徒然雑記帖

徒然雑記帖

今年もあと10日、2017を振り返る2話

3年生のあるクラス、2学期最後の数学の授業でa+biの計算をやっているのが廊下の窓越しに見えました。「想像上の数」を意味するimaginary number の頭文字iをとった虚数1、まさにこの世に存在しない数です。高校の時にこの数に初めて触れた時のことを思い出しました。

そこで、今日、今年最後の掃除で校長室に来た機械科3年の生徒たちに、虚数についてのイメージや何のために複素数2を学ぶと思うか尋ねてみました。「実在しない数をなんで勉強するの?」とか「どうせ将来使わないでしょ?」といった回答を期待して、話を深めていきたかったからです。

しかし、うまく真意が伝わらなかったのか、それとも突然ヘンな話題を振られてドギマギしたのか分かりませんが、虚数がこの世に存在しない数だということを理解していた人は確かにいたものの、今ひとつパッとしない感じの回答でした。あまりしつこく聞くと、最近はやりのマスハラ(mathematical harassment :数学の証明を強要するなどして精神的な苦痛を与えること。たぶん)と言われかねませんので、クリスマスの楽しい話題3に変えました。

前任校で数学の初任者研修会が開催されたことがあります。研究授業後の合評会で、多くの先生方が「数学の良さや楽しさ、数学が日常生活でどのように役立つのかを実感させることを心がけています」と仰っていました。しかし、学力差が激しいとされる数学の実際の授業の中では、「虚数単位『i』は、2乗すると-1になるという独特の計算ルールがあるだけで、それ以外はa,b,cのような普通の文字と同じように計算をすればいいですよ・・・」と指導するのが精一杯で、その数学的意義まで実感できるように指導することは難しいのではないかと思います。

よく、「交流回路の計算で使われる」という話が紹介されますが、具体的に計算式を示すには、まず電気についての説明が必要になります。改めてこの数を高校数学で取り扱うことの難しさを感じたところでした。

 

私自身は、高校1年の時に初めて虚数に出会いました。どういうストーリーの中でこの数が出てきたのかはっきり覚えていませんが、多分「2次方程式は、解を持つ場合と持たない場合がある。この2次方程式は実数解を持たない。でも、『解なし』じゃ困る。どうしても解がほしい。という中で、無理矢理『2乗すると-1になる数』を考えて解いてみましょう・・・」といった流れで学んだはずです。「何なのそれは?」と反応したかどうかも今では思い出せません。当時は今ほど数字に関する感性はなかったのだと思います。


  数学史の本によると、虚数という言葉を初めて書物に書いたのは、「我思う、故に我あり」で有名なデカルト(15961650:フランスの哲学者・数学者)とされています。虚数が発見されてから数百年間は「詭弁(きべん)的な数字であり、実用性はない」「ただの想像上の数に過ぎない」と否定的に評価されていたそうです。ですが、オイラーの等式
4で有名なレオンハルト・オイラー(17071783:ロシアで活躍したスイス生まれの数学者・物理学者)が虚数のもつ重要性を解き明かした後、その評価は一変したようです。さらに研究が進むにつれ、その存在を仮定して計算に使ってみたら非常に便利であることが分かり、数学者の間で広く使われるようになったとありました。

ということで、数学者の方々にとっては非常に便利な数なんだそうです。でも、虚数が文字通り「虚(むな)しい数」にならないためにも、高校生の皆さん方にどのように有意義なのかということを示さなければならないとやはり思うのです。

そういう思いで、数学は何のために学ぶのかということをテーマにした様々な本に私自身目を通しているわけですが、ある本に次のようなとても興味深い記述があるのを見つけました。


  「東に3
im進むということは北に3m進むということ? ~ iをかけると90度回転 ~」というタイトルの下、ざっと次のようなことが書いてありました。

私たちは中学校の数学で負の数(マイナス)を導入することにより、「西に3m進む」ことを「東に-3m進む」と表現することができるようになりました。

では、北に進むことを東に進むことを使って表現できないものでしょうか。

今、横軸が実数部分、縦軸が虚数部分を表す「複素平面」と呼ばれる平面を考えてみましょう。その平面上で「4+2i」の表す座標と、「4+2i」にiをかけた (4+2i)×i =-2+4i 即ち「-2+4i」が表す座標を比べてみましょう。

iをかけた後の点Bは、iをかける前の点Aを「原点を中心に反時計回りに90度回転させた」座標にあることがお分かりだと思います。

・・・・・・略・・・・・・

そういうことで、虚数iを導入することにより、「北に3m進む」ことを「東に3im進む」と表現することができるようになります。

このような説明を虚数について初めて学んだ高校1年の時に受けていれば、幽霊みたいなこの数もきちんと居場所ができて、よりとっつきやすく楽しく学べたのではないかと思っています。

 前置きが随分長くなりました。それでは本題です。

「2017を振り返る」 第1話

3年生の皆さん、習ったばっかりの複素数の計算です。長い前置きもそのためのものだったわけですが、次の計算をしてみてください。


  (44+9
i)(449i)=【   】


  2017になれば正解です。

ちなみに掃除に来ていた生徒たちにもこの計算に挑戦してもらいました。6人全員ができてホッとしました。

2017は素数であり、素因数分解はできませんが、このように複素数の範囲まで拡張すれば「素元分解」ができます。ちなみに、和暦の平成29年も次のように

 29(5+2i)(52i)

分解できます。

今年は、西暦も和暦も素数で、6年ぶりのダブル素数ということで、年明け頃、素数ファンは大いに盛り上がっていましたが、「素数は素因数分解できないからつまんない・・・」なんていう声もチラホラ聞こえていました。しかし、4k+1型の素数はこのような形に分解できるのです。

このことについては、5月11日の徒然雑記帳でも既に紹介していますが、あえて複素数の計算を習った直後の皆さん方に、この式を計算してもらい、行く年2017を偲んで欲しいと思い、再び話題にしました。


「2017を振り返る」 第2話

 右の年賀状は、今年の初め、日本数学検定協会から前任校に届いていたものです。2017をテーマとした面白い作問です。当時の生徒たちとかなり盛り上った思い出があります。


 皆さん、答は分かりますか?


