校長室からの風

宮本武蔵とアメリカ人青年

   御船高校のALT(外国語指導助手)のアメリカ人Matthew(マシュー)先生は、新型コロナウイルス感染拡大に伴う臨時休校期間、英語教諭と協力して積極的に動画教材の作成と発信に努められています。「Teach Matthew  about  Japan」(日本のことをマシューに教えて)のタイトルで、マシュー先生が気になることを課題として示し、そのことについて生徒が英語で作文して提出するオンラインの遠隔授業です。私は毎回楽しみに視聴しています。

   マシュー先生の課題は「花見」、「鯉のぼり」、「アマビエ」、「宮本武蔵」、「河童(かっぱ)」、「御船町の恐竜化石」と続いています。この中で、「宮本武蔵」という課題が出たことに私は驚きました。そこで、「マシュー先生、あなたはどうして宮本武蔵を知っているのですか?」と尋ねました。すると、この23歳のアメリカ人青年の武蔵への関心は並々ならぬものであることがわかったのです。

   彼はアメリカの大学で日本学の講座を受講し、そこで日本への興味、関心が喚起されました。そして、担当の教授から「語学指導を行う外国青年招致事業」(JETプログラム)のことを紹介され、ALTとして来日したのです。宮本武蔵については、この日本学の担当教授から教えてもらったということです。

   武蔵が兵法の極意をまとめた「五輪の書」(「Book of Five Rings」と英語では言うそうです)についてもよく知っており、五輪が、地・水・火・風・空を意味することも理解していました。さらには、武蔵が「五輪の書」を著した岩洞の霊巌洞(れいがんどう 熊本市西区松尾町)も訪ねていました。熊本は、宮本武蔵(1584年~1645年)が晩年を過ごし、亡くなった地であり、墓も二か所残されています。マシュー先生にとっては日本での初めての勤務場所が宮本武蔵ゆかりの地だったことになります。

   「宮本武蔵は剣豪というだけでなく、芸術家としても名高い」という一文が、マシュー先生の添削した宮本武蔵の説明文にあります。江戸時代初期に武蔵は没しましたが、「五輪書」をはじめとする数々の優れた書画や武具、そして何よりその孤高の道が今日まで伝わっています。現代の宮本武蔵像は、昭和初期の吉川英治の小説「宮本武蔵」に拠るところが大きく、虚実が混同されている面が多いと言われます。しかし、熊本には県立美術館や島田美術館等に武蔵が遺した本物の書画、武具等が伝わり、その精神も受け継がれていると思います。

   宮本武蔵の真価である文武両道をマシュー先生は深く理解しています。

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キーワードは「ゆっくり」 ~ 動画教材「美術課題チャンネル」の魅力

   生徒の皆さんは、YouTube(グーグルが提供する動画共有サービス)に登録されている動画教材「美術課題ちゃんねる」を視聴しましたか? まだの人は、一度ぜひアクセスしてみてください。芸術コース美術専攻の人たちはすでに美術の先生方から紹介されていますが、芸術科目の美術選択者の人にもお勧めです。この「美術課題ちゃんねる」は、実は御船高校美術科の田畑教諭が中心になって製作し、アップロード(公開)されているものです。すなわち、御船高校発信の動画教材であり、本校だけでなく県内はもとより美術を学ぶ高校生に広く提供し、好評を得て、アクセス数が伸びています。

   動画教材「美術課題ちゃんねる」は、5月15日(金)段階で11本の動画が配信されています。時間は短いもので4~5分、長くても8~9分と手頃です。しかし、その内容は充実しており、美術教諭の熟練の技巧とわかりやすい解説が動画にまとまられています。そして、この動画教材の最も秀でたところは、ユニークな二人のキャラクターが登場し、ユーモラスな対話を通じて視聴者を学習に誘う導入場面でしょう。「ゆっくり霊夢(れいむ)さん」が毎回学ぶことの大切さを話し、「ゆっくり魔理沙(まりさ)さん」が絵への苦手意識や面倒くささを訴えるという問答が冒頭に約1分行われます。対話の最後に二人のキャラクターが「ゆっくりしていってね」と声を掛け、学習の本編が始まるのです。キーワードは「ゆっくり」なのです。

 5月1日に配信が始まって以降、私は欠かさずアクセスしていますが、この中で最もアクセス数の多い「手のデッサン」(9分13秒)には特に引き付けられました。田畑教諭が自らの左手を、右手で鉛筆デッサンしていく過程が2倍速動画で紹介されています。しかも、ポイントでは助言の字幕が流れ、実にわかりやすくデッサン技法が伝えられているのです。自宅にいても生徒の皆さんはこの動画教材を繰り返し視聴し、自分で練習することができます。

