校長室からの風(メッセージ)

高等女学校の教科書に想う

高等女学校の教科書に想う

 多良木高校の前身の多良木高等女学校時代の教科書2冊を同窓生の方から寄贈いただきました。いずれも昭和21年3月に印刷、発行された「中等被服一」と「中等物象一」で、当時は国定教科書であったため、著作発行者は文部省となっています。

 最初に驚いたのが、「物象」という教科名です。「物象」とはどんな内容なのかと頁をめくると、物体に働く力、液体・気体の圧力、熱などの物理の内容でした。教育史を調べてみると、太平洋戦争中の昭和17年(1942年)に中学校(旧制)と女学校の「理科」が「物象」と「生物」に分けられたことがわかりました。そして、昭和22年(1947年)、現在の男女共学の中学校制度になると再び「理科」に戻りました。高等女学校は同年に募集停止となっていますので、最後の「物象」教科書と言えます。

 「被服」の教科書を読むと、日常生活の服装のありかた、服の手入れ、そして手縫い及びミシン縫い等について図解入りで丁寧に説明されています。その中の一節に「今わが國は、大きな新しい時代を前にして、はげしい努力を續け、苦難に堪へてゐるのです。」とあり、終戦の翌年という世相を反映しています。

 昭和21年3月と言えば、敗戦という未曽有の危機からまだ半年余りであり、相当の社会的混乱の時期だと想像できます。しかし、その状況下にあって、高等女学校の教科書が国によって整然とつくられていたのです。「被服」は縦14.5㎝、横21㎝の右綴じ、「物象」は縦19㎝、横13㎝の左綴じで、両方とも糸による和綴じ、黒い厚紙で背表紙が付けられています。現代の教科書に比べるとまことに質素な作りですが、戦後の新しい教育の象徴に見え、健気で愛おしく感じます。

 また、もっと胸に迫ることは、女学校時代から七十年もの間、教科書を大切に所持してこられた同窓生の思いです。この教科書の裏表紙には、御尊父の手による生徒名が達筆な墨書で記されています。御嬢さんが女学校に合格された喜びが伝わってくるかのようです。その御尊父の愛情の記憶と共に古い教科書は今日まで伝わってきたのでしょう。