  「1つとって」と指示してありますが、それを無視してとりあえず全部の和を計算してみましょう。


  1++++++++

=1+8+27+64+125+216+343+512+729

2025 ・・・①

 総和を2017にしたいわけですから、

2025201782

よって、とり除くのは2です。


 簡単な問題ですが、これは足し算が全部で9項しかないのでこのように実際に計算しても手間はたいしてかかりませんが、項数が多くなると大変です。

 

そこで数列の和を求める公式の登場です。

シラバスによると、本校では数列は習っていないようですが、右のように代表的な3つの公式はそんなに難しい形をしていません。3乗和の公式(上から3つめの公式)を使えば、第9項目までの和ですから、nに9を代入して、①の2025は次のように一発で出ます。


  {(1/2)
×9×(9+1)}24522025

  

それでは皆様、Merry Christmas

【校長】


1,※2 この記事をお読みの中学生の皆さん方は、「虚数」とか「複素数」は初めて耳にする用語かもしれません。複素数は、皆さんが普段使っている「1」や「3」といった実数と「i」や「5i」といった虚数を組み合わせたもので、「-4+6i」や「512i」のように「〇+△i」で表すことができる数を指します。虚数が現実に存在しない数なので、虚数を含んでいる複素数も現実には存在しない数です。

3 思い出のクリスマスプレゼントを聞きました。朝起きたら、綺麗にラッピングされた算数の問題集が枕元に置いてあったと・・・某君が。驚きました。毒サンタですね。

4  オイラーの公式とは次の公式です。 ei xcos+ isinx 

実数の世界では全くの無関係のように思われていた指数関数と三角関数が、複素数の世界では親戚どころか兄弟であったことを意味する重要な式です。大学の工学部や理学部等に進学すると数学で学びます。今の段階ではこんな式があるんだ・・・という理解で十分です。

電気、電波そして物質を構成する電子なども含めて、自然界は波や振動で溢れています。この波や振動現象を調べるためには、三角関数が必要不可欠です。オイラーの公式は、三角関数と指数関数が、虚数・複素数を通じて表裏一体の関係にあることを示しており、この公式を使用すれば、波動・振動現象に関して明確な答えを出すことができます。ちなみに、eはネイピアの数と呼ばれ、e = 2.718281828・・・の値を持ちます。

多くの数学者がこの公式を「人類の至宝」「人類史に残る不朽の名作」となどと表現しています。ちなみに、2004年に第1回本屋大賞を受賞した小川洋子著の小説「博士の愛した数式」(映画化もされました。本校の図書館にあります)の中では、θ=πのときのe = 1、即ちe +1= 0という形で、博士が数学の中で最も美しい公式として愛していたという設定で登場します。

確かに、解析学・代数学・幾何学という異なる分野において定義された全く起源の異なる3つの数「e, i ,π」が、「1」と「0」という数学の基礎となる数とシンプルな1つの式で結び付けられており、式の意味はよく分からなくてもその美しさに感動します。

 

総アクセス数 874123 → 電卓のミステリー

今日はクラスマッチが行われました。3年生にとっては、高校生活最後のクラスマッチです。その思いがプレーに表れていたのか、懸命にボールを追いかける姿が印象的でした。

1,2年生は、今回のクラスマッチでさらに絆を強めた各学級の力を今後の授業や学校行事に生かし、さらに学年、学校全体の団結力へと高めてほしいと思います。


さて、いくつかの試合を応援後、校長室に戻り、HPを開いたら午前10時58分現在の総アクセス数が874123。

この数字って、何か見覚えがある数字だな・・・!?、何だったかな・・・??と考えていたら、思い出しました。

生徒の皆さんは分かりますか?

ヒントは、電卓で数字を入力するキー(テンキー)です。計算技術検定は勿論、専門の授業でいつもお世話になっている電卓ですが、その配列をさっと頭にイメージできますか?

  実は、874123とは、右の写真のように5を中心として8から反時計回りに回ったキーの配列です。

なぜこの数字に閃くものがあったかというと、テンキーの配列を使って面白い計算があったこと思いだしたからです。

私は教壇に立っていた頃、授業が早く終わって時間を持て余したときなど、電卓を出してごらんとか言いながら、次のように語りかけて計算をさせていました。


  電卓のキーは5を中心に8個の数字が正方形の四辺の形状に並んでいます。

これを左右どちら回りでも、どこから始めてもかまいません。

3桁ずつしりとり式に足し算してください。

答えは全部2220です。

123+369+987+741=2220

896+632+214+478=2220

412+236+698+874=2220

生徒「わぁ!」

では、辺の角の数(7、1、3、9)を3桁ずつ足し算してみましょう。

結果は2220です。

777+111+333+999=2220

生徒「え?」


  では、辺の真ん中の数(2、6、8、4)を3桁ずつ足し算してみましょう。

結果はやはり2220です。

222+666+888+444=2220

生徒「何で~?」


  じゃあ、対角線の3つの数字を3桁の数として、4つの数を足し算してみてください。どうでしょうか。またもや2220になりました。

159+357+951+753=2220

生徒「すげ!!」


  こういうこともしてみましょう。十字の3つの数字を3桁の数として、4つの数を足し算します。なんとこれも2220です。

258+654+852+456=2220

生徒「わ!」


  どうやら電卓のテンキーの配列には
ミステリーがあるみたいですね。

最後に、次の計算をしてみましょう。今度も始点、時計回り、反時計回りは問いませんので、5を中心にしてまわりの数を3つずつ数えていき、しりとり式で

(3つの数)(3つの数)(3つの数)(3つの数)

という式の中に数を入れてみてください。この計算すると今度は、必ず0になります。

874-412+236-698=0

147-789+963-321=0

生徒:「うそ!すげ!!」


  今、この記事をお読みの生徒の皆さんはこの
ミステリーを知っていましたか?ぜひ、電卓を片手に「ぐるっと一回り」・「角」・「辺の真ん中」・「対角線」・「十字」の足し算、そして(3つの数)(3つの数)(3つの数)(3つの数)を実際にして確かめてみてください。

