御船探訪(御船城と甲斐宗運)

連休中、少し時間があったので御船町をぶらりと散歩してみました。御船は、古くから上益城地方の政治・経済の中心地で、多くの文化遺産が残る町です。地味も肥え、背後に要害の山がひかえることから、中世より戦略上重要な地域でありました。現在の御船小学校の横に小高い丘がありますが、これが「御船城」です。「御船城」城主の中で名高いのが「甲斐宗運」。阿蘇家の重臣として肥後の国でその人ありと言われた名将です。

御船城近景

 

 甲斐宗運(親直)(15151584)は肥後・御船城主。知勇兼備の将として名高い、阿蘇家の重臣てす。

 宗運は、永正十四年(1517阿蘇大宮司惟豊を矢部の「」に復帰させ、それにより地位を確立しました。天文期には阿蘇氏老臣として領国経営に当たりましたが、同十年、阿蘇大宮司に背いた御船房行を御船城に攻め、以後同城の城主となりました。宗運は阿蘇惟豊・惟将の二代に仕えましたが、阿蘇勢力を代表して大友氏と結び、隣国の相良義陽と盟約して外敵に当たるなど、ひたすら阿蘇家を守り、その舵を取り続けました。そのため、島津をして「宗運のいる限り、肥後への侵攻はできぬ」とまで言わしめたのです。