校長室からの風

「夏のマスク」 ~ 新しい生活様式の始まり

   御船高校では5月25日(月)から分散登校による授業を始めています。生徒の皆さんの様子からは休校前とあまり変わらない印象を受けます。しかし、休校前と現在で、外見上はっきり異なっている点が一つあります。それは全員がマスクを着用していることです。

   例年、季節性インフルエンザ予防のため、冬にマスク姿が増えるのは学校の常です。しかし、今は初夏です。来週から6月です。日中は25度を超える夏日が続き、30度を超える真夏日も珍しくありません。熊本の夏は長く、蒸し暑いのが特徴です。マスクは冬の季語だそうですが、「夏のマスク」が今年のわが国の状況を象徴していると思います。

   三か月に及ぶ長期休校という長いトンネルをようやく私たちは抜け出ることができました。出口の光を目指して行動自粛の生活を耐えてきたのですが、トンネルに入る前と同じ光景はありません。新型コロナウイルスの感染予防の「新しい生活様式」が厚生労働省から公表されました。トンネルを出ても、私たちはすぐには元の生活に戻れないことを自覚する必要があります。

   しかしながら、「新しい生活様式」とは決して難しいものではありません。コロナウイルスは人間に寄生することで存在し、人間を介して伝染していきます。そしてウイルスは肉眼では見えないために、とてもやっかいです。前回の「校長室からの風」で言及したように「想像力」が一層求められるのです。

   見えなくても、そこにウイルスがあると考え、人の密集の場を避け、他者と適切な距離を設けた日常生活を送ることです。そしてマスクの着用です。電子顕微鏡でようやく見ることができるコロナウイルスを、市販のマスクでは防げないという意見があります。けれども、マスクは咳やくしゃみなどの飛沫の拡散を防ぐことに大きな効果があり、最低限のエチケットとしてマスク着用は守らなければならないと思います。蒸し暑いからマスクを外してもいいだろうという自分勝手な行動は許されません。社会の安心というものは、一人ひとりが参加しない限り守れないのです。

   夏の暑さに対応したクールなマスクも市場に現れています。素敵なマスク姿の「マスク美人」も増えてくるかもしれません。マスクと共にこの夏を過ごしましょう。マスクが不要になった日こそ、コロナウイルス終息の時でしょう。

   最後に、進化論を唱えた生物学者のダーウィンの言葉を掲げます。

「強い生物が生き残るのではない。この世に生き残る生物は、変化にいち早く対応できたものである。」

 

               校庭のバラ園と登校してきた生徒(2年生)

「他者への想像力」が感染を防ぐ

   5月25日(月)から御船高校では授業再開となりました。クラスの出席番号で奇数と偶数で生徒を二分し、奇数組が午前3時間授業を受けた後、午後に偶数組が登校し3時間授業を受ける分散型授業です。2週続けて同じ授業を行い、来週は午前と午後の生徒を入れ替えて、2週間で1週間分の授業を受け終える仕組みです。新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言は解除されましたが、密集した集団生活を避けるためと、長期休業の生徒の心身への影響を考慮し、学校生活への慣らし期間と位置付けています。

 再開された学校生活で気持ちが高ぶっているかもしれない生徒の皆さんに対して求めたいことが、「他者への想像力」です。この言葉は、わが国のウイルス感染症研究の第一人者である押谷仁(おしたにひとし)先生が著書で述べられているものです。

   押谷先生は、現在、厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班のリーダーとして陣頭指揮をとられ、感染拡大防止のために不眠不休の努力を続けておられる方です。この押谷先生の著書『パンデミックとたたかう』(作家の瀬名秀明氏との対談形式、岩波新書、2009年11月刊行)が本校図書室にあることを知り、先週読みました。現在のわが国の状況を示しているかのようなタイトルですが、2009年から2010年にかけて世界的流行となった新型インフルエンザ対応に関する押谷先生の見解がまとめられています。およそ10年前の本ですが、今日の事態を予想した警告の書となっています。

   ウイルスは肉眼では見えません。そして、新型インフルエンザも今回の新型コロナウイルスでも若い世代は重症化しない傾向にあります。しかし、だからこそ、「自分だけ感染しなければ良い」、「もし感染しても自分は軽症ですむから心配いらない」のような利己的な考え方はとても危険だと押谷先生は言われます。あなたは感染しても無症状かもしれないが、あなたを介して、妊婦さんや基礎疾患のあるお年寄りにウイルスが広がっていくかもしれないと「感染鎖」の恐怖を強調されます。人は、世界はつながっているのだという「他者への想像力」が重要だと繰り返されるのです。