できれば、式を紙に書いてこのミステリーに迫りましょう。これらの証明は中学生の皆さんでもできるはずです。

【校長】


 まず全ての足し算が2220になる理由です。紙に書いた計算をもとに、そのミステリーに迫ってみます。

略証

よ~く足し算の内容を見てみましょう。

集約すると

(1+3+7+9)×100+(2+4+6+8)×10+(1+3+7+9)

    と

(2+4+6+8)×100+(1+3+7+9)×10+(2+4+6+8)

の2パターンしかないことに気付くはずです。

で、(1+3+7+9)(2+4+6+8)も「=20」ですから、

結局、

20×100+20×10+20=20(100+10+1)=20×111=2220

となります。



 次に(3つの数)(3つの数)(3つの数)(3つの数)が0になる理由です。これも紙に書いた計算をもとに、その謎に迫りましょう。

略証

何でもいいですが、例えば 963-321+147-789 という数で考えてみましょう。

ここで注目するのは、百の位の数、十の位の数、そして一の位の数です。

百の位の数、十の位の数、一の位の数に注目して計算していくと、

900-300+100-7000

60-20+40-800

3-1+7-90

となり、それぞれの数を足すとどれも0になります。

では、412-236+698-874という数でもそれぞれの位に注目して確かめます。

400-200+600-8000

10-30+90-700

2-6+8-40

となり、やはりどの位の計算も0となります。

つまり、5を中心にして3つずつ数を選んでいき、

(3つの数)-(3つの数)+(3つの数)-(3つの数)

という式の中に入れると、百の位、十の位、一の位ともすべて0となる組み合わせに自動的になるのです。


  まだ納得できない!という方もいるかもしれません。では、もっときちんと証明してみます。計算は中学校の数学程度ですから中学生の皆さんもついてこれるはずです。

電卓のどこの数をxにしてもいいですが、例えば2xと置きます。そうすると、他のキーの数はそれぞれ右の写真に示すように表すことができます。

123-369+987-741を例にやってみます。

x-1を始点に3つずつ数を数えていくと、

{100(x-1)+10x+x+1}-{100(x+1)+10(x+4)+x+7}+

100(x+7)+10(x+6)+x+5-{100(x+5)+10(x+2)+(x-1)}

100x-100+10x+x+1-100x-100-10x-40-x-7+100x+700+10x+60+x+5-100x-500-10x-20-x+1

-100+x+1-100-40-x-7+700+60+x+5-500-20-x+1

-100+1-100-40-7+700+60+5-500-20+1

-200+700-500

0

となり、めでたく0になりました!


 

13kmと11kmで思い出した積分の悲しい計算

穏やかな日差しに恵まれた今日の長距離走大会、全校生徒544人のうち怪我や体調不良等で見学をした18人を除く526人が寒風を衝く力走で初冬の球磨路を駆け抜けました。途中で足をくじくなど2人がリタイヤしましたが、その他の生徒たちは全員が規定時間内(2時間)に走り抜くことができました。

懸命に走る姿は勿論、男女隔たることのないゴールでの声かけや拍手に何か温かいものを感じ、改めてクラスのまとまり、球磨工のまとまりみたいなものを実感できたいい大会だったと思います。

力強い走りでみんなを先導した男子1位の岩坂優志君【3C】(4326秒:299.3m/min)、女子1位の竹崎杏さん【2MA】(5144秒:212.6m/min)をはじめ、上位15人の皆さん方を表彰しました。誠におめでとうございます。

沿道周辺の皆様には、今年も大変御迷惑をおかけしましたが、終始温かいご声援をいただきありがとうございました。また、保護者の皆様には豚汁作り等で大変お世話になりました。

ところで、私は懸命に走る生徒たちを応援しながら、男子と女子が走る距離、13km11kmをそのまま繋げた1311という数字にも思いを巡らしていました。

1311もどちらも素数で、1311もぱっと見、素数です。でも各桁の和が6ですから3で割れます。割ってみました。1311=3437

えぇ! 437、またしても素数っぽい数字が登場しました。この数字に直面して、私はとても悲しかった記憶がまざまざと甦ってきました。


 それは・・・大学1年の時、必修科目の工業数学の試験のことです。積分
の計算問題がありました。確かインテグラル(∫)が2つ出てくる二重積分で、面積か何かを求める問題でした。ややっこしい分数と格闘の末、やっと答が出てきて、その計算結果、今でも覚えています。299/437

「分母も分子もパッと見素数、これは約分できないな・・・」と思って、何の疑いもなくそれを答えにしてしまいました。

ところが、試験後、友達とその問題について話をしていたら、それって約分ができると聞いたのです。


  皆さん方はどんな数で約分できると思いますか?


  分母も分子も何と23で割れるのです! 23で約分して、正解は13/19


  小中学校の頃から、分数は約分しないと0点と躾けられていましたし、高校の時も確率の問題で約分してないと
にする厳しい先生に習っていましたので、「あぁあ、あの問題は落としてしまった」と思い、「トホホ」と残念な気持ちで一杯になりました。

今はどうか知りませんが、当時大学では答案用紙の返却はなく、試験後に成績が優・良・可・不可で知らされるだけでした。結果的にはその工業数学、不可にはならず再履修はしなくてよかったのですが、大学の先生がどう採点されたのか、今更ながら思い出してしまったというわけです。

ちなみに、高校の数学でも確率や余弦定理でcosの値を求める問題で、答が分数になることが多いわけですが、約分していない時、どのように採点しているか興味津々で数学の某先生に聞いてみました。

「分数の計算問題ならだけど、確率の意味や余弦定理の計算の手順が合っているのなら○に近い△にはしている」ということでした。


  高校入試ではどうなんでしょう?こうした採点基準は公開できませんから、ここで触れるわけにはいきません。大学入試ではどうでしょう?高校の先生が約分無しをサービスで△にしたからといって、選抜試験を採点する大学の先生がそうしてくれる保証はありません。「落とす試験」では同点の点数が並んだとき、約分のような重箱の隅が減点の対象になりえるわけで、この記事を読んでくれている中学生を含む生徒の皆さん方は、やはり厳しく捉えていたほうがいいかもしれません。


  そういうことで、299/437みたいな一見とっつきにくい数をどう約分するかが問題です。2でも3でも5でも7でも割れません。111317・・・と順番に、分母も分子も割って行かなければなりません。時間がかかります。

