2017年6月の記事一覧

進路のしおり(巻頭言)より

「仕事をするということ」  

                             校長  西 澤 頼 孝

 

「まず、自分をこの世に必要な人間とせよ。そうすれば、パンは自然に得られる。」
 (エマーソン,R.W・アメリカの思想家)

 

 まず、自分自身を社会に必要な人間にしなさい。そうすれば、食べ物は自然と手に入れることができる。そういう意味である。生きていくためには食べねばならぬ。食べ物を手に入れるためには収入(金)が必要だ。では、収入(金)を得るにはどうすればいいか。それは、社会で何らかの役に立つ人間になることだ。

 自分はいったいどんな点で社会に必要とされるのだろうか。君たちの中には、自分が社会の中で何ができるのか自信が持てない人もいるだろう。無理もない。それが「若者」だからだ。自分がどんな人間か、これからどんな人生を歩みたいのか、混沌とした思考の渦の中で右往左往するのが青春時代の特権とも言えるのだ。

 学生時代の体験を一つ。21歳の冬、場所は東京。私は親からもらう毎月の仕送りを使い果たし、極度の金欠に陥っていた。アルバイトはしていたが給料日まであと一週間は食いつながなければならなかった。道ばたで配られるギョーザのタダ券を握りしめてライスのみを注文したこともある。一袋100円のさつまいもで二日過ごしたこともある。学生だったからあまりみじめな思いはしなかったが、このままでは体がやられると思った。そんなとき、一晩で8000円もらえるアルバイトに飛びついた。夜8時に品川駅前集合。マイクロバスに乗せられた。学生風は私と先輩の二人だけ。あとは労働者風のおじさんたちだった。着いたのは東名高速道路。トンネルの蛍光灯拭きのアルバイトだった。長時間手を上げている作業がきつかった。下には猛スピードでトラックが走り抜けていく。怖かった。夜中の1時に休憩。路肩で弁当を食べていると、東北なまりのおじさんたちがハイライトを差し出しながら話しかけてきた。「兄ちゃんたち、学生さんかい?」「○○大学です。」「東京の学校?」「はい。でも出身は熊本です。」「熊本からかぁ、えらいねぇ。うちのせがれは中学生でね・・・。」と、家族の話、特に子どもの話をうれしそうにするのだった。秋田の人で、冬の間は東京に働きに出てきて、家族に仕送りをしているのだそうだ。「えらい」と言われて恥ずかしくなった。親のすねかじりのくせに仕送りを使い果たして、食いつめてここに来ているのだから。また、こんなところでと言ってはなんだが、親というものの愛情の深さに心がふるえた。それと同時に「お金をかせぐこと」の尊さを感じた。

 以来、私は仕事がつらいと思ったときは、あのおじさんたちのことを思い出す。仕事はきつくて当たり前、でも誰かのために働けることの幸せ。それは家族のためかもしれないし、世の中の誰かのためかもしれない。自分がやるべきことはやろうじゃないか。自分が選んだ仕事だもの。


「この道より 我を生かす道なし この道を歩く」
(武者小路実篤)


御船高校の生徒諸君、君たちにこの言葉を贈る。

船高のシンボル「天神の森」

御船高校の正門から入るとすぐ真正面に「天神の森」がある。県内の高等学校でも珍しい「立派な森」である。落ち葉もかなりの量なので、毎朝、書道部の生徒たちがボランティアで清掃活動をしてくれている。この「天神の森」は歴史が古く、御船高校がこの地に創設されるずっと以前から存在している。もともとは戦国時代の名将「甲斐宗運」が御船城の守護神として城の東西南北に「天神(あまつかみ)」をまつったことに由来する。その東の天神のあった場所が現在の「天神の森」だと言われている。長い歴史の中で、災害などの痛手をこうむった森であったが、先人たちの努力により養生と蘇生を繰り返し現在の姿になった。御船高校のシンボルとして、いつまでも、在校生や卒業生を見守ってほしいものだ。