寄 宿 舎 研 修 1 はじめに   現在、盲学校寄宿舎には小学部5年生から理療科の成人の方まで男子棟8名、女子棟6名の計14名が生活している。寄宿舎生(以下、舎生と記す)の実態やニーズも様々なことから、寄宿舎指導員(以下、指導員と記す)に求められる専門性も多岐に渡る。昨年度は、年度途中で熊本聾学校(以下、聾学校と記す)と共同の寄宿舎になることから、生活がスムーズに移行できるように、各分掌部で工夫した研修を行った。今年度は、視覚障がい教育に関する基本的なことに加え、舎生の生活に即した、実践的な研修をより多く取り入れて計画した。以下に研修の概要と今年度新たに行った研修を中心にまとめる。 2 研修の概要 月 、研修内容 、目的の順に記載 4 新任研(聴覚障がい) ・聴覚障がいについての理解を深め、共同生活における円滑なコミュニケーションに活かす。 5 新任研(眼疾患・配慮事項) ・舎生に関する眼疾患・既往症及び配慮事項を確認する。 新任研(歩行) ・伝い歩きや防御姿勢の基本をおさえる。 ・ルートファミリアリゼーション実習。6 体験的な研修(点字) ・点字の読み書き、分かち書きの基本応用を学ぶ。 体験的な研修(屋外歩行) ・屋外歩行における白杖歩行を体験することで、日常生活における歩行指導の実際に活かす。7 体験的な研修(立体コピー・サーモフォーム) ・立体コピー・サーモフォームの使い方、活用方法を知る。 8 寄宿舎教育研修会 ・寄宿舎教育における日頃の生活支援及び指導の方法や内容、今日的課題を研修することで、資質・使命感を高めるとともに、連携を深める。 全体研(講話「日常生活について」) ・日常生活(掃除、洗濯、整理整頓など)について、視覚障がいを有する教員に話を伺い、寄宿舎生活の中での指導、支援がより充実できるように、また、日頃の指導、支援についてアドバイスを頂く機会とする。 体験的な研修(弱視シミュレーション1) ・さまざまな見え方の疑似体験を通して、歩行や日常生活動作の支援を学ぶ。 体験的な研修(弱視シミュレーション2、 アイマスク歩行) ・アイマスクを着用し、店まで行くこと、またシミュレーションレンズを着用し、店内にて目当ての物を探すことを経験し、舎生が外出する際の指導に活かす。 視覚障がいスポーツ体験 ・舎生が所属する部活動(STT、フロアバレー)を知り、視覚に障がいがあっても楽しむことができるスポーツに触れることで、舎生への理解を深める。9 新任研(コミュニケーション) ・視覚障がい者にとって便利なコミュニケーション機器やその使用方法を体験する。 11 全体研(講話「障がい福祉サービス」 ・障害者手帳及び療育手帳取得までの流れや、視覚に障がいを有する方々の福祉サービス利用までの流れや福祉サービス利用の現状を知る。 12 体験的な研修(パソコン、タブレット) ・日常生活において必要となるパソコン・タブレットの操作方法や情報モラルについて詳しく知る。 2 全体研(出張報告会) ・平成30年特別支援学校寄宿舎指導実践協議会の報告 その他 ・防災訓練及び研修 ・手話自主研修 ・ケース会 ・各種防災訓練・研修及び聾学校との合同訓練・研修を通して、避難誘導の資質向上、聾学校との協力、支援体制を確認する。 ・緊急時における手話表現を身につける。 ・日常生活における手話表現を身につける。 ・全舎生の情報共有の場とするとともに、将来像を見据えた支援について探り、共有する機会とする。 ・基本的な知識や技術を習得し、組織の連携を高め緊急時対応の円滑化を図る。 3 取組の内容 (1) 全体研修   ア 講話「日常生活の工夫」     事前に、伺いたい内容や実践等について指導員にアンケートをとり、そのことを中心に、本校理療科教諭より講話をしていただいた。身だしなみについては、洋服の選び方や化粧の仕方、また、家事については、洗濯や整理整頓のコツ、普段、料理や買い物をどのようにされているか、また、学生時代のエピソードや携帯電話の活用についてなど実体験に基づく色々な話を聞くことができた。洗濯物のたたみ方やりんごの皮むき、お茶のつぎ方などを実際に見せて頂きながら説明して頂き、学ぶことが多い研修となった。   イ 講話「障がい福祉サービス」     今回は県職員出前講座を活用し研修を行った。研修では、熊本市が作成している『障がい福祉のしおり』を基に、講話をしていただいた。