「先生、これ本当に切って良いんですか?」
「ホントにこれ……? もったいなくない?」
「なんでこれ切るん?」
本日5月26日(火)、3年農業科の「果樹」の実習園地。
5月の爽やかな青空とは裏腹に、飛び交っていたのは生徒たちの戸惑いと驚きが入り混じったリアルな声でした。
この日行われたのは、露地「不知火(シラヌイ)」の剪定実習。
例年に比べると少し時期が遅れての実施となりましたが、最高学年となった生徒たちは、真剣な表情でノコギリを握り締め、樹木へと向かい合いました。
【チョークの印を追いかける、ノコギリの音】
果樹栽培において、実の付き方や樹の寿命そのものを左右する最も重要な実習、それが「剪定(不要な枝を切り落とす実習)」です。
今回の実習では、指導する実習教師がチョークを使い、切るべき太い枝に一本ずつ「印」を付けていきました。
生徒たちの役割は、その印をめがけてノコギリを入れ、枝を落とすこと。
ーーギコギコ、ギコギコ。
ーーバサッ!
切り方そのものは非常にシンプルで、迷う余地はありません。
しかし、先生が迷いなく付けるチョークの印を見るたびに、生徒たちのノコギリを持つ手はどこか不思議そうで、実習は慎重に進んでいきます。
「切る場所」を自分たちで選んでいるわけではないからこそ、一本切り落とすたびに「なぜここを落としたのだろう?」と、その断面を真剣に見つめる生徒たちの目が印象的でした。
【「さっきの樹とぜんぜん違う!」答え合わせは数年後】
一本の樹の剪定を終え、隣の樹へと向かった生徒。
しかし、次の樹の前に立った瞬間、ある重大な事実に気がつきます。
目の前の枝ぶりをまじまじと見つめながら、ポツリ。
「さっきの樹とぜんぜん違うじゃん!」
これこそが、生きた自然を相手にする農業の難しく、見事な奥深さ。
教科書のページを開けば、理想的な樹形が綺麗な図やイラストで描かれています。
しかし、実際の園地にある「不知火」の樹は、一本として同じ形のものはありません。
成長の歴史、日当たり、風の抜け方――目の前の樹々はまさに、教科書の図とは全く違う「生きた樹が書いた難解な問題集」そのものです。
しかもこの問題集、普通の勉強とは違って、すぐに答え合わせをすることができません。
今日落とした枝の判断が正しかったのか、本当の「答え」が出るのは、次の季節、あるいは数年後の実りの姿となって現れます。
そんな簡単にはいかない時間軸のなかで「切る場所を選ぶ」というのは、先生が何年もかけて泥臭く培ってきた、文字通り職人技の領域なのです。
【限られたチャンスだからこそ、泥臭く「解き続ける」】
この「剪定」の機会は、一年にたったの一回。
高校生活の3年間をすべて合わせても、多くて3回しか訪れない、極めて貴重な瞬間です。
当然、たった1回や2回、この実習をなぞっただけで、数年後に答えが出る難問を完璧に解き明かせるような世界ではありません。
「一度でわかることではない」からこそ、生徒たちの頭の中に撒かれた「なぜ?」という探究の種が宝物になります。
この限られたチャンスのなかで何度も樹に向き合い、泥臭くノコギリを動かし続けること。
その一瞬一瞬の継続だけが、教科書を超えた本物の技術を育ててくれます。
「なぜだろう?」と立ち止まり、生きた自然の複雑さと、時間とともに導き出される答えの重みに感動すること。
芦北高校農業科では、こうした教科書には載っていないリアルな「問題集」に真っ向から挑むことで、生徒一人ひとりが未来を生きる知恵を「創造」しています。
実習が終わる頃、生徒たちが落とした枝の隙間から、心地よい初夏の光が差し込んでいました。
数年後の最高の答え合わせを目指して、3年生の挑戦はこれからも続いていきます。
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