校長室からの風
未来を創る ~ 福島県立ふたば未来学園高等学校を訪ねて
「生徒たち一人ひとりが未来です。」
福島県立ふたば未来学園高校の学校説明での言葉は深く胸に刻まれました。平成23年(2011年)3月に起きた地震、津波、そして福島原子力発電所の事故によって、福島県双葉郡内にあった富岡高校をはじめとする五つの高校は休校となり、多くの高校生は郡外、または県外へ避難しました。未曽有の自然災害と原発事故によって離散するという過酷な体験となりました。やがて次第に人々がふるさとへ帰還する中、平成27年に双葉郡の復興、創生の拠点として福島県立ふたば未来学園高校が開校されました。
「自分自身と社会の変革者たれ」のモットーのもと、普通科教育、農業、商業、福祉の専門科教育、そしてトップアスリート育成のスポーツ教育の特色ある学びが展開されています。11月24日(木)、ふたば未来学園高校を体育科の先生方と訪問しました。令和4年度全国高等学校体育学科・コース連絡協議会総会・研究会が同校で開催され、それに出席するためです。福島双葉郡広野町の高台にある同校は、まさに未来の学園でした。バドミントン専用のアリーナはじめ新しく機能的な教育施設がそろい、ため息が出るほどです。また校舎の中にNPOやボランティアの人々が運営するカフェやコミュニティスペースもあり、学園に隣接して町のスポーツ・文化施設が広がり、まさに地域社会と一体となった学園でした。
福島の高校生は、避難、コミュニティの崩壊、転校、そして帰還した時のふるさとの変景など混乱と動揺の体験を通じて、新しい生き方、新しい社会を創っていかなければならないという大きな課題に直面しています。ふたば未来学園高校の授業、学校生活の様子を見て、生徒たちは、それに向かって、使命感をもち、主体的に踏み出しているように感じました。彼らが福島の未来を担っていくと思うと、深い感慨を覚えました。
3・11のあの日以来、激動の日々を生きてきた福島の高校生と比べることはできませんが、どこの地域の高校生にも未来を担うことが期待されています。生徒を育てる高校の役割は、未来を創ることだとあらためて実感しました。
「合格が決まりました」と笑顔で推薦入試の結果を校長室へ報告に来てくれる3年生が増えてきました。「これからが勉強だよ」と励まします。生徒の笑顔に未来を感じる日々です。
(追記)
令和6年度全国高等学校体育学科・コース連絡協議会総会・研究会は熊本西高が会場です。
「校長室からの風」
ふたば未来学園高等学校の様子
伝説の指導者 ~ 西高なぎなた部を創った一川治子先生
「新人戦は、攻める姿勢が大切。たとえ相打ちになってもよいから、攻める。負けたくないという気持ちで防御に力を入れる選手は伸びません。」
新人戦の見どころを尋ねた私に対して、一川先生は明言されました。また先生は、審判の姿勢に関しても次のように述べられました。
「最後の高校総体ではないのだから、選手たちはまだまだ未完成。審判が考える理想の一本は遠い。多少、当たりが浅い、姿勢が不十分な面があっても、勢いがあれば一本取ってやっていい。そのことで選手を伸ばすのが新人戦です。」
11月13日(日)、熊本西高体育館にて「令和4年度熊本県高等学校なぎなた新人戦大会」が開催されました。私は県高体連のなぎなた部会長として臨みましたが、このような県大会は県なぎなた連盟から審判のご協力を得ることになっており、同連盟副会長の一川治子先生には必ずご出席いただき、審判長をお願いしています。一川先生がいらっしゃることで大会が引き締まります。先生は、試合会場へいらっしゃると、本部席のところに必ずお香を立てられます。日頃、ご指導されている熊本武道館において武神に供える習わしです。この香りで、勝負の場が清められたような感じとなり、私たちも気持ちが落ち着きます。
一川先生は、熊本西高なぎなた部を創った方です。平成3年の西高体育コース発足以来20年間、女子なぎなた部の監督として指導に当たられ、平成13年から平成17年にかけて全国高校総体なぎなた競技団体で5連覇、そして通算7回優勝という空前の偉業を成し遂げられました。この他、国体において熊本県チームを幾度も優勝に導くなど、なぎなたでは全国に知られた伝説の指導者です。