補装具(眼鏡・盲人安全つえ・義眼)と日常生活用具の違いから、医療費助成(更生医療)(育成医療)の原則1割負担や重度心身障がい者(児)医療費助成についても学ぶことができた。また、熊本県が作成している「ヘルプカード」についても学び、利用している寄宿舎生もいることから、今後の周知・普及・活用について考える機会となった。  福祉サービスについては、県庁ではなく、各区役所福祉課が相談窓口になっていることを確認することができた。寄宿舎生や保護者から相談を受けた際に、確実に相談窓口を案内できるようにしていきたい。  研修後に、眼鏡を不意に破損させてしまった寄宿舎生の保護者に対して、居住する役場の福祉課への相談を促すことができた。耐用年数を経過していないため、相談自体をあきらめられていた保護者も相談の結果、良い方向に話が進んだようである。当事者や保護者の思いに寄り添って、今回の研修を活かしていきたい。 (2)体験的な研修   ア 点字     日頃から点字を用いた授業を行っている職員を講師に迎えて、点字の研修を行った。今回は、寄宿舎でよく作成する行事予定や献立表を作成する際の分かち書きのポイントやメモを残す際の注意点などについて教えて頂いた。実際、寄宿舎で点訳をする機会は限られているが、基本的なことから応用的なことまで、それぞれ能動的に学ぶことができた。   イ 屋外歩行   視覚障がい者誘導用ブロック(以下、誘導ブロックと記す)を利用し、誘導ブロック上を歩行する方法と誘導ブロックの脇に沿って歩行する方法を体験した。誘導ブロック脇のアスファルトの凹凸が大きいこともあり、どちらの方法が歩行しやすいかを参加者に確認したところ、誘導ブロック上が歩行しやすいという感想も聞かれた。また、実際に寄宿舎から学校までの通学路を歩行し、曲がり角が近づいたら、誘導ブロックのどこに位置し歩行すべきかを確認することができた。また、交差点の横断についても、横断の流れを確認した。車の音を頼りに、渡る方向・タイミングを定めることの難しさと恐怖心も体験することができた。今後の声かけや支援がより具体的で説得力のあるものとなる良い機会となった。   ウ 立体コピー・サーモフォーム      機器があることを知っていても用途や使い方が分かっている職員が少ないこともあり、今回の研修を企画した。研修では、まず立体コピー、サーモフォームで作成したものを見たり触ったりして、サーモフォームではザラザラ、つるつるなど質感の違い等も複製することができることを確認した。立体コピーについては、用紙に絵や寄宿舎の図面を書いたものを実際に立体コピー機を使い、立体的になるように作成した。色によって、盛り上がりの違いが出ることも知ることができた。また、既存の地図を触地図作製システムを使用し立体コピーで触地図が作成できることを知ることができた。これまで、使用する機会はあまりなかったが、既存の地図や寄宿舎の平面図など色々なものに活用できることが分かったため、積極的に機器の活用をしていきたい。   エ 弱視シミュレーション1  アイマスクや視野狭窄の体験キットなどを使用し、寄宿舎内外の歩行、洗濯機操作、洗濯物干し・たたみ、靴下の組み合わせ、金種の区別、食事時のトレーや皿、箸の見え方などを行った。実際に体験することで、明るさによって見えにくさにかなりの違いがあることや、触察の難しさ・大切さ、一人一人に応じた指導・支援を探っていくことの必要性を改めて感じた。   オ 弱視シミュレーション2、アイマスク歩行     二人一組になり、一人が寄宿舎から店(ダイソー)までの間(約350m)をアイマスクして白杖歩行を行い、もう一人は近くで見守り危ない時は声をかけるようにした。事前に白状歩行についての基本・注意点を確認したうえで、どんな配慮や情報発信をすると、不便さや大変さを軽減できるのかなどを考え、気付けるよう話をした。今回の経路では誘導ブロックと併用して、左側にある壁をガイドラインとして歩行してもらったが、「思っている以上に難しかった」「いつもより遠く感じた」などの声が聞かれた。店内では、シミュレーションレンズを着用して商品を探したり、見たりする体験も行った。たくさんの品物が陳列されている店内で目当ての物を探すのは難しく、店の人に聞く必要性を実感することとなった。終わった後は、全員で気付きや感想を伝えあい、研修の振り返りと再確認する時間を作った。今後、舎生と外出する際の指導・支援のポイントについて改めて学ぶ良い機会となった。   カ パソコン・タブレット研修  全盲の職員を講師に迎え、実体験に基づいたことも交えたお話を伺った。 