2022年12月の記事一覧
絵馬奉納 ~ 美術部の地域貢献活動
小春日和の陽射しのもと、12月26日(月)、西高美術部が制作した大型絵馬が高橋稲荷神社に奉納され、社殿入口の正門に飾り付けられました。新年の干支は癸卯(みずのとう)であり、朝日の曙光を背景に兎の親子や縁起ものの松を描いた作品です。縦90㎝、横180㎝の木板上、色彩豊かな画面に仕上がっています。高橋稲荷神社に初詣に訪れる方を温かく迎える絵馬となりそうです。
高橋稲荷神社(西区上代)は西高と同じ城山校区にあり、2002年(平成14年)から美術部が毎年の干支にちなんだ絵馬を制作し、奉納を続けており、今回で22枚目となります。美術部の恒例行事となっており、今年も部員の西田さん(2年)が全体のデザインを考え、部長の中山さん(2年)を中心に8人の部員で協力しおよそ2週間で制作しました。今回の奉納では、高橋稲荷神社の竹内宮司夫妻に出迎えていただきました。「高校生の手作りの絵馬を飾って、正月を迎えられることは誠に有難いことです。西高生の皆さんにはいろいろとお世話になっており、助かっています。」と感謝の言葉をいただきました。
高橋稲荷神社の正月の巫女のアルバイトを西高の女子生徒が務めます。また、日ごろから広い境内の清掃活動には野球部はじめボランティアの生徒が訪れています。地域の公共の場である神社の美化に西高生が自主的に努めていることを誇りに思います。そして、美術部はその特技を生かしての美術部らしい地域貢献を長年行っていることを頼もしく思います。
美術部員は放課後や休日には美術室に集い、いつも和やかな雰囲気で活動を楽しんでいます。奉納絵馬の共同制作の時は特ににぎやかな様子で、ほほえましく感じます。しかし、一人ひとりは創作に真剣に向き合っており、公募展では目覚ましい成果を示しています。「くまもと描く力2022」展では坂本君(1年)が大賞。第47回熊本県高等学校美術展では山口さん(1年)が優秀賞で九州総合文化祭(佐賀)出場、そして魚山さん(2年)は最優秀賞に輝き、来夏の全国高校総合文化祭鹿児島大会への出場を決めています。
今年も年の瀬を迎えました。先週は寒波襲来でした。コロナウイルス感染の波も引きません。このような中でも、美術部だけでなく多くの部活動の生徒が登校し、練習に励んでいます。若さというものも有限です。いま、この高校生の時に、本当に好きなことに打ち込むことが大切です。そのことがこれからの人生を支えることになると思います。応援しています。
「校長室からの風」
希望の光を ~ 2学期終業式
一年前、「来年こそは、世界のコロナパンデミックが終熄することを皆さんと共に願いたいと思います」と2学期終業式の挨拶をしました。その願いも空しく、今年もパンデミックは続きました。
また、2月に勃発したロシアによるウクライナへの侵攻も長期化し、現地は厳しい冬が到来している模様です。ロシア軍の攻撃によって、電気、水道、ガスなど社会生活の基盤となるライフラインが大きなダメージを受けているウクライナ住民は過酷な寒さをどう乗り越えていくのでしょうか? 日本とウクライナは約8000㎞も離れています。しかし、遠い国のことと思ってはいけません。今のローマ教皇、フランシスコ教皇は、自然災害、内乱、戦争などの被害で苦しむ社会的弱者の人々を前にして、このような言葉を発しました。「Why them,and not me?」(なぜ彼らであって、私ではないのか?) なぜウクライナの人々であって、日本人の私ではないのか? 「平和な日本に生まれて良かった」で片付く問題なのでしょうか? 21世紀のいま、地球上で共に生きる人間同士として、フランシスコ教皇の言葉をかみしめ、自問自答したいと思います。
ローマ教皇の言葉を紹介しましたが、今週土曜24日がクリスマスイブ、25日がクリスマスですね。世界で最も信仰する人が多い宗教のキリスト教、その創始者であるイエス・キリストの誕生を祝福する聖なる日です。けれども、イエスキリストという人物が12月25日に生まれたという記録はどこにもありません。聖書にも書かれていません。では、なぜ12月25日に生まれたことになったのでしょうか? キリスト教が成立し、最初に広まったのはヨーロッパをはじめ北半球です。日本も含む北半球はこの時期が最も昼が短く夜が長くなります。日本では冬至と呼ばれる日があります。今年は12月22日(木)が冬至で、1年で最も昼間の時間が短い日です。夜の闇に長く支配されていた北半球が光を取り戻し、一日一日、昼の時間が長くなっていく変わり目の時期なのです。そのような時に人々に光をもたらす救世主イエスキリストが誕生したのだとヨーロッパの人は考えたのでしょう。
「冬来たりなば春遠からじ」と言われます。これから一日一日、太陽の時間が長くなります。新しい年を、希望の光をもって迎えましょう。皆さん、良いお年を。
「校長室からの風」
2学期表彰式・終業式の様子
「小さな世界」の愛しさ ~ 2年生修学旅行その2
「修学旅行でディズニーランドに行くのですか? 反対です!」
