校長ブログ

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23/07/18(15) ふるさとの球磨川

 私は八代市の出身です。八代市は球磨川の下流にあります。熊本市内の大学に進学し、4年間実家から通い、大学院生になって初めて1人暮らしをしました。熊本県の教職員となり、これまで玉名、本渡、熊本市、東京、熊本市、牛深、八代、荒尾、本渡、錦町、と住んできました。八代に住んでいたころは、同じ風景の毎日で、特別に何かを感じることはありませんでした。しかし、地元を離れて、たまに帰省してゆっくりと散歩をするとふるさとの素晴らしい風景が分かるようになりました。
 球磨川は、八代市では、北を流れる前川と南を流れる球磨川に別れます。どちらの川も八代海の河口なのでゆったりと流れています。上流のほうを見れば人吉・球磨につながる山々が、河口のほうを見れば天草の龍ヶ岳が見えます。岸辺を歩くと、かわいい草花や鳥たちと出会うことができますし、なにより、川が流れる音が何とも心地よいのです。朝日は清々しく、夕陽は美しい。月並みですが、離れて初めてふるさとのよさが分かりました。
 球磨中央高校生にとって、今住んでいる地域の美しさは当たり前の日常の中に埋まっているのかもしれません。でも、ふるさとを離れて戻ってきたら、きっとその美しさを感じるに違いありません。私はいま、八代市を流れる、大好きな前川・球磨川の上流で生活しています。人吉球磨の自然は本当に美しく、そして、なぜだかなつかしい。そう感じるのは、幼い頃から球磨川でつながっていたからなのかもしれません。

前川の夕日

 ▲前川の写真の奥に見える山は天草の龍ヶ岳

八代市の球磨川

23/07/13(14) 前任校の校長先生から教えていただいた詩集

 『世界はもっと美しくなる』。校長ブログ4でご紹介した前任校の校長先生が、2年前の終業式で生徒に紹介された本です。奈良少年刑務所の受刑者たち(17歳~26歳未満)の詩集です。この本のことや受刑者の背景にあるものについては、いつかこのブログで書けたらと思っています。その時、校長先生が詠まれた詩に深く感銘を受け(自分の幼少期のことを思い出しました)、すぐに購入しました。すばらしい詩がたくさんつまっていますが、その中で次の詩が私の胸に響きました。引用します。

    ひとつのこと
  ひとつのことでも なかか思うようにいかないから
  ぼくは ひとつのことを 一生けんめいやっています

 私も不器用で、要領が悪いので、作者の気持ちがすごく分かります。大人たちは「まだできないの」「ほかの人はもうできているよ」とせかします。


 受刑者たちの詩づくりを担当した、この詩集の編者はこう解説しています。

「なんて健気(けなげ)な! 傍(はた)から見たら、全然できていない、足りていないと思えても、本人が必死でがんばっていることもあります。できないことを責めるのではなく、できることを認めてあげるだけで、その子の未来は、大きく変わっていくことでしょう。」

 私たちは結果を求めがちで、その過程の中にある、いくつもの大切な宝ものを見逃しがちです。子どもたちなりの一所懸命さを大切にし、できたことを褒め、その子の心にフィードバックする。そのためにも、日常の中にいる子どもたちにしっかりと寄り添っていたいですね。

 錦町一武の風景。当たり前の日常のなかに素敵なものがいっぱいあります。

 一武の風景① 一武の風景②
*文献:『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(寮 美千子編・ロクリン社)

23/07/06(13) 本校の当たり前の美しさの裏に

 本校の敷地は広い。梅雨の合間、さ緑に彩られる木々や草花が美しく、そして、きれいに整えられています。木々や草花、芝生、放っておけば伸び放題。でも、本校の敷地はいつも美しい。
 それは、2人の学校技師の方が、毎日暑い中、木々などの成長の度合いを見ながら、造形も考えながら整備されているからです。今日7月6日は、それまでの雨続きの日々とは違い、晴れわたりました。外の温度は、ゆうに30℃を越えていたはずです。しかも、太陽の光がこれでもかというくらいに降りそそいでいました。そうした環境のなか、学校技師のおふたりは、あふれる汗をぬぐいながら、一所懸命に整備に取り組まれていました。本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 本校の敷地は広い。口で言うのは簡単ですが、実行し、続けることは本当に難しいことです。本校の当たり前の美しさは、それを一所懸命に支えてくれる方がいらっしゃるからなのです。ほかにも、私たちにとっての当たり前を支えている方がたくさんいらっしゃいます。その方々に感謝しながら、毎日を大切に生きていきたいものです。

  

23/07/04(12) 7月4日に思う

 本日7月4日、球磨中央高校では、半旗を掲げ、豪雨災害でお亡くなりになられました方々に心からの黙とうをささげました。あれから3年が過ぎました。昨日7月3日には、熊本県で2つの線状降水帯が確認され、益城町では木山川沿いの県道が崩落しました。ここ人吉球磨でも雨が強く降り、いつでもどこでも危険が身近にあることを改めて感じたところです。2020年7月の日記を開いてみると「7月4日(土)人吉・八代・水俣大雨、球磨川水位危険、祖母宅前の球磨川NHKで放送」と書いていました。人吉球磨の、そして私が大好きな坂本町の様相に、何が起こったのかしばらく理解できない自分がいました。
 現在、時間が許す限り人吉球磨の地を巡っています。いまだ残る災害の傷跡に胸を痛めると同時に、復旧・復興に全力を尽くされている方々に対する敬意でいっぱいです。自分にできることは何かを考える毎日、確かに自分の力は微々たるものですが、人吉球磨の復旧・復興のために力を尽くしていきます。
 ある日、強い雨が止んだあと、本校正門から大きな虹が見えました。どうか、明るい未来への架け橋でありますように。

虹

鍛冶屋町を紹介する案内

人吉市を歩いてみると

23/06/27(11) 人吉・球磨の歴史と自然を楽しむ②

 先日、できあがったばかりの学校案内パンフレットや本校紹介DVDを中学校にお持ちしました。急にお邪魔したのにもかかわらず、中学校の先生方に丁寧に対応していただきました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。いつかの校長ブログでも書きましたが、人吉・球磨の方の暖かさをあらためて感じた次第です。
 また、中学校と中学校の途中も、澄み切った青空、美しい緑、そして清流に心が洗われ、清々しい気持ちであふれました。今回は休憩で停車した道沿いで出会った人吉・球磨の歴史と自然です。青蓮寺阿弥陀堂(多良木町黒肥地)は国指定重要文化財で、敷地内にある看板には「1295年に創建され、室町時代中頃に再建された」と書かれてあります。川辺川を左に見ながら国道445号線を走ると、ねむの木が美しくその花を咲かせていました。五木村の子守唄公園にあるかやぶき屋根の古民家は紫陽花がとてもお似合いでした。五木の子守唄と天草市天草町の福連木(ふくれぎ)の子守唄との間には共通したところがあると言われています。150kmは離れているでしょうか? 不思議ですね。
 今度は休日にゆっくりと人吉・球磨の地を巡りたいと思います。

青蓮寺阿弥陀堂 川辺川とねむの木 子守唄講演のかやぶき民家