   2009年の新型インフルエンザは関西の高校では臨時休校の措置がとられましたが、全国的には日常生活が維持でき、私自身も認識が弱かったと思います。しかし、押谷先生はすでにあの時、今日の事態を見据えておられたことになります。新型コロナウイルスの新規感染者は、全国的に大幅に減少し熊本県ではここ2週間発生していませんが、ウイルスは消滅したわけではありません。

  「他者への想像力」を持つことで、自分と他者、そして社会も守りましょう。

                分散登校する生徒たちの様子

新しい目標に向かって ~ 今、大人ができること

 「夏の甲子園」こと全国高校野球選手権大会が中止と決まった翌日、本校では3年生の登校日でした。野球部3年生と顧問職員とでミーティングが開かれました。今後、甲子園大会予選に代わる県大会がもし行われればどうするかという点で、部員の気持ちが分かれたそうです。試合の機会があれば挑戦したいという者と、代替大会には出なくてよいという者に二分されたと聞きました。自然な反応だと思います。約3か月、部活動は停止され練習をしていません。あまりに野球から遠ざかった時間が長くなりました。練習の成果を発揮する最後の機会が失われるという理不尽な事態に直面し、やり場のない悔しさ、憤りがある一方、あきらめ、無力感にとらわれるのも当然と思います。

 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、「甲子園」だけでなく高校総体や高校総合文化祭など高校生の部活動にとって大きな目標がすべて失われました。「どうして自分たちの時にこんなことになるのか」という不条理なめぐりあわせに多くの高校生が激しく動揺したと思われます。実は、8月に高知県で開催予定だった全国高校総合文化祭に出場が決まっていた生徒が本校にいます。書道部の3年生、写真部の2年生の生徒です。中止が決まって以来、まだ私は彼らに言葉を掛けられずにいます。ありきたりの励ましの言葉では彼らの胸に響かないことがわかっているからです。部活動を通じて信頼関係が築かれているそれぞれの部の顧問教諭が寄り添い、支えてくれています。

 また、工業系の生徒にとって目標の「県ものづくりコンテスト」(例年6月実施)も中止となりました。昨年、旋盤加工部門に2年生で出場し3位入賞した田中さんは、最終学年の今年は優勝を狙っており、九州大会そして全国大会出場を目指していました。彼女の普段の練習場所の電子機械科実習棟の壁には、彼女が作成した「優勝への工程表」が貼られていました。大会中止が決まり、さぞ落胆しているだろう、気落ちしているだろうと心配しました。

 ところが、3年生登校日の午後、実習棟のいつもの旋盤機械の所で作業する田中さんの姿がありました。引き締まった表情で、集中して旋盤機械を動かしています。話を聴くと、電子機械科の先生の勧めで、来月予定の技能検定に挑戦することを決め、その実技試験に向け準備を始めたとのことでした。

 大きな目標が失われ、当初はきっと失意の時を過ごしたと思います。しかし、彼女は絶望しませんでした。職員の励ましと助言を受け、次の目標に向かって動き出したのです。

 新しい目標を生徒と一緒になって考え見つけること、その目標に向かって全力で取り組める環境を用意すること、これが私たち大人のできることだと思います。

 

「夏の甲子園」中止の報に接して

 「夏の甲子園」こと全国高校野球選手権大会が中止と決まりました。「春のセンバツ」、「全国高校総体」、「全国高校総合文化祭」に続き、ついに「夏の甲子園」も中止となりました。厳しい事態が予想されていたとは言え、主催者の正式な中止決定の発表に接し、高校教育関係者の一人として無念の思いに包まれます。そして、甲子園という憧れの舞台を目指し練習に打ち込んできた全国の高校球児をはじめ、情熱を注いで指導されてきた監督やコーチの皆さん、さらには選手たちを応援されてきた保護者や地域住民の方々の気持ちを想像するとまことにつらいものがあります。

 前任の多良木高校野球部のことを思い出します。閉校の定めながら、果敢に挑む多良木高校野球部は、地元の球磨郡はもとより広く県内の高校野球ファンの応援を受け、グラウンドと観客席が一体となって戦う試合は、高校野球の原点のような光景でした。あのエネルギーも、「夏の甲子園」という大きな目標があったからこそ生まれたものだと思います。

