコマが見られるということです。

 今回機械科では課題研究の授業の一環でコマ大戦に参加するコマを作ることになりました。今年の6月にはソノダテックの園田さん、中山精密の三津家さんをお招きし、講習会を開いていただきました。

その甲斐あって、勝負に勝てるコマを製作することができました。
 大会に参加したのは一般企業、大学を含め13チームで、高校生は天草工業高校のみでした。初めは生徒も動揺していましたが、勝負が始まるとガッツポーズが飛び出すなど、白熱した戦いが繰り広げられました。結果、3名の参加で準優勝、ベスト4、予選敗退と楽しくも悔しい結果となりました。来年は全国大会出場をかけて頑張っていきたいと思います。

 
 

技能検定実技指導講習会 機械加工普通旋盤3級

 平成27年12月11日(金)に普通旋盤3級の技能検定講習会を行いました。12月25日(金)に実施される実技試験に向けて、これまで全3回の外部講師による講習会を実施しました。
 今回が最後の講習会で、この後は各自で練習を繰り返すことになります。講習会終了後の講師の先生からの講評では、本番で緊張しないようにとのアドバイスがありました。

 本校の西校長先生は、技能検定の合格率向上を本校の目標に入れておられます。機械科では、その目標に向けて取り組んでいきます。

(機械科)機械科棟の横に大きな船が泊まっています

 
 学校の裏の運河(瀬戸海峡)に掘削船が来ていました。多分、海底に積もった泥を掻き揚げて、水深を確保する工事をしているのだろうと思われます。考査(一昨日から期末考査です)が終わって下校時に、普段見慣れない大型の掘削船を見て「何だろう(?_?)」と思った生徒も多かったかもしれません。
 
 本校生にとっては普段から見慣れたこの運河、生徒たちが勉強で疲れた目を癒したり、クラスマッチで魚釣りを競ったりする楽しい水辺ですが、有明海と八代海を延長約5キロメートルで結び、古くから長崎県や天草北岸から八代海沿岸や鹿児島県への海上最短コースとして重要な役割を果たしている海峡として国土交通省が管理する海上航路上の要所でもあります。

海峡の歴史については、本渡市誌によると「最浅部は干潮時には歩行も可能な水深で航路としての常時利用はできなかったので、昭和29年から国の直轄事業として航路開削を始め、昭和36年に完成した。しかし完成後は予想以上の船舶が航行するようになり、年々大型化してきたので海難事故が多発し、憂慮すべき状態となった。そこで、昭和39年に拡幅工事(幅50m)に着手。さらに昭和43年から増深工事(水深マイナス4.5m)にとりかかり、昭和51年から第5次港湾整備5カ年計画で整備された」とありました。