今日は、約分する「秘策」について以下に簡単に触れておきます。


  知っている人は「そんなの前から知っていたよ・・・」と言うかもしれません。実は、私も当時知ってはいたのですが、それを試そうとしなかったこと自体が、試験の時の独特な雰囲気に飲まれていたのかもしれないと今でも思っています。

まず分母と分子の差をとります。

 分母-分子とか、分子-分母とかではなく、大きい方から小さい方を引きます。

437299138

実は、この差(138)の約数の中に、元の数(437299)の公約数が隠れているのです。

138を素因数分解します。このとき出てきた差(138)は、必ず元の数(437299)より分解しやすい数字になっています。

1382×3×23

元の数(437299)は2でも3でも割れませんから、公約数は「23」だということがわかります。

 その理由について説明(証明)すると、ややっこしいので省略しますが、この「秘策」だけは覚えておいて損はしないと思っています。

【校長】


積分とは

放課後、校内を回っていたら、2年生のあるクラスの黒板が消し忘れてあり、数学の授業の跡が残っていました。増減表を作って3次関数のグラフを描く単元を学習していたようです。ここは微分の応用だから、「もうすぐ積分を習うな・・・」と思ったところでした。

微分とは一言で言うと、「接線の傾き」です。増減表で+とか-とか記入したと思いますが、それは接線の傾きが+か-ということだったですよね。では、積分とは一言で言うと何なのか?

積分とは「微分の逆」です。ただ、こう考えると、計算はできても積分の本質を押さえることは難しいと思っています。積分には、もう一つ「±つきの面積を求めること」という捉え方があります。

どちらにしろ、2年生の皆さんはもうすぐ学びます。授業を楽しみにしていてください。

居待月の下でのねことの出会い

昨夜、11時過ぎ、明日の朝食の食パンが切れていたことに気づき、近くのコンビニに歩いている途中、生け垣から「にゃぁ~ん!」と声をかけられました。

ふと見れば、ねこが私を見つめています。

私、いぬからはよく吠えられ、日頃から残念に思っている分、ねこから親しみのある瞳で見つめられと、戸惑いつつも嬉しくなります。これはもう一緒に記念写真を撮らなければと、スマホをゴソゴソととり出していたら、広場に駆け込んでいきました。慌てて「待って・・・」と後を追いましたが、見失ってしまいました。

生徒の皆さんは、いつ、どんな所でねこに会いますか。

私、昼間もよく見受けますが、彼らは夜行性ですから夜が多いはずだと思っています。でも、昼と夜のどちらが多いかと、これまで気にかけたことはありませんでした。こうしてヤボ用か何かで出歩いて呼び止められない限り、気付かないものかもしれませんし、そもそも夜は眠っていて夢の中です。

ねこは、公園や神社などでナイトミーティング(ねこの夜会*1)をすると聞いたことがあります。昨夜は右側が少し欠けた居待月でした。月明かりの下、一体どんなことが議題にあがっていたのでしょうか?


 話は変わりますが、月といえばとても思い出すことがあります。まずは以下の表を眺めてみてください。

並んでいる数字は、新聞にも載っている国立天文台暦計算室のサイトから引用した熊本今月前半出入り時刻*2です。(「の」が4つ続いたヘンな文になってすいません)

明後日、12月10日の月の出の時刻が--:--になっています!

昔(月に関心を持ち始めた30代前半の頃)、新聞の暦欄でこの記号に気付き、「これは一体何?月が出ないってどういうこと??」と理科の先生に焦りながら尋ねたことがあります。生徒の皆さん方は疑問に思いませんか?

夜出てないはずの月が、お昼の12:29に沈むとはこれ如何に?*3

   年月日     月の出   月の入り   備考

2017/12/01   15:32    3:44    

2017/12/02   16:15    4:51   十三夜

2017/12/03   17:04    6:00   小望月

2017/12/04   17:59    7:10   満月(十五夜)

2017/12/05   18:59    8:17   十六夜

2017/12/06   20:03    9:20   立待月

2017/12/07   21:10    10:17   居待月(昨夜

2017/12/08   22:15    11:06   寝待月(臥待月)

2017/12/09   23:19    11:50   更待月

2017/12/10   --:--    12:29    

2017/12/11    0:20    13:04

2017/12/12    1:18    13:38   下弦の月(この頃)

2017/12/13    2:15    14:11

2017/12/14    3:12    14:44

2017/12/15    4:07     15:19   有明の月(この頃)

2017/12/16    5:01     15:56

2017/12/17    5:55     16:35

2017/12/18    6:48    17:18   新月

【校長】


*1 ねこの夜会について、ねこ研究家による次のような趣旨の学説を目にしたことがあります。

ねこの夜会では、お互いにある程度の距離を置き、丸くなって座りながら静かに進行します。時に他のねこに近寄られすぎて不安を感じた弱いねこが、低いうなり声で威嚇するなどの小競り合いはありますが、基本的にケンカに発展することはなく、集会が終わったら、また元の自分のテリトリーに帰ります。地域内のメンバーを確認するためだろうと思われます。


2 「備考」の欄は私が記入しました。十五夜から順番に積もっていますので、多分大丈夫だと思っていますが、間違っていたらごめんなさい。

なお、「この頃」というのは(確信はありませんが)、プラス・マイナス1日という意味です。

3  その時に理科の先生から受けた説明の概要です。(今回の表の数字に直しています)

その日に月の出がないというだけで、何ら不思議ではありません。

月は(地球からみると)約29.5日かけて地球の周りを一周しています。(実際の月の公転周期は約27.3日ですが、地球も月を連れて移動している関係で、地球から見て元の位置に戻ってくるまで約29.5日かかります)

その関係で月の出の時刻は一日ごとに約50分ずつ遅れます。おおざっぱには、約25時間ごとに月の出があると考えてもいいでしょう。9日の2319分に月が出たとすると、この時刻から25時間後は11日の0時19分(上の表では0時20分)となり、10日には月の出がないということになります。

前日の夜23時以降に月が出ている場合は当然、こういうことが起こるわけです。また、10日の12:29に沈む月は前日の23:19に出た月だということで、頭が相当堅くなっていることを実感した次第でした。


