外部講師招聘研修「歩行指導」 1 目的   歩行指導は、基盤となる基礎的能力と、それを踏まえた上での実際に歩行に関する歩行能力の両面に対して行われる必要がある。本校は県内唯一の盲学校でありながら、歩行訓練士の資格を有する職員がいない中で歩行指導にあたっている現状がある。本研修では、視覚障害のある幼児児童生徒にとって重要な歩行の理論や具体的な指導内容・指導法について、定期的に外部専門家の指導助言をいただくことで、適切かつ効率的な指導法について研修し、自立活動の指導に生かすことを目的とする。   今年度も昨年に引き続き、熊本県視覚障がい者福祉協会の歩行訓練士の東和孝氏を講師に招き、年3回の研修を実施した。本稿では、全3回の研修記録を掲載する。 2 研修の概要 (1)期日及び対象児童生徒    第1回 平成30年7月11日(水)        小学部5年男子児童及び高等部2年女子生徒    第2回 平成30年10月31日(水)        中学部2年男子生徒    第3回 平成31年1月30日(水)        小学部5年男子児童及び中学部1年男子生徒 (2)対象授業    自立活動「歩行指導」 3 研修の記録  第1回  事例1:小学部5年男子児童(視力 右:0.02 左:光覚、視野が狭い) <本時の目標> ・決められた課題を一人で行い、バスを利用することができる。 ・「上沼山津」バス停から自宅の方向が分かり、安全に移動することができる。 (1)授業者による説明   対象児童は昨年転校してきた。公共交通機関を利用できるようになってほしいという思いから昨年度は学校の周囲の歩行、単眼鏡を使用して信号を確認する学習をした。今年度、学校近くに転居したため、バスを利用した自力通学を目指して歩行指導をしている。バスに乗るときの8つの確認項目を確認していただきたい。今回、@の「単眼鏡で行先を確認する」ことは難しかった。単眼鏡の指導もしていきたい。電光掲示板がどこまで見えるのかは最大視認力から取り直して確認していきたい。今回は2回目である。視覚活用もできているので、小学生としてはよくできていると思う。見え方を確認しながら安全に歩行できるようにしていきたい。        <バスに乗るときの8つの確認項目>   @単眼鏡でバスの行き先記号「東4」を確認する。   A段差を白杖で確認しながら、安全に乗り込む。   B整理券をとる。   C車内の状況を確認し、なるべく前方の座席に座る。   D車内アナウンスや周囲の状況を見ながら、降車の準備をする。    ○降車ボタンの位置確認    ○手帳の準備    ○お金の準備   E車内アナウンスを聞いて、降車ボタンを押す。   Fバスが停車したら、手帳を見せて料金を料金箱に支払う。    ○料金箱の場所が分かる。    ○運転手に手帳利用であることを自分から伝えることができる。   G段差を白杖で確認しながら、安全に降りる。     (2)講師からの助言  ・歩行指導の目的   ○通学     ○将来を見据えて(将来の生活や見え方の状態)  ・歩行指導の4つの条件   安全安心・能率的・見た目に自然な姿勢、容姿・やりやすい形   (公共交通機関を使用する場合、「迅速であること」が加わる)  ・子どもが道を間違った時の対応   子どもに気付かせるか、指導者が教えるかは、子どもによって対応を変える。自分で気付く力がある場合は子どもに気付かせ、間違えることに不安感がある場合は、指導者が教えるようにすると良い。  ・指導場所   立ち止まったり、財布を入れるなどの動作をしたりする場合は、道の真ん中ではなく、壁際などの安全な場所で行うようにする。  ・公共交通機関の利用   バス停で待つときは、バス停の隣に立ち、運転手から白杖が見えるように立っておく。社会への啓発の機会と捉える。事前にバス会社に、盲学校の児童が利用する旨の連絡をしておくこともよいと思う。  事例2:高等部2年女子生徒(右:0.08 左:0.1 両眼0.1)  <本時の目標>  ・歩行時の見え方・感じ方を知ることができる。  ・学校正門から東町小学校まで安全に移動することができる。  (1)授業者からの説明   今回の授業で本人と初めて歩いた。普段はプリントに顔を近づけて見ている。  一緒に歩いてみて、ポストや信号など、いろいろな場所を確認しながら歩いていることが分かった。横断歩道で危険を感じ、声をかけてしまったが、本人は「わかっています。」と言っていた。声掛けのタイミングを教えていただけたらと思う。    (2)講師からの助言   ・実態把握について  歩行指導をする前は、必ず実態把握が必要である。実際に歩きながら本人に聞いていく方法が良い。   ・機能的視機能検査  見え方のイメージは大事だが、決めつけは良くない。「人が通ったら教えてください。」という質問があったが、人がなかなか通らなかった。場の状況に応じて質問内容を変えてもよい。   ・今回の評価と今後について  全体的に安全に歩けていたが、小さな段差に気付けなかったり、座っている人に直前で気付くなど、危険に感じる点が少しあった。今後県外等で一人で生活する可能性もあるので、白杖の使い方を盲学校で教えていくことが大切。また、正しい手引き歩行の方法も教える必要がある。     第2回   事例:中学部2年男子生徒(全盲)  <本時の目標>  ・健軍商店街で通行人に声をかけ、援助依頼をすることができる。 (1)授業者からの説明  今回が初めての援助依頼で、健軍商店街で通行人に声をかけ、ダイソーまで手引き  をお願いする想定で行った。本時では、通行人への声のかけ方や、援助依頼OK・NGの時の対応の仕方を確認してから歩行を実施。スクランブル交差点では立ち位置の向きの確認が不十分で、10時の方向に反れてしまったため、1回目の青信号ですべて渡り切れなかった。  援助依頼の場面では本人も人の気配を感じたら声をかけると決めていたようだった。「すいません」と2・3人に声をかけたときは素通りされてしまったが、なんとか女性の方へお願いすることができ、目的地までの案内を頼んだ。ダイソーまで無事に到着し、お礼を言って別れることができた。手引きの仕方も自分でお願いすることができた。「大きい声を出したら聞いてもらえた。」と本人も自信がついた様子だった。最初の一声が出るか心配だったが、一歩を踏み出せた。   (2)講師からの助言 ・歩行に関しては慣れた様子で安心して見ることができた。 ・スクランブル交差点の横断は、横断位置の確認、渡る方向の確認、渡り終えたことを確認することが大事。今日は横断位置、渡る方向の確認が少し曖昧だった。 ・援助依頼をする場所について。今回は交差点を渡って唐揚げ屋さんの歩道上に立ち、依頼していた。→道路がすぐ目の前で車の音も大きい。初めての援助依頼ということなので、音の少ない易しいところから始めてみてもよかった。(通行人に遭遇する場所にと思ってこの場所に) ・道路(市電)側を向いて通行人が来る方向を待っていた。自分が進みたい場所の方向を向き、自分の進行方向と同じ方向へ歩いている人に声をかけるとよい。 ・生徒に「どんなことを工夫した?」と尋ねると「依頼者の歩く方向に合わせて自分の体の向きを変えていった。」と言っていた。援助依頼のタイミング、声の大きさ、お礼すべてにおいてとてもよかった。事前学習の成果である。 ・援助依頼ができたとしても、行きたい場所を通行人が分からない場合もある。その場合は、目的地以外のランドマーク(公衆電話、見て分かりそうな目印など)を情報として持っておくことが大切になる。様々な情報を得ることも援助依頼のポイント。 ・手引きの誘導での援助依頼については、通行人がどのように手引きをしたらよいかこちらから伝えることも大切である。 ・今回は声をかけてすぐ、援助依頼した方に電話がかかってきて通話をされた場面があった。その時、その場で待つという判断ができていた。今回のように予期せぬハプニングも考えられるので、その時の対応力は経験で身に着けていけるとよい。 ・歩行指導に限らず、周囲の雰囲気(会話中なら終わった頃を見計らってなど)を感じ取りながら、声をかけるタイミングを学校生活全体で取り入れていくと、援助依頼につながる。 ・本人がギブアップの時のサインの確認もしておくとよい。ギブアップのときのポーズを決めておくとよい。 ・援助依頼以外の場面で、善意で声をかけられたときは本人ではなく、支援者が丁重に断りを入れるほうが良い。社会啓発にもつながる。本人がすると今後も支援しなくてもよいと判断されてしまう。 ・自分の持っている白杖の知識はあったほうが良い。情報があると、次回購入するときに役立つ。  対象生徒の場合は、白杖の種類…マイケーン、グリップ…ゴムグリップストレート石突…ローラーチップであった。    第3回   事例:小学部5年男子児童(視力 右:0.02 左:光覚、視野が狭い)  <本時の目標> ・次の行動を予測しながら、安全かつスムーズに下校ルートを歩いたり、バスの乗降をしたりすることができる。 ・支援が必要な状況になったときに、早めに判断をし、周囲に支援を依頼することができる。 (1)授業者からの説明  自力通学に向け、東本町バス停から上沼山津バス停までバスを利用し、家のマンションまでの下校ルートを1学期から自立活動で取り扱っている。本時は、3学期初めての自立活動であった。下校ルートを自力で歩く最終段階であることから、実際には教師がついていくが、本児には教師は誰もいない状態で行うことを事前に伝えて歩行を実施した。出発する前に、バスの中で困ったときの支援依頼のシミュレーションを行い、本児と話し合いを行った。事前のやりとりでは、シミュレーションは問題なくできていた。本児は、日常生活のスキルは自立しているが、普段から忘れ物が多く、気持ちが焦ると本来しようとしていた目的を見失うことがある。当日の授業では、準備の段階で本時の緊張が高まり、持ち物が混乱し、白杖を持たずに外に出ようとする場面があった。  バスを確認するポイントとして、単眼鏡で行き先記号『東4』という表示を見るという課題があったが、バスがバス停に止まる直前に確認することができた。前回までの指導では、運転手は白杖を持った子どもが乗っていると配慮をしてくれていたが、今回の運転手は、縁石の前にバスを停めた。本児は、縁石の蛍光塗料の色に気付いて歩幅を広くとって縁石をまたぎ、歩道の道路面に着地することができた。  家まで歩くルートでは、下水道工事があっていた。工事現場の誘導員の方は、「(見えている方が通るときと同じように)どうぞ。」と言って誘導した。本児はトラックをうまくよけながら迂回することができた。今回は、事例となった児童であったからうまくいったが、児童生徒の実態によっては対応が難しいことも想定される。支援の必要がある場合には、「手引きしてください。」と本児が依頼するスキルも必要であることが明らかになった。  今回の授業では想定外の場面が多く、歩道のない道での車の通りも多かったが、本児は落ち着いて慎重に判断できていた。課題として挙がった項目(途中でトイレに行きたくなった場合や緊急時に学校に電話をかけなければいけない状況になった場合等)については、さまざまな場面に対応できるように今後も指導していきたい。   (2)講師からの助言  今回は、『見極め試験』という形で行われた。出発地から目的地までの安全な歩行と考えると合格であると考えてよい。今回、想定していないことがいろいろとあったが、早い時期に予測できないことに対する対応ができていたほうがよい。想定外のハプニングに関しては、一つ一つ細かく指導することはできないので、口頭で確認しておく。  本時のルートでは工事があっており、迂回路を歩くことになった。進行方向にトラックが止まっていたが、本児は近くになって気づき、安全に迂回ができていた。途中でトイレに行きたくなった時の対応が課題として挙げられていたが、もしトイレを失敗してしまったら、もう歩きたくないと言い出すことも考えられるので、いろいろな状況を想定しておくことが必要である。  今回の事例では、二人体制での指導がされており、理想的な体制でできていた。