校長室からの風(メッセージ)

みんなで歩く、ひたすら歩く ~ 強歩会

 

みんなで歩く、ひたすら歩く ~ 強歩会


 11月11日(金)に強歩会を開催しました。今年は、学校を出発して湯前町、水上村と巡り、学校に帰ってくる約28㎞の行程を全校生徒で歩きました。前日の開会式での校長挨拶を掲げます。

 「今回、学校代表の読書感想文で生徒会長の福田君が『夜のピクニック』という小説について書いており、私自身懐かしく読みました。15年ほど前に出版された小説ですが、ベストセラーになり、映画化もされました。作者の恩田陸さんの母校である茨城県立水戸第一高校の強歩会をモデルにした小説です。同校の強歩会は破天荒な伝統行事で知られ、二日間かけて70キロメートルを歩きとおします。一日目は夜12時まで歩き、途中の中学校の体育館で仮眠をとり、また夜明けから歩き出すという大変困難でタフな行事です。『夜のピクニック』は、高校生たちが主人公の青春小説で、きっと皆さんも共感できるでしょう。図書室にありますので一読を勧めます

 『夜のピクニック』では、多くの生徒が最初は、とてつもない距離の長さに不安を覚え、なぜこんなに歩かなければならないのか不満を言う者もいます。そして、足の痛みに耐え、体が重くなり、友達と会話するのも億劫になります。ついに夜になり、風景も見えなくなると自分自身との対話が始まります。疲労困憊し、いつしか、不思議な感覚に包まれてきます。ある3年生女子が言います。「しかし、ほんとうにいい時間よね。毎年思うことだけど、こんな時間にこんなところ歩いているのが信じられない。」。そうして、夜中、お互いの顔さえよく見えないのですが、歩きながら、昼間なら絶対に語れないようなことを語り合います。最後、主人公の女子生徒が「みんなで歩く。ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう。」と感慨に包まれゴールを迎えます。

 さて、『夜のピクニック』に比べれば、多良木高校の強歩会はおよそ28㎞と距離も短く、余裕があります。今年のコースは湯前町、水上村を巡るもので、豊かでのどかな里山の風景を楽しみ、五感で秋を受けとめ歩いて欲しいと思います。途中、先人が伝えてきた宝物とも云うべき文化財が点在しています。第1チェックポイントの多良木町の百太郎公園。百太郎溝は、江戸時代の農民たちが球磨川から農業用水として水を引き入れるためにつくったものです。300年前の農業用水路が今も現役で働いています。第2チェックポイントの湯前町の城泉寺阿弥陀堂は、今から800年前の鎌倉時代初期につくられており、県内最古の木造建築物です。お堂の中には品格ある阿弥陀如来像が安置されています。普段、お堂は閉めてあるのですが、明日は湯前町のご厚意で特別に開けてありますから、仏様を拝観できます。第5チェックポイントの水上村の生善院観音堂です。建物は江戸時代初期のものですが、化け猫騒動で知られ、通称「猫寺」で有名です。そして、第6チェックポイントの多良木町の青蓮寺阿弥陀堂。湯前町の城泉寺阿弥陀堂より少し後ですが、それでも鎌倉時代につくられた古いお堂で、15m近くの高い茅葺屋根が印象的です。このように強歩会は歴史を巡る小さな旅でもあります。

 結びになりますが、強歩会は競走ではありません。友達と共に、励まし合いながら、しっかりと球磨の地を踏みしめ、一歩一歩を心掛けてください。私も最後尾から、皆さんの背中を追いながら、歩いて行こうと思います。

 みんなで歩く、ひたすら歩く、ただそれだけのことですが、きっとみなさんが大人になっても思い出す特別な体験になることを願い、挨拶とします。」


                                第1チェックポイント(百太郎公園)