西高の監督を退かれておよそ15年になりますが、背筋は伸び、声も張りがあり、なぎなた競技への情熱はいささかも減じておられません。現在も熊本武道館において子どもから高校生、大人まで指導をされ、生涯現役を貫いておられます。
大会の度に一川先生とご一緒でき、長いご指導の経験談やなぎなたの奥の深さについてご教示いただくことが私にとってはかけがえのない時間です。
「会場を整え、審判員がついた公式戦を用意することが大人の役割。選手は試合をすることで伸びていきます。ほら、見てください。初戦にくらべ、試合を重ねるごとに内容が良くなっているでしょう。」
武道の、いや人生の達人の慧眼に感服しながら、初々しくもはつらつとした新人戦大会を観戦できました。西高なぎなた部の伝統はこれからも続きます。
「校長室からの風」
全国高校総体なぎなた競技団体5連覇の記念写真
西高「朝の読書」
西高では朝の8時30分から10分間、全校一斉の「朝の読書」時間となっています。学校全体が静寂に包まれ、落ち着いた時間で一日の始まりとなるのです。西高「朝の読書」の4原則があります。
1 みんなで読む 2 毎日、読む 3 好きな本でよい 4 読んで知る
多くの高校で朝の読書が実施された時期がありましたが、現在では少なくなったと思います。西高では、「朝の読書」を継続しています。
西高は教育のICT(情報通信技術)化の波に乗り、県のICT特定推進校として学習活動をはじめ学校行事や職員の校務にタブレット端末などICTを率先して活用しています。社会の急速な情報化に主体的に対応できる人材育成のために教育のICT化は不可欠です。一方、学校教育はバランスが大切です。西高では伝統の体育的行事や地域社会の課題に取り組む探究活動など自ら身体を動かす実体験を豊富に取り入れています。ICTの進化に伴い、身体性や五感を豊かにしていくことが心身の成長に益々重要となっています。「朝の読書」もそういう観点から、大切な時間と思います。紙の本の手触り、自分と向き合うひと時、クラス全員で静けさを創り出す協調性など特別な時間となっています。
長期化するコロナ禍の中、自宅にて一人でできる読書が再注目されています。読書は心の良薬とも言われます。不安、焦燥、失意などの動揺する気持ちが、自らの内面との対話で鎮まっていきます。また、本は読者をいろいろなところへ連れて行ってくれます。
「読書の習慣を身につけるということは、人生のほとんどすべての苦しみから逃れる避難所を自分のためにつくるということだ。」(サマセット・モーム)
情報が氾濫する今日、本当に必要なのは情報を体系化した知識です。そしてそれは本を読むことで初めて得られる場合が多いことを私たちは知っています。ロシアによるウクライナ侵攻に関して、連日おびただしい情報が様々な立場から発信されています。情報の渦中にあって、受け手の私たちは何を信じてよいのか、一つひとつの情報を整理する余裕がありません。しかし、一冊の書籍がそれを助けてくれることがあります。『物語 ウクライナの歴史』(黒川祐次、中公新書)はロシアの侵攻前に出版されていた本で、ウクライナの歴史や地理、地政学的問題について、元ウクライナ駐在大使の筆者が丁寧に著しています。私はこの本を読み、初めてウクライナの置かれた立場やロシア侵攻の背景が理解できたような気持となりました。私は西高の図書館でこの本と出会いました。西高生の皆さんにもぜひ読んでほしいと願っています。
「ひと それぞれ 書を読んでいる 良夜かな」(青邨)
かつての日本にあったこのような風景を取り戻せたらと思います。
「校長室からの風」
西高の図書館
みんなで歩く、ひたすら歩く ~ 西高チャレンジウォーク開催
「ゴールしたら、豚汁が待っている。頑張ろう」
足取りが重くなった生徒に励ましの声を掛け続けました。しかし、それは私自身を奮い立たせる声掛けでもありました。11月2日(水)、爽やかな秋空の下、西高チャレンジウォークを開催しました。西高を出発し、本妙寺の加藤清正公銅像まで往復の15.6㎞を歩く行事です。
体育コースの生徒は7時45分には出て、各ポイントに立ち、交通安全やコースの誘導をしてくれます。一般生徒は8時半から2学年、1学年、3学年の順でスタートしました。それぞれ4~8人のグループ別に歩くことになります。担任の先生はクラスの生徒たちと共に歩きます。私も昨年に続き参加しました。昨年は一番最後からゆっくりと歩きましたが、今年は最初にスタートした2学年の真ん中あたりで歩き始めました。