対象児の前と後ろから見ていて、前方の教師は周囲の安全確認をしていた。教師が二人いると指導について話し合って進められることができるので良い。  歩道と車道の区別がないところでは、走行中の車の回避をする際に、児童が車側に少し寄っていたため、教師がすぐに指導していた。即時強化という意味で、その場で訂正できていたことはよかった。   事例:中学部1年男子生徒(視力 右:手動弁 左:0.025) <本時の目標> ・目的地(東町中央バス停)まで、ランドマークを手掛かりに移動することができる。 ・庄屋(サンロードシティ沿い)の場所を自分で見つけ、確認することができる。 (1)授業者からの説明  長期目標として、東町中央バス停から県庁までバスで移動し、県庁前で高速バスに乗り換えて南関のバス停で降りるまでの単独帰省を目指している。  今年度は学校から東町中央バス停までの歩行を中心に行っている。寄宿舎生活では、近くのサンロードシティまでの歩行の経験を重ねている。東町中央バス停までのルートはほぼ覚えているが、匂いだけで場所を判断したり、自動車音の確認が不十分で道路を横断したりと、慣れや勘による行動も見られる。  本時の授業では、目的地までルートを正確に覚え、歩くことができていた。出発前、生徒による歩行ルートの説明では、緊張もあって分かりづらい箇所もあったが、おおよそ正確に説明できていた。横断歩道の横断では、青信号で青の状態が長く続いていたにも関わらず、次に青になるのを待つ様子があったので、自分と同じ方向を行く車の音を聞くことを教師と確認した。  ランドマークの確認としては、壁がフェンスになったところで音の反響から庄屋と自衛隊の宿舎の場所の確認ができた。サンロードシティ前では、歩道横断の際に出入りする車がクラクションをならし本人が驚く場面があった。運転手は手で、「行っていいよ」という合図を送っていたが、本人には伝わっていなかった。車の出入りが多いこの場所では、本人もそうだが、教師の判断も迷うことがあった。本時の授業では、生徒が思った以上に視覚情報を活用していることが分かったので、今後の授業でも視覚の活用を図っていきたい。   (2)講師からの助言  今回の授業者のように、盲学校に赴任した1年目で歩行指導をするケースがある。ロービジョンの生徒の場合は、歩行指導に入る前に必ず「歩行評価」をすべきであることを他の先生方も知っておいたほうがよい。  対象生徒は、歩行のときに保有視覚を活用しており、庄屋を過ぎてフェンスの壁にさしかかると、すぐ手を伸ばして触って確認していた。歩道と車道の境目を視覚で確認し、誘導ブロックの色が若干変わっているところも視覚で確認できていた。このようなことは、初めに歩行評価で分かっておくと、後の指導に生かしやすい。ただし、保有視覚に頼った歩き方を指導するのではなく、白杖操作の基本をおさえることが大切である。  サンロードシティ前の歩道は、車の往来が多かった。このような場合、歩道の点字ブロック上をそのまま直進するのではなく、いったんサンロードシティ内に入り込んで横断する方法もある。  本時の授業では、生徒が目的地まで到達した後、指導の振り返りを目的地のバス停で行っていたが、車や人の往来が多いため、静かでゆっくりと話ができる場所に移動してから行う方がよい。 3 成果と課題   専門的な立場から継続して指導をいただいたことで、公共交通機関の利用の指導法や指導する際の配慮事項について授業を改善しながら取り組むことができ、児童生徒のより安全な白杖歩行、自力通学につながった。また、歩行評価(機能的視機能評価)を事前に行うことで、実態に応じた指導につながることが明らかとなった。  専門家から助言をいただく中で、自立活動における系統的な指導を強化していくことが今後の課題であることが明らかとなった。今後、「歩行実態表」や「個別の指導計画」の内容を整理し、系統的・計画的な歩行指導ができるようにしていく必要がある。そして、指導経験の有無に限らず実態に応じた指導ができるよう、理療科の教員や歩行指導の経験のある教員を中心に研修体制を整えていきたい。