校長室からの風
運動会(体育大会)の季節を迎えて
「校長先生、やっぱり体育祭はしたかったです。」と掃除の時間に3年生の女子生徒に声を掛けられました。幾度、このような声を聞いたことでしょう。その度ごとに、なぜ中止の決断をしたかを説明してきました。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、例年5月に実施する体育祭を10月上旬に延期し実施の可能性を探ったのですが、6月末に開催を断念しました。中止の理由は大きく二つでした。一つは、体育の授業において、密接、密集を避けるため集団の演技、競技が難しい状況が続いていること。もう一つは、高校3年生の就職試験が例年より一か月遅くなり、応募書類提出が10月5日から、採用試験開始が10月16日となったことです。このため、3年生の就職採用試験時期と体育大会予定期日が重なってしまったことです。苦渋の決断でした。
ところが、御船中学校は明日9月12日(土)に体育大会を実施されます。今週は、体育大会に向けての中学校の全校練習の音響が風に乗って本校まで届きます。行進や応援の練習など中学生の活力が伝わってきます。上益城郡の中学校は、感染防止に最大限努めながら、体育大会を実施するという決定をされました。競技種目を精選され、プログラムも午前中で終わるよう短縮されたそうです。そして観覧も保護者だけと限られたようです。中学生、特に中学3年生にとって体育大会はとても重要な学校行事だから、中止は考えなかったと中学校の校長先生が私に語られました。その英断に敬意を表するとともに、本校でも実施の可能性はあったのではないかと省みる今日この頃です。
御船町では各小学校も10月に運動会を予定されているそうです。運動会は秋の季語になっており、わが国では欠かせない地域行事と言えます。コロナ禍で伝統の祭礼が相次いで中止になるなど社会に閉塞感が漂う中、運動会(体育大会)は児童、生徒の元気発信の場となり、地域全体を励ます役割を担うでしょう。
学校教育は教科の学習活動が時間的には大半を占めていますが、それだけではありません。ホームルーム(学級)活動、生徒会活動、そして学校行事は総称して特別活動と呼ばれ、この活動が人間形成及びその学校の文化を醸成するのに欠かせないものです。今年度は、未曽有のウイルス感染拡大によって、体育大会やクラスマッチはじめほとんどの特別活動が中止もしくは制限を受けてきました。学科やクラスを超えた交流、そして学校全体の一体感を得ることなく年度の半分が過ぎようとしていることに焦燥感を覚えます。
感染予防と学校生活の充実という困難な両立への挑戦はこれからも続きます。
台風一過
台風一過(たいふういっか)、澄み渡った秋空です。9月8日(火)、平常の学校生活が御船高校で再開でき、心から安堵しています。
大型で非常に強い台風10号が9月6日(日)の夜から7日(月)未明にかけて九州の西方海上を北上していきました。4、5日前から気象庁はじめ行政機関等から「命を守る行動を」、「最大限の備えを」と繰り返し注意喚起がなされました。そのため、学校も早くから備えに努め、7日(月)は臨時休校の措置をとりました。戦々恐々、息を潜めるようにしてスーパー台風の襲来を待ちました。今回は無傷ではいられないと覚悟もしました。しかし、台風10号の強風に学校は耐え、何も被害はありませんでした。
7日(月)の日中はまだ吹き戻しの風が強く、時折雨も降りましたが、職員の協力で校庭に散乱した木の枝や葉の片づけが終わりました。教室、体育館、工業実習棟、廊下、屋根など被害は全く見当たりませんでした。無事に台風が過ぎ去っていったことは奇跡のようにも思えますが、やはり、これは職員一同力を合わせ、台風の備えに全力を尽くしたからだと思います。例をあげると、電子機械科の実習棟周辺に置かれている資材はすべて堅く固定されていたため、落下物一つありませんでした。各教室は机と椅子を廊下側に寄せて並べるなど細やかな対応でした。この度の台風対応の経験から、安心というものは、自らが参加して取り組まない限り守れないものだということを改めて学んだと思います。