 導入部分で「ゆっくり」のリラックスした雰囲気をつくり、本編ではプロの技巧をわかりやすく伝えるという動画教材「美術課題ちゃんねる」は、「面白くてためになる」という理想の授業をオンラインで創りあげています。

 動画教材は、生徒の皆さんのペースで学習できます。わからないところでは動画を止める、繰り返すことで理解を深めるなど自由な学習ができます。御船高校のホームページに登録されている動画教材は70本を超えました。また、YouTube上には高校生向けの数多くの教育動画が次々と現れています。

   学ぶ意欲さえあれば、インターネット世界に教材は無限にあると思います。

 

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デジタル世代に追いつくチャンス ~ オンライン学習支援に取り組んで

    御船高校のホームページにはすでに50本を超える動画教材が用意されています。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、臨時休校が長期化する中、4月中旬から職員が本格的に取り組み、ほぼ一か月で驚くほど増えました。時間は短いもので数分間、長いものでも20分ほどで、内容は、職員自ら出演して授業を行うタイプから、音声と文字で伝えるものなど多様です。しかし、いずれも職員の手作り感があり、在宅の生徒の皆さんに対して、勉強を教えたいという教育的愛情が込められています。

 動画教材を受け身で視聴するだけでなく、生徒の皆さんと教職員は双方向につながっています。例えば、英作文の動画教材では、生徒の皆さんから英作文の回答例をメール機能で送ることができ、それに対し教職員から添削も可能となっています。また、従来の問題集やプリント等の紙媒体による学習課題と併せて動画教材を活用することで学習は発展していきます。

 もちろん課題はあります。生徒の皆さんのオンライン端末機器はそれぞれ異なっており、スマートホンのような小さな画面では見づらいとの声があります。また、各県立学校で一斉にインターネットを利用してのオンライン学習支援を始めたため、県のサーバー(コンピュータのネットワーク管理機能)の容量の関係で、学校のホームページにアクセスできにくい状況も出ています。大手予備校が行っているようなライブ授業配信にはほど遠い段階です。

 しかし、学校に来たくても来れない生徒の皆さんと学校との距離感を埋めるには、やはりこのようなインターネット回線を生かしたICT(Information Communication Technology 情報通信技術)が不可欠です。教育のICT化は喫緊の課題と近年言われてきました。御船高校でも授業のICT化をテーマに昨年度は授業改善に取り組みました。新型コロナウイルス感染症蔓延の非常事態を迎え、改めて私たち教職員は教育のICT化の必要性と可能性を痛感しました。行動自粛の生活が続いても、ICTで人はつながり、孤立はしません。自宅で生活していても、世界中の情報がリアルタイムで届きます。ICTは、今や人々を結びつけ、連帯させる大切な生活必需道具とも言えるでしょう。

 生徒の皆さんは生まれた時から、インターネット環境に囲まれた生活をしてきた、いわゆるデジタル世代です。私をはじめ教職員の多くはアナログ世代です。私自身も今回初めてテレビ会議システムを活用し会議に参加する経験をしました。動画教材を初めて作成した教職員も多くいます。

    このたびの非常事態によって、ようやく私たち大人がデジタル世代の生徒の皆さんに追いついてきたと言えるかもしれません。

 

未来を待とう ~ 新緑の中の登校日

   風薫る五月。御船高校前庭の「天神の森」は新緑がまぶしいほど輝いています。

 「外出自粛」の異例の大型連休が明け、5月7日(木)の午後に1年生、8日(金)の午前に2年生、午後に3年生の分散登校を実施しました。半月ぶりの登校日です。欠席はほとんどなく、どの生徒も笑顔でした。その様子から学校再開を待ち続けていることが伝わってきました。私たち教職員も思いは同じです。教室や昇降口、前庭等を多くの職員が自発的に掃除し、整えて、生徒の登校を待ちました。

   無事に登校日を終え、生徒の皆さんが一人ひとり健康の保持に留意していることを知りました。そして改めて、休校が長期化していることに対し、申し訳のない気持ちになりました。行動が制限され自宅中心の生活を通じて、生徒の皆さんはどんなことを考えているのだろうと案じます。誰もが経験したことのない未知のウイルス感染症によるパンデミック(世界的大流行)で、わが国だけでなく世界中の状況が一変しました。肉眼では見えない微小なウイルス感染で瞬く間に日常の光景が一変し、非常事態に陥った未曽有の体験によって、生徒の皆さんの世界観は変わったのではないでしょうか?