坪井川の穏やかな流れ、高橋稲荷神社近くの朱色の橋、薄く色づき始めた金峰山を左手に見ながら谷尾崎の道、そして島崎の丘陵地からいよいよ本妙寺の坂へと向かいます。最後の石段はとてもこたえ、足をやっと持ち上げながら清正公銅像に到着。この高台からの熊本市街地の眺望が良く、疲れが癒されました。
復路は、本妙寺名物の「胸突き雁木」と呼ばれる古い石段を下ります。6年前の熊本地震で損傷を受けた仁王門が、今年は完全に修復された姿を見せていました。現在、西区では金峰山山系の山麓を通過する「熊本西環状道路」の花園ICから池上(いけのうえ)ICの区間の工事が進んでいます。歩いていて、大型重機が動きトラックが出入りする様子が目に入ります。変わる風景の中に、変わらないものもあります。柿の実がなり、薄(すすき)がそよぐ秋の里山は変わりなく、歩く私たちを優しく迎えてくれます。足は重くなり、疲労を全身に感じてきますが、それでも、みんなで歩く、ひたすら歩くという営みはとても尊いと思えてきます。
学校にゴールした時の達成感は何物にも代えがたいものでした。私は約3時間半で完歩。生徒たちも次々に笑顔でゴールしてきます。西高から本妙寺まで、自動車なら往復30分程度でしょう。早くて便利ですが、充足感はありません。自らの足で西区の道を踏みしめながら、クラスメイトと談笑し、励ましあい、歩き通したからこそ、かけがえのない体験となったのです。
今年は3年ぶりに保護者の皆さん(育西会)によって豚汁がつくられ、歩き終えた生徒、職員に振舞われました。温かくおいしい豚汁の味は忘れられません。
「校長室からの風」
ゴールして豚汁をもらう生徒達
演劇部から突きつけられた問い ~ 県高校演劇大会
「59点と60点の間にラインを引くという指示を出しているあなたは、いったい誰なんですか!」
この台詞(せりふ)が響き、熊本西高演劇部の「合格ラインはやってきた!」の舞台の幕は下りました。この最後の台詞は私の胸に突き付けられたように感じました。深いメッセージに気持ちが揺さぶられました。
第71回熊本県高等学校演劇大会城北地区・熊本市地区大会が10月21日(金)~23日(日)に熊本市植木文化ホールで開催されました。コロナ禍によって活動を制限されてきた演劇部会にとって、3年ぶりに一般観客を入れての本格的な発表会となりました。演劇部の生徒たちは、感染防止のために思うように声を発することができず、言葉を奪われ、制約された活動に甘んじてきました。しかし、ようやく言葉が戻ってきたのです。マスクを外し思い切り声を出し、全身で表現する姿に熱い共感を覚えます。
初日の21日(金)の午後、西高演劇部の「合格ラインはやってきた!」(作:加藤のりや)が発表されました。点数に自我が芽生え擬人化された不思議な世界の話です。「59点」(男子)と「60点」(女子)は隣同士で、お互い好意を持っている関係なのですが、ある日突然、二人を引き裂く「合格ライン」という存在が現れます。その結果、二人は合格と不合格という離れ離れの関係になっていかざるを得ません。その理不尽な運命に二人は抗い、葛藤します。さらに、何事にも動じない「零点」、淡々としながら本質を悟っている「百点」も加わり、この不条理な物語は進みます。「合格ライン」に対し、「59点」と「60点」の間にラインを引くように命令を出している黒幕の存在が次第にクローズアップされます。そして、冒頭の「合格ライン」のあの叫びでラストを迎えるのです。
生徒たちの学習活動は本当にすべて点数化できるのだろうか? 点数以外では客観的で公正な評価はできないのだろうか? 一点刻みの点数の評価は絶対だろうか? その点数評価が前提で動いている社会のあり方に問題はないのだろうか? 見終わった観客は様々なことを考え、思いをめぐらします。
古くて新しい普遍的な問題を、演劇という文化活動の力で見る者に突き付けた西高演劇部の力を心から称えたいと思います。優秀賞に輝いた西高演劇部は11月に行われる県大会への出場を決めました。
「校長室からの風」
創立記念祭での演劇部のステージ(熊本市文化会館)