 

寒い朝でした

昨日から2年生のインターンシップが始まりました。

夕方、勤務を終えて部活のために学校に向かっている生徒数名とたまたま出会ったので、どうだったか聞いたところ、消防署様では集団規律訓練やAEDの操作実習などが、山下機構()様ではマイクロメータで製品を測定検査する実習があったと、充実感溢れる様子で報告してくれました。

事業所の皆様には、8日まで生徒の御指導で大変お世話になります。

ところで、昨夜、ニュースで「明日朝はこの冬一番の冷え込みになり、阿蘇や人吉地方では初雪も予想される」と報じていました。「そうなんだ!?」と思い、窓越しに外を見てみたら、雪こそ舞ってはいませんでしたが、十六夜の月が夜空を煌々と照らしていて、とてもいい感じでした。

今朝、官舎の台所の朝の温度は3.2℃。寒い一日のスタートです。通勤中に見た民家の屋根や道路脇の枯れ草は霜で真っ白でした。

それを写真に収めていたら、明治の大俳人・正岡子規が「初霜が降りたくらいで白菊が見えなくなるわけはない。嘘臭くてつまらない歌だ」と酷評した百人一首のあの歌が思い出されました。

心あてに 折らばや折らむ 初霜の

      おきまどはせる 白菊の花    

凡河内躬恒(おおしこうち の みつね)(29番)* 

 今朝も伝統建築部の生徒たちが白い息を吐きながら校舎の周りを走っていています。昔、顧問をしていた百人一首部の生徒たちは、練習メニューの一つとしてランニングをやっていましたが、文化系の部活でこういう鍛錬は珍しいといつも思っています。

14日の長距離走大会まであと1週間。日頃の練習の成果が発揮されるよう祈っています。

                                      【校長】



               

  【解釈】今朝は特別肌寒い。空気が刺すように冷たく、吐く息が白く濁る。手のひらに息を吹きかけてこすり
  ながら縁側へ出てみると、庭の可憐な白菊の上に鈍くも白い初霜が降りている。

   寒いわけだ、初霜とは。初霜も白いので、白菊の花を折ろうと思っても、どれが白菊だか分からない。あて 
  ずっぽうに折るしかないだろうな、初霜でまぎらわしくなっているから。白菊の花が。   
      《引用:
http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/029.html

総アクセス数 842248 → この数字の魅力

いよいよ明日から期末考査。生徒の皆さん、試験勉強のほうは順調ですか?

テスト勉強で目が疲れたら、上弦の月を眺めてみましょう。今日の熊本の月の出は13時9分、入りは24時43分(翌28日の0時43分)、月齢8.6です。

さて、昨日13時8分現在のHPの総アクセス数は
842248でした。この数字、ちょっと面白いと思いませんか?右から読んでも左から読んでも同じ数という意味で。このような数字を「回文数字」といい、趣味の数学の分野でしばしば研究の対象になっています。


  現在、総アクセス数は、日々80万台を刻んでいますが、80万代(800000899999)にある10万個の数字の中に、
842248のような回文数字は一体いくつあると思いますか?

一番小さな数は800008、次は810018、その次は811118、・・(途中略)・・、一番大きな数は899998です。


  8●▲▲●8というふうに記号で置き換えると考えやすいかもしれません。5桁目の●には0~9の10通りがあり、そのそれぞれについて4桁目の▲にも0~9の10通りがあります。3桁目の▲と2桁目の●は、それぞれ4桁目と5桁目と連動しますので考慮する必要はないので、10
10の丁度100個あることになります。

従って、回文数字に遭遇する確率は、100/100000 1/1000 になります。本校のHPは、現在1日当たり約1200件のアクセスをいただいていますので、1日に1回以上回文数字が出現していることになります。

そう考えると、回文数字もとりたてて珍しいことではないわけですが、私、どういうわけかこの842248という数字には妙に惹かれるものがあります。


  上3桁の842は、高校の頃日本史少年だった私は、今でも覚えている年号の一つです。平安時代には、藤原氏が摂関政治を盤石にする過程で権謀術数の限りを尽くした他氏排斥の政変(クーデター)が多く起こっています。(薬子の変、承和の変、応手門の変、安和の変)

この中で、842年に起こった承和の変では、伴健岑(とものこわみね)と橘逸勢(たちばなのはやなり)が失脚しました。本校では、「地歴」は地理Aを開講し日本史を学習してないので、知っている人は少ないかもしれませんが、この842という数字は、私達の頃のほぼ全ての小学生が「645年=大化の改新」と反応できるのと同じ位、高校日本史の選択者にとっては有名な年号のはずです。

下3桁の248は、IT関連で頻出する256(1byte8bitsで表現できるデータの数は256種類)ほどのインパクトはありませんが、2の累乗に数字が並び、末広がりですし、何となくホップ・ステップ・ジャンプのような勢いが感じられて、なかなかいい数字だと思っています。ちなみに、本校生の5人に2人が日々利用している「くまがわ鉄道」の営業距離数は24.8kmです。


  話は変わりますが、回文即ち「竹藪焼けた(たけやぶやけた)」のように、始めから読んだ場合と逆から読んだ場合とで、音節の出現する順番が変わらず、しかも言語として意味が通る文字列には、「トマト」や「新聞紙」などの他にどのようなものを御存知ですか。

私は、「タイヤキ焼いた」「留守に何する」「磨かぬ鏡」「カツラが落下」など昔聞いたことがあるのを幾つか思い出します。でも何といっても、中学校のとき南奈美さんという回文で名付けられた同級生がいたことは鮮烈な思い出です。

ちなみに、回文関係のサイトを検索すると「世の中ね、顔かお金かなのよ(よのなかねかおかおかねかなのよ)」など、よくこんなのを作れるなと感心するほど秀逸な力作が溢れていますし、回文で作った俳句を集めたサイト、ローマ字表記日本語の回文(東京の地名の「あかさか」は回文ではないが、akasakaのように、ローマ字表記にすると回文になる)を集めたサイトがあることなども知り、言葉遊びの奥深さを感じました。


  最後に・・・、英語では「Madam, I'm Adam」(マダム、私はアダムです)のような例が知られていますわけですが、人類は一体いつ頃からこういう知的言葉遊びをしていたんだろうと思って調べてみました。ウィキペディアによると・・・、

「西暦79年にヴェスヴィオ火山の噴火によって滅亡したヘルクラネウムの街の遺跡に「Sator Arepo Tenet Opera Rotas」(意味:農夫のアレポ氏は馬鋤きを曳いて仕事をする)というラテン語による回文が刻まれていることから、回文の起源は少なくとも西暦79年またはそれ以前まで遡ることができる」

とあり「そんなに昔から・・・!?」と、大変驚きました。

【校長】



   ※
参考(回文数に関する話題をいくつか紹介します)

「任意の数字について、この数字を逆に並べた数をもとの数に足す。この操作を繰り返すといずれは回文数に到達する」って聞いたことありますか?

