校長室からの風(メッセージ)
多良木高校の朝
多良木高校の朝
粟谷 雅之
毎朝、校長公舎から10分ほど歩いて通勤している。7時頃には北門を通り、およそ百メートル余りの欅(けやき)並木の道を歩く。4月、この欅の緑がまことに瑞々しい。校長室に鞄を置き、再び校庭を歩く。
陸上競技の300メートルトラックでは陸上部員が各自のペースで走っている。細くしなやかな身体の長距離の選手達は、まるで修行僧のように黙々と走る。フィールドでは、サッカー部員が声を掛け合い、楽しそうにボールを蹴っている。私の姿を認めると、元気な声で挨拶をしてくれる。
グラウンドの端の指令台付近に立ち、朝日を浴びながら、陸上部、サッカー部の朝練習をしばらく眺める。そして、遠く眼を転じれば、球磨盆地を囲む山々がある。春の季語に「山笑う」という言葉があるが、樹木が青々と繁茂し、まさに「山笑う」が如き明るい山容を望むことができる。北東にひときわそびえるのが市房山だ。今日は山頂まで鮮明に見える。良い天候になりそうだ。
「かーん」という乾いた打球音に呼ばれ、市房山に背をむけ反対の方向を見ると、野球場で部員が自主練習を始めている。外野の芝生と内野の土の色のコントラストが鮮やかだ。芝生が短く刈り込まれ、よく整備されている。私が右手を高く上げると、気づいた野球部員から次々と「おはようございます」の大きな声が飛んでくる。負けじと私も「おはよう」と力を入れて返す。
7時半が近づくと登校する生徒の数が増えてくる。7時35分から朝課外が始まるためだ。多くの生徒が正門から自転車か徒歩で入ってくるが、くま川鉄道の列車通学生は、多良木駅から近い北門を通る。この頃には出勤した職員も正門付近で、「おはよう」、「おっ、今朝は早いな」と生徒たちに声を掛けて出迎える。教師と生徒、生徒同士の「おはよう」の声が響き合う。今朝も、生徒の登校状況は良好のようだ。新入生に対し、心身ともに良いコンディションで通学できることを目標とした生活づくりを説いた。それを実践してくれているのだろう。
朝日を浴び、元気に登校して一日の学校生活を始めることは、平凡なことだ。しかし、それを毎日続けることは容易ではない。成長とは、そのような地道なことの繰り返しなのだと思う。
7時35分、課外開始のチャイム音が鳴る。北門から全力で自転車のペダルを踏んでくる一人の男子生徒の姿が見えた。高校教師であった現代歌人の短歌が頭に浮かぶ。
ぐんぐんとペダルを踏んで坂のぼる「いいか今日という日は二度とこないぞ」
(水野 昌雄)
今朝も、多良木高校には平和で清新な空気が流れている。
福島からのお客様
福島からのお客様
福島県二本松市岳温泉の「陽日の郷 あづま館」の女将である鈴木美砂子さんが、4月18日(金)に来校されました。今年1月に2年生(現3年生)が同館を修学旅行で訪れ、3泊して「あだたら高原スキー場」でスキー研修を行いました。東日本大震災以来、岳温泉を九州の高校が修学旅行で訪れるのは初めてということもあり、温泉観光協会あげての歓迎を生徒たちは受けました。旅行後、女将さんから、生徒一人ひとりに文面が異なるお礼のはがきが届き、その心配りに生徒たちは感激しました。
今回、女将の鈴木さんは17日に福岡市でお仕事があり、敢えて滞在を延ばして、本校を訪問されたのです。体育館で3年生と交流会を行い、体育コースの授業も見学されました。僅か1時間の滞在でしたが、生徒たちは、再会の驚きと喜びに浸っていたようです。
校長室で、遠路はるばるの訪問に対し、私が御礼を申し上げると、鈴木さんは次のように語られました。
「旅館の女将として、多くの出会いの日々を送っています。しかし、震災後の九州からの初めての修学旅行は、私どもにとって復興への光のように感じました。そして何より、3泊4日の間の生徒さん達の生活態度が素晴らしく、私の震災講話も皆さん真剣に聴いてくださったことが忘れられませんでした。」
過分のおほめにあずかり、私は面はゆい思いでした。最後に、鈴木さんが「実は…」と少しためらいの表情を見せながら話をされました。
「旅行後に多良木高校のことをインターネットで調べたところ、生徒数の減少で高校再編整備の対象となって、数年後には閉校になると知りました。あの明るく礼儀正しい生徒さんたちが、このことで寂しい思いをしているのではないかと気になり、どうしてもお訪ねしたくなったのです。生徒の皆さんがお元気そうで安心しました。」
鈴木さんのお気遣いに私はただ頭を下げるだけでした。
二本松の歴史は苦難に満ちたものだとも語られました。明治維新の戊辰戦争では、会津藩に味方した二本松藩は官軍の猛攻を受けて敗れ、賊軍の汚名を着せられました。その後も、明治時代の後半に大火に見舞われ岳温泉街が壊滅するという試練がありました。そして、東日本大震災が起こったのです。まだまだ復興途上で、様々な困難と向かい合っていらっしゃる女将の鈴木さんだからこその優しさと思いやりだと思います。
二本松市は、詩人の高村光太郎の妻智恵子の故郷で知られます。詩集『智恵子抄』の中で、智恵子は「東京にはほんとうの空が無い」、「ほんとうの空」は、故郷の安達太良山の上にある、と言っています。福島県をはじめとする被災地の一日も早い復興を念じると共に、生徒たちと一緒に「ほんとうの空」を見に行きたいと願っています。
野球場から校舎、体育館を望む
待つことの大切さ