8日(火)朝、何事もなかったかのような整然とした校舎、校庭で生徒たちを迎えることができました。「天神の森」周辺では、涼しい風が立ち、秋の気配を感じました。今日から18日(金)まで教育実習期間となります。平成音楽大学から2人(音楽)、佐賀大学から1人(美術)のフレッシュな大学生が教員免許取得のための関門である教育実習に取り組みます。きっと、生徒の皆さんと爽やかな交流が生まれるでしょう。教育実習生(大学生)の姿を通して、自らの進路を考える生徒もいると思います。
8月24日から2学期が始まって2週間。そして台風による臨時休校。この休校は、上り始めた階段の最初の踊り場のような機会になったかもしれません。生徒の皆さん、また新たな学校生活の始まりです。今朝の全校朝礼の放送で、新生徒会副会長の1年生の岩山さんが、「みんなが来たくなる学校づくりを目指したい」と言いました。
台風が過ぎ日常の平穏が戻りました。幸福は日常の中にあります。
台風一過の青空
二百十日、野分の頃を迎えて
御船高校では毎朝8時30分から「まなびの森」と呼ぶ生徒の自学の時間があります。この時間の始まりに合わせ、放送委員が校内放送で朝の呼びかけをします。9月2日(水)の朝の放送は、2年1組の坂口さんが当番で、気持ちがこもった語り口で、思わず聴き入りました。
「今日は立春から数えて二百十日に当たり、稲が実をつける頃ですが、この時期は台風が来襲して農作物に被害が出る時期でもあります。そのため、先人たちは風を鎮める風祭(かざまつり)や風鎮祭(ふうちんさい)などの行事を取り行ってきました。しかし、今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、このような伝統行事が中止となっています。今週は台風が相次いで発生し、九州に接近するようです。皆さん、気をつけましょう。」
このような趣旨の放送内容でした。趣のある季節の話題について情感を添えて伝えようとしている坂口さんの放送は、慌ただしい朝にあって一服の清涼剤のようなものでした。新型コロナウイルス感染予防のため、全校集会や学年集会などが今年度はできません。その分、全校放送を使っての生徒の呼びかけが効果的のように思われます。昼休みには保健委員の生徒たちが、教室の換気や生徒同士で密接、密着にならないよう呼びかけを行っています。放送に耳を傾ける、情報や注意を聴きとる力を今こそ学校で育てる必要があると思います。
さて、二百十日前後に吹く強風のことを古語で野分(のわき)と呼びます。野の草を強く吹き分けるという意味で、台風の古称です。そう言えば、夏目漱石に「二百十日」、「野分」の作品があり、特に「二百十日」は阿蘇登山が題材で熊本県民には親しみを感じます。
坂口さんの放送のとおり、強大な勢力の台風がこの週末に九州に接近してくるようです。風を鎮める伝統行事が中止になっている今年は、自然の脅威に対して一層不安を覚えます。学校としても備えを始めました。
生徒の皆さん、各家庭で防災の備えに取り組んでください。家族を頼るのではなく、皆さんが家庭の防災リーダーです。屋外の飛ばされそうなものを室内へ移動する、窓の補強、非常食・水の準備、最寄りの避難所の確認などやるべきことは沢山あります。そして、停電に備え乾電池ラジオがあると心強いものです。電気が失われると多くの情報通信技術の機能がダウンします。その時こそ乾電池ラジオからの情報は貴重なものになります。
生徒の皆さん、安全最優先の行動をとってください。
「一瞬を切り取れ」 ~ 御船高校写真部
本校の第2棟から第3棟(特別教室棟)への2階渡り廊下の東側は、写真部の作品展示スペースとなっています。ここを通る時は写真を観るのがいつも楽しみです。今週、2学期の始まりを機に展示作品が一新されました。令和2年度熊本県高等学校文化連盟写真専門部「前期写真コンテスト」の入賞作品が並んでいます。今回、参加校30校、応募作品1007点の中、写真部員12人全員が入賞を果たし、そのうち3人が優秀賞という特筆すべき結果を収めました。
写真部は、顧問の橘先生の指導のもと、近年めきめきと実力を付け、県高校写真展では上位を占めるようになっています。この度の入賞作品群も誠に見ごたえがあり、展示スペースの前でしばし見入ってしまいます。4月から5月にかけて新型コロナウイルス感染拡大に伴う臨時休校が続き、写真部も思うような活動ができませんでした。従って、2、3年生は前年度後半の未発表の作品を持っていますが、1年生は学校再開の6月から部活動を始めたため、短い期間での撮影、作品提出となりました。
