校長室からの風(メッセージ)

左手のピアニスト

左手のピアニスト

 
 命を大切にする心を育むことを目的に人権教育講演会を5月21日(木)に多良木高校で開催しました。あさぎり町在住のピアニスト、月足(つきあし)さおりさんを講師として招きました。演題は「いのちの音色を響かせたい」。

 月足さんは、小学校1年からピアノを習い、東京の音楽大学を卒業してピアニストの道を歩み始められました。しかし、出生の時から「脊髄空洞症」という難病と共に生きてこられたのです。最初に両足が不自由になられ、大学時代に視力が低下し、近年は右手に激痛が走るようになり、今は左手のみで演奏されています。その左手も病が進行し、特殊な装具を付けることによって演奏が可能な状態を維持されています。

 ピアノを前にして座られ、かざりけなく率直に御自分のこれまでの歩みを語られました。視力が低下し、自分の病気が治る見込みのない難病だと自覚された時は絶望し、「死」を思われたそうです。

 「しかし、私の病気のことで、家族や友達は陰で多くの涙を流していたことを知りました。死ねば私は楽になるのかもしれないけれども、家族や友達をもっと悲しませることになってしまうと思いました。まわりの涙で支えられたようなものでした。」

 絶望を乗り越えた月足さんをまた不幸が襲います。目標の国際障害者ピアノフェスティバルの2か月前に、頼みの左手が動かなくなったのです。再び絶望の淵に沈んだ月足さんを救ってくれたのは、装具士の方でした。ピアノ演奏に適合した特別仕様の装具を製作してくださったのです。そして、2013年(平成25年)、ウイーンで開催された国際障害者フェスティバルにおいて金賞を受賞されたのです。 

 「もう一度生まれ変われたら健康な身体で生きたいと思います。けれども、健康だったら気づかないことに気づくことができました。何でもないことが楽しい、と感じることができるようになったことに感謝しています。」

お話の合間に「アヴェ・マリア」はじめ3曲演奏されました。月足さんのお話が進むにつれ、目頭を押さえる生徒の姿が見られました。

「これから病気が進行して、今までできていたことができなくなることが怖いし、悲しいです。でも、私一人の命ではないので、もう死ぬことは考えません。明日、ピアノを弾くことができなくなるかもしれないので、これで最後になってもよいと思ってピアノを弾くようにしています。」

 月足さんはそう言われて、自ら作詞作曲の「雫 ~しずく~」を最後に弾かれました。深い余韻を残し、講演会は閉じられました。月足さんの「いのちの音色」は私たちの心の奥底まで響きました。