パソコンでのかな入力、ローマ字入力の違いの説明やスマートフォンで被写体を撮影する際難しいのが角度であり、音声ガイドを頼りに撮影しているということ、また、動物は動きがあるので撮影が難しいこと等の説明もされた。また、ナビの音声ガイドは、視覚障がい者にとっては利便性を感じないとのことだった。例として今自分が立っている方向が、目的地への進行方向を向いているのか分からない、向きにより全く目的地が異なりゴールにたどり着けないことが多いとのことだった。  現在日常生活において、スマートフォン、タブレット等は必要不可欠な物となってきている。舎生の中でもそれらを有効活用しながら学習に取り組んでいる姿が見られる一方で、SNSを安易に利用している姿も見られる。今回の研修で得た内容を通じ安全面等の話を含めながらより良い指導にあたっていきたい。   キ 視覚障がいスポーツ体験  舎生も様々な部活動に所属しており、週に2・3日、部活動を終えて下校する生徒が大半である。フロアバレー部顧問の協力のもと、8月に視覚障がいスポーツのフロアバレーとサウンドテーブルテニス(STT)の体験を行った。それぞれのスポーツのルールと基本的な動きを学び、その後試合形式で体験した。フロアバレーの前衛を体験した職員は、腰を落とした姿勢でブロックをすることや、アイシェードを着用した状態で仲間の指示を聞き動く集中力が必要なこと、同時に舎生は、部活動を頑張ってどれだけ疲れた状態で寄宿舎に帰ってきているかということも体験することができた。また、部活動の話題で話がはずむことも増え、良い研修の機会となった。 (3)視覚障がいを有する職員へのアンケート     本校では、視覚に障がいを有する先生方が活躍されている。その先生方が日常生活において工夫されていることを教えていただき、舎生に伝えることで、日常生活を豊かにするヒントにして欲しい、また、指導員も先生方の工夫を知り伝えることで指導力を高めたいという思いから、アンケートに協力していただいた。  アンケートは、通勤方法、公共交通機関の利用時の工夫、掃除の工夫、洗濯、整理整頓、身だしなみ、余暇の過ごし方、失敗談、寄宿舎生へのメッセージなどの項目に答えていただいた。  舎生には、点字、墨字(通常版・縮小版・拡大版)を回覧、もしくは読み伝える形でアンケート結果を伝えた。読み伝える上では、先生方の見え方も個人差があり、舎生の見え方も個人差があるため、沢山のアンケート結果の中から、舎生の実態に応じて抜粋して伝えるように工夫した。  舎生からは、「靴下クリップ(脱いだ靴下をセットにした状態で洗濯し、そのまま干すことができる道具)を使ってみたいと思った」「身だしなみについてしっかりしないといけないと思った」「面白かった」等の感想を聞くことができた。  また、アンケート結果は、研修・情報部と共有し、全職員が活用できるようにした。アンケートをいただいた先生方から舎生へのメッセージには、「失敗は、生活の工夫を生み出すチャンス」「めんどくさいと思わずにいろいろトライ」「失敗を成功につなげよ」等の言葉をいただいた。このような言葉が、舎生に響いてくれることを願うとともに、失敗しても良いから挑戦できる機会を、寄宿舎生活の中でも数多く持てるように支援していきたい。 4 生徒指導実践「社会経験を増やすための取組」   今年度の寄宿舎教育研修会では、県内4つある寄宿舎からそれぞれ生徒指導実践発表 を行った。本校からは、中学部2年生の男子生徒(T君)の実践を発表した。以下に発表したものを掲載する。 (1)はじめに  T君は、小学部1年生から入舎し、寄宿舎8年目の現在中学部2年生である。見え方は、全盲である。整理整頓は苦手であるが、小学部高学年の頃より身のまわりのことは自立できている。また、空間認知能力(物体の位置・方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力のこと)に長けており、熊本聾学校寄宿舎へ移転後も、いち早く新たな環境に慣れることができた。性格は、誰とでも仲良くでき、何事にも意欲的に取り組むことができる。会話が好きである一方、肝心なところで自分の殻に閉じこもり思いを伝えることができない一面もある。将来の夢は理療科の教員を目指しており、日々勉強や部活に励んでいる。 (2)社会経験を増やすための取組の実際   ア 歩行(外出)の経験(小学部4年〜)   寄宿舎から学校まで敷地内の経路で登下校をしていたが、小学部4年生になり敷地外歩道(外周)の経路で登下校を始めた。 ○ 成果と課題 ・車や自転車が行き交う音を聞いて、その日の天気や時間で異なる交通量を感じることができた。 ・危険箇所での動きを確認し身につける(敷地内から歩道に出る所、誘導ブロックが切れる所)などの歩行経験を積み重ねることができた。     ・どの道とどの道がつながっているのか、また、同一店舗に行くにも、いろいろな経路があることを知り、目的地まで好みの経路を選択することができるようになった。   イ 買い物の経験(小学部5〜6年)  生活必需品における自己管理の意識づけを図るため、近隣店舗での買い物計画を立てた。本人が、希望する場所を優先に外出先を決めた。 ○ 成果と課題 ・店員さんに声をかけ自分の買いたい物を探してもらい、買うことができるまでに成長している。また、自分の体型を伝え、サイズを相談し購入することができた。今後も自発的な場面を増やしていく必要がある。     ・会計の際、お札や500円玉を使用して簡単に会計を済ませるため、細かいお金が増えている。財布の中身の事前整理やコインホームの活用を勧め、金種の確認や小銭を使った支払いの練習が必要。   ウ 散髪の経験(中学部1年生)   これまでは、週末散髪に出かけていたが、両親や兄弟の都合と重なる機会が増え、散髪に行くことができないことが続いた。保護者からの依頼と寄宿舎の思いも重なり、寄宿舎から散髪に行くようにした。 ○ 成果と課題    ・事前に店へ連絡を入れ、空き時間を確認後、予約する流れを経験することができた。将来を見据えて携帯電話の操作や音声操作の練習もしていきたい。 ・散髪後の仕上がり確認については、頭を手で触り確認したい旨を自分で伝え、その後、微調整をお願いする経験も今後重ねていければと考えている。   エ  舎食の提供がない時に食事を準備する(中学部2年生)  日曜日に部活があった際の宿泊(前泊)を数回経験している。日曜日は夕食(舎食)が提供されないが、逆に食事の準備が経験できる良い機会と捉えて、保護者に簡単に調理できる食材(冷凍食品・カップ麺等)を準備してもらい、実際に電子レンジ等を使用し夕食を作ってみた。 ○ 成果と課題     ・電子レンジのダイヤルを回す角度と、時間との関係を確認し温めを行うことができた。食品の温度を確認しながら、加熱時間を調整する方法を学ぶことができた。 ・解凍後、食品をレンジから取り出す際や食品のビニールを開ける際は、やけどの恐れがあることを理解して、布巾を使って食品をつかむ工夫を学ぶことができた。 ・カップ麺やカップスープなど、お湯を使用する食品にも挑戦したが、湯量の確認が難しく、お湯を使用する際の注意点や湯量確認のコツなどを試して実践していく必要がある。 (3)おわりに  T君は、順調に社会経験を増やすことができている。様々な経験を通して、精神面の成長も見られる。いつ、どのような実践をするかは、本人の心の準備(やる気)とそれを行える環境が整ったときに、いかに時期を逸することなく行えるかが大切なポイントだと実感している。「楽しそう、やってみたい」という気持ちを育てることと同時に、職員の支援体制と担任や保護者の思いや理解、協力を整えることが大切だと感じている。  また、卒業後の豊かな生活の実現に向けて、生活する地域のメンタルマップ(頭の中に描く地図イメージ)の獲得を手助けしてもらうときや、困ったことがあったときに、自分から声をあげていくことが大切になってくる。現在のところ、自分から発信していく力に関しては不安が残るところである。現在行っている、社会経験を増やす取組を重ねていくことで、自分の思いを伝える大切さ(勇気)を養っていきたい。 5 まとめ  今年度、上記にまとめた以外にも手話自主研修など聾学校と共同生活するために必要な聴覚障がいに関する研修や、保安部が計画、実施した防災研修や訓練、食育研修などを行った。例年に比べると研修の数は多かったが、それぞれが積極的に参加し、意識を持って研修に臨めたと思う。  次年度4月には新寄宿舎が完成予定である。舎生が新しい場所で生活する上で安心安全に、そして、スムーズに寄宿舎生活がスタートできるように、今まで研修してきたことを生かしていきたい。そして、時代の変化と共に舎生が必要な生活スキルの変化にも柔軟に対応できるよう、また、さらなる専門性の維持・向上ができるよう来年度の各種研修に繋げていきたい。