鉛筆 食べて知り 違いを明日の 販売へ

 「全然違う! こっちめっちゃ酸っぱい!」

 「こっちは味が濃く感じない?」

 「私はAの方が好きかも」

 

 本日、2年農業科の総合実習の教室。

 机の上に並べられたのは、文字通り「見た目はそっくり」な2種類の「不知火(シラヌイ)」でした。

 しかし、それを口に含んだ瞬間、生徒たちの表情は一変します。

 飛び交うのは、戸惑いと興奮が入り混じった、リアルな五感の叫びでした。

 この日行われたのは、カンキツ類の品種・系統特性を理解するための「ブラインド・テイスティング(試食調査)」

 芦北高校農業科に入学したからには、ただ「美味しい」と食べるだけでなく、その繊細な違いまで完璧に見極められる人になってほしい。

 そんな願いが込められた、ちょっと意地悪で、最高にエキサイティングな実習の幕開けです。

 

「普通」という逃げ道のない、4段階の審判】

 用意された資料『品種食べ比べワークシート』に書かれたヒントは2つ。

 熊本生まれで酸抜けが早く、まろやかな味わいの「肥の豊」

 そして、じっくり貯蔵することで濃厚なコクとパンチのある酸味を引き出す王道系統「M16A」

 ・品種の違いブログはこちら:【 M16 知ればあなたも 目利きなり】

 

 手渡されたワークシートに並ぶのは、果肉の着色、内皮の薄さ、酸味のマイルドさといった評価項目。

 しかし、そこには「普通(どちらとも言えない)」という逃げ道は一切ありません。

 「なるべく極端に評価したほうがいいぞ。正解はないから、自分の感覚を信じろ」という先生の声が教室に響きます。

 

 ーーモグモグ……。

 ーーごくり。

 生徒たちは全神経を舌に集中させていきます。

 ただの「おやつとしての試食」なら笑顔で終わるはずの時間。

 しかし、栽培技術者としてのプライドが滲む生徒たちの横顔は、真剣そのものでした。

 

「同じに見えて、ぜんぜん違う!」感覚の迷路】

 一通り口に含んだあと、教室は静かな熱気に包まれました。

 生徒たちは言葉を止め、それぞれのワークシートをじっと見つめながら、自分の感覚を言葉と数値に置き換える「深い熟慮」の時間へと沈み込んでいきます。

 先ほどまでの口の中の様子をじっくりと思い出し、与えられた手がかりを一つずつ手繰り寄せる生徒たち。

 「さっきの余韻は、肥の豊のまろやかさなのか、それともM16Aのコクなのか」

 目の前のヒントと自分の記憶を何度も重ね合わせながら、自らの感覚を信じて、自分なりの答えをシートへと導き出していきます。

 これこそが、生きた農産物を相手にする面白さであり、奥深さです。

 迷う生徒たちに、先生が言葉を掛けます。

 

 「正解はどっちでも良いんだよ。

 当てること自体が大事なんじゃない。

 同じに見えるものに確かな『違い』があることを知って、自分がどっちを好むかを見極めること。

 その感覚を掴むことこそが大切なんだ」

 

 生徒たちの口から漏れた感想は、まさに自分自身の身体を通して、農業科学のリアルな1ページをめくった証拠でした。

 

 ・「どちらも違うけど同じくらいおいしくて、また今度たくさん食べたいと思った。」

 ・「味は全然違ったが、見た目の色や果肉の様子などの違いはほとんどわからなかった。」

 ・「違いがはっきりしていてわかりやすかった。販売のときに活かしたい。」


 

【その一口の記憶が、未来の「プロの目」を育てる】

 ドキドキの正解発表の瞬間にあがった歓声と悔しがるの声。

 その後の先生の講評。

 「不知火」は、樹の上や貯蔵庫の中で、時間が経ち「酸が抜ける」ごとに、その時期その時期によって味わいが変化していきます。

 その変化のスピードや味の引き締まり方が系統によって異なるからこそ、カンキツ栽培は奥が深く、面白いのです。

 自分たちが普段、実習園地で何気なく触れている「不知火」の一玉一玉に、どれほど緻密な生き物のドラマが詰まっているのかを、生徒たちは静かに聞き入っていました。

 この「系統の違い」を身体で覚えるチャンスも、果実が実るこの季節だけの、限られた貴重な瞬間です。

 一度の試食で、すべてを見通せるプロになれるわけではありません。

 しかし、今日生徒たちの心に植え付けられた「なぜこんなに味が違うのだろう?」という探究の種は、これからの収穫や貯蔵管理の実習で、必ず「見る目」を変える力になります。

 「美味しい」の先にある、自然の複雑さと、それをコントロールする人間の技術の凄みに感動すること。

 芦北高校農業科では、こうした五感をフルに使うリアルな学びを通して、未来の農業を支える確かな知恵を「創造」しています。

 実習が終わり、片付けられた教室には、かすかに甘酸っぱい「不知火」の残香が漂っていました。

 「違いのわかる技術者」への第一歩を踏み出した2年生。

 彼らが育てる次の実りが、今から楽しみです。