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鉛筆 M16 知ればあなたも 目利きなり

芦北高校農業科 「品種名鑑」 #02

【品種名鑑 #01:「不知火」(あしポン)】はこちら

 

 前回、芦北高校の「不知火(しらぬい)」こと「あしポン」をご紹介しましたが、実は本校の果樹園で「あしポン」として皆様にお届けしている主役たちは、ただの「不知火」ではありません。

 その舞台裏を支えるのは、「肥(ひ)の豊(ゆたか)」「不知火M16A」という、選りすぐりの二つの精鋭品種です。

 見た目ではプロでも見分けがつかないほどそっくりな双子ですが、実は性格の違うこの二つの品種を、私たちが絶妙なタイミングでバトンタッチさせながらお届けしているのです。

 この「リレー」の裏側を知れば、あなたも立派な「あしポン目利き」です。

 

■ 表には出ない、二つの生い立ち

 「肥の豊(ひのゆたか)」

 ── 熊本生まれの「先行ランナー」

 地元・熊本県で「不知火」を親として誕生しました。

 名前の由来は「肥後(熊本)を豊かに」

 不知火譲りの濃厚な甘さはそのままに、酸が早く抜けるのが最大の特徴です。

 シーズンの幕開けと共に、いち早く最高の味を届けてくれる、スタートダッシュのスペシャリストです。

 

 「M16A(エムじゅうろくエー)」

 ── 科学の力で磨かれた「実力派アンカー」

 国の研究機関で、元の不知火からウイルスを取り除き、より健やかに育つよう改良された系統です。

 「M16A」というメカニックな名前は、その開発過程で付けられた管理番号。

 驚異的な貯蔵性を誇り、冬を越えて春先まで美味しさをキープする、後半戦を支える頼れる守護神です。

 

「どちらが届くか」は、プロの判断にお任せ
 お客様には、お手元の「あしポン」がどちらの品種かは分かりません。

 なぜなら、私たちは「その時、一番美味しい状態のもの」を、栽培方法と組み合わせて厳格に選別し、お届けしているからです。

 

・露地栽培

 ── 寒さが来る前に「年内収穫」

 お正月の寒波で果実が凍らないよう、外で育つ露地ものは年内に一斉収穫します。

 まずは足の速い「先行ランナー(肥の豊)」から順に旬を迎え、貯蔵のきく「アンカー(M16A)」へとバトンを繋いでいきます。


・ハウス栽培

 ── 樹の上でじっくり「2月収穫」

 一方、ハウスものは暖かな屋根の下でさらにじっくり熟成させ、2月に入ってから収穫を迎えます。

 露地栽培の在庫が終わる頃に、さらに濃厚な甘みが乗った「真打ち」として登場します。

 

■ 届いた一果に、物語を添えて

 次に「あしポン」を手に取られた際は、ぜひその裏側にある「品種のリレー」を想像してみてください。

「今届いたのは、熊本生まれの先行ランナーかな? それとも後半を支える実力派アンカーかな?」

 そんな風に、品種と栽培のドラマを語れるようになれば、あなたも立派な「あしポン目利き」です。


 「届くまでのリレー。目には見えないけれど、繋がれたバトンの先には最高の『美味しい』が待っています」

 


■ 次回予告

 次回は、冬の窓辺を彩る鮮やかな色彩。

 草花専攻生が丹精込めて育てる「シクラメン」について詳しく紹介します。

 お楽しみに!

鉛筆 間に合わず だから出会えた 頼もしさ

 

 自らの業務を片付け、食品製造実習室へと急ぎました。

 今日の当番実習は、農業科2年生のシフォンケーキ製造。

 

 ……しかし、私が到着したときには、すでに製造の山場は越えていました。

 オーブンから出てくる焼き上がりの瞬間にはなんとか立ち会えたものの、材料の計量や生地を混ぜ合わせる、あの繊細な実習プロセスを見届けることができず。

 正直に言えば、実習を見逃した「残念さ」が残る到着でした。

 