 昨日、本校の野球部監督を務める教諭と話をしました。「夏の大会中止が決まったら、まずキャプテン(主将)に何と言おうか、今考えています」と沈んだ声で監督としての胸中を語ってくれました。3月からおよそ三か月間、臨時休校に伴い部活動も停止されており、御船高校野球場は無人の日々が続いています。しかしながら、監督や部長たちは練習再開に向け、登校できない生徒たちに代わってグラウンド整備に取り組んでいました。その姿を目にするたび、球音響く練習が再開され、3年生にとって最後の「夏の大会」だけは開催されてほしいと願っていました。その望みが絶たれたのです。

 5月は新型コロナウイルスの新規感染者が減少し、最近は九州では感染者ゼロの日が続いています。しかし、感染者や亡くなった方の数が連日発表されるという「非日常」の生活が長く続くことで、これが「日常」となり、私たちの感覚が麻痺するのかもしれません。感染者が減少したとは言え、まだ「平穏な日常生活」は戻っていないのです。「夏の甲子園」中止の知らせは、未だ社会が「緊急事態」のただ中にあることを痛感させられました。

 「夏の甲子園」はこれまで米騒動による社会の混乱で1918年(大正7年)、日中戦争及び太平洋戦争の戦時下の1941年(昭和16年)~1945年(昭和20年)の二度の中止、中断があります。そして2020年(令和2年)、新型コロナウイルス感染症拡大による三度目の中止です。

 歴史的な感染症大流行(パンデミック)の渦中に私たちはいるのです。

               無人の御船高校の野球グラウンド風景

宮本武蔵とアメリカ人青年

   御船高校のALT(外国語指導助手)のアメリカ人Matthew(マシュー)先生は、新型コロナウイルス感染拡大に伴う臨時休校期間、英語教諭と協力して積極的に動画教材の作成と発信に努められています。「Teach Matthew  about  Japan」(日本のことをマシューに教えて)のタイトルで、マシュー先生が気になることを課題として示し、そのことについて生徒が英語で作文して提出するオンラインの遠隔授業です。私は毎回楽しみに視聴しています。

   マシュー先生の課題は「花見」、「鯉のぼり」、「アマビエ」、「宮本武蔵」、「河童(かっぱ)」、「御船町の恐竜化石」と続いています。この中で、「宮本武蔵」という課題が出たことに私は驚きました。そこで、「マシュー先生、あなたはどうして宮本武蔵を知っているのですか?」と尋ねました。すると、この23歳のアメリカ人青年の武蔵への関心は並々ならぬものであることがわかったのです。

   彼はアメリカの大学で日本学の講座を受講し、そこで日本への興味、関心が喚起されました。そして、担当の教授から「語学指導を行う外国青年招致事業」(JETプログラム)のことを紹介され、ALTとして来日したのです。宮本武蔵については、この日本学の担当教授から教えてもらったということです。

   武蔵が兵法の極意をまとめた「五輪の書」(「Book of Five Rings」と英語では言うそうです)についてもよく知っており、五輪が、地・水・火・風・空を意味することも理解していました。さらには、武蔵が「五輪の書」を著した岩洞の霊巌洞(れいがんどう 熊本市西区松尾町)も訪ねていました。熊本は、宮本武蔵(1584年~1645年)が晩年を過ごし、亡くなった地であり、墓も二か所残されています。マシュー先生にとっては日本での初めての勤務場所が宮本武蔵ゆかりの地だったことになります。

   「宮本武蔵は剣豪というだけでなく、芸術家としても名高い」という一文が、マシュー先生の添削した宮本武蔵の説明文にあります。江戸時代初期に武蔵は没しましたが、「五輪書」をはじめとする数々の優れた書画や武具、そして何よりその孤高の道が今日まで伝わっています。現代の宮本武蔵像は、昭和初期の吉川英治の小説「宮本武蔵」に拠るところが大きく、虚実が混同されている面が多いと言われます。しかし、熊本には県立美術館や島田美術館等に武蔵が遺した本物の書画、武具等が伝わり、その精神も受け継がれていると思います。

   宮本武蔵の真価である文武両道をマシュー先生は深く理解しています。

                マシュー先生の動画教材のトップページ