例えば、私の名前のオノマトペである24という数字で試してみます。

24+42=66(一発でなりました!)

今日は1127日です。1127で試してみます。

1127+7211=8338(これも一発でなりました!)

今、校長室の湿度は59%です。59で試してみます。

59+95=154154+451=605605+506=1111(3回で到達しました)

皆さんも他の数で試してください。

ちなみに89は、24回の繰り返し計算で8813200023188という13桁の回文数に到達します!(私の手元の電卓は12桁までですから、最後は筆算で計算しました)

このように、2桁の数は全部なります。大阪経済大学の西山先生の論文によると、「3桁の数も次の13個(196, 295, 394, 493, 592, 689, 691,788, 790, 879, 887, 978, 986)を除いてこの操作で回文数に到達することが分かっている」とありました。

なぜこれら13個の数字がならないのか・・・、最初の数196にちなみ、「196問題」と名付けられ、コンピュータまで動員されて研究されているそうです。実は、この196、回文数になるのかならないのかもわかっていないんだそうで、それを証明することが数学界では「古くて新しい問題」とされているようです。

回文数に関しては1995年(平成7年)の算数オリンピックの次のような問題が出題されたことがあります

6桁の回文数で、95で割り切れ、割った答えも回文数となるものを求めよ。

計算は小学生程度ですみますが、かなりの論理的な思考力が必要かもしれません。興味のある方はやってみてください。

こんなこともありました!2年前の2015年(平成27年)は、西暦と和暦を2進法で表すと、どちらも回文数になるということで話題になりました。

2015(=11111011111)、27(=11011

では、その次と前はいつなんだろうと、当時考えてみたことがあります。

 西暦も和暦も両方ということなら、ありえない話になりますが、次は西暦2313年(平成325年)です。

2313(=100100001001)、325(=101000101

ちなみに、前は、江戸時代の西暦1787年(天明7年)です。

1787(=11011111011)、7(=111

回文数ではありませんが、12×42=24×21 こういう数式は、回文数式と言われています。142382×567765×283241 なども有名です。

また、101131のように回文数になっている素数は回文素数と呼ばれており、好事家が色々研究しているようです。


  (先ほど紹介した算数オリンピックの問題の答は527725で、実際に95で割ってみると5555となり、商も回文数になっています)

 

drive a nail とは?

 昨日、崇城大学で開催された平成29年度熊本県工業高等学校生徒研究発表大会で、本校機械科が発表した「世紀を越えて・・・~『一打入魂』和釘製作への“熱き”取り組み」が審査員特別賞(熊本大学工学部長賞)を受賞しました。

熱く”御指導いただいた石川先生に、発表した7人の生徒たちがよく応えた賜であると思いました。私も発表練習に5回も“熱く”お声をかけていただき、アドバイス求められるなど随分関わりましたので、受賞をとても嬉しく思っています。

正直、私が「和釘」の存在を知ったのは40歳を過ぎてからです。発表の中でも紹介されていましたが、法隆寺や薬師寺などの飛鳥時代の木造建築物が遥か1300年経った今でもきちんと立ち続けている秘密の一つに、和釘があるというのをテレビで見たのがきっかけでした。

また、本校機械科が鍛造の授業で製作した和釘を「くま川下り株式会社」に長年に渡って贈呈していることは新聞等で知っていましたが、和釘が洋釘に押されて絶滅の危機にあることや、頭部の形状が色々あることなどは、今回の研究成果に触れて初めて知りました。

地味な研究テーマであり、しかも多分、多くの高校生にとっても和釘はあまりなじみがないはずだと思われます。従って、どのように興味を引き出しながら、和釘の何たるかを伝えるか、そこに焦点を置いてプレゼンをするようにアドバイスをしたつもりです。


 学校からは堀事務長も午後1番からの発表に間に合うように大学に駆けつけられ、科主任の藤崎先生、担任の城本・大森両先生も含めて皆で固唾を飲みながら見守りました。

生徒たちは、大きな声で抑揚をしっかりつけながら堂々と発表できたので、全体の発表が終わった段階で「何か賞は取れるのでは・・・?」と予測していましが、見事に「熊本大学工学部長賞」を受賞しました。生徒の皆様、本当におめでとうございます。


 話は変わりますが、私は釘と聞けば鮮烈に思い出すことがあります。その様子をあえて英語で表現してみました。


   You can
drive a nail with a banana.
 

"drive a nail"とは、「釘を打つ」という慣用的な言い回しで、「バナナで釘が打てる」という意味になります。


 もう何のことかお分かりと思います。薔薇の花も砕けてしまうマイナス40℃の世界でもモービル社の自動車オイルはサラサラだということを強調するために、マイナス40℃の環境下で、バナナで釘を打っている様子のテレビCMが昔ありました。衝撃的なシーンで見覚えがある人もきっと多いはずです。

いらないことを書きましたが、とにかく関係の皆様、おめでとうございました。

【校長】


driveには動詞として「(乗り物を)運転する」とか「駆動する」といったよく知られた意味の他に、(釘などを)「叩き込む」という意味があります。普通には「打つ」はhitが思い付きますので、"hit a nail" でも良さそうな感じがしますが、工業校長会が実施している工業英語に関するリスニング英語検定でも"drive a nail"で作問されているようですので、"drive a nail"のほうが言い回し(コロケーション)として普通なのかもしれません。