待つことの大切さ
何か大事な結果を待った体験が皆さんはあると思います。例えば、高校入試の結果発表までの気持ちはどうでしたか? 期待と不安が入り交じり、動揺する日々。そして、いよいよ結果が判明する時の気持ちの高まり。ついに自らの受検番号を見つけた時の歓喜の感情。待ったからこそ、喜びは大きいものがあります。
今、若い世代は待つことができなくなったと言われます。例えば、返信メールやSNSの返事が遅いというだけで腹を立て、交友関係が悪化したという話を聞きます。便利な電子媒体、インターネットの世界においても、相手への思いやりが欠ければコミュニケーションは成り立ちません。相手の都合も考えない、自分勝手な思考では、待つことができません。
かつて、「電話は相手の時間を奪い、手紙は自分の時間を贈る」と言われました。一方的に相手の時間に割り込んでいく電話に比べ、自分の都合の良い時間にゆっくりと読むことができる手紙の特性を言い表しています。今では、電話して直接話すこともせずに、電子メールに依存する人が多いのでしょう。
待つ経験は人を成長させます。待つ間、自分自身と対話することになるからです。待つということはとても人間らしい行為と言えます。待つことを厭わないでください。待つことができる人になって欲しいと思います。
上級生になった皆さんへ
セミナーハウスの前にある桜もすっかり花が散りました。里の桜はほとんど葉桜となりましたが、山の桜はまだ見頃のものがあるようです。皆さんは今年は花見をしましたか? 日本人にとって桜は特別な花です。厳しい冬を越え、待望の春が来た、その春の象徴が桜です。
「さまざまのこと思い出す桜かな」
松尾芭蕉の句です。私たちは桜の花に触れ、過ぎ去った様々のことを思い出します。季節は巡り、1年が経ち、桜の花と再会できた感慨。私たち日本人にとって、時間は一直線に過ぎるものではなく、春・夏・秋・冬と四季が循環、サイクルするものと言えるでしょう。
昨年の今頃、私は多良木高校に赴任してきました。それから1年間、皆さんの成長を見てきました。それぞれ進級して、高校2年生、3年生の姿を目の当たりにして、まことに頼もしく思います。
皆さん、今日の午後、新入生69人が入学します。1年前、2年前の皆さん達と同じ、期待と不安を抱き、緊張した新入生です。新しい後輩達のために、皆さん方は何ができるのか、自らに問うてください。新入生のために、先輩であるあなた達は、何が、どんなことができますか?
さて、ジャンバーやコート、セーターなどを脱ぎ、春の装いとなりました。身も心も軽くなった今、何か新しいことを始めたいと思いませんか? 新しい事を始めるには今です。4月からです。これまで高校生活を送ってきて、自分に足りない面、変えなければいけない点などについては自分自身が誰よりもわかっていると思います。それを行動に移せるか、否か。勉強でもスポーツにおいても、ライバルは自分自身です。どうせ自分なんかと言い訳をし、易(やす)きに付くのは簡単です。しかし、皆さんの将来は、自分次第で皆さんが変えることができるのです。
聖書に、「狭き門より入れ、滅(ほろび)にいたる門は大きく、その路は広く、これより入る者多し」という言葉があります。入りやすい大きい広い門ではなく、狭き門より入れ、とイエスは語っています。どちらかを選ぶ時に、自分にとってより困難な道を選ぶことが、結局は自分の成長につながるのです。自分にできるだろうかと不安に思うでしょう。けれども安心してください。困難な道を進む皆さん達には、私たち教職員がついています。悩みや迷いを一人で抱え込まずに、遠慮なく、私たちを頼ってください。私たちは経験と技能をフルに発揮して、みなさんを支援し、皆さんを希望の進路へ連れて行きます。それが、私たちの使命だからです。
平成27年度の初めに当たり、上級生になった皆さんの役割と覚悟への期待を述べ、私の話を終わります。
新入生の皆さん、入学おめでとう。
4月8日(水)の入学式の式辞の一部を次に掲げ、改めて皆さんへの歓迎の気持ちを伝えます。
新入生六十九名の皆さんは全員が球磨郡、人吉市の中学校出身です。この球磨、人吉地域は、県内唯一の国宝である青井阿蘇神社をはじめ多くの文化財があることで知られ、豊かな歴史と文化を誇っています。中でも、上球磨地域には鎌倉、室町時代以来の神社仏閣、仏像が伝えられ、それらを結ぶ歴史回廊に多良木高校は囲まれています。本校から南におよそ三キロメートル離れた多良木町奥野の中山観音堂に安置されている観世音菩薩像は9世紀、平安時代前期に創られた古仏です。千年以上もの長い間、この地域の人々を見守り続けてきたことになります。そして、それは、先人達がこの仏様を大事に次の世代につないできた結果に他なりません。
幾世代もの先人達がこの球磨の地で懸命に生き、その命のリレーを受け継ぎ、今の新入生の皆さん達がいるのです。そして、この命のリレーはこれから未来に続いていくことでしょう。従って、現在に生きる皆さんは、過去とも未来ともつながっている存在なのです。命の不思議さ、有り難さを思わざるをえません。
いよいよ高校生活が始まります。今の初々しい気持ちが原点です。学校は学びをとおした人間成長の場であります。皆さん、一日一日を大切にしていきましょう。
登録機関
管理責任者
校長 粟谷 雅之
運用担当者
本田 朋丈
有薗 真澄