優秀賞3人の一人、3年生の大場さんの作品は、「巣立ち」というタイトルが付けられ、前年度の卒業式の日の教室風景でした。きっと一年後の自分の姿を重ねて、先輩たちの巣立つ表情を撮ったのでしょう。同じく優秀賞の2年生の原君の作品は「気配」というタイトルで、学校の廊下、音楽室のピアノ、美術の石膏(せっこう)像の3枚の写真が組み合わされ、人物は写っていないのですが、濃厚な人の気配が漂う学校空間を表現しています。恐らく、臨時休校で無人の学校をモチーフにしているのではないかと思います。そして1年生で優秀賞を受賞した岩山さんの作品タイトルは「雨の匂い」。やはり三枚組の写真で、幻想的な蓮池が舞台で、朦朧とした蓮の花、そして蓮の葉の上の大きな雨滴が印象的です。観る者に雨の匂いが伝わってくるようです。岩山さんの作品は、来年度の全国高校総合文化祭(和歌山大会)の熊本県代表にも選ばれました。
御船高校写真部のモットーは「一瞬を切り取れ」です。今回の展示作品には、水道の蛇口から水滴がこぼれ落ちる瞬間(タイトル「0.1秒の世界」)、鳥が川面から飛翔する瞬間など、まさにその一瞬を切り取った秀作がいくつも見られます。その決定的瞬間を捉えるためには、粘り強さ、集中力、そしてその瞬間を想像する力などが必要なのでしょう。
写真部の作品群と対面すると、私たち一般の大人には見えない世界を見る感受性、そして決定的瞬間をアート作品に昇華させる確かな技術が兼ね備わっていることがわかります。
全校生徒の皆さん、必見です。
鉄球を遠くへ ~ パラスポーツ練習風景
午後3時半を回っても御船高校グラウンドは西からの猛烈な陽射しが照りつけていました。気温は30度を優に超えているでしょう。グラウンドのコーナーで、3年生の見﨑さんが「パラスポーツ砲丸投げ競技」仕様の台に座り、重さ3㎏の鉄球を投げます。パラスポーツの外部コーチの方と本校陸上部顧問の高橋教諭が付いて、砲丸投げの練習が行われているのです。パラスポーツとして砲丸投げを始めてまだひと月の見﨑さんですから、鉄球は3mほどしか飛ばず、鈍い音を立て地面に落ちます。しかし、フォームをチェックしながら、本人は汗をぬぐい、投擲を繰り返します。
高校生パラアスリートの見﨑さん(3年生)のことは、この「校長室から風」で昨年度も紹介しました。中学時代に交通事故に遭い、日常を車椅子で過ごすことになりましたが、本校入学後に車いす陸上に出会いました。御船高校陸上部員として筋力トレーニングは他の部員と一緒に行いながら、熊本県車いす陸上競技連盟に所属し、水・金・土・日は車いす陸上競技の選手達と県総合運動公園等で練習しています。その運動能力の高さが注目され、パラアスリート強化候補選手(陸上競技)に選ばれ、全国の合同練習会にも参加しました。車いすマラソンに加え、短距離にも挑戦、そして今度は砲丸投げも始めることになったのです。
「投擲種目は好きです。肩には自信があるんです。だから、頑張れます。」と汗を拭きながら見﨑さんは語ってくれました。コーチの方も支援されますが、パラアスリート仕様の競技台の設定はじめ練習準備は、基本、自分でできることは全て自分で行います。黙々と鉄球を投げます。短く小さい放物線を描き、鉄球は落ちます。距離は伸びません。3㎏の鉄球の重さ、そして暑さがじわじわと本人に負荷をかけていきます。けれども、見﨑さんの眼は輝き、意志の力を感じます。
昨日が初めて学校での砲丸投げの練習でした。車いすマラソン向けの練習は校外で行っているのですが、砲丸投げは学校でもできるのではないかとコーチと話し合い、陸上部の練習の一環で取り組むことにしたそうです。今後、週に2日程度、御船高校グラウンドで砲丸投げの練習をすることになりそうです。学校としても大歓迎です。見﨑さんのパラアスリートとしての練習風景を多くの生徒たちが目にすることになります。生徒たちは、見﨑さんの車いすマラソンでの実績は知っていても、その厳しい練習の様子を見たことはありません。見﨑さんの練習風景を通じて、初めてパラスポーツを身近に感ずることになるでしょう。
ちょうど1年後の2021年8月24日、東京パラリンピック開幕です。パラスポーツの普及は、私たちの社会をもっと多様性豊かなものにしていくでしょう。