   古来、自然災害や戦(いくさ)、飢饉などに襲われ、先人たちの人生観や価値観は大きく揺らぎ、変化してきました。そのことを生徒の皆さんは歴史や古典の授業で学んできたと思います。そのような大事変に今、現代の私たちが遭遇していることになるのです。

   不自由な生活を強いられ、若い皆さんにとっては我慢の限界かもしれません。高校総体や高校総合文化祭も中止となり、失意に覆われているかもしれません。しかし、毎日を健康に生きることこそ、今、切実に求められていることです。「今を生きる」ことが「未来」につながります。あなたは、あなたの「未来」を見たくありませんか? 長いトンネルの先に出口が見えてきたようです。その出口の光の先に一人ひとりの未来が広がっています。

   今回の登校日で、各教科から新たな学習課題が大量に出されたことに生徒たちが驚いていたとの担任の話を聞き、微笑ましい気持ちになりました。御船高校のホームページにはすでに30本以上の教材動画も載せられています。オンライン学習を通じて生徒の皆さんを学校は支えます。職員手作りのウェブ教材には教育的愛情がこめられています。インターネットを介して学校と生徒の皆さんはつながっています。先人たちが持っていなかった情報通信技術(ICT)で孤独感を防ぎ、連帯して、学校再開を待ちましょう。

   希望をもって待つことが、未来を生み出します。

             新緑萌える「天神の森」(御船高校)

世界史と感染症 ~ 歴史から学ぶこと

 「流行性感冒(りゅうこうせいかんぼう)」という言葉を生徒の皆さんは聞いたことがありますか? 最近はほとんど耳にしなくなりましたが、昭和の前期頃までに書かれた小説ではよく目にします。流行性感冒とは「インフルエンザ」のことを指す言葉です。

 新型コロナウイルス感染拡大で非常事態が続くわが国において、かつてパンデミック(世界的大流行)となった「スペイン風邪」のことがよく顧みられるようになりました。「スペイン風邪」と呼ばれますが、「風邪」ではなく、その正体は感染力の強い「インフルエンザ」(流行性感冒)でした。およそ100年前、この強力なインフルエンザウイルスは第一次世界大戦(1914~1918)の戦場のヨーロッパで、軍隊の移動に伴い兵士を介して感染が拡大し、世界に蔓延しました。ウイルスは日本にも飛び火しました。熊本県でも大正7年(1918年)10月から11月に感染拡大が見られ、「近頃流行の感冒は、学校、軍隊等に特に猛威を振るっている」(『新聞に見る 世相くまもと 明治・大正編』)との新聞記事を見出すことができます。小、中学校の多くが休校になったこともわかっています。

 「スペイン風邪」では、全世界で4000万人の犠牲者が出たと推定されています(WHOによる)。また、わが国でも38万人が亡くなったとの記録が残ります(内務省統計)。有効な抗生物質もワクチンもなかったことに加え、第一次世界大戦中のため各国が情報統制を敷き、対応が遅れたことで驚くべき多大な犠牲が生じたことになります。人類は一世紀前にウイルス感染の脅威を経験していたのです。

 「スペイン風邪」の時代に比べれば、医療や公衆衛生は比較にならないほど進歩しました。情報社会の今日、リアルタイムで世界各地の感染状況が報道され、豊富なデータが瞬時に集まります。しかし一方、急速な交通手段の発達やグローバル経済の進展によって、ウイルス感染の拡大のスピードも速まっています。

 世界史を振り返ると、人類の大移動や広範な交流によって幾度も感染症のパンデミックが起こったことがわかります。13~14世紀、モンゴル帝国がユーラシア大陸の大半を統合したことで、ペスト(黒死病)が大流行しました。15~17世紀の大航海時代、天然痘やコレラが世界中に蔓延しました。これらの苦難の歴史と、今回の新型コロナウイルス感染拡大はつながっていると思います。

 「不都合な事実」を私たちは見たくない傾向にありますが、人類にとって運命的なウイルスとの共存という事実を直視しなければなりません。歴史から謙虚に学ぶ必要があります。そして、これまで人類は滅亡せず、克服してきた歴史を拠り所として、現在の非常事態に我慢強く対処していきましょう。