ただ、辞書には、hitnailを使った慣用句として、"hit the nail on the head"というのが載っています。うまく釘の頭を打ったということで、「まさにその通り」や「(あなたの言ったことは)核心をついている」といった意味なんだそうです。確かに釘をきちんと打つには、それなりに精神を統一して釘の頭を狙ってハンマーを振り下ろさないと、曲がって入ってしまいます。これはアメリカ人が好んで使う熟語と聞いたことがありますので、覚えておくといいでしょう。


 ついでに・・・、弓道部の人は、「正鵠(せいこく)を射(い)る」(正鵠=弓の的の中央)という言葉を日頃から耳にしているはずです。そこから、「核心をつく」という文脈で使われます。"hit the nail on the head"と同じ意味だと思いますが、釘の頭をうまく打つより、「正鵠」を狙うほうがはるかに難しいというのが弓道をしている人の実感かもしれません。

トーローのオノ

先日、久々に歩いて通勤していたら、北門前の坂道でカマキリに遭遇しました。速度が十分の一に落ちるわけですから、クルマに乗っている時には見えない風景が広がるのは当然なわけですが、たまに道を歩くと私、前世はカマキリなのかと思うほど頻繁に出会います。それもなぜか道のど真ん中にカマキリが佇んでいるというシチュエーションで。

「なぜわざわざ草むらから出てくるの?餌がなかったの?それとも居場所がなかったの?」とか言いながら、クルマに轢かれないように手近にある棒を探してきて、「助けてあげるからこれに乗って」と棒1を差し出します。すると決まってカマを振り上げて「Y」のポーズをとられてしまいます。カマキリにはカマキリの都合があるのかもしれませんが、これは一体何のメッセージ?ひょっとして威嚇してるの?・・・、心が通じ合わないことを残念に思います。

ムカデや毛虫などひょろ長いのをはじめ、虫全般が今ひとつ好きではありません。でも、カマキリの赤ちゃんだけは別で可愛いと思って見とれてしまいます。淡い緑色が何ともいいですし、体長1センチにも満たないほど小さいくせに、ちゃんとカマキリという形をしているところにも惹かれます。ただ、大きいカマキリ、特にお腹がぷっくりしたのは別で、正直、あまり関わりたくありません。というのも・・・

生徒の皆さんは、昆虫界の名ハンターと言われるカマキリ、その捕食シーンを見たことがありますか?私はあります。口でバッタの腹部をバキバキ食べている姿は、えげつないという形容詞がぴったりで、ここでその詳細を書くのはとても憚れます。また、共食い直後だったんでしょうか、頭が取れてなくなっている大きなカマキリから「Y」されたこともあります。それと・・・、メスがオスを食べているところを実際に目撃2して・・・、そんなこんなで、ちょっとしたPTSD症状になりかけたからです。

前足(カマ?)についているギザギザ、あれは捕らえた虫を斬るためじゃなくて、動かないように押さえこむための歯だというのをその時初めて知りました。数年前には、電線にとまっているカマキリを見たことがあります。彼らの飛翔能力は意外に高いのかもしれません。また、カマキリは身体全体をゆらゆらさせていることがありますが、あれは一体何の儀式?と思ったこともあります。ということで、彼らが自然の中でどう暮らしているのか、怖い物見たさかもしれませんが、興味はあります。


 話は変わりますが、生徒の皆さん方、カマキリに「螳螂」や「蟷螂」という漢字を当てているのは最近の漢字ブームもあり知っているはずです。(もし知らなかった人は、スマホ等で「カマキリ」を変換してみてください。一発で「螳螂」などと出てきて感動するはずです)

では、中国の故事に基づく言葉に「蟷螂の斧(とうろう の おの)」というのがあるのは御存知でしたか?カマキリだから「蟷螂の『鎌』」だったらしっくりいくのに・・・というのは置いといて、自分の弱さをかえりみず強敵に挑んだり、はかない抵抗をしたりすることを意味するもので、カマキリが前足を振りかざして向かってくる習性を、斧を振り上げたかのように昔の中国の人が見立てたことに由来する表現です。
 

 1学期の終わり頃、2年生の国語総合の授業で故事成語を訓読し、書き下し文にしているのを廊下越しに見受けましたので、ひょっとしてこの「蟷螂の斧」も学習するのかと担当の先生に伺いました。

「カマキリ関係では、『みずかまきり』という川上弘子さんの短編小説は学習しますが、『蟷螂の斧』は教科書にないので扱っていません」ということでした。でも、とても面白い物語なので、ネット上の漢文解説サイトから参考までに引用しておきます。(出典:http://shun-ei.jugem.jp/?eid=704)

斉荘公出猟。有一虫。挙足将搏其輪。問其御曰、此何虫也。對曰、此所謂螳螂者也。其為虫也、知進而不知却。不量力而軽敵。荘公曰、此為人而必為天下勇武矣。廻車而避之。


 (書き下し文)

斉(せい)の荘公(そうこう) 出(い)でて猟す。一虫(いっちゅう)有り。足を挙げて将(まさ)に其(そ)の輪(りん)を搏(う)たんとす。其の御(ぎょ)に問ひて曰(い)はく、此(こ)れ何の虫ぞや、と。対(こた)へて曰はく、此れ所謂(いわゆる)螳螂なる者なり。其の虫為(た)るや、進むを知りて却(しりぞ)くを知らず。力を量(はか)らずして敵を軽んず、と。荘公曰はく、此れ人為(た)らば必ず天下の勇武と為(な)らん、と。車を廻(めぐ)らして之(これ)を避く。

(現代語訳)

斉(春秋時代の強国の一つ)の荘公(斉の国王の名)は野に出て狩猟をしました。(荘公の乗った車の前に)一匹の虫がいました。足を挙げて今にも車輪に打ちかかろうとします。(荘公が)御者に尋ねました、「これは何という虫だ。」と。(御者は)答えて言いました、「これはいわゆる『かまきり』というものでございます。」「その虫は、進むことは知っていますが、退くことを知りません。自分の力量を知りもしないで、敵を軽く見るのです。」と。荘公は言いました、「この虫がもし人間であったならば、必ず天下に名をとどろかす勇武の人になるだろう。」と。車をぐるっとまわらせて、カマキリを避けて通りました。