20代の青年教師だった頃の私は、当時勤務していた高校の修学旅行実施検討会で反対論を唱えました。アミューズメントパークの体験は、修学旅行の趣旨から逸れると思ったのです。テーマパークは家族や友人と行って楽しめば良い所で、修学旅行では個人的に行かないような学びの場に連れていくべきだという持論がありました。私のような意見の教職員が当時は少なくなかったと思います。しかし、この時の修学旅行のクラス別自由研修で、生徒の圧倒的希望によって私の担任クラスはディズニーランドへ行くことになりました。
東京ディズニーランドは1983年(昭和57年)に千葉県浦安市にオープンしており、20代後半だった私が引率者として初めての修学旅行で訪ねた時は、オープンして10年経っていなかったと思います。生徒たちと入園し、その来場者の多さと破格のスケールの施設・設備に驚かされました。「世界中の人々に夢を与える」という創始者ウォルト・ディズニーの精神が体現化されていると思いました。そして、キャストと呼ばれる働く人々(スタッフ)のきめ細かいサービスに魅了されました。小さなゴミでも落ちていると見逃さず素早く掃除して回るキャストの動きは特に印象に残りました。アメリカンドリームに日本のおもてなしの接客文化がミックスされていると感じました。
絶叫系アトラクションは避け、あまり並ばずに体験できるものを選び、クラスの生徒数人と、「イッツ・ア・スモールワールド」というアトラクションに乗りました。ボートに乗って、各国の民族衣装の子どもたち(人形)が歌い、踊る様子を見ながら世界を周遊するものです。「世界中どこだって 笑いあり涙あり みんなそれぞれ助け合う 小さな世界」と子供たちの歌が響く中の世界一周はとても穏やかな気持ちとなり、幸福感を覚えました。
あの日からおよそ30年。12月9日(金)、熊本西高2年生修学旅行引率で東京ディズニーランドを訪ねました。引率の先生2人と「イッツ・ア・スモールワールド」に乗りました。また、私が薦めたこともあってか、多くの生徒たちも乗ったようで、「平和の大切さを感じました」とある生徒が笑顔で感想を語ってくれました。テーマパークからも多くのことを学ぶことができます。
今回の修学旅行体験が愛しい記憶となって残り、生徒たちのこれからの人生を根底から支え続けることになってほしいと願っています。
「校長室からの風」
西高2年生修学旅行2日目 東京ディズニーリゾート(ランド・シー)
モノより体験を ~ 2年生修学旅行
修学旅行は、高校3年間で一回の唯一無二の学校行事です。新型コロナウイルス感染症パンデミックが発生して以来、本校では体育コースのスキー研修を除いて修学旅行は実施できていませんでした。そして、ようやく今年度、2年生サイエンス情報科(1組)と普通科(2~6組)の合同修学旅行を実現できました。12月8日(木)~11日(日)の3泊4日、首都圏への修学旅行です。
8日の朝、体育館での出発式の際、団長として校長の私は生徒たちに語り掛けました。
「若い皆さんに必要なのはモノより体験です。旅行は大きな体験。そして旅行は、いつ、誰と一緒に行ったかが重要なのです。感受性豊かな高校生の時に級友たちと行く修学旅行はかけがえのない体験となるでしょう。」
天候に恵まれた4日間でした。よく晴れ、暖かでした。そして、私たちの予想以上にどこの観光地も大変な人出で賑わっていました。外国人観光客も多かった浅草寺の仲見世通り。夕闇のイルミネーションが華やかで幻想的だった東京スカイツリー並びにソラマチ、平日にかかわらず人人人の「夢の国」ディズニーリゾート(ランド及びシー)、クラス別研修で訪ねた原宿表参道や横浜ベイエリアや中華街の混雑ぶり等。まだコロナ禍は終息していないにもかかわらず、旅行を制限されてきたフラストレーションの反動のような状況です。
しかし、このような祝祭的ムードの中にあって、西高2年生は学びの旅の自覚をもち、節度ある行動をとり、頼もしく思いました。ディズニリゾートでは他県の高校生の乱れた制服姿に思わず眉をひそめたくなりましたが、西高生の制服姿は普段と変わらないものでした。羽田空港や熊本空港においても約200人が整然と並び、公共の場のルールを守りました。4日目の日本科学未来館(東京江東区)では、最終日の疲れも見せず、最新のテクノロジーや宇宙・生命の探究にかかわるそれぞれのコーナーで熱心に見学し、スタッフの説明に質問する姿がありました。そして、4日間を通して、生徒たちの笑顔、好奇心で輝く表情、いきいきとした様子が見られました。
全国旅行支援の地域別クーポンを東京、千葉で得られたこともあり、生徒たちはたくさんのお土産を購入していました。家族や友達へお土産の品を渡す喜びもあるでしょう。けれども、「みやげ品」よりも「みやげ話」を家族は待っておられるよと私は生徒たちに言いました。モノより豊かな体験をしてくれることを願い、保護者の方々は旅費を出されていると思います。
コロナ禍の修学旅行はリスクがあります。しかしそれでも実施することの教育効果は大きいと信じています。
「校長室からの風」