 けれど、ガランとし始めた調理場で、それ以上の驚きに出会うことになります。

 担当職員が指示を出すよりも早く、誰からともなく、すいすいと片付けが始まっていました。

 実習台を黙々と磨き上げる者、使用した器具を迷いなく洗浄する者、そして一列になって床を掃き清める者。

 「次はどこをすべきか」「誰が足りていないか」を各自が周囲を見渡し、判断して動いています。

 そこには、指示を待つ生徒の姿はありませんでした。

 

 これは3年生としての「自覚」なのか、それとも担当者が積み重ねてきた「仕掛け」の成果なのか。

 いずれにせよ、その淀みのない動きに、思わず感心していました。

 私を含め2名の果樹担当者でも、ちょうど「新3年生は、自分で考えて動くようになったね」と話していたところでした。

 食品担当者ともその話題になると、「本当に、成長が見られますよね」と、生徒たちの変化に深く頷き合いました。

 

 もちろん、まだまだ改善の余地はあるかもしれません。

 けれど、自分の役割を自ら見つけ、現場を動かしていくその逞しさ。

  製造の核となる部分は見られず残念でしたが、もし間に合っていたら、私はこの「自ら考え、動く生徒たち」の静かな凄みに気づけなかったかもしれません。

 工程が終わっていたからこそ出会えた、新3年生たちの頼もしい光景。

 これからの農業科を背負って立つ彼らの飛躍に、確かな期待を寄せています。

鉛筆 闇を知り 光を数え 花ひらく

 明日、3月20日は二十四節気の「春分(しゅんぶん)」を迎えます。

 太陽が真東から昇り、真西へと沈む日。

 昼と夜の長さがちょうど半分ずつになり、明日を境に、私たちが見る世界は少しずつ「光の季節」へと傾いていきます。

 私たち農業科の生徒が、栽培を学ぶ上で必ず出会う不思議な法則があります。

 それは、植物たちが時計もカレンダーも持たずに、どうやって「今が咲く時だ」と知るのか、という謎。

 その鍵を握るのが『光周性(こうしゅうせい)』です。


■ 植物たちの「こだわり」と、闇の魔法

 植物には、それぞれ「このくらいの光の長さになったら花を咲かそう」という自分なりのルールがあります。


• 長日(ちょうじつ)植物

 春から夏にかけて、日が長くなると「待ってました!」と花を咲かせるタイプ(ホウレンソウやレタスなど)。


• 短日(たんじつ)植物

 逆に、日が短くなってくるのを感じて秋に準備を始めるタイプ(イチゴやキュウリなど)。


 実は植物たちが測っているのは、光そのものではなく、光が途絶えた「連続した闇の長さ」です。

 植物たちは、葉にあるセンサーで、一日のうちの「夜の時間」をじっと測っています。

 春分という節目を過ぎ、闇が少しずつ短くなっていく……。

 その微かな変化を感じ取り、「春が来た、今こそ芽吹く時だ」と、命のスイッチを入れるのです。



■ 幾万の夜を越え、新しい出逢いへ


 果樹園の先にある「峰崎さくらの森」の大寒桜も、まさにこの闇の魔法を敏感に感じ取り、今、見事な淡紅色の花を広げています。


 24年前、大松先生たちが植えられたあの苗木たち。

 それから今日まで、巡り来る四季を二十四回。

 三六五日の朝と夜を、幾千、幾万と積み重ねて、彼らはこの場所で静かに呼吸を続けてきました。

 一晩たりとも休むことなく、凍えるような冬の闇さえもじっと数え上げ、光の訪れを信じて待つ。

 その誠実な営みの果てに、今のこの美しい景観があります。

 そして今、この桜たちは、もうすぐこの学び舎の門をくぐる新入生たちを迎えようと、その枝を精一杯に広げています。



■ 力を蓄え、躍動の春へ


 明日の春分、農場は束の間の休息に入ります。

 しかし、土の下でも、枝の先でも、植物たちの内なる時計は休むことなく時を刻み続けています。

 私たちも、新しい仲間を迎える準備を整えながら、次なる農繁期への力を蓄えたいと思います。

 皆さまもぜひ、足元に咲く小さな花が「どのくらいの闇を越えて、咲くスイッチを入れたのかな?」と思いを馳せてみてください。

 


