校長室からの風(メッセージ)

誰もいない野球場 ~ 多良木高校野球部の「終戦」

誰もいない野球場 ~ 多良木高校野球部の「終戦」   


 入道雲が湧く青空が広がり、真夏の強い日差しが降り注ぐ多良木高校の野球場に人影はありません。7月17日(火)、夏の熊本県大会3回戦で敗れ、最後の夏の多良木高校野球部の挑戦は終わりました。昨年までは、3年生が部活動から引退して下級生の新チームが発足し、秋の大会に向けて練習に汗を流したものです。しかし、来春閉校する多良木高校に2年生以下は在籍していません。選手の掛け声や、打球の音、齋藤監督や馬場コーチ、尾方コーチの叱咤激励などエネルギーに満ち溢れていたグラウンドが今は嘘のように静かです。

 「寂しくなりました」と学校周辺にお住いの方々が言われます。「もう野球部の賑やかな声が聞こえないと思うと、さびしくて仕方ありません」と年配のご婦人がため息をつきながら私に語られました。

 多良木高校野球部は昭和42年(1972年)に創部されましたが、専用の野球場が創られたのは2年後に現在の新校舎に移転してからです。グラウンドの整備が進み、平成15年には高さ15mのネットが周囲に張り巡らされました。「公立高校の野球場としては日本一」との齋藤監督の言葉が示すとおり、十分な練習環境が整ったのです。

 けれども、その施設以上に野球部の練習を支えたのは、学校周辺の地域の皆さんのご理解とご支援でした。練習の際、時々、ボールが防球ネットを超えて住宅の庭に飛び込んだり、屋根に当たって瓦を割ったり、自動車のボンネットに落ちたりとご迷惑をお掛けしました。練習試合の時は休日の早朝から高校生の大きな声が飛び交いました。しかし、生徒や顧問教師が謝りに伺うと、皆さん、笑顔で対応してくださいました。校長として4年目を迎えている私も、野球部の活動に関して周辺の住民の方々から苦情や抗議を受けたことは一度もありません。このことに深く感謝したいと思います。

 高校生がひたむきに野球に没頭する姿は、地域の方々に元気を届ける役割を担っていたのでしょう。その姿が消え、野球場には少しずつ夏草が伸び始めました。7月17日は、半世紀戦い続けた多良木高校野球部の「終戦」の日となったのです。この日が来ることを覚悟はしていましたが、やはり言いようのないさびしさに学校全体が包まれています。


        
            人影のない多良木高校野球場