一国の国王がカマキリの勇気を賞賛して、わざわざ車の向きを変えさせて道を譲ったというこの逸話が実話かどうか知りませんが、こういう故事成語ができたということは、太古の時代からカマキリは道の真ん中をヒョコヒョコしていたんだろうと思います。

よく見ると、あのぎょろ目の三角形の顔も、時折きょとんと首をかしげるしぐさも一風変わった愛嬌があり、昔から人の目をひいていたのかもしれません。700円という高額切手の図柄に採用されているのも納得です。


そう言えば、前任校の話ですが、就職受験報告書に「短文に『トーローのオノ』などを入れる四択問題」3とあり、何のことだろう??と思ったことがありました。暫く考えて、多分次のような問題で出題されていたんだろうと推測しました。

たかが一市民が増税に反対しても、【   】に過ぎない。

選択肢 ①塞翁が馬 ②漁夫の利 ③蟷螂の斧 ④背水の陣


 この問題は、「だから無駄だ」のネガティブな意味で作問しました。しかし、それは視点を人間に置いたときの主観であり、カマキリ自身ははかない抵抗どころか、必死の反撃を試みてるわけですから、実力差があっても勇猛果敢に向かっていくという意味合いで使ってあげないと可哀想な気もします。

国王が一匹の虫に道を譲ったこの故事は日本に伝来し、カマキリは勇気ある虫とされたようで、左のようなカマキリが羽根を広げた姿の立物を取りつけた戦国期の兜を大河ドラマなどで見たことがある人はいるはずです。

最後に・・・。かまきりは英語でmantis [マンティス]ですが、その前にprayingを付けてpraying mantisと綴ることもあります。prayは「祈る」という意味ですね。なぜprayingが付いているかというと、前足を曲げている感じがまるで神に祈っているかのように見えるからなんだそうです。カマキリが振り上げた前足が東洋の人には攻撃のように見え、西洋の人には祈っているように見えるというのも不思議です。

【校長】

1昔、素手で助けようとして、カマで攻撃され、結構痛い目に遭いました。それ以来、棒を使っています。棒が見つからない時は、早く逃げるように念じながら、後ろ髪を引かれる思いで立ち去ります。

2本では読んだことがありますが、実際に目にするとさすがに怖すぎます。カマキリに生まれてこなくてよかったと心から思う瞬間です。


3
受験報告書は採用選考が適切に行われたかを確認したり、来年度以降受験する生徒への参考にしてもらったりするために、就職試験から帰ってきてすぐ記憶が新しいうちに作成してもらっています。どこの学校でも作成を求めているはずです。

この報告を見て、「蟷螂の斧」は就職試験に出る程度の一般常識なんだと認識を新たにさせられました。この故事成語、読めても漢字で書ける高校生はさすがに少ないとは思われます。しかし、「トーローのオノ」はいただけません。後輩のためにも、やはり面倒くさがらずに辞書をひいて報告するように指導すべきではなかったのか・・・と思った次第です。

 

よかボス宣言

 

    唐突ですが、この度、「よかボス宣言」を行いました。

働き方改革が叫ばれている中、働きやすく働きがいのある職場環境の実現を目指して、本県では蒲島知事を筆頭に「よかボス宣言」が行われ、県教育委員会でも宮尾教育長をはじめ各課長、地方機関の所属長が相次いで行っています。

「よかボス」とは、自分の仕事も部下の仕事も、自分のライフも部下のライフも大切にするカッコイイボスのことです。「完璧求めず余裕を」が持論のくまモン生みの親・小山薫堂氏の命名によるもので、厚生労働省等が推進している「イクボス」の熊本県版ということです。


    ということで、遅ればせながら、私も下記のとおり宣言しました。

自分で自分のことを「よかボス」と言うのは、何となくヘンで、面はゆい気すらしますが、「くまもと教育の日」の取組の一環として、生徒会執行部の生徒たちに集まってもらってこの宣言の趣旨を説明し、工業科の主任、生徒会担当、普通科の代表の先生たちの同席のもと、玄関前で記念写真に収まりました。

【校長】
    


        「よかボス宣言」 熊本県立球磨工業高等学校長

私は、幸せな人生が実現するよう、自ら仕事と生活の充実に取り組むとともに、職員の仕事と生活の充実を応援し、以下の事項を約束します。

1 私は、教育的愛情を持って生徒たちと真剣に向き合い、充実した仕事をする教職員を誇りに思います。

2 私は、保護者や地域などの理解と協力を得ながら、家族を大切にし、家事や余暇などの生活も楽しめる教職員を応援しています。

3 私は、計画的に休みを取るなど、オンとオフのメリハリをつけるよう勧めます。

4 私は、教職員の結婚、子育て、介護など、それぞれのライフステージにおける希望や安心が実現できるよう、応援します。

5 私は、生徒たちがお互いに切磋琢磨する中で充実した学校生活が送れるように、人権感覚に満ちた職場作りに教職員と共に邁進します。


 

駅伝部の走りに期待

11月4日(土)に開催予定の第70回熊本県高等学校駅伝競走大会に出場する陸上部(駅伝部)の選手13人が今朝、校長室に挨拶に来ました。

凜とした雰囲気の中、主将の山崎君が抱負を述べた後、1区から7区それぞれを走る選手たちから自己紹介がありました。

 


    私のほうからは次のような趣旨の激励を申し上げました。

 

夏休み中は30キロほど走り込み、普段の日も10キロ位走っていたと聞きました。私も時々その様子を目にしながら、皆さん方が駅伝にかける意気込みを感じていたところです。決して楽なものではなかったはずで、途中でくじけそうになったり、嫌になってやめてしまいたいと思ったりしたことも何度かあったはずです。そういう苦しいことを乗り越えての出場ということで、大変素晴らしいことであり、尊敬されるべきことでもあると思っています。

1区から2区、2区から3区へと最善の頑張りと情熱を襷(たすき)に込めて最後までつないでいってください。襷には全校生徒の期待もつまっています。これまでの練習の積み重ねを信じて学校の代表として力一杯走ってください。

当日、私はアイディアロボット県大会との掛け持ち応援になります。走り終わった後、えがお健康スタジアムでお会いしましょう。いい結果の報告があることを楽しみにしています。

【校長】