校長室からの風

最後の掃除

 3月17日(水)の午後は、1、2年生共に校外へ進路ガイダンス(各大学、熊本市総合体育館等)に出かけ、校内に生徒はいないはずでした。ところが、特別教室棟1階の廊下を歩いていると、美術教室の中から生徒の声が聞こえますので不審に思いドアを開けてみると、二人の生徒が体操服姿で掃除をしていました。二人とも3月1日に卒業した芸術コース美術専攻の女子生徒です。

 「最後まで、この教室で絵を描き続け、絵の具で床をずいぶんと汚したので掃除に来ました。」と答えてくれました。2月にこの「校長室からの風」で「最後まで受験生」のタイトルで紹介したとおり、芸術系大学の受験に備え、彼女たちは毎日のように登校し、この部屋で石膏像や果物などのデッサンを繰り返し、油絵の制作に取り組んでいました。すべての受験が終わり、志望校合格も確定したので、お世話になった美術教室を清掃しようと登校したそうです。

 体操服の二人は床に膝をつき、凝固している絵の具を金属製のへらで一つひとつはぎ取っていました。そして、洗剤を使い、その跡が消えるよう丁寧に床をタオルで磨いていました。その光景を見て、私は胸が熱くなりました。最後まで進路希望に向かって努力したこと、そして教室を整えて後輩に渡そうとする気持ちを私は称えました。

 「 一 掃除、二 信心 」という禅宗の言葉を聞いたことがあります。掃除とは結局、心を整え、磨くことにつながるのでしょう。わが国の学校教育においても古くから掃除は大切な教育活動と位置付けられています。卒業した学校の教室を掃除する生徒の姿を目の当たりにして、御船高校芸術コースの教育は「人の心」を育てていることを実感しました。

 客観的な美というものはありません。風景、人物、オブジェにしてもその客体を通して、美を創り上げていくには、観察者であり創作者である人の感受性と創造性が必要です。美は、その人の心が創るのです。だから、美術は人それぞれの個性が表れ、多様な表情を見せ、私たちを魅了するのでしょう。体操服姿で掃除する二人は、美術の技法の向上と共に豊かな精神を養ったことは間違いありません。新しい世界へ飛翔する前、大事なことを忘れなかったのです。

 令和3年度の高校入試の合格発表が3月16日に行われました。御船高校芸術コースは音楽・美術・書道の3専攻合わせた受験者が増え、ここ十年あまりで最も多い入学者が予定されています。「天神の森の学び舎」を羽ばたいていく先輩の皆さんが、時には羽を休めに母校に帰ってきて、後輩と交流してくれることを願っています。