「春分(しゅんぶん)」

 闇の深さを数え、明日を待つ芦北高校より。

鉛筆 「やってみる?」 挑む五グラム 冬の午前

「自分の感覚だけで、5グラムを切り出せるか?」

 甘い香りが立ち込めた食品製造の実習室。

 今日の実習はクッキー製造です。

 生地の計量から成型、焼き上げ、パッケージ詰めまで。

 一連の工程の中でも、今日生徒たちが最も熱くなったのは、わずか「5グラム」という極小の世界との戦いでした。

 

 実習中、私から生徒たちへ一つの挑戦を投げかけました。

 「秤(はかり)を見ずに、目視だけで5グラムを測れるか?」

 職人さながらの技術が問われるこの抜き打ちの挑戦に、私は二人の生徒に声をかけました。

 

 

 一人目の生徒。

 慎重に生地をちぎり、手のひらで転がします。

 「これだ!」と自信を持って秤に載せた1回目は「7グラム」

 惜しい。

 しかし、そこからの修正能力が光りました。

 指先の感覚を研ぎ澄ませて挑んだ2回目。

 表示された数値は、なんとピタリ「5グラム」

 実習室に小さな歓声が上がりました。

 

 続いて二人目に声をかけます。

 1回目、2回目と、結果は連続して7グラム。

 「あと少しなのに!」という悔しさが表情に滲みます。

 集中力を極限まで高めて迎えた3回目。

 祈るように秤に置いた結果は……「6グラム」。  

 わずか1グラムの壁。

 

 けれど、その「1グラム」の差にこだわり、一喜一憂する姿こそ、ものづくりに向き合う誠実さそのものでした。

 たかが5グラム、されど5グラム。

 普段は何気なく食べているクッキーも、こうして自分の手で均一に作り上げる難しさを知ることで、その一袋の重みが変わります。

 

 成長のスピードや進み方は、一人ひとり異なります。

 けれど、一歩ずつ技術を磨き、高い精度を追求しようとするその眼差しは、皆同じ「高み」を目指しています。

 目指すは、機械よりも正確な「職人の目」「魔法の手」

 ですが、何よりその指先に必要なのは、食べる人を想い、一グラムの差にこだわる「心」です。

 焼き上がったクッキーの香ばしい匂いとともに、生徒たちの技術への探究心も、また一歩、美味しく焼き上がったようです。

鉛筆 温室で 夢が色づく 「マジ農大」

「この葉の症状は、なんだと思う?」

 温室に響く、東京農業大学・高畑健教授の鋭くも温かい問いかけ。

 その瞬間、生徒たちの視線は、これまで見慣れていた「一葉」の奥にある「理由」へと引き込まれました。

 本校が取り組む「ペピーノ」栽培。

 その現場に立った教授の指導は、まさに発見の連続でした。

 「この花は、蕾のときに振り落としてほしい」

 なぜ、せっかく咲こうとする命を落とすのか。

 その一言から、植物の生理、栄養の集中、そして「最高のひと果」を作るための勇気ある戦略が語られます。

 生徒たちが日々土にまみれて感じていた「小さな気づき」が、学問という確かな裏付けによって、深い「知識」へとアップデートされていきました。

 続く講義では、大学での学びやその先の広大な可能性についてお話しいただきました。

 机に広げた大学のパンフレットを食い入るように見つめる生徒たち。

 「今、目の前にある一株が、世界の農業課題に繋がっている」

 そんなスケールの大きな視座が、生徒たちの進路への意識を静かに、けれど熱く塗り替えていきました。

 講義が終わったあと、一人の生徒がポツリと、けれど晴れやかな顔で呟きました。

 

「マジで農大行こうかな」

 

 その一言こそ、今日という日が彼らにとってどれほど刺激的だったかを物語っています。

 栽培の「正解」を教わるだけでなく、情熱を持って研究するプロの姿に触れ、自分の未来を重ね合わせた瞬間。

 芦北の温室は、間違いなく世界と、そして未来のキャンパスへと繋がっていました。

 高畑教授、遠方よりお越しいただき、熱意あふれるご指導をありがとうございました。

「ペピーノ」が繋いでくれたこの特別な縁を糧に、生徒たちの夢もまた、